2012.05.17 09:33|その他
フィギュア300−2

   世に美しき姉妹ありき、わがよき友となりしが、程なく故
   ありてまた相見るべくもなしと告げ来りしかば。

君を見ずして 何の五月
きらめける空いたづらに
いぶせき窓をひらくとも
ひるがへるかの水色の裳(もすそ)見えず。

君なくして 何の薔薇(そうび)
みどりの木かげいたづらに
求めたづねて行き行くとも
涼かぜのかの笑ひをきかず。

うつろなる心に ひねもす
おん身たちの影を描き、思へ
わが香りなき安煙草の
むなしく空に消ゆるさまを。
(佐藤春夫『うつろなる五月』)

フィギュア300−19


*****

フィギュアスケートのオフシーズンに入った。
先日、七月に開催される「ザ・アイス2012」の記者会見が開かれていたが、とりあえずその頃まではもう、あまり目新しいニュースはなさそうである。


【真央、ピンクのドレスにハイヒールで会見】
 フィギュアスケートの真夏のアイスショー「ザ・アイス2012」の発表記者会見が11日に都内で行われ、世界選手権(3月、フランス)で6位に終わった浅田真央(21=中京大)は、小塚崇彦(23=トヨタ自動車)、高橋成美(20=木下ク)とともに出席した。浅田はピンクのドレスに、足元は20センチ近いハイヒールという姿で登場。今回初めて姉舞さんの振り付けで滑ることを明かし「1人でやることが多いので、みんなで踊るのは楽しみ」とにっこり。今後はエキシビションの振り付けのためカナダへ渡る。
 なお「ザ・アイス」は7月21、22日に愛知、24、25日に栃木・日光、28、29日に大阪で開催される。
2012年5月11日 日刊スポーツ

フィギュア300−14

フィギュア300−15

フィギュア300−16

フィギュア300−17

フィギュア300−18


ところで、「ザ・アイス」と言えば、2011年シーズンにリベラと一緒に作られたタチアナ振付のエキシビション・ナンバー、ショパンの第7番『ワルツ嬰ハ短調』がまさきつねはたまらなく好きだったのだが、同シーズンにはほとんどお披露目されないまま終わってしまった。

新しいエキシビションを、カナダで曲の選定から相談して振付してゆくようだが、あの『ワルツ嬰ハ短調』はこのままお蔵入り同然になってしまうのか、もしそうなってしまうといささか寂しい。

このナンバーについて、以前まさきつねが書いたブログ記事はこちら。

☆美しき魂のワルツ☆

フィギュア300−3

フィギュア300−4

フィギュア300−5

フィギュア300−6

フィギュア300−7

フィギュア300−8

フィギュア300−9

フィギュア300−10

フィギュア300−11

フィギュア300−12

フィギュア300−13


タチアナらしいツイズルからスピンに流れる動き、宝石のようなアラベスク、くるくる回るお人形のように愛らしいアチチュードなど、随所に散りばめられた玄人好みの振付に、まさきつねだけでなく、今なお心惹かれているファンは多いと思う。

クラシックからジャズ、そしてまたクラシックに戻る音楽の構成も、いかにもタチアナらしい凝った作りだが、曲調の切り替えで瞬間瞬間に演技の表情が変わり、そのスピードに乗ったきらきらした美しさ、可憐なステップは、まさに浅田選手の真骨頂というべき佳品だった。

白い衣装も野暮ったさ寸前のどこかオールド・テイストな雰囲気で、どうやら彼女のお好みらしいマジェンタピンクを襟元や手袋のポイントにあしらった清純さ溢れるデザインが、これはもう浅田選手以外に着こなせる選手はいないだろうと思わせるオリジナリティに富んでいた。

前の記事でまさきつねは「この曲は『思い出』なんだ」と書いたが、キュートな悪戯っ子のような天使がジャズのスウィングでひとしきりはしゃいだ後、イーグルの大きな円を描く辺りからクラシック調のリズムに戻る後半部分、舞い踊る木の葉がやがて地面に着いて動かなくなるように、喧騒の後の物悲しさを感じさせながらスピンから終息に向かう最後は、まさに「おもしろうてやがて悲しき」の風情である。

「歓楽尽きて哀情深し」というが、ただポップで楽しく、底抜けに明るいというだけでなく、その裏腹のもの寂しさ、深まる心情の複雑さをない交ぜにして感じさせる、その妙味がこのナンバーの独創的な魅力なのだ。

そう、人生もまた複雑で、ただあっけらかんとおもしろく、楽しく、幸せなことばかりではない。

ああ、きみに逢えない五月、こころはうつろに思い出を探り、噴上げの飛沫がきらめく空に浮かぶ雲にも、庭の垣根に咲く赤い薔薇の蕾にも、みどりを渡る風のひとつにもきみの面影をみる。

でもきみは、必ずまた逢えると約束してくれるから、いつか戻ってくると言葉を残してくれるから、悲しみも苦しみも潰えた先に、抜けるように鮮やかなみどりの先に必ずあるだろう希望を求めて、地面に横たわる落葉も自らの果たすべき使命にささやかな身を捧げて、明日という日が今日に変わるように、五月のさわやかな朝を光へと導いてくれるだろう。

またいつか出逢うきみの新しい表情が、ひとつの小さな兆し、ひとつの小さな祈りを慎ましくもはるかな未来に変えて、もう何度も暗闇の中で耳にした風の叫び雨の嘆きを、いつか新しい夢が生まれるこころのときめきへといざなってくれるだろう。


フィギュア300−1

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


悲しめるもののために
みどりかがやく
くるしみ生きむとするもののために
ああ みどりは輝く
(室生犀星『五月』)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン



2012.05.13 05:19|その他
フィギュア299−1

この前のブログ記事ではちょっと重たい話をしてしまったけれど、今日は母の日。


かなり古い画像なのだが、まさきつねのライブラリに残っていたので掲載しておこう。

フィギュア299−2

フィギュア299−4

フィギュア299−3

当時18歳の浅田選手が、ガーナミルクチョコレートの「ひとつだけの母の日」というキャンペーンCMに出演していた時のもの。プロゴルファーの石川遼(17)、タレントの長澤まさみ(21)、榮倉奈々(21)、夏未エレナ(14)という豪華メンバーでの共演だった。

撮影のメイキングビデオも公開されており、監督からウィンクの注文を出された浅田選手が照れながら挑戦して、「やっぱりできないです」と恥ずかしそうに答えているのが初々しい。
それにしても、並み居る人気タレントの中に交じっても、その自然で柔らかい笑顔、お母さんとの深いつながりを誰よりも強く印象付けるオーラ、周囲を幸福感で充たしてほのぼのとさせる温かさ、穏やかさなど、とてもスポーツ界における歴戦の強者とは思えない不思議な魅力に溢れている。

母親との距離というのは、ことのほかその最善の間を保つのが難しいもので、遠すぎるのも悲しいものだが、近すぎると悲惨な諍いや確執をもたらしたりして、なかなか辛いものではある。
親子に限らず、愛情で結ばれた間柄というのはかえってその愛につきものの不思議な副作用故に、日々その間をいかにうまく保ちながら、つかず離れず、思いやりといたわりの念を互いに忘れないようにするのが精いっぱいなものである。

浅田選手などはその「ママ」という呼び方にもアンチから難癖をつけられたり、母親離れしていないと叩かれたりしていたように思うが、彼女は決して母親べったりで言いなりのお人形ではなかった。
また彼女のご母堂も、決して浅田選手を自分の思うがままにしようとか、自分の理想を押しつけようとかいったお考えで彼女の傍らにおられたのではなく、ただその成長を深い愛情で見守り、いつのまにか日本国民全体から共通の娘のように愛されるようになった我が子に、その使命の正しい方向へ導くよう示唆を与え続けられておられたのではなかったか。

愛し愛される関係というのは、その麗しい距離が保たれている間は美しい連弾のような旋律を奏で、やがて遠のいてゆく時もデクレッシャンドのもの悲しい響きを残しつつ、いつまでもいつまでも胸に響き続け、こころに刻みつけられているのものだ。
浅田母娘のつながりは浅田選手の演技を根柢から支える、大きなひとつの精神的支柱だった。

やはり、ただ一心に愛し愛されることの幸せというものを顕在化したような浅田選手の特殊な個性が、愛や祈りををテーマとする彼女のプログラムを神的な領域へ完成させていった、ひとつの要因なのだろう。

☆浅田真央 ガーナCMメイキング☆


ついでにもうひとつ。

こちらは2010年2月に、12枚のガーナチョコレートで作った特製スケート靴が、トリノ五輪金メダリストである荒川選手からフィギュア日本代表選手たちに贈られた時のニュース画像。

