月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

アントニオはかく語りき 其の参 スポートピア記事とともに論考する

フィギュア124

ランビエールの芸術的感性と技術が結集したひとつの頂点とも言うべき作品が、『ポエタ』だった。だが彼の競技人生において、それは遂に完璧な演技を一度も披露することなく、天上の花のごとき幻の作品に終わった。
それでもランビエールの挑戦は徒労ではなかったし、『ポエタ』は彼の代表作として伝説のように語り継がれていくだろう。メダルを得たか否かという競技記録は、全く重要なポイントではないのだ。

ナハロも勿論、ジャンプなどの高難度のエレメンツに挑戦するアスリート精神を決して否定してはいない。芸術的側面をないがしろにしたプログラムやスケーター、コーチ陣などを批判しているだけだ。
また、採点評価の基準が細分化された現行ルールによって、選手たちの演技がレベルを獲るために繊細な振りや難渋なつなぎ部分を削って、どれもこれも似たり寄ったりな味気ないものに変わってしまうことを嘆いているのだろう。

感慨深い苦言に充ちたインタビューだったと思う。

さて、続きに一部の巷で話題になっている以下の記事である。


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日本経済新聞 8月31日朝刊 
スポートピア 荒川静香

「競技者か 芸術家か」

フィギュアスケート選手には大きく分けて2つタイプがあると、プロになって気づいた。勝負事、試合の緊張感が好きな"アスリート"タイプと、自分のスケートに没頭し表現することが好きな"アーティスト"だ。

私見だが、両方の性質をバランスよく備えた高橋大輔選手はまれな存在。浅田真央、安藤美姫ら日本の選手は試合が好きな"アスリート"が多い。「競技は好きではない」というステファン・ランビエール(スイス)や、私は"アーティスト"、金妍兒(キム・ヨナ、韓国)も同じで表現力を生かすために合理的な試合戦略をとるのだろう。

"アーティスト"にとって試合は時に窮屈だ。試合のプログラムは点がとれるように要素を入れることが最優先。ジャンプ、スピンなどが曲とあっていなくても、いれざるをえない。順位への重圧で表現に没頭できない時もある。その点、ショーでは曲に合わせて技を選ぶことができ、自分の表現したいようにできる。私は一つ一つ音を聞いて演技するようになった。

競うプレッシャーから開放されると、自分の限界に挑戦というか、純粋にスケートに打ち込める。プロになったランビエルが4回転ジャンプを跳ぶのはそれが理由だろうし、私も3回転-3回転の連続ジャンプなども楽しく練習できている。

「なんで試合にでないの。こんなにできるのに試合で使わなきゃもったいないよ」。今夏、ショーで共演することが多かったトリノ五輪金、バンクーバー五輪銀メダリストのエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)に言われた。彼はエンターテイナーだが、"アスリート"気質が強い。私が「ショーの世界が好きなの」と言うと不思議そうな顔をしていた。

プルシェンコは最近、国際スケート連盟(ISU)から選手資格を剥奪されてしまった。五輪に出たアマの選手なのに、所属連盟に無断でショーに出演したことが問題視されたのだが、同じ五輪競技でもサッカーやテニスでは起こらない問題だろう。

1992年、プロのアマ復帰が認められ、両者の差はほぼなくなった。中にはショーを優先して、グランプリシリーズを欠場する選手もおり、ISUも賞金や世界ランキングを導入して選手が試合に出るよう対策を講じ、一定の効果は出ていた。元来、競争があまり好きではない私だけれど、競技があるからこそ、ショーも人気で、ショーがあるから一年中フィギュアへの関心が続くと思う。

真相は知らないが、プルシェンコの一件はもアマとしてのけじめはつけなさい、というISUのメッセージかと感じる。剥奪直前まで日本に滞在し、満喫していた"アスリート"は「出たい」と言っていた2014年ソチ五輪も出場不可能になったことをどう受け止めるだろうか。


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あくまでも荒川さんの私見が書かれた記事なので、彼女の分類が正しいかどうかなど誰一人判断出来ることではない。五輪金メダリストの言葉だからというだけで、鵜呑みに出来ない部分も多いように思う。

