月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

凍れる星の王子の薔薇 其の弐

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Welche Musik soll an Ihrer Beerdigung gespielt werden?
「ご自分の葬儀で流したい曲があるならば?」
Die «Vier Jahreszeiten» von Vivaldi. Das Stück begleitet mich schon mein ganzes Leben. Als ich klein war, lief meine Schwester eine Eislaufkür dazu - es erinnert mich an meine Kindheit. Dann war es 2006 meine Musik, als ich WM-Gold und Olympia-Silber gewann.
「ヴィヴァルディの『四季』でしょうね。この曲は僕の人生において常にそばにありました。僕がまだ子供だった頃、姉がこの曲でスケート演技をしたのです。だから聞くたびにその頃のことを思い出します。2006年には僕がこの曲で滑って、世界選手権では金メダル、オリンピックでは銀メダルを獲得しました。」
Die bisher dümmste Idee Ihres Lebens?
「今までの人生で一番馬鹿なことをしたと思うのは何でしたか?」
Die rote Katze. Ich habe tatsächlich einmal ein Showprogramm gezeigt, verkleidet als rote Katze. Und leider ist das Video auch noch auf Youtube aufgetaucht (wirft die Hände vors Gesicht).
「赤猫でしょう。一度、赤い猫の格好をしてショーで滑ったことがあるんです。残念なことにユーチューブにまでその映像が流れてしまって(顔をてのひらで隠しながら)。」
Welche Bücher haben Ihr Leben massiv beeinflusst?
「あなたの生き方に影響を与えた本は何ですか?」
«Der kleine Prinz». Diese Geschichte hat meinen Geist und Horizont geöffnet.
「『星の王子さま』ですね。この物語は僕の心を開放し、広い視野を与えてくれました。」
Wer ist Ihr bester Freund?
「あなたの一番のお友だちは?」
Meine Katze Wonka. Sie widerspricht mir nie (lacht).
「僕の猫のウォンカ。彼女は僕と一心同体ですから(笑)。」
(ステファン・ランビエール『SCHWEIZER ILLUSTRIERTE』2016年4月22日インタビューより抜粋)
【«Das persönliche Interview» mit Stéphane Lambiel】

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ランビエールは過去に幾度か、プログラムのレベル上げに固執するあまり、選手一人ひとりの個性が失われたり、演技の芸術性が損なわれたりすることに対する危惧をインタビューで答えているが、それに対するひとつの対処法として、アイスショーでの展開や、プロのスケーターたちによる親善試合のようなものを視野に入れて、フィギュア競技の未来を考えているようだ。

以下参照:Icenetwork/Posted 7/15/15 by Vladislav Luchianov, special to icenetworkより抜粋
lambiel: 'I prefer investing in my sport and my art'
Swiss choreographer elaborates on recent work with world-class students
【Lambiel: 'I prefer investing in my sport and my art'】

Icenetwork: In 2012, you told me that the complexity of programs has attained a level never reached before, but that, unfortunately, the artistry has been somewhat lost in the process. Has anything changed in the last three years?

Lambiel: I think it has become difficult to be creative when you have to follow so many rules, to get the highest levels. Every season, the rules change and new features become the focus of the technical panel, which basically means that everyone has to have them. As a result, most pairs and single skaters do the same lifts, step sequences and spins.
In 2014-15, it was like that with the illusion entrance into spins. And it doesn't even look good half the time. But despite that, when you are able to forget a little bit about the math, and just perform well and share your emotions with the audience and the judges, everyone feels it. There's something in the air. As an athlete, you know when you're on your way to a medal or to the title. Fortunately, this hasn't changed!

Icenetwork: In May, 21-year-old U.S. skater Samantha Cesario, who is known for her artistic and creative approach, announced her retirement, saying that the new scoring system didn't lend itself to her strong suits (performing for an audience, bringing music to life, etc.). Do you fear that early retirements may become a trend in our sport because of such factors?

Lambiel: I don't think it will be a trend. Skaters are athletes; they want to win, and for that they need to abide by the rules and do the best they can, given the constraints. Of course, everyone has the right to take a different route if they feel that things don't work for them anymore. Everyone has their own motives for retiring. Personally, I hope that show skating continues to develop because that's where you can really be free. Professional competitions would also be a great addition if an arrangement can be found with the ISU.

記者:2012年にあなたは、「プログラムの複雑さがこれまでにないほど高いレベルに達してしまった。その反面、残念なことに芸術性が少々失われる結果になっている」と語っています。あれから三年経って何か変化はありましたか?

ランビエール:競技選手はたくさんのルールに従って、最高のレベルを目指します。その中で、演技の独創性を追求するのは、ますます難しくなったと思います。毎シーズン、ルール変更があり、テクニカル・パネルが注目する部分も変わりますが、選手たちはみなこぞってそれに適応しようと努力します。その結果、ペアもシングルの選手も、ほとんどが同じようなリフトやステップ・シークエンスやスピンをやることになってしまうのです。
2014-15シーズンでは、イリュージョンスピン(ウィンドミル・スピンの別名で、キャメルスピンの体勢からフリーレッグと上体を斜めに傾けて風車のようにスピンに入ること)がひとつの流行でした。なのに、ほぼ半々の割合で出来がよくなかったのです。
しかし、たとえそうであっても、得点のことを少し忘れて、良い演技をすることに専念することで、観客やジャッジに思いのたけを伝えることができたとしたら、それは必ず彼らに伝わるのですよ。そのような演技は自分でも何かを感じるのです。アスリートとして、自分がメダルを獲れるとか、勝てるとか、そんなときには自分でも薄々わかるのです。幸いなことに、この感覚は昔からずっと変わらないのですよ!

記者:この五月に、演技の芸術性や創造性で知られていたアメリカのサマンサ・シザリオ選手が、二十一歳で引退を発表しました。彼女の持ち味(観客受けのする演技や、音楽に添った踊りなどなど)では、現在の新採点システムに太刀打ちできないということのようですが。今後もこのような理由で、選手たちの若年での引退という流れが来ると思いますか?

ランビエール:そのようなことにはならないと思いますよ。スケーターはアスリートですから。彼らは勝ちたいと思っていますから。勝つためにはルールを遵守して、制約の中でもできるだけの努力を尽くさなくてはいけないのです。もちろん、どうあがいてもうまくいかないということになれば、いろんな選択肢を考えるのも自由ですからね。引退の動機は人さまざまだと思います。私自身は、アイスショーこそ、スケーターが本当に自由な演技を披露できる場所だと思うので、これからもショーとしてのスケートが発展し続けることを願っています。もしもISUがうまくお膳立てしてくれたなら、プロスケーターによる競技会も素晴らしい選択肢になると思いますね。



ランビエールの言葉には多くの示唆があり、かつ彼が非常に明確なビジョンを持って、多くの試みに挑戦している姿勢がうかがえる。
そして何よりも、彼のインタビューの端々から滲み出るのは、どのスケーターよりも芸術性の高い表現者として定評のある彼が、決して技術をないがしろにしない、むしろ誰よりもルールや規律を重んじるファイターであるという点だろう。

浅田選手について述べたインタビューでも、「規律」という言葉が印象的だったが、ランビエールの目指す美や芸術は、あくまでもこつこつと積み重ねられた練習によって磨き上げられた技術によってのみ表現され、そしてその先に初めて、ルールや定型を超えた独創性や芸術性が表出するということのようだ。

以下の言葉もまた、スケートの仕事に対する彼らしい姿勢が率直に述べられていて、実に清々しい。
2011年ドイツのスケート雑誌『Pirouette』に掲載されたインタビューからの抜粋である。これは原文記事が見つからなかったので、以下のサイトから翻訳記事を引用させていただいた。

【ステファン・ランビエル:心で滑らなければいけない】

「(前略)…振り付け師のキャリアを、多くの可能性を持った才能豊かな人達との仕事で始めることができて僕は幸せです。僕は本当に広いレパートリーの中から創造することができています。その上この夏僕は、日本、ロシア、イタリアといった様々な国の様々なレベルの選手達と仕事をする機会に恵まれました。
自分がこの仕事を愛していることを自覚したし、これから先ますます振り付け師として、選手達と体を使った表現や音楽性を追求し、それによってプログラムに個性が現れるような仕事をしていきたいと思っています。
僕はチャンピオンとだけ仕事をしたいとは思っていません。自分と同じ情熱をフィギュアスケートに持っている選手達、単にジャンプ、ジャンプ、ジャンプだけでなく他の上質なものを求めている選手達と仕事をすることに歓びを感じるのです。
そりゃあテクニックは大切です。でもフィギュアスケートにはもっと他の何かがあると思うのです。そうしてその何か、こそが追求されるべきものなのです。それがしっかりした時、フィギュアスケートは単なるエレメンツの継ぎ合わせだけではなくなるのです。
点数のためではなく、心で滑らなければいけないのです。
一番重要なのは感情でしょう。
滑り終わったときにどのような感情をそこに残していくか、それによってそのスケーターは人の記憶に残るのです。
成功したジャンプは覚えていても、そのプログラムや感情は記憶に残らない選手が多くいます。
僕は、今新しく出て来てトップに向って上がって来ている若い選手達とこの方面について追及していきたいのです。」



『アイスレジェンド』の人選も実に彼らしいが、ランビエールの世界観を構成するためには、勝負に強い選手以上に情感のある演技をするスケーターが求められているということなのだろう。