フィギュア299−5

フィギュア299−6

以下がそのときの報道記事。
今となっては懐かしい、バンクーバー五輪直前の興奮が甦る。


【浅田真央:荒川静香から「スケート靴」チョコの応援メッセージに感激】
バンクーバー五輪のフィギュアスケート日本代表選手を応援するため、12枚の「ガーナチョコレート」(ロッテ)で作った「フィギュアスケート靴」形のチョコレートに、トリノ五輪金メダリストの荒川静香さん(28)からの応援メッセージを添えて、代表選手に贈った。

浅田真央選手(19)は「おお〜! すごい! チョコレートの香りがプーンと来ました。食べちゃっていいんですか?」と興奮気味で、エッジ部分を一口食べて、エッジがリアルな形になり、「これで完成しました! ほんとだ、ガーナのチョコレートの味だ」と喜んだ。
ロッテは、JOCの公式パートナーとして、これまでもCMで荒川さんや浅田さんらを起用しており、トリノ五輪では、シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんから応援メッセージとフィギュアスケート靴のチョコレートが、荒川さんに贈られ、その後見事金メダルに輝いたため、今回は、荒川さんから、日本代表選手に「縁起物」のフィギュアスケート靴のチョコレートを贈った。

浅田選手は、荒川さんからのメッセージ「自分を信じて、一瞬一瞬を楽しんで、輝いてくださいネ!! Good Luck」と書かれた白いスケート靴と、日本代表選手へ贈られた熱いエールの込められた映像を見入り、「荒川さんが応援してくれたように、自分を信じて、最後は笑顔で終われるように、頑張りたいと思います」と語った。

浅田選手にとってチョコは「練習の合間とかに普通に食べたりしますね。疲れをとったり、少し何か食べたいときに一つ つまんだりしています」といい、五輪の本番に向けて、「調子はいいです。初めて出場するので、オリンピックがどういう 感じで、どういうところなのかがすごく楽しみです」とリラックスした様子だったという。

フィギュアスケート女子は23日にショートプログラム(SP)、25日にフリーを行う。
【細田尚子】毎日.jp

フィギュア299−7

フィギュア299−8

フィギュア299−9


さて、母の日。

どうか皆さま、愛に感謝と祈りを。
誰にとっても唯一無二の存在である、この世のすべての母に幸いを。

フィギュア299−10

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ああ麗はしい距離(デスタンス)、
つねにとおのいてゆく風景……

悲しみの彼方、母への、
捜り打つ夜半の最弱音(ピアニシモ)。
(吉田一穂『母』)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン

2012.05.11 11:30|その他
フィギュア298−1

瓶にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり(正岡子規『墨汁一滴』)

*****

フィギュア298−2

近くの公園にある藤棚の藤がもう盛りを過ぎようとしている。

その帰り道、まさきつねの幼馴染が今も暮らす家の前を通りかかって、不意に面妖なものに気がついた。


小奇麗な玄関のインターフォンの上に、べったりと貼られたガムテープを無造作に剥がしたらしき跡が残っている。それは明らかに、何度も押されることを回避するために応急に施した処置が、今はもう不要になったのでテープだけを外したのだろうが、テープの粘着性が強すぎたのか、粗雑な剥がれ跡になってしまったものであろう。

まさきつねの幼馴染はその昔ミス何とかに選ばれるような、顔だちの美しい女性だったが、それが今年の二月、まさきつねも出品した華展の会場で久しぶりにばったり出会い、数十分ほど言葉を交わした。その時に詳細を聞いていたのだが、同じ二月の初め、華展の始まる少し前に、まさきつねの母ともほぼ同じ年齢の母親を急な心臓発作で亡くしたという。

幼馴染のお母さまも、幼馴染同様、整った面立ちとすらっとした姿勢が印象的な人だったが、ここ数年は重い認知症を患い、その介護に家族中が翻弄されていると人づてに聞いていた。結局、特に診断されたこともなかった心臓疾患で倒れ、最期はあまり苦しまずに逝ったのがせめてもの救いだったと淡々とした口調で彼女は話した。

まさきつねも実は、幼馴染のお母さまの以前とすっかり変わってしまったご様子については幾たびか、夕方近く向かいの家にある非常階段に座ってぼんやりと自宅の庭先を眺めておられるのを見かけたこともあるのだが、身体的にはそれほど悪い障害がおありのようには見えなかったから、急逝の話には本当に驚いた。
やはり人間塞翁が馬、ある程度の年齢に達すると誰しも、見た目ほどには丈夫と言い切れるはずもなく、またある日、どんな災害に見舞われることも分からず、そしてその裏で、どんな修羅が家族を襲っていたか、その闘いの日々の証がインターフォンの無残なテープ跡に刻まれているように思われた。

おそらく連日、真向いの家の非常階段に腰を掛けて、自宅の様子を眺めていながら、薄れてゆく脳の記憶にいつしか自分が戻るべき家がどこか分からなくなり、繰り返し繰り返し、自分の家のインターフォンのボタンを押されたのではなかったか。
認知症の症状から不安に駆られて、ここはどこですか、私の家はどこですかとチャイムを鳴らし続け、それに困り果てた家族の誰かが急場の処置で、音が鳴らないように押しボタンの部分を隠したのだったろう。


血のつながった家族と言えど、いや、むしろ家族であればこそ、日に日に全く知らない人間に変わり果ててゆく姿を見続けていくのは、かくも辛い。
認知症に限らず、どんな病であれ、寄る年波とともに押し寄せてくる身体の痛み苦しみ、記憶障害、判断力の低下、これはどんな天才や偉人と讃えられた人であっても、誰もが避けられない試練なのだろう。そしてこの試練と悲哀は確実に、その当人だけでなく家族や周囲にいる人間すべてに降りかかり、その苦悩と精神的苦痛を平等に分けあわねばならぬものなのだ。

この前のブログ記事にもお伝えしたまさきつねの母は、幸いまだ医師から正確な認知症の診断をもらっている訳ではないが、相応の高齢者でもあり、難聴や歩行困難による粗暴な物言いやふるまいで、周りからそのように認識され、誤解のある扱いを受けてしまう場面が看護の現場でどうしても起こる。
生来気性の激しい母としてはやはり、必要以上の弱者扱いやまるで子供の駄々をいさめるような対応を受けると、一層腹が立つのだろう。
確かに彼女に我儘で粗野な一面はあるのだが、公務員との二足のわらじで長年、洋裁師としての天才的な腕前をもってキャリアを積んできた誇りが傷つくような状況に追い込まれると、どうにも身の置き所がなくなるのだろうと、娘の立場としてはそんな母の心情がまるきり理解出来ぬという訳ではないのだ。

入院先の看護士や介護サービスの介護士の方々の対応が決してすべて悪いということではないのだが、どうしたって高齢者十把一絡げでその人格も経験もまるで一律であるかのような、無機質なあしらいや受け答えばかりの温もりのない世界に、母の方はいつしか心底失望したのだろう。

軽度の鬱病にも陥ったあげく、母はすっかり入院嫌い、介護サービス嫌いになって、知らない人と馴染むのも会話をするのも極力避けるようになり、相手を思いやる余裕さえ失って、黙りこくってひとり沈んでいることが多くなってしまった。

元々陽気で、どこか楽天的な明るさと、周りを鼓舞するような朗らかさに溢れたひとだっただけに、まさきつねとしては母がいつの間にこんなに変わってしまったのかと愕然とすることがままある。勿論その変化は徐々にあったのだろうが、血圧だの貧血だの、歩行障害や原因不明の発熱といった身体的な病状の治療にばかり気を取られている間に、むしろ重大なのは精神的な疾患の方だったと今更のように気づくのである。


さても、母をここまで追い込んでしまったのは何か。

それは無論、医師や看護士、介護士といった医療現場に働く方々の機械的なサービスだけが原因という訳ではない。
他人や環境が母をそうさせてしまったなどと、家族以外のものに多くの責任転嫁をするつもりは、毛頭ない。

あくまでも一番の要因は、四六時中母と接してきたまさきつねを始めとする家族が、母の症状に対する適切な措置を見誤ってきたということにあるだろうし、また時として、さまざまな部位の痛み苦しみに今まで見たこともないような粗相や行動にかられる母の様子がまるで知らないモンスターのように感じられ、折々に思いやりにもいたわりにも欠けた無理解で無神経な応対や言葉を浴びせてしまった、まさきつね自身にあるのだろうと思う。