読み流して一番引っかかるのはやはり、冒頭の「アスリートタイプ」と「アーティスト」の分類分け、そして否応無く区分された選手の名前に、おいそれと共感出来ない荒川さんの論理だろう。

そもそも分類分けをすることが「一体何のために?」という疑問符が付くところなのだ。

ナハロも演技の芸術性と技術について述べているが、彼は全ての選手にこのふたつの側面の両立とバランスが重要と考えているので、選手を二分化してとらえようなどと端から考えてはいまい。
今季、元々四回転ジャンプを最大の武器としていたジュベールとともに作業をすることによって、ナハロはフィギュア競技の演技にはもっと芸術性を高めることが重要課題だという思いを深くしたのだろう。だが、ジュベールを「アスリートタイプ」と決めてかかるような発想はナハロにはない。
あくまで競技や高難度ジャンプに賭ける選手の姿勢を尊重しながらも彼らに、つなぎや振り付けで「ダンサー」同様の芸術性を高める努力を要求しているのだ。

プルシェンコについての論述も、「アスリート」である彼に対する諫言なのか、ISUメッセージの一般に向けての伝言なのか、真意が図りかねる記事である。

プルシェンコがソチ五輪参加も危うい(今の時点でまさきつねは「出場不可能」と断定したくはないニャン)「選手資格剥奪」という憂き目に遭ったことは、公共メディアで散々報道されているが、真相は荒川さんさえも「知らないが」と書いておられるように、全く明らかにされていない。
それでも荒川さんは、この一件はISUからの「アマとしてのけじめはつけなさい」というメッセージだと解釈しておられる。つまり、プルシェンコの行動はアマとして少々度が過ぎて、ショーを「満喫」し過ぎ「アスリート」を逸脱してしまったと、荒川さん自身が見ておられるということなのだろう。
プルシェンコのエンターティメント性溢れる演技とそのネームバリューで、連日満員の盛況ぶりを見せた日本のアイス・ショー主催者もまた、彼をさんざん駆り出したことを棚に上げて、荒川さんのご意見に同調するのだろうか。

(蛇足で付け加えるが、「プロ」と「アマ」の境界さえ曖昧だ。アマであるにも関わらず、フィギュア競技者の中で一人だけ突出して、プロと呼ばれる人たち以上に莫大な金額を稼ぎ出したというキム選手に、アマ競技者として逸脱した部分はなかったのか。ISUの「けじめ」は何が基準なのか、一般人の常識ではさっぱり分からない。それとも、荒川さんには分かっておられるのだろうか。)

一方的に荒川さんを非難する訳ではないが、この『スポートピア』の記事はやはり、「ショー」が好きな「アーティスト」であるご自分をどこか正当化し、自己弁護する姿勢が垣間見えてならない。
翻って、「競技」に出る「アスリート」はさておき、「ショー」に出る「アスリート」に対して、彼らを目的にショーに詰め掛ける観客の動員数といった功績を全く度外視した、あまりにも冷淡な私見が並んでいるように見受けられるのだが、いかがだろう。

ちなみにまさきつねは、以前ランビエールのインタビュー記事を読んだとき、彼がショーに出ることは素晴らしいことで、自分の身体はもう競技に出る準備をしていないと分かっているけれど、それでも高難度の技に挑戦することが好きで、それに「熱狂している」といった内容の発言をしていたことに感動した。
(→『銀盤のドゥエンデ』