今の採点システムにおいては、高得点のためにジャッジが加点を与える要件のエレメンツを揃え、高いレベルを獲得しないと勝利していくことは難しい。
だが逆に言えば、毎度高いレベルが取れるエレメンツを並べて、ジャッジ受けの良い無難な演技にまとめておけば、たとえプログラムの密度が薄っぺらでも、得点を伸ばすことはことのほか簡単ということになる。
その結果どの選手たちも、個性的で難しい振付にわざわざ挑戦して芸術性の高いプログラムを作ることよりも、毎回加点を見込める要素ばかりを詰め込んだ似たり寄ったりの演技を、ミスなく熟していくことに終始するのである。

ランビエールがたびたびのインタビューで嘆いている、演技から失われていく芸術性や選手たちの独創性は、このような背景においては必然のことだったといえるだろう。

奇しくも先日引退を表明した村上佳菜子選手が報道陣に語ったという、次のような発言が興味深い。

「全日本の前から、もうこれが最後なのかという思いがあって、先生と相談した上で自分がやりたい演技は、もし最後だったら何だろうと。全日本は悔しい決断だったが、ジャンプのレベルを下げて、皆さんの心に残るような演技がしたいというのが一番に出てきた。それができたのでこれで終わりなんだと。今まではよくても悪くても心残りがあった。全日本の後はあっ、終わりだなとすっきりすることができました」

この発言が掲載されたニュースのタイトルにあったような「ジャンプのレベルを落としても」という表現には、スポーツ競技の側面から鑑みればいささか疑問を感じざるを得ないが、無論、村上選手が発信したかったのは、(いかがわしいマスコミが擦り付けている?)ジャンプ蔑ろな演技推奨などではない。
今の自分の競技選手としての力量や限界を省察して、技術ではない表現で伝えたいものがあったということなのだろう。

海外で修業したらとか、コーチを変えていたらとかのさまざまな「たられば」論もあるようだが、それを今更持ち出すのは酷というもの。
競技者として年々積もっていく精神的ストレスや身体的疲弊を考えれば、村上選手ならずとも、採点システムが課すレベルの要件に食らいついていくことから襲って来る苦痛や苦悩は察して余りある。
村上選手が決してジャンプや技術を軽視したわけではなく、彼女のできる限り努力した上で、ベストを尽くした挑戦が「心に残るような演技」だったのだ。

先ほどのランビエールの言葉にリンクすれば、表現としての完璧さ美しさを求めることもまた、フィギュアスケートのひとつの在り方であり、競技として「追求されるべきもの」であり、人の記憶に残るスケーターとして成就する道なのだ。

とはいえ誤解してはならないのは、ランビエールも述べているように、フィギュアスケートにおいては表現も芸術も、あくまでも優れた技術ありきである。
しかし大事なのは、ランビエールがトップスケーターに求めているような、美しさや芸術に到達するための基礎のしっかりしたスケーティング技術と、競技で得点を重ねることに特化しただけの、ポジションを変えたりレベルを上げたりするための単なるテクニックを混同してはならない。

同時に(このブログでも幾度となく述べてきたが)、美しいものを知る感覚も感動するこころも、そもそもレベルで測れるものでも数値化できるものでもないのだから、観衆の感情を揺さぶるためには、感情のこもった演技で、美しいものを探し求めるこころで、アスリートは銀盤に立つしかないのだとランビエールは繰り返し述べているのだ。

「星の王子さま」ランビエールは、2006年の若かりし頃、憧れのためなら自分の命を落としても構わないとインタビューで語っていた。
またさらに前の、2004年の十八歳当時には、夢は何かという質問に対して、ワールドや五輪での優勝とか表彰台に上がるとか、あるいはジャンプの成功やノーミスの演技とか、いわゆる選手らしい目先の目標を答えるのではなく、「ジャッジ全員からスタンディングオベーションをもらうこと」とスポーツ選手らしからぬ、まるで俳優かダンサーのような願望を口にしている。

あれから競技者としての経験を重ねる中で、多少なりとも変化はあったかもしれないが、それでも試合に勝つことやチャンピオンを目指すこと以上に、スケーターとしての彼を駆り立てる何かがあったということは一貫として変わらない。

勝負にどうしてもこだわるというのなら、プロ選手同士のコンペティションも視野に入れてという風なことを述べてはいるけれども、ランビエールの興味はそもそも、選手同士が数字を狙って競い合うことにはなく、お互いの個性がぶつかり合い響き合い、新しいシナジーが生まれるような精神的な闘いに向けられているように思う。

サン=テグジュペリの『星の王子さま』の一節に「もし、きみが、どこかの星にある花がすきだっら、夜、空を見あげるたのしさったらないよ。どの星も、みんな、花でいっぱいだからねえ」という言葉がある。

ランビエールもまた王子さまのように、夢見ているのだろう。

銀盤の舞台一つ一つで、選手たちひとりひとりがそれぞれに目指す演技を思う存分披露できたなら、星のような光がきらめく冷たい氷の上にも王子さまが愛した美しい薔薇が咲き、やがていっぱいの個性ゆたかな薔薇たちが、すべての観衆に捧げられる花束になることを。


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最近、巷でいろいろ騒がれている、ランビエールのコーチ写真。腐女子心をそそられるんですよね…


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もし誰かが、何百万もの星のなかのたったひとつの星にしかない一本の花を愛していたなら、そのたくさんの星をながめるだけで、その人は幸せになれる。
(アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ『星の王子さま』)

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ランビエールの彼女ウォンカちゃん…

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凍れる星の王子の薔薇 其の壱

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インタビュアー:On vous surnomme Le petit prince etvous aimez aussi particulierement le livreeponyme d’Antoine de Saint-Exupery.A la fin du livre, le petit principe meurt dumal du pays...
あなたには「星の王子さま(小さな王子)」というあだ名がありますね。そしてあなたもあだ名の由来であるサン・テグジュペリの本が大好き。でも本の最後で星の王子さまは、あまりにも大きな憧れの代償に命を落としてしまいます…
ステファン:J’espere que je peux conserver l’innocencedu petit prince. D’un esprit ouvert,il parvient a analyser les chosesdifferemment et a trouver son bonheurdans les petites choses. En plus,il ne se soucie pas de l’image qu’onpeut avoir de lui. Je voudrais poursuivre cette mentalite et je reve derester un petit prince, meme s’il mefaudra mourir comme lui. 
僕は星の王子さまのような「無邪気なこころ」を持ち続けていたいと思います。
王子さまはすべてに開かれた精神を持ち、そのため誰も分かろうとしないあらゆる物事を理解し、ささいなものにも幸せを見つけることができるのです。王子さまは他人が自分のことをどう思っているかということを意に介しません。僕も王子さまと同じこころを追い求めたい。僕は「星の王子さま」のようにあり続けたいと夢見ているのです。たとえ彼のような最期を迎えねばならないとしても。
(ステファン・ランビエール『スイス鉄道発行誌VIA』2006年のインタビューから抜粋)



ランビエールがインタビューに答えて、引退した浅田選手のことを語っている動画が素敵だ。

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【フィギュアスケートステファン・ランビエールが語る浅田真央、「お手本のような人」】
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上原亜紀子
2017-04-27 11:30
フィギュアスケート男子で2006年トリノオリンピック銀メダル、2010年バンクーバーオリンピックで4位のステファン・ランビエール(32)が、自分の出発点となったヴィラールのスケート場でインタビューに応じ、現役引退した浅田真央(26)について、「キャリアの長さや練習や美に対する彼女の規律は、みんなが見習うべき一例」と感情を込めて語った。
ランビエールは、今月10日に引退を表明した浅田真央を、「常に安定していて、集中力があって情熱がみなぎり、規律正しくとても美しいスケーター。信じられないほどの技術と力強さがあった」と振り返り、小さな頃からの輝かしい実績やトリプルアクセルを称賛した。
 昨年7月、浅田真央が出演するアイスショー「ザ・アイス」のリハーサルを見たとき、浅田真央がステップや動きの多いバッハの曲に合わせて練習する姿は印象的で、「とても音楽に敏感で、細かい動きを何度も何度も繰り返し練習して、すべての動きがコントロールできるようになるまで集中し、すごいエネルギーを見た」と語る。「真央はお手本のような人」で、「今日のフィギュア界において、彼女ほど精神的に強くて能力があって、選手としてのキャリアを長く続けられる人はなかなかいない」とも言う。
 ランビエールは昨年4月、自身が主催するスイスのアイスショー「アイスレジェンド」に浅田真央を招待し、浅田真央は情感溢れる「蝶々夫人」を披露した。今年は、ショーの開催を5月に予定していたが、平昌オリンピック準備により出演者が集まらないことやスポンサーが足りずに開催を断念した。ただ、来年末に開催する際は、浅田真央をはじめ、髙橋大輔、荒川静香、羽生結弦、宇野昌磨といった日本フィギュア界のスターをぜひスイスに呼んで「夢のようなキャスティングをしたい」と微笑んで話す。

【ステファン・ランビエールが語る浅田真央、「お手本のような人」】


真央との思い出は沢山あります。
とても若い真央がすでに国際大会で活躍していたのを覚えています。
パワーとエネルギーがあって、素晴らしいトリプルアクセルをし、とっても小さいのに大きな笑顔で、世界の偉大なスケーターのようなことができていた。
トリノ五輪の前には、グランプリ・ファイナルでも優勝した。
その頃から現役を引退するまでの真央は、常に安定していて集中力があって情熱がみなぎり、
規律正しいとても美しいスケーターで、
信じられないほどの技術と力強さがあって好きでした。
みんなのお手本だと思います。
日本や若者だけに限らず、キャリアの長さ、練習と美に対する彼女の規律は
みんなが見習うべき一例です。



