月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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空中庭園の散歩 其の拾八 女王はもう森で踊らない

フィギュア307-1


ぼくはひとりで道に出る。
霧の中で石ころ道が輝いている。
夜は静かだ。 荒野は神の言葉に耳を傾け、
星は星と語り合っている。

天空はおごそかですばらしい!
大地は青白い光の中で眠っている・・・
どうしてぼくの心はこんなにも痛むのだろう?
何かを期待しているのか? 何かを悔やんでいるのか?

ぼくはもう人生から何も期待していない。
過ぎ去ったことなんかちっとも残念じゃない。
ぼくは自由と静寂を求めているのだ!
ああ、何もかも忘れて眠ることができたら!

だがそれはあの冷たい墓の眠りなんかじゃない・・・
ああ、ぼくはとこしえに眠りたい。
心のうちではいのちの力が静まり、
息づくたびに胸がかすかに上下する。

日がな一日ぼくの耳を楽しませつつ、
甘美な声が愛について歌い、
ぼくの上ではとこしえに緑に色づきつつ、
薄暗いカシの木が身を傾けてざわめくのだ。
(ミハイル・レールモントフ『ぼくはひとりで道に出る』)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まさきつねの気力があるうちに、続けてこのカテゴリー記事をUPしたい。

2009-2010年シーズンは五輪前哨の年で、タチアナコーチも「冒険はしない」と宣言されており、ショートのプログラムは前シーズンのフリーからの転用という、浅田陣営なりにエコな戦略となっていた。

しかし、まったく同じ楽曲を使用というのは目新しさに欠けるという欠点も併せ持っており、実際その点をついて曲の変更を求める声も少なからずあったのも確かだった。
特にエリック・ボンパール杯は2位、ロステレコム杯は5位で、シニア移行後初めてファイナル出場を逃すというGPシリーズでの不調が多くのスケート関係者の間でも騒がれ、代わって浮上したのがEX曲の『カプリース』をショートのナンバーに変更するという案だったが、メディア誌面をひとしきり賑わしただけで、実現することはなかった。

今にして思えば、キム選手の『007』を祭り上げる宣伝の派手さ、ご祝儀のように試合ごとにみるみる上がっていく不可思議なその得点に、当時のメディアも競技の関係者たちもただただ表層的に、日本の選手たちももっと華やかに、笛や太鼓で賑やかに盛り上げて対抗すれば何とかなるというくらいの認識でいたのかも知れない。

その前年のシーズンまでは確かに、実力は拮抗していたか、むしろ劣っていたはずの選手、精々中堅かその程度の立ち位置にいた選手が俄かに、演技の質もプログラムの難度も一切変わることなく、わずかにミスの回数が減少したという程度で、化け物のような得点を次々に叩き出し始めたのだから、キム選手以外の選手の陣営や各国の競技関係者が当面の対抗策をとりあぐねたのも無理もない話なのである。

「キムは奇跡だ」と語るブロガーは数多い。

だが何をもって奇跡と呼ばれるのか。
浅田選手はかつて『ミラクル・マオ』と冠された。一方、キム選手はmarvelと評され、これは「驚異」や「謎」と訳されることもある。

言葉のニュアンスだと言われればそれまでだが、まさきつねはやはり作為的なものの存在を感じている人々が皮肉っているようにしか思えない。
ウィアー選手はロンドンのワールドの後、「彼女には女王と呼ばれる理由がある」とツイートした。彼女を女王たらしめているもの、それもどこぞの伏魔殿がかけた謎だろう。

年を追うごとに劣化しているとしか見えないステップやポジションに、ここぞとばかりに惜しげもなく盛り上げられる加点は、どんな言葉で取り繕ったところでもはや常軌を逸しているとしか考えられず、コストナー選手でなくとも「別次元」と受けとめるしかないだろう。

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さて、まさきつねが今回ご紹介したいのは、レールモントフにもハチャトリアンにも一切関係のない、イギリスで活躍した絵師とその作品なのだが、その甘美で官能的な魅力は一目瞭然、言葉による取り繕いの必要もなく、まさきつねごときが解説を加える必要性など欠片もないものである。

絵師の名前はカイ・ニールセン、コペンハーゲン出身で、パリで絵の修行をし、1913年にイギリスで挿絵画家としてデビューを果たしたが、第一次大戦の勃発とともに豪華な挿絵本の出版する版元が消えたために、以後画家としては不遇の生涯に埋もれた芸術家である。