競技者か芸術家か、こんな論議はそもそも無意味なのだ。

競技者は芸術家たれ、芸術家は挑戦者たれと、選手にも自己にも鞭打つナハロのストイックな姿勢をもう一度熟慮したいと思う。

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いつも鋭い視点でとても興味深く、更新を楽しみにしています。
荒川さんのコラムについては、ここ数日他ブログさまで少し目にしていました。 私はアマの時代の彼女はあまり好みではありませんでしたので、彼女が金メダルを取ったときもそれ程熱狂しておりませんでした。
プロに転向して、解説などをされるようになってから、少し気にするようになりました。が、シーズン終了時に寄稿したコラムでキム選手の高評価を非常に正当化している文章を目にし、この人まで!と落胆してしまいました。
4年経ち新たな金メダリストが誕生し、一抹の寂しさを覚えているのかもしれませんし、今回の金メダルリストのグレーな噂も少なからず耳にし、ご自身のときと比較されて、気持ちの揺らぎもあるのかもしれません。 そうしたことが、余裕のなさへとつながっているのかもしれませんね。
彼女のコラムについては以前のものもあるようですので、全体を通して彼女が言わんとすることについての考察を、いつかまさきつね様にお聞きしてみたい気がします。
長文失礼致しました。
2010/9/5(日) 午前 10:43[ yuu315neko ]

はじめまして、毎回楽しみに拝見しています。
プルシェンコの部分については確かに?と思いますが
このコラムでの荒川さんがいうアーティストかアスリートかっていうのは演技内容の事を言っているのではなく、あくまでも気質について言ってます。なので浅田選手も安藤選手もアスリートで
ランビエールはアーティスト、競技嫌いな面からみると荒川さんもアーティストで間違っていないと思うんです。
それとショーに関しても皆さん見落としてるのか
「競技があるからこそ、ショーも人気で、ショーがあるから一年中フィギュアへの関心が続くと思う。」と書いてあり
決して選手、アスリートを下げ、アーティストを上げてる訳では
ないですよ。
2010/9/5(日) 午前 11:34[ のん ]

yuu315nekoさま
ご訪問うれしいです。
荒川さんのコラムは三月号から読みましたが、いくらジャーナリストではないとはいえ、実際に取材してもいない事実無根の話や彼女の憶測に基づいた主観ばかりで、わざわざ揚げ足を取ることはあるまいと思い、これまで拙ブログに挙げませんでした。
畢竟、彼女はご自身の人生における選択、金メダルを獲るに至る経緯やその後の「プロ」宣言、現在の立ち位置までを(半ば自己弁護的に)滔々と語られたいのでしょう。ある意味、とても人間的な振る舞いです。
彼女のコラムに欠けているのは、自己擁護を排除した公平性と、自己利権を犠牲にした批判精神です。競技選手と違う土俵にいながらなぜか、いまだに現役を標榜している彼女にはとても無理でしょうね。
2010/9/5(日) 午前 11:38[ まさきつね ]

何度もすみません。
それと“「ショー」が好きな「アーティスト」であるご自分をどこか正当化し、自己弁護する姿勢が垣間見えてならない。”ですが
以前プリンスアイスワールドのショー会見?で
「アイスショーは現役選手たちに支えられている」と言ってました。
このコラムをよく読んでください、どちらがいいとか悪いなんて
これっぽっちも言ってないですよ。
2010/9/5(日) 午前 11:39[ のん ]

のんさま
コメントありがとうございます。
たとえ気質であっても、まさきつねはこのような分類は無意味だと思います。ある意味、血液型だの星座だのといった占いのような訳の分からない分類です。どちらかに区分されたところで、それが正しいかどうか、どちらかを上げ下げかも含め、選手に何の益があるのでしょう。
それに対し「疑問符」を付けたのです。
2010/9/5(日) 午前 11:46[ まさきつね ]

のんさま
ふたつめのコメントについてですが、ここで取り上げているのは荒川さんの文責であるコラムについてでその他のご発言に関しては言及していません。それを踏まえた上で、(のんさまが「どちらか」と仰っているのが誰と誰を指しておられるのかが解釈しづらいのですが、)まさきつねはこのコラムの最後を「荒川さんは『ショー』に出る『アスリート』であるプルシェンコにISUが制裁を与えたと解された」と読解したのです。
荒川さんはそんなこと「これっぽっちも言ってない」ですか?
2010/9/5(日) 午後 0:08[ まさきつね ]