古い記事だが、続けてランビエールが演出した『アイスレジェンド2016』の広報記事を掲載しておく。

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【7アイスレジェンド ランビエール、コストナー、大輔、真央、ブニアティシヴィリが紡ぐ夢のひととき】
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里信邦子
2016-04-24 13:22

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ピアニストのブニアティシヴィリが弾く稲妻のような音に合わせ、ステファン・ランビエールと高橋大輔がジャンプをする。月の光が微妙に変わっていくようなきらきらとしたリズムに、カロリーナ・コストナーが頭の方向を微妙に変えながら回転する。ショパンの音の流れに浅田真央もスピンで応える。ジュネーブで22日に開催された「アイスレジェンド2016」の一部をなす創作作品「ル・ポエム」は、4人の表現性に優れたスケーターの動きが、ピアノとの相乗効果をかもし出す、奇跡のバレエ作品だった。
 ランビエールが2回目の試みとして演出するアイスレジェンド2016の構想は、「ストーリー性のある創作作品とスケーターの人生を変えたショートプログラムの再現を組み合わせること」だった。その結果、2幕目が主にショートプログラムの再現であるのに対し、1幕目は、幾つかのショートプログラムの後に愛をテーマにした創作作品「ル・ポエム」が演じられた。
 ランビエールは、この作品を自ら「氷上で繰り広げられる、3部で構成されるバレエ作品」と言っている。あらすじは、コストナーの演じる女性がランビエールの演じる男性に恋い焦がれるが、男性は「愛の狩人」のようにさまざまな人に言い寄り、「コストナー」を苦しめる。だが「ランビエール」も、そうした自分の愛のあり方に苦しみ、悩み、自己破壊の方向に向かっていくといったものだ。

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浅田真央が演じるショパンの「バラード」
 浅田真央は、この作品の第1部「村に住む人々(今回参加するスケーターたち全員)」を紹介していく役だ。黒いドレスに身を包んだ浅田は、ショパンの「バラード」を、ジャンプやスピンなどの技術もしっかりと加えながら、曲の「内容」に丁寧に添い、繊細に仕上げていった。
 それは、ブニアティシヴィリが弾く、薫り高いショパンの音の流れに反応したもの。ショー前のインタビューでも、「ショパンの曲は大好きだが、それをピアノの生演奏でやるのは今回が初めて。よい経験になる。できれば自分のショーにも加えてみたい」と語っている。

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コストナーが演じるドビュッシーの「月の光」
 ドビュッシーの「月の光」で、コストナーが演じる第2部は圧巻だ。薄いピンクのドレスに包まれたコストナーが、ブニアティシヴィリのピアノの前に座り、夢見るように上方を見上げるところから始まる。それは、ランビエールが演じる男性に恋する女性の姿を象徴する。
 結局コストナーは、自分で作り上げた男性の理想像を愛し、愛がもたらす全てを夢想し、それに没頭していく。その喜びあふれる夢想の過程は、ブニアティシヴィリが月の光のさまざまな姿を音に変換するようにして弾く音の流れに呼応しながら、動きに翻訳される。または、コストナーのこの動きをブニアティシヴィリが感じ取り、それを、表現できない言葉の代わりとして「音」で補足してあげようとするともいえるかもしれない。
 この音と動きの「出会い」を、ブニアティシヴィリはこう言う。「ステファンやカロリーナのエネルギーと組むとき、共通のエネルギーを見つけなくてはならない。ときには相手が表に出るように私は陰に隠れ、ときには私が表に出るといった工夫がいる。つまり、私自身の流れに没頭しながら、同時に相手の流れに配慮するとき、まるでそれまで知らなかった2人が舞台の上で突然恋に落ちるように、新しい感情やハーモニーが生み出され、自由になる」

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ランビエールが爆発するラヴェルの「ワルツ」
 第3部の前半は、ランビエールとコストナーが2人の愛を語る場面だ。2人は手をつないで一緒に踊り滑る。ソロのスケーターである2人にとって、この場面はかなりの挑戦だったとランビエールは振り返っている。「3月に2週間集中して練習した。1日目が終わったとき、2人の間に沈黙が続いた。ぜんぜんうまくいかなかったからだ。相手の動きとリズムに合わせるのは本当に難しいことだった。例えばカロリーナはすごいスピードの持ち主で、あっという間に1人でリンクの反対側に行っている。でも2日目からはうまくいくようになった」
 ここでも2人は、どこかで演劇やバレエの指導を受けたにちがいないと思わせるほどに、スケートのいわゆる技術以外に、胴体のひねりやちょっとしたステップや指の「表情」などを使い、深い愛や愛への疑い、苦しみなどを表現している。
 そして、なんと言っても今回の「山場」は、ランビエールがソロで舞う第3部の後半だ。自分の愛のあり方に苦しみ、悩み、最後は自己破壊へと向かう男性の内面を、高くジャンプし、身体をうねらせながら滑り、頭を振り、得意のスピンで回転しながら表現する。
 こうした動きで爆発するエネルギーを、ブニアティシヴィリはさらに高めるかのように、ピアノのキーを打楽器のようにたたき、右から左へとさっと一気にキーに触れ、椅子から落ちんばかりに右腕を大きく振り上げ、聞いたこともないような「ラヴェル」をとどろかせる。12月から共同で構想を練ってきたこのピアニストとの「コラボ」は、ここで燃焼し尽くしたように思える。

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大ちゃんファンの中で
 こうした愛の物語の中で高橋大輔は、ランビエールの仲良しの男友達を演じて、コストナーの嫉妬をあおる役だった。ここでも素晴らしい動きで観客を沸かせるのだが、今回の高橋は、むしろ日本から持ってきたソロの、宗教的・精神的な「ラクリモーサ」と、これとは対照的な楽しいナンバー「マンボ」で、観客を酔わせた。
 日本からはるばる駆けつけたおよそ100人もの「大ちゃんファン」が、横断幕をかかげ、大いに沸いたことはいうまでもない。

次のアイスレジェンドは2027年?
 ショーの終了直後に、ランビエールの長年のコーチだったピーター・グルッターに会った。「次のアイスレジェンドは2027年だとステファンが言った」という。
 10年後というのはちょっと大げさでは?とたずねると、「確かに彼にはちょっと大げさなところがある…。でも全てのエネルギーを使い果たしたのだと思う。いつもそうだった。選手のころから試合直前まで一日何十回も滑って、試合前は休めというのにいうことを聞かなかった」
 ランビエールの表現力については、「小さいときから他のスケーターとは違っていた。耳がよく、音楽に内面から反応した。またステップ一つでも、他のスケーターは教えた通りにするのに、彼は自分で試行錯誤した末に独自のステップを編み出していた」
 だから、ランビエールが表現性の高い、「夢の中に誘い込むようなバレエ作品」をいつか作ってくれるのではないかと思っていたという。
 今後も、この夢の中に誘い込むようなアイスレジェンドをランビエールが開催してくれることはまちがいないだろう。ただし3回目は、グルッターさんも言うように、スイスで1回限りではなく、他の国でも行い、しかも10年後ではないことを期待したい。

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【アイスレジェンド ランビエール、コストナー、大輔、真央、ブニアティシヴィリが紡ぐ夢のひととき】



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【アイスレジェンド2016浅田真央、スイスのアイスレジェンドで舞う】
2016-04-25 11:00
「ヨーロッパで滑るのは初めて。招待されてうれしいです」と、浅田真央さん。プロフィギュアスケーターのステファン・ランビエールが演出する「アイスレジェンド2016」に出演するため20日夜、ジュネーブに着いた。21日の、ぎっしり詰まったリハーサルの間に、インタビューに応じてくれた。(インタビュー・里信邦子 撮影・Vania Aillon 編集・Vania Aillon&里信邦子 制作・スイスインフォ)
 浅田真央さんがアイスレジェンドで演じるのは、第1幕の「愛」をテーマにした3部作の1番目。イタリアのスケーター、カロリーナ・コストナー演じる女性がランビエールの演じる男性に恋焦がれるが、男性は「愛の狩人」のようにさまざまな男女に言い寄っていき、カロリーナを苦しめる。
 そうした話の始まりで、真央さんは優雅に美しくショパンの曲に乗って、小さな村に住む人々(今回参加するスケーターたち)を紹介していく。
 アイスショー本番のわずか3日前にジュネーブ入りした真央さん。2日間で振りができるのだろうか?と心配になるが、マネージャーさんによると、「最初にソロで踊るショパンの『バラード』の一部は、ショートプログラムでいつも踊ってきたもの。村の人々を紹介する部分は、まだ披露せずに持っていたこの『バラード』の残りの振りを使うので、まったく問題ない」という。 
 そんな得意のショパンを、今回は情熱あふれるピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリの演奏で踊る。「日本では、ショーで生演奏というのはなかなかないので、踊るのがとても楽しみです。いつか自分のショーにも取り入れられたらいいなと思います」と語る。
 「スケーターたちの人生を変えたショートプログラム」をそれぞれが披露する第2幕で、真央さんは得意の「蝶々夫人」を演じる。「日本人の芯の強さをヨーロッパの人に感じてもらえたらうれしい」と答えた後に、「蝶々夫人は日本人の物語なので、日本人が演じることで思いがもっと伝わるのではないか」と、付け加えた。

私自身も、ヨーロッパのショーに出ることがないので、今回初めてですよね多分、なので、私も招待されてうれしいです。
生演奏で滑るってこともなかなかないことなので、私自身も今回ショパンを、ピアノの生演奏で滑るんですけど、すごくいい経験になると思います。私自身も、ショーで生演奏というのは、結構なかなか日本ではないことなので、そういうのは素敵だなと思います。
以前歌手の人と一緒で滑ったことがあるんですけど、ピアノだけっていうのは初めてなので、私自身もすごい楽しみですし、また今後機会があったら滑りたいなと思います。
(クラシックの方が好きか?)
どちらも好きなんですけど、私は結構ショパンの曲をよく使っていたので、今回こうしてまたショパンの曲をこの舞台で滑ることができてうれしいです。
(ランビエールや彼の芸術性については?)
ほんとにジャンプや技術だけじゃなくて、本当に芸術性ゆたかなセンスと思うので、私自身も間近で一緒にこうして滑ることができて本当にすごくうれしいです。
技術ももちろんなんですけど、より一層こう芸術を表現することの方を重視して滑っているので、そういう意味ではまた、競技者としても視野に、表現する部分ではプラスしていけたらいいなと思っています。
(『蝶々夫人』について?)
ヨーロッパの明日が本番なんですけど、ヨーロッパの方にも日本の芯の強さ、日本人の芯の強さというのを感じてもらえたらいいなという風に思います。あとこの『マダム・バタフライ』は日本人の物語なので、日本人が演じることによってまた思いが伝わるかなというように思うので、ヨーロッパの人にもまた楽しんでもらえればいいなという風に思います。

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【浅田真央、スイスのアイスレジェンドで舞う】



ランビエールに関しては、まさきつねも何度もこのブログで以下のような記事を書いた。

【銀盤のドゥエンデ 其の壱】
【銀盤のドゥエンデ 其の弐】
【瞬間の風をまとう者 其の壱 】
【瞬間の風をまとう者 其の弐】
【至宝の解説者】

語るもがな偏愛のスケーターのひとりだが、ランビエールに関して、五輪の金メダルがどうだとかジャンプの成功率がああだとか、無粋な話で彼のスケーティングを語ろうとする輩は、フィギュアスケートファンの中にはまず見当たるまい。

ランビエールは現役選手の時代から、彼独自のスケート理論を持ち、美に対する彼なりの基準をすでに確立していた。

『アイスレジェンド』は彼らしい、芸術的なスケートへのこだわりと思惟的なテーマ性を持ったストーリーを屋台骨とするアイスショーで、エンターティメントとして楽しむいわゆる一般的なアイスショーとは少しばかり一線を画する。
いわば、ランビエールの夢をそのまま具現化したような美に特化した演出と、選び抜かれた音楽が幻想的な世界を構築し、さらに彼のお眼鏡にかなったスケーターのみがその世界の住人となり得る、まさに伝説的な舞台だ。


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堕天使の結婚

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ジョニー・ウィアー選手が結婚したという話題。

年末ごろからあちこちのサイトで取り上げられていたので、これも今さらという話ではあるのだが、実際、まさきつねがなかなか記事に挙げなかったのは正直なところ、単純に踏み込むには複雑でデリケート過ぎる問題が多いと感じたからではある。

まさきつねはこれまでの記事でも再三述べているのだが、いわゆる腐女子と呼ばれる系統の趣味嗜好を持っている。とはいえまあ、まさきつねの年齢(まだ暴露してはいないが大方お分かりになろう)にもなると、貴腐人、麻婆頭腐と呼ばれる分野に属してしまうので、きゃぴきゃぴとボーイズ・ラブのセオリーに則ってイケメンや美少年を手当たり次第くっ付けては乙女チックな妄想に耽るという程度では収まらない。なので、ここはファンタジーとしての美少年カップル萌えのような能天気な感覚で、ウィアー選手の結婚話を語っているのではないことはご了承願いたい。


まずは、一般的なネットユーザーが最も目にしたのではないかと思われる、ハリウッド・チャンネルからの記事。

☆氷上のキュートプリンス=ジョニー・ウィアーが結婚!☆
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[ハリウッド]2010年に開催されたバンクーバーオリンピックで6位入賞、かわいらしい笑顔でファンを魅了して止まないプロフィギュアスケーター=ジョニー・ウィアー(27)が大晦日に結婚したことを明かした。

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お相手は1歳年上のヴィクター・ボロノフという法学部出身の男性。二人は昨夏頃から交際をスタートさせ、11月に婚約を発表していた。

「僕、結婚したんだ!」と現地時間31日にツイートしたジョニーはその喜びの報告と共に、結婚式の予定も明かしている。「挙式は今年の夏に執り行う予定なんだ。でも公式なことは全部済ませたよ!もう罪を背負って生きて行かなくていいんだ(笑)」。

伴侶となったヴィクターについて彼は、米フィギュアスケート専門サイトIceNetwork.comに対しこう語っている。「ヴィクターは僕が捜し求め、恋人になって欲しいと切望した理想の人なんだ。ずっと前から知り合いだったんだけど、去年再会してね。それからは目まぐるしく展開していったよ」。

「プライベートもプロフェッショナルな生活も充実していてとても幸せだ。僕をこの場所に導いてくれた神様に感謝しているよ」。

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それから、いくつかネットで拾ったウィアー選手とボノロフさんの写真と談話。

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「ジョニーとの結婚は本当にスゴいことだと思う。彼はとても素敵で、大切に育てられてきた人なんだ。
ジョニーについて太鼓判を押せることがあるよ――絶対に退屈しないんだ。彼は友達や家族からのサポートもものすごくて、新しい生活を始めるのがとても楽しみだよ」

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「ビクターとの結婚は僕の人生の中でも最も素晴らしい瞬間だったよ。彼を誇り、幸せにするためにも、
僕はがんばっていきたい」

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「ビクターに出会えて本当に幸せ。生涯を共にする人を見つけることが人生にとっていちばん大切なことだって母親に教わってきたから。ビクターは『これぞ紳士』っていう人で、ハンサムでとても聡明でチャーミングな人なんだ」

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「僕らの結婚への道のりはとても急だったけど、僕は決してあきらめなかった。ニューヨークで結婚したことを名誉に思うし、もっと多くの州が、万人に愛の結びつきと結婚を認めたらいいと思う」

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こうした報道記事からでは、とにかくハッピーで万々歳の新婚カップルの様子しか伺えず、またそれに乗じて多くのサイトやブログから「お幸せに」とか「応援します」といった声が響いてきて、それはまあ、それであたりさわりもなく丸く収まっているのだからまさきつねがここで余計な波風を立てることもないのだが、そう思う一方で、何だかやっぱりものの本質をよく知ろうともせず、その問題性について考えようともしない(言ってみれば同性愛問題など端から他岸の火事で自らの人生の中で深く関わったこともない)人間の上っ面めいた言葉だなという気がして、簡単にブログ記事として掲載することを躊躇した理由なのである。

聞くところによると、ボロノフさんはユダヤ系ロシア人とのことでゲイというマイノリティーを選択してきたその半生の辛さ厳しさは、容易に推測出来る。

2006年五月に行われたロシア初のゲイ・パレードは流血騒動で、120人もの活動家が逮捕される事態だったというニュースはもう一昔前なのかも知れないが、いまだにネオナチやロシア正教の過激派を中心としたゲイ弾圧が旧態然として残っているというからだ。

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2006年のパレードもそもそも、ロシア刑法の中で1832年から施行されてきたロシア同性愛者に対するシベリア追放などの厳罰条項が削除されて13周年を記念する集会とデモ行進の予定だったと聞いているが、その当時も過激派ではないロシア正教の関係者たちからも「ゲイを刑務所へ送れ」という怒号とともに生卵が投げつけられ、一方でこうした流血の事態をロシアのテレビや報道関係者は市民に一切伝えることなく、こうしたロシア国内の情勢をヨーロッパの各国からは「いかなる人権も擁護するという民主主義の原則に反している」と非難したらしい。

2011年のデモ行進の際にはさすがに2006年ほどの血なまぐさい話にはならなかったようだが、それでも極右活動家側も含めて40人以上の逮捕者が出て、もともと平和的なデモの実施を訴えていたゲイの活動家グループに対する治安当局の取り締まりは行き過ぎだという批判が国内外にあったようだ。
特に米国務省はロシアの政局をにらんで、「同性愛の権利擁護を訴えるロシア人や各国の支援者らにより平和的に行われたデモ行進が、対抗的な集団により強制的に中断させられ、さらにロシアの治安当局により双方のグループから逮捕者が出たことを懸念している」との声明まで発表し、事件を引き合いにロシアの下院選挙において「表現の自由」を確保するよう、ロシアに警告を発している。
これに続いて欧州評議会もヤーグラン事務総長名で「表現の自由と平和的な集会の自由は偏見なくすべての人に付与される」という懸念を表明し、警察当局に対し「平和的なデモ参加者を守る義務がある」と指摘したのは、本来デリケートな個人の性的志向の問題がロシアの国際外交上に、思わぬ軋轢と緊張をもたらしたということのようだ。

何やらきな臭い話になってきたのでこの辺りで切り上げるが、こうした報道を聞くとやはり日本という国の文化的な懐の深さというか、社会的背景として宗教や思想の制約も他の国に比べるとはるかに少なく、強いスローガンやシュプレヒコールを掲げて払わねばならない弾圧もない、目に見えない幸福というものを感じてしまう。

無論、個人的な差別や偏見、さらに好き嫌いというものはあるだろうが、欧米流のゲイリブ運動で変革を求めねばならないほどのマイノリティーへの抑圧政策もないし、集団活動で抵抗しなければ太刀打ち出来ないような過激なホモ・フォビアも存在しない。

ウィアー選手のような同性婚の問題にしても、日本の同性愛者の中でそれほど積極的に法制化を求める活動がないのは、政治的な反対者が多くて難しいという訳ではなく、ゲイの圧倒的多数派が結婚制度そのものに無関心で、時間と体力を使って活動すること自体煩わしいと考えているからにほかならないだろう。

現実的に日本で、遺産相続や家族の問題などから戸籍上の関係を持たなくてはならないとするのなら、文学はたけの折口信夫や吉屋信子のように連れ添いたい相手と養子縁組を結ぶという方法が伝統的に採られている。
派手な結婚式をして、自らのセクシュアリティーを喧伝したいという自己顕示欲の強いタイプや、生きざまを曝して世直しをしたいというゲイリブの活動家でもない限り、日本の同性愛者の多くは可能な限り控えめに目立たず、他人に自己のプライバシーを公表せず、自分のライフ・スタイルを満喫出来ればよいと考えているに違いないし、またそれが日本人らしい気質というものだろう。

あえて誤解のないように言っておくが、まさきつねは別段、ウィアー選手の結婚に難癖をつけている訳ではないし、逆に日本の同性愛者やその同性婚への消極的な姿勢を糾弾している訳でもない。

それぞれの人間が抱える生まれ育った国、あるいはルーツとなる民族の文化や歴史的背景が異なる以上、そのセクシャリティーや結婚制度に対する考え方や受けとめ方が違ってくるのは必然な話で、それの良し悪しもまた単純に決められることではない。

ウィアー選手とボロノフさんの未来とその結婚生活には幸多かれと願うが、それは彼らが同性婚という社会的制度で結ばれたカップルだからということではなく、互いの個性と生き方を認めあい尊敬しあった人間らしい繋がりで結びついた恋人同士だからこそ、その行方を末永くと祝福したいと思うのである。

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さて、最後にアイス・ネットワークからの記事。
☆Weir absolutely thriving professionally, personally☆
By Lynn Rutherford,special to icenetwork.com
12/29/2011

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オリンピックで得た栄光は時に、束の間の夢となることがある。だがバンクーバーでジョニー・ウィアーが観客に最後の会釈をしてこの二年間というもの、彼に当たるスポットライトは変わらぬままだ。

彼の滑らかな磁器を思わせる印象は、MACの「Glitter and Ice」をテーマにした化粧品コレクションのキャラクターとして、アメリカのファッション雑誌ヴァニティ・フェアでも取り上げられている。彼のドキュメンタリー番組「Be Good Johnny Weir」はまもなくロゴ・チャンネル(ゲイ専門のニューヨーク系ケーブル)でセカンドシーズンが始まる。そして彼の一番最近の本業披露は、12月23日にフィラデルフィアで行われたHoliday Dreams on Iceのショーで、東京からはるばる駆けつけた数十名のファンも含めた大勢の観客を動員した。

「このショーにほかのスケーターたちが参加してくれたこと、沢山の観客に足を運んでもらえたことがすごく誇らしいし、何よりみんなに僕たちを観て興奮してもらえたことが嬉しいよ」とMACのスタイリストにキラキラのパウダーを頬の上に乗せられている合間、ジョニーは語った。

それからまもなくして、特別に用意された招待席に着く前にスケーターと彼の両親パティとジョンに挨拶しようと出向いてきた、ウィアーと家族同然の友人たち60名(この友人たちはペンシルベニア州ランカスターにある彼の地元からやってきたのだが)で楽屋裏はごった返した。こうした開放的な友人関係は、ウィアーのとびきり素敵な見かけから想像出来ないという訳ではないのだが、彼らの流儀を解する糸口になるだろう。

「僕は今のような自分の人生を予測できたわけじゃないんだよ」と彼は言った。「こうなることを決して選べたわけじゃないんだから」

「このMACの広告は至る所で見かけるだろ、ニューヨークの空港とか雑誌とか。僕は自分を売り込むことには慣れてるけど、こんな巨大な化粧品会社の販促に参加するのは信じられないほどの機会だったし、彼らが僕を看板モデルに仕立て上げたのも凄くいかした話だったよね」

この広告活動はウィアー自身が認めている、いわば本分を踏み外した仕事のひとつということのようだ。

「誰かに今何をしているのと聞かれてもね、一週間程度のことは覚えているんだけど、それ以前のこととなるとやばいことになっているんだよ」と彼は言う。「思い出してみようか…MACの広告をしただろ。メイシーズがやってる感謝祭のゲイ・パレードに参加して、サンフランシスコのユニオン・スクエアでクリスマス・ツリーの点灯をやって」

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フィラデルフィアのショーの後、ウィアーの予定表には延期された休暇があり、それには最高の理由があるのだ。

「大みそかに結婚するんだよ」と彼は言った。「相手の名前はヴィクター(ボノロフ)、僕が今まで探していたもののすべてを持ちあわせていて、関わっていきたいと思うものすべてなんだ。ずっと前からの知り合いだったんだけどね、夏からつきあいを深めて、それからもう嵐に巻き込まれたみたいな感じさ」

「僕は自分の私生活にも、自分の仕事にも満足しているし、今ここにこうしていられることを神に感謝してるよ」

27歳を迎えた彼―ショーではトゥループか二回転のジャンプにとどめ三回転ジャンプを温存している―は、充分に達成されなかった部分を補うために、競技生活への復帰を念頭にガリーナ・コーチとの正式な練習を再開することを考えているようだ。

「今回が2011年最後のショーで、2012年はまだ何も予定していない。ガリーナの元で毎日練習するつもりでいるから、一旦何もかも白紙にしたんだよ」と彼は言う。「ヴィクターと僕はまず骨休めさ。俗世界から遮断されたところで、自分にはまだ何が出来るのか確かめてみる前にね」

「僕は跳べていたジャンプをまだこなせるし、スピンだって出来る。今まで以上に演技することを楽しんでるんだ。競技のための準備というか練習とか何やかんや、ダイエットとかいつも熱くなるような感じとか、そんなものが恋しくてたまらないんだ。でもさ、ここ数か月というものリンクに出かけて、違う種類のジャンプを練習したりして本当に楽しくなったんだよ。過去の恋人にまた恋をしたってとこかな」

彼は競技生活への復帰を真剣に考えているのだろうか?

「僕たちはそれについてはまだ語りたくない。ファンには殊更秘密にしておくつもりはないけれどね。1月末にはガリーナとの練習を再開させて、どこまでやれそうか様子を見たいと思ってる。復帰が可能な場合、あるいは練習してみて自分があまりにも歳を取り過ぎてて引退しか道がないと分かった場合には、春ごろに何らかの公式発表をするさ。でも今のところはまだ、そっとしておいて欲しいな」

「良いとか悪いとか言っているわけじゃない。いずれにしてもすぐに分かるさ。復帰を前提に練習を再開するつもりなんだから」

ヴィクターについてもう少し踏み込んだ話を。

「彼は最高だよ。僕の周辺にはいなかった部類のひとだけれどね。彼と初めて知り合った時も、つきあいを再開した時も、彼は僕がフィギュア・スケーターだということを全然知らなかったんだ。彼はロシア人で、ニューヨークで長い間働いていた。それから一度アトランタに戻って、家族の仕事の手伝いをして、また何週間かでニューヨークに帰ってきたんだよ。弁護士なんだ。お堅い職業だろ。僕の周辺みたいなお祭り騒ぎの世界とはまるきりかけ離れてるんだ」

「(フィラデルフィアのショーを観るために)今夜はここに来ているよ。ショーの僅かな間は包まれてる感じで浸れるから、僕の演技を観たり僕のしていることを眺めたりしているのが気に入ってるみたいだね」

彼はフィギュア・スケートの大ファンなのか?

「全然違う。僕は彼の身内に会ったんだけどね。ある一日、モスクワに飛んで、それからアトランタに行って、グリーンヴィルでDisson Skating's Improv on Iceのショーに出て、またアトランタに戻って何日か過ごして、彼の家族と正式に顔をあわせたんだ。今までにない体験だったから楽しかったよ。彼の家族はロシア人だけど、僕はこれまでもロシアの人とつきあいがあったから、何があっても大体予測できたし、つつがなくすべてが巧く運んだよ」

「彼はニュージャージーに引っ越してるよ。僕たちはニューヨークのメトロポリタンに新居を構える予定。僕がほかのところに住むなんて想像もつかないしね」

テレビの番組はどうなるのか?

「シーズン2が三週間前に終了したばかりだよ。撮影が終わって、ロゴ・チャンネルで新年早々放映開始。ルポールのショーとの二本立てで構成しているみたいだから、二大ショー始まり始まりって感じかな」

「僕は最初のうち、ショーに出演することにどきどきしてた。オリンピックの後は、撮影したいものがもっと増えてて、新しいエピソードのいくつかを観た時は、局側の人たちも本当に面白がってたよ。僕は想定外を想定しろということを学んだし」

彼はフィギュア界の現状について把握しているのか?

「少しは見聞きしてる。僕の弟分や妹分にあたる羽生弓弦、エリザヴェータ・タクタミシェワ、アデリナ・ソトニコワとクセニア・マカロワの演技は勿論チェックしてる。ペアもすごく面白い。沢山観ているわけじゃないけど、良い感じだね」

「転倒しているにも関わらず、特定の選手が勝っているという状況はさっぱり分からないよ。僕が闘っていた頃は、転倒は評価されなかったし、負けて当然だった。理解を超えてるね」

「それにさ、女子選手が跳べる三回転ジャンプに全部挑戦しなくても優勝しているというのも分からない。良し悪しの問題じゃないだろ。曲がりなりにも女子のフィギュア選手のトップに位置するんだったら、彼女たちは跳ぶべきなんだ」

2012年のサン・ノゼ開催全米選手権への出場は視野に入っているのか?

「ナショナルズ出場は考えてたけど、その頃ちょうどガリーナとリンクで練習の真っ最中だと思うよ。練習に勤しんでる最中にさ、彼女を置いて僕が渡航したりするのを彼女が快く思わないだろうってことは、僕のショーを観ている人たちは分かってると思うんだよね。何でも初めの間はさ、そういうことが大事なんだ。もし復帰するんだったら、もしそこそこやれる可能性があるんだったら、僕は100%の全力でやるつもりだよ。もし競技に復帰しないんだったら、練習から出来る限りのことを学んで、それを最大限ショーに生かしたいと思ってるんだ」

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あいかわらず頭脳明晰というのか一刀両断というか、ほかの選手が言いにくいこともそのままズバリ歯に衣着せぬという発言といったところだろうか。

彼の発言がニュートラルで、常にフェアなのは、彼が自分自身のアイデンティティーやセクシュアリティーを大切に思っていると同時に、他者の持つそれらへのリスペクトを忘れないからだろう。

ただひとりのひとの大事なパートナーになったとしても、やはりジョニーはフィギュア界に使わされた、皆から愛されるべき堕天使なのだろう。

…と、こんな記事をトロトロUPしていたら、最新のニュースでついにソチ五輪への出場を目標に、ウィアー選手が競技生活に復帰するという情報が入った。
☆With eye on Sochi Olympics, Weir announces return☆
By Alexa Ainsworth,Universal Sports
1/19/2012

内容はほぼ前記事にあったような情報で目新しいものはないのだが、なかなか後進が育たないアメリカ男子の現況を背景に、五輪出場枠を何としても増やしたい思惑が見え隠れする組織側と、完全復帰のためには四回転ジャンプのような高難度の技術保持が必須という、世界レベルの選手には当然のことだがウィアー選手に突き付けられている絶対的課題が明確にされている。

「四回転ジャンプの練習があるから、妊娠するのはご法度よとガリーナに言われたよ」という、彼らしいジョークも交えているが、その言葉の裏には静かに再燃している競技への情熱と、勝利への意欲が滲んでいる。

今のところ競技用オリジナルとして考えているのは、Lady Gagaとカルメンをミックスしたいかにも彼らしい情熱的な世界観の新作らしいが、ウィアー選手が脇目を振らず、フィギュア競技の音楽とコスチュームデザイン製作に心血を注いでいる一方で、ボロノフさんとの結婚セレモニーの一部始終を全面的に仕切っているのは義理のお母さまらしく、この辺りは和気あいあいの空気が漂っているのが微笑ましい。

この結婚レセプションのみがこの夏彼の、唯一の社交の場となるかも知れず、後はソチまで彼の言葉を借りると「修道僧のように」身を慎んだ生活を送る覚悟らしい。

「ずっと自由にやってきたからね。いっぱいあるお楽しみを投げうって、フィギュアのプログラムだけに集中するなんて凄いストレスになるだろうね…でもいいんだ。この先わくわくしてるわけじゃないけど、準備は万端だよ」

ウィアー選手は、今回が彼にとって最後の五輪となることを示唆している。

「ソチが終ったら引退だ。これは今から公言しとくよ」

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おお、堪えがたき人間の条件よ。
一つの法則の下に生まれながら、
他の法則に縛られて、
虚しく生まれながら、
虚しさを禁じられ、
病むべく創られながら、
健やかにと命ぜられて、
かくも相反する法則によるとせば、
自然の意味とは、そも何か。
(フルク・グレヴィル『ムスタファ』)

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至宝の解説者


wissinfo.ch 【ランビエール、解説者として活躍 !】
http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=29263950


ベルンで1月24日から30日まで開催される「ヨーロッパフィギュアスケート選手権」で、ステファン・ランビエールがスイス国営テレビの解説者を務める。

また、「スイス大使」として、国際オリンピック委員会 ( IOC ) 会長ジャック・ロゲ伯爵などVIPを迎える役割も果たし、最終日のガラにも特別出演する。

批判はしたくない

「解説者、スイス大使、ガラの出演者と、いろいろな役割をこなしながらヨーロッパ選手権に参加できるのをとても楽しみにしている」
と、ランビエールはフランス語圏のスイス国営テレビ ( TSR )のインタビューで語っている。
特に過去のライバルや新しいスケーターたちと出会い、インタビューや解説を行うのは新しい経験になると意欲満々の様子。
「昨年はライバルだったフランスのブリアン・ジュベールにインタビューするなんて思ってもいなかった」
 しかし、酷評をするつもりかとの質問には
「技術面はきちんと評価して正直なコメントを行いたいが、批判は絶対にしたくない」と答える。
「スケートには、例えば振り付けなど、美しく素晴らしい側面が沢山ある。そうした人を引き付ける魅力的な、魔法のような側面を強調してコメントしたい」
と、ランビエールがフィギュアスケートで大切にする要素を軸に解説をしていくようだ。

ガラ出演の背景

ところで、今回のヨーロッパ選手権最終日のガラへの出演は、競技に参加したアマチュア選手だけの特権のはずだ。なぜランビエールが出演できるのか?そもそもランビエールは競技生活にはっきりと終止符を打ちプロに再転向したのだろうか?
「プロとかアマチュアといった分け方は古く、ステファンにはふさわしくない表現。ステファンはフィギュアスケーター。ただそれだけだ。しかし、今後競技に出ることは絶対にない。それだけははっきりしている」
と、マネージャーのマルク・リンデッカー氏は言い切る。
ガラ出演は、こうしたランビエールに国際スケート連盟 ( ISU ) が特別に許可を与えたから実現したと話し、こう説明する。
「普通ガラに出演できるのは、確かにオリンピックにしろヨーロッパ選手権にしろ、大会に参加した選手だけ。しかし、ステファンはスイスのフィギュアスケート界の王者。スイスを代表するという象徴的な意味での参加をスイススケート連盟が国際スケート連盟に要請し許可された」 
 ところで、スイススケート界の代表と言う意味では、1981年にヨーロッパ及び世界フィギュアスケート大会で優勝し、「ビールマンスピン」や「ビールマンスパイラル」を生み出したスイスの女子フィギュアスケーター、デニス・ビールマンもガラに出演するという。

新しい機会を糧に

ランビエールは昨年、「シンアイス( Thin Ice )」で荒川静香と初めてペアを組み、高橋大輔には振り付けをするなど新しい局面を開いてきている。このことを10月のスイスインフォの単独インタビューで
「僕は運がよく、とても恵まれている。確かに新しいことには危険も伴う。しかしその危険を冒してやると、また次の新しい機会が訪れるという具合に人生を前に進めてこられた」
と語っている。
今回の解説者またガラの特別出演者としての役割も、与えられた「新しい機会」だと積極的に捉え、1人のフィギュアスケーターとしての成長の「糧」にしているようだ。(ライター:里信邦子 )


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このインタビュー記事、いくつかのサイトに掲載されていたのだが、多くのブロガーさんの感想を読んでみたところ、誤解があるのかあるいはライター自身がまちがっているのかと思われるのが、「批判をしたくない」という部分である。

この記事の元になっていると思われるのは里信さんも書かれているように、スイス国営テレビ ( TSR )のニュースキャスター、ダリウス・ロシュバンのインタビューにランビエールが答えているテレビ放送なのだが、実際のその放送を聞いてみたところ、そこでロシュバンは、これまで解説者やジャーナリストのいらいらする質問に対しスポーツ選手として答える側だったランビエールが、今回スポーツ解説者という逆の立場になることでどのように感じているかということにポイントを絞って、問いかけているのである。

それに対してランビエールの回答は、「自分はシーズン当初から試合を観覧するのが好きなのでいくつかのGPS放送を観てきたけど、良質で誠実な解説者のコメントを聞きながら試合を観るのが好い。僕はあくまで一個人として解説したいので、人間の考察に基本的な相違はないと思っている。スケーターの技術的レベルについて、正確に伝えさえすればね」というもので、きちんとした解説者の放送に対してはきわめて好意的にとらえているという内容だ。
そこでロシュバンは重ねてランビエールの真意を探るように「でも報道関係者や解説者の愚問に苛立たしく思うことも、きみも逆の立場で経験してきたのじゃないのかい」と問いかけており、それに対してランビエールは「僕は同輩の批判はしたくないよ。大事なのはプロ意識で、この競技の素晴らしいところに注目して観ていくことだよ」と答えているのである。

誤解されているのはランビエールの「同輩」という言葉の解釈で、おそらく里信さんは同輩=スケーターととらえて、彼がスケーターの演技の「酷評」をするのかどうかというニュアンスでこの記事を書かれているし、この記事を読んだ方々の多くもそのように受けとめておられるのではないかと思う。

だがランビエールがここで批判したくないと言っている「同輩」は、実はスケーターではなくこれから自分が解説者の道に入る以上、仲間になっていく報道関係者や解説者を含むメディア側の方を指しているととらえる方が話の流れとして自然だろう。

つまり、ロシュバンはランビエールがスケーターとして今まで散々嫌な思いをさせられたに違いないメディアに対して、彼がどう思っているかを尋ねているのであり、ランビエールはそれについて今更「メディア」批判はしたくないと大人の対応をしながら、それに続けて「スケートには、例えば振り付けなど、美しく素晴らしい側面が沢山ある。そうした人を引き付ける魅力的な、魔法のような側面を強調してコメントしたい(里信さん原文)」という、自分が解説にするにあたっての心構えを語っているのである。

勿論、広義に解釈すれば、ランビエールがスケーターたちの演技を酷評するために解説者やコメンテーターの仕事を引き受ける筈はないのであり、おそらくベルンのユーロではそれぞれの選手たちの芸術的美点や技術的長所に注視した、彼らしい個性的な解説が聞けるだろうことは容易に想像出来る。

ランビエールはロシュバンのインタビューで、キャンデロロのようなかつてのライバルで彼の先を行く解説の専門家に接触することと同様、新世代の若い選手たち、あるいは少し前まで競技仲間だったブライアン(ジュベール)やトマシュ(ベルネル)らに演技後のミックスゾーンでインタビューすることを興味深く楽しみにしていると弾むような言葉で伝えている。

ランビエールはこの里信さんの記事でもうかがえるが、試合競技からはすっかり足を洗ってしまったようで「試合は過去のこと。後悔はしていない。採点もジャッジも無関係で、ショーに出て自由に演じることが出来て幸せ」と、イタリアのトーベル主催のアイス・ショーMusic on iceのスイス公演でも語っているが、彼にとってスケートは、他者に対抗してそれを凌駕する手段でも目的でもなく、純粋に彼自身を表現し、メッセージを観衆に伝えることの出来る作品そのものなのだということなのだろう。

ベルンのユーロでスイスの至宝をみすみす放っておく筈はないだろうが、ガラ出演が特別措置で決まったのは素晴らしいことだ。彼自身は新しいことにチャレンジする自分をその機会に恵まれて「運がいい」と謙虚に話しているが、実際のところ、今現在もほかのどんな現役選手にも手の届かないような卓抜した技術、独特の世界観を持ちながら、彼のような選手を競技の舞台からいつのまにか締め出してしまったような感が、今日のフィギュア競技のルールやジャッジにはどうしても拭えないのだ。

ストイコは昨季五輪の四回転論争で「四回転を外すなら、なぜトリプルアクセルを外さないのか。ISUがフィギュアを“芸術リサイタル”に作りかえようとしてる」と批判していたが、今のフィギュア競技は「リサイタル」どころか、どれもこれも似たようなお手本通りの優等生演技が並んだ「お遊戯会」のレベルに落ちようとしているのではないかと思いたくなる節もなきにしもあらずだ。

メディア報道は確かにどこか常にとんちんかんな部分があるが、ランビエールの言うように、今そんなメディア批判をしても致し方ない。
大事なのは、スケートそのものの持つ魅力、競技としての面白さをいかに残していくか、人々を惹きつける「魔法のような側面」を選手も周囲も伝えていくことが出来るかで、そこにフィギュア界の凋落がかかっていることをランビエールは本能的に悟っているのだろう。そしてそれだけ、彼はフィギュアの芸術性も、スポーツとしての競技性も愛しているのだ。

解説という新しい仕事への挑戦がランビエール自身の「成長の『糧』」となるだろうことは無論否定しないが、一方で彼の試みがフィギュア競技界の救世となることにも期待せざるを得ないのである。


☆おまけ☆総統閣下が地上波のフィギュア中継にお怒りのようです
スイスの至宝をなんだと思っとるんだ!

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今晩は(カナダ時間)、まさきつね様。
フィギュアの各国解説シリーズにハマっている自分としては、ランビエール氏のユーロ解説楽しみです。恐らくどなたかが、つべにあげてくれることを今から期待しています。各国解説陣の中では、British EuroSportsのニック&クリスのコンビがお気に入りですが、元スケート選手では、カート・ブラウニング、ロビン・カズンズ、タラ・リピンスキーといった面々でしょうか。何れの方々も技術的な面を解説しながらの褒め解説+改善点の指摘+ジャッジへの牽制的発言をたまにといった面で共通するものがあるのが自分のツボです。
そうそう、年頭にCBCで放送されたGPFのエキシの解説で、小塚選手に一人辛口コメントを継続しているトレーシー女史にカート氏とブレンダキャスターが懐柔、援護とも取れるコメント(今宵のダンスの相手にいかか?彼はもはや日本の3番手ではないですね。)をしていたのが中々興味深かったです。
総統閣下シリーズ、自分も最近見つけてハマっており、特にこれは、半端ないシンクロ率、腹筋の壁崩壊、そして、そのオチが秀逸過ぎて当分リピが日課になりそうです(苦笑)。
2011/1/21(金) 午後 1:46 [ can*dak*ra ]

can*dak*raさま
ご訪問うれしいです。
フィギュアの各国解説は、聞き比べると本当にはまりますよね。でもランビエールの言うように、基本的には、フィギュアに対する造詣と愛のある解説者はみな今のルールやジャッジについて、思うところは同じじゃないのかなと感じますね。
ランビエールの解説、楽しみになりましたね。
総統閣下のシリーズも本当に面白いですね。日本の放送局にも是が非でも見て欲しいものです。これぞパロディーの真髄ですよね。
2011/1/21(金) 午後 6:03 [ まさきつね ]

こんばんは、丁度総統閣下シリーズを見てきたところだったので、リンクが貼り付けられているのを見て、また笑ってしまいました。
こういう動画を見て、「そうそう、本当に許せない!」と怒りながら見るのではなく、大笑いできたことは良かったです。総統閣下シリーズが良く出来ているのも大きいですが、最近はフィギュアに対して少し冷静になってきたんだと思います。
この一年は特に、頭から湯気が出そうな程に怒りが優先してたもので(笑)
今は四大陸、世界選手権が心から楽しみです。
2011/1/21(金) 午後 10:45 [ uzu*a*ala ]

uzu*a*alaさま
コメントうれしいです。
総統閣下は大受けですね。怒り心頭ばかりでは血圧が上がりますから、クールダウンにこういった良質のパロディーは絶対必要ですね。
巻頭の写真、思いっきり男前なステファンにしてみましたが、総統閣下のお気に入りは実は赤ぬこ…というオチも最高ですね。
2011/1/21(金) 午後 11:03 [ まさきつね ]

瞬間の風をまとう者 其の弐


まずランビエール選手の『椿姫』の動画から。
http://www.youtube.com/watch?v=oEIEgcoH7Mc


さて、インタビューで心に残った言葉を拾い上げてみる。最初に、高橋選手について述べた部分である。

「僕は、ほかのスケーターをライバルだと考えたことがありません。だから大輔も打ち負かす相手だとは一度も考えなかった。」

競技中でも表彰式の時でも、ランビエール選手の表情を見ていると、彼が最終的に何位であったかに関わらず、彼より上位の選手に捻じ伏せられたとか、あるいは下位の選手を打ち負かしたとか、勝負の裏側にありがちな、そういった想念を思わせる影が一切伺えないのである。
アスリートである以上、勝負にこだわりがない筈はないだろう。だがランビエール選手にとって、ほかの選手の性格や感性、そのフィギュアのスタイルに対する興味の方が、彼らを戦略的に凌駕する悦びに優ったのだろう。

「スケート中に風が体にあたり皮膚の上をやさしく滑っていくときの、あの高揚感を感じる瞬間というものは、人生の中でそうあるものではありません。フィギュアは、激しい動きがないとき、何もしなくても自然に滑って行く、やさしくやわらかなもの。そうして体が風の流れを感じ、自由な気分になれる。ワルツはそうした解放感を感じる動きへと自然に導いてくれるものなのです。」

ランビエール選手なら、バレエやフラメンコあるいはその他のジャンルのダンサーとしても、もしくはアクターとしても、おそらくそのカリスマ的魅力を充分に発揮して、なまなかでないレベルの演技者として名を馳せることになったと思う。だが彼は、フィギュアスケーターを選んだ。やわらかく、優しい風が彼の体を包み込む、瞬間の自由を選んだのだ。

彼の選択が、何にも縛られない彼の演技を見る贅沢を観衆に与えてくれている。ひたすらに演技する歓び、表現することで得る心の解放感、点を獲るための術策や巧く魅せようとする作為性を超越したところで、純粋な芸術性に到達したランビエールという奇跡が、観衆に観ることの幸福をもたらすのだ。

「僕自身、バンクーバー冬季オリンピックでは、『椿姫』の曲でうまく感情を表現したかったのに、怖さと緊張のため、表現に自由さがまったく欠けてしまった。」

この五輪の演技に関するくだりは切なくも、もっとも血の通った人間らしい肉声が吐き出された部分だろう。ランビエール選手のように幾たびか五輪の舞台を経験し、数えきれないほどの試合を熟してきたベテランの選手でさえ、高ぶる緊張や興奮に運命が翻弄されて、自分ではどうすることも出来ない結果に甘んじなければならないことを、彼は骨身に沁みて理解しているのだ。

絶対の勝利を確信し、五輪の舞台でも緊張せず、まるでエキシビションのように滑れると言い放つ選手の、だらけきった心根や演技など、彼には端から論外の話だろう。悲しみのないところに、喜びなど欠片も生まれ出ずる筈もない。

「風が体にあたるときの自由の高揚感」は、宿命に緊縛された人間が自らの努力と才能で、宿命のあざとい仕打ちを克服した瞬間にのみ味わうことの出来る美酒なのだ。創造する人間は自らの作品によって、どんな社会的な栄誉や経済的報酬が寄与されるかなどということに、最初から無頓着で、そんなことに振り回されることなど不本意極まりないと考えているのだろう。

「スタートには音楽しかなかったのに、最後には一つの『物語』が出来上がっている。その創造が僕の喜びです。」

創造し、演技し、表現する人間にとって、背景の音楽や既成の概念を超えた新しいものを見出す喜び、オリジナルなものが新しい物語を生み出す一瞬こそ、彼らのレゾン・デートル(存在理由)である。

ランビエール選手は、もがき悩み、苦しむ人間の憂悶も、それを乗り越えた創造の達成感も熟知している。ここから先、彼が演技者としてあるいは振付師として、どんな物語を紡ぎ、どれだけの数のオリジナルを自らの懊悩とカオス的嘆きの中から編み出していくのか、観衆のひとりとして興味の尽きないところではあるのだ。

ランビエール10

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こんにちは、まさきつね様。LAのアイスショーの動画、新プロお披露目のJO程興味が湧かなかったのでまだ見ていません(ヨナ選手のは以前1回見ただけで十分だったし…見る気になれない)。ランビエール氏のは、見させて頂きました(このEXナンバー好きです)。彼は、本当にスケートを楽しんでるなあと思います。高橋選手と魂が似た所があるのかなと感じていた事と彼が「小塚選手に振り付けしてみたい。」と言っていた理由が、何だかこのインタビューで納得出来た感じです。JO後のインタビューで高橋選手が、(86点近いPCSだったからでっきり技術面のコメントをしたのかなと思ったのですが、)「感情移入が出来なかった。」と答えたことが、余計にランビエール氏のバンクーバー五輪での「表現に自由さが欠けてしまった。」と語ったことと重なりましたし、自分も小塚選手の演技から「爽やかな風」と「もっと自然に自由に表現出来れば…」と常々感じていましたので。今後もランビエール氏のプロとしての演技も振り付け師としての活躍も楽しみです。
2010/10/7(木) 午前 11:41 [ can*dak*ra ]

can*dak*raさま
仰るとおり、高橋選手や小塚選手にランビエールが寄せる思いが何となく読み取れるようなインタビューでした。ランビエールや浅田選手の演技を観ていると、フィギュアの身体芸術としての可能性が、さらに深く大きく拡がっていくような気がしてなりません。
いつか小塚選手の表現にも、ランビエールの手が加わる機会があれば良いとな思っています。風はいつも吹き過ぎていきますが、その後の世界は必ず何かが変わります。ランビエールの演技はいつも場内の空気を一新します。何かを期待したいと思うのです。
2010/10/7(木) 午後 7:47 [ まさきつね ]

まさきつねさま
とても良いインタビューですね。あまり詳しくなかったのですが、ランビエール選手の素敵な部分が浮かび上がってきて…素晴らしい人柄がだから、言葉の端々に、にじみ出てくるのだとも思いますが。
ランビエール選手の指先は、バレリーナの方々と同じくらい繊細で指先が語っているような感じに動かすことができていると思いましたが、ご本人も、バレエを目指していたわけなのですね。
冷静に計算し尽くした振り付けを滑るという、技術を競う競技である側面をもちつつ、「風が体にあたるときの自由の高揚感」を感じながら物語を創造していく、人にはジャッジ不能な世界を表現していく矛盾ともいうべきものを併せ持っているからこそ、フィギュアスケートに魅了されるのかなとおもいます。
だからこそ、技術を高めつつ、自分の世界観を広げようとしていく選手に、魅力を感じるのだと思います。
…いつにもまして、まとまらなくなってしまい、失礼しました。
2010/10/7(木) 午後 8:53 [ miho_ann ]

こんばんは、まさきつね様。

じっくりとインタビュー記事を拝読し、久しぶりにランビエール氏の演技を堪能させて頂きました。
ランビエール氏言うところの『表現の自由さ』が随所に感じられて、観ている方にも、心地よい風が吹いてくるような気がしました。
「こんな動きするんだ!」というような発見も色々あり、魅せられてしまいました。

インタビュー記事で印象に残ったのは、
「自由を感じながらさまざまな感情表現を行うようになるにはさらに時間がかかります。」
という箇所です。
スポーツでありながら、観る者への訴求力も求められるフィギュアスケートの難しさを感じました。
ランビエール氏にしろ、高橋選手にしろ、確かな技術に裏付けられていればこその表現力なんですね。

ふと、いつか、エキシビジョンでいいので、浅田選手にも振付けてもらえないかなぁ、と思ってしまいました。無理かも知れませんが・・・。
2010/10/7(木) 午後 10:54 [ モジ ]

miho_annさま
コメントありがとうございます。仰りたいことは充分まとまっておいでですよ。
ランビエールは心から人間が好きなのだと思います。男女関係なく、大好きな選手たちにはスキンシップしていますね。会見やリハーサルなどで、ウィアー選手やジュベール選手らも仕方ないなあという風にあしらっていますが、とても仲が良い様子が伝わってきますね。
振付はもしかしたら、彼には天性の仕事になるかも知れませんね。
2010/10/8(金) 午前 0:38 [ まさきつね ]

モジさま
ランビエールはおそらく、技術へのこだわりや作為の見えるうちは振りひとつにも感情を自然に出せるようになるのは難しいと考えているのかも知れません。頭で考えなくても体が自然に動き、演技ではない感情が普通に滲み出るような表現。
「浅田選手にも」とのことですが、でもランビエールが浅田選手にうっかり手を伸ばしたら、ヤグやプルといったロシアの怖いお兄さま方が黙っていないかも知れませんね(笑)。
2010/10/8(金) 午前 1:17 [ まさきつね ]

まさきつね様、こんにちは。はじめまして。

ランビエール氏のインタビューのご紹介ありがとうございました。
ランビエール氏の一瞬ライダーを思わせる風のコメントの
何とも言えない詩的な香りに感動しました。
このコメントを詩のように組み替えて、
ちょっと手を入れてみてそう思いました。

スケートの中で
風が体にあたり皮膚の上をやさしく滑っていく
感じる瞬間、そして高揚
人生の中の確かなひと時
激しさがない 自然に滑る やわらかさ
体が風を感じ 流れの中で自由だ
私は導かれて、自然な解放感に立ち止っている

ランビエール氏の今後のご活躍を楽しみにしております。
2010/10/8(金) 午後 1:00 [ クロネコ ]

クロネコさま
初めまして。コメントと詩をありがとうございます。まさにライダーのように、風を受けて演技しているさまが彷彿としますね。
アスリートに祈りは必要ないと言います。結果は努力とやる気がもたらすもので、お恵みのように与えられるものではないから。だからこそ彼らは風のように自由に、火のように燃えて、水のように流れる演技を披露できるのでしょう。
彼らをすべての足枷から解き放ち、思いのままに彼らの世界を創造してもらいたい。ファンの願いはこれに尽きると思います。
2010/10/8(金) 午後 4:09 [ まさきつね ]

こんにちわ。本当に素敵なインタビューですね。元は英語なのでしょうか。ランビエール氏が英語でどんな言葉を選んだのか非常に興味がありますが、日本語訳もとても綺麗で彼が英語で喋っている様子が目に浮かぶようです。
彼は容姿も内面も本当に美しい人で、心からスケートを愛していることがインタビューからも演技からも伝わってきます。オリンピックのFSの演技には自分自身がっかりして、帰宅後数日間自室に閉じ篭ったそうです。スケートを愛しているからこそそこまで自分にも厳しいのだろうと思います。
彼と高橋選手はスケートのスタイルこそ異なりますが、おそらくは同じ価値観を共有しているのでしょう。JOの小塚選手の演技を観ていて私はランビエール氏が頭に浮かんだんですね。私もいつか彼が小塚選手に振付をしてくれればと思います。きっとぴったりだと思います。

残念ながら金メダリストのライサチェック選手やキム選手から「スケートを心から愛している」と感じることはありません。哀しいことですね。
2010/10/9(土) 午前 1:25 [ Mikeko ]

Mikekoさま
コメントうれしいです。スケートを愛している選手たちの言動は、常日頃から似通っていますね。リハーサル中も楽しげで、ほかの選手たちとじゃれ合ったり、絡み合ったりしています。
キム選手はもう何をかいわんやですが、ライサチェック選手もこのところ、セレブ気取りでおめかしして、あちこちのパーティに出没しているようです。タチアナコーチにワーカホリックと言われたほどの練習の虫だった選手が、どうしたのでしょうね。金メダルがそうさせたのだとしたら、仰るとおり哀しい話ですね。
2010/10/9(土) 午前 7:19 [ まさきつね ]