月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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仮面の下の吐息

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若者の青仮面の下につくといきふかみ行く夜をいでし弦月
(宮沢賢治)





【朝のように、花のように、水のように 其の壱】
【朝のように、花のように、水のように 其の壱弐】
【空中庭園の散歩 其の拾八 女王はもう森で踊らない】


バンクーバー五輪前シーズン、フリープログラムだった『仮面舞踏会』は翌年ショートバージョンになって持ち越された。

まさきつねの記憶では、五輪のためのフリープログラム『鐘』の練習に専念させるため、前年苦労して完成させていた『仮面舞踏会』をSPに使用することで、新しく覚えることの負担を軽減させようとしたタチアナコーチの案だったと思う。

実際、『仮面舞踏会』のステップは『鐘』を上回る詰め込みで、浅田選手自身も『仮面舞踏会』での経験があったために『鐘』のステップ習得が造作なく思えたというような発言をしていた。
老獪なタチアナコーチは、オリンピックまでにかなり周到な計画を立て、浅田選手に何としても、フィギュアスケートの歴史を塗り替えるような難度のプログラムを成功させたかったのではないのか。

ただこのバンクーバー五輪前後において、マスコミやスケートファンが発する意見の大多数は、フリーの『鐘』のみならずSPの『仮面舞踏会』に関しても、タチアナコーチを含めた浅田陣営の戦略に関しても全否定的で、特にSPに関してはエキシビションの『カプリース』に変更せよといった素人じみた発言までもがまことしやかにまかり通るという状況だった。

無論エキシビションナンバーとしての『カプリース』の華やかさ、内容の素晴らしさについて何ら異論はない。
だが、タチアナコーチの明晰なビジョンでは、あくまでも競技として結果を残した後、観衆を楽しませるため、優雅な扇を使う歓喜の舞として振り付けられたのが『カプリース』であり、それをSPに修整するなどという案は、いささか想定外だったに違いない。

今から考えると、裏で誰が何の目的で、どんなアンチロビー活動やネガティブキャンペーンを繰り広げていたのか知らないが、タチアナコーチ更迭論とか、プログラム変更論とか、もっとマイナーな部分でいえば、やれ楽曲を重苦しいオーケストラ版から軽快なピアノ曲に直せだの、衣装のデザインや色を変えろだの、重箱の隅をつつくように連日、浅田陣営に対する何かしらの批判やご意見が、ネットは勿論のことテレビや新聞などのメディアを賑わわせていたのだから恐ろしい。

それだけ浅田選手が、日本国中が注目する人気を誇っていたということでもあるし、バンクーバー五輪での金メダルを期待されていたということの証でもあるのだろう。

とはいえ、純粋な気持ちで練習に邁進するアスリートに対して、影日向になって応援したり後ろ盾になったりするどころか、その選択にけちを付け、足を引っ張り、モチベーションを下げるなどと、まさに異常としか思えない空気が蔓延していたのだから、やはり何か奇怪な伏魔殿の存在を疑ってみたくなるのも致し方ないところである。

さてもこうした背景があればあるだけ、『仮面舞踏会』という舞曲が内包する靉靆たる物語の悲劇性が、浅田選手の演技に深い陰影を与えていたことも否めまい。

無論、おそらくこれも五輪の喜ばしい雰囲気に合わせたものだろうが、フリーの『仮面舞踏会』に対してSPの方では、初めての舞踏会に臨む乙女の初々しさがテーマというように、解釈の変更がされていた。

優雅に振り上げられた腕に始まり、晴れやかな笑顔と広げた両手で終わるSPは確かに、前年のフリープログラムに充ち満ちていた禍々しい惨劇の暗さやヒロインの苦悩といったダークな側面が一切払拭され、華やかな社交界の豪華な舞踏会に胸躍らせる可憐な少女の姿だけが浅田選手に重ね合わさるように、巧みに構成されている。

しかし絢爛たる世界の裏側には、悪辣な人間の陰謀が渦巻き、拝金主義者たちの私利私欲に翻弄される無垢な魂の苦悶が、ルビンの壺のごときアンチテーゼとして浮かび上がってくるのがどこか傷ましく、また辛く、まさきつねにはそれが五輪シーズンをただ粛々と闘い続ける浅田選手のトラジディであるかのように映ったのだ。


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バンクーバー五輪のSP演技の後、浅田選手をひしと抱きしめるタチアナコーチの胸の裡は、この瞬間を迎えるまでいかばかりであったかと、まさきつねはあのとき何故か涙が出て止まらなかった。

重苦しく単調なテンポで暗い曲と散々こき下ろされた楽曲で、これほどまでに美しく豪奢な舞台を作り上げ、そして初めてのオリンピックにデビューしたスケーターはかくもドラマチックな演技で観衆を沸かせ、各所から寄せられたそれまでの批判的な雑言の数々を雲散霧消させてしまったのだ。

そもそも「重い」とか「単調」とかの感想が、いかにマスコミの印象操作に先導されているか分かるのは、フリーとショートに使用されている楽曲を聴き比べてみるだけで充分だ。

基本的にはどちらもモスクワ放送交響楽団(=チャイコフスキー交響楽団)の演奏を音源にしているが、ショートの方は、原曲の重々しさを深めている鮮烈な音の強弱をやや抑え気味にして、繊細な音のタッチが際立つよう柔らかなエフェクトに仕上げ、浅田選手がビールマンスパイラルの体勢に入るあたりからステップの直前まで、フルートの音がとりわけ響くようにパートアレンジを加えている(マイナーチェンジ後の演技の場合)。

浅田選手の軽やかでエレガントな演技、まるで蕾が開き始めたような乙女の瑞々しさを、フルートの朝露がころころ転がるような音色が浮き彫りにして、荘厳な宮殿の舞踏会で社交界デビューした少女の初々しい胸のときめきが、オーケストラの壮麗な音響の中でも情感豊かに伝わってくるのだ。

キム選手の『007』を始め、高橋選手の『道』や安藤選手の『クレオパトラ』等々、スポーツの祭典であり加えて北米開催であるオリンピックには、古典的で重厚なクラシック音楽よりも、新鮮で分かりやすく煌びやかなエンターテインメント音楽の方が、審査員受けも好く、華やかな舞台に相応しいという、今思うと説得力があるのかないのか甚だ疑問な推論に誰もが踊らされていて、それ故か、がっつりしたオーケストラサウンドの古典的な楽曲にこだわりを見せたタチアナコーチに対する懐疑的な意見や、ネガティブな横槍は当時引きも切らず、そんな中でよくぞ最後まで浅田選手を見捨てずに、プログラムの完成を見守ってくれたものだと今更のように思う。

老練な振付師の心中には、フィギュアスケート界に風穴を開けるだろう自らの作品に対する確信は勿論のこと、長い時間と風土に支えられた古典音楽という芸術に対する深い信頼があり、それが競技結果云々以上にオリンピック史上に名を遺す傑作を生みだす戦術として確立していたのだろう。


☆Mao Asada (JPN) / Ladies' SP / 2010 Winter Olympics [HQ] ☆


◆◇◆◇◆

最後にショートの『仮面舞踏会』で使用された衣装について。

ミントブルーとストロベリーピンクの衣装については、以前の記事で画像と共にご紹介しているのだが、今回はバンクーバー五輪で使用されたオペラレッドの衣装も含め、細部のデザインのことなどを語りたい。

まず、エリック杯のみ着用の淡いミントブルーの衣装は、前と後ろの開き部分をぐるりと囲むように、薄いピンクとブルーのフラワーモチーフが山と飾られており、それがドレスに甘い砂糖菓子のような印象を与えているのだが、いかんせん花の立体感が目立ちすぎて、浅田選手の体のラインを損ねてしまっている。

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☆[HD]浅田真央 2009TEB SP「仮面舞踏会」※解説入り・・・ ☆


せっかく姿形の美しいスパイラルやスピンでも、花飾りが回っているように見えて、体のポジションに集中できない難点があった。

袖口のフリルや透け感のあるスカートのシャーリングなど、まさに「ふわふわまお」をイメージさせる素敵なパーツも多かったのだが、競技用としてはNGなデザインと陣営も判断したようで、2010年世界選手権の公式練習には、多少お花部分を削ってマイナーチェンジしたミントブルーの衣装がお目見えしたのだが、本番にはやはりオリンピックと同じ衣装を使用していた。

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アイスショーでは着用していたようなので、本人としてはお気に入りのドレスだったのかも知れない。フィギュア衣装としては珍しいと思う薄いブルーは寒色系のせいか確かに、可愛らしい印象の割に子供っぽくなりすぎず、ファンタジックな妖精の雰囲気もあり、もう少し着用機会があればと思う一枚だった。

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そしてロステレコム杯、全日本、四大陸とオリンピックの前哨戦を勝ち抜いていったのは、次のピンクの衣装で、まさきつねはこのドレスが結構気に入っている。

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☆Mao Asada 浅田真央 2009 Japanese Nationals (SP) ☆


首元のチョーカーのような飾りや、二重になった袖山の部分、スカート裾の丸いカットなど、随所にアナクロなお姫さまドレスを思わせるデザインが施され、それが一部からは「古い」「ダサい」と評される要因だったと思うが、さてもこれほど古風なお姫さま衣装を違和感なく着こなせるという魅力も、浅田選手ならではの個性ではないのか。

競技用としては装飾過多だったかも知れない胸のフラワーモチーフも、ほかの部分の飾りがすっきりとチュールレースとクリスタルビーズのみでまとまっている分、ボリュームのバランスが取れていた。若干開きすぎのような背中のデザインも、彼女の華奢な体のラインを生かして、可愛らしいが幼稚にならず、豪華でノーブルな夜会服の雰囲気を醸し出している。

まさきつねはこのピンクのドレスを見たとき、前のシーズン、フリーの『仮面舞踏会』で浅田選手が着用したワインレッドの衣装との類似性に気づき、そこに何か陣営としての目論見があるのかと勘ぐったが、それはいささか考えすぎだったろう。
ワインレッドと明るいピンクという色の対比で、大人びた女性とうら若い乙女という相違、楽曲解釈のコントラストを際立たせたかったという意趣も、もしかしたらデザイナーの心づもりにはあったのかも知れないが、いずれにしても競技の採点上さほど効果があったとは思えないからだ。

とりもなおさず、この系統のデザインを無理なく着こなせるというところからまさきつねが共通してイメージしたのは、三島由紀夫も戯曲に書いた「鹿鳴館」時代の洋装した日本の士族子女たちである。

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明治日本の極端な欧化政策の中で生まれたジョサイア・コンドル設計の外交場「鹿鳴館」で、夜な夜な繰り広げられた夜会に群れ集まる政府高官や上流婦人たち。
無論、当時の国粋主義者たちの非難の声や、西欧高官たちの嘲笑に風刺されていたように、外交政策としては多少無理があり、いささか滑稽な側面も否めなかった計画であり、1883年(明治16年)から1887年(明治20年)までのわずか数年で消え去った「鹿鳴館」時代ではある。
だが三島由紀夫は、近代史における一時の酔狂ととらえるのでなく、現実よりも美しい想像上の舞踏会をノスタルジーと一種の憧憬をもって再現するという意図で、様式美に基づいた俳優芸術のための戯曲を書いた。

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三島由紀夫の創作した『鹿鳴館』は、あくまでもロマンチックで華やかな貴族社会を背景とし、愛と陰謀が渦巻く人間ドラマを含蓄のある台詞回しで構成しつつ、古典的だが斬新な衝撃のあるお芝居として完成させている。

まさきつねは、「古臭い」と一部から揶揄された浅田選手の『仮面舞踏会』の衣装に、三島が創造したノスタルジックな舞踏会を連想し、洋装で着飾った日本のロマンチックなお姫さまを想起した。
そして昭和のレトロな人間は、もう一歩進んで、昭和三十年から五十年代にかけて繊細な少女像と装飾的なデザイン描写で一世を風靡した高橋真琴さんのお姫さまをイメージする。

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高橋真琴さんのイラストは当時、雑誌のカラー挿画や表紙、ぬりえ付録などを始め、ノートや筆箱、下敷き、色鉛筆といった文房具など、小中学生の女子ならば必ずと言っていいほど目にするグッズにプリントされて、今ならば「ガーリー」で「乙女チック」とでも表現するのだろうが、いわゆる現代における「カワイイ」ブームの先駆者のひとりだった。

