月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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わが愛のアランフェス 其の壱


わが愛よ 風の吹き過ぎる
噴水の水面を
夜ともなれば
薔薇の花びらのごとく漂い流れる

わが愛しきものよ 長い月日 太陽に晒され
風雨に打たれて 壁に刻まれた無数の痕跡
あの五月の朝 銃を手に突然やって来た奴らは
歌いながら壁にいたわしい弾痕を遺した

わが愛よ 薔薇は痕跡を伝って伸びてゆく
壁を抱擁するように
夏の間 薔薇は赤く燃え
壁の亀裂に人びとの名前を刻む

わが愛よ 長い月日 野ざらしの太陽と風の下で
いつか噴水の水も枯れ果てる
ある五月の朝 花を胸に抱き 素足のままで
ゆっくり近づいてくる人びとの群れ
やがて彼らの目には奇妙な微笑が浮かぶ

暮れなずむ闇の中で 壁にこびり付く赤い色は
まるで血の痕のように見えたけれど
薔薇が咲き残っているに過ぎなかったのだから
わが愛するアランフェス わが愛しきものよ

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


すでにあちこちで高い評価を得ている安藤選手の今季EX『アランフェス協奏曲』である。

☆Miki Ando - Concierto de Aranjuez☆

フィギュアのナンバーとしてはお馴染みで、本田武史選手や太田選手など、日本選手による名プログラムも数々残されている。その中で、安藤選手らしい女性的な豊潤さ、ダイナミックな身体能力の鮮烈さを印象付け、果敢なさや美しさ以上に肉感的な生命力を味わわせてくれる作品へ昇華したのは、ここ数年蠱惑的なセクシーさにこだわりながら、表現力を熟成させてきた成果だろう。

安藤選手ならではの、しっとりと濡れたような艶やかな演技、決して陰性にならず、包み込むような温かみのあるパフォーマンスが、会場の空気を円やかな情感で充たしていた。

彼女の妙技をさらにショー的な華やかさでアレンジし、新たな世界観で膨らましていたのが、豊かな女性ヴォーカルによる音源である。伸びのある魅力的な声は、どうやらアルバニア出身のオペラ歌手インヴァ・ムラ・チャコによるものと聞いた。

☆Inva Mula: maruata, mon amour☆


Mon amour, sur l'eau des fontaines, mon amour
Ou le vent les amènent, mon amour
Le soir tombé, qu'on voit flotté
Des pétales de roses

Mon amour et des murs se gercent, mon amour
Au soleil au vent à l'averse et aux années qui vont passant
Depuis le matin de mai qu'ils sont venus
Et quand chantant, soudain ils ont écrit sur les murs du bout de leur fusil
De bien étranges choses

Mon amour, le rosier suit les traces, mon amour
Sur le mur et enlace, mon amour
Leurs noms gravés et chaque été
D'un beau rouge sont les roses

Mon amour, sèche les fontaines, mon amour
Au soleil au vent de la plaine et aux années qui vont passant
Depuis le matin de mai qu'il sont venus
La fleur au cœur, les pieds nus, le pas lent
Et les yeux éclairés d'un étrange sourire

Et sur ce mur lorsque le soir descend
On croirait voir des taches de sang
Ce ne sont que des roses !
Aranjuez, mon amour


インヴァ・ムラは欧米各地のコンクールで受賞歴があり、2004年には来日もされて『椿姫』を上演されている生粋のクラシック畑の方のようだが、興味深いのは1997年のリュック・ベッソン監督による『フィフス・エレメント』でマイウェン・ル・ベスコ演じる異星人のオペラ歌手「ディーバ」の歌唱部分の吹き替えを行うという来歴がある。
当初60%を歌いこなせればと考えていた映画の音楽担当者が、インヴァが80%を歌い上げたので驚愕したというエピソードが残っているが、その20%のサンプリング部分を含めた実際の上映場面が次のとおり。

☆The Fifth Element Music Video (1997) (RyoDrake Productions)☆
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『フィフス・エレメント』の作品自体は童話のようなスペース・オペラで、テーマとしての深みはそれほどない。ベッソン監督が十代の頃から温めて来たという物語の、映像的なイメージ表現は特撮やSFXを駆使して違和感なく再現出来ているのだろうと思うが、西洋文明史観の父性中心主義を脱しない人物像や、いかにも権威主義的なオペラ劇場やゴルチエのゴシック装飾的な衣装に至るまで、もはや古典に成り下がってしまったアヴァンギャルドの失望感を漂わせてしまう。
だが、インヴァの透明感のある声だけはたまらなく心に突き刺さり、ドニゼッティのアリアからポップな『ディーヴァ・ダンス』に繋がるエイリアンのベルカントを楽しく顕現化しているのだ。

さて、インヴァが『アランフェス協奏曲』の反戦的な歌詞を歌っているのには、アルバニア出身という彼女自身の背景が絡んでいることはまちがいない。彼女の父親は紛争の絶えないコソボ出身で、独立と解放を求める長い民族闘争の悲惨極まる経緯を、彼女自身も身をもって体験したに違いないからである。

『アランフェス協奏曲』はスペイン、バレンシア出身で盲目のピアニスト、ホアキン・ロドリーゴがクラシック・ギターと管弦楽のために作曲した三楽章からなる彼の代表作である。
ロドリーゴは国