月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

アイリスの荒野

○注文41-1


ジャーマンアイリスの咲き群れる
路肩の植え込みに
ひととき 降りそそぐ雨にさえ
こころを寄せることができない

やさしく 頬をぬらすものにさえ
こころを傾けることができない

しぐれた胸は たわいのない夢ばかり見る
やさぐれた思い出ばかりなぞっている

少しの間だけ さよなら なんて
妙に気どったことばひとつ残して
リングに上がったボクサー

さよなら なんて
永劫の旅人でさえたどりつけない
さびしさがつむぐ物語なのに

今夜も 憎しみに及ばない
情に ノックアウトされて
セコンドの投げたタオルが
床に落ちるまで

ジャーマンアイリスの茎のまがりに
したたる雨粒のつめたさに
消えてゆく人の影を
赦しのように
恋いこがれる

*********************


新次はリングに上るとガウンのままで観客に挨拶した。
白いガウンの背には十七の星がマジック・インクの赤で記されてあった。十七というのは、彼が今までに倒した相手の数である。もし、今日勝てばまた星が一つ増えることになるだろう。この彼のガウンの星条旗から連想して彼のことをアメリカン・ボーイと呼ぶ記者もいたが彼は一向に気にとめなかった。彼にとって試合は人生の燃焼だったにしても「勝利」はただのデザインにすぎなかったからである。
…拳闘の世界では「一番憎んだもの」にチャンピオンという称号が与えられる。
…憎しみ一つ習得できぬ男がどうしてあの群衆を、かきわけ生きてゆくことが出来るものだろう。
(寺山修司『あゝ、荒野』)


○注文41-2


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帰宅

○注文39


夜のにおいを連れて
家の猫が帰ってきた
闇の中でも 妖精は
草叢に真珠を落としてゆく
小鳥がつついた暦の嘘を
この家の主人は気づかない
そして 深い睡りにつきたい薔薇は
白いローブを脱ぎすてる

窓の外にはお月さま

ディキンソン家の床下では
ネズミが紅茶を嗜んでいる

*********************

 
 僕ガ僕デアルカ木村デアルカサヘモ分ラナクナッタ。(三月十九日夫の日記)。

 ソレカラ何時間後デアツタカ、又違ツタ夢ヲ見テヰタ。最初ハ木村ガ裸体ノママデ立ツテヰルヤウニ思へタガ、胴カラ生へテヰル首ガ、木村ニナツタリ僕ニナツタリ、木村ノ首ト僕ノ首トガ一ツ胴カラ生へタリシテ、ソノ全体ガ又二重ニ見エタ。……(三月廿四日夫の日記)。

 でも木村さんはかう云ふ風に考へることは出来ないでせうか、私の夫と木村さんとは一身同体で、あの人の中にあなたもある、二人は二にして一であると。……(三月廿六日妻の日記)

(谷崎潤一郎『鍵』)


○注文40-2


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ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス

○注文38-1

○注文38-2

○注文38-3


夜になると
ひとは孤独の種を植えるのだ

ひと粒 ひと粒

それは小さな星の淋しい庭に蒔かれ
何億光年も凍った無言の土に根づき

やがて芽吹くこともあるだろうが

ああ もしその種が
ある日きみの前で
名のない花を咲かせることがあるなら

(恋人たちはためいきをつき
 旅人は涙して)
その花弁がひらくのを見守るがいい

*********************


戦場のところどころに柱が立っていて、その先端にはスピーカーが設置されており、「イマジン」が流れている。やがて正気に返った侍達は敵と目があうや、じきに目を伏せ、気絶した者どうし、照れくさそうに頭をかく。そして今度目があったときはもう仲間だ。ふたりの若者は美しい笑顔で笑う。そこへガンジャがまわってきてみなで一服をしていると、丘の上、あほらしくなって城に帰った御大将が陣取っていたあたりにいつの間にか特設ステージができていて、ボブ・マーリィ&ウェイラーズが演奏を始める。「ワンラブ、ワンハート、レッツゲットギャザーザアンフィールオーライ…」
(町田康『パンク侍、斬られて候』)

☆Eric Clapton - While my guitar gently weeps (HQ)(Concert for George)☆


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月下香の闇(花粉症対策してますか?)

○注文38


月下香(チューベローズ)の香りがひとすじ
立ちのぼる薄闇のなかに
あなたは何を見るだろう

眠りにいざなうものの切なさと
眠りにつくもののいとおしさ

ひとすじに あなたは何を願うだろう

花が花に 月が月に
夜が夜に語ること
ささやく言の葉

恋は恋のうちに
夢は夢のうちに
あなたへ伝えておけばよかったと

夜のとばりに隠れて
いつか どこかへ
見えなくなっていくあなた

乳房のようにまさぐっていたかなしみも
月が雲に覆われるようにいつか姿を消して

愛が愛のうちに
人が人のうちに思うこころが
残り香さえ闇に散らして
失われてしまうその前に

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神は無力だ
(浜岡賢次『浦安鉄筋家族』)

☆浅田真央 Mao Asada with 浦安鉄筋家族☆


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銀釦を拾う

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世界貿易センターの空の果てで
光のひと欠片になった男の物語

「綱渡りするのに理由はないよ」と
彼は言う
「綱渡りは僕の人生
人生はぎりぎりを歩いてこそ
意味があるんだ」

積み重ねてきたものが
いつもすんでのところで
徒労に終わる

当たり前のように暮らしていた場所が
明日はみるみる
瓦礫の山に変わる

十年前 ビルの下の
自転車置き場だったところが 
ブナの樹の公園になってしまったなんて
ざらに聞く話

世界は
ひと握りの天才がつくった伝説と
大勢の人間がうごめく日常が
ひしめきあってる

いつだったか 目覚めた朝に
飲み干した一杯の水が
生きることの意味を教えてくれた
そんな記憶もあるけど

いつもは
遅刻した理由
欠席の理由
出来なかった理由
そんな煩わしい言葉で書類を埋めている
事務机の日々

失われたビルの窓に映る
ブナの樹の間を
ゆき過ぎる春の風に
吹かれて

いつか ニューヨークの街角で
綱渡りの男が落とした
上衣の 銀釦を拾う
夢をみている

*********************


彼等に怨みはないが、何故だか私は容赦しない気持ちになっていた。体を張らない安全博打で遊んでいるような野郎は大嫌いだ。奴らは博打をナメてるが、博打ばかりでなくこの世のいろんなものをナメて暮らしてる。糞、それなら博打で大怪我をさせてやるぞ。
(阿佐田哲也『麻雀放浪記』)


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