ファッション画としては蕗谷虹児や中原淳一の系譜になるのだろうが、高橋真琴さんの少女画は、昭和三十年代から台頭してきた「なかよし」や「少女フレンド」「少女マーガレット」といった少女漫画とのつながりも強く、少女漫画特有の星がキラキラ描かれた大きな瞳や日本人らしからぬくるくるの巻き毛、五等身の大きな頭部などデフォルメ描写の方向性を定めた功労者でもある。

また、ビジュアル面だけでなく、少女漫画的なセンチメンタルな物語性や抒情的で純真な空気感といった内面的なインパクトにも共通項があり、特に、西洋文化から抽出されたエキゾチックな世界観やロマンチックでお洒落なファッション・センスには、とても男性が描いたとは思えないほど、夢見る少女の憧れがこれでもかと詰め込まれ、その透明な美しさはアートの分野においても、消耗品のサブ・カルチャーと振り分けるには群を抜いていた。

特筆したいのは、高橋真琴さんのイラストには異国情緒はあふれているが、いわゆる「バタ臭さ」と言われる嫌味がなく、西洋女性のような骨太さもなく、どちらかといえば東洋的な繊細さや無垢ではかなげな表情が優っている点であろう。
つまり、高橋真琴さんの「お姫さま」は、あくまでも日本で生まれた「カワイイ」の源泉たる、清少納言の「うつくしきもの」の流れにあり、胸を切なくさせるキュートで感傷的なファンタジーということだ。

浅田選手の衣装に話を戻すが、甘いストロベリー・ピンクのドレスをまとった彼女はまさに、高橋真琴さんの描くお姫さまが立体的な造形として立ち上がったかのようで、現実的なプリンセスや淑女ではない甘美な夢の世界の住人のようだ。

『枕草子』の時代から現代のアニメや少女漫画まで、連綿と続く日本の少女文化にも重なる、ファンシーでノスタルジックな少女像の化身だったと思う。


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そして、このドレスでオリンピックも臨むのかと思っていたが、ピンクよりももっと印象が強い赤で勝負をかけてきたのが最後の衣装である。

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オペラレッドのチュールレースが印象的だが、胸元や腰回りやチョーカーに臙脂を使い、そしてスカートは彼女の好きなフューシャピンクのシフォンで、かなり凝ったデザインである。
胸と背中、そしてチョーカーには濃いガーネット色のひらひらしたフリル飾りをあしらっているが、これは競技中、結構肌触りがくすぐったかったのではないかと余計な心配もしたりした。

さらにもう一つ気になったのは、スカートの真ん中にぶら下がっているピンクの同系色で作られた房飾りだが、これはふわっと広がるスカートの邪魔になるような感じで、見栄えもあまり良くないし不要ではないかと思われた。

しかし、こうした多少疑問に思う部分はあるものの、豪華な夜会ドレスとして考えられるアイテムをあれこれ詰め込み、とにかく華やかで鮮やかな衣装を目指した方向性は理解できる。
この服の咲き誇る花のような美しさ、きらきら輝くスパンコールのあでやかさに後押しされ、アスリートは氷上の溌溂とした演技を思うがまま、のびのびと披露できたのだろう。

バンクーバー五輪の完璧なSP演技の後、ぴょんぴょん跳ねる無邪気な彼女の姿は脳裏に焼き付いている。
そして歓喜いっぱいの彼女とは対照的に、すべての女子選手の競技結果が出た後、中継していた各国の解説者が一様に、ジャッジはいったい何をどのように評価したのかと言い澱み、順位はともかく一位との点差は何故かと異様に不可解な面持ちで言葉を濁したことが、強くこころに突き刺さっている。

だがまだすべては、始まりに過ぎなかった。
無邪気なお姫さまが胸元を大きな花飾りで着飾った、マスカレード・ワルツの一夜は、赤く燃えさかる空に打ち鳴らされた警鐘のフォルテイッシモへの幕開けでしかなかった。

お人形のように可憐なお姫さまが一夜にして、燃える焔の中からジャンヌ・ダルクのごとく、阿修羅のごとく飛び出してきて、険しい形相で氷上を駆け抜けていく怒りの権化とならねばならなかったのだから、その心中の遣り切れぬ思いを考えると、今となっても胸が焼けつくように傷む。

忘れようにも忘れ難い、切なくなるほど口惜しい、二度と取り戻せない青春の無残な傷跡のような記憶である。


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一本の樹は
歴史ではなくて
思い出である

一羽の鳥は
記憶ではなくて
愛である

一人の誕生は
経験ではなくて物語である

私は
それらのあいだを旅するとき
なぜだか
なみだぐんでしまうのです。
(寺山修司『世界のいちばん遠い土地へ』)


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☆おまけ☆

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祈りとしての舞踏

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ボードレールの祈り、両手を合わせての、真実の、率直な祈り、ロシア人の祈りのように不器用で美しい祈り。
彼がここまで来るのは遠い道のりでした。
彼はその道を膝をつきながら這いながら進んできたのです。
(ライナー・マリア・リルケ『書簡1903年7月18日ルー・アンドレアス-ザロメ宛』)




浅田選手の2008年から二シーズンに渡るプログラム『仮面舞踏会』へのオマージュである。

このプログラムも、これまで何度も語ってきた。
バンクーバーオリンピックと切っても切れない因縁のプログラムであり、浅田選手にとって二期にわたる長いシーズン、闘いの寄る辺となった楽曲である。

【百鬼夜行の夜】
【マスカレードの苦悩】
【空中庭園の散歩 其の拾七 仮面の下に緞帳の奥に】


フィギュアスケートの使用曲としては、アイスダンスでは定番のナンバーではあるし、男子でもアボット選手や織田選手が浅田選手とほぼ同時期に使っているのだけれど、いかんせん最早このワルツが流れれば「真央ちゃんの曲」という代名詞がつくほど、馴染みのものになってしまった。
それだけ多くの日本人が、浅田選手の演技と共に繰り返し耳にした旋律であり、五輪の記憶と共に忘れようにも忘れられない運命の一曲ということなのだろう。

前の記事でも紹介した、2015年『THE ICE』で募集された「もう一度見たい、浅田真央プログラム」では、『ポル・ウナ・カベサ』に次ぐ人気第二位だった。
コメントでもいただいたが、この人気投票、三位に『ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジア』、四位が『鐘』、五位に『バラード第一番ト短調』と、タチアナコーチのコレオ作品ばかりが名を連ね、まさにコアなファンの間では、タラソワ作品への絶大な評価が定まっているということのようだ。

今更と思うが、2015年の『THE ICE』オープニングの画像を掲載しておこう。


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☆【浅田真央】2015 Mao Asada The Ice 「Masquerade」.Pan☆


『ポル・ウナ・カベサ』のバトルとのペア演技もそうだったが、出演スケーターたちをずらりと並べて『仮面舞踏会』を群像劇にアレンジしたこのオープニング演出も秀逸で、まさに何度でも見たくなる圧巻の出来だった。

このときのアイスショーは、彼女が現役続行を表明した直後でもあり、その喜びと祝福に溢れているためか、出演者たちの演技も競技会に勝るとも劣らない集中と密度で、素晴らしい出来のものが多かった。

オープニングもまたこれぞ舞踏会という雰囲気を充分に醸し出し、出演スケーターたちによる豪華なペアダンスが披露された後、浅田選手が扮するクラウンが陽気にお皿を回しながら、ミーシャ、リッポンらと一緒に登場する。
せっかくの華やかな舞踏会場を引っ掻き回すクラウンたちのどたばた劇に、最初は浅田選手がそこに紛れているとは思わない見事な演出である。
やがてチャンが演じる仮面の魔術師が、大きな酒甕を担いで疾風のような速さで飛び出してくる。

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この酒にはどうやら気分が高揚する魔法がかけられているらしく、次々に回し飲みするスケーターたちは、ジャンプをしたりスピンをしたり、さまざまに特技を演じて見せる。
その様子に興味を持ったクラウンが奪い合いをするように、ついに酒甕を手にしてラッパ飲みをすると…、突然雷鳴がとどろき、会場は暗転、そしてスポットライトの中に、マスカレードとドレス姿の浅田選手が登場という算段である。

クラウンからお姫さまに、ディズニー映画さながらの変身だが、舞踏会仕様のビスチェ・ドレスもミモレ丈でエレガントなデザインが実に華やかだ。(クラウンがふりふり振っていた大きなお尻の中に、このドレスが隠れていたのは…ご愛敬だろう。)
オーガンジーのつけ袖あり、チュールタフタのパニエありと、ロマンチックなアイテムも満載で、ふわりと広がるワインカラーのタフタスカートの下から、いわゆる「真央カラー」のフューシャピンクのチュールがひらひらのぞくのは、きらびやかだが可憐で愛らしい雰囲気がある。

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そして繰り広げられた五輪前シーズンの仮面舞踏会の再演、赫々たるゴージャスなフリープログラムのステップは、ファンには感涙もの、ファンでなくとも懐かしさにこころを揺さぶられるワルツだった。

浅田選手の演技の魅力は、このブログだけでなく多くの人がさまざまに、これまでもさんざん語りつくしてきたと思うのだけれど、その中でもほかの選手にない彼女ならではの特性が、ファンタジーの構成力だとまさきつねは思う。

アンチはよく「マヲタの妄想」と嘲笑するのだが、まさにその妄想と紙一重の想像力を観る者に掻き立て、観衆に目では見えない世界を構築させてしまう、不思議なイリュージョンに誘い込むのが、浅田選手の魅力の本質ではないのか。

『ポル・ウナ・カベサ』の演技でも、浅田選手はソロでタンゴを踊っていても、現実にはいないパートナーを氷上にいるかのように表出させて、情熱的なダンス・フロアの熱気を伝えていた。
バトルとのペア演技は、欠けたピースを嵌めたように素晴らしかったが、それはもともと、浅田選手シングルのプログラムがペアで踊るタンゴとして完成されていたが故にほかならない。
同様に『仮面舞踏会』もまた、『THE ICE』でのミュージカル仕立ての舞踏会の演出が物語性をもって、これほど見事に構成できる背景には、浅田選手シングルのプログラムが、レールモントフの作り上げていた物語の世界観を、仮想現実の舞台としてしかと確立していたということなのだろう。

ダンスにしても、パントマイムにしても、およそ優れたパフォーマンス表現の多くは、実際には存在しない物や人物などをいかにリアリティをもって観衆に伝えるかを基本とし、さらに言葉ではないメッセージやテーマをいかに個性的に描写できるかが重要なのだ。
目の肥えた観衆ともなると、表現が陳腐であれば興覚めするし、演技がお座なりであれば感動しない。
フィギュアスケートがそもそも、虚構の創造であり、かたちのない物語を描くものであるとわかっているからこそ、なおさらファンタジーの質を問う。

浅田選手の卓越した身体表現とタチアナコーチのコレオは、恐るべき化学反応で音楽に物語性を、そして演技に幻想性をもたらした。

ミステリアスな仮面舞踏会の夜、行き交う怪しげな人々に隠された秘密という演劇的醍醐味、愛憎入り混じる社交界に翻弄された女性に対する共感的人間理解といった、エンターテイメントの域を超えた文学的解釈を深める知的悦楽に、跳躍するスケーターの動きを目で追いかける視覚的陶酔が重なり、幻想の夜会の幕が開く。

浅田選手を「アスリートか国民的アイドルか」と論じるアイドル評論家や芸人の発言が一時期話題になったりしていたが、こんな些末な視点がヘイトを争点に炎上するのは、そもそも彼女を追いかけるメディアや周囲の関係者の側に問題があるからで、現役の競技者であった彼女自身は一貫して、ストイックなアスリートのスタンスから外れることはなかった。

だが、彼女に誰もが「(国民的)アイドル」の刻印を押したくなる、むしろ押さざるを得ないのは、浅田選手の演技がスポーツ競技の頂点に立つこと以上に、純粋なパフォーマンスとして観衆をファンタスティックな世界へいざなう魅力に長けており、彼女が並みのアイドル以上に、できればこのままいつまでも醒めてほしくない無限の夢への水先案内人として抜きんでていたからだろう。

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閑話休題。

このたびもフィギュアとは無縁の話題を交えてしまうが、NHKの特集番組ETVがとりあげていた『その名は、ギリヤーク尼ヶ崎 職業 大道芸人』についての所感である。

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☆その名はギリヤーク 職業 大道芸人☆


まさきつねは以前、舞踏家大野一雄さんの逝去に際して、以下のような記事を書いた。

【白き花のくずれるように】

大野一雄さんとギリヤーク尼ヶ崎さんは、それぞれ舞踏家と大道芸人という肩書の違いもさりながら、ギリヤークさんは自身のパフォーマンスを「舞踏でなく踊り」と語っているように、なかなかにこだわりがあって興味深い。

このお二人は生前から親交も深かったが、生まれが大野さんが1906年(明治39)、ギリヤークさんが1930年(昭和5)と年齢差があるものの、共に北海道函館のご出身である。
お二人のパフォーマンスの根底には、生まれ育ちの共通項からくる、土着的な信仰心やアナーキーな線の太さといった類似性も感じるが、大野さんの舞踏には洗練された身体表現への執着、ギリヤークさんの踊りにはよりプリミティブで泥臭い舞うことへの拘泥といった違いがある。
とまれこうした舞踏演劇論を語りだしたらきりがないのだが、ここではひとまず、特集番組の中でギリヤークさんの語っていた内容にポイントを絞って論述したいのだ。

ギリヤークさんはその収入を、観衆から投げ与えられるいわゆる「おひねり」によって得るという、前時代的というべきプロフェッショナル意識をお持ちのようで、それゆえに「最後の大道芸人」と称され、文化庁芸術祭をはじめ多くの公演に参加されている。
だが天下のギリヤークさんといえど、寄る年波に勝つのは至難のことで、2011年に東日本大震災追悼の「祈りの踊り」を、津波による廃墟の中で涙ながらに披露された時にはすでに、心臓にはペースメーカーが付けられ、椎間板ヘルニアは折れている状態の満身創痍だったらしい。
2016年にはパーキンソン病および脊柱管狭窄症への疾患が判明し、踊るどころか歩くのもやっとというありさまで、手足の痙攣と絶え間ない垂涎に苦しみつつ、同居する実の弟さんに手取り足取りお世話になっている様子が、テレビカメラに映し出されていた。

生老病死は仏教でいうところの、人間として逃れられない必然の苦難だが、長年自分の身体ひとつを生きる糧としてきたギリヤークさんにとって、自分の思うがままにならない肉体ほど、頭脳で理解しがたいものはないだろう。
さても、病名が判明し適切な治療が行われ始めた途端、驚異の回復力で、毎年恒例の新宿公演に向けて日夜練習に励む姿は、とても常人には真似のできない不屈の精神と自己の芸への渇望がもたらした結果なのだ。

とはいえ、周囲からすればこれほど自分のわがまま放題に好き勝手している人間はいないわけで、介護よろしく面倒を見ている弟さんからすれば憤懣やるかたない思いが溜まっておられると思うのだが、それを億尾にも出さず、炊事洗濯、病院の送り迎えと献身的に尽くしておられるのは、見ている側の方が身につまされる。だが一度だけ、どうにもやるせないお気持ちがあったのか、どうしてもお確かめになりたかったのかわからないが、番組の中でギリヤークさんに、なぜ動かない体を駆使して何のために踊るのかと問いかけになる場面があった。

新宿公演を前にして、弟が兄に人生をかけて踊る意味を問う、静謐だが緊迫した時間が流れる。
そしてギリヤークさんが語ったのが胸がつまるような次の言葉だった。

「弟の今言った質問っていうのはね、やったことのない人間の言い草なの。
そういうことを語り切れたらみんな小説家になって、本もどんどん売れてますよ。
これやった人間からでなく、やらない人間だったら、いくらでも格好のいいことしゃべれるわ。」

これを聞いた弟さんは、兄にひとこと「ごめん」と言って場を立ち去る。
なぜ聞いたか、なぜ答えたか、いずれにとっても辛い質問であり回答だったと思うが、しかしギリヤークさんの仰っていることは実に正論で、世のあらゆる批評家、評論家の類いなら誰もが猛省せざるを得ない鋭い指摘である。

まさきつねも自分のブログとはいえ、自分の思うこと感じたことを勝手気ままに語っているが、自分がやったことでもないこと、自分が創作したわけでもない絵画や音楽や文学などの芸術、そしてフィギュアスケートの演技など、いくらでもどのようにでも言葉にしたところで、それは所詮文字の羅列で、わかったようなことをわかったような体で述べているだけだ。

命をかけて、自分の願いをかけて何かをする意味、創造する意義など、実際にはやっている本人にさえわかりはしない。わかってできるものでもない。
だから自分はただ、たとえ体が思うように動かなくても、地べたを這ってでも、自分のやりたい芸をするのだとギリヤークさんは仰りたかったのだろう。

「路上で踊ってる最中に死にたい」というギリヤークさんの思いは、おそらくただひたすらに、不器用でも無骨でも、自分の思うがままに必死に生きている人には大なり小なり、共感できるのではないか。

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番組の最後、紆余曲折はあったもののギリヤークさんは見事に復活、新宿公演を無事に成功させる。
兄のいつもながらの演技を遠くから眺めながら、弟もまた安心したように一息つく。

八五歳と七五歳、六人兄弟の次男と末っ子という二人は、大道芸人とタクシー・ドライバーという全く違う人生を歩んで来ながら、老年期に入って、それまで離れ離れだった流木がいつのまにか寄り添うように、世田谷の都営住宅、角部屋に同居して、介護しつつされつつ慎ましく暮らす。

公演が終わって、ギリヤークさんは変わらず昼御飯の支度をする弟のはるさんにそっと、「ありがとう」と感謝の言葉を述べる。
はるさんは「何もやっていないよ」とけろっとしているが、ギリヤークさんは「それでいいの、それがはるさんのすごいところなの、わかってきた」としみじみと語る。

お母さんが生きていたころは、ギリヤークさんの面倒をお母さんがやってくれていた。
つまり、家族にとって誰もが同じように大事なお母さんを、昔はほとんどギリヤークさんが独占してきたということだ。
はるさんはそんなことに対する恨み節さえ、ひとつもギリヤークさんに洩らさない。
ギリヤークさんにも、はるさんが母と同様、これまで黙って兄のわがままに耐えて、すべて許してきたということがわかっているのだろう。

「なにもしていないようでちゃんとしてくれてたの、ほんとはるさんいてくれなきゃ、今日までぼく、踊れたかどうかわかんなかった」とギリヤークさんがしみじみ話す言葉は、すべてが本音であり本当のことだ。

はるさんは「やりたいこと一生懸命やってるんだからいいんじゃないかい」と笑う。
その言葉にギリヤークさんははっと気づいたように、「そうだ、今はるさんが言ったように、ぼくの芸の特徴は、一生懸命ただ踊ってきただけです」と番組のディレクターに話す。

何のためにとか、そんな意味付けも題目も関係ない。
「一生懸命生きてきたってことですよ」という、はるさんの言葉もまた重い。

言葉ですべて語れるくらいなら、誰もしんどい思いをして、言うことを聞かない体を引きずるようにして、こんな年になるまで踊ってきたりなどしない。

踊ることでしか表現できない何かがあったから、それしか生きるすべがなかったから、ギリヤークさんは今までもこれからも、踊り続けるということなのだと思う。

ところで、ギリヤークさんの代表的な演目に『白鳥の湖』がある。

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☆『白鳥の湖』. 2007 ギリヤーク尼ヶ崎 ~神戸湊川神社青空公演☆


チャイコフスキーのバレエ音楽ではなく、サン=サーンスの組曲『動物の謝肉祭』第13番を、彼なりに白鳥の舞うさまをイメージして、処々にバレエのステップやポージングを取り交ぜた至極真面目な踊りである。

ギリヤークさんの演目は『じょんがら』や『おはら節』など日本の民謡を使用した和風のものが多いのだけれど、『白鳥の湖』は彼の渡航体験もベースにあるのか、衣装もぼろぼろではあるがラヴェンダー色のタイツで、洋風のイメージにまとめている。

男性の踊る『白鳥の湖』となると、どうしてもマシュー・ボーンの人気公演であるコンテンポラリー・ダンスを思い出すが、アダム・クーパーの精悍で美しいダンスや華麗なパ・ド・ドゥは、ギリヤークさんの踊りとはまた違う世界の話だ。

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とはいえ、スワン・レイクの持つ悲劇性に特記するならば、アダムが紡ぎだす物語の切なさも、ギリヤークさんの肉体が醸し出す人間の本質的な悲しみも決して別次元のものではない。
アダムはダンスを「肉体を使った言語」と述べているが、それはギリヤークさんがはるさんに食ってかかった「やったことのない人間の言い草」という言葉の裏返しでもある。

『白鳥の湖』はご存知の通り、2013年のソチ五輪前シーズンに、浅田選手もタチアナコーチのコレオで演じているが、ここでアダムやギリヤークさんの白鳥と比較したいわけではないし、そもそも比べる意味もない。

だが、ギリヤークさんに「やらない人の言葉」と𠮟られるのを承知で、あえてまだ言葉を重ねれば、まさきつねはギリヤークさんの踊りにも、アダムのダンスにも、浅田選手の演技にも、その本質にあるシンプルだが力強いただ一つのメッセージを受け取る。
それは一生懸命生きたひと、一生懸命自分の好きなものをやり続けたひとの自らの身体というフィルターを通した、命への祈りであり讃歌である。

自分の肉体が語り得る言葉を信じているひとのみが、粛々と貫き通すことができる「祈りの踊り」。

まさきつねはこの論の初めに、浅田選手をフィギュアスケートを通じて観衆をファンタジーへいざなう水先案内人と論じたが、優れた身体表現はすべて、もの言わぬ肉体を言語としてストーリーを語り、言葉にならない感情をほとばしらせ、かたちのない心象風景を立ち上げる。

あふれだす想いのいきつくところ、人々が求めてやまないファンタジーの究極が、こころを募らせ夢をかける祈り、待ちこがれるものへの願いである。

老いさらばえたギリヤークさんの肉体も、野性的な男性バレエ・ダンサーの肉体も、瑞々しいフィギュア・スケーターの肉体も、奇跡のようなファンタジーの母胎であり、そのダンスはすべての人に捧げられたファンタジーなのだ。

森厳として美しいファンタジー、魂が宿る肉体の祈りである。

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ゆきなれた路(みち)の
なつかしくて 耐えられぬように
わたしの祈りのみちをつくりたい
(八木重吉『祈』)


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夢の香りのタンゴ

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No mistakes in the tango, not like life.
It’s simple. That’s what makes the tango so great.
If you make a mistake, get all tangled up, just tango on.
タンゴに間違いはない。それが人生とは違うところ。
実に簡単。それがタンゴの素晴らしいところさ。
たとえ間違えても、足がもつれても、踊り続ければいい
(『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』)

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偏愛のエキシビション・ナンバーのひとつ2008年-2009年『ポル・ウナ・カベサ』へのオマージュである。
このナンバーへの解説もまた、幾度となく以下のような記事に書いた。

『首の差で』
『冷静と情熱のあいだで』
『遠い踵はタンゴのリズム』

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過去記事の中でタチアナコーチの『ポル・ウナ・カベサ』動画もご紹介しているが、まさにコーチのフェイバリットナンバーであるタンゴの名曲を、まだ当時年齢的にはかなり若すぎると思われる愛弟子に、是が非でも踊らせたかったのだろうなという意図がありありと見える。

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それにしても、動画のタチアナコーチが胸に抱いた薔薇を投げ捨てる場面の格好良さったら、ぞくぞくするほどたまらない。男性パートナーと足を絡めて踊っていても、しなだれかかるでもなく凛として、それでいて艶っぽく官能的だ。コーチの考える理想的な女性像というのも透けて見えて、浅田選手の演技に「強さと美しさ」を要求したのもさもあらんというところだろう。
また、このナンバーを含むタチアナコーチコレオから、まさきつね個人が勝手に好きな五選を並べた記事も以下の通り。

『灰色の菫は語る-アンドロギュノスの系譜-』

無論まさきつねがわざわざ名前を挙げずとも、この珠玉のプログラムに対するファンからの人気は絶大で、2015年『THE ICE』のHPでネット投票された「もう一度見たい、浅田真央プログラム大募集」なるアンケート調査では堂々の一位である。
そして粋なことに、ショーでは伝説のナンバーをそのまま再現するのではなく、ジェフリー・バトルとのペアで、アイス・ダンス風にアレンジして披露してくれたのも、ファンには嬉しいプレゼントだった。

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【浅田真央&ジェフリー・バトル 2015年コラボ「ポル・ウナ・カベサ」 】


この二人のペア歴も、アイス・ショー限定とはいえ実に長く、その息の合ったシンクロ率もさることながら、浅田選手の美しさを引き立てるように影のように寄り添って、なおかつ的確にリードするバトルの巧さ、そして毎度少し照れたような表情を浮かべつつもバトルの動きに合わせて、初々しいパートナーを演じる浅田選手の可憐さが、微笑ましくも上々の舞台を作り上げるのだ。

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バトルが踏むタチアナコーチのステップを見ていると、(彼の完璧なコピー技術も勿論拍手喝采の素晴らしさだが、)そもそもいかに高度に洗練されたスケーティング技術がふんだんに盛り込まれているかが、改めて確認できる。
そしてスケートだけではなく、本来のタンゴのステップが体の中に浸透していないと、相手に挑むようなエモーショナルな動きや感情を揺さぶる振付、官能的な足捌きといったものを表出できないのだということも理解できるのである。

浅田選手はシングル演技においても、たおやかで少しコケティッシュな身体表現を、はにかみつつもごく自然に演じていたので、精密なステップを繰り返すまでの狂おしい努力や柔らかなポジションを決めるための試行錯誤など、目に見えない奮闘を微塵も感じさせないのだが、この豪華な宝石のようなタンゴを見ていると、彼女が日々積み上げてきた労苦、砕身の練習がいかに賜物となって、演技に結晶化しているかが伝わってくるのだ。

あっという間にプログラムは終了してしまうが、何度でも繰り返し観たくなる時間の濃密さは掛け値なしだ。

氷塵のかなたに消えて、また立ち現れるふたりの姿を目で追っていると、いつかどこかで見た夢の欠片にふいに出会えたかのような懐かしさを覚える。
長く忘れていたけれど、記憶の底に眠っていた過去が、めくるめくタンゴのリズムに揺り動かされて、憂いに充ちた感情とイメージのシナプスをつなぐのだ。

生きることの情念、夢見ることの切なさ、断ち切れない欲の狂おしさ、およそ人間が人間たるゆえんの悲しみへ回帰させるタンゴのメロディーと、氷上を舞い踊るスケーターの疾走が、観衆にパトスの高揚をもたらして、過ぎ去ったものを愛撫するかのような悔恨の情さえ呼び戻してしまうのである。

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さて、バトルとのペア演技を見てしまったら、やはりこの『ポル・ウナ・カベサ』を使用した映画について語らずにいられない。
映画自体の評価は人さまざまと思うが、タンゴのダンスシーンだけでいえば、最も秀逸なのは1992年の『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』だろう。

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クリス・オドネル演じる、オレゴン州の片田舎からボストンの名門校へ進学した苦学生のチャーリー・シムズと、アル・パチーノ演じる盲目の退役軍人フランク・スレード中佐との心の交流を描いた、これぞヒューマンドラマという映画で、アル・パチーノはいかにも彼らしい斜に構えた女好きの中年男を存在感のある演技で示し、念願のアカデミー主演男優賞を受賞している。
(以下、ここは映画ブログではないので必要なあらすじだけご紹介するが、ネタバレは斟酌しないのでご留意を。)

真面目だが帰郷するための金すらない学生チャーリーは、感謝祭の休暇を利用してフランクの世話係をするというバイトに就く。普段フランクは、姪一家に身の回りの面倒を見てもらいながら生活しているのだが、姪たちが旅行に出る間、家に残る彼の介助というのが仕事の内容である。

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ところがフランクは、家族も手を焼く毒舌の気難し屋で、さらに困ったことに姪の留守をこれ幸い、自分も負けじとニューヨーク旅行を企てる食わせ者である。飛行機はファースト・クラス、ホテルは最上級のウォルドルフ・アストリアでスイート・ルーム、大金を摘んだ試乗で乗り回すのはフェラーリ・モンディアルと贅の限りを尽くし、おまけに真昼間からジャック・ダニエルをオールドファッションのグラスにダブルで浴びるように飲むフランクは、部屋にあるミニ・バーに用意された酒の銘柄をチャーリーに聞き、「子供だましはいらん、ジョン・ダニエルを並べさせろ」と暴君さながら横柄極まりない。

だがこの場面、「ジャック・ダニエルでしょ?」と聞き返すチャーリーに、「お前にはジャックだろうさ。俺は奴とはつきあいが長いから渾名でいいんだ…(He may be Jack to you, son.But when you’ve known him as long as I have……)」とフランクが返す台詞がなんとも小粋で、ウィスキー党には新手のCMコピーか何かのような衝撃だろう。

一方、チャーリーの方も休暇前に、学校で起きた趣味の悪い悪戯事件をたまたま目撃したことから、その証言者になってハーバート大学への推薦を得るか、断って退学になるかという二者択一を校長に迫られ、その答えを出せずにいる悩みを抱えている。
この悪戯事件の一部始終も、お金持ちの御曹司だが痴れ者の級友たちが、校長の愛車ジャガーXJSを白い塗料まみれにするという実に子供じみた愚行なのだが、ジャガーやリムジン、フェラーリといった高級車が映画全編でキー・ポイントになっているあたり、いかにも九十年代アメリカのセレブリティな空気を醸し出していて、憧憬のアメリカン・ドリームの光と影を象徴しているのだ。

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そしてこの映画の序盤、暴言と猥談で手に負えない、ひたすら感じの悪い中年男のフランクと、生真面目なひよっこ学生というだけではない苦悩を隠した若者チャーリーが、お互いの良いところ悪いところを探り合うように、年代差のある親交を深めていく醍醐味に、酒、車と並んでもうひとつ花を添えるのが、二人に絡む女性たちが身につけている香水などの香りである。

副題にも「夢の香り」とあるくらいなので、この映画には場面を次々に彩る女性たちが身にまとっているフレグランスが重要な鍵になるのだけれど、まさに全盲のフランクならではの研ぎ澄まされた嗅覚が前提の設定だろう。
とはいえ視覚や聴覚とは違い、なかなか映像作品では伝えきれないリスキーな感覚を取り上げ、登場する女性たちの個性や魅力まで、その身体から立ち上る香気に象徴させて語らせるのは、映画としてはかなり挑戦的な手法だと思う。

まずフランクは、カリフォルニア訛りで話す飛行機の客室乗務員が漂わせる匂いに、英国製のコロン「フローリスFROLIS」と言い当て、イギリスの貴婦人気取りの田舎娘という意味で彼女に「ダフネ」という渾名をつける。

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フローリスは英国王室御用達の高級フレグランスブランドで、地中海のメノルカ島に生まれ育った創立者ジュアン・ファメニアス・フローリスがロンドンに渡り、故郷の芳しいアロマの記憶をもとに、伝統的な製法と上質な香料を使って香水や石鹼などの調合を始めたのが幕開けだという。

ライムなどのシトラス系の香水も人気だが、ヴィクトリア女王やナイチンゲールも愛用したという優雅なホワイトローズの香りや、エレガントな花々を集めたようなフローラルブーケの香りもロマンチックで奥深い。トップノートはとろりと甘やかでも、ミドルは爽やかで、そして清楚で品のある香りが余韻のラストノートとして持続する。人を惹きつけるための香水というよりも、清潔感を与える身だしなみのようなアロマが、このブランドの持ち味なのだろう。

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次に印象的なのは、フランクの来訪を快く思わない彼の実兄の家で、甥の妻が身につけていた香水「ゲランGuerlain」のミツコMitsouko を「満たされていない女がつける香りだ」と言い捨て、実兄を挑発する場面。

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ゲランはフランスの無形文化財企業に認定されるほど文化的価値を認められた、知らぬ者のないフレグランスメゾンだが、その代表格の香水が散々な扱いである。
それというのも、この香りを好んだ著名人だけでもチャップリンやディアギレフと曲者が多く、さらに1930年代アメリカのセックスシンボル「プラチナブロンド」のジーン・ハーロウに至っては、二番目の夫が全身に妻愛用のこの香水を浴びて浴室で拳銃自殺するという逸話が残っている。

伝説的ないわくの多いフレグランスだが、香料バランスが絶妙なシプレー系の最高傑作で、アルデヒドC14(ピーチの香り)を初めて使用したことでも有名。
トップにベルガモットが高貴な宝石のように立ち上り、ミドルにピーチやフローラルの甘さが増すが、ラストでスパイシーなアンバーやオークモスが存在感を示す。爽やかなシプレーに土の温かみを感じさせるモスが被さって、季節の変わり目のように変幻自在な香りの変化が、名香の証。官能的だが媚びない品格と賞賛される所以だろう。

ちなみにミツコのようなクラシックノートは、体温や発汗を考慮して纏う時間やつける箇所を選ばないと、薬品のような刺激臭に撃沈してしまう羽目になる。
都市伝説では、基礎体温や肌質によって香水の合う合わないがあり、ゲランを体温の低い人や低い箇所につけると、スパイスの強い香りや抹香臭さ、革の生臭さばかりが匂って、香料の繊細なバランスが崩れてしまうという。
逆に、シャネルを体温の高い人が纏うと、ウッディでメロウなラストノートが初めから強く立ち上がってしまい、蒸し暑く甘ったるい香り立ちになるといわれている。
おそらく競合する二つのメゾンに引っ掛けた根も葉もない噂だろうが、香水が自分にだけ香るものでなく周囲に広がるという特性を考えれば、TPOをわきまえた使用法が重要なのは当然だろう。

そうすると、家族の集まる家の中でミツコの香りをぷんぷんさせている女性をたしなめるように「欲求不満」と当てこすったフランクの言葉は無論、香水そのものへの悪口というより、つけ方を知らない厚顔無恥で野暮な女性に向けられているということなのだ。

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ところで、まさきつねがミツコ以上にお気に入りなのは、ゲランの「夜間飛行Vol de Nuit」。

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ミツコ以上に複雑かつ神秘的、そしてオリエンタル。トップに立つガルパナムのグリーンな香りと、入り混じる柑橘系に、最初はいささか当惑するが一度嗅いだら忘れられないインパクトだ。

万年筆のインクのような堂々とした香りが底調にあり、それが「文学的」とか「おっさん臭い」とか褒めているのか貶しているのか批評される所以だが、フランク自身がつけていたとしたら、このようなフレグランスだったのではと思うような香水の名品である。

そしていよいよ登場するのが、「オグリビーシスターズogleby sisters soap」の石鹸の香りと麗しきガブリエル・アンウォー演じるドナである。
漂う香りだけでドナの存在に気づき、人を待っているという彼女に「虫除けに同席させてくれ」と臆面もなく頼み込むのは、まさにフランクの女たらしらしい面目躍如といったところだ。

それでもこの場面だけは、さしものフランクでさえいつもの暴言を差し控え、チャーリーの後見人という役回りをはみ出さない。
彼女の匂いをオグリビーの石鹸と言い当て、香水だけでなく石鹸にも造詣の深さを見せるあたり、ただ女性を口説く道具で下世話に香りの名を覚えているというわけではなく、良いものを見極めるフランクの嗜みとしての教養の深さを感じさせる。
そしてドナはこの石鹼を祖母からの贈り物だと答えるのだが、もしかしたら同じ銘柄を、フランクの初恋の女性か母親が使っていたのかもしれないとさまざまに憶測もさせる温かなやり取りが続く。

オグリビーシスターズはどうやら通販専門の石鹸メーカーのようだが、ハンドメイドの石鹸やボディオイルなど、自然原料にこだわっているのが売りのようだ。香料の入っていないものもあるが、フローラルやフルーツ系、ハーブ系といったフレグランスのバー・ソープは色とりどりで見た目も楽しい。

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この映画から触発されて作られたのか『タンゴTango』というムスク系の石鹸もあるようで、ネーミングだけでなくオーガンジーやリボンを使ったラッピングも凝っているらしく、やはり普段使いの自分用というより贈答用を意識しているのだろう。

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さて、ついに映画のハイライトになる洒落たタンゴシーンに入るのだが、粋な台詞で踊りに誘うフランクのダンディーさ、恥ずかしそうに踊りに引き込まれていくドナの輝く薔薇のような美しさ、そしてそんな二人を戸惑いつつも笑顔で見守るチャーリーの複雑な胸の内など、人生の哀歓がさまざまに交錯する場面である。

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【The Tango - Scent of a Woman (4/8) Movie CLIP (1992) HD】


このときのフランクの誘い文句が冒頭にあげた台詞なのだが、最初は「(ステップを)間違うのが怖いのよ」と言って断ろうとするドナに、「タンゴは人生じゃない、間違いなんかないんだ」という言葉で返すやり取りは、浅田選手ファンなら少しばかり胸に滲みるのではないだろうか。

「フィギュアスケートに間違いはない。それが人生とは違うところ」と、ふっと気持ちが軽くなるような言葉を、あの日あの時、誰かが浅田選手にかけていたら、いやもしかしたら、誰かがかけていたのだろうかと、ファンであれば誰しも思わないではいられないのではないか。

勿論まさきつねは今更ここで、実際の演技を取り上げてミスの有無を云々と蒸し返すつもりはない。
ただ今となって思うのは、マスコミの執拗な取材に対し、いつもけなげに「ノーミスで」と言い続けていた少女の逃げ場のない胸の内を考えるにつけ、優しくその手を取って「たとえ間違えても、足がもつれても、踊り続ければいい」とささやいてくれるような、度量のある大人があの時ひとりでも、彼女のそばにいただろうかと振り返らざるを得ないのだ。

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話を映画に戻そう。

ダンスの前に、目が見えないフランクがチャーリーにダンスフロアの説明を求めるのだが、場所の広さや楕円の形状、テーブル席とバンドの位置を的確かつ手短に表現して伝えるチャーリーの利発な聡明さが印象的だ。気難しいフランクが何のかんの言っても、チャーリーを信頼し、気に入っている様子が垣間見えるディティールだ。

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そしてタンゴを踊るフランクは、紳士たるものこうあるべきという最高の気遣いでドナをリードし、軽やかなステップを熟すことで失いかけていた自信をしばし取り戻す。
暗闇の中に束の間差し込んできた温かな光のような、至福の時の美しさ果敢なさを充分に堪能させてくれる、まさに馥郁たる映像美の世界である。
だがこの直後、ドナは待ち人とあっさり立ち去り、憮然として勘定を支払うフランクの表情が痛々しくも秀逸だ。
手に入りかけた希望の欠片が、またもや「首の差で」消えてしまった人生の瞬間を、美しくも残酷に切り取った映画ならではのフレームカットである。

多くの映画批評で語られている、瞬きどころか眼球ひとつ動かさないアル・パチーノの壮絶な演技が視覚障害のリアリティを余すところなく伝えるが、フロアを滑るようになめらかなタンゴを披露できるのも、フランクが生まれながらの盲目ではなく、かつては、視力は無論のこと、軍人としての地位も栄誉も、女性も金も思いのままの人生を謳歌していた証であり、それゆえにこそ、すべてが手の中からすり抜け落ちていった不甲斐ない現在とのギャップが物悲しく胸に響くのだ。

それにしても毎度高級レストランで食事、あげくチャーリーにまで上等のスーツを仕立ててやり、きりのない散財を続けるフランクの意図がどこにあるのかといえば、この豪遊旅で有り金を全部使い果たして自殺で人生のけりを付けようということなのである。

実兄の家で甥が無残に暴き立てた、フランクが視覚を失う羽目になった経緯が自業自得とはいえ、またそれだからこそ重い楔となって彼の人生をさらに穿つ。
フランクは戦場で名誉の負傷したからではなく、昇格できない自分に自棄を起こして手榴弾を弄んだはずみの事故で、視力を失ったのだ。
自分のしてきた愚かな行為も家族との埋められない溝も、わずかに見えていた光を失くした絶望も、すべてがフランクを自責の念に駆り立て、行き場のない悲しみに追いやってゆく。
救いもなく、疲れ果てた彼にとって、豪放磊落な遊興三昧の果てに燃え尽きるのがせめてもの矜持だったのかもしれない。

What life!? I got no life! I’m in the dark here!  Do you understand?  I’m in the dark!
「何の人生だ。俺に人生なんてないんだ。あるのは暗闇だけ。わかるか、暗闇の中なんだ」とチャーリーにつかみかかるフランクのやるせない思いは、屑な老人の戯言としか思えない人には同情無用で白けるだけだろうが、同じように苦悩を抱えた若者チャーリーには、他人事ではない煩悶として感じられ、なんとか彼を助けたい義侠心に駆られたのだろう。

Oh, where do I go from here, Charlie?
「ああ、俺はこれからどうすればいいんだ、チャーリー」と嘆くフランクに、チャーリーが答える台詞が本当に粋で秀逸だ。

“If you’re tangled up, just tango on.”
「『足がもつれても、踊り続ければいい』」

ドナをタンゴに誘ったフランクの言葉そのままで、チャーリーは死に損ないの老兵を奮い立たせる最後の励ましを投げかける。

長い人生の間に誰もが軽率な行いをしたり、間違いを犯したり、誤った選択をしたり、決して許されることではないが、それでもできる限りの償いをして、過ちを正して、苦しくても辛くても、それでも最後まで踊り続ける。
困難は乗り越えて、理不尽な思いは耐えて、そうやって誰もが生きてゆく。
情熱のタンゴを踊るようにして。

若者からエールのように、𠮟責のようにぶつけられた言葉は確かに、かたくなだった老兵の胸に届き、それはやはり、死しかないと思い詰めていたフランクには、生きることへの加勢になったと思う。
年齢や立場を超えて、二つの孤独な魂がつながった瞬間だった。

映画の終章、お互い分かり合えたチャーリーに向かって、朝に目覚めた後も一緒にいてくれる女性がほしいと、ずっと心の奥にしまっていた夢を語るフランクはどこか穏やかで、もはや口汚い皮肉屋たる面影はない。

そして、今までの恩返しのようにチャーリーの危機を救う感動的なフランクのスピーチが、悪戯事件の目撃者としてチャーリーの処分を決定する懲罰委員会の前、全校集会の中で華々しく行われる。
チャーリーの隣にいるのは、もはや酒飲みの気難しい老いぼれなどではなく、威風堂々とした退役軍人であり、信頼するに足る真の意味での後見人である。

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フランクの演説は全校生徒からの拍手喝采、審議の結果はチャーリーの免責が決定し、二人は意気揚々と寄り添って車に向かう。
ここでフランクに声をかける女性の高校教師がつけている香水が「キャロンCaron」の「フルール・ド・ロカイユFleurs de Roc aille」、岩間に咲く花という美しい名前のフレグランスである。

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キャロンはパリ創業、正統派のフレグランスメゾンであり、パリとニューヨークの店頭ではバカラ製のガラス甕から香水の量り売りもする。

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香水、コスメ、パフ、どれをとってもお姫様気分満載の可愛らしさだが、女性なら生涯一度はキャロンの香水をつけると言われているのも頷ける「女子力」の高さである。
「フルール・ド・ロカイユ」はファッションデザイナー、カール・ラガーフィールドが絶賛したことでも知られるが、もともとキャロンの創始者であり調香師であったエルネスト・ダルトロフ(Ernest Daltroff)が、印象派の画家モネの『睡蓮』にインスパイアされて1933年に創作した傑作だ。

当時香料としてはまだ新しい発見だったアルデヒドを巧く用いて、幾層にも色を重ねたモネのマチエールのように、さまざまな香りが複雑に入り混じるデコラティブな名香を作り上げた。

トップにローズやライラック、ジャスミンといったフローラルの香りのハーモニーを奏でさせ、その前面にアルデヒドのグリーン感が爽やかに際立つ、エレガントな女性らしい立ち上がりである。
ミドルでは、イランイランのエキゾチックな重たいフローラルの香りが柱になって、スズランの涼やかさやニオイスミレのパウダリーな匂いの深さが春の大地を思わせ、クラシカルな香水らしい落ち着きを持たせる。
ラストノートは、イランイランのバルサムな色調が白檀のウッディ―な香りを広げ、モスの苦みにムスクが甘い夢のような余韻を残していく、気品のあるフレグランス。

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なお、この香水は1993年にレシピがリニューアルされ、アルデヒドの香りが飛ばされて、フェミニンだが軽さと甘さが強調されたファンシーな雰囲気に変わってしまった。『セントオブウーマン』公開後なので、女教師ドーンズがつけていたのは、当然クラシックの方だろう。

例のごとく、ドーンズ女史の香水を言い当てたフランクは、別れ際に「そう、ミス・ドーンズ、この香りをたどれば、いつでもあなたを探し出せますね」と彼女にささやく。ストーカーに言われたらぞっとする台詞だが、ロマンチックな恋の始まりにはたまらない口説き文句である。
ついに「夢の女性」らしき相手にめぐり会えたフランクは、彼女の風貌を説明しようとするチャーリーに、「何も言わなくていい」と制する。そして「170㎝、赤褐色の髪、美しい茶色の瞳」とつぶやくのが、もしかしたらこの後のフランクの人生を彩るかもしれない恋の予感ということなのだ。

人生はフランクならずとも、いつも一寸先は闇、絶望と隣り合わせだ。
それでも、酒や車、美味しいご馳走に香水、そして美しい女性たちなど、心を震わせ、人生をひととき楽しませてくれるものに事欠かない。
何より、恋や友情も然り、ダンスして話して、人とつながる瞬間こそ唯一、闇を拓く希望の光なのだとフランクの夢の欠片が語っている。
たとえ首の差で、すべてを失いかねない危うい人生であったとしても。


◇◆◇◆◇

閑話休題。
ここで少しだけ、私事で恐縮だが、まさきつねの個人的なタンゴの思い出を語ろう。

一昨年逝去したまさきつねの叔父、正確にはまさきつねの母の妹の主人の話だ。

昭和戦前生まれの叔父は、長身の瘦せ型、繊細な指先の爪をいつもきれいにやすりで磨き、革靴にワックスをかけ、出かけるときは丁寧にアイロンしたシャツにネクタイという洒落者だった。
煙草はハイライト、お酒はハイボール、背広のポケットにはネクタイに合わせたハンカチーフを欠かさなかった。二十代のころ、休日には戦後流行りのダンス・ホールでタンゴを教え、どうやらそのホールで叔母と知り合ったようだ。
叔母はハイヒールなしだと140㎝ぎりぎりの小柄だったから、すらりと背の高い叔父に一目ぼれだっただろう。

物資や楽しみの少ない戦後であっても、いや、むしろそれだからこそ、わずかな遊興場でダンスに興じる若者の恋と青春など、どこでも転がっているようなお話だ。

戦後はやがて高度経済成長の時代を迎え、昭和は平成へと年号を変え、その流れの中でいつしか隆盛を極めたダンス・ホールも時代と共に消え、社交ダンスで楽しむ若者も、生演奏するバンドマンも、時の彼方へ姿をくらましてしまった。

タクシー会社に勤めながら、年に一度の自動車で各地の城や寺社をめぐる旅行がただ一つの楽しみで、道に迷ったときは「ケセラセラ(なるようになる)」が口癖、曲がったことが大嫌いでフランク中佐にも劣らない気難しい剣呑な性格だったが、誰に対しても公明正大、長いものには決して巻かれない矜持があった。
そんな昭和の伊達男の頭も白髪となり、煙草を挟む指にも皴が増えた。背筋の伸びた矍鑠とした姿勢はあいかわらずだったが、盛り場に出かけてもタンゴを踊る機会はないまま、酒を飲む量だけが増えた。

まさきつねは大学生の時分に、この叔父から車の運転を伝授されたが、ダンスの手ほどきを受ける場面にはついに恵まれず、叔父が踊る姿を一度も見ることはなかった。

亡くなる数年前に、テレビのバラエティ番組で社交ダンスを踊る芸能人を見ながら「もう少し若かったら、お前にステップを教えてやったのにな」とぽつりつぶやいていたのを聞いたのが、タンゴと叔父にまつわる唯一の懐かしい記憶。

どこにでもいる一般人だったが、誰にひけらかすでもない趣味と教養をひそかに楽しみ、誰に押しつけるでもない信念に従って慎ましく暮らしていた。
昭和の時代には大勢いたはずの典型的な日本人男性のひとりだったと思うのだが、そのひとが踊るタンゴをこの目で見ることができなかったことは、今でもやはり唯一の心残りなのである。

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最後にもう一度、浅田選手の『ポル・ウナ・カベサ』について。

2016年-2017年シーズンでポゴリラヤ選手がSPでこの曲を使用した。

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【Anna POGORILAYA SP - 2017 EC】

振付はミーシャ・ジー、音源は『セント・オブ・ウーマン』のサントラをリミックスしたものだったので、ポゴリラヤ選手の演技は純粋なタンゴの曲を踊るというより、映画のドナを意識したものだったのではないかという気がする。
しかし、ヘルシンキ・ワールドなどで彼女のプログラムを観た人の多くはやはり、浅田選手のエキシビション・ナンバーを思い起こしたのではないだろうか。

ポゴリラヤ選手は、肉感的で手足の長い長身をパワフルな踊りに活かし、華やかなスピンと伸びやかでキュートなステップで、魅力的なプログラムを作っていた。
特に、ミーシャお得意のファンキーな楽曲アレンジで、アップビートのパーカッションを強調したステップの部分はインパクトがあり、彼女の妖艶さを巧く引き出してジャッジ受けもよかったのではないか。
ただ前半から中盤にかけての演技は、シーズン初めなどは少し粗雑で、振付が楽調にも外れており、タンゴらしい雰囲気があまり出ていない様子だったが、それもついつい、浅田選手の演技と比べてしまったがゆえのバイヤスだったかもしれない。

競技用のプログラムとEXを比較するのは、もとより論外のことではあるが、そうはいっても、氷の上であることをまったく感じさせないほど音楽と融合した動きや、超絶なステップを、これでもかと見せつけた浅田選手の『ポル・ウナ・カベサ』は、やはり途轍もなく突出した傑作だったとしか思えない。
しかも発表当時から数年経た今、繰り返し見ても、スタイリッシュで新しい。

ポゴリラヤ選手の演技は、ダイナミックでドレッシーな彼女らしい長所を遺憾なくアピールしていたと思うが、ノーブルな印象が強すぎて、これぞタンゴという醍醐味に欠けるのだ。
一方、浅田選手のタンゴはクールかつエレガントで、女性が演じているにもかかわらず、大胆でハンサムなステップに思わずため息が洩れる。

勿論、ポゴリラヤ選手は文句なく美しく、まさに映画のドナを彷彿とさせるチャーミングな踊りでGPファイナルでは三位、、欧州選手権では二位などの好成績をあげている。

しかし、選手としての持ち味が違うとはいえ、洗練された歯切れのよいリズムをキレのある動きに馴染ませ、センチメンタルな旋律を俗に落とさず、メランコリーな音のエッセンスが香り立つタンゴに作り上げた浅田選手のプログラムの凄さは、とても競技の成績などでは推し量れないクオリティの高さなのだ。

匂い立つ高貴なフレグランスのように、甘い追憶のかなたから立ちのぼり、やわらかな風に揺れるヴェールのように、優しくこころの琴線に触れてゆく、エモーショナルなタンゴ。

コレオ自体が、タチアナコーチとミーシャの間に一日の長があるということも致し方ない違いなのかもしれないが、首の差ですべてがすり抜けてゆく人生の光と影、良くも悪くも踊り続けるしかない人間の哀愁を、感傷的なタンゴの名曲に乗せて、余すことなく表現したナンバーだったことを、しみじみと思うのだ。


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【浅田真央(mao asada) World 2009 EX 「ポル・ウナ・カベサ」 ~ HD 高音質Ver. 保存版 】

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Now I have come to the crossroads in my life.
I always knew what the right path was.
Without exception, I knew, but I never took it.
You know why? It was too damn hard.
Now here's Charlie.
He's come to the crossroad.
He has chosen a path.
It's the right path.
It's a path made of principle,that leads to character.
Let him continue on his journey.
You hold this boy's future in your hands, committee.
It's a valuable future. Believe me. 
Don't destroy it. Protect it. Embrace it.
It's gonna make you proud one day, I promise you.
私も幾度となく人生の岐路に立ってきた。
そしていつも、どちらが取るべき道なのかわかっていた。
なのにいつも例外なく、取るべきその道を選んだことはない。
なぜだ? 険しく困難な道であることもわかっていたからだ。
チャーリーも今、岐路に立った。
彼は取るべき方の道を選んだ。
真っ当な人間が進むべき試練の道だ。
彼の人生を支えてやってほしい。
彼の未来はあなたがた委員会の手の中にある。
かけがえのない未来だ。保証する。
潰すことなく、見守ってやってくれ。温かく。
いつかあなたがたが、それを誇りに思う日が来るから。
(『セント・オブ・ウーマン~夢の香り』Scent of a Woman)


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☆おまけ☆ソチ五輪のときの、ミーシャ・ジー選手からのツイート。
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少女が大人になるとき

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悲しみよ さようなら
悲しみ こんにちは
天井のすじの中にもお前は刻みこまれている
お前はみじめさとはどこかちがう
なぜなら
いちばん 貧しい唇さえも
ほほ笑みの中に
お前を現す
悲しみよ こんにちは
欲情をそそる肉体同士の愛
愛のつよさ
からだのない怪物のように
誘惑がわきあがる
希望に裏切られた顔
悲しみ 美しい顔よ
(ポール・エリュアール『直接の生命』)

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2007年-2008年シーズンのエキシビションナンバー『ソー・ディープ・イズ・ザ・ナイト』へのオマージュである。

この曲と演技に関しては以下のような過去記事で何度か語っているので、いくつか繰り返しになる部分もあるかもしれないが、まさに何度でも物申したくなるほど、今にして思えば浅田選手の演技表現においてターニング・ポイントというべき作品だった。

【空中庭園の散歩 其の拾 梔子と雨と悲しみと】
【悲しみは夜の底に】


この曲の振付は前年のプログラムをすべてお願いしていたローリー・ニコルだが、浅田選手は2007年の夏にロシアのタチアナ・タラソワコーチのもとで十日間滞在、その薫陶を受ける機会に恵まれた。タラソワは浅田選手に、外国籍選手としては異例の破格の待遇で英才教育を施し、同時に新シーズンに向けてSPの振付も行っている。

タチアナコーチは、ロシアのナショナルスポーツクラブ『CSKAモスクワ』にあるホームリンクに浅田選手を迎え入れ、スケート教育を与えるのみならず、より女性らしく優美な動きや表現を身につけるために、ボリショイバレエ出身のタチアナ・ステパノワの個人レッスンを受けさせている。
また、練習後にはバレエやオペラなどの舞台観劇に連れ出し、西洋の伝統的な身体表現に直に触れさせて、まだ原石のような浅田選手を磨き上げたのだ。

もともと練習熱心で努力家の浅田選手は、乾いた土に水が染み込むようにタチアナコーチの教えを次々に吸収し、本格的なバレエの動きや優雅なポージングまで、まさに開眼というべき身のこなしや演技力をわがものとしたのである。

成長期にあった体つきも大人びた女性らしいものに変わり、身に備わった舞踏の表現も、爪の先まで神経を使った繊細な動作も、愛嬌のある表現者から風格のある芸術家のそれへ進化した。

ニコルの振付は、ショパンの「別れ」や「悲しみ」をテーマとした名曲をわかりやすい所作や印象的なポーズで具現化し、やわらかく流れのあるスケーティングでつないでいるが、そこに何かタチアナコーチ仕込みらしき情感や表現者としての意識が加わって、昨シーズンまでの浅田選手とは一瞬別人のような錯覚を覚えるほどの、憂いを帯びた感情表現や奥行きのある官能性を醸し出し始めたのである。

当時アイスショーで披露された、競技用プログラムに全く引けを取らないこのエキシビションナンバーを観ていながら、よくも浅田選手の演技に対して「子供っぽい」だの「幼稚」だの、はては「表現力がない」だのと、競技関係者やメディアがよってたかって好き勝手なことを言えたものだと思う。

無論、そのほとんどが不可解な政治的圧力が関係したロビー活動によるものだとはわかっているものの、こんな露骨な印象操作の積み重ねで、珠玉のようなプログラムに正当な評価が与えられず、競技の採点にも影響を及ぼしたのだと思うと、今更のように腹立たしいことこの上ない。

まだ人間の悪意というものに対して、ほとんど免疫というものを持たないいたいけな少女に、老獪な人々が数の暴力と権力とで、いかに狡猾な罠を仕掛け、悲しみの底へ突き落としたのかを考えると、このギャレットの甘くむせぶような歌声を聞いていても、胸が疼いて苦しくなる。
曲の最後、寄る辺もなくあたりを見まわし、そして頼りもなくひとりうずくまる名場面は、今改めて観ていると、浅田選手というより、汚い手で穢されたフィギュア競技の悲しみを体現しているようで、さらに切なく締めつけられる。

そして何より、一番傷ましくてつらいのは、この悲しみが結晶化したナンバーが、誰をも、苦悩の元凶をも責めることなく、ただひたすら美しく、孤独の中に凛然としてあることだろう。

美しさが強さと共鳴し、果敢ない少女が雄々しい勇者と一体化して、深い悲しみの中から立ち上がる者たちの孤独な闘いに純粋無垢なこころを寄せていくような、画期的なエキシビションだった。

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【浅田真央(mao asada) 4CC 2008 EX ~ 「ソー・ディープ・イズ・ザ・ナイト」 HD高音質Ver 保存版 】


思うに、少女が大人になる瞬間とは、いつだろうか。

人それぞれいろんな意見があるとは思うのだけれど、まさきつねは「悲しみを覚えたとき」だと考えている。

このことを語るには、まずあまりにも有名な著作、フランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは(Bonjour Tristesse,1954年)』について、少し話をしたい。

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『悲しみよこんにちは』は、第二次世界大戦を前にした1935年、フランスの富裕家庭の三人兄弟の末っ子に生まれ育った文学少女フランソワーズ・コワレが、愛読書プルーストの『失われた時を求めて』の登場人物にちなんで付けたペンネーム「サガン」の名で、若干十八歳の時に発表したデビュー作である。
早熟な文才と刺激的な内容で、瞬く間に賛否両論のセンセーショナルな話題をさらい世界中のベストセラーになり、批評家賞を受賞した。

サガンはいわゆる美人というより、繊細な細面の風貌で、育ちの良い知的な印象を与え、聡明な受け答えと気取りのない人当たりがチャーミングな女性だったようだ。

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しかし最初の一作であっという間に時代の寵児になり、ありあまる富と名声を手にしたサガンは、次第にギャンブルと飲酒、奔放な恋に興じる享楽的な生活にはまっていく。
たちの悪い取り巻きに傅かれ、今でいうパパラッチのカメラに追いかけまわされる破天荒な日々に、サガンの自意識は途轍もなく肥大していき、そんな不安定な精神状態の中でも一、二年に一作のペースで作品を書き続け、その多くが映画化されている。

処女作も無論、刊行から三年後の1957年早々に映画化されて、米国人女優ジーン・セバーグが主演し、そのベリーショートの髪型は主人公の名をとって「セシルカット」と呼ばれ、当時の大流行となった。

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セバーグが演じたセシルはキュートで小悪魔的な魅力で、思春期の少女が持つ純真だが残酷な一面をスクリーンに焼き付け、その後、ジャン・リュック・ゴダールが初監督作品の『勝手にしやがれ』に名優ジャン=ポール・ベルモンドと共に彼女を起用する。
セバーグもまたあれよという間に時代の寵児となり、フランス映画の潮流ヌーベルヴァーグのアイコンとしてもてはやされている。

サガンの小説の大半は、フランスの中流家庭を舞台に、一見平穏無事な暮らしの中での男女の三角関係を描き、人間同士の心理ゲームのような策略と背徳の甘い蜜が入り混じる愛憎劇を展開する。

社交界を背景にして、繰り返し構築される愛と孤独の物語は、どれもが似たような主人公が恋や不倫に煩悶するが、優秀な戯曲家でもあり、サルトルの実存主義にも傾倒していた彼女の作風は、構成の骨組みがしっかりしており、破綻のない心理描写が詩情に充ちたエピグラムで綴られている。
ラクロやフローベール、コンスタンといったいわゆるフランス人好みの重厚な心理小説の流れを汲んでいながら、一方で通俗的な恋愛小説に似たドラマ性を持ち、さらにエスプリに富んだ警句で、軽妙な独特のスタイルを確立。
読みやすく掛け値なしに面白い述作を重ねた彼女の作品は、素直に大衆に受け入れられ、次々ベストセラーに名を連ね、日本でも新潮文庫の人気タイトルとしてほとんどが翻訳刊行された。

流行作家の名声を欲しいままにして晩年までペンを執り続けたサガンだが、やがてマスコミや世間の好奇な目は文学を離れ、アルコールや薬物に溺れるスキャンダラスな行動や派手な暮らしぶりにばかり向けられるようになる。

2004年に六十九歳で没したサガンの墓碑銘は、生前から彼女自身が考えていたらしく「フランソワーズ・サガン、安らかならず、ここに眠る」と刻まれているが、マスコミらによるゴシップ・クイーンの命名通り、生涯通じて平穏とは無縁のまま、自身の欲望と情熱に忠実な生き方を貫いた彼女は、連日の乱痴気騒ぎで莫大な印税を湯水のように散財し、終には住むところにも事欠く困窮に陥った。

こうした彼女の破滅的な生き方の最初の発端は、二十二歳のとき時速180キロものスピードで、愛車アストン・マーチンDB2/4・マーク2・カブリオレを運転して道路脇に転落、瀕死の重傷を負った大事故だろう。

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『悲しみよこんにちは』の中で、ヒロインの策略により引き起こされた悲劇もまた自動車事故であり、自身の著作と不思議な因縁を持つこの一件で、全身大怪我を受けたサガンは、鎮痛剤で使用したモルヒネから、重度の薬物依存、そして大量のアルコール摂取、非行的享楽へと危うい生き方を加速させていく。

ただ彼女の薬物や飲酒への中毒症は、いわゆる現実逃避や重圧からの解放を求めてというより、より過激な興奮や快感を得るためのものだったようで、それは彼女の「わたしは人の持つ安心感や人を落ち着かせるものが大嫌いです。精神的にも肉体的にでも、過剰なものがあると休まるのです。」という言葉からうかがい知ることができる。
同様に、スピードの陶酔感に対する傾倒も「賭けや偶然に通じるように、スピードは生きる幸福(よろこび)に通じる。そしてそれゆえ、この生きる幸福(よろこび)の中につねに漂っている死への漠とした希望にも通じるのである。」と語っているように、常にサガンはダメージを怖れないパッションに身をゆだねた生きざまを変えることはなかった。

ドラッグの不法所持と常用で有罪判決を受けた際に、物議を醸した「『人は他人の自由を冒さない限り自由だ』と人権宣言は言っている。私は自分の好きなように死ぬ権利がある。『法律は人間にあわせて変わるべきで、その逆ではない』とモンテスキューは言っている。」という発言は社会的な道義から決して許されるものではないと、当時誰も彼女に組する者はいなかったが、現在において個人の自由と権利を純粋に突き詰めると賛同者は決して少なくない気がする。

いかなる経済的窮状も、彼女の稼ぎをむさぼるだけむさぼった人々から打ち捨てられた末の孤独も、周囲からの非難糾弾や掌を返したマスコミからの攻撃も、サガンの破滅をも含めた窮極へとひた走る自由への渇望や、情熱的な生への心酔を打ち砕くことはなかった。

「早熟」と「過剰」というふたつの謳い文句で始まったサガンの小説家人生は、処女作『悲しみよこんにちは』の、奔放な恋愛遍歴を繰り返す登場人物やスキャンダラスで過激な内容、悲劇的な結末といった多くの面で宿命的につながりを持ち、それは彼女にとって冷酷な予兆でもあり、凋落への最後通牒でもあった気がする。

思うにサガンは、『悲しみよこんにちは』のヒロイン十七歳のセシルが破局する人生の悲しみを知った瞬間に、少女から大人に脱皮したように、処女作の世界的大ヒットによるスター的名声で「早熟」どころか老成というべき、人生を達観した境地に至らざるを得なかった。

聡明で繊細な少女のこころが、無残な現実の崩壊を前にしてぼろぼろに傷つくのを回避するには、有象無象の取り巻きやマスコミに対して、品行方正で貞潔な振る舞いで世渡りをしていくような精神的なゆとりは持てない。
シニカルでクールに冷めていく感情とは裏腹の、衝動的な破壊行動のようなスリリングな生き方で、人生の終結を早めていくしかなかったのだろう。

スピード狂もギャンブルも、飲酒や薬物や派手な男関係も、そのすべてが過酷な時の流れをさらに加速させて、老練に大人びてしまったこころに身体的な感覚を寄せていくための手段であり、奇行によって最早少女ではいられなくなったこころに、過ぎ去ってしまった時間と壊れてしまった現実を、肉体的な実感として与えようとした結果であったように思う。

人並み以上に明晰な頭脳と、センシティブな神経を持ちあわせていたサガンであったからこそ、人生に半端ない加速の負荷をかけねばならないくらい、この世の悲しみ、残酷で美しい世界が打ち砕かれていく傷みを押し流すことができず、歳を重ねれば重ねるほど、ひとり時間に取り残された少女のような愚かで浅はかな酔狂三昧に身を焦がすしかなかった。

悲しみに「こんにちは」と語りかける少女は、この世の真実が失われてしまった非情な現実を知りつつも、なおもその真実を追いかけねばならぬ人間の根源的な「悲しみ」に気付いている。

幸福だった思春期の終わりは、これからは永遠に、失われた幸福な思春期を恋い焦がれる、老後のような季節の始まりだと薄々気付いている。

サガンは愛読書『失われた時を求めて』に関して、「私は限界、底、がないということ、真実、むろん人間的真実という意味だが、真実はいたるところに在る、いたるところに差し出されており、真実こそ唯一の望ましいものであると同時に唯一の到達不可能なものである、ということを発見した」と回想する。

永遠に手が届かないことを知りつつも、永遠に手が届かないものを求め続けなくてはならぬ歯がゆさ痛ましさが、少女を大人にし、またそのことが少女を傷つける。

サガンだけではない。

すべての少女が、無垢な少女であった幸福を愛惜しながら大人になり、妻や母や老婆になり、そして失われた少女をこころのどこかで永遠に求め続けるがゆえに、悲しみから逃れられずに、穢されない思春期の幸福を二度と戻らないと知りつつ、それとの邂逅をいついつまでも願うのだ。

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文学から、浅田選手の話に返そう。

美しさと悲しみと、そして大人への成長を先急がされた少女の戸惑いが、青い夜の底に深く沈殿した星屑のように煌めいているエキシビションナンバー『ソー・ディープ・イズ・ザ・ナイト』。

この演技を観るとき、多くの大人になってしまった少女たち(まさきつねも含め老婆やおばさんになってしまった、いわゆる元少女たちですな)は、サガンの『悲しみよこんにちは』を読んだときのように、思い起こさずにいられなくなるのだ。

カメラに絶えず付きまとわれながら、金で買えるあぶくのような夢に溺れ、冷たい夜にかじかんだこころを抱えて、そして人生で得たものの大半を奪われていった女流作家の、「悲しみ」さえ振り切るように疾走した人生。
だが誰もがかつては少女であり、強欲無慈悲な大人や冷厳たる現実を知らないでいられた季節、孤独にも愛にも無頓着で、無邪気で幸福な少女でいられたのに、胸をえぐるような深い悲しみを知らずにいられたのに、と。

夜の底へ誘うノスタルジアが、ショパンの美しいメロディーが、少女の悲しみを加速させる。

年老いた少女たちはみな誰もが、多かれ少なかれサガン同様、若さも愛も情熱も、人生からすべてを奪われ、過酷な時の流れにわずかに残った矜持さえ奪われ続けていくけれども、それでも傷つきやすい純真なこころへの憧れ、ひたむきな魂の自由だけは、誰からも奪われることなく誰からも制約を受けることはない。

銀盤に残された浅田選手のトレースを思い出すたびに、こころの底に残された、誰にも奪えない真実こそが、誰もが少女期に出会った「悲しみ」の正体なのだと気づくのである。


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ものうさと甘さがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しいりっぱな名をつけようか、私は迷う。その感情はあまりにも自分のことだけにかまけ、利己主義な感情であり、私はそれをほとんど恥じている。ところが、悲しみはいつも高尚なもののように思われていたのだから。私はこれまで悲しみというものを知らなかった、けれども、ものうさ、悔恨、そして稀には良心の呵責も知っていた。今は、絹のようにいらだたしく、やわらかい何かが私におおいかぶさって、私をほかの人たちから離れさせる。
(フランソワーズ・サガン『悲しみよこんにちは』)

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おまけ☆海の底の真央☆


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チャルダッシュの嘆き

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またぞろ、過去記事を整理していると、真央さんの新しいニュースが飛び込んできた。
日本スケート連盟が主催する平成28年度優秀選手表彰祝賀会で、真央さんに連盟初の特別賞を贈ったというものだった。



【浅田真央さんに特別賞「失敗恐れず前進したい】
(2017年4月27日21時54分日刊スポーツ)

 今月現役を引退したフィギュアスケート元世界女王の浅田真央さん(26)が27日、日本スケート連盟の優秀選手表彰祝賀会にサプライズで登場し、特別表彰を受けた。
 黒いスーツ姿で壇上にあがった浅田さんは、「とてもうれしい気持ちでいっぱいです。選手の頃は、常に挑戦する気持ちを持って試合に挑んできた。これからも挑戦する気持ちを忘れずに、失敗を恐れず前に向かって前進していきたい」とあいさつした。
 また、18年平昌五輪を目指す後輩へ「今の選手の子たちはまだまだみんな若い。これから大変なこともあったり、乗り越えなきゃ行けないこともたくさんあると思うので、山に負けないように乗り越えてほしいなと思います」とエールを送った。
 先日、自分がブランドの顔を務める給水器のイベントに臨み、新たなスタートをきったばかり。現在の予定は、座長を務めるアイスショー「ザ・アイス」のみで、5月の大型連休明けから練習を始める。その後もプロスケーターとして活動を続けるかは「(ショーが)終わってみないと分からない」とした。また、「『真央リンク』をオープンさせたい」と先の大きな夢も語った。

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先日の愛知県民賞しかり、このたびの特別賞しかり、巷でざわざわ取り沙汰されている国民栄誉賞も含めて相も変わらず、アスリートの圧倒的なスター人気にあやかろうという行政や団体の常套的手段だが、それでもめでたいお話なのだから、ここは大人の対応として素直に祝福すべきところだろう。

選手をアイドルのごとく消耗品扱いし続け、利権をむさぼり続け、不調の時には掌を返してニューヒロイン押しに躍起となり、肝心の大舞台では必要なサポートを怠った無能なお偉いさん方や、その太鼓持ちでしかない八方美人のマスコミについては、今更何の期待もしていないが、依然として「ポスト真央」とか「浅田二世」という言葉がメディア紙上に踊るのを見ていると、いかにそれだけ「浅田真央」という存在が、後にも先にも空前絶後の人気を誇る稀有なものであったかと思わざるを得ない。

無論、まさきつねも世の中には、競技としてのフィギュアスケートに一切興味のない人種や、浅田選手の引退会見に「あまりピンとこなかった」組と自称される方々が、おそらくコアなフィギュアスケートファンよりもはるかに多くおられるということくらい、重々承知だ。
そして、たまに競技会のテレビ放映を観る程度のファンや、有名選手の名前を知っている程度の一般観衆を含めても、会見に涙した人々以上に、「真央ちゃん引退したのか。お疲れさまでした」くらいの感慨しか持たない大衆の方が、数で優っていただろうことは容易に想像がつく。

「日本中が泣いた」だの「誰もが感動した」だのという陳腐な煽り文句は、(新作映画の宣伝コピーじゃあるまいし)それこそマスコミお決まりの慣用句でしかない。
だが逆に、「こいつで涙しなきゃ非国民」といったマオタファシズムみたいなものも、一部のアンチファンがことさらに騒ぎ立てているだけで実際にありはしない。

涙も感動も、勿論第三者から強制されるものではないが、どんな蛮行をもってしても強制できるものでもないからだ。

ただ、知名度という一点から鑑みれば、「日本中の」とか「誰もが」といった枕詞をマスコミが使おうが使うまいが、そして多分、日本中どころか「世界中」という言葉でさえ通用してしまうのが「浅田真央」だと思う。


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それが明快に証明されたのが、世界国別対抗戦で掲げられていた世界各国の選手やコーチから寄せられたメッセージボードだったが、シニアの国際試合に登場してからこの方、世界中の観客から熱狂的な応援を受けつつ、日本では一部の愛好家が楽しんでいただけでほとんどテレビ放映もされていなかったフィギュアスケートを、あれよという間に国民的な人気スポーツのひとつへ押し上げ、競技人口を2000年から比較するとおよそ倍近くにまで増加させた立役者が「浅田真央」であったことは、まぎれもない事実なのである。

「浅田真央」の奇跡をもう一度再現したい、あるいは彼女以上のスターを生み出したいと画策する、競技界のお偉方やその尻馬に乗るメディアが、なんとしても「ポスト浅田真央」の出現に躍起になる風潮も理解できないことではないが、お人形の首を挿げ替えるわけにも、それこそ強制的に涙や感動を押し付けるわけにもいかず、今はまだ男子選手の絶対王者が浅田選手とは別のムーヴメントを展開している最中だから、真央ロスの大きさ怖ろしさが詳らかではないものの、この先「浅田真央」という輝きを失った競技界が、どんなかたちでこの損失を補填していくのか。

ただ、これから平昌五輪に向かう新しい世代の選手たちには、スポーツ競技を今以上にマーケティング主義でもてはやす風潮や、次から次への使い捨てのアイドルのように消費する芸能界的戦略の波に飲み込まれないように、真央さんの言葉にもあった困難極まる「山」を一歩一歩諦めずに自分の足で越えてほしいと願うのである。


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話は変わるが、ご存知の通り、浅田選手引退の直後、村上佳菜子選手もまた引退を表明した。



【フィギュア村上佳菜子、今季で引退 「これが最後の演技」】
(産経ニュース2017.4.23 15:39)

 フィギュアスケート女子で2014年ソチ五輪日本代表の村上佳菜子(22)が、今季限りで現役引退することが23日、明らかになった。東京都内で行われた世界国別対抗戦のエキシビションに登場した際、「これが現役最後の演技」とアナウンスされた。

 驚きに包まれた会場に純白の衣装で現れた村上は、3回転サルコーを含む3連続ジャンプやダブルアクセル(2回転半ジャンプ)などを着氷。最後まで笑顔で手を振ってリンクを降りた。
村上は10年にジュニアの世界選手権で優勝。シニア参戦後は全日本選手権上位の常連へと成長し、14年に初出場したソチ五輪は12位だった。「次代のエース」と期待されたその後は伸び悩み、今季の全日本は自己最低の8位に終わった。

 背中を追ってきた浅田真央さんもすでに引退を表明。鈴木明子さんを加えたソチ五輪代表の日本女子は全員が現役から退くことになった。



まさきつねは以下のような過去のブログ記事などで、何度か村上選手の個性やその課題について指摘した。

『カラヴァッジオと村上選手の光と影』
『アメリカ杯のeと< 其の弐 』


その際いただいたコメントで「(村上選手の演技は)あまりお好みではない?」と看破されたりもした通り、まさきつねは決して彼女の演技を偏愛してはいなかったが、その天性の明るさ、溌溂した動きとエモーショナルなダンスパフォーマンスは、同世代の選手の中でも白眉と感じていた。
銀盤の妖精というよりも、血の通った若く瑞々しい女性らしい魅力、つまり氷の上であることを忘れさせるほどの、生き生きとしたダンスステップや素直な感情表現こそが、村上選手の持ち味で、どこまでも弾むボールのようなフレッシュな疾走感が小気味よかった。

村上選手もまた、ジュニア時代から浅田真央二世の冠を付けられ、ジャンプ不調な浅田選手の穴を埋めるヒロイン扱いでマスコミや連盟に過剰に持ち上げられたり、また裏切られたりと、起伏の激しい多難の競技生活を送ったように思うが、それでもどこか骨太の折れないこころ、肝が据わった頑健な根性で、絶え間なく降りかかってくる無理難題を粘り強く乗り切っていたような気がする。

しかしソチ五輪の後は、若い選手たちが台頭してくる中で、浅田世代からの過渡期に位置したことの利点や経験を活かすどころか、ひとり追われる立場に置かれたプレッシャーで自滅に向かった感がある。
無論、浅田選手はじめ多くの選手たち同様、毎度どうにも合点がいかない不可解な採点システムに翻弄された側面もあり、デビュー当時は奔馬のような鮮やかな三回転の連続ジャンプで観る者を惹きつけたが、近年は回転不足の判定を受けることも多くなり、エッジエラーも矯正がうまくいかず、苦手なループジャンプもプログラムを組む足枷となった。

もしや世界の頂点に君臨するための大胆不敵さや、勝利に対するなりふり構わぬ貪欲さがあと少し足りなかったか、次世代の急加速的な追い上げを必死で振り切る強さをついに持ち得なかったのも、鈴木選手、浅田選手とともに並ぶフィギュア三姉妹の末っ子的立場で、五輪前シーズンのある意味で神の恩恵というべき黄金のような日々を過ごせたことの反作用だったかと、今にしてみれば思わないでもない。

あえていえば、引退についての村上選手の「本当に幸せ者。感謝しかない」という言葉が、彼女らしいさばさばした潔さにあふれ、そして何よりも、彼女が心から慕っていたコーチや先輩選手たちと過ごした、甘やかで充実した時間が、試合結果以上の満足感や達成感を与えたのではないかと推測させるのである。

村上選手は今後たちまち、アイスショーやフィギュアと歌舞伎のコラボという舞台『氷艶 hyoen 2017 -破沙羅-』へ出演が決まっているそうなので、舞台芸術としても新たな試みである作品の中で、彼女らしい陰影のある情熱的な踊りでステージを沸かせてほしいと思う。

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最後に今回の本題、浅田選手がシニアデビューした次の年、2006年‐2007年シーズンのフリープログラム『チャルダッシュ』へのオマージュである。

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【浅田真央(mao asada) World 2007 FS ~ 「チャルダッシュ」 【保存版】】


おそらくこの頃の浅田選手も、まだ怖いもの知らずの挑戦者で、追われる側の重圧よりも、前を行く者に食らいついていく必死さと追い越せない口惜しさで精一杯だったのではないかと思う。

跳びまわる小鹿のような躍動感、若さが爆発したようなエネルギーの流れ、スピードに乗ったステップ、一切の重力を感じさせない綿毛が舞うようなジャンプ。

『チャルダッシュ』の哀感に充ちたメロディーさえ、弾けるような生命力で一蹴してしまう力強さと、少女のひたむきな演技からほとばしり出る純粋な美しさが誰もを虜にした。

難度の高いプログラム構成で、シーズン通して一度も完璧に滑ることのできなかったこのフリーは、2007年の世界選手権までファンの間で「未完のチャルダッシュ」と囁かれた。

それでもGPシリーズを闘い、全日本で優勝して世界選手権に臨めたのは、SPの『ノクターン』が高い完成度で今季を制するための彼女の武器となっていたからだ。
ところが世界選手権では、そのSPの連続ジャンプで失敗、五位と出遅れて台乗りが危ぶまれる要因となった。

この後、『チャルダッシュ』がまぎれもなく「浅田真央」の伝説プログラムのひとつとなったのは、「未完」と呼ばれたほどの難しいジャンプを次々に成功させ、複雑なステップや綺麗な体型のスピンも無難に熟して、今度は「逆襲のチャルダッシュ」と銘打たれたようにそれまでのフリー歴代最高得点を記録し、演技終了時点で一位に躍り出たためである。

笑顔は喜びの涙になり、勝利は掌中にあると思われた。

だが誰もがご存知の通り、予定の四回転サルコウへの挑戦を封印して、確実なジャンプ構成と大人びた女性らしい優雅な振付で、ショート、フリーともにパーソナルベストを更新する会心の演技で会場を沸かせた安藤選手が、わずか0.64点の僅差で優勝を掻っ攫っていった。

ふたたび堪え切れない涙に、暗い通路の奥へ消えていった十六歳の背中を、残酷なテレビカメラが映した。

浅田選手がフリーで跳んだトリプルアクセルは両足着氷と判定され減点、その結果6.60点のルッツジャンプよりも低い6.50点しか稼げず、世界の歴代最高点133.33のフリーであったにもかかわらず、彼女のジャンプはまだまだ完成されていない、逆に言えば最高得点はまだ伸びしろがあるというのが、容赦のないジャッジから下された評価だったといえるだろう。

まさきつねは当時も今も、浅田選手のトリプルアクセルへの採点評価が妥当とは思っていない。
たとえ両足着氷であろうとも、ほかのジャンプに比較すれば、このジャンプの難しさに対して、基礎点の設定そのものが端から低すぎると考えざるを得ない。
だから、この時の優勝者は浅田選手でも良かったとも考えるが、各エレメンツの得点をさておいて、演技全体の出来栄えや身体表現の完成度を公平に見れば、安藤選手の側に軍配を挙げる。

とはいえそれは、よくマスコミが叩いたように、浅田選手の表現力が低いということでも、根拠のない当時のある批評にあったように、音楽とスケーティングがずれていたということでもない。
浅田選手の滑りの中には、確かに『チャルダッシュ』の音が息づき、さまよえる民の世界観が物語として表現されていたし、彼女の演技は、難しい振付の一つ一つを思いのこもった動きとして昇華していた。

それでも、十九歳の安藤選手が披露した『ヴァイオリン協奏曲』は、流麗で華やかな曲想を完成されたエレメンツでとらえ、まだ若木のごとき浅田選手の清新なスケートに勝る、大輪の花のような艶やかでフェミニンな魅力にあふれていた。

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【2007 Worlds Ladies FS Miki Ando】


二人の演技はもともと相反する個性なのだから、評価が二分するのは初めから如何ともし難い。
そしてそこには確かに、一日の長としか言えない年齢、経験の差、どうしようもない年の功というべき人間の成熟度に対する、各人のシンパシーの相違があると思う。

さらに裏を返せば、十代半ばのまだ蕾のような女子選手しか持ち得ない、のびのびと勢いのある演技は、期間限定で楽しむ宝石のようなものなのだ。

現在、女子シングルのフィギュア競技は以前にもまして、体が軽くスピードの速い十代の若い層がメダリストを占める確率が高くなっている。
それは勿論、ジャンプの回転不足やエッジエラーの判定が厳しくなり、技術点重視の採点傾向が強まったためだが、結果、スポーツ競技としての厳正さや醍醐味は増えた半面、身体芸術としての表現力や円熟味を味わう喜びは半減してしまった。

五輪シーズン直前にして、ベテランの浅田選手や、まだ二十二歳の村上選手でさえ引退という現況に追い込まれたのも、長年培われたスケート技術の奥深い絢爛さや、カリスマ的風格に充ちた演技が芸術的評価として、現行ルールの設定とシステム運営においては採点に反映されることがあまりに乏しくなり、おそらくこの流れは少なくとも平昌まで、見直しの検討も修正もされまいと判断せざるを得なかったからだろう。

そして、なんとも苦笑いせざるを得なかったのが、平昌五輪後にさらに大きな改変が行われ、今度は競技方式が変わるという次の報道である。




【技術と芸術、別プログラムで=フィギュアで新方式検討―ISU】
(時事通信4/18(火) 7:14配信)

 国際スケート連盟(ISU)がフィギュアスケートの競技方式について、ジャンプやスピン、ステップの技術要素と、表現力などの芸術性を別のプログラムで評価する新方式を検討していることが17日、複数の関係者への取材で分かった。

 現在は男女ともショートプログラムとフリーで技術点と表現力などを示す演技構成点をそれぞれ出し、合計点で争われている。新方式案では評価をより明確にするため、プログラムを「テクニカル(技術)」「アーティスティック(芸術)」(仮称)の二つに分ける。2022年北京五輪後の導入を見据え、18年ISU総会での提案を目指す。

 テクニカルは技術要素の評価に重点を置き、アーティスティックはより自由な演技で技術点に上限を設けて表現力の得点比重を高める。テクニカル、アーティスティックのどちらかのみ出場することも可能にする方針という。

 ある関係者は「競技への関心を高めるため可能性を探る必要があり、案を精査している」と述べた。別の関係者は「(総会で)反対する人はおそらくいないのではないか」と話している。 




まあこうした報道の多くは眉唾だったり、記者の早合点だったりするものだから、組織からこのような提案があるというだけではなく、実際に新しい採点システムが公式発表され、競技内で運営されなければ、憶測記事に重ねて憶測するだけでは、何ひとつ建設的な意見を物申すことはできない。

ただ、今のジャンプ偏重で若手有利の傾向に、ISUの中でも検討の兆候があるのだろうと推し量れ得る一面はある。

このたびの浅田選手の引退に至る経緯や、世界中から押し寄せた惜別の声も鑑みて、観衆が銀盤の主人公たちのパフォーマンスとして真実一体何を求めているのか、アマチュア競技として公正無比な技術採点の結果なのか、それとも本来は数値化し得ない身体表現の主観的感動や芸術的魅力なのか。

その解答への鍵のひとつが、十代の浅田選手の『チャルダッシュ』、SP五位からの逆襲と謳われたもののワールド二位の結果に涙した美しくもほろ苦い記憶の、伝説的演技にあるように思うのだ。


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浅田選手の『チャルダッシュ』音源
タスミン・リトルTasmin Little, ジョン・レネハンJohn Lenehan
Tchaikovskiana / チャイコフスキアーナ2006年12月27日


薄らあかりにあかあかと
踊るその子はただひとり。
薄らあかりに涙して
消ゆるその子もただひとり。
薄らあかりに、おもひでに、
踊るそのひと、そのひとり。
(『初恋』北原白秋)

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