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☆カイ・ニールセン挿絵集☆

元々、劇場の舞台監督と女優を父母にもつニールセンは豊かな芸術的環境で育ったこともあり、画風にもその影響は色濃く反映しているが、本の仕事がなくなった後、糊口を漱ぐためにコペンハーゲンへ戻って、舞台装飾やコスチュームデザインなどを手がけている。やがて1936年、その一環として関わった舞台のひとつがアメリカ上演されるのを機に妻とともにカリフォルニアへ渡り、やがてハリウッドでディズニー・アニメーションという新分野に乗り出すことになる。

ニールセンの幻想的な画風にほれ込んだディズニーは、当時手がけていたアニメーション大作『ファンタジア』の中の使用曲、『アヴェ・マリア』と『禿山の一夜』の背景を制作依頼し、ニールセンはほかにも近年ようやく公開された『リトル・マーメイド』などのクレジットにも名を連ねている。

だが制作現場の過酷な労働条件や、動画と彼の画風との相性の悪さといったいくつかの面で折り合いがつかなくなり、首を切られた後は生活に困窮して、結局、養鶏場や教育現場といった絵画とは離れた分野の仕事で細々と暮らしの糧を求めていたようだ。
そんな不遇な中でも、彼に目をかけた図書館員の助けを借り、中学校の壁画を二年かけて完成させ絶賛を受けるという偉業をなしている。
ところが、学校の閉鎖とともに芸術に理解のないお役人らの無情な決定で壁画が外されるという憂き目に遭い、図書館員らの訴えで公的にもようやく絵の価値が認められて、再び二年の歳月をかけて壁画を修復するという辛苦を味わっているのである。

ニールセンの作品価値を認めたロスアンジェルスの教会や、ワシントンの中学校など、いくつかの壁画注文をこなした後、ついに芸術方面の仕事で声がかかるということがなくなると、貧窮生活のまま苦難は報われることなく、1951年に71歳で逝去している。
葬儀は彼自身が壁画を手がけた教会で行われているが、遺品として残された作品はどこの美術館や画廊からも引き取りの声が上がらなかったという。

この前のメイエルホリドに続き、何でこのブログって悲惨な逆境に立つ芸術家の、地べたを這いずるような人生ばかり取り上げるのと、いささか気の滅入る思いで読まれている訪問者も多いだろう。

まさきつねも申し訳ないと思うが、それだけ真の芸術というのはその先進性ゆえに同時代の理解を得難く、周囲からちやほやされることなく多くの偏見と無知に晒されて、辛酸を舐めるという憂き目に遭いやすいものなのだ。

教科書通りでいつも同じ、毎度変わらないから安心できるなんて形容詞が、完全無欠の優等生に対する最高の褒め言葉で、それに勝る讃辞はないなんて単純に信じられる人々はまことおめでたいとまさきつねはつくづく思う。

本当の芸術家なら、自分がいかに全身全霊傾けて、それまで根気強く作り上げ完成させたものでも、さらに新しいものへ進化し、もっと違う世界へ変貌を遂げていくためなら、すべてを無へ投げ出して、一からやり直すためにとことん壊すことも厭わないはずだろう。

完璧であることは所詮、停滞し、同じ場所に踏みとどまっていることの代名詞に過ぎないのだから、これ以上なく完成されたと評されてしまった芸術家なら、自分がもはや美しいもの、新しいことを創造する力を失っていることを思い知り、自分がすでに失ってしまったすべての自由、あらゆる夢みる力を焦がして、のた打ち回って嘆くだろう。

過去の地位や名声に縋るクリエイターなど、もはや芸術家でも何でもないが、名ばかりの栄光や中身のない賞讃で有頂天になって、執着から逃れられずに先に進もうとしない人間のどこに魅力があるというのか。

無論新しいものばかりが好いとはいえず、革新に失敗とリスクはつきものだが、たとえどんな結果であれ、創造的活動においてはそれを厭わない挑戦と冒険にこそ、最大の賛辞が贈られて然るべきとまさきつねは信じている。


閑話休題。以下はニールセンの代表作、『十二人の踊る姫君』に付けられた挿絵である。
まさきつねはニールセンの挿絵本や画集を何冊か、別ヴァージョンで収集しているが、日本の翻訳本もあるので、ご興味のある方は直接お読みになると良いと思う。

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まずは『十二人の踊る姫君』のあらすじを一応かいつまんで紹介しておこう。

*****

モンティグニーサー・ロックの村に住む天涯孤独の孤児「夢見るマイケル」は、ある日樫の木の下で昼寝をした時、ベル=イルの城にいけば王女を妻にできると美貌の女性のお告げを受ける。三度同じ夢を見た時、マイケルはベル=イルの城へ行くことにする。そこには十二人の美貌の姫君たちがおり、その王女たちは三重に鍵のかけられた部屋で寝ているのに、朝になるとサテンの靴がすりきれて穴だらけになるという噂になっていた。王様は靴の謎を解いた者に王女と結婚させるというお触れを出していたが、その難題を解いた者はまだおらず、そればかりか王女の部屋の前で不寝番をかってでた王子たちの姿までが消えるというありさまだった。
マイケルは城の園丁に雇われ、みごと王女たちの靴の謎を解く。王女たちは夜な夜な城を抜け出して、三つの妖しの森を通り、湖の向こうにそびえる城で、雄鶏が三度鳴く朝が来るまで一晩中踊り明かしていたのだ。そして彼女らの踊りの相手になっているのは、心を凍らされて踊ることしかできない人形に変えられてしまった行方不明の王子たちだったのである。
王女たちの一番末の妹リナは、マイケルが自分たちの秘密を握ったことを知る。十一人の姉たちは「結婚してあなたも園丁になれば」とリナをからかうが、マイケルが靴の謎を解いたことを知ると、一転マイケルを始末することを計画する。リナはマイケルも踊り人形にする提案で姉たちの計画を思いとどまらせるが、王女たちの密談のすべてを知るマイケルは「リナの幸福のために身を捨てるのなら、それもいい」と王女たちの計画に自ら飛び込むのである。
そして王子の盛装で準備万端整えたマイケルは、十二人の王女たちと次々に踊った後、ついに人間を踊り人形に変える薬が盛られたゴブレットを手にする。だが、マイケルが飲もうとした瞬間、たえかねたリナは「踊り人形のあなたを見るくらいなら、私は園丁の妻になることのほうを選びます」とそれを思いとどまらせるのである。
こうして妖しい魔法はすべて解かれ、リナが園丁の妻になるのではなく、マイケルが王子になることで物語は大団円。月光の下で娘たちが歌う歌で結びとなる。
「もう、森へは行かないわ 枝は切られてしまったのだから 秘密はなくなってしまったのだから」

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おとぎ話のストーリーはまったくレールモントフの『仮面舞踏会』に重なるものではない。
だが、このお話のクライマックスの挿絵は、たまらなく甘い舞踏会の一夜を限りなくロマンティックに描写していて、毒を飲んだニーナが薄れていく意識の中で、最後に思い出した宮廷の晩餐会はおそらくこんな夢でなかったかと想像するのである。

そしておとぎ話らしい大団円につながっていくクライマックスで、毒が盛られたゴブレットを差し出されたのは王女ではなく男性の主人公の方で、懊悩の果てに寸前で男性を死から救ったのは、愛に殉じた王女の献身だった。愛するひとを失うことよりも王族の身分を失う方を選んだ王女の覚悟は、夫の愛を失ってしまったニーナにとって、何よりも羨ましい自己犠牲の発露だっただろう。

愛は常に残酷だ。
与える以上の自己犠牲を求め、そのくせ献身による見返りが必ず約束されるわけではない。

それでも愛が何より尊いと誰もが思えるのは、その夢のはるかな美しさ、純粋な魂の得がたさに誰もが気づいているからだ。

ニーナの死はリナの幸福の裏腹にある。
愛を求め、愛の幸福を信じていたニーナであるからこそ、彼女が夢想する仮面舞踏会は永遠の森の中、無垢な少女の夢の中で、いつまでも続いているのである。


さて、さらにとりとめのない話になってくるが、脱線ついでに論を進めさせていただくと、まさきつねはこの物語の最後に出てきたひとつのフレーズがこころに引っかかっている。

娘たちの歌の歌詞にある「もう、森へは行かない」という部分なのだが、多少シャンソンを聴きかじったことがある人なら、あるいはその昔、TBS系のテレビドラマで山田太一脚本の『沿線地図』(1979年)を視聴したことがある人なら思い当たるかも知れないが、フランスの歌手フランソワーズ・アルディの歌った『もう森へなんか行かない』というヒット曲を思い出されるのではないだろうか。

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☆Françoise Hardy - Ma jeunesse fout l'camp☆


フランソワーズ・アルディは1944年生まれの生粋のパリジェンヌで、十代のころからバルザックやロマン・ロランなどを読み漁った文学少女だった。16歳のころから両親に買ってもらったギターで自らシャンソンを書き始め、ソルボンヌ大学では政治学を学ぶ知性をもちながら、ファッション雑誌『エル』のトップ・モデルを務めるなど、多面的な魅力が彼女の持ち味である。
初期はアイドル歌手のような扱いをされることが多かったが、細身の長身というスタイルには中性的かつクールでアンニュイな雰囲気が漂い、また歌い方もけだるくどこか果敢なげで、フォトジェニックなルックスとナイーブで繊細な印象の個性はやがて、内省的な孤独感と芸術的な深みを帯びてゆき、セルジュ・ゲンズブールらとの親交が強まる中でシンガーソング・ライターや女優といったクリエイティブな仕事が充実していく。

多方面にありあまる才覚を発揮しながら、通俗的なショー・ビジネスやマスコミを嫌った彼女は、一時期活動を停止するなど、世間に迎合することなく独自のやり方を貫いた。私生活でも「未婚の母」であることを選択するなど、世間一般の社会通念にこだわらない自由なポリシーを信条としているようである。

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『もう森へなんか行かない〝Ma jeunesse fout l'camp"』は1967年、ギイ・ボンタンペリがアルディのために書いた曲である。原題は「私の青春は過ぎ去ってゆく」という直接的な内容そのままの意味だが、歌詞はもっと象徴的な意味が含まれており、その下敷きとなったのが、フランスの古い童謡「私たちはもう森へなんか行かない〝Nous n'irons plus au bois″」で、アルディの歌の歌詞の中にもこのフレーズが含まれている。
邦題はこのフレーズを用いてつけられたものだが、哀愁を帯びたメロディーと、このシニカルだがどこか切ないフレーズのあやの相乗効果で、日本では一時期アルディブームが起きるほどのヒットとなった。


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☆Ma jeunesse... ~ Françoise Hardy ~ 1967☆


私の青春は過ぎ去ってゆく
韻を踏み
一篇の詩をたどって
腕をだらんと垂らして
私の青春は
枯れた泉へと逃げ去ってゆく
そして柳の枝を切り落とす杣人が
私の二十歳の若芽を刈り取る

私たちはもう森へなんか行かない
詩人のつくった歌
安っぽいルフラン
俗っぽい歌詞を
祭りで出会った男の子たちにむかって
夢に浮かれて歌ったけど
でも、もうその名前さえ忘れてしまった
名前さえ忘れてしまった

私たちはもう森へなんか行かない
スミレを摘みに出かけることはない
今日はそぼ降る雨が
私たちの足跡を消してしまう
子どもたちはたくさんの歌を覚えているけれど
でも、私はその歌を知らない
私はその歌を知らない

私の青春は過ぎ去ってゆく
ギターの調べとともに
私から去ってゆく
静かにおもむろに
私の青春は去ってゆく
断ち切られた絆のあと
その髪に
私の二十歳の花を飾って

私たちはもう森へなんか行かない
秋がもうそこまでやって来ている
私は春を待つしかない
退屈しのぎの花をむしり取りながら
でも、春はもう戻らない
私の心がふるえるのは
それはただ夜のとばりが降りるから
夜のとばりが降りるから

私たちはもう森へなんか行かない
もう一緒には行かない
私の青春は過ぎ去ってゆく
あなたの歩調にあわせて
それがどれほどあなたに似ているか
あなたが知っていたなら
でも、あなたはそれを知らない
あなたはそれを知らない

Ma jeunesse fout l'camp
Tout au long d'un poème
Et d'une rime à l'autre
Elle va bras ballants
Ma jeunesse fout l'camp
A la morte fontaine
Et les coupeurs d'osier
Moissonnent mes vingt ans

Nous n'irons plus au bois
La chanson du poète
Le refrain de deux sous
Les vers de mirliton
Qu'on chantait en rêvant
Aux garçons de la fête
J'en oublie jusqu'au nom
J'en oublie jusqu'au nom

Nous n'irons plus au bois
Chercher la violette
La pluie tombe aujourd'hui
Qui efface nos pas
Les enfants ont pourtant
Des chansons plein la tête
Mais je ne les sais pas
Mais je ne les sais pas

Ma jeunesse fout l'camp
Sur un air de guitare
Elle sort de moi même
En silence à pas lents
Ma jeunesse fout l'camp
Elle a rompu l'amarre
Elle a dans ses cheveux
Les fleurs de mes vingt ans

Nous n'irons plus au bois
Voici venir l'automne
J'attendrai le printemps
En effeuillant l'ennui
Il ne reviendra plus
Et si mon cœur frissonne
C'est que descend la nuit
C'est que descend la nuit

Nous n'irons plus au bois
Nous n'irons plus ensemble
Ma jeunesse fout l'camp
Au rythme de tes pas
Si tu savais pourtant
Comme elle te ressemble
Mais tu ne le sais pas
Mais tu ne le sais pas

***************


フランスをはじめヨーロッパの人々にとって、日常のなりわいと森とのかかわりは深い。
木の洞や草の陰、水辺など深い緑のあちこちにさまざまな生き物が棲み、春には花が、秋には木の実や茸など多くの自然からの恵みにあふれた場所は、昔から日々の糧の宝庫でもあったし、大人子どもを問わず、遊びと憩いのひとときを過ごすところでもあっただろう。パリのような都会でも少し離れた近くの郊外には古くからの森が残され、きれいな小道が縦横に走って、週末には家族連れで散策ができるように手入れされている。

そもそも「森へ行く」という表現自体が古来から、ヨーロッパ人にとって恋人たちが人目に隠れて逢瀬を重ねるという隠語であり、「森でスミレを摘む」というのは、シューベルトの歌曲にもあるように、愛するひとを探すという文脈が隠されている。
アルディの歌のベースになった童謡は、「一緒に踊って、踊るのを見て、跳んで、はねて、好きなあの子にキスをしてEntrez dans la danse, voyez comm' on danse, Sautez, dansez, embrassez qui vous voudrez.」という歌詞が節の最後に繰り返し挿入され、子どもたちは輪になってこの歌を歌いながら、次々別の輪に入ったり入れ替わったりをして遊ぶという、いわば日本の「通りゃんせ」や「かごめかごめ」のような振付の付いたわらべ歌のようなものだ。

こちらの歌詞も以下の通りだが、一説によると作詞者はポンパドゥール夫人(Madame de Pompadour 1721年12月29日-1764年4月15日)で、楽曲はグレゴリオ聖歌の[天使ミサ (la messe De Angelis)] からキリエ冒頭の旋律を使用しているという。真偽は確かではないようだが、18世紀ころに成立して、以後、フランスでは誰でも知っている遊び歌として歌いつがれてきたらしい。

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☆nous n'irons plus aux bois☆


もう森へは行かない 月桂樹(ローリエ)が枯れてしまったから
かわりに可愛いあの子に踊ってもらうね
一緒に踊って、踊るのを見て
跳んで、はねて、好きなあの子にキスをして

可愛いあの子に踊ってもらうね
でも月桂樹(ローリエ)が枯れたのはそのままでいいの
一緒に踊って、踊るのを見て
跳んで、はねて、好きなあの子にキスをして

月桂樹(ローリエ)が枯れたのはそのままでいいの
だめだよ 順番に行って拾わなくっちゃ
一緒に踊って、踊るのを見て
跳んで、はねて、好きなあの子にキスをして

順番に行って拾い集めてきたよ
セミが寝ていても、起こさないようにしてね
一緒に踊って、踊るのを見て
跳んで、はねて、好きなあの子にキスをして

セミが寝ていても起こさないようにしたよ
夜啼き鳥(ナイチンゲール)の声が聞こえるまで
一緒に踊って、踊るのを見て
跳んで、はねて、好きなあの子にキスをして

夜啼き鳥(ナイチンゲール)の声が聞こえるまでね
甘い声の鶯も一緒に啼きだすまでね
一緒に踊って、踊るのを見て
跳んで、はねて、好きなあの子にキスをして

甘い声の鶯も一緒に啼きだすまでね
白い籠を持った羊飼いのジャンヌが出かけるからね
一緒に踊って、踊るのを見て
跳んで、はねて、好きなあの子にキスをして

白い籠を持った羊飼いのジャンヌが出かけるからね
野いちごや野ばらを摘みに出かけるからね
一緒に踊って、踊るのを見て
跳んで、はねて、好きなあの子にキスをして

野いちごや野ばらを摘みに出かけるからね
セミよ、セミよ さあ歌ってね
一緒に踊って、踊るのを見て
跳んで、はねて、好きなあの子にキスをして

セミよ、セミよ さあ歌ってね
森の月桂樹(ローリエ)がまた芽をだした
一緒に踊って、踊るのを見て
跳んで、はねて、好きなあの子にキスをして

Nous n'irons plus aux bois Les lauriers sont coupés
La belle que voilà la laiss'rons nous danser
Entrez dans la danse, voyez comme on danse,
Sautez, dansez, embrassez qui vous voudrez.
La belle que voilà la laiss'rons nous danser
Et les lauriers du bois les laiss'rons nous faner
Entrez dans la danse, voyez comme on danse,
Sautez, dansez, embrassez qui vous voudrez.
Non, chacune à son tour ira les ramasser
Si la cigale y dort, ne faut pas la blesser
Entrez dans la danse, voyez comme on danse,
Sautez, dansez, embrassez qui vous voudrez.
Le chant du rossignol la viendra réveiller
Et aussi la fauvette avec son doux gosier
Entrez dans la danse, voyez comme on danse,
Sautez, dansez, embrassez qui vous voudrez.
Et Jeanne, la bergère, avec son blanc panier,
Allant cueillir la fraise et la fleur d'églantier
Entrez dans la danse, voyez comme on danse,
Sautez, dansez, embrassez qui vous voudrez.
Cigale, ma cigale, allons, il faut chanter
Car les lauriers du bois sont déjà repoussés
Entrez dans la danse, voyez comme on danse,
Sautez, dansez, embrassez qui vous voudrez.

***************


わらべ歌というものは古今東西、得てしてそんなものだが、実にたわいのない内容である。
だがひとつひとつの言葉の持つ象徴性を考えていくと、無作為に並べられたように見えるモチーフや定型句さえ、何らかの意味があって選ばれていることがわかるのだ。

たとえば第一節にでてくる月桂樹(ローリエ)だが、ヨーロッパでは製薬や香辛料にも使われる大事なハーブのひとつで、古代ギリシャの時代から神聖化されて、月桂冠のような勝者や栄光の証として伝えられている植物である。この月桂樹に守られている森ならば、怖い魔物や毒のある生きものがいても子どもたちは安心して出かけることができる。だが月桂樹が枯れてしまったら、子どもたちはもう森で楽しく遊べない。
そこで登場するのが、セミと夜啼き鳥(ナイチンゲール)と鶯だ。

セミはヨーロッパではあまり馴染みのある昆虫ではないようだが、南仏では幸運を運ぶシンボルとしてさまざまなモチーフに使われており、アジアの中国などでは土中から出てくる生物として復活の象徴とされている。イソップ寓話の『蟻とセミ(←近年は分かり易いキリギリスに変換されているが元々はセミ)』にあるように、夏に楽しく歌を歌って過ごす楽天家の代名詞でもある。

そしてナイチンゲールは、古代ギリシャ・ローマでは我が子の死を嘆き悲しむ母の象徴であったらしい。嘆きの声は愁いと甘美な響きを持ち、それは後に詩歌への憧憬をいだく者たち、すなわち詩人の立場からは見倣うべき師と仰がれ、詩人たちは自らを「ナイチンゲールの弟子」と称することとなった。
ナイチンゲールの鳴き声は、ヨーロッパの民間信仰では、夜に煉獄の憐れな魂が助けを求めて上げる声と考えられてきたが、キリスト教では一転、天国へのあこがれをあらわすものとされ、いずれにしても悲しみに相反して希望や恋慕を詠う存在と受けとめられてきたようだ。

ナイチンゲールの近種である鶯もまた、その特殊な美しい声から、幸運の予兆とされている。
つまり月桂樹が枯れた後、セミやナイチンゲールや鶯ら、幸運をはこぶものたちの出現によって、羊飼いの娘が野いちごや野ばらを摘みに出かけられるように、月桂樹は再び芽吹き、森はもとの穏やかさを取り戻すという結びである。

アルディの歌は、この童謡の大団円を踏まえて、もはやこんな幸せが二度と訪れることはない、私の青春はもう終わってしまったのだからと、終始哀感を帯びた嘆きを語っている。

だが実際にこの歌が日本でも大ヒットになるほど魅力的だったのは、まだ充分青春の盛りといえる二十代のアルディがそのアンニュイな響きの柔らかな声で、過ぎ去った日々への憧れを込めて失われてしまったものへの悲しみを歌っているからであり、彼女の見た目や声の若さや美しさとは相容れないはずの歌詞の内容やテーマが、ただの時間的な老いや近づく死に添っているだけではなく、年齢や経験に関係なく誰もが運命的に背負っている、それぞれの時代で受け入れねばならぬ悲しみや嘆き、人生の理不尽さ、不条理さといったもの、あるいは無法に降りかかる絶望やそれ故の喪失感という幅の広い憂いを伝えているからではないのかと、まさきつねは思う。

人生の無常は老いも若きも関係ない。

運命の過酷な仕打ちは、運と言ってしまえばそれまでだが、時として誰かにはなぜか甘くスルーしていくが、また別の誰かにはあまりにも厳しく残酷な一面を顕わにする。

アルディの物憂げでどこかメランコリックな歌は、なげやりに人生のはかなさや愛の不毛を伝えながら、それでもわずかに残る夢や希望、過ぎた青春でも咀嚼すれば苦味だけでなく、どこかにほのかに感じる甘さといったもの、絶望の中でもアンビヴァレンツな光の存在を感じさせてくれる。

それはアルディの、無表情で気怠くクールな面立ちの中にも凛として現実を見据える視線があり、その視線が放たれる深いブルーの瞳の底には、理知的で鋭い感性と悲しみを受けとめる優しさが秘められていて、色を持たない孤独と静謐な美しさに縁どられたその歌が、もう森へ行くことのできない絶望や死を乗り越えた先にある永遠に、歌を聴く者の思いを遠くいざなってくれるからなのだろう。

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翻って思うに、若くして非業の死を遂げたレールモントフの人生も、七十代まで生きたが不遇の時代が多かったニールセンの人生も、彼ら自身の見地からすれば確かに不条理なものではあるけれども、その悲劇性が彼らの生涯や作品の価値を下げ、つまらない、くだらない一生だったと唾棄されるいわれは微塵もないのだ。

彼らが生涯かけて遺した作品は、その創作された時の情熱や美しさそのままで、後世にもその真価を問い続ける。泥に埋もれていた宝石も、踏みにじられてきた名前も、打ち捨てられてきた輝きも、時代が下って何の邪念も下心もない純粋な眼には何の曇りもなく、濁った言葉に振り回されることもなく、ただその価値だけが映るだろう。

愚かな利権の追従者にはどうでもいいことかも知れないが、美しいものは美しいと、きらきらしたものに憧れる無垢な少女のような心だけが、魔物の潜む暗い森に出かける若者のむこうみずな冒険や、自己犠牲を払っても純粋な愛を求める人生の価値を理解する。

波乱にとんだ青春に倦み飽きて、枯れ果てた泉で疲れた足を洗って、森を抜けた後は手にした人生の分け前に執着するばかりの老いさらばえた心には、今も踊りやまない少女のあどけない笑顔、天真爛漫な夢への挑戦心など、まったく無意味で「別次元」の世界だろう。

ひとは誰しも歳をとる。老化は誰にとっても避けがたい人生の無常である。
だがそれでも、無鉄砲に不可能と思われる夢に挑戦し、理想を追い求め、真実の愛に近づこうとする若さの価値を、青春を過ごした森へのあこがれを、(身体的にはすでにぼろぼろのまさきつねだが、)いつか流した涙の記憶とともに忘れたくはないと思うのである。


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今回は、五輪シーズンのショートプログラムから『仮面舞踏会』の画像をご紹介しよう。
ただあまり大量なので、バンクーバー五輪以降はまたの機会にする。

まずはエリック・ボンパール杯での水色の衣装。

☆Mao Asada SP TEB 2009☆

ロマンチックで爽やかな薄い色の衣装もこの頃では目新しかったが、昨季のフリー演技との相違を強調するイメージチェンジの狙いもあったのではないか。
だがPCSでは思わぬジャッジからの洗礼を受け、キム選手とは12.17もの得点差をつけられ、メディアはこぞってSPの改造を口にした。

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こんな甘い砂糖菓子のような衣装でタチアナコーチが表現したかったもの、それは、初めての仮面舞踏会を待ち望む少女の初々しい夢やまだうら若い妻の見た愛の幻だったのだ。
マスコミやアンチが何とかの一つ覚えのように書き立てた「目新しさがない」「曲調が重い」、はては「絶望的」というネガキャンが、いかにコレオグラファーの深慮や創作的な動機に無理解な薄っぺらい論評だったかと思う。

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次に迎えたロステレコム杯では、前の試合結果を気持ちの上で振り払うためか、衣装を一新し、色もさらに可愛らしいストロベリーキャンディのようなピンクに変えてきた。

☆Mao Asada 浅田真央 2009 Japanese Nationals (SP)☆

華やかさと優雅さが増し、音楽の響きも衣装のせいか心なしか明るく優しいものに聞こえたが、肝心の演技はジャンプの出来がさんざんで、51.94とこれまでにない最低の得点を記録した。
だが、ステップの切れ味やスパイラルのポジションはあいかわらず完璧で、決して不調ではないのに踏ん切りが悪く、ジャンプをうまくまとめることができなかったのは、どこかに精神的なダメージから立ち直っていない虚無感があるように思われた。

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GPの二位と五位という結果からこのシーズンは結局、グランプリファイナルへ出場することはかなわなかったが、メディアによる根拠のない非難と中傷の嵐の中、年末の全日本、そして続く四大陸選手権と孤独な闘いに挑み、二戦とも見事優勝。
バンクーバーに向けて着実に歩みを進め、けっしてあきらめない姿勢を最後まで崩さなかったのは、その挑戦した試合結果以上に見事だった。

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青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。
(サミュエル・ウルマン『青春』)

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Comment

マロン says... "初めまして"
初めてコメントさせて頂きます。

フランソワーズ・アルディ。
懐かしいですね。「さよならを教えて」とかの気だるい歌声。魅力的でした。

カイ・ニールセンも、当時絶大なる魅力を感じてわずか二冊ですが購入しておりました。

「太陽の東・月の西」「おしろいとスカート」

そのような末路を歩まれたとは…。存じ上げませんでした。

でも、如何なる境涯であろうと、如何なる自分であろうと
「自らの内なる真実」は誤魔化せない。

やはり自らの真実に殉じるしかない、それしか道は無い、
と思います。
2013.04.07 20:13 | URL | #- [edit]
マロン says... "すみません。"
すみません。細かいことですが。

先のコメント中「絶大なる」は「多大なる」に訂正です。

実は最初違う言葉だったのですが、今ひとつと思って変えたのです。

しかしこうしてみると、愕然とする位に自分の思っていたのとニュアンスが違う。

ので訂正です。

あと、この「仮面舞踏会」の衣装は本当に素敵でしたね。
全く他の衣装とは違っていた。とても華やかで。
2013.04.07 21:09 | URL | #MGlkgGm. [edit]
まさきつね says... "内なる真実"
マロンさま

初めまして。ご訪問うれしいです。

言葉のニュアンス、たった一字の違いでも難しいですね。まさきつねも書いた記事を書きなおすこと、しばしばです。

まさきつねは自分の好きなものや気になったもの、興味がわいたものをブログにつれづれ書き散らしていますが、どのアーティストもクリエイターも、自分に正直で、自分の信念を貫いて妥協しないという点で共通しています。
後悔しない生き方って、そういうことですよね。

そして作家の人生や人となりを知らなくても、その作品の美しさや真価は伝わる。
「自らの内なる真実」は作品ににじみ出るものですね。

浅田選手の仮面舞踏会の衣装は、フリーもショートもどれも素敵でしたね。そして演技もコレオも、申し分なく完成された出来でした。
当時、ネットのアンチやマスコミがさんざん叩いていたのは一体なんだったのでしょう。
故意にしろそうでないにしろ、演技手の内なる真実を見ようとしなかった人間が大勢いたからでしょうね。

ソチを前に、いびつな情報やマスコミの煽りに躍らされたバンクーバーの二の舞だけはしたくないものですね。
2013.04.07 22:11 | URL | #- [edit]

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