まさきつね様、とても適切なご説明を有難うございます。
この記事を読み「何故このような事を書かれたのだろう?」とモヤモヤした居心地の悪い気分がしていました。まさきつね様の心優しいけれどきちんとした示唆に、このイライラが解消されました。ご自分の署名入りの記事を公にされたのですから、責任があると思います。特にプルシェンコさんの話は確定した事ではないと思いますので、わざわざ書く必要はなかったと思います。詳細を知らない人(私も知っている訳ではないですが)は、心を痛めると思います。
もし何らかの意図を持つ所からの要請であったとしても、内容に対する責任は荒川さんが負わなければなりません。
少し荒川さんに対する気持ちが変わらざるを得ないのが寂しいです。まさきつね様のような分別のある方が荒川さんの側にはいないようですね。
2010/9/5(日) 午後 2:13[ hiro ]

まさきつねさま

いつも楽しく拝見しております。

荒川さんの文章ですが、自己弁護かどうかはともかく、ご自分の視点からだけで書かれていることに、私もいささか抵抗感を覚えました。ですから、「アスリート」と「アーティスト」という分類についても、全く同意できませんでした。そもそも、この分類の仕方ですと、「アーティスト」の方が「アスリート」よりも上といった印象を残してしまいます。

まさきつねさまが、「冷淡な私見」とおっしゃっていることについてですが、他の部分はともかくとして、プルシェンコ選手に対してのコメントについては、一緒にショーに出、時に選手をショーに呼ぶ立場である方のご発言としては、あまりにも突き放したものであるように思えて、私も寒々とした気持ちになりました。

このプルシェンコ選手に対するコメントを読んでしまうと、荒川さんのアスリートに対するスタンスはこういうものなのかという誤解を招いてしまっても仕方がないのではないかと、私は思います。
2010/9/5(日) 午後 2:32[ fro_bleu ]

hiroさま
コメントうれしいです。
まさきつねも荒川さんのこのコラムを殊更取り上げたのは、hiroさまが仰っているような「居心地の悪」さを感じたからです。こうした文章を五輪金メダリストの私見だから、荒川さんが仰ることだからと看過すれば、納得の出来ない意見がそのまま風評として一般に多く染み通り、いずれ通説になります。
たとえ微力な人間たった一人の言葉でも、おかしいものはおかしいと声を上げておかなければ、異を唱えたものは誰もいない当然の話になるのです。
まさきつねは五輪シーズンにそれを痛切に感じました。
荒川さんのご意見に賛同の方はそれはそれで構わないと思います。まさきつねは今回のコラムにも、ほかの『スポートピア』のコラムにも荒川さんに同調出来ない意見がありました。それはとても残念なことです。
2010/9/5(日) 午後 3:23[ まさきつね ]

fro_bleuさま
ご訪問うれしいです。
まさきつねの「自己弁護」とか「冷淡な」といった表現は、いささか強い語調かも知れませんが、それだけこのコラムの与える一般への余波に失望しているとお汲み取りください。
まさきつねは、fro_bleuさまが仰るように、このコラムを読む何も知らない一般の読者が「荒川さんのアスリートに対するスタンスはこういうものなのか」と誤解すると同時に、「プルシェンコは制裁を受けて当然のアスリート」と受けとめかねない危惧すら感じました。
誰かに不利益を与えるような不用意な発言は、やはり慎まれるべきです。それが個人の名前を公共のコラムに挙げる際の、最低の礼儀でしょう。好みの好き好きは致し方ないですが、影響力の大きさを自覚されるべきお立場と思います。
2010/9/5(日) 午後 3:46[ まさきつね ]

早速、わがままにお答えくださり、本当にありがとうございます。
私は、安藤選手が昔よく使用していた言葉、Feelingや、インスピレーションで物事を捉える傾向があり、どうしてそう感じたかを冷静、客観的に考察することを得意としていません。
ですのでことフィギュアスケートに関しては、まさきつね様の文章を読んでいると、私が感じたことの理由が分かりやすく読み取れ、感謝しています。
今後も楽しみにしております!
2010/9/5(日) 午後 4:49[ yuu315neko ]

まさきつねさま、お久しぶりです!

このコラム、読みたいと思っていました。ありがとうございます。

フィギュアはスポーツか芸術か?また、試合に勝つためにフィギュアでは何をしなくてはならないか?の根幹につながる話題じゃないかなと思います。
点を取るための戦略が、選手が自分の限界に挑戦することとベクトルが一致しないのがフィギュアの(というか現行ルールの?)複雑さ、矛盾点だと思います。

ライサチェックのように、勝つために最高難度技に挑戦せずに完成度を重視した選手を考えると、彼は「限界に挑戦」よりも「アスリートとして勝負事を優先した」ということになるのでは・・・?トリノの荒川さんもそういう選択ではなかったのでしょうか。

そこに、ねじれがあると思います。(つづく)
2010/9/5(日) 午後 7:54[ くまねこ ]

荒川さんは試合が好きじゃなかったようなので、特に選手の自由度を奪うような当初のCOPには抵抗があったのじゃないでしょうか。いま楽しく3-3に打ち込めるとか、スケートを楽しめるという気持ちは分かります。でもそれを、アスリート・アーティストの分類に使うのはちょっと違うかな?

どの選手だって、自分のやりたいこととルールの葛藤の中で、折り合いをつけているはず。ルールに縛られないアイスショーに心癒されるのも、誰しも同じじゃないでしょうか。

私は浅田選手ファンですが、安藤選手も好きですし、演技も精神面も格段に成長されたなと感じるのですが、一方で、3-3や4回転を本能的に跳びたがってコーチとケンカしていた、トンガっていた彼女が懐かしい部分もあります。

そもそも、フィギュアに限らず、アートとスポーツの境界線すら曖昧じゃないかなと思うときがあります。アートを「美の表現」と定義するとしたら、肉体の限界に挑戦すること自体が、究極の美だと思うので。
2010/9/5(日) 午後 7:55[ くまねこ ]

yuu315nekoさま
再度ご訪問うれしいです。
フィーリングやインスピレーション、どちらも大事ですね。「肌が合わない」と言いますが、直感で受けた印象は大抵当たっていますね。
言葉に変換していくのはなかなか難しく、微妙に違ったりすることも多いのですが、感じたことを何とか相手に伝えたいと日々、拙ブログをエントリーしています。
またご訪問ください。
2010/9/5(日) 午後 8:16[ まさきつね ]

くまねこさま
コメントありがとうございます。
仰るとおり、選手誰もがスポーツと芸術の折り合いを考えつつ、「点を取るための戦略」と「自分の限界に挑戦すること」の矛盾に悩んでいるのが、現状ですよね。
競技の土俵を降りた荒川さんが、他の選手をプロアマひっくるめてアスリートとアーティストに分類する視点がおかしいのです。
鈴木選手の特集番組で、彼女が「伸びしろがあると思うから現役を続けている」と話しているのが胸に沁みました。この真摯な言葉を前にして、誰が鈴木選手をアスリートかアーティストかに区分するのでしょう。
アスリートにしてダンサーでありアーティストとしか、まさきつねには答えが見つかりません。
2010/9/5(日) 午後 8:29[ まさきつね ]

こんばんは。 まさきつね 様

私もこの記事を読んだ時、またか・・と思いました。
まさきつね様と同様に、なぜ分類するのかと?
自分自身の事のみならともかく、個人名を出している事、
浅田選手や安藤選手の芸術的表現が好きなファンに失礼な事、
荒川選手が、OPシーズンの時、ルール対応やコーチ変更などして努力されたのは、まぎれもなく競技者だからでしょう。それは、キム選手も同じです。また芸術性や表現力などは、観客が見て感じる事であって、自己申告したり他人が決めつけたりする事でもないと思います。
その観客も感じる事は皆それぞれなんです。少なくても私は、自己申告されているアーティストの荒川選手や村主選手に芸術性を感じた事は正直ありません。演技を見て感動した事もありません。
ナハロ氏の「どの動作ひとつにも感情が重要なんだ。感情なしの動作なんてありえないからね。それに技術のない感情表現も無意味なんだよ。全てが一緒になって完成するんだ。」この言葉にとても共感します。たとえ、最初はどちらかが欠けていても、向上し成長すれば良いのです。分類し決めつける必要はありません。
2010/9/5(日) 午後 10:53[ ちゃーちゃ ]

(字制限の為、続いてます)

すみません。まさきつね様のように、いつも上手く伝えられないのですが・・・そう言えば、この記事の事を主人に話したら、「それは、マイナースポーツだからやろ?相撲界と同じや~自分達の狭い世界だけに浸ってたいだけや~」と言ってました。それは言いすぎでしょうが(笑)
技術・芸術・表現・個性は、選手自身が自身の競技人生のなかで、努力し成長していくもので、他人に決めつけられる事では無いと思います。
分類なんて、無意味です。
2010/9/5(日) 午後 10:54[ ちゃーちゃ ]

ちゃーちゃさま
ご訪問うれしいです。
ナハロの言葉は重みがありますよね。荒川さんのコラムもマイナーな世界を多くの人に拡げるせっかくの機会なんですから、使命感を持って語って欲しいと思うのです。彼女を責めたいのではなく、そういう自覚をお持ちになることが、立場上大切だろうと感じますね。
それにしても昨今のフィギュアブームからすれば、決してマイナースポーツではないと思うのですが…イケメンも多いし。
(まさきつねが分類するならクール系=小塚、情熱系=高橋、王子様系=バトル、執事系=ランビ…とかに分けちゃうなあ。…なんか恋愛ゲームとまちがえてるニャン。)
2010/9/6(月) 午前 0:14[ まさきつね ]

荒川の選手時代からのファンです。
が、彼女はアーティストタイプの人ではないと思います。むしろ、演技も気質もアスリートの部分のほうが多い人でしょう。試合が嫌いだったのは、プレッシャーをかけられるのが苦手だったというのが正しいと思います。このコラムは、彼女なりに試合が好きな人をみていて、そういう人達と自分がどう違うのか考え続けたんだと思います。
客観的に見ても結論には全く同意しませんが、彼女なりにアーティストと呼ばれる人への憧れとそうありたいという思いもあるんだと思います。少女時代に、棒のよう・・・などと、結構酷評されたり、選手時代のライバルがクワンやコーエン、スルツカヤと芸術性について高評価な人が多かったのもあると思います。
個人的にはプルシェンコも真央も美姫もそれぞれに高い技術と高い芸術性を一心に目指している人だと思いますし、ナハロ氏の目指すところを、別にいわれなくとも自然に目指している人達であると思います。つまり、競技での結果と、自信の目指す芸術的演技の完成による満足ということですが。
2010/9/6(月) 午前 0:24[ まろん ]

まろんさま
コメントありがとうございます。
荒川選手のファンのお言葉という点からすれば、辛口なれど彼女の心情を読んで親身に充ちた内容と受け取らせていただきますね。
そう、競技結果を目指すタイプと芸術性を追求するタイプ…と本当は言いたかったのかも知れませんね。(それでもあまり納得のいく話ではありませんが。)
荒川さんを叩きたい訳ではないのですよ。ただ、長く連載が続いているコラムですから、度重なる違和感に、一般への影響を懸念したのです。今、競技人生を現役で頑張っている選手たちに(プルシェンコも含め)、ご配慮が欲しいと思うのです。
2010/9/6(月) 午前 0:45[ まさきつね ]

まさきつね様
いささか出遅れましたが…。私も、日経新聞の荒川さんのコラムは楽しみに読んでいますが、違和感を抱いている一人です。荒川さんにとっての「好み」「好みじゃない」が漂ってくるからだと思っています。コラムですから、その辺りがにじみ出てくるのは当たり前だし、そこが面白いところですが、「そういう切り口で見ちゃうんだぁ…」「あっ、この人はあまり好きじゃないのね。」と分かってしまう時など、ちょっと残念に思ってしまうのです。それは、TV解説などでも感じてしまうのは、私の見方も偏っているのかもしれませんが。
荒川さんの金メダル後の生き方は賢く賢明であり、日本のフィギュア界に貢献しているからこそ、その世界の中での私見である「好み」「好みじゃない」を漂わせて欲しくないなあと。
今回の「アーティスト」「アスリート」って分類は意味がないと思いましたし、なぜ、プルシェンコ選手の話にもっていくのかなあ…と。その分類でいくなら、「アーティストでありアスリートでありたい」ということを体現しているのがプルシェンコ選手そのもなのに…。
思いを人に伝えるって大変な作業なんですね。
2010/9/6(月) 午前 8:12[ miho_ann ]

miho_annさま
コメントうれしいです。出遅れたなどと仰らず、どうぞご遠慮なくご意見お聞かせください。
荒川さんがプロ宣言して、ご自分も三回転コンビを跳ぶ努力を続けつつショーを主導しておられる生き方は、本当に見事です。高橋選手を始め、後進はきっと彼女をひとつの目標とするでしょう。
だからこそ今、競技界でルールやジャッジに苦しんでいる後進たちの励みになり、助けになる内容を、コラムのテーマに掲げて欲しいのですね。これは日経新聞の編集側にもお願いしたいことです。
プルシェンコ選手のこともそうですが、個人の名誉や不利益に関わるデリケートな部分にどれだけ配慮するか、日本のジャーナリズムの姿勢や根幹が問われるのです。(もうとっくに腐っているかもしれませんが。)
仰るとおり、思いを伝えるのは大変です。誰もが襟を正したいところですね。
2010/9/6(月) 午前 10:36[ まさきつね ]

まさきつね様
お返事ありがとうございます。おっしゃることは文面からよく伝わってきますので、大丈夫です。
私も荒川の選手時代の紆余曲折や浮き沈み、そして良い演技をしたときの素晴らしさ、そういうのを見て応援してきました。それなだけに、本人が引退後、同じように(それ以上に)苦労している後輩たちに、かならずしも大人な対応が出来ない場合があるのに関しては、ちょっと残念に思っています。本人の自分評に反して、負けず嫌いのアスリート気質があるんだと思います。
ナハロさんやまさきつねさんがおっしゃるように、どの選手もどちらの気質も持っていると思いますし、両方高度にもっている選手が突出して(本当の意味で)注目され賞賛されるんだと思います。
2010/9/6(月) 午後 8:58[ まろん ]

まろんさま
再度ご訪問うれしいです。
荒川さんがご自分もショーを主催しながらショーで現役選手に負けない演技を披露して、さらにほかのショーにも出て、さらに新しいプログラムを創るというのは、仰るとおり「負けず嫌い」でないとなかなか出来ないことですよね。
そして「負けず嫌い」が自分を「負けず嫌い」と認めるのも、なかなか出来ないことなのかも知れません。そんな自分を認めて、負ける悔しさも受け入れる度量の大きさが身に付いたとき、アスリートとかアーティストとかに関係なく、人間として成長するのでしょうね。
2010/9/6(月) 午後 9:38[ まさきつね ]

こんにちは。このスレッド前から気になってました。最近ランビエールが「好きなスケーターは?」の問いに”shizuka arakawa"と答えていたので『おっ!」と思ってしまいました:)日本人がまったく関係してないAll That Skate LA関連のコメントだけにリップサービスではないですよね(相思相愛じゃあないですか)。荒川さんはきっと憧れが人一倍あるのではないでしょうか。アイスショーや生粋のパフォーマーたちに。その裏には自分がそうではない、そうなりたいという自覚があるような気がします。現役の選手のほうが人気が高くお客さんを集めるのは確かなことです。若い出演者たちは共演した先輩たちから刺激を受け、また競技に戻っていくと思います。ランビは荒川さんのどんなところを評価してるんでしょうね。スムーズさとか空気感でしょうか、、。聞いてみたいです:)
2010/9/25(土) 午前 9:16[ かまくら ]

かまくらさま
上記のコメント、今ごろになって気づきました。コメレスしても見ていただけるか分かりませんが、とりあえず放置した形になっていたこと、ごめんなさい。
ランビと荒川さんのコンビは相性がいいのでしょうね。ランビはコストナーとか荒川さんのような、緩やかな流れを感じる演技が好きなのかも知れませんね。またいつか、記事にしてみたいです。
2011/3/2(水) [ まさきつね ]


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