実際、まさきつねはここ数年、自分自身が母の介護や看護にあたっているという自覚も認識もなく、つい最近、ある病院の看護士さんから「お母さんの介護、大変ですね」と言葉をかけられて、ああこれが世に言う高齢者介護というものだったのかと改めて感じ入ったというのが本音なのだ。

それというのもまさきつねは、母の世話をするのもその介助や看病をするのも、正直な話、それは一向に、苦痛とか嫌だとか感じたことも考えたこともない。

同じように、自分がそうすることの義務や責任についてもおよそ認識したことがなく、ただ母に少しでも、以前の母自身を取り戻して欲しい、その人生をその誇りを呼び戻して欲しいと願うだけなのだが、そういったいわゆる家族的な愛情だけでは駄目だったのか、もっと冷静で客観的な判断が必要ではなかったかと苦悩したり、反省したりを日々ひたすら繰り返しているのである。

まさきつねの父などは、まさきつね以上に母に大甘で、母の我儘も無理難題も子ども並みの要求も、ただ一心に叶えて、命令にはことごとく従って、母を叱咤することも責め咎めることもなく、その様子はまさきつねから見ても周囲のどの人間からしても、受難に耐える聖者のごとき有体にしか思えないのだが、実のところ何が正しく、何が間違っているのかそんな判断が単純には下せないのが介護の現場というものなのだろう。

しかして、発熱、頭痛、腹痛、腰痛、食欲不振、睡眠障害、窒息感、手足のしびれや痙攣、そして便秘と(どれも高齢者にはありがちの悩みではあるのだが)、もう体中どこを探しても痛み苦しみを感じない部分はないのだろうという不快感や不安、絶望感から「もう死んだ方がいい、楽になりたい」という弱気な発言ばかりを繰り返す母に、ひたすら寄り添って励まし続ける父が誤りだというのなら、本当にこの世には救いも希望もないのかという気がするのだけれど、父に至っては自分のしていることが正しいか正しくないかというような他人の判断などより、そうすることしか出来ない、それしかないという祈りのような、一縷の望みのような思いで母の言いなりになり続け、その利己的でむら気な欲求に応え続けているのだと思う。

傍目には横着で横柄で、自分勝手にしか見えない母の態度も、すべて病気がそうさせるのだからと許容できる父の心理はもう神の領域に近いような気さえするが、もしかしたら一種の自己暗示というか洗脳状態のような感覚が、父の行動を支え、父自身に自浄作用のようなせめてものカタルシスをもたらしているのかも知れない。

口惜しいことに、まさきつねには父のような自己暗示による行動誘導みたいな精神管理のシステムもなく、平常心を保つ精神鍛錬もまるで出来ていないから、母の一見野放図で気儘な要求や、食欲不振からくる拒食や便秘による粗相といった幼児並みの行動や失敗に、その折々で腹を立て、声を荒げて叱るというお恥ずかしいありさまになってしまう。

そしてそのつど、母の方は小さな子供のようにしょんぼりと落ち込んでみたり、小さな声ですまなそうに謝ってみたり、時にはまさきつねに対するというより自分自身に腹が立つのか、まさきつねが怒るのは分かるけど仕方ないでしょうと声をとがらせて開き直ったような居直りをしてみたり、まあ家族同士の喧嘩なんてものは大抵こんなものなのだろうけれど、いろいろな色彩を帯びた悪天候の空のような様相を見せてくる。

まさきつねの方も母を叱った一方で、どうしてあんな言葉を使ったか、どうしてあんな態度しか取れなかったかと後になって後悔することばかりなのだが、それでも何をしても何を言われても、最後には一体いつ娘との間に、どんな修羅場があったかなどと何もかも忘れたような、けろりとした顔で無邪気にこちらを見つめてくる母を前にすると、ああやっぱり何を叱っても言い争っても仕様がない、いっそこっちも何もかもリセットしてやろうと起きたことのすべてを記憶の彼方に追いやってゆくことになる。

とはいえ、自分の吐いたものや出したものといった汚物の処置を家族や介護人に頼む一方で、今更恥ずかしいと言っていられないと割り切ったつもりでも、どこか理性の片隅で恥辱にまみれる自己にふるえ、何もかもお任せしますと投げ出しつつも、どこか感情の片隅でそんな自分を情ないという自己嫌悪と失意の底にあるのが、どんなに齢を重ねて記憶が曖昧になったとしても、まだわずかでも自我のある人間というものなのだろう。

してみると、どう考えても母の汚物処理に追われるまさきつねよりも、実際に汚物を出してそれにまみれている母の方が屈辱的で、自分に対する憤懣と不甲斐なさ、やりきれなさに意気消沈していることに間違いないのだから、どうしたってそんな母に追い打ちをかけるように冷ややかで残酷な言葉を投げかけたまさきつねが非道いということは、誰が聞いてももう明白の理でしかないのである。

介護の現場の怖ろしさは、介護にあたる側の人間が常にこの自分自身の奥底にある非人間的な冷酷非道さ、薄汚く薄っぺらい非人道的な醜悪さと面と向かって突きあわされ、汚物を頭からかぶっても仕方ないほどの自嘲的な敗北感と自己嫌悪感の深い内省に堕ち込まされるという、この精神的なルーティンのどつぼに落とされることなのだ。

介護している相手にどんなに何かを施しても、どんなに頑張ってその要求を呑んだとしても、最終的には思うようにしてあげ切れなかった、やり尽くせなかったという痛みと後悔の念だけが介護側の人間に残るという、どうあがいても理不尽だがどうしようもない、およそ達成感とは程遠い出口のない闇の深さ、虚しさ、挫折、それと真っ向から闘っていかねばならない怖さなのである。

(ところでお気づきの方もいるだろうが、この深淵な闇は子育ての現場にもある。結局は親と子の立場を入れ替えただけで、人間というものはどこまでいっても後悔と無力感の満身創痍から逃れられないように出来ている存在なのかも知れない。)

さて、そうは言っても、まさきつねにとってまだ幸いなのは少なくともまだ母は存命でおり、今日は後悔しても明日はまた、今日の失敗や失言を少しでも取り戻せる希望があるということだ。今日また自分の非情さを思い知らされたとしても、明日にはまた、もっと優しくなれる自分を探すことが出来るということだ。

ただ確実に分かっていることは、母がいなくなる日は(それがいつなのかは神のみぞ知るが)必ずどこかでやってきて、その失ったもののあまりの重さは介護に明け暮れる日々などより、はるかに大きい喪失感と虚脱感を、見送る側の人間たちにもたらすだろうということなのだ。


まさきつねは今も、繰り返し思う。

もう何度もブログ記事の中で、浅田選手の抱いただろう寂寥と空虚感には触れたけれど、そのずっと以前から、辛い闘病中の母を残して、(まさきつねみたいな普通の娘のように)その介助も看護もしてあげられない自分をひたすら鼓舞して、スケートアリーナの戦場に黙して旅立たねばならなかったアスリートの心中は、一体いかばかりだったのか。

(勿論決してそんなことはないのだけれど)母をまるで踏み台にするようにして、自分ひとりだけが世界の光の中へ飛び立ってゆくような、その胸を抉る良心の呵責、後ろめたさと罪悪感、勝利することだけがせめてもの罪滅ぼしのようなそんな切迫感の中で、あのフィギュア・スケーターは孤独な闘いを続けていたのではなかったか。

だからこそ、「お母さんありがとう」などという母の日のコピーセールスのようなペラペラの言葉で、「ママからのメッセージ」などという手垢まみれ綺麗ごとまみれの冠言葉で、単純にその闘いの日々や宝石のような教えを浄化されては一層その胸が傷つく。
誰も知らないだろう真の母親の姿を踏みつけにして、嘘や虚飾ばかりの小奇麗な母親像で塗り固められては、満身創痍で真の人生を生き抜いたひとの輝きが失われてしまう。
(デリカシーも想像力の欠片も持たない出版社、マスコミ、口さがない人間たちが、どれほど悲嘆に暮れる家族や浅田選手の傷口に塩をすり込んできたか、それはもう尋常ではない惨たらしさだ。)


いや勿論、こんなことはすべて、まさきつね自身の勝手な思い込みと想像や憶測にすぎないことなのだ。

だけれど、まさきつねの経験上、現実問題として、自分の家族や身近な中に病で苦しむ人間がいたとすれば、それはもう九分九厘、周囲にいる者の心はかき乱され、生活は翻弄され、その苦悩による精神的負担は一通りのものではなく、不動心を保つどころかただ立っている気力さえ奪われてしまいそうな脱力感に襲われて、普段普通に出来ていたこと、食事して話して笑うことすらどうしてよいか分からない、そんな状態になってしまうのが当然な状況なのだ。

ああ、浅田真央、あなたは本当に強かったとまさきつねは思う。

勝負にではなく、スポーツ競技のトップ争いにではなく、ただひとりの剥き出しの人間として、あなたはずっと、そして今もなお人生と闘い続けているのだ。


あなたを思うと、まさきつねは、今はまだ、どんなに厳しい介護の生活に明け暮れる中でも、たった一滴の涙でもこぼすことは出来ないと自分自身を強く律する。あなたを思うと、まさきつねの闘いはまだほんの始まったばかり、人生をまだ何ひとつ知ってもいなければ学んでもいないことを思い知らされる。

藤の花の咲く五月、あなたのあの『愛の夢』の透きとおるような衣装みたいに薄紫の花房が畳の上に届かぬほど短いと詠った歌人がかつていたけれども、そんな病の床にいるひとのどこまでも果てなき永遠を求める心情にも、その底知れぬ孤独にも、時として思い及ぶことも親身になることも出来ないでいる、そんな哀れで浅ましいふるまいを未だにしてしまう自分自身が、娘として恥ずかしくてたまらなくなる。

そしてあまりにも辛くて切なくて、どうしようもなく悲しくてたまらなくなったとき、人間は子供のように声を上げて、大粒の涙をこぼして、まるで血を吐くように悲痛な叫びを出したくなるものなのだけれど、まだそんな号泣は自分には許されていないと、まさきつねはしみじみと思う。

いつの日か、本当に大切なものが指の間からするりと抜けおちてゆくように、本当に心から愛していたひと、大事なひとが目前から消え去ってしまったとき、あなたのようにまさきつねの幼馴染のように、多くの娘たちがそうであるように、その時はまさきつねも声をふりしぼるようにして誰にも遠慮なく、すべてをきれいに流し去ってしまう土砂降りの雨のような涙を流して大泣きしよう。

胸が張り裂けるような思いをすべて吐きだして、母を亡くした娘たち誰もがそうするように、満開の藤の花が涙の雫のような花弁をあたり一面に降りこぼしているように、いつまでもいつまでも誰に咎められることもなく、すべてのものにすべてのことを許されて、ただ声を限りに慟哭しよう。


フィギュア298−3

フィギュア298−4

フィギュア298−5

フィギュア298−6

フィギュア298−7

フィギュア298−8

フィギュア298−9

フィギュア298−10

フィギュア298−11

フィギュア298−12

フィギュア298−13

フィギュア298−14


日は惜しみなく光を流した
その流れの中へ杏や梅は
溺れながら花々を埋めた
樹々の上ではもう審判の手が振られ
風は追われて
烈しい音を立てながら
空の向側へ倒れて行った
世界は耳を奪われたのだろう
そのまま静かに夜の方へ傾いた
折りたたんだ生命を深く秘めて
しばしハリネズミのように
花々は死を装うて眠った
もはや ひとつの声にも犯されず――
(笹沢美明『花々は』)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フィギュア298−15

フィギュア298−16


☆浅田真央(mao asada) この曲で演技を見たい #6 〜 F. Chopin - Concerto for Piano No.1☆


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン


2012.05.02 01:41|佳品嘆美
佳品嘆美26

月岡芳年『月百姿−雨後の山月 時致』1885年

北鎌倉扇谷(あふぎやつ)の遠狭(とほぜま)を刀(たち)もち行けど刀は叫ばず
(石原吉郎『北鎌倉』)


.。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。.


苛酷な収容所体験を持つシベリア詩人は胸中に刀を抱え、敗北を覚悟の道をゆく。死者が生者を弔い、沈黙が言葉を破る静謐な一刻。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ
blogram投票ボタン



2012.04.29 21:35|佳品嘆美
佳品嘆美25

ジョン・エヴァレット・ミレー『目覚め(起床)』1865年

おとうとよ忘るるなかれ天翔ける鳥たち重き内臓もつを
(伊藤一彦『瞑鳥記』)


.。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。. .。..。.


命あるものは等しく内に重たき生命器官を持つ。天高く飛翔しようとする魂は、使用期限付きの肉体に対するアンチ・テーゼなのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ
blogram投票ボタン


04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール

まさきつね

Author:まさきつね
ご訪問ありがとうございます

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR