月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

荒野に蒔く種

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一粒の向日葵の種まきしのみに荒野を我の処女地と呼びき
向日葵は枯れつつ花を捧げおり父の墓標はわれより低し
(寺山修司『空には本』)

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さて、このたびの安藤選手の報道に関しては、「沈黙は金」という立場を守ろうと思っていたまさきつねなのだが、日々ふつふつと薄気味悪い感情が湧いてきたので、とりあえず思いの丈だけ吐露しておこうという気になった。

無論、安藤選手の人生における個人的な選択をとやかく言うつもりはない。
(そして今日現在、残念ながら必定のことだったかも知れないが、安藤選手のSNSなどに誹謗中傷の書き込みが相次いでいるという件、そして週刊文春が行い中止に至ったという道義を踏み外したアンケート調査の件、いずれもただもう遺憾に思う次第である。)

彼女の傍らに授けられた、新しい命についてはとにかく幸多かれと祈るのみであるし、母親となった安藤選手に関しても、これ以上さまざまな心ない言葉に傷つく事勿れと思うばかりである。

そもそも、一般からの彼女に対するバッシング、そして報道各社からの凄まじい取材抗争については、彼女自身がある程度、初めから予見した上で相当の覚悟を決めていたと考えられ、そうしたいろいろな集中砲火に関する耐性も、これまでの経験上できているだろうし、いろいろな対処法を準備万端整えたところで、今回の報道発表を迎えたのだろうけれども、ここにきて安藤選手サイドが当初予測していた以上の過熱ぶりに、抑制が効かない状態にまで紛糾してしまったという状態なのだろう。

まさきつねも正直、本来なら純粋に祝福すべき子どもの誕生という話の裏側を、父親は誰だ、結婚はどうしたなどと、アマチュアスポーツ選手個人のプライバシーをさんざん重箱の隅をつつくようにほじくり回す取材はどうかと思うのだ。
その一方で、今回の騒動の出だしとなった出産発表を一部マスコミが独占的に行うまでの囲い込みの鮮やかさ、筋書きとしての手際の良さがあまりにも見事で際立っていたが故に、逆に公表後の一般的な反応に対するあまりの対処法の拙さ、各方面に飛び散った火消しに躍起となっている割に大元の火種であるいくつかの課題については、あまりにも無神経に放置してしまった察しの悪さに、いささか呆れ果てているというのが本音である。

いってみれば、独占報道でスクープを手にした番組やいくつかの雑誌以外のマスコミ報道陣が、結果的に蚊帳の外に置かれ後手に回らされた経緯に対する「あてつけ」か「恨み節」のような感覚もあるのか、必要以上の常軌を逸した過剰な取材行為に走り、それに煽られるかのように、意図的なものも含め、いわゆる誹謗中傷の嵐が一部の一般ネットユーザーの中にも湧き起ってしまったということなのだろう。

独占報道となったテレビ番組で、担当したアナウンサーがうっかり「特別待遇を」みたいなニュアンスでソチ五輪参加を促した件については、連盟が慌てて「特別扱いしない」と声明を出すなど、あいかわらず何だかちぐはぐな、マスコミの勝手な世論誘導と組織側の体面が真っ向からぶつかり合っているが、当たり前に考えても、世の中に優遇措置をすると高らかに宣言して便宜を図る伏魔殿などある訳がないし、母親特権みたいな流れで堂々とアンフェアを推奨するメディアも、世間を愚弄するにも程があるという話だ。

まさきつねが気味悪いと思うのはまさにこの点で、安藤選手に単独で一任されたゆえの報道局側の強行姿勢ゆえなのかどうか知らないが、これまで決して安藤選手に対して好意的ではなかったメディアの一部が、「妊娠」「出産」「シングル・マザー」というキー・ワードがちらつき始めた途端、まるで手のひらを返したように協力的になり、さらに「これまでママで五輪出場したフィギュア選手はいない」とただ珍奇な話題性のみに乗っかった煽りを平気で行っている品性のなさだ。

こうした何とも杜撰で間抜けなマスコミが、安藤選手の周囲からお節介にも、余計な宣伝文句やフェアとは言い難い煽りで彼女をごり押しするような真似をし始めると、世間は敏感にそれを察して、またぞろいわれのない非難や無責任な個人攻撃が集中してゆくことだろうと、まさきつねは状況の行く末を案じていた。

現に先ほども述べたように、安藤選手サイドの想定内以上の袋叩きがあれよという間に始まってしまい、少しばかり今回の世論コントロールに関しては、歯車が狂ってしまった感が否めなくなってきた。

ただもう、繰り返し強調するのだがまさきつねは、安藤選手自身の選択した人生を批判しているのではない。
それはもう、欧米的個人主義からすれば、厳しい選択をした結果によるリスクも恩恵も含め、彼女自身が進んで享受することを決めた運命なのだから、周囲がとやかく言うことでは全くないのである。

アスリートとしての彼女には、まずは充分五輪で闘える全盛期の滑りをシーズンの目標にして、鮮やかな復活を遂げてもらいたいし、そのためのフェアな道筋も確保されているのだから、その手順を踏んで熾烈な代表選考を突破して欲しいものだと思う。
彼女自身もそもそも、全日本を勝ち抜けないような実力で五輪に出場できるなどという甘い考えは毛頭ないだろうから、まさきつねは安藤選手がソチ出場について特別措置を望んでいるなどとは端から思っていないのだ。

ましてや、彼女自身が「ソチを目指す」とは公言していない(ソチ出場はシーズンを頑張った末でのあくまでもご褒美と彼女は考えているらしい)と、今になってまたしても、何とも報道筋とはボタンの掛け違いのような発言をSNSでしていたし、独占報道したテレビ番組も、一体どこまで彼女の本意を酌んでいたのだろうと、いぶかしく思うことしきりである。

とはいえその後、報道各社に向けて出されたFAXの文脈には「ソチを目指す」という一節が明記されていたりと、どこか一貫しないぶれが見受けられる。
これは安藤選手自身の意志がぶれているというよりも、彼女に代わって文章を考えている人間が(おそらく複数)存在し、内容が噛み合っていないことを確認しないまま、とりいそぎ公けに流された文面が独り歩きしてしまったような気がする。

そして、こうしたいくつかの辻褄の合わない言葉や、会見中止などの強引で一方的な感じを与える拙いマスコミ対応が、ますます騒動に拍車をかけて、安藤選手サイドがご都合主義でメディアを利用しているのではないかという印象を与え、予測以上の世間からの反発を招いてしまったのだろう。

まさきつねが騒動の治まらない要因として、幾分致し方なく感じるのは、子どもが生まれたことは公表しても父親の名前は明かさない、パートナーがいるらしいという噂は否定しなくても結婚はしないという、安藤選手サイドの(欧米的個人主義からすれば当然と言いたいのかも知れないが)、日本的な一般常識からすれば著しく乖離した態度にあるのだろうと思う。

無論すべてが安藤選手の自由意志だと、肯定的に擁護できなくはない。
だが、わざわざ一般人の道徳観念を逆なでするような行動をとっているのが何とも不自然で、ミステリアスな部分を恣意的に残しているようなことから生じる違和感の裏にはやはり、誰か策士によるプロデュースみたいなものがあるのだろうと誰もが勘繰らざるを得ないのが本音なのだ。

「ネタの小出し作戦」などという下品な物言いをしていた報道もあったが、まさかその記事通りの「復権ねらい」とか「マスコミへの復讐」などという、下劣極まりないメディアコントロールが安藤選手の本心とは絶対思わないけれども、確かにこのまま騒動が沈静化しなければ、某アイドルグループの胡散臭いブレーンが厚顔無恥で行っている、いわゆる「炎上商法」と受けとめられても仕方がない部分は確かにある。

まさきつねが胸を痛めるのは、結局、意図しない騒ぎの矢面に立たされるのが安藤選手自身で、彼女がリスクだけを背負わされてしまったその裏で、この一連の騒動に最初から何らかの狙いがあって、その成果にほくそえんでいる者の影がちらつくのを感じるからなのである。

まさきつねは、安藤選手自身は出始めのテレビ番組出演の件からずっと、筋書に関してはプロデュースする人間に丸投げしていて、彼女はいつも通り自身の本心を正直にカメラに向かって誠実に語っただけで、そこにはほかに何の邪心も計算もないと思っている。
自分の感情に素直な人間は、そのために取った行動が時折思慮が足りないと思われる節もあるけれども、一本気であるだけに反面裏表がなく、愚直なくらい自分を利用する他者の悪意に気づかないものだからだ。

「女性として」「一人の女のひととして」結論を出したという番組で語った彼女自身の言葉も、素直で偽らざる気持ちだろう。
「欧米社会なら」日本とはまた違った、周囲への対応もあっただろうという、言葉の裏に滲むもどかしい思いも理解できなくはない。

それゆえに、彼女の公式フェイスブックとファンクラブが、「今回の安藤美姫選手のトライについて一番良い記事と思います。ぜひお読みになってください。」ということでシェアしている記事とやらが、まさきつねにはどうにも引っかかる。


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フィギュアスケート:安藤「母で五輪」挑む 「覚悟」受け入れる環境を 
(鯉川なつえ・順天堂大准教授に聞く)
毎日新聞 2013年07月03日


 安藤美姫の出産と五輪挑戦について、順天堂大准教授で陸上部女子監督の鯉川なつえさんに聞いた。
【構成・鈴木英世】

 安藤さんの出産はいいタイミングだと思っている。4月に出産し、五輪は約10カ月後。トレーニングして復活するには悪くない期間だ。トップアスリートの出産後の復帰例というのは、女子マラソンの世界記録保持者であるポーラ・ラドクリフ(英国)をはじめ、世界では多くある。みんな産後1、2カ月でトレーニングを開始し、2〜3カ月で妊娠前と同じ強度にしている。一般の方の半分ほどで体を戻すことができており科学的には競技への復帰は可能なはずだ。

 それよりも、今回の告白が騒ぎになっていることの方に問題がある。出産を経て五輪を目指すということがニュースになっているが、米国や欧州であれば、異例ではないのでニュースにならないはずだ。加えて、本来、祝福されるべき出産が、安藤さんの場合はそうなっているように見えない。今は「お父さんは誰なのか」といった好奇心が強く、出産後に復帰した選手がいないといわれる国内のフィギュアスケート界で、それを目指すことへの関心が薄いように見える。

 安藤さんも出産を明らかにするぐらいだから、覚悟を決めているはずだ。あとは社会がそれを受け入れる器を作ることが必要だ。これは女性スポーツにとって大きなチャンスだと思う。安藤さんが滑っている姿を見れば、少なくともフィギュアスケートの世界では、出産した他の選手も「私も」となる。変化のきっかけにすべく、日本スケート連盟のみならず、国を挙げてサポートしてほしい。

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女性や子どもの人権問題は、実にデリケートな側面を持っている。

女性の出産に関しては、女性解放運動と常に裏表で語られるが、声高に人権擁護を掲げれば、必ずその裏には独占的な利権を求める輩が山ほど群がっていて、正義だの平等だのと耳触りの良い言葉で権利を主張する人間たちの本音には、常に胡散臭い何がしかの謀略や意図が潜んでいることを、疑ってかかるに越したことはないのである。

言わずもがなで言っておくが、「母で五輪」に挑むことが悪いというのではない。「母で五輪」に挑むことを推奨するのがおかしいと、まさきつねは言っているのだ。

このふたつは、同じようでまったく別の話だ。

先ほどの記事の文章でいえば、「少なくともフィギュアスケートの世界では、出産した他の選手も『私も』となる。」のくだりが論理のすり替えも甚だしすぎて、あまりにも笑止千万ということなのである。

「母」である立場の人が、どんなスポーツをしようが五輪を目指そうが、そんなことは端から個人の自由で、そもそも出場が規則等で禁止されている訳ではないのだから、母であろうとなかろうとアスリートとしての実力や才能が伴っているのなら、大いにチャレンジすればいい。

記事の中には「社会がそれを受け入れる器を作ることが必要」とあるが、別に「母親が五輪を目指してはいけない」などという精神的風潮が、そもそも日本社会の根底にある訳ではない。(かつて柔ちゃんが「ママで金」と語ったときも、流行語のように騒がれこそすれ、それに対する社会的な反発など特段起こっていなかったと記憶する。)

「国を挙げてサポート」とあるが、一体誰の何をどうサポートするのか、これも内容が曖昧過ぎて、さっぱりわからない。

つまり毎日新聞の記事は、もしかしたら単純に執筆者の筆力のなさに問題があるのかも知れないが、「欧米社会に対して日本は」という論調で押している割に、日本社会のスポーツ選手を取り巻く現在の環境を、現実的な裏付けとともに明確にしているものでもなければ、「母で五輪」に挑むことがいかなる問題があって困難であるのかという問題の核心を、論理的に突いているものでもまったくないというお粗末な内容なのだ。

ママになった人が五輪を目指すアスリートレベルを保つのは難しいということの理由を、執筆者の妄想的に「(日本)社会がそれを受け入れる器」がないからというスタンスで語ってしまっているのだが、それを証拠立てる説明も何ひとつなく、「祝福されるべき出産が、安藤さんの場合はそうなっているように見えない」からという、問題の本筋とは何の関係もない頓珍漢きわまる話をねじこんで、論理の筋道を歪めてしまっている。

安藤選手の告白によって残念ながら起こってしまった一連の騒動は、彼女の個人的事由に端を発しているのに、それをすべての「ママ選手」の抱えている問題に無理やりにでもあてはめようとするから、何かおかしいと要らぬ疑念が湧き上がる。

まさきつねが思うに、安藤選手であれ誰であれ、「母」であることが五輪に出場するためのリスクとなってはならないが、同時に「母」であることがアドバンテージとなってもおかしいという当然のことを、確信犯的にごまかそうとしたがゆえの妙な文脈なのだろう。

もっと明確に言ってしまえば、「ママ選手」を優先的に五輪に送るとは表だって言えないために、そこから世間の目を逸らして、ママ選手を国を挙げて応援しましょうという耳触りのいい言葉にすり替えている。
社会が変われという言葉の裏腹に、「母」を特権の免罪符にしようという変なフェミニズムによる意図が透けて見えて、アンフェアの正当化という印象がぬぐえないのである。

誤解されては困るが、まさきつねは安藤選手が「母」である自分を優先的にというアンフェアを希望していると考えているのではない。

テレビ番組のアナウンサーが言ったコメントの件もそうだったが、毎日新聞の記事にしても、安藤選手の名前を表看板にして、「出産」だの「母」だの「覚悟」だのと、フェミニストのシュプレヒコールのような言葉を掲げ、具体案もないのに抽象的なお題目だけで環境作りだサポートだとのたまうのから、ややこしくなる。
そしていきがかり上、安藤選手自身が特別措置を望んでいると受けとめられかねない、コンテクストとしてのつながりが、アンチならずとも言葉に敏感な人間の神経を逆なでし、さらなる騒動に拡大する。

まさきつねはその悪循環を危惧しているのだ。

テレビやネットのような、伝播は早いけれども信頼性の薄いメディア媒体では、ともすると刺激的で聞こえの良い言葉ばかりが先行し、声として届けたかったはずの人間の複雑な感情は置き去りにされて、本当の自分は見る影もない別物に変えられてしまいがちになる。

テレビカメラが捕らえていたはずの、赤ちゃんを抱いた美しいフィギュア・スケーターは、他者の言葉や策士らのプロデュースにもみくちゃにされて、いつのまにか怖気を震う姿で曝されている。

それは、削除されてゆく2ちゃんねるまがいの誹謗中傷のコメントに描かれているものも、逆に手放しの賞賛や、異論を頭から叱責するようなコメントだけが居並ぶフェイスブックのお座なりな空間も、どちらも同様に作為的なでっち上げが見え見えで、どちらも同じように気持ちが悪い。

「妊娠」「出産」「シングル・マザー」という、安藤選手が決して強調して欲しい訳ではないだろう言葉にさらに加えて、「欧米的な」寛容性で社会的弱者の人権問題を丸呑みしろと言わんばかりの、すべてが十把一からげにされた人権擁護をむやみに振りかざしてくる、情報操作する輩のしたたかな戦略がどこかに見え隠れしているようで、何となく鳥肌の立つような気味悪さを感じざるを得ないのである。



さて、以下はマリンメッセ福岡で2013年7月6日に行われた『ファンタジー・オン・アイス』での画像。
歌手のAIとコラボしたのは『ママへ』、もう一曲は以前にも披露した英国のメゾソプラノ歌手、キャサリン・ジェンキンスの歌う賛美歌『アメージング・グレース』。

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向日葵の花は健気で美しい花である。

若き寺山修司は、枯れつつも多くの種を残してゆく花の、明日へつながってゆくわずかな希望を歌っている。荒野に蒔かれた一粒の種が、やがてはるかな向日葵畑に変容してゆく日が願いなのだ。

東北大震災においても、向日葵の種を助け合うもの同士の「絆」の証しとして、荒れた土地に蒔いていくプロジェクトがあったと思うが(残念ながら汚染土壌の改善には向かなかったようだけれども)、夏に輝くような大輪の花を咲かせるその美しさは、確かに格別のものがあるだろう。

その名をいただいたお子さんにも、その子の母である安藤選手にも、どのような醜い言葉も投げつけたくはない。
だからまさきつねは、この記事を何度も何度も書き直し、言葉を選び直した。

それでもまだ、どこかいびつな表現や、人によっては首を傾げたくなる言葉が残っているかも知れない。
もういっそ、エントリーをやめようかと半ば途中で投げかけた。

しかしどうしても、ここで口を開かなければいけない、言葉で表現することを諦めてはいけない何かがあるような気がして、必死で胸をざわつかせる何かについて考え続け、その何かについて言葉を探し続けた。

ちゃんとしたものになったのかどうか、自分でもまだわからない。
自分でわからないものを、こんなかたちで発表していいのかもわからない。

前にもこんなことはあったが、今もって悩み続けているのは初めてだ。

だから皆さまにあえて問いたいと思う。


まさきつねが感じている薄気味の悪さは、皆さまに近い体温で伝わっているだろうか。
そしてことの本質を、誠実な言葉で少しでも探し出すことができているのだろうか。


荒野を一面の花畑に変える一粒の種のような言葉を、拾い出しているのだろうか。


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