月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

凍れる星の王子の薔薇 其の弐

フィギュア350-1

Welche Musik soll an Ihrer Beerdigung gespielt werden?
「ご自分の葬儀で流したい曲があるならば?」
Die «Vier Jahreszeiten» von Vivaldi. Das Stück begleitet mich schon mein ganzes Leben. Als ich klein war, lief meine Schwester eine Eislaufkür dazu - es erinnert mich an meine Kindheit. Dann war es 2006 meine Musik, als ich WM-Gold und Olympia-Silber gewann.
「ヴィヴァルディの『四季』でしょうね。この曲は僕の人生において常にそばにありました。僕がまだ子供だった頃、姉がこの曲でスケート演技をしたのです。だから聞くたびにその頃のことを思い出します。2006年には僕がこの曲で滑って、世界選手権では金メダル、オリンピックでは銀メダルを獲得しました。」
Die bisher dümmste Idee Ihres Lebens?
「今までの人生で一番馬鹿なことをしたと思うのは何でしたか?」
Die rote Katze. Ich habe tatsächlich einmal ein Showprogramm gezeigt, verkleidet als rote Katze. Und leider ist das Video auch noch auf Youtube aufgetaucht (wirft die Hände vors Gesicht).
「赤猫でしょう。一度、赤い猫の格好をしてショーで滑ったことがあるんです。残念なことにユーチューブにまでその映像が流れてしまって(顔をてのひらで隠しながら)。」
Welche Bücher haben Ihr Leben massiv beeinflusst?
「あなたの生き方に影響を与えた本は何ですか?」
«Der kleine Prinz». Diese Geschichte hat meinen Geist und Horizont geöffnet.
「『星の王子さま』ですね。この物語は僕の心を開放し、広い視野を与えてくれました。」
Wer ist Ihr bester Freund?
「あなたの一番のお友だちは?」
Meine Katze Wonka. Sie widerspricht mir nie (lacht).
「僕の猫のウォンカ。彼女は僕と一心同体ですから(笑)。」
(ステファン・ランビエール『SCHWEIZER ILLUSTRIERTE』2016年4月22日インタビューより抜粋)
【«Das persönliche Interview» mit Stéphane Lambiel】

◇◇◇◇◇

フィギュア350-11


ランビエールは過去に幾度か、プログラムのレベル上げに固執するあまり、選手一人ひとりの個性が失われたり、演技の芸術性が損なわれたりすることに対する危惧をインタビューで答えているが、それに対するひとつの対処法として、アイスショーでの展開や、プロのスケーターたちによる親善試合のようなものを視野に入れて、フィギュア競技の未来を考えているようだ。

以下参照:Icenetwork/Posted 7/15/15 by Vladislav Luchianov, special to icenetworkより抜粋
lambiel: 'I prefer investing in my sport and my art'
Swiss choreographer elaborates on recent work with world-class students
【Lambiel: 'I prefer investing in my sport and my art'】

Icenetwork: In 2012, you told me that the complexity of programs has attained a level never reached before, but that, unfortunately, the artistry has been somewhat lost in the process. Has anything changed in the last three years?

Lambiel: I think it has become difficult to be creative when you have to follow so many rules, to get the highest levels. Every season, the rules change and new features become the focus of the technical panel, which basically means that everyone has to have them. As a result, most pairs and single skaters do the same lifts, step sequences and spins.
In 2014-15, it was like that with the illusion entrance into spins. And it doesn't even look good half the time. But despite that, when you are able to forget a little bit about the math, and just perform well and share your emotions with the audience and the judges, everyone feels it. There's something in the air. As an athlete, you know when you're on your way to a medal or to the title. Fortunately, this hasn't changed!

Icenetwork: In May, 21-year-old U.S. skater Samantha Cesario, who is known for her artistic and creative approach, announced her retirement, saying that the new scoring system didn't lend itself to her strong suits (performing for an audience, bringing music to life, etc.). Do you fear that early retirements may become a trend in our sport because of such factors?

Lambiel: I don't think it will be a trend. Skaters are athletes; they want to win, and for that they need to abide by the rules and do the best they can, given the constraints. Of course, everyone has the right to take a different route if they feel that things don't work for them anymore. Everyone has their own motives for retiring. Personally, I hope that show skating continues to develop because that's where you can really be free. Professional competitions would also be a great addition if an arrangement can be found with the ISU.

記者:2012年にあなたは、「プログラムの複雑さがこれまでにないほど高いレベルに達してしまった。その反面、残念なことに芸術性が少々失われる結果になっている」と語っています。あれから三年経って何か変化はありましたか?

ランビエール:競技選手はたくさんのルールに従って、最高のレベルを目指します。その中で、演技の独創性を追求するのは、ますます難しくなったと思います。毎シーズン、ルール変更があり、テクニカル・パネルが注目する部分も変わりますが、選手たちはみなこぞってそれに適応しようと努力します。その結果、ペアもシングルの選手も、ほとんどが同じようなリフトやステップ・シークエンスやスピンをやることになってしまうのです。
2014-15シーズンでは、イリュージョンスピン(ウィンドミル・スピンの別名で、キャメルスピンの体勢からフリーレッグと上体を斜めに傾けて風車のようにスピンに入ること)がひとつの流行でした。なのに、ほぼ半々の割合で出来がよくなかったのです。
しかし、たとえそうであっても、得点のことを少し忘れて、良い演技をすることに専念することで、観客やジャッジに思いのたけを伝えることができたとしたら、それは必ず彼らに伝わるのですよ。そのような演技は自分でも何かを感じるのです。アスリートとして、自分がメダルを獲れるとか、勝てるとか、そんなときには自分でも薄々わかるのです。幸いなことに、この感覚は昔からずっと変わらないのですよ!

記者:この五月に、演技の芸術性や創造性で知られていたアメリカのサマンサ・シザリオ選手が、二十一歳で引退を発表しました。彼女の持ち味(観客受けのする演技や、音楽に添った踊りなどなど)では、現在の新採点システムに太刀打ちできないということのようですが。今後もこのような理由で、選手たちの若年での引退という流れが来ると思いますか?

ランビエール:そのようなことにはならないと思いますよ。スケーターはアスリートですから。彼らは勝ちたいと思っていますから。勝つためにはルールを遵守して、制約の中でもできるだけの努力を尽くさなくてはいけないのです。もちろん、どうあがいてもうまくいかないということになれば、いろんな選択肢を考えるのも自由ですからね。引退の動機は人さまざまだと思います。私自身は、アイスショーこそ、スケーターが本当に自由な演技を披露できる場所だと思うので、これからもショーとしてのスケートが発展し続けることを願っています。もしもISUがうまくお膳立てしてくれたなら、プロスケーターによる競技会も素晴らしい選択肢になると思いますね。



ランビエールの言葉には多くの示唆があり、かつ彼が非常に明確なビジョンを持って、多くの試みに挑戦している姿勢がうかがえる。
そして何よりも、彼のインタビューの端々から滲み出るのは、どのスケーターよりも芸術性の高い表現者として定評のある彼が、決して技術をないがしろにしない、むしろ誰よりもルールや規律を重んじるファイターであるという点だろう。

浅田選手について述べたインタビューでも、「規律」という言葉が印象的だったが、ランビエールの目指す美や芸術は、あくまでもこつこつと積み重ねられた練習によって磨き上げられた技術によってのみ表現され、そしてその先に初めて、ルールや定型を超えた独創性や芸術性が表出するということのようだ。

以下の言葉もまた、スケートの仕事に対する彼らしい姿勢が率直に述べられていて、実に清々しい。
2011年ドイツのスケート雑誌『Pirouette』に掲載されたインタビューからの抜粋である。これは原文記事が見つからなかったので、以下のサイトから翻訳記事を引用させていただいた。

【ステファン・ランビエル:心で滑らなければいけない】

「(前略)…振り付け師のキャリアを、多くの可能性を持った才能豊かな人達との仕事で始めることができて僕は幸せです。僕は本当に広いレパートリーの中から創造することができています。その上この夏僕は、日本、ロシア、イタリアといった様々な国の様々なレベルの選手達と仕事をする機会に恵まれました。
自分がこの仕事を愛していることを自覚したし、これから先ますます振り付け師として、選手達と体を使った表現や音楽性を追求し、それによってプログラムに個性が現れるような仕事をしていきたいと思っています。
僕はチャンピオンとだけ仕事をしたいとは思っていません。自分と同じ情熱をフィギュアスケートに持っている選手達、単にジャンプ、ジャンプ、ジャンプだけでなく他の上質なものを求めている選手達と仕事をすることに歓びを感じるのです。
そりゃあテクニックは大切です。でもフィギュアスケートにはもっと他の何かがあると思うのです。そうしてその何か、こそが追求されるべきものなのです。それがしっかりした時、フィギュアスケートは単なるエレメンツの継ぎ合わせだけではなくなるのです。
点数のためではなく、心で滑らなければいけないのです。
一番重要なのは感情でしょう。
滑り終わったときにどのような感情をそこに残していくか、それによってそのスケーターは人の記憶に残るのです。
成功したジャンプは覚えていても、そのプログラムや感情は記憶に残らない選手が多くいます。
僕は、今新しく出て来てトップに向って上がって来ている若い選手達とこの方面について追及していきたいのです。」



『アイスレジェンド』の人選も実に彼らしいが、ランビエールの世界観を構成するためには、勝負に強い選手以上に情感のある演技をするスケーターが求められているということなのだろう。

今の採点システムにおいては、高得点のためにジャッジが加点を与える要件のエレメンツを揃え、高いレベルを獲得しないと勝利していくことは難しい。
だが逆に言えば、毎度高いレベルが取れるエレメンツを並べて、ジャッジ受けの良い無難な演技にまとめておけば、たとえプログラムの密度が薄っぺらでも、得点を伸ばすことはことのほか簡単ということになる。
その結果どの選手たちも、個性的で難しい振付にわざわざ挑戦して芸術性の高いプログラムを作ることよりも、毎回加点を見込める要素ばかりを詰め込んだ似たり寄ったりの演技を、ミスなく熟していくことに終始するのである。

ランビエールがたびたびのインタビューで嘆いている、演技から失われていく芸術性や選手たちの独創性は、このような背景においては必然のことだったといえるだろう。

奇しくも先日引退を表明した村上佳菜子選手が報道陣に語ったという、次のような発言が興味深い。

「全日本の前から、もうこれが最後なのかという思いがあって、先生と相談した上で自分がやりたい演技は、もし最後だったら何だろうと。全日本は悔しい決断だったが、ジャンプのレベルを下げて、皆さんの心に残るような演技がしたいというのが一番に出てきた。それができたのでこれで終わりなんだと。今まではよくても悪くても心残りがあった。全日本の後はあっ、終わりだなとすっきりすることができました」

この発言が掲載されたニュースのタイトルにあったような「ジャンプのレベルを落としても」という表現には、スポーツ競技の側面から鑑みればいささか疑問を感じざるを得ないが、無論、村上選手が発信したかったのは、(いかがわしいマスコミが擦り付けている?)ジャンプ蔑ろな演技推奨などではない。
今の自分の競技選手としての力量や限界を省察して、技術ではない表現で伝えたいものがあったということなのだろう。

海外で修業したらとか、コーチを変えていたらとかのさまざまな「たられば」論もあるようだが、それを今更持ち出すのは酷というもの。
競技者として年々積もっていく精神的ストレスや身体的疲弊を考えれば、村上選手ならずとも、採点システムが課すレベルの要件に食らいついていくことから襲って来る苦痛や苦悩は察して余りある。
村上選手が決してジャンプや技術を軽視したわけではなく、彼女のできる限り努力した上で、ベストを尽くした挑戦が「心に残るような演技」だったのだ。

先ほどのランビエールの言葉にリンクすれば、表現としての完璧さ美しさを求めることもまた、フィギュアスケートのひとつの在り方であり、競技として「追求されるべきもの」であり、人の記憶に残るスケーターとして成就する道なのだ。

とはいえ誤解してはならないのは、ランビエールも述べているように、フィギュアスケートにおいては表現も芸術も、あくまでも優れた技術ありきである。
しかし大事なのは、ランビエールがトップスケーターに求めているような、美しさや芸術に到達するための基礎のしっかりしたスケーティング技術と、競技で得点を重ねることに特化しただけの、ポジションを変えたりレベルを上げたりするための単なるテクニックを混同してはならない。

同時に(このブログでも幾度となく述べてきたが)、美しいものを知る感覚も感動するこころも、そもそもレベルで測れるものでも数値化できるものでもないのだから、観衆の感情を揺さぶるためには、感情のこもった演技で、美しいものを探し求めるこころで、アスリートは銀盤に立つしかないのだとランビエールは繰り返し述べているのだ。

「星の王子さま」ランビエールは、2006年の若かりし頃、憧れのためなら自分の命を落としても構わないとインタビューで語っていた。
またさらに前の、2004年の十八歳当時には、夢は何かという質問に対して、ワールドや五輪での優勝とか表彰台に上がるとか、あるいはジャンプの成功やノーミスの演技とか、いわゆる選手らしい目先の目標を答えるのではなく、「ジャッジ全員からスタンディングオベーションをもらうこと」とスポーツ選手らしからぬ、まるで俳優かダンサーのような願望を口にしている。

あれから競技者としての経験を重ねる中で、多少なりとも変化はあったかもしれないが、それでも試合に勝つことやチャンピオンを目指すこと以上に、スケーターとしての彼を駆り立てる何かがあったということは一貫として変わらない。

勝負にどうしてもこだわるというのなら、プロ選手同士のコンペティションも視野に入れてという風なことを述べてはいるけれども、ランビエールの興味はそもそも、選手同士が数字を狙って競い合うことにはなく、お互いの個性がぶつかり合い響き合い、新しいシナジーが生まれるような精神的な闘いに向けられているように思う。

サン=テグジュペリの『星の王子さま』の一節に「もし、きみが、どこかの星にある花がすきだっら、夜、空を見あげるたのしさったらないよ。どの星も、みんな、花でいっぱいだからねえ」という言葉がある。

ランビエールもまた王子さまのように、夢見ているのだろう。

銀盤の舞台一つ一つで、選手たちひとりひとりがそれぞれに目指す演技を思う存分披露できたなら、星のような光がきらめく冷たい氷の上にも王子さまが愛した美しい薔薇が咲き、やがていっぱいの個性ゆたかな薔薇たちが、すべての観衆に捧げられる花束になることを。


◆◇◆◇◆

最近、巷でいろいろ騒がれている、ランビエールのコーチ写真。腐女子心をそそられるんですよね…


フィギュア350-7
フィギュア350-8
フィギュア350-9
フィギュア350-10
フィギュア350-12
フィギュア350-13
フィギュア350-14
フィギュア350-15
フィギュア350-16
フィギュア350-17
フィギュア350-18
フィギュア350-19
フィギュア350-20
フィギュア350-21
フィギュア350-22

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


もし誰かが、何百万もの星のなかのたったひとつの星にしかない一本の花を愛していたなら、そのたくさんの星をながめるだけで、その人は幸せになれる。
(アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ『星の王子さま』)

フィギュア350-49


ランビエールの彼女ウォンカちゃん…

フィギュア350-53


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン

スポンサーサイト

凍れる星の王子の薔薇 其の壱

フィギュア350-52

◇◇◇◇◇

フィギュア350-51


☆*・゚゚・*:.。..。.:*・゚☆゚・*:.。. .。.:*・゚゚・*☆


フィギュア350-2


インタビュアー:On vous surnomme Le petit prince etvous aimez aussi particulierement le livreeponyme d’Antoine de Saint-Exupery.A la fin du livre, le petit principe meurt dumal du pays...
あなたには「星の王子さま(小さな王子)」というあだ名がありますね。そしてあなたもあだ名の由来であるサン・テグジュペリの本が大好き。でも本の最後で星の王子さまは、あまりにも大きな憧れの代償に命を落としてしまいます…
ステファン:J’espere que je peux conserver l’innocencedu petit prince. D’un esprit ouvert,il parvient a analyser les chosesdifferemment et a trouver son bonheurdans les petites choses. En plus,il ne se soucie pas de l’image qu’onpeut avoir de lui. Je voudrais poursuivre cette mentalite et je reve derester un petit prince, meme s’il mefaudra mourir comme lui. 
僕は星の王子さまのような「無邪気なこころ」を持ち続けていたいと思います。
王子さまはすべてに開かれた精神を持ち、そのため誰も分かろうとしないあらゆる物事を理解し、ささいなものにも幸せを見つけることができるのです。王子さまは他人が自分のことをどう思っているかということを意に介しません。僕も王子さまと同じこころを追い求めたい。僕は「星の王子さま」のようにあり続けたいと夢見ているのです。たとえ彼のような最期を迎えねばならないとしても。
(ステファン・ランビエール『スイス鉄道発行誌VIA』2006年のインタビューから抜粋)



ランビエールがインタビューに答えて、引退した浅田選手のことを語っている動画が素敵だ。

フィギュア350-5


【フィギュアスケートステファン・ランビエールが語る浅田真央、「お手本のような人」】
________________________________________
上原亜紀子
2017-04-27 11:30
フィギュアスケート男子で2006年トリノオリンピック銀メダル、2010年バンクーバーオリンピックで4位のステファン・ランビエール(32)が、自分の出発点となったヴィラールのスケート場でインタビューに応じ、現役引退した浅田真央(26)について、「キャリアの長さや練習や美に対する彼女の規律は、みんなが見習うべき一例」と感情を込めて語った。
ランビエールは、今月10日に引退を表明した浅田真央を、「常に安定していて、集中力があって情熱がみなぎり、規律正しくとても美しいスケーター。信じられないほどの技術と力強さがあった」と振り返り、小さな頃からの輝かしい実績やトリプルアクセルを称賛した。
 昨年7月、浅田真央が出演するアイスショー「ザ・アイス」のリハーサルを見たとき、浅田真央がステップや動きの多いバッハの曲に合わせて練習する姿は印象的で、「とても音楽に敏感で、細かい動きを何度も何度も繰り返し練習して、すべての動きがコントロールできるようになるまで集中し、すごいエネルギーを見た」と語る。「真央はお手本のような人」で、「今日のフィギュア界において、彼女ほど精神的に強くて能力があって、選手としてのキャリアを長く続けられる人はなかなかいない」とも言う。
 ランビエールは昨年4月、自身が主催するスイスのアイスショー「アイスレジェンド」に浅田真央を招待し、浅田真央は情感溢れる「蝶々夫人」を披露した。今年は、ショーの開催を5月に予定していたが、平昌オリンピック準備により出演者が集まらないことやスポンサーが足りずに開催を断念した。ただ、来年末に開催する際は、浅田真央をはじめ、髙橋大輔、荒川静香、羽生結弦、宇野昌磨といった日本フィギュア界のスターをぜひスイスに呼んで「夢のようなキャスティングをしたい」と微笑んで話す。

【ステファン・ランビエールが語る浅田真央、「お手本のような人」】


真央との思い出は沢山あります。
とても若い真央がすでに国際大会で活躍していたのを覚えています。
パワーとエネルギーがあって、素晴らしいトリプルアクセルをし、とっても小さいのに大きな笑顔で、世界の偉大なスケーターのようなことができていた。
トリノ五輪の前には、グランプリ・ファイナルでも優勝した。
その頃から現役を引退するまでの真央は、常に安定していて集中力があって情熱がみなぎり、
規律正しいとても美しいスケーターで、
信じられないほどの技術と力強さがあって好きでした。
みんなのお手本だと思います。
日本や若者だけに限らず、キャリアの長さ、練習と美に対する彼女の規律は
みんなが見習うべき一例です。



古い記事だが、続けてランビエールが演出した『アイスレジェンド2016』の広報記事を掲載しておく。

フィギュア350-4


【7アイスレジェンド ランビエール、コストナー、大輔、真央、ブニアティシヴィリが紡ぐ夢のひととき】
________________________________________
里信邦子
2016-04-24 13:22

フィギュア350-45

ピアニストのブニアティシヴィリが弾く稲妻のような音に合わせ、ステファン・ランビエールと高橋大輔がジャンプをする。月の光が微妙に変わっていくようなきらきらとしたリズムに、カロリーナ・コストナーが頭の方向を微妙に変えながら回転する。ショパンの音の流れに浅田真央もスピンで応える。ジュネーブで22日に開催された「アイスレジェンド2016」の一部をなす創作作品「ル・ポエム」は、4人の表現性に優れたスケーターの動きが、ピアノとの相乗効果をかもし出す、奇跡のバレエ作品だった。
 ランビエールが2回目の試みとして演出するアイスレジェンド2016の構想は、「ストーリー性のある創作作品とスケーターの人生を変えたショートプログラムの再現を組み合わせること」だった。その結果、2幕目が主にショートプログラムの再現であるのに対し、1幕目は、幾つかのショートプログラムの後に愛をテーマにした創作作品「ル・ポエム」が演じられた。
 ランビエールは、この作品を自ら「氷上で繰り広げられる、3部で構成されるバレエ作品」と言っている。あらすじは、コストナーの演じる女性がランビエールの演じる男性に恋い焦がれるが、男性は「愛の狩人」のようにさまざまな人に言い寄り、「コストナー」を苦しめる。だが「ランビエール」も、そうした自分の愛のあり方に苦しみ、悩み、自己破壊の方向に向かっていくといったものだ。

フィギュア350-38
フィギュア350-39
フィギュア350-40
フィギュア350-41
フィギュア350-42

浅田真央が演じるショパンの「バラード」
 浅田真央は、この作品の第1部「村に住む人々(今回参加するスケーターたち全員)」を紹介していく役だ。黒いドレスに身を包んだ浅田は、ショパンの「バラード」を、ジャンプやスピンなどの技術もしっかりと加えながら、曲の「内容」に丁寧に添い、繊細に仕上げていった。
 それは、ブニアティシヴィリが弾く、薫り高いショパンの音の流れに反応したもの。ショー前のインタビューでも、「ショパンの曲は大好きだが、それをピアノの生演奏でやるのは今回が初めて。よい経験になる。できれば自分のショーにも加えてみたい」と語っている。

フィギュア350-43

コストナーが演じるドビュッシーの「月の光」
 ドビュッシーの「月の光」で、コストナーが演じる第2部は圧巻だ。薄いピンクのドレスに包まれたコストナーが、ブニアティシヴィリのピアノの前に座り、夢見るように上方を見上げるところから始まる。それは、ランビエールが演じる男性に恋する女性の姿を象徴する。
 結局コストナーは、自分で作り上げた男性の理想像を愛し、愛がもたらす全てを夢想し、それに没頭していく。その喜びあふれる夢想の過程は、ブニアティシヴィリが月の光のさまざまな姿を音に変換するようにして弾く音の流れに呼応しながら、動きに翻訳される。または、コストナーのこの動きをブニアティシヴィリが感じ取り、それを、表現できない言葉の代わりとして「音」で補足してあげようとするともいえるかもしれない。
 この音と動きの「出会い」を、ブニアティシヴィリはこう言う。「ステファンやカロリーナのエネルギーと組むとき、共通のエネルギーを見つけなくてはならない。ときには相手が表に出るように私は陰に隠れ、ときには私が表に出るといった工夫がいる。つまり、私自身の流れに没頭しながら、同時に相手の流れに配慮するとき、まるでそれまで知らなかった2人が舞台の上で突然恋に落ちるように、新しい感情やハーモニーが生み出され、自由になる」

フィギュア350-44

ランビエールが爆発するラヴェルの「ワルツ」
 第3部の前半は、ランビエールとコストナーが2人の愛を語る場面だ。2人は手をつないで一緒に踊り滑る。ソロのスケーターである2人にとって、この場面はかなりの挑戦だったとランビエールは振り返っている。「3月に2週間集中して練習した。1日目が終わったとき、2人の間に沈黙が続いた。ぜんぜんうまくいかなかったからだ。相手の動きとリズムに合わせるのは本当に難しいことだった。例えばカロリーナはすごいスピードの持ち主で、あっという間に1人でリンクの反対側に行っている。でも2日目からはうまくいくようになった」
 ここでも2人は、どこかで演劇やバレエの指導を受けたにちがいないと思わせるほどに、スケートのいわゆる技術以外に、胴体のひねりやちょっとしたステップや指の「表情」などを使い、深い愛や愛への疑い、苦しみなどを表現している。
 そして、なんと言っても今回の「山場」は、ランビエールがソロで舞う第3部の後半だ。自分の愛のあり方に苦しみ、悩み、最後は自己破壊へと向かう男性の内面を、高くジャンプし、身体をうねらせながら滑り、頭を振り、得意のスピンで回転しながら表現する。
 こうした動きで爆発するエネルギーを、ブニアティシヴィリはさらに高めるかのように、ピアノのキーを打楽器のようにたたき、右から左へとさっと一気にキーに触れ、椅子から落ちんばかりに右腕を大きく振り上げ、聞いたこともないような「ラヴェル」をとどろかせる。12月から共同で構想を練ってきたこのピアニストとの「コラボ」は、ここで燃焼し尽くしたように思える。

フィギュア350-46
フィギュア350-47
フィギュア350-48

大ちゃんファンの中で
 こうした愛の物語の中で高橋大輔は、ランビエールの仲良しの男友達を演じて、コストナーの嫉妬をあおる役だった。ここでも素晴らしい動きで観客を沸かせるのだが、今回の高橋は、むしろ日本から持ってきたソロの、宗教的・精神的な「ラクリモーサ」と、これとは対照的な楽しいナンバー「マンボ」で、観客を酔わせた。
 日本からはるばる駆けつけたおよそ100人もの「大ちゃんファン」が、横断幕をかかげ、大いに沸いたことはいうまでもない。

次のアイスレジェンドは2027年?
 ショーの終了直後に、ランビエールの長年のコーチだったピーター・グルッターに会った。「次のアイスレジェンドは2027年だとステファンが言った」という。
 10年後というのはちょっと大げさでは?とたずねると、「確かに彼にはちょっと大げさなところがある…。でも全てのエネルギーを使い果たしたのだと思う。いつもそうだった。選手のころから試合直前まで一日何十回も滑って、試合前は休めというのにいうことを聞かなかった」
 ランビエールの表現力については、「小さいときから他のスケーターとは違っていた。耳がよく、音楽に内面から反応した。またステップ一つでも、他のスケーターは教えた通りにするのに、彼は自分で試行錯誤した末に独自のステップを編み出していた」
 だから、ランビエールが表現性の高い、「夢の中に誘い込むようなバレエ作品」をいつか作ってくれるのではないかと思っていたという。
 今後も、この夢の中に誘い込むようなアイスレジェンドをランビエールが開催してくれることはまちがいないだろう。ただし3回目は、グルッターさんも言うように、スイスで1回限りではなく、他の国でも行い、しかも10年後ではないことを期待したい。

フィギュア350-23

【アイスレジェンド ランビエール、コストナー、大輔、真央、ブニアティシヴィリが紡ぐ夢のひととき】



フィギュア350-3

【アイスレジェンド2016浅田真央、スイスのアイスレジェンドで舞う】
2016-04-25 11:00
「ヨーロッパで滑るのは初めて。招待されてうれしいです」と、浅田真央さん。プロフィギュアスケーターのステファン・ランビエールが演出する「アイスレジェンド2016」に出演するため20日夜、ジュネーブに着いた。21日の、ぎっしり詰まったリハーサルの間に、インタビューに応じてくれた。(インタビュー・里信邦子 撮影・Vania Aillon 編集・Vania Aillon&里信邦子 制作・スイスインフォ)
 浅田真央さんがアイスレジェンドで演じるのは、第1幕の「愛」をテーマにした3部作の1番目。イタリアのスケーター、カロリーナ・コストナー演じる女性がランビエールの演じる男性に恋焦がれるが、男性は「愛の狩人」のようにさまざまな男女に言い寄っていき、カロリーナを苦しめる。
 そうした話の始まりで、真央さんは優雅に美しくショパンの曲に乗って、小さな村に住む人々(今回参加するスケーターたち)を紹介していく。
 アイスショー本番のわずか3日前にジュネーブ入りした真央さん。2日間で振りができるのだろうか?と心配になるが、マネージャーさんによると、「最初にソロで踊るショパンの『バラード』の一部は、ショートプログラムでいつも踊ってきたもの。村の人々を紹介する部分は、まだ披露せずに持っていたこの『バラード』の残りの振りを使うので、まったく問題ない」という。 
 そんな得意のショパンを、今回は情熱あふれるピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリの演奏で踊る。「日本では、ショーで生演奏というのはなかなかないので、踊るのがとても楽しみです。いつか自分のショーにも取り入れられたらいいなと思います」と語る。
 「スケーターたちの人生を変えたショートプログラム」をそれぞれが披露する第2幕で、真央さんは得意の「蝶々夫人」を演じる。「日本人の芯の強さをヨーロッパの人に感じてもらえたらうれしい」と答えた後に、「蝶々夫人は日本人の物語なので、日本人が演じることで思いがもっと伝わるのではないか」と、付け加えた。

私自身も、ヨーロッパのショーに出ることがないので、今回初めてですよね多分、なので、私も招待されてうれしいです。
生演奏で滑るってこともなかなかないことなので、私自身も今回ショパンを、ピアノの生演奏で滑るんですけど、すごくいい経験になると思います。私自身も、ショーで生演奏というのは、結構なかなか日本ではないことなので、そういうのは素敵だなと思います。
以前歌手の人と一緒で滑ったことがあるんですけど、ピアノだけっていうのは初めてなので、私自身もすごい楽しみですし、また今後機会があったら滑りたいなと思います。
(クラシックの方が好きか?)
どちらも好きなんですけど、私は結構ショパンの曲をよく使っていたので、今回こうしてまたショパンの曲をこの舞台で滑ることができてうれしいです。
(ランビエールや彼の芸術性については?)
ほんとにジャンプや技術だけじゃなくて、本当に芸術性ゆたかなセンスと思うので、私自身も間近で一緒にこうして滑ることができて本当にすごくうれしいです。
技術ももちろんなんですけど、より一層こう芸術を表現することの方を重視して滑っているので、そういう意味ではまた、競技者としても視野に、表現する部分ではプラスしていけたらいいなと思っています。
(『蝶々夫人』について?)
ヨーロッパの明日が本番なんですけど、ヨーロッパの方にも日本の芯の強さ、日本人の芯の強さというのを感じてもらえたらいいなという風に思います。あとこの『マダム・バタフライ』は日本人の物語なので、日本人が演じることによってまた思いが伝わるかなというように思うので、ヨーロッパの人にもまた楽しんでもらえればいいなという風に思います。

フィギュア350-24
フィギュア350-27
フィギュア350-28
フィギュア350-29
フィギュア350-30
フィギュア350-6
フィギュア350-31
フィギュア350-32
フィギュア350-25
フィギュア350-26
フィギュア350-33
フィギュア350-34
フィギュア350-35
フィギュア350-36
フィギュア350-37


【浅田真央、スイスのアイスレジェンドで舞う】



ランビエールに関しては、まさきつねも何度もこのブログで以下のような記事を書いた。

【銀盤のドゥエンデ 其の壱】
【銀盤のドゥエンデ 其の弐】
【瞬間の風をまとう者 其の壱 】
【瞬間の風をまとう者 其の弐】
【至宝の解説者】

語るもがな偏愛のスケーターのひとりだが、ランビエールに関して、五輪の金メダルがどうだとかジャンプの成功率がああだとか、無粋な話で彼のスケーティングを語ろうとする輩は、フィギュアスケートファンの中にはまず見当たるまい。

ランビエールは現役選手の時代から、彼独自のスケート理論を持ち、美に対する彼なりの基準をすでに確立していた。

『アイスレジェンド』は彼らしい、芸術的なスケートへのこだわりと思惟的なテーマ性を持ったストーリーを屋台骨とするアイスショーで、エンターティメントとして楽しむいわゆる一般的なアイスショーとは少しばかり一線を画する。
いわば、ランビエールの夢をそのまま具現化したような美に特化した演出と、選び抜かれた音楽が幻想的な世界を構築し、さらに彼のお眼鏡にかなったスケーターのみがその世界の住人となり得る、まさに伝説的な舞台だ。


フィギュア350-50



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン


美し国の水の物語

フィギュア349-1

今朝一滴の水のすきとおった冷たさが
ぼくに人間とは何かを教える
魚たちと鳥たちとそして
ぼくを殺すかもしれぬけものとすら
その水をわかちあいたい
(谷川俊太郎『朝』)

フィギュア349-3




浅田選手引退後の予想記事が引きも切らない。

記事の内容は玉石混淆で、明らかに悪意のある駄文も多いが、ファンの数だけアンチが騒ぐのも今に始まったわけではないので、それだけ彼女の人気の高さが今更のように窺い知れるというものだろう。

その中で、再スタートの初仕事という話題が、愛知県民栄誉賞第一号に顕彰されるというニュースとほぼ同時に報道された。

初仕事は、彼女の新しいスポンサーになるらしいウォーターサーバーの㏚会見で、地元名古屋を拠点とする会社の新しい給水器「Kirala(キララ)」のブランドパートナーに就任ということだった。
どうやら、こうした地元企業とつながりを深くする中で、彼女の長年の夢である「真央リンク」開設への布石としたいという思いがあるらしく、浅田選手らしいフィギュアスケートへの一途な気持ちが、会見で話した言葉の端々に滲み出て、現役の時と変わらず清々しい印象のある質疑応答だった。


※※※※※

【真央さん「第1号頂けて光栄」…新設の愛知県民栄誉賞】

 フィギュアスケートの2010年バンクーバー冬季五輪銀メダリストで、今月引退した浅田真央さん(26)が24日、名古屋市内で新CM出演の記者会見に臨み、愛知県が新設した県民栄誉賞に選ばれたことに「愛知県で生まれて、第1号の名誉ある賞を頂けてすごくうれしいし、光栄」と喜んだ。

 約130人の報道陣が集まった今回の記者会見が引退後の初仕事。新しい給水器のブランドパートナーになった浅田さんは純白の衣装で登場し「名古屋の地で再スタートできて、とてもうれしく思っている」と笑顔を見せた。

 12日の引退会見後は友人と一緒にご飯を食べたりして「楽しい時間を過ごした」と言い、第二の人生について「わくわくの方が強い。もっと(人間として)上へいけるように(今の)自分を超えていかないといけない」と話した。
【産経ニュース2017.4.25 07:15更新】

※※※※※

フィギュア349-4
フィギュア349-5
フィギュア349-6

人間にはそれぞれ、その人固有の霊的な佇まいというものがある。

よく知られた言葉では、それを「オーラ」と呼んだり、「雰囲気」とか「風情」「ムード」と言ったりするものだが、いずれにしても、頭脳的な計算や思惑で人工的に作り出せるものではなく、内面的な人となりが自然にあふれ出て、鮮烈なインパクトを周囲に与える個性的な空気といったものである。

※「アウラ」についての学術的な思索に関しては、2010年のこの記事を参照してほしい。
【滅び得ぬアウラ】

小難しい話はさておいても、すでに銀盤から降りたアスリートにさえ、いまだにまとわりつくプリマヴェーラの風のような光り輝く香気、天真爛漫な神々のような風格というのは、下世話なマスコミの要らぬ詮索や卑俗な言葉などにも一切びくともしないもので、泰然自若とはまさにこのことだなと感心する。

というよりも、端から次元が違う場所から世界を眺めているのだろうから、およそ経済的な損益で、引退後の活動戦略だの人間関係の軋轢だの商品価値だのとさまざまに憶測記事を並べ立てているライターには、とても考えの及ばない価値観で、「浅田真央」は再スタートする第二の人生を思索しているように思う。

フィギュア349-2



閑話休題。
真央さんの初仕事に踏襲して、「水」の話をしよう。

今では周知の生物学的事実ではあるが、人間の体内の水分量は、年齢、性別、あるいは肥満度によって違いがあるものの、胎児ではなんと体重の約90%、新生児は体重の約75%、子どもは約70%、成人は約60%、老人では約50%を水が占めているという。

さらに体内の水は、血液などによって体中を循環しながら、各細胞に栄養分や酸素を補給し、また、代謝老廃物を排泄したり、体温やPHの調節をしたりしながら、健康を維持するための重要な役割を果たしている。
尿や便、汗、あるいは呼吸などによって体外に常に排出される水は、一日に約2リットル以上、そこで排出された水分量を毎日摂取しなければ、たちまち血流が悪くなり、代謝が正常に働かず、体の機能不全や細胞組織の破壊、栄養不良といった状態に陥り、しいては脱水症状による生命の危機を招くとされている。

つまり、体調不良の原因を避け、すべての健康管理の基本となるのが、適切な水分補給ということになる。

ところで、今では当たり前のように知られているこのような事実も、今から三十年ほど前にはあまり認知されておらず、特に運動中の水分補給に関しては、吐き気に襲われたりお腹が痛くなるとか、運動効果が下がり疲労しやすくなるとかといった理由で、絶対というくらい厳しく禁じられており、まるきり正反対な常識がまかり通っていたものである。

無論すべてが非科学的で、とんでもない妄信かと言われればそんなことはなく、現在のようにPHを調整して体に消化の負担をかからなくするようなスポーツ飲料や、ミネラルを適度に含んだ飲料水などがなかった時代、激しい運動による発汗で体液濃度が高くなっている場合には、急にいわゆる普通の水道水を摂取すると、体液中の塩分などの諸成分が一気に溶け出して、結果、かえって脱水症状が進んだり、疲労困憊の程度が強くなったりしてしまうということもある。

また、いきなり冷たすぎる水を飲むと心臓に負担がかかる場合もあり、ジュースやお茶といった糖分やカフェインを含有する飲料を摂取すると、腹痛や頭痛、嘔吐、痙攣、昏睡あるいは急性の糖尿病などの水中毒による症状に見舞われる場合もままあることなのだ。

とはいえ、かつての日本で、スポーツやダンス演習などの運動中に水分補給することを禁じた背景の多くには、ハードな練習を根性で乗り切るとか、水を飲むとそれまでの努力が水の泡になるとか、理不尽極まる精神論がはびこっていたことは確かで、運動科学やスポーツ医学に対する十分な知識が、指導者やトップ関係者の中ですら欠落していたことも否めない事実なのである。

さても今や、常識が時代とともに変化することも当然の話、情報も知識もネット社会においては豊富なソースに困ることはない。
現代では個々の人間が、多くの情報源の中からいかに信頼できる情報を引き出し、健全で公正な判断をするか、その先にとるべき行動の道筋が残されているのだろう。

重要なのは、誰もが既成の概念や体制の圧力に屈することなく、特定の社会や時代にはびこる常識に疑念を持ち、知性的な良識をもって物事に対処しうるかということなのだ。

真央さんが「水」というキーワードに着目し、アスリートの枠を超えて、すべての生物にとって大切な、生きるための健康、安心、快適な飲料水の事業開発に携わったのは、ある点で結びついた必然であったし、ある点で彼女にとって何よりも大事なライフワークにつながっていくこととなるのだろう。
(勿論、「ある点」というのは、彼女が「人生」といったフィギュアスケートであるし、「ライフワーク」というのは、リンク開設を含む後進へのフィギュアスケート教育のことである。)

彼女が第二の人生に向かって再スタートと、はりきって臨む新しいブランドパートナーの事業が、この美し国の美しい精神によって起ち、美しい水で多くの人のこころを潤す流れとなって、美しい人が夢みる新しい希望、新しい(真央)リンク開設への礎となれば、それは真央さんにとってオリンピックの金メダルどころではない、人生の大金星ではないか。

真央さんの理想がどこまで現実に近づき、夢の実現化にこぎつけられるか、まだその果ては誰にも明らかな展望とは言えないが、だがたとえ、厳しい困難な現実が夢の行く手を阻んでも、あるいはまた、どこからか彼女の理想がかたちを変えてしまって、まったく別の結末へ向かったとしても、夢の終着を目指したその美しい精神、高潔な意志は、美しい水のごとく決して汚されないものだとまさきつねは思う。


◆◇◆◇◆

美しい精神は美しい姿にあらわれる。
ひそかにコレクションしてきたカレンダー画像の数々。最後にお愉しみあれ。

フィギュア349-7
フィギュア349-8
フィギュア349-9
フィギュア349-10
フィギュア349-11
フィギュア349-12
フィギュア349-13
フィギュア349-14
フィギュア349-15
フィギュア349-16
フィギュア349-17
フィギュア349-18
フィギュア349-19
フィギュア349-20
フィギュア349-21
フィギュア349-22
フィギュア349-23
フィギュア349-24
フィギュア349-25
フィギュア349-26

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


水は澄んでいても 精神(こころ)はげしく思い惑っている
思い惑って揺れている
水は気配を殺していたい それなのにときどき聲をたてる
水は意志を鞭で打たれている が匂う 息づいている
水にはどうにもならない感情がある
その感情はわれている 乱れている 希望が失くなっている
だしぬけに傾く 逆立ちする 泣き叫ぶ
落ちちらばる――ともすればそんな夢から覚める

そのあとで いっそう侘しい色になる
水はこころをとり戻したいとしきりに禱る
禱りはなかなか叶えてくれない
水は訴えたい気持ちで胸がいっぱいになる
じっさい いろんなことを喋ってみる が 葉はなかなか意味にならない
いったい何處から湧いてきたのだろうと疑ってみる
形のないことが情けない
やがて憤りは重なってくる 膨れる 溢れる 押さえきれない
捨てばちになる
けれどもやっぱり悲しくて 自分の顔を忘れようとねがう
瞬間――忘れたと思った
水はまだ眼を開かない
陽が優しく水の瞼をさすっている
(丸山薫『水の精神(こころ』)

フィギュア349-27


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン

復活するプリマヴェーラ

フィギュア348-13


三美神(グラツィア)が楽しげに集い
美神(ベルタ)は髪を花冠で飾る
好色な西風(ゼフィロス)は花の女神(フローラ)の後を追い
緑なす草は花咲き乱れる
陽気な春の女神(プリマヴェーラ)も欠けてはいない
彼女は金髪と縮れ毛をそよ風になびかせ
無数の花々で小さな花冠を結ぶ
(アンジェロ・ポリツィアーノ『馬上槍試合』)

フィギュア348-2




四月は復活祭である。

日本の春には欠かせない桜の季節は終わってしまったが、陽はぽかぽかと温かく、西風も心地よい頃だ。
古い話になるが、「復活」についての記事をアップするには好機と考える。

遅ればせながら、2015年に浅田選手が一年の休養を経て、競技生活に現役続行の意志を表明した際の所感について、今更の感はあるけれども覚書として記しておこうと思う。

2015年シーズンの復帰戦は10月3日に行われたジャパンオープンで、浅田選手は141.70点という自己ベストである142.71点に迫る得点で女子選手一位となり、まずは華々しい復活を観衆に印象づけた。

冒頭のトリプルアクセルも着氷、その後のジャンプでは、三回転の3F-3Loコンビネーションで二つ目のループが二回転になり、ザヤックルールから後半の3F-2Lo-2Loが入れられず、二回転ループを一回転にして3F-1Loにせざるを得なかったという瑕疵はあったものの、指の先まで『蝶々夫人』の情感にあふれる振付、優美な体形を保ったスピンとまるで雲の上を飛んでいるような柔らかなステップでブランクのかけらも感じさせない演技を披露して、北米、欧州チームを退け日本チームを優勝へ導いている。

フィギュア348-3


「ただいまです。復帰初戦ということで緊張もありましたが、男子から始まり、良い演技をしてくれたので、私も足を引っ張らずにやっていこうと思いました。初戦にしてはたぶん今までで一番良いジャパンオープンの出来だったと思います。

(滑り終わったあとに胸に手を当てていたが)無事に終われたこと、昨シーズンの世界選手権のレベルで最後まで滑れたことがうれしくてほっとして、自分にありがとうという気持ちでした。(1年間の休養は)私にとってここに戻ってくるまでのすごく大切なパワーチャージの時間だったと思います。私が休養している間にたくさんの若い選手が頑張っていた。女子も男子もレベルが上がっているので、不安はありましたが、みんなと一緒に戦えることが分かったので、良い試合になったと思います。」

試合直後の浅田選手のコメントに、長かった休養からの緊張と不安が払拭された彼女の正直な気持ちが満ちていたと思う。

フィギュア348-5
フィギュア348-6
フィギュア348-8
フィギュア348-7
フィギュア348-9
フィギュア348-4


※※※※※

そして誰もがご存知の話で恐縮だが、続くグランプリシリーズに参戦し、十年前シニアGPデビューをした懐かしの中国杯のリンクでの再出発、そして結果は優勝というこの上ない戦績をもっての復帰。

この時の試合でも、ジャッジの判定内容に関しては、山ほど言いたいことがあった。そして、いくつかのエレメンツのミスや完成度については、浅田選手自身が納得できていなかっただろうと思う。

だが、美しく力強いポージングからにじみ出る女王の風格、表現とはもはや呼べないほどの、音楽と一体化した滑りの美学、氷の上のモーションとは思えないほどの、軽やかに解き放たれた身体が創る優雅な世界…すべてがこれまで見たこともない異次元のフィギュアスケートで、まさきつねは、これはもうスケートと呼ぶのがふさわしいのか、それともまったく未知の新しい身体芸術なのか、当時ただただ溜息をついた。

ところで、浅田選手が試合に復帰するという宣言をした後、その復活が劇的なものになるだろうことを、まさきつねが予感ではなく、確信したのは、あの大勢の観客で埋め尽くされたさいたまスーパーアリーナ、ジャパンオープンでの演技や、553日のブランクをものともしないトリプルアクセルを目にした瞬間ではなかった。

2015年シーズンが始まるひと月ほど前、九月に発表されたストナ製薬の新CMでの、ワイヤーアクションを駆使した浅田選手の快演が、復帰戦にはまだ間があるといささか油断していたまさきつねの眼界を、容赦なく不意打ちした。

フィギュア348-14
フィギュア348-15
フィギュア348-16
フィギュア348-17
フィギュア348-18
フィギュア348-19
フィギュア348-20
フィギュア348-21
フィギュア348-22
フィギュア348-23
フィギュア348-24
フィギュア348-25
フィギュア348-26
フィギュア348-27
フィギュア348-28
フィギュア348-29
フィギュア348-30
フィギュア348-31
フィギュア348-32
フィギュア348-33
フィギュア348-34
フィギュア348-35
フィギュア348-36
フィギュア348-37
フィギュア348-38
フィギュア348-39
フィギュア348-40
フィギュア348-41
フィギュア348-42
フィギュア348-43
フィギュア348-44
フィギュア348-45
フィギュア348-46
フィギュア348-47
フィギュア348-48
フィギュア348-49
フィギュア348-50
フィギュア348-51
フィギュア348-52
フィギュア348-53

【浅田真央(mao asada)「風邪VSストナ」~ 1コマ0.25秒表示 1181コマの真実!【MAD】】


無論、CMの元ネタは映画の『ブラック・スワン』だろうが、ストーリー的には正義(薬)と悪(風邪)の対比というごく王道なテーマに絞り、ビジュアル風景としては無駄な説明を省いた幻想的な世界観で、その中に浅田選手の圧巻のアクションシーンをこれでもかと見せつけるシンプルな演出が実に小気味よく、数秒の映像にもかかわらず、まるで映画を鑑賞したような充足感と鮮烈なインパクトに襲われる。

常に真っ直ぐで潔く美しい白鳥は、努力家で真摯だった浅田選手のイメージにぴったりだが、同時に艶めいて妖しく不吉な黒鳥を、これもまた不思議に違和感なく演じ切っている。

真逆のキャラクターを、どちらも幻想的なイメージをいささかも壊すことなく不思議な存在感で描くことができるのも、もはや演出とか意匠の域を超えた「浅田真央」という媒体から滲み出るオーラのなせる業だろうが、それにしても(たかがCMと言ってしまうのは勿論失礼千万であることは重々承知ではあるのだけれども)、映像作品としての格調の高さ、ファンタジックな美しさは、彼女の躍動する身体表現あってこそ成立した世界観であろう。

破壊と創造、闇と光、残酷さと情愛というアンビヴァレンツな相克を演じ分けて、そのどちらにも一方を選び難い魅力を与えるまでに進化していた浅田選手のパフォーマンスに、改めて脱帽しつつ、まさきつねは彼女の復活への手応えを感じ、その競技人生の第二章が希望に満ちたものであることを願ったのである。

しかし周知のことをここに書き連ねるのもつらいのではあるが、復帰の2015年シーズンは、グランプリシリーズ中国杯での優勝を最後に、表彰台の頂点から遠ざかることが多くなり、無論その背景に年齢や長年の競技生活からくる心身の疲労が重なっていることは想像に難くないのだが、2015年2016年二つのシーズンに渡って、ソチ五輪のシーズンを超える国際的な試合結果を残すことができなかった。

浅田選手の三度目の五輪競技参戦を目指しての現役復活は、決して彼女やファンが望んだような最良の結果とは言えないものに終わった。

とはいえ、二つのシーズンで発表された競技用とエキシビションのナンバーはどれ一つとっても、円熟したアスリートにしか表現し得ないプログラムの密度で、巷で言われる「ぼろぼろ」な演技などでも、単純に試合結果が伝えるようなお粗末な内容などでもなく、馥郁たる香りが立つかのような美しいエレメンツに充ち、あいかわらず果敢に挑戦し続ける高難度のジャンプが散りばめられていたのである。


※※※※※

閑話休題。

何はともあれ、世は春である。

四月十六日は復活祭。
命の再生と誕生を祝う日だ。

フィギュア348-1


冒頭にあげたポリツィアーノの詩は、ボッティチェリが『プリマヴェーラ(春)』を描く際に構想を得たとされる詩篇『馬上槍試合』の一節であるが、この詩篇はまた、ボッティチェリにこの絵画の制作を依頼したメディチ家の、ロレンツォ豪華王の弟ジュリアーノと、シモネッタ・ヴェスプッチとの悲恋が元になっている。

シモネッタ・ヴェスプッチは、フィレンツェ随一の美女と讃えられ、フィレンツェの実業家マルコ・ヴェスプッチと15歳で結婚した。
ジュリアーノは騎士がその愛をかけて戦う女性(イナモラータ)に彼女を選び、ボッティチェリが女神の偶像として描いたシモネッタの肖像を旗印にして、メディチ家主宰の馬上槍試合(ジョストラ)に出場した。
試合ではジュリアーノが優勝し、彼女の愛を得たが、その一年後に、シモネッタは肺結核で夭折し、ジュリアーノも二年後には暗殺されている。

ボッティチェリの『プリマヴェーラ(春)』は、一見キューピッドや三美神が舞い踊る「結婚を祝う絵画」とか「神々の庭園に宿る永遠の春」と一般的に解釈されているのだが、このようなメディチ家にまつわる悲恋譚の経緯から、その裏には「死」のテーマが隠され、その象徴として多く例に上がるのが、絵の右端にいる蒼ざめた風貌の「西風(ゼフィロス)」と左端に立つ冥界への案内人「メルクリウス」である。

ゼフィロスは花の精クロリスを捕らえ、冷たい息を吹きかけているが、墓場から蘇ったようなゼフィロスの表情を見ていると、これから芽吹こうとする植物たちをまるで再び、暗い地の底へ呼び戻そうとしているようにしか見えない。

そしてメリクリウスに至っては、美しい女神たちの様子には全く無関心に背を向けて、画面の外側に向いて立ち、画面の中心から外れた方向へ観る者の関心をいざなう。

そもそも『プリマヴェーラ(春)』に描かれる登場人物のほとんどが、ヴィーナスにまつわる「愛」や「エロス」に由来するのに対し、天界と地上そして冥界を行き来する伝令であり、商業にも関係を持つ神とされるメリクリウスだけが異端児で、およそ愛の物語として完結するはずの絵画のテーマに、一石を投じているのである。

ボッティチェリがなぜわざわざ、愛の歓喜や生命の誕生を祝う「春」の中に、不吉で忌まわしい冥界にまつわるキャラクターを描き、統一感のない寓意を画面に散りばめたか。
ミステリアスな真相は学説も侃々諤々、このように、冥界や死のにおいを纏わりつかせたキーパーソンのお陰で、『プリマヴェーラ(春)』は多くの謎を持つ絵画の一つと考えられ、描かれたルネサンス期当時の社会背景の多くもおぼろであるがゆえに、謎解きの諸説が定まらず、真実はいまだに藪の中である。

まさきつねが考えるに、天上界において愛とエロスをつかさどるヴィーナスが侍る庭では、永遠の春が約束されているが、ボッティチェリがメディチ家のためにこの絵画を描いた意図には、単なる神々の楽園礼賛だけでなく、地上の人間へ行き渡る天上界の恩恵すなわち神々から授かる愛を主題とすることが重要なのであり、それゆえに、厳正なる神の審判や冥界からの使者しいてはカタストロフィさえも受け入れねばならぬ、悩ましい生身の存在つまり地上の住人につながる、ゼフィロスやメリクリウスを画面の両端に入れたのではないかということである。

天上から放たれた光は地上に届いて、初めてヴィーナスの恋のエネルギーは、肉体の愛と新しい生命の誕生を人間界にもたらし、万物は神々の至福に満たされて精神の愛を知り、春の訪れを信じるからこそ、死や災厄そして悲しみや絶望に閉ざされた冬も耐え忍ぶことができるのである。

さて、脱線話もいい加減切り上げねばならぬので、結論だけ申し上げると、ボッティチェリは「生」には「死」、「創造」には「破壊」そして「再生」という相克の二重構造で主題を描いたのだろうということだ。

桜の開花に一喜一憂する日本、「盛者必衰」の東洋的自然観ではごく当たり前の考え方ではあるが、恋が生まれ命が育まれる春も、時が満ちれば老いが訪れ冬が深まると、定めなき身は死の眠りにつく。だが再び春が戻るとき、命は再生し、花はまた新しい芽をつけて、世界はまた新しい愛に溢れる。

プリマヴェーラの足元に花々は咲き乱れ、復活した命に世界は愛の喜びに震えるのである。

再生する命、復活するものたちがもたらす奇跡。

フィギュア348-11
フィギュア348-12



※※※※※


皇帝プルシェンコがテレビ番組で浅田選手へのビデオレターを送り、その中で「真央もまだ若いから、振付師としてもすごい才能を発揮するかも知れない。フィギュアは演じる競技だから、女優や歌手だってあり得る」と語っていたが、競技のみならずエンターテイメントとしてのフィギュアの本質を見抜いているプルシェンコならではの提案と納得する。

勿論、浅田選手が演じる力の持ち味は、いわゆる通俗的なドラマやバラエティでの俳優業では輝くまい。

あくまでも彼女の持つ身体能力を十二分に生かして、そのオーラがそのまま憑依したような、たとえばストナのCMで披露されたような、この世のものとは思われないファンタジックなキャスティングがショービジネスの中でなされたとしたら、まさに「浅田真央」のはまり役となりうるだろうと想像するのである。

たちまちは無論、本領発揮できるアイスショーで、しっとりと艶やかな演技からコミカルで楽しいキャラクターまで、自由奔放に演じていただければなと思うが、ひとつ前の記事でも述べたように、ダンスやミュージカルを始めとするさまざまなパフォーマンスに挑戦するもよし、CGやデジタルの技術を駆使した映像表現を試みるもよし、プルシェンコが言うように、「浅田真央」という稀代のスーパースターにとって、この世界は縦横無尽に駆け回るには狭すぎるほど、多くの可能性に満ちているとまさきつねの妄想もとめどなく膨らむのである。

そう、この世の春は永遠というわけにはいかないが、冬が去ればまた、春が何度でも繰り返し訪れるように、復活も再生も生涯一度きりというわけでもない。

今日は失意の底にあっても戻るべき希望は再び戻り、よみがえるべき思いは必ずよみがえる。

繰り返し夢見るのは、明日は、光なきものにも光あれ。
光あるものにも光あれ。

愛は愛を求めるものに。
光は光を願うもののもとに、幾度も復活する春のごとく訪れることを。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フィギュア348-55

【Ⅰ】
明日は未だ愛さなかつた人達をしても愛を知らしめよ、愛したものも明日は愛せよ。
新しい春、歌の春、春は再生の世界。
春は恋人が結び、小鳥も結ぶ。
森は結婚の雨に髪を解く。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅱ】
明日は恋人を結ぶ女は樹の影にミルトゥスの小枝でみどりの家を織る。
明日は歌ふ森へ祭りの音楽を導く。
ディオーネの女神が尊い法を読む。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅲ】
明日は最初の精気が結ばれた日であらう。
明日は天の血と泡のふく海の球から、青天のコーラスと二足の馬との中に、結婚の雨の下に、海から生れ出るディオーネを産んだ。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅳ】
女神は紫の季節を花の宝石で彩る。
浮き上がる蕾を西風の呼吸で暖い総(フサ)に繁らすためにあほる。
夜の微風がすぎるとき残してゆく光の露の濡れた滴りを播きちらす。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅴ】
輝く涙は重たき滴りにふるへる。
落ちかける雫は小さい球になり、その墜落を支へる。
晴朗な夜に星が滴らした湿りは処女の蕾を夜明けに濡れた衣から解く。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅵ】
見よ。
花びらの紅は清浄なはにかみを生んだ。
そして薔薇の火焔は暖い群りから流れ出る。
女神自身は乙女の蕾から衣を脱がせよと命じた。
薔薇の裸の花嫁となるために。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅶ】
キユプリスのヴィーナスの血、恋の接吻、宝石、火焔、太陽の紫の輝き、とでつくられた花嫁は、明日は燃える衣の下にかくされた紅の光りを濡れた森のしげみから恥じずに解く。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。

(作者不詳/西脇順三郎・訳『ヴィーナス祭の前晩』)


フィギュア348-54


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン

前に進むだけ

フィギュア347-4


一歩ふみだすためにどうしたらいいかって?どうしようかと思うこと自体がおかしいんだよ。やりたいことがあるならやればいい。
(酒井雄哉大阿闍梨)





浅田選手引退の報道に、多くのスケート関係者のみならずさまざまな分野のアスリート、著名人が、世界中からコメントを寄せていると、連日メディアが伝えている。

浅田選手の国際的な人気は推して知るべしということだろうが、彼女の存在はもはや、フィギュアスケートというスポーツ分野は勿論のこと、国境さえも超えたトップスターであることを誰しも否定しえないということだと思う。

浅田選手への愛情やリスペクトにあふれる数々のコメントの中で、これはどうしても採録として残しておきたいと思ったのが、浅田選手とは切っても切れないタチアナコーチの言葉である。

「真央を決断は間違っていません。今の状態では、自分自身をこれ以上向上することができないと判断したからです。
彼女は、ショートとフリー二つのプログラムに、トリプルアクセルを三つ組み込むという偉業を成し遂げた初めての女子選手で、幾度も世界選手権を制覇しました。
真央は類いまれな才能を持つ素晴らしいアスリートなのです。
誰しも潮時というものはあります。今後の成功を祈ります。
人生はまだ始まったばかりですから」

短く簡潔な所感であるにもかかわらず、浅田選手の心境や功績における核心をしっかり押さえ、そして温かい。
誰よりも浅田選手に寄り添い、バンクーバー、ソチ二つの五輪のフリープログラムを芸術作品として共に作り上げていったコーチならではの、愛情と思いやりに満ちたコメントだと思う。

※※※※※

さらにもう一つ(というか二つ)、イギリス、ユーロスポーツの解説者として著名なサイモン・リードとクリス・ハワースから寄せられたコメントも、覚書として載せておきたい。


【サイモン・リードのコメント】

僕は彼女の決断を完全に支持します。気力がなくなってしまったのだとしても、彼女が残してくれた驚くべき瞬間を私たちは記憶に残すことができる。それを思えば私たち全員にとっても良いことでしょう。
確かにオリンピックの金メダルを手にすることはできませんでしたが、3回世界選手権で優勝した彼女は疑いようもなくここ10年で最高の女性スケーターでした。エレガントで勇敢で、本当の意味でチャンピオン(勝者、闘士)です。

(サイモン・リード Simon Reed : 英ユーロスポーツの解説者。1969年に英BBCラジオにてブロードキャスターとしてキャリアをスタート。1970年代後半に英ITVスポーツのプレゼンターを経て、1984年に本格的にフィギュアスケートの解説をはじめる。1989年に英ユーロスポーツのフィギュアスケートのヘッド・コメンテーターに就任後、毎年開催されるワールド・チャンピオンシップと過去10回のオリンピック解説を担当している。)


【クリス・ハワースのコメント】

ニュースを読みました。本当にもったいない。
膝の故障も抱えていて、非常に苦労した日本選手権だったと思います。
彼女の気力は来年の冬季オリンピックで金メダルを取るという目標にあったのでしょうが、ヘルシンキの世界選手権で(優勝した)メドヴェージェワや、彼女に次ぐ順位だった選手たちパフォーマンスを見れば、彼女の決断は相応しいものではないでしょうか(それでも私たちにとっては違いますが)。それに、彼女は膝に故障を抱えていましたし。
フィギュアスケートは厳しいスポーツです。たとえしっかり鍛えて、気力もある時であっても……。たったひとつのエレメンツを落としてしまっただけで、最高レベルでの闘いでは競争から外されてしまうのですから。
彼女は女子フィギュアに非常に貢献してくれました。そして、ずっと革新者であり、多くのスケータのメンター(指導者、牽引者)でした。どれだけ彼女が財産を残してくれたことか……。
彼女の類いまれなる人生の次の章が、彼女にとってよいものになることを切に願っています。

(クリストファー・ハワース Christopher Howarth : イギリスの元フィギュアスケーター。英ユーロスポーツの解説者。数々のオリンピック、ナショナルおよびインターナショナル・チャンピオンシップに出場し、1981年にイギリスのナショナル・チャンピオンになる。現役引退後はヨーロッパやアメリカにてコーチとして活躍。1989年のパリのワールド・チャンピオンシップよりフィギュアスケート解説をスタートし、過去7回のオリンピックを解説している。2004年よりアメリカのシカゴに移住。)


※※※※※

フィギュア347-1


誰もが涙してしまうほど、凛として清々しい浅田選手の引退会見だったが、それでも危惧した通り、「引退の時期を誤った」だの「金メダルの壁を越えられなかった」だのと、相変わらず姦しく頓珍漢極まる批判的意見で彼女を貶めようとする輩が、一部で騒ぎ立てている。

こうした取るに足らない人間の取るに足らない偏狭的な意見など、端から取り上げるに値しないのではあるが、単純な試合結果だけで「引き際を間違えた」「晩節を汚した」云々と残酷にも的外れな言葉を、結果の良いときも悪いときも全く変わりなく必死に努力を重ねてきたアスリートに対して、いとも軽々しく口にできるなと呆れ果てるのである。

空前絶後のフィギュア人気と言いつつも、結局のところ、大半の人間は試合の順位にしか興味関心がなく、氷上で繰り広げられたパフォーマンスそのものをまともに鑑賞してはいないのだろうと、半ばうんざりしつつも諦念の境地に至らざるを得ないこともある中で、こうしたユーロスポーツの名解説者たちのような、至極まともであると同時に明鏡止水のごときコメントを読むと、アンチの何の根拠もない冒涜に汚された空から暗雲が一斉に払われて、やれ回転不足だスピードだと四角四面に数値化するスポーツの範疇を抜け出した、身体芸術としてのフィギュアスケートの価値や意義を噛みしめることができるというものである。

ハワースのコメントの中から拾えば、「もったいない」という言葉に尽きるとまさきつねは思うのだが、圧倒的なパフォーマンスの力、氷の上を滑走し、飛翔し、回転する身体能力の限界、観客を惹きつける美の結晶という、およそ最高レベルの身体表現の限りを尽くしながら、スポーツ競技の枠の中ではとどのつまり、浅田選手の演技内容に相応しい格付けをし得なかった、評価を下し得なかったということに過ぎぬのではないかと改めて思い至るのではある。

有り体に言おう。

ソチ五輪からここ数年、浅田選手よりも回転の足りている(いわゆる質の良い)ジャンプを跳び、浅田選手よりも速いスピードで多くのエレメンツをこなし、浅田選手よりも巧くジャッジから得点を引き出すコツを心得た若い選手は、日本に限らず世界中に今、大勢ひしめいていることだろう。

そしてこのような若い選手たちが、組織が何のためだか猫の目のように変え続ける採点システムの中で、次から次へと史上最高得点とやらを日々更新し続け、互いに世界女王の座を懸けて切磋琢磨しており、フィギュアスケートファンもマスコミも、彼らのメダル争いの応援に余念がないということなのだろう。

だが熱狂は?

何だか途轍もなく怖しいほどの、この世に在り得べからざるほどの、およそこれまでに出会ったことがないほどの鮮烈な身体表現の極致を見せつけられた観衆の、筆舌に尽くしがたい陶酔と熱狂は、浅田選手が去った後の銀盤の上にまだ残っているのだろうか?

五輪の金メダルとは縁がなかったにもかかわらず、多くの人々をテレビ画面の前に釘づけにして、歓喜と感動の渦に巻き込んだ、浅田選手の演技以上の白熱と狂乱のプログラムが、今後の女子フィギュアスケート界に生まれる予兆があるだろうか?

無論、数十年先のことはわからない。

だがこれから数年の間、特に平昌五輪までの間ともなると、競技者としての浅田選手が氷上に登場するまで待ちわびたあの熱気や、演技が終わるまで息をつめて見つめた興奮や、フィナーレの感動が、ほかのどの選手を想像しても再びもたらされるとは、とても考え難いのだ。

失ってしまったものの重さを、指の隙間からこぼれ落ちていったものの大切さを、かけがえのないものの代え難さを、ひとはいつも時が過ぎて、もはや取り返しがつかないほどの後悔を重ねたのちに、しみじみと思い知る。

レガシーだレジェンドだといくら讃えたところで、いくら悔いても悔やみきれない宝物を、代われるもののない稀代のカリスマを、競技界を牛耳っている煩雑極まる組織のルールやシステムが、気持ちも身体もぼろぼろになるまで追い詰めて、その真の価値を凌辱して、孤高の中での最後の決断を迫ったのだという思いが、終焉の時を迎えた今となってもまさきつねにはどうしても拭い去れないのである。

しかし、もはやすべての幕は閉じられた。

同時にスポーツ競技という狭い舞台の中で、芸術を至高の座から遠ざけ続けた厳格なルールも、採点システムも、およそ表現者の枷という枷になっていた、つまらない組織の枠組みが外されたのである。

今年の二月、スケートのルールどころか靴さえも脱ぎ捨てて、ショーで舞い踊るダンサーとしてお目見えした高橋選手が報道にアップされていたが、身体能力の高い彼らにはそれくらい大きな幅をもって、身体芸術の表現を突き詰めてほしいと、まさきつねは思う。

勿論、浅田選手自身が会見で述べていたように、フィギュアの世界に育ち才能を開花した彼女が、アイスショーやスケート教室といった大小さまざまなスケートにまつわるイベントから、まるきり離脱してしまうことは決してないだろう。

だが彼女のパフォーマンスの魅力は、氷の上だのジャンプだのというせせこましいジャンル限定で味わうには、それこそ「もったいない」し、もっと多くの世界や分野での広い活躍の可能性が望まれて余りあると思うのだ。

フィギュアスケート界に、浅田選手はもう充分すぎるほどのレガシーを残し、レジェンドとなった。競技界でのすべての幕は閉じて、アスリートはリンクを去ったが、年齢から鑑みてもまさにまだ彼女の「人生は始まったばかり」で、誰からも無粋な点数値で語られない純粋な表現者としての彼女の幕はこれから上がるのだ。

時間は巻き戻らず、人生は前に進むだけ。

やりたいことが無限にあるなら、可能性も無限にあり、わくわくすることも無限にある。失敗も成功も無限にあるから、涙も笑顔も無限にあって、そして人生はいとおしい。

奇跡はまだまだ生まれる。


伝説の終幕はまだ閉じられない。


フィギュア347-3


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フィギュア347-2

自分達は後悔なんかしていられない、
したいことが多すぎる 
進め、進め。

麦が出来そこなった!
それもいいだろう 
あとの為になる
進め、進め。

人がぬけました 
仕方ない、
更にいゝ人が入るだろう、
進め、進め。

何をしたらいゝのかわからない!
しなければならないことを
片っぱしからしろ、忠実に。
進め、進め!

こんな生き方でもいゝのか。 
いゝのだ。
一歩でも一寸でも、信じる道を 
進め、進め。

神がよしとした道は
まちがいのない道だ 
進め、進め。

兄弟姉妹の
幸福を祈って 
進め、進め。

つい足をすべらした、かまわない 
過ちを再びするな 
進め、進め。

後悔なんかしていられない、
したいことが多すぎる 
進め、進め。
(武者小路実篤『進め、進め』)


フィギュア347-5

(巷で噂になっていた江口寿史先生の真央ちゃんイラスト…)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン