月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

色とりどりのこころ

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ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ
われらの恋が流れる
わたしは思い出す
悩みのあとには楽しみが来ると
  日も暮れよ 鐘も鳴れ
  月日は流れ わたしは残る
手と手をつなぎ 顔と顔を向け合おう
  
こうしていると
 二人の腕の橋の下を
疲れたまなざしの無窮の時が流れる
  日も暮れよ 鐘も鳴れ
 
  月日は流れ わたしは残る
流れる水のように恋もまた死んでゆく
  
命ばかりが長く
希望ばかりが大きい
  日も暮れよ 鐘も鳴れ
 
  月日は流れ わたしは残る
日が去り 月がゆき
 
過ぎた時も
 昔の恋も
二度とまた帰ってこない
ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる
  日も暮れよ 鐘も鳴れ
 
  月日は流れ わたしは残る
(ギョーム・アポリネール『ミラボー橋』)


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『三人の乙女』1938年

☆Léo Ferré Guillaume Apollinaire - LE PONT MIRABEAU☆

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絵画の話題が多くて申し訳ないのだが、今回は色鮮やかな浅田選手のCM映像から連想した絵画作品と画家の紹介である。

浅田選手の写真は、まずストナ製薬さんから、三色のパターンで三つの衣装三つの演技といろいろな表情を見せる風邪薬の広告画像である。

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そして多少無理やりだけれど、三人の女を描いたマリー・ローランサンMarie Laurencin, (1883-1956)の絵画、そして彼女にちなんでアポリネールGuillaume Apollinaire(1880-1918)の有名な『ミラボー橋』を、やはりローランサンにゆかりがある堀口大學訳で併せて掲載した。

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『自画像』1908年(キュビズム運動の影響を受けていた頃の作品)

ローランサンとアポリネールそしてピカソPablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno María de los Remedios Crispin Cripriano de la Santísima Trinidad Ruiz y Picassoと、エコール・ド・パリの画家たちの名前を連ねていくと、彼らが身を寄せるようにして棲んだモンマルトルの「洗濯船Le Bateau-Lavoir」と呼ばれる下宿にいきつく。洗濯船と名付けたのは詩人のマックス・ジャコブMax Jacobで、ぎしぎし廊下の床板が鳴るおんぼろの細長い長屋が、セーヌに浮かぶ洗濯船に似ていたからだ。

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ポーランド人の母とスイス系イタリア人との間にローマに生まれたアポリネールは、1899年十九歳の時にパリに赴き、当時、芸術家たちがたむろしていたモンマルトルでピカソやマルク・シャガールMarc Chagall、マルセル・デュシャンMarcel Duchampといった先進の画家たちと出会い、1911年頃から当時の前衛芸術だったキュビズム運動に参加した。

お針子と代議士の間の私生児としてパリに生まれたローランサンは、画家を志してアカデミー・アンベールという私立の画塾で学んでおり、そこで知り合ったジョルジュ・ブラックGeorges Braqueを介してアポリネールに出逢い、恋に落ちた。
当時、アポリネールは二十七歳、ローランサンは二十二歳で、まだ若いふたりの恋を、時代を先んじる芸術の象徴として祝福するかのように、すでに晩年近くであった素朴派の画家アンリ・ルソーは『詩人に霊感を与えるミューズ』(1909年)という恋人たちの肖像画を残している。

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(ちなみにこの作品には、ほとんど同じ構図の前作品があり、それはモスクワのプーシキン美術館所蔵、こちらはスイスのバーゼル市立美術館が所蔵している。二作ある理由は、本来、画家が描こうとした詩人の花を象徴するカーネーションを、誤ってウォールフラワーとも呼ばれるアブラナ科エリシマム属の花であるチェイランサス(和名ニオイアラセイトウ)で描いてしまった為に、訂正作品として本作が制作されたということだ。
ルソーは事細かにモデルたちの全身や顔の細部を採寸し、背景にリュクサンブール公園を選び、肖像と背景の一体化という創作動機に基づき、古典的主題をきわめて実直な制作技法で作品化した。

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人物は勿論のこと、木々や花など画面の構成要素のどれもが、正確な採寸に関わらず伝統的な写実を大きく逸脱し、ルソーらしい個性の詩的な世界観で対象の本質を描きとっているのは、画家の狙い以上に夢想を顕現化するルソーの才覚が勝っていたということにほかなるまい。)

閑話休題。ルソーの作品はさておき、ローランサン自身が洗濯船の仲間たちを描いた絵画もまた残されており、こちらはパリのポンピドゥー・センター国立近代美術館に所蔵されている。

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『アポリネールとその友人たち』と題された作品もルソー作品と同じ1909年制作、八人の人物が描かれており、向かって右端の青い服の女性がローランサン自身で、その背後右から順に詩人のモーリス・クレムニッツMaurice Kremnitz、女流詩人のマルグリット・ジローMarguerite Gilot、ピカソ、中央のアポリネールをはさんで左側は特定の個人ではなくミューズを表し、その左隣がピカソの恋人でモデルのフェルナンド・オリヴィエFernande Olivier、そして左端はアメリカ人の著作家ガートルード・スタインGertrude Steinである。アポリネールの手前には犬のフリッカが傅き、左背景には詩人がのちに歌ったミラボー橋が描きこまれている。

(ところで、この作品にも1908年制作の前作があって、タイトルは『アポリネールと招待客』、人物はピカソとアポリネール、そして彼らの恋人オリヴィエとローランサンの四名だけだが、技法として稚拙である分、ペーソスのある味わいが面白い。

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この作品によって、ローランサンはキュビズム仲間からの称賛を浴びたが、揶揄する声も少なくなかった。肖像画家ブランシュはローランサンを、ラ=フォンテーヌ寓話にある大金欲しさに牛乳をこぼした乳搾り女にたとえて「キュビズムのペレットと牛乳壺」と呼び、名声目当ての小賢しい女流画家と貶し、ジャン・コクトーもまた「野獣派と立体派の間で罠にかかった哀れな雌鹿」と、フォービズムとキュビズムの影響が濃いだけでオリジナリティのない画風を手厳しく批判した。
一方で、この時代の新進画家たちの作品を精力的に収集していたガートルード・スタインは、キュビズム運動によるひとつの結晶とこの作品を評価し、大西洋を越えて新大陸に持ち帰り、後にほかの収集品とともにボルティモア美術館に寄付、現在も所蔵先は同館となっている。)

気鋭の詩人、アポリネールは1909年の詩集「腐ってゆく魔術師:L'enchanteur pourrissant 」や1913年の「アルコール:Alcools」で名声を確立する。芸術仲間の間ですっかり女神扱いのローランサンとの恋も順調だったが、彼女がキュビズム運動と自分の画風に違和感を感じ始めるようになった頃から、詩人の独占欲や浮気などで二人の仲も次第に微妙な食い違いを見せ始める。

破局への決定的なきっかけとなったのが、有名な1911年のモナ=リザ盗難事件である。
アポリネールとピカソの共通の友人だった男が窃盗の常習をもつ小悪党で、盗品の彫像を二人に預けていた関係から、アポリネールにも警察から盗みの嫌疑をかけられたのである。結局、数日の留置で無実の罪は晴れたものの、かねがね詩人との交際を快く思っていなかったローランサンの母の進言もあり、六年間に及ぶふたりの恋は終わりを告げた。

『ミラボー橋』はこのローランサンとの恋と別れを未練たっぷりに詠ったもので、詩集「アルコール:Alcools」に収録されている。
時代はすでに、パリ華やかなりしベル・エポック(Belle Époque・良き時代)も、ボヘミアンたちの風潮が濃い洗濯船の実験室的な画家たちのモンマルトルも終結の翳りを帯び、ヨーロッパ全土は第一次世界大戦(1914-1918年)の戦火に巻き込まれ始めてゆく。

アポリネールもまた、ニームの野戦砲兵第三十八連隊に入隊し砲兵として戦地に赴き、1916年に頭部に重傷を負い、除隊してパリに帰国する。
1918年には献身的に尽くすジャックリーヌ・コルブJacqueline Kolbとサン・トマ・ダカン教会で、ピカソと画商ラールらの付添で結婚。しかしこの頃から全世界に猛威を振るうスペイン風邪にかかり、11月10日三十八歳の若さで早逝、ペール・ラシェーズ墓地に眠ることとなった。

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『二人の姉妹』1911年(まだキュビズムの影響が残っており、色彩に個性が見え始めた頃)


ローランサンの方はといえば、詩人と別れた後1914年にドイツ人男爵オットー・フォン・ベッチェンOtto von Betsenと結婚、ドイツ国籍となったために戦時中はスペインへの亡命生活を余儀なくされたが、酒好きで誠意のない夫との結婚は幸せとはいえず、絵筆をとる機会も減り、専ら詩作とアポリネールとの文通に慰めを得ていた。
その中でアポリネールの結婚、続いて死の知らせを受け、度重なる失意と悲しみに暮れるローランサンは自らの思いを、よく知られる詩『鎮静剤』に込めて詠った。

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『鐘を持つ女』1916年(画家の傷心を映すかのような愁いを帯びた踊り子)

「死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です。」と結ぶこの詩は、忘れられて生きるより死んだ方がまし、愛のない人生など考えられないという、孤独を避けて新しい恋を求めるローランサンらしい生き方が垣間見える。
彼女と親交があった堀口大學が和訳し翻訳詩集『月下の一群』に収録したが、大學のローランサンへの傾倒も凄まじく、彼女の本格的な画集が日本の求龍堂から出版された折も、情熱的な序を書き綴っている。
若き大學にとって、アポリネールのミューズはまさに女神のように感じられ、激しい恋心のようなものも抱いたのだろうが、ローランサンの方では東洋から来た一介の留学生ごときに気を配る余地などなかっただろう。

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『コンポジション・スペインの踊り子たち』1921年(まだ陰鬱と憂いの印象が濃い頃)


1921年単身パリに戻った彼女は翌年、ようやく離婚、画風を大きく変え、心中の悲しみを華やかな色彩の下に押し包むように、淡く美しい画面に官能的な少女らを描き、フランス史上狂乱の時代(Les Années Folles)と称される1920年代にあって、デカダンと乱痴気騒ぎで爛熟したパリの寵児となってゆく。
パリの上流婦人の間ではローランサンに肖像画を注文することが流行となり、また、舞台装置や舞台衣装のデザインといった彼女の個性が生かされる場での才能が開花し、創作者としては充実した幸せな時期を迎えている。

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『二人の少女』1923年

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『牡鹿と二人の女』1923年


ところで、1923年の絶頂期、ローランサンが描いたココ・シャネルCoco Chanelの肖像画『マドモワゼル・シャネルの肖像』は、同じ年に生まれ、同時代に活躍した女性同士の接点を示すものながら、出来上がった作品に対する評判が芳しくなく、シャネル本人からも「似ていない」と受け取りを拒否されたという。

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実際、ローランサン特有のロマンティックな色彩と小鳥や犬といった愛らしい生きもので構成された魅力的な作品で、モデルの髪型や高い頬骨や薄くて形の好い大きな口といった顔かたちの特徴はとらえているものの、シャネル自身が発する周囲を威圧するような強烈なオーラは再現されていない。
どこか頼りなげで憂愁を帯びた表情は、当時のモード界を牽引する女王の自覚を持つシャネルにとって、あまりにも脆弱で受け入れがたい姿だったのだろう。一説には、ローランサンから寄せられたレスボスの求愛を、シャネルが拒否した結果とも伝えられるが、いずれにしてもこの作品は依頼人の手に渡ることなく、コレクターの所蔵を経て、現在オランジェリー美術館に飾られている。

ローランサンはシャネルの受け取り拒否に際し、「私がドレスを注文したときにはちゃんと代金を払うわ!」と憤慨し、「シャネルは有能な女だけど、オーヴェルニュの田舎娘よ。あんな娘に折れてやろうとは思わなかったわ」と断固、自分が描いた作品の修正をしようとはしなかった。

ローランサンには、男性顔負けのエネルギッシュな業界人としてのシャネルが、誰からもまるで女神のように崇められることを願って振舞う様子の、その裏に潜む、ひとりぼっちの子ども時代を過ごした孤児の繊細で無防備なこころ、惨めで貧しい暮らしに怯えて華やかな世界を夢みる少女の果敢ない願いといったものが、どうしようもなく透けて見えていたのだ。
そしてそれはおそらく、ローランサン自身にもある、華やかさとは裏腹の陰鬱で怯懦な気持ち、母を亡くした小鹿のように頼りなく救いを求めるいとけない姿だったのだろう。

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『アンドロメード』1928年

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『舞台稽古』1936年

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『シャルリー・デルマス夫人』1938年

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『女道化師』1940年

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『テラスの女たち』1946年

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『三人の若い女』1953年


絶頂期以後のローランサンは第二次世界大戦を人並みの苦労をしつつも潜り抜け、三十一年間をともにした二十一歳年下の女性シュザンヌ・モローSuzanne Moreauを養女とし、彼女に看取られて1956年七十三歳で不帰の人となった。

家政婦で愛人でもあったシュザンヌとの恋仲も周知のことだが、若く嫉妬心が強い彼女はローランサンを束縛し、捨てられるのが怖かったローランサンは彼女の言いなりであったらしい。孤独への不安と、愛の喪失が、最期までローランサンに付きまとって、もはや何が愛で、何が愛の幸せか、かつてミューズと呼ばれた年老いた女流画家にはすでに、見極めることもできなかったのだろう。

純白の衣装をまとい赤い薔薇を手にした遺骸の胸には、遺言通りアポリネールから送られた手紙の束がのせられていたらしく、彼女が真に殉じた愛の在り処をはからずも示しているような気がする。

かつて、アポリネールもまた、その病の床が置かれた部屋ではローランサンが描いた『アポリネールとその友人たち」の絵画が壁に飾られ、彼の最期のねむりを見守っていたという。
詩人とミューズは遠く生き別れて別の伴侶と暮らしつつも、お互いが決して離れ得ない宿命のようなもので結ばれていることに気づいていたのだろう。

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古き良き時代、モンマルトルの洗濯船で青春を過ごした詩人とミューズの別ち難い絆はもしかしたら、老年のローランサンに連れ添ったシュザンヌもまた、どこかで薄々悟っていたのかも知れない。
どんなに尽くしても、どんなに傍らに寄り添ってその世話をしたとしても、ローランサンのこころはここにない。詩人の喪失によってミューズのこころに出来た虚無は、自分ではどうしても埋めることはかなわないのだと、シュザンヌも幾度となく自らの無力さを思い知ったに違いないのだ。

ローランサンの死後、彼女は遺産のほとんどを施設などに寄付し、ひとり慎ましく孤独な余生を送った。

ローランサンの絵画は、甘くやわらかな少女の未成熟な夢を描いているが、彼女の周囲には孤独に苦悩する芸術家やこころ淋しい人間ばかりがたむろして、誰もが愛の成就を感受していないのだ。
アポリネールが詠ったように、ミラボー橋だけがセーヌの流れのようにいつまでも変わらぬこころ、変わらぬ愛の在り処を人々に伝えているのだろう。


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『接吻』1923年頃


さて、ここからストナの画像をまとめて掲載。ネピアとはまた違った、色とりどりで表情や動きのある浅田選手のヴァリエーションである。

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ついでと言っては何だが、オムロンの広報画像も掲載。
こちらはビビッドな青のスーツが大人びて、コンシェルジュをイメージしているようだが、フライトアテンダント風の雰囲気もあって素敵だ。

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最後にちょっと趣きは変わるが、以前にもご紹介したアルソアの広報画像。
こちらは『月の光』の衣装を着た浅田選手を使用。

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こうして画像を並べてみると、改めて企画者の演出によって、一人の少女からいくつもの色彩、いくつもの表情や風情といったものを引き出すことができるのだと得心する。
いや、むしろどんな人間でも、常に同じ色、同じ表情で、いかなる時もそれを崩さないという方があり得ないのだ。

ローランサンが、気丈な女シャネルの中にどこかはかなげな少女じみたか弱さを見たように、どんな人間どんな女性でも、誰もが知っている顔の裏には、誰も知らない面差し、誰も知らない感情が多かれ少なかれ潜んでいる。

ローランサンの絵画には、一人のモデルだけよりも複数の少女たちを群像で描いた作品が数多くあるが、それはローランサンが少女たちの持つ、まるで万華鏡のようにくるくると変わる表情や感情、その多彩な色彩のような豊かな風味を、さまざまに表現したかったからに相違ないのだ。

甘く愁いを帯びて、愛の幸福をいつまでも夢見る女性たちの中に、誰もが噛みしめねばならぬ人生の苦い味、裏切りや嫉妬、憎しみや悲しみ、そして絶望も、憐れで惨めな姿を曝してひっそりとたたずんでいる。

強さの陰には弱さが、優しさの陰には怒りが、微笑の陰には涙する眼が、得たものと同じ数の失われたものへの嘆きとともに隠れているものなのである。

だがそれでも、ローランサンの少女たちがどこまでも美しい、軽やかで幻想的な世界に生き、甘美で汚れのない色調につつまれているのは、最愛のアポリネールを亡くし、結婚や人生に倦み疲れ果てた後にも、彼女が守るべき唯一の魂、詩人のミューズたる誇りが、芸術への献身と、真実を追求する創造へ意欲を喪失させなかったからだろう。

その芯に、自らを自らたらしめているもののある限り花は色あせず、その香りは失われず、ひともまた、こころを錆びつかせることなく、そのやさしさも損なわれまい。
どのように時が流れ、どのようにその姿が変わり果てたとしても、決して変わらぬもの、汚されぬ魂、残されたこころだけが大切なものなのだ。

月日が流れても、ミラボー橋の下に流れるセーヌのように、いつまでもひとのこころに遺される、愛の記憶があるように。

雨の日も風の日も、そして晴れた日も、絶えずひとの上に降りそそぐ天の祈りがあるように。


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『鳩と花』1935年


花はいろ そして匂ひ
あなたはこころ
そして やさしさ



雨の日は雨を愛そう 
風の日は風を好もう
晴れた日は散歩をしよう 
貧しくば心に富もう
(堀口大學『人に』『自らに』)


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提灯と山百合とふわふわマオと

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汝ら、羊飼いよ、私に語ってよ。「僕のフローラがここを通るのを見ましたか」
その花で花飾りの輪を作って、牧歌の中に歌われる美しい女王にふさわしい冠にして。
羊飼いよ、私に語ってよ。「僕のフローラがここを通るのを見ましたか」
彼女の髪を飾る花飾りの輪、カーネーション、リリー、リリー、ローズ。
そして彼女の手一杯に、彼女の吐息を甘くするカーネーション、リリー、リリー、ローズ。
羊飼いよ、私に語ってよ。「僕のフローラがここを通るのを見ましたか」
うるわしの花輪は彼女の髪を飾る冠、それは彼女の真実、その手は百合のごとく白く、唇と頬は薔薇のごとく赤くと、その美しさを伝えてよ。
Ye shepherds tell me have you seen my Flora pass this way? a wreath around her head she wore, Carnation, Lily, Lily, Rose, and in her hand a crook she bore and sweets her breath compose. the beauteous wreath that decks her head forms her description true, hands lily white, lips crimson red, and cheeks of rosy hue.
(ジョセフ・マッツィンギ『花飾りの輪』)


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(ジョン・シンガー・サージェント『カーネーション、リリー、リリー、ローズ』1985-86年)

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白い少女幻想から、ふわふわマオの世界へ。

今回はさらに大塚英志の定義を外れて、少女というよりも幼女に近い存在について語ろう。もっとも、まさきつねの中ではこの二つの存在に、無垢な純真さという点ではまったく区別はない。


折しも(もう過ぎてしまったのだけど)「母の日」なので、この絵をご紹介するのもちょうどいいと思う。以前、『マダムXMadame X』の記事でお話しした画家、ジョン・シンガー・サージェント(John Singer Sargent 1856-1925)の『カーネーション、リリー、リリー、ローズCarnation Lily Lily Rose』(1885-86)という作品である。

『マダムX』の記事は以下の通り、サージェントの略歴なども記載しているので参照までに。
『空中庭園の散歩 其の六 マダムXのソワレエ』


この『カーネーション、リリー、リリー、ローズ』は、『マダムX』のスキャンダルでパリの社交界を追われたサージェントが、失意のうちに英国に渡ってまもなく、ストラッドフォード・アボンエイヴォンの南、オックスフォードの西に広がる丘陵地帯、ウースター州コッツウォルズのブロードウェイにあった、米国人画家F.D.ミレーの別荘に滞在していた時に着手した作品である。

ミレーとはイタリアの修業時代からの旧知で、ミレー宅には当時頻繁にエドウィン・オースティン・アビーEdwin Austin Abbey やフレデリック・バーナードFrederick Barnardといった多くの画家が出入りして、一種の芸術村の様相となっており、サージェントはこうした芸術家仲間との交遊によって、パリ時代のゴシップで受けた落胆から立ち直り、また、新しい創作動機を得たものと思われる。

『カーネーション、リリー、リリー、ローズ』は、バングボーンのテムズ河でアビーと舟遊びをしていた際に、その頃日本から大量輸出されハロッズやリバティなどの百貨店で販売されていた日本提灯が、野外パーティのために樹木の間にぶら下げられているのを見て、画想を思いついたといわれている。
和紙から洩れる温かな光が、夏の夕暮れの情景をほのかに浮かび上がらせるその神秘的な効果が、画家の創作意欲をそそったのだろう。

この絵画の着想について述べた、サージェントの手紙が残っている。

「私が夕暮れ時に見た魅力あるものを描くつもりです。薔薇の木の合間で花々に囲まれて、点灯する提灯に映し出される薄明かりの庭と、ふたりの小さな少女たち。私があきらめて途中で筆を投げ出すことがなければ、この制作に長い期間を費やすつもりです」


実はこの作品の前、1884年イギリスのサセックスで描いた『Garden Study of the Vickers Children』という作品があるのだが、百合と子どもたちという画材は明らかにテーマとして、先駆的な役割を持つものと考えられる。この画材に、日本提灯の柔らかな光の働きが加わることによって、グリーティング・カードなどにもありがちな子どもの絵が、どこか不思議な魅力を持つ傑作として再生させられているのである。

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絵のモデルになったのも、バーナードのふたりの娘で、左が十一歳のドロシーDorothy(愛称ドリーDolly)、右側が七歳のマリーMary(愛称ポリーPolly)である。初めはミレーの五歳の娘ケイトKateを起用したらしいが、幼すぎておとなしくモデルを務めることができず、またバーナードの娘たちの方が、サージェントが絵の理想とする髪の色にあっていたということのようだ。

サージェントは少女たちの自然な動きや表情をとらえるために、庭で遊ぶ二人を数多くスケッチに残している。提灯同様、庭に咲く山百合もまたリバティ百貨店で買い求めた日本産の球根で、花の中心にある金色の芒と斑点が特徴とされ、十九世紀末のヨーロッパを席捲していたジャポニスムの影響がうかがえる部分である。

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肖像画家で名を馳せたサージェントはもともと戸外での制作することは少なく、『カーネーション、リリー、リリー、ローズ』は外光を生かした珍しい作品のひとつだが、1885年の九月から十一月にかけての最初の仕上がりに満足できなかった彼は、次の年の夏に再び同じ状態を再現して取り組み、十月にようやく完成を見たらしい。

サージェントの伝記作家サー・エヴァン・チャトリスによる記述では、「すぐに、彼はカンヴァスから離れたところに場所をとり、光の様子を記憶にとどめると、セキレイのようなすばやい仕種で芝生の上を走ってくるやいなや、絵の上に絵具をすばやく軽いタッチで入れて、そして、再び下がったかと思うと、同じような唐突さで、セキレイの動きを繰り返した。こうしたことは2、3分しか続かず、光が急速に弱くなると、やっと彼は少女を自分の構図から解放してやって、再び私たちに合流してローン・テニスの最後の一勝負をするのだった。」とある。

画家は、夕暮れに提灯の灯がもっとも適正な効果をもたらす数分間だけを制作時間にあて、秋になって花が枯れてしまうと、造花を使用するなどの工夫をしながら、想像と記憶に頼らない実写的な手法で、藤色に滲む独特の夕刻の光をカンヴァスに描きとる彼なりの印象派的作品を残したのだ。

それにしても、どちらかというと理知的で、技巧的なエレガンスが身上の彼の作品としては、この作品の構図は洗練さがなく、多くのスケッチから描き起こしたにしてはモデルの表情も茫洋としてつかみどころがなく、記憶の彼方の情景のように何かたよりない。

しかしそれこそがこの絵画に、サージェントのほかの肖像画作品とは違う魅力を与えている要因であり、ふたりの少女以外に日本提灯の浮かび上がる夕べの光という、もうひとつの主題を追い続けた画家の意図が芸術として結実したにほかならぬ証しだろう。

サージェントは1900年代になると、次第に肖像画の注文を断るようになり、晩年間近は水彩による風景画の制作に没頭している。

室内の人工的な照明の中で描く肖像画の作家ではなく、自然の外光に映し出される風景をつかみ取りたいと考える、いわゆる「印象派」の画家としての芸術的志向をもったサージェントの真情がうかがえるエピソードである。


そしてもうひとつ、風変わりな絵画の題名であるが、冒頭に挙げたジョセフ・マッツィンギJoseph Mazzinghi(1765-1844)というコルシカ島出身の作曲家によるイギリスの流行歌『Ye Shepherds, Tell Me(The Wreath)汝ら、羊飼いよ、語ってよ(花飾りの輪)』の中の歌詞からとられたものだという。

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まあ、古式ゆかしい歌詞とノスタルジックな情感を喚起させる絵画が結びつくのに不思議はないが、まさきつねはそれより、ミレーの妻エリザベス・メリルElizabeth Merrillの愛称がリリーLilyであることから、人妻とのゴシップが付きもののサージェントならではの謎が隠れているような気がする。

世話になっているミレーの妻と、サージェントが実際どんな関係であったのか無論まったく憶測に過ぎない話ではあるが、エリザベスを描いた訳ではない絵に、彼女の愛称が入った題名を付けるというのはちょっとまわりくどい感じはするけれども、何となくロマンティックな告白めいたものを感じたりはするのだ。

それに(これこそゴシップ話ではあるのだけれど)、ミレーはローマで一時期、同性愛趣味のあるジャーナリスト、チャールズ・ウォーレン・ストッダードCharles Warren Stoddardと同棲したりしているので、このあたりも頽廃的な十九世紀末の新興階級にありがちな恋愛観やスキャンダル臭が漂っていて、純粋で無垢な少女の絵画とは対照的な話ではあるけれども、まさきつねとしては人間臭い奥深さを感じて眩暈を覚えるほどだ。

ちなみにミレーは後に、例のタイタニック号に乗船して、運命的な最期を遂げた。その様子は極めて紳士的で、率先して救命ボートに女性や子どもたちを助け上げる姿が目撃され、自らは海の藻屑となって運命的な船の犠牲となった。

こうした悲劇的なエピソードも背景に持つ絵画ではあるが、懐古的な切なさや抒情的な美しさにあふれた画面は、1887年にロイヤル・アカデミーの展覧会で発表された当時から今なお多くのひとに賞賛され、愛され続けている。ウィキにも書かれているが、アイルランドのミュージシャン、エンヤEnyaが1995年に発表したサードアルバム『メモリー・オブ・トゥリーズThe Memory of Trees』の一曲『オン・マイ・ウェイ・ホームOn My Way Home』のPVに、この作品の情景を転写した映像が用いられている。

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☆Enya — On My Way Home☆


白いエプロンドレスを着た少女と、日本の盆提灯、そして百合という古めかしい構図が、汽車で故郷へ向かう主人公の追憶の場面として、アルバムの写真から立ち上がるのだ。

世界中どこの国でも、ひとのこころを揺さぶる幼少期の記憶の美しさ、その甘く苦い涙にかすむ光景には何か共通したものがある。

黄昏の冷たく青い空気、茜色と藤色が入り交じる夕闇の光、樹木の影に揺れる金色の灯り、高く咲きほこって甘い香気を立ちのぼらせる百合の花、提灯が張り巡らされた薔薇の花の生け垣、地を這うように開くカーネーションの花…イギリスから遠く離れた日本でも、同じ日本提灯のほのかな明かりに照らされた、幼いころの盆踊りの夜や夏休みの田舎暮らしなど、一瞬でノスタルジーにとらわれるモティーフがあるだろう。

夏の終わりのひとときの幻のような、甘く切ない風景。
優しく、いとおしいものたちがそっと息づく、夢の庭の世界。

いつか帰りたい、懐かしい場所、それが失われた時間への果てのない夢の旅だ。


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さて、まったくサージェントとつながりはないが、とても懐かしい浅田選手と邂逅するマテリアルを手に入れたので、この機会にご紹介しよう。

その昔、ネピアからキャンペーンで配布された『ふわふわマオマオ』の絵本である。

500冊限定ということで入手の難しい本ではあるし、企画からだいぶ時間が経っているので、ご存知の方もそうでない方も十代の浅田選手を思い出しつつお楽しみいただきたい。

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◇◇◇◇◇

はじまりはじまり

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ある朝 目が覚めると…
ふわふわマオマオは ふわふわの国にいました

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「………」
「クシュン!クシュン!クシュン!」
「ふわふわマオマオが 起きた!起きた!」
「こんにちわちにんこ~」

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「ここは どこ?」
ふわふわマオマオは
空を飛ぶフワッチュに 聞きました

でも フワッチュは
チュッチュッと キスしてくるだけです

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「いま なんじ?」

ふわふわマオマオは
おしゃべりなパララパララに 聞きました

「1時か 4時か 6時か 12時か たぶんそのどれかさ」
パララパララは 得意そうに 答えました

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「きみたち どこへいくの?」

ふわふわマオマオは
クシャミしながら大移動するクシュクシュに 聞きました

「クシュン!クシュン!」
あれれ?
ふわふわマオマオ どこへいくの?

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「このあな なあに?」

ふわふわマオマオは
くるくる回るマシュマルに 聞きました

「ぽっかりかっぽ~」
マシュマルは くるくる回りながら 答えました

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「あなたは だあれ?」

「……」
大きな紙のホーは 何も言いませんでした

でも ふわふわマオマオが
ホーに そっとふれると
ホーは とってもふわふわでした

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ふふふ ふわふわ ふわふわの国
ふふふ ふわふわ ふわふわの仲間たち

うまれたときは みんな ふわふわ
右も左もわからない

未来は いつも ふわふわ
どうなるかわからない

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「…あしたは もっと ふわふわになるといいな」

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「とてもかわいい絵本が出来上がりました。
ふわふわの国は、今までに行ったことの無いような
とても不思議な世界です。
色々な仲間たちといっしょに、
みんなも楽しんでくださいね。」

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◇◇◇◇◇

おさんぽへいく

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ある日 ふわふわの国で
ふわふわマオマオは 思いました
「あの ふわふわの向こう側には なにが あるのかな?」

ふわふわ空を飛ぶ フワッチュといっしょに 出発です

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「こまったっまこ~」

あそこのあなに はまっているのは
マシュマルです
みんなで ふわふわ 助けてあげました

「たすかったっかすた~」

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「あら おおきながけ 渡れないわ」

ふわふわマオマオが こまっていると
おしゃべりな パララパララが あらわれて
橋になってくれました

「僕の上を 歩きなよ
早く!早く!早くして!
いたい!いたい!いたくない!」

じっとしてて パララパララ
みんなが 落ちちゃう

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あ あ あ あ~~~~

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ふわり ふわり ふわり 落ちたところは……
「クシュン!クシュン!ここは どこ?」

どうやら クシュクシュたちの おうちに
まよいこんでしまったみたいです

「クシュン!クシュン!クシュン!」

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そこに 大きな大きな紙のホーが あらわれました

「……」
ホーは 何も言いませんでした

でも そのふわふわの背中に みんなを乗せて
ひきあげてくれました

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みんなでいこう ふわふわの 向こう側まで

ころんだって わらっちゃう ふわふわの 向こう側まで

ほっぺたつねっても いたくない ふわふわの 向こう側まで

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そして ふわふわの向こう側に 広がっていたのは……

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ふふふ やっぱり ふわふわの世界でした

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「今回の絵本は、
とてもかわいい、おさんぽのお話です。
私も、ふわふわの向こう側まで
行ってみたくなりました。
色々な仲間たちといっしょに、
みんなも楽しんでくださいね。」

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◇◇◇◇◇

CM映像がこちら。

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何とも甘酸っぱい思いが広がる、懐かしい思い出との邂逅といったところだろうか。

この頃はまだ、フィギュアスケート人気も今ほどでなく、トリノ五輪の荒川選手の優勝などで、採点やさまざまなルールの偏向などに歪んだ競技の実態に気づく人も少なかった。

まだ日本中が、やにわにスケート界に現れた天才少女のあどけない笑顔に、純粋な世界制覇の夢を描いていたものだ。

その夢も一部は着実に実現を果たしたが、キス&クライで次第に途方に暮れた表情や涙を見ることが多くなり、いつか無邪気だった笑顔も深慮をつつんだ大人びた微笑に変化し始めて、ようやく観客たちも、ただふわふわと夢の世界におぼれるように、競技を鑑賞できないことを悟って、衝撃を受けたのだ。


日本は美しく、そして奥深い伝統と文化を持つ国だ。
そして何よりも、折り目正しく、「をかし」と「あはれ」の風情を知る精神性の強い国だ。

だからヨーロッパでは早くから、どの東洋の国々よりも日本の文化と芸術が尊ばれ、ジャポニスムとして長く愛されて、その美しさがさまざまなかたちで取り入れられていったのだ。

まさきつねは国粋主義者ではないが、西洋人でさえ愛する日本の良さは、どんな国際化、グローバル化の波の中でも失われるべきではないし、ましてや他国のまちがった勝利主義や実益主義に惑わされて、その高い精神性が損なわれるべきではないと思う。

浅田選手はいろいろな点で、現在の日本の状況や立場を象徴的に顕在化してくれたし、そしてどんな時も、彼女自身は正しく日本のとるべき態度、選択、その在り方、そして進み方を示してくれた。

「ふわふわマオマオ」は、題字もひらがなとカタカナで表現されているが、それは優しく温かく美しい日本の仮名文化から生まれたものであり、同時に優しく温かく美しいこの国の象徴でもあるのだ。

サージェントの絵の中の、優しく温かく美しい日本提灯の灯りや、白い山百合と同様に、優しく温かく美しい「ふわふわマオマオ」の世界もいつまでも、絵本を読む子どもたちのこころに懐かしく残る情景であって欲しい。
そして優しく温かく美しいこの国の風土が、醜いものの足に踏みにじられることなく、どこまでも続く「ふわふわの世界」のように、夢の果てで引き継がれる思い出のように、本当に豊かなものを知るこころに、いつまでも大切に受け継がれて欲しいと思う。

※※※※※


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やさしい 気もちは
ふわふわ してる。
こわい 気もちは
ぶるぶる してる。

さみしい 気もちは
ほそぼそ してる。
うれしい 気持ちは
ぴょんぴょん はねる。
(さくらももこ『気もち』)


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葡萄の悲しみを喜びに

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葡萄に種子があるように
私の胸に悲しみがある

青い葡萄が
酒に成るように
私の胸の悲しみよ
喜びに成れ
(高見順『葡萄に種子があるように』)

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久しぶりにNHKの教育番組『新日曜美術館』を観た。

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美術作品や芸術家を特集するこの手の紹介番組は、司会だのコメンテーターだのの言葉がかったるく感じたり、時に的外れだったり、煩わしいことが多く途中で観るのが嫌になる場合があるので、めったにチャンネルを合わせることがないのだが、今回はテーマが伊藤若冲を始めとするプライス・コレクション、しかも司会が最近、まさきつねのフェイヴァリット俳優の井浦新さんに代わったというので、興味をそそられたのである。

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画家の伊藤若冲についても、その著名なコレクターであるジョー・プライスさんについても、今まで何度もテレビは無論さまざまなメディアで取り上げられているから、そんなに目新しい情報はないが、このたびは、東北大震災の惨状に心を痛めたプライスご夫妻が被災した三県の博物館・美術館で、2006年から2007年にかけて東京国立博物館を皮切りに京都・福岡・名古屋を巡回した『プライス・コレクション展』の再公開に踏み切られたという経緯らしい。

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伊藤若冲『【紫陽花双鶏図】アジサイの花と二羽のニワトリ』

東日本大震災復興支援特別展
『若冲が来てくれました―プライスコレクション 江戸絵画の美と生命』
<仙台展> 仙台市博物館 3月1日~5月6日まで
<岩手展> 岩手県立美術館 5月18日~7月15日まで
<福島展> 福島県立美術館 7月27日~9月23日まで


当初は『鳥獣花木図屏風』一点を出品という構想が、主催の新聞社から30点、美術館から50点、博物館からは100点と要請が増え、結局、宮内庁三の丸尚蔵館を始め、国内の公私美術館数館から賛助出品が相次ぎ、2006年の展覧会106点に迫る100点の展示内容にまで膨らんだそうだ。

夫妻は被災でトラウマを抱えた子どもたちに心を痛め、「子どもと動物」をテーマに掲げたいと提案され、最終的に「美」と「生命力」を主要テーマとしてそれが子どもたちにも伝わりやすいよう作品タイトルと解説文を工夫、情緒的・詩的・歴史的な背景をやさしく説明したキャプションが好評のようだ。

展覧会は高校生以下が無料で、元々あまり名品揃いの有力な展覧会が巡回することがないと一種の疎外感を感じていたらしい東北の人たちには、若冲をはじめとする生命力にあふれた色鮮やかな江戸絵画の世界が新鮮で目新しく、被災した人々のこころを少しでも勇気づけられればという夫妻の気持ちが充分に伝わっている企画の実現となったのは、関係者にはうれしいことだろう。

新日曜美術館の「東北に届け 生命の美~アメリカ人コレクター 復興への願い~」(これはあんまりセンスのないタイトルだニャ)は、ジョー・プライスさんが石油パイプライン建設の会社を経営する父親の資産を受け継いで、現在あるコレクションを形成するまでの背景から、彼が今回の展覧会に関して感じたことをその生の声で伝えていた。

父の事業を受け継ぐべくエンジニアとして大学で機械工学を専攻して卒業するまでは、全く美術に関心がなかった彼に、アートを見る眼を開かせたのは、二十四歳の時に骨董店で会った一枚の葡萄の水墨画だったという。
絵師の名前もその来歴も知らず、その作品に一目ぼれした彼は、これを発端に江戸絵画有数のコレクターになったのだ。

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伊藤若冲『【葡萄図】ブドウの木』


この葡萄の絵が伊藤若冲で、日本ではほとんど顧みられることなく海外に持ち出されていたその代表作の数々が、それからプライスさんのもとへ集結していくきっかけになった。

プライスさんの審美眼の確かさは、美術史家の山下祐二さんも番組の中で高く評価していたが、日本の中にいると、どうしても平安時代の絵巻物などに代表されるいわゆる王朝美術の流れと、もう一つは桃山時代の狩野永徳とか長谷川等伯といった戦国武将の金に飽かせた豪華絢爛の美術品といったものに目を奪われがちで、江戸の絵画は時代も下って、評価も低くみられがちになる。
ところが、アメリカにいて、予備知識もなく素直な審美眼で鑑賞したら、若冲、蕭白、芦雪、応挙といった絵師たちが名を連ねる時代の凄さを何のこだわりもなく発見できるということなのだろう。

芸術の評価には豊富な知識や経験が必要だと、ど素人の意見は邪魔とばかりに排除したがる似非知識人も世の中には多いが、本来芸術の鑑賞に、名前や肩書も必要なければ、余分な知識や情報も無用ということである。

美しいものは美しい。それでいいと、プライスさんは考えるのだろう。

絵を買うときには、絵師の名前さえ聞かず自分が好いと思ったものを買うと彼は言う。
その眼が、若冲を始め、埋もれていた江戸の絵師たちの名品を発掘したのだ。

江戸後期から明治、大正と、日本で評価されることなく、海外にみすみす流出してしまった日本美術の逸品は数多い。浮世絵、水墨画、そして陶器や蒔絵、漆器など、海外の人々は自分たちの持ち得なかった、東洋独自の美意識と色彩感に純粋に反応する。
実際、日本独自の島国ならではの風土は世界のどの国にもない四季折々の自然に恵まれ、シーボルトも折り紙つきだが、日本人が気づかない植物や生物、絵画でいうところの花鳥草木の美しさは世界中どこを探しても比ではないのだ。

プライスさんはまた、電気等の近代文明の入らない江戸時代の、日本人の生活様式にも着目して、同時代の灯明の光の下で鑑賞する作品の美しさを賛美する。

江戸期は文学においても怪奇・伝奇ものが流行り、薄暗い灯りの中で語られる妖怪や幽霊などが出てくる怪談はさぞかし恐ろしく、また魅力的だっただろうと思うが、暗がりの中に浮かぶ水墨画や屏風絵もまた、身の毛のよだつような怖さをひそめた美しさに充ちていただろうと思う。

番組の中でも照明を落とした展示室で、作品を灯火のもとで鑑賞する試みがなされていたが、金箔が反射してそれまでにない奥行きが生まれたり、絵具の色鮮やかな色彩が闇に包まれてまた別の階層を持って現れたり、昼日中の鑑賞とは違う蠱惑的な世界を展開するのが興味深かった。

プライスさんは、美術館に照度を極端に落とした展示を提案したこともあるそうだが、画面がよく見えないという理由ではねつけられたと、苦笑気味に話しておられた。
画面が見えにくければ、ひとは熱心にその作品の奥深くを探して、美術品に長時間対峙し続けるだろう。
ろくすっぽ作品を観もしないで展示室を去る来館者が多いと嘆く美術館関係者をちょっと揶揄するように、鑑賞時間を長くするにはもってこいの方法なのにと、プライスさんが少し残念そうに語っているのが印象的だった。

(確かに研究者にとっては、細部がはっきり見えないのは困るだろうが、鑑賞を楽しむ人間にはむしろ、その作品を見るという行為をいかに満喫するかが重要なのだから、照明や展示方法にもう少しいろいろな工夫があっても好いのかもしれないと、まさきつねも思う。

昨今の美術館・博物館は軒並みどこを訪れても、学校同様に鑑賞者が学習する場であるかのように堅苦しく、セオリー通りの生真面目な展示や解説ばかりで、肩が凝っていけない。
作品の展示順番にしても、ほとんどが年代別だの、派生や流派別だのと、博物館や美術館に行ったら社会や歴史・美術史のお勉強をしろと言わんばかりだ。

確かにそういった一面も必要なのかも知れないが、東京のように年間多くの展覧会が開催される中なら、舞台演出のように照明や展示に実験的な工夫を凝らして、プライスさんが仰るようなその作品が作られた当時の鑑賞法を再現してみるのも一興というものだろう。

この点で、この三月東京丸の内に開館したばかりの東京大学総合研究所によるJPタワー学術文化ミュージアムは、既存の博物館とは一線を画していると言えるのかも知れない。
こちらの詳細情報については別の機会に譲るが、日本郵便株式会社と東京大学総合研究博物館の協働運営になる公共施設という、あいかわらずお堅い母体でありながら、それを飛び出したいわゆる「未知との遭遇」を体感する場としての博物館運営を模索している姿勢が何とも斬新である。)

話を新日曜美術館の番組内容に戻すが、後半のプライスさん自身による言葉が、いかにも美術や江戸絵画を心から愛する気持ちを伝えてきて、昨今の資産投資だの税金対策だので自分の好き嫌いに関係なく、やみくもに名前の通った芸術家の作品ばかりをオークションで買い漁っている成金コレクターとの違いを感じさせた。

コレクションの発端となった若冲の葡萄の絵について、「これほどさまざまな葡萄の様子を描きながら、それを支える葡萄棚を若冲は描いていない。だから決して写実的な絵ではないのにこの絵を眺めていると、これほど葡萄らしい絵はないと気づく。それは若冲の絵が、自然の本質を捉えているからだと思う」と、プライスさんは語っている。

江戸の絵師たちが、自然の本質を強くとらえているからこそ、描かれた絵画から生命の力が伝わってくるのだと、彼は絵を創造した人間の自然を描写する才能を評価する。
目に見えない自然の力を感じとり、それを目に見える作品に表す、それが絵師の感性であり力なのだ。

また、プライスさん自身の絵を見る基準、その審美眼の根幹に触れるような話も面白い。
彼は「絵を見る時、最初に確認するのは不必要な筆遣いがないかどうか」確認するという。
「絵師たちは余計なものを取り除き、対象の本質だけを残そうとする」ので、画布に残されるのは選ばれた線と必要な形だけだ。「限りなくシンプルでありながら描いてあるものよりも多くの事を感じさせてくれ」る日本画の要素を、プライスさんはこよなく愛しているという。

おそらく、多くのすぐれた芸術が同様なのだと思うが、対象の本質に迫るには、いかに余分なものを削ぎ落とし、大事なものだけを浮き彫りにするかその選択が課題になるのである。

ダンスやフィギュアの身体芸術も例外ではない。音楽やテーマを表現するのは、積み重ねられた練習の中で表現者がつかみ取っただひとつの動き、この上なく均整のとれた美しい姿勢だ。
それ以上に雄弁な表現力はない。
そしてそれを見て、感じとる鑑賞者の側だって、表現者と同じようにシンプルで、純粋であればいいのだ。

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プライス夫人の悦子さんが『新美術新聞』のインタビューで答えた言葉も、示唆に富んでいる。

「(ジョーが)初めて作品を購入したのは若冲の『葡萄図』で、24歳の時です。同じように、頭で考えないで目で見て欲しい。見た後に頭で考えてもらえればいい。子どもや若い人たちには、無垢な目と気持で作品を楽しんでいただきたいと思います。」

そしてご夫妻の目に映った東北の被災地も、死の色彩に囲まれて辛い日々を過ごされた人々の悲しみに充ち、先人が美術品の上に残した生命の力による励ましと甦生が必要と感じさせる暗さに覆われていたのだろう。

番組は最後にプライスさんの「この会場で出会った人が、震災後の十日間の苦しい体験を語ってくれました。最も悲しくて、寒くて暗い日々だったそうです。全てが茶色に染まり、世界から色が消えたようだったと話してくれました。私は、命を色でとらえたことがありませんでしたが、その話を聞いて初めて色の価値が理解できたように思います。」という言葉で締めくくり、今回の展覧会が開催されたことの本質的な意味、さらに、美術品が根源として持つ慰霊と復活の力にそれとなく触れておられたのが胸に残った。

確かに、夫妻が愛する美術品によって、その故郷である国の復興と再生へ何かの手助けにと企画された美術展の意義は大きい。

それが誰も疑うべくもない、伊藤若冲のほか、円山応挙、長沢芦雪、酒井抱一、鈴木其一といった、時に可笑しみやユーモラスも交えて生きることの美しさ、楽しさを伝える、誰もが親しみやすい本物の絵画となれば、尚更ということだろう。

『若冲が来てくれました』という展覧会名もなかなか洒落ていると思うが、『鳥獣花木図屏風』は『花も木も動物もみんな生きている』、『百福図』は『「おたふく」がいっぱい』、『達磨遊女異装図』は『「だるま」さんと〈ゆうじょ〉さんが着物をとりかえっこ』など、作品に付けられたタイトルも遊びとユーモアに富んでいて、子供向けということでなくても工夫が効いていて面白いと思う。

もともと絵画に決まったタイトルがある訳ではないのだから、前述の展示や照明同様、無理に堅苦しく学術的にしなくてはならない決まりはないのだ。
表現者が何の規定にもとらわれることなく、自由にその心を羽ばたかせて好いように、鑑賞する側も知識だ教養だ経験だと口幅ったい難癖を付けられることなく、自由にその想像力を解放していいのだと思う。


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伊藤若冲『【鳥獣花木図屏風】花も木も動物もみんな生きている』

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伊藤若冲『【虎図】あしをなめるトラ』

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伊藤若冲『【雪芦鴛鴦図】雪のつもったアシとオシドリ』

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長沢芦雪『【白象黒牛図屏風】白いゾウと黒いウシ』

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雅熙『【百福図】「おたふく」がいっぱい』

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竹田 春信『【達磨遊女異装図】「だるま」さんと〈ゆうじょ〉さんが着物をとりかえっこ』

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酒井抱一『【十二か月花鳥図】十二ヶ月の花々と鳥たち』

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鈴木其一『【貝図】貝とウメの実』

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最後にとってつけたような話題ではあるが、プリンスアイスワールドのショーに出演した浅田選手について。

アイスショーの前に、伊藤ハムが主催したイベントにサプライズ参加した話題とともに、報道やたくさんのブログがすでに充分な情報をネットに上げていたので、今更特にお伝えすることはないのだけれど、引退報道だ何だと世間が如何ように取沙汰しようと、老若男女あわせてこれほど多くの人々から愛され、待ちわびて歓迎される国民的スターはいないだろう。
どんなアイドルもかなわない、衝撃的なオーラだ。

伊藤ハムのイベントに来ていた子どもたちも彼女にサプライズで登場してもらって、さぞかし驚いたと同時に楽しいひと時を満喫できたことだろう。

彼女が発散する光、その美と生命力が本物であるからこそ、ひとは本物の美術品と接するのと同様の衝撃を受け、その魅力に勇気づけられるのだ。

日本は美術品もそうだが、もっと自国にある美しいもの、世界中どこよりもはるかに素晴らしいものの価値をしっかり見極める眼を養わなくては駄目なのだと思う。
必要なのは知識でも無駄に多い情報でも、徒に増えた経験でもない。純粋なものを純粋に見つめる、子どもの無垢な眼があればそれでいいのだ。


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ところでプリンスアイスワールドは、小塚選手の(ナイスな?)一言で久しぶりに『バラード一番』がアリーナに回帰した。
『バラード一番』に限らず、過去の素晴らしいプログラムはまた何度でもアイス・ショーで復活して欲しいものだ。

滑りが磨かれ、、円熟味を増した彼女の演技が見せる内容は、また違う魅力を伴っているだろう。

そして美しいものを純粋に愛でる眼は、浅田選手の黒い飾り気のない衣装の向こうに、音楽の旋律から技巧を尽くしたコレオで音の色をすくい取る豊かな表現、表現からこぼれる美の欠片、欠片の中にきらめく生命の光を見出すだろう。


プライスさんは、空に向かって這いのぼる葡萄や葡萄蔓の生命力を生き生きと表現するために、若冲はあえて葡萄棚を描かなかった、そこに画家の写実ではなく、自然の真実をとらえようとする姿勢があると感じておられた。

目に見えるもの、ありのままのものだけがこの世のすべてではなく、またそれだけが真実ではない。

葡萄の実の中に種子があり、ひとのこころには悲しみがあり、誰もがいい知れぬ孤独をかかえている。だが、目に見えないものが、そのこころが、ひとの生命に価値を与え、ひとの生に輝きをもたらすのだ。

ひとは目に見えない葡萄棚のような、多くの人々の力に支えられ、自らの生を生き、孤独な存在同士が寄り添って、悲しみを生きる喜びに醗酵させていくのだ。

浅田選手を始めフィギュアの選手たちがアイス・ショーやいろいろなイベントで、多くの人や子どもたちと交流し、その時間を分けあうのは、ひとがそれぞれに胸にしまっている思いがひとつの場所で交じりあって化学反応を起こし、たった一つの喜びよりももっと大きな楽しみに、ひとりの願いよりも多くのひとの祈りに変わっていくことを知っているからだろう。


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(…この服、最近あちこちでお召しなのだけど、お気に入りなのかニャ?)


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このろくでもないポップな、すばらしき世界

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いとしのプルーデンス 外へ遊びにこないか
いとしのプルーデンス 真新しい一日に挨拶おし
陽が昇り 空は青く澄んで
君みたいに美しい日だ
いとしのプルーデンス 外へ遊びにこないか

いとしのプルーデンス 目を開けて
いとしのプルーデンス 晴れた空をごらん
風はやさしく 小鳥はさえずる
君もこの世界の一部なんだ
いとしのプルーデンス さあ 目を開けて


Dear Prudence, won't you come out to play
Dear Prudence, greet the brand new day
The sun is up, the sky is blue
It's beautiful and so are you
Dear Prudence, won't you come out to play

Dear Prudence, open up your eyes
Dear Prudence, see the sunny skies
The wind is low, the birds will sing
That you are part of everything
Dear Prudence, won't you open up your eyes
(ビートルズ『ディア・プルーデンス』)

☆Dear Prudence (Across The Universe)☆

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まだまだ続く浅田選手のCM画像のご紹介。

まずは比較的新しい、ウィダーINゼリーのCMからキャプチャーの画像を中心に。

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☆ストレッチ浅田真央篇☆


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この前の伊藤ハムやロッテとは随分印象が違う、運動選手たちの特色を生かして、ポップな色彩と溌剌した動きがいかにもさわやかなコマーシャルに仕上がっている。

ともにウィダーのサポートプロジェクトを受ける、テニスプレイヤーの錦織圭とのダブルキャストというのも、人気実力どれをとっても世界トップクラスの選手同士の名を連ねたなかなかの配役だと思うが、何よりもふたりのずば抜けた身体能力を根底に、ストレッチトレーニングをストレートなテーマにしているのが、好感度の高い作品となった決め手だろう。
実際、身体的効果をしっかり監修したストレッチの内容は、アスリートならずとも興味をいだく質の高さのようだ。

ストレッチ体操や身体トレーニングの分野についてはまさきつねは門外漢なので、このたびはポップでキュートな印象と色彩に触発されて、現代アートの話題を少し語ることにする。

…とはいえ現代アートを本気で語り始めたら、古典芸術の話題以上に哲学的で形而上学的な理論があれやこれやと出てきて、概念だ教義だとまたぞろつまらない話を並べなくてはいけなくなるので、現代アートの芸術運動の中でもかなり幅を狭めて、大量生産及び大量消費社会の時代変化を背景にして出現、台頭したポップ・アート(pop art)、さらにその中でもその発祥の中心的グループにいたリチャード・ハミルトンに的を絞って話を進めることとしよう。

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さて、大方の人がポップ・アートから連想されるのは、美術の教科書にも掲載され、日本の公立美術館コレクションでもお馴染みの、アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインといったアメリカ出身のドル箱スター作家たちによる代表作だろう。

ウォーホルのマリリン・モンローやリキテンスタインのアメリカン・コミックスをテーマにした作品などは、それ自体、美術館のホールにかけられたものよりもTシャツの図案などでご覧になった人の方が、今や一般的かも知れない。

だが、「ポップ・アート」という名称の発祥となり(発祥元に関する説は諸説あるのだが)、どの国にも先駆けてこの前衛芸術運動を盛んにしたのはアメリカではなく、イギリス、ロンドンのICA(現代美術研究所Institute of Contemporary Arts)というギャラリーを中心に活躍していたインディーズな若手作家たちのグループである。

第二次世界大戦後の疲弊したイギリスに、豊かな戦勝国アメリカから急速に浸透して、若者たちを熱狂の渦に巻き込んでいた映画や漫画、空想科学小説といった大衆文化、あるいはリッチでセンセーショナルな広告や商業デザインなど、こうしたポピュラーな素材を皮肉りつつも、一方で現代世相を見直す美術的モティーフとして見直そうという動きや研究が1952年頃から、ICA周辺の作家たちの間で進められていた。

一説にポップ・アートは、グループのひとりである評論家ローレンス・アロウェイが1956年に、商業デザインを指して「ポピュラーなアート」と位置付けたのに始まる(語源に「ポップコーン」の音を立てて弾けるイメージなどを当てる場合もあるが、どれも定かではないニャ)。

同じ年、ロンドンのホワイトチャペル画廊で企画された展覧会「これが明日だ」(This is Tomorrow)で発表されたリチャード・ハミルトンのコラージュによる作品『一体なにが今日の家庭をこれほどまでに変化させ、魅力的にしているかJust what is it that makes today´s homes so different, so appealing?』は、雑誌や広告からモデル写真や商品を切り貼りしたもので、特にボディビルダーの男性が小脇にかかえたロリポップキャンディーの包み紙にある「POP」の文字が鮮烈なインパクトを与えた。

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作品はご覧の通り、ある室内を舞台とし、右側に裸の女性と中央にボディビルで鍛えた身体を誇示する男性を配置し、左手階段には電気掃除機を使う女性が奇妙な縮尺で置かれ、部屋中に最新の電気器具が所狭しと散りばめられており、壁にはポスターや肖像画が掛けられて、さながらモダンでスタイリッシュな中流家庭のロールモデルといった様相である。

ハミルトンはこの作品について「これは、今日の社会への冷笑的なコメントではありません。私の目的は、日常的な事物と日常的な生き方の叙事詩とは何かを探究することにある」と述べているが、この発言は彼の作品に過剰なほど盛り込まれた、進歩した現代文明を暗示する情報や裕福な家庭の象徴的アイコンが、現代社会の虚構性を揶揄し、批判するようなメッセージ、もしくは警鐘であるかのように鑑賞者に受けとめられかねないという誤解に対する警戒を踏まえたものである。

彼はまた翌年、「ポップ(大衆文化)」について、「『うけ』がよく(大衆向き)Popular(designed for a mass audience)すぐ消えて(短期間でおしまい)Transient(short term solutions)使い捨てで(カンタンに忘れられる)Expendable(easily forgettable)金がかからないLow Cost大量生産されたものでMass Producedガキくさい(若者をターゲットに)Young(aimed at Youth)おしゃれでWittyセクシーでSexyちょっとした『いかさま』もあるGimmickly魅力的なGlamorous『金もうけ』のことである。Big Business」と十一の項目で定義づけた。

これらはどれも、それまでの既存の美術いわゆるファイン・アートにおいて、逆の方向性が常に道義とされてきたことなのだが、ハミルトンはあえて正反対の概念を美術領域にぶつけることで、いつまでも新しい価値観を受け入れようとせず既存の典型的な美意識に重きを置く、厳然としてある美術界のヒエラルキーに揺さぶりをかけるアプローチに出たということなのだろう。

ハミルトンは後にポップ・アートのパイオニアとして現代美術史上に位置付けられ、2008年に第20回高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)を受賞しているが、その際のインタビューでも「…もしかしたら、ハリウッド映画やポピュラー・ミュージックに、ファイン・アートとされるものにも増して、知的で刺激的なものがあるのかもしれない。そうして、ポップ・カルチャー、サブ・カルチャーを研究、調査することになり、それをファイン・アートというものとポップ・カルチャーとを連携することで、現実に対する新たな芸術的アプローチの方法を追求していったわけです」と語っている。

彼はまた、この質疑応答の中で「今日のサブ・カルチャーには全く関心がない」と答え、キリスト教美術における神話性と同意義で「ポップ」という言葉を同じように冠しても、カルチャーとアートは本来まったく別物で、今日までこの誤解を生んでしまった弊害はそもそも「ポップ・アート」なる名称が固定してしまったことにあると自らの美術史上のキャリアを、反省の意を込めて振り返っている。

つまるところ、ハミルトンにとってポップ・アートとは、大衆文化の卑俗で商業主義に侵された価値観や美意識をずるずると受容したものでも、またその逆に、大衆消費社会やその根底にある営利主義や合理的な生活様式を、問答無用に批判するものでもなかった。

彼はポップ・アートの真価を、現代社会の真相へ迫る革新的で芸術的な手段ととらえており、現実的な不安に充たされたこの世界で既成の概念を打ち破り、空虚なものを打ち払っていく芸術の前衛的な役割を深く理解していた。

最新の科学技術に支えられ、モダンでポップな文化と成熟した経済活動で充足した豊かな世界の裏に、果てしなく広がる空虚と絶望に気づいていたからこそ、彼はポップ・アートの先駆者たり得たし、ポップ・アートが暴いた大衆文化の本質を通じて、現実の果ての虚無感に光をかざすものの存在をどこかに探り当てようとしていたのだ。

ハミルトンの遺した著名な仕事のひとつに、1968年にリリースされたザ・ビートルズの『ホワイト・アルバム』のジャケットとアルバム封入のコラージュ・アートによるポスターがあるが、「The BEATLES」の文字だけエンボス加工された真っ白のカバーと乱雑に集められた写真の混沌が、いかにハミルトンの芸術に対峙する姿勢を暗示していたか、今にしてみれば察知できる気がする。

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ハミルトンは芸術と文化の間の距離感を認識しているが、ポップ・アートと古典的な美術の間にいかなるヒエラルキーも認めていない。
それゆえ晩年間近になった彼は、天使を描くといったオーソドックスな方法で典型的な美の価値へ回帰をはかったりしているが、要するに彼にとって真の芸術はいついかなる時代においても、常にその時代の前衛であり、その時代の社会世相を反映するものだったということなのだろう。

さて、少しのつもりがまたしても長々と語ってしまったポップ・アートであるが、まさきつねもまた芸術という領域において「文化」とは一線を画しつつ、その前衛性や反逆精神を失わないムーブメントを、どの時代においても支持する。

ハミルトンの言う、大衆文化を逆手に取った大衆アートの実験精神、何やら胡乱臭い現実に対する、きわめてポップで明るくラジカルな芸術運動のアプローチを評価したいと思う。

このブログでも繰り返し語ってきたことではあるが、芸術は決して画一化、均質化されたものではなく、多面的な要素を持ち、おそろしく複雑で謎めいた創造活動である。

ファインであれポップであれ、ハミルトンの「ポップな文化の定義」さえのみこんで、時に俗悪(キッチュ)な顔も剥き出しにして時の彼方で美しく微笑んでいるアートなるものは畢竟、通俗的でもなく一過性でも消耗品でもなく、安価でもなければ大量に生産されてもいないし、若者受けもせず、しゃれてセクシーでもなければ、みせかけの魅力もない上に金儲けもできない代物ということなのだ。

全てがコインの裏と表のようだが、ポップ・アートが垣間見せたのは、すべてが受け流され消費されてしまう世界の中で、決して消耗することなく引き継がれ、時にラジカルで過激な側面を見せながら最後には本流に流れ込み、いきすぎた文化の鍍金が剥がれた後でその再生をはかる芸術の役割だったのだろう。

すべてが破壊され、解体された後、突きつけられた幻想を噛みしめる空虚の中から甦り、明日へつながる創造をめざす生命、そのわずかな光が芸術であり、希望だ。

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(リチャード・ハミルトン『自画像』1967年)

そしてここでまた、本筋の浅田選手のコマーシャル画像へ話を戻したいと思うが、そのまっすぐな姿勢を示す、彼女のもうひとつのCMがイメージキャラクターを務めているARSOAだろう。

(誤解のないように言っておくが、まさきつねは別に浅田選手がコマーシャルをしている商品を、ブログを通じておすすめしている訳ではない。ここではあくまでも、イメージとして消費されている芸術を語っているので、経済活動として消費される広告や商法を請け負っている訳ではないので、その旨ご了承を)

☆浅田真央(mao asada) アルソア (フルバージョン HD画質)☆


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東北大震災、そしてその後の福島原発事故など一連の世相を見ていて、誰もがどうしても思い出さずにいられなかったのが、田中正造の「真の文明ハ 山を荒さず 川を荒さず 村を破らず 人を殺さゞるべしTrue civilization is not to despoil mountains, not to ruin rivers, not to destroy villages, and not to kill people.」という名言だったと思うが、この「文明」は「科学」でも「文化」でも「芸術」でも、「美」でも、たとえどんな言葉に置き換えて読んでも誤りではないと思う。

人の手が時間をかけて紡ぎだし、そして息づくものはどれもすべて、自分を生かし、他者を生かし、自然を生かすものへ帰結しなければならない。

彫刻家の長澤英俊さんの、「自然」と「芸術」に関して述べた言葉がまさきつねはずっと心に残っている。

「自然の中では大きな岩が半分に割れてもやっぱり岩だと。だけど我々がつくったこういう茶碗なんかを落として割れたら茶碗ではなくなりますよね。では『彫刻』というのは一体何なんだろうと、『彫刻』というのは本当に壊れて半分になっても『彫刻』でなければいけないのではないかと。要するに、自然だとは言わない、もう一つの自然をつくることなのではないか…」

ミロのヴィーナスは両腕が欠け、造型が損なわれたがその美は損なわれることはなかった。自然がありのままで美しいように、もう一つの「自然」として生まれた真の美や芸術もまた、ありのままで美しいものなのだ。

ファイン・アートもポップ・アートも、薄汚れた人間や社会が政治だか経済だかのために、べたべたと貼り付けた鍍金やラベルが、時間や本質を見抜く目によって剥がされた後、その真髄だけが自然の美と同じ美しさで再生され、その価値が伝えられていく。

山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さずに、もう一つの自然を創造する力だけが、ポップで明るい未来を拓いていく希望となるからだ。

ろくでもないこの世界のどこかに、素晴らしく美しいものがある、その楽天的な祈りだけが、あなたを愛しているポップ(大衆)の夢となるからだ。


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緑深める樹々、真紅に咲く薔薇も
僕ときみのためにあるようだね
だから僕は思うんだ「世界はなんて素晴らしいんだろう」と

青く澄み渡る空、白い雲が行き
この輝ける祝福の日、神聖なる夜も
だから僕は思うんだ「世界はなんて素晴らしいんだろう」と

I see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself, what a wonderful world

I see skies of blue, and clouds of white
The bright blessed day, dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world
(ジョージ・デヴィッド・ワイス『この素晴らしき世界』)

☆Louis Armstrong - What a wonderful world☆


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窓の下、子どもたちの庭で

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窓の下は わたしのお庭よ
そこには あまい あまい花が咲くの
そして梨の木には
わたしの大好きな駒鳥さんが住んでるのよ・・・

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芝生の上の テーブルには 
プラムケーキに イチゴがたくさん
緑の芝生は ひなぎくのじゅうたんなのよ
こんなかわいい景色みたことある?

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引き続き、浅田選手のCM関連画像をご紹介。
だがその前に、またしてもまさきつねの妄想劇場をお伝えしよう。

まずは冒頭の詩はイギリス、ヴィクトリア朝時代の絵本作家ケイト・グリーナウェイの作品『窓の下で』』からの引用である。
ケイト・グリーナウェイに関しては、先だっての記事でご紹介したカイ・ニールセンに比べればはるかに著名で、絵本作品は日本でも一般に出回っているのでご存知の方が多いと思う。

ケイト・グリーナウェイは1846年ロンドンに生まれている。風刺画の掲載で名高い英国雑誌『パンチ』などの仕事をしていた木版画家の父を持つ関係で、幼い頃から絵画制作に興味を持ち、南ケンジントン美術学校で学び、画家のアルフォンス・レグロスに師事している。グリーティングカードのイラストなどの仕事を経て、1874年二十八歳の頃に、キャサリン・ノックス作『妖精の贈り物』の挿絵を担当し、初めて本の表紙に自身の名前が刻まれることとなった。

以後、詩作と画才を活かした仕事に就きたいと考えた彼女は、父の友人の彫版師であり印刷業者であったエドマンド・エヴァンスに出会い、彼にスケッチや詩の習作を描いたポートフォリオを見せる。その魅力を認めたエヴァンスは、1878年、彼女の水彩画を木版に起こし、詩と繊細な絵で綴られた絵本『窓の下で』をラウトリッジ社(Routledge)から出版した。
この絵本は初版で十万部を超えるヒットとなり、その名が英国のみならず、広くアメリカにも知られるきっかけとなったようだ。彼女の優雅で可愛らしい子どもたちを描いた作品は、1882年に知己になった美術評論家ジョン・ラスキンにも高く評価され、同時代の絵本作家の中では卓抜した人気を博した。

グリーナウェイの名声を不動のものとしたのは1883年から続いた『暦』シリーズが売れに売れ、経済的な潤沢をもたらしたからではあるが、一方で彼女の模倣をする作家たちが多く現れ、その亜流の氾濫が今日でも彼女の作風に親しみやすさを感じさせると同時に、どこにでもある凡庸なイメージを定着させてしまう結果となった。

ラスキンは純粋に彼女の絵画的才能を認めていたが、「女子供相手の砂糖菓子画家にいれこんでいる」という批判が少なからずあったのは、グリーナウェイ人気がもたらした弊害だろう。実際はラスキンの熱烈な支持と助言により、彼女の画家としての力量は芸術性を増し、1888年に発表した代表作『ハーメルンの笛吹き』に結実した。

ラスキンとの恋愛が取りざたされることもあるが、実のところ、『不思議の国のアリス』の作者ルイス・キャロルなどイギリスでは珍しくない小児性愛嗜好の傾向があったらしい彼が、グリーナウェイの描く少女像に強い関心を持ったことは容易に察しが付くものの、生身の関係についての真相ははっきり伝わっていない。
だが、ともすると限りなく夢のようにエレガントなヴィクトリア朝の美を象徴するグリーナウェイの絵画世界は、時に人工的で作り物めいていると批判され、具象性が足りないという否定的な意見もあったのだが、ラスキンは終始彼女の作品に高い芸術性を認め、その影響が絵画的な完成度と精神的支柱に関わっていたことは間違いないことだろう。

(ラスキンとは切っても切れないラファエル前派の掉尾に位置付ける分析もあるが、似ている部分こそあれ同じ信条で活躍したわけではなく、それにラファエル前派そのものが元々明確な絵画理論を持った芸術運動ではないので、19世紀イギリス絵画一連の流れの中で彼ら同等の評価を得ているくらいにとらえるべきと思う。)

いずれにしても生涯にわたり強い結びつきを保ち続けたふたりは、1900年一月にラスキンが八十一歳で亡くなると、その翌1901年十一月、後を追うように五十五歳でグリーナウェイもこの世を去っている。それはヴィクトリア朝の終焉を告げる二十世紀に入ったばかりの年で、彼女は彼女が生きた時代とともに、彼女が描きたかった「大人が忘れてしまった幸せ」を生きる子どもたちの世界の幕を閉じたのである。

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さて、今回も長々と画家の説明をしたが、まさきつねは浅田選手の出演した伊藤ハムとロッテのCM映像から、どことなくこのグリーナウェイの作品を連想したのである。

☆伊藤ハム 朝のフレッシュ「モーニングプレート」 浅田真央 ☆


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果実の実る爽やかな初夏の庭、優しい風が吹き、花々の香りが漂う朝のテーブルにたくさんの子どもたちと集う浅田選手は、明るい楽しそうな笑い声に囲まれて食事をとっている。
さすがにヴィクトリア朝時代のような、おすましで気取った食事マナーとはいかないが、ハムのサンドイッチに美味しそうにかぶりつく浅田選手の様子はいかにもナチュラルであどけなく、微笑ましい。
まあ、グリーナウェイの子どもたちだって、お皿を持って一見行儀よさそうに並んではいるけれど、美味しいパイが目の前で切り分けられたら、きっと各々一番大きいカット目がけて一目散に突進したに違いないのである。

グリーナウェイの挿絵は当時の子ども服のデザインにも多大な影響を与えたというが、英国ののどかな田園風景の中で、ノーブルな衣装を身に付け花に囲まれて遊ぶこどもたちの庭は、今以上に同時代の人々の憧れだったのかも知れない。

伊藤ハムのCMは、もっと現代的で庶民的な子どもたちの誕生パーティか何かを想定しているのかも知れないが、少なくとも大人の入れない天真爛漫な世界で、子どもたち同士が仲良く食事や遊びの同じ楽しみに興じているという世界観で共通している。

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ロッテのCMの方は子どもたちのかわりに、共演がパティシエと民俗楽器の演奏者となっているが、浅田選手の大きなリボンやエプロンのスタイルは、無論ヴィクトリアン朝様式ではないもののやはりどこか優雅で古風なイメージがあり、甘いスイーツの宣伝にはもってこいだと思う。

☆浅田真央(mao asada) ロッテ新CM~タブラ + ディジュリドゥ + メイキング篇☆


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勿論、ヴィクトリアン朝の芸術はただ甘いだけではなく、前にも書いたラファエル前派そしてラスキンが唱えた思想についても、神秘主義や精神主義、秘密主義などさまざまな面を持ち、グリーナウェイの作品も冷静に見れば、決して可愛らしいだけではない子どものいろいろな側面を描いており、ただロマンティックで感傷的な少女趣味に貫かれているわけでも、装飾過多で華やかな絵本というわけでもないのだ。

ラスキンはグリーナウェイの絵画を、子どもを子どものままに、自然をありのままに、その可愛らしさも美しさも醜さも、飾ることなく隠すことなく描いているという点で高く評価したのだ。英国における文化財保護運動、ナショナル・トラストの創始者のひとりでもある彼の思想の根幹もまさにそれにあり、神の創造物である自然のうちにこそ、その不完全さも含め絶対的美を見出そうとする信仰が根底にあった。

グリーナウェイの筆がとらえた子どもたちの世界は、どんな大人でも一度は通り過ぎ、そして思い出さずにいられない懐かしい幼いころへの記憶に直接結びつき、そしてどんな人でもかつて必ずいだいたであろう未来への夢や、初心の思いへ連れ帰る作用がある。

つまるところ、まさきつねがここで語りたかったのは、グリーナウェイの作品を鑑賞する上で最も重要となるのは、その懐古趣味であり、鑑賞者の胸に、古風だが変わらず大切なもの、いつの時代も重んじられるべき純真なものへの限りないノスタルジア、そしていつまでも誰の心にも失われずにある子どもたちの遊ぶ庭への郷愁が揺り起こされるということなのだ。


そして同じように、懐かしいものへ遥かな憧れ、子ども時代への甘くメランコリックな思いが、浅田選手のCM映像を見たときにも染み出てきたことを感じたのである。


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目にみえぬ空のかなたゆく
一わの小鳥になりたい

ただ一度きいたのち
いくたびも思いだされる
歌になりたい

そよ風にゆれる
ゆかの上のしらゆりのかげに
なりたい

すぎたむかしのすべてに値する
愛のことばのこだまになりたい

わすれはてて二度と
生まれこぬ希望の
その記憶になりたい
(クリスティナ・ロセッティ『のぞみ』)


フィギュア311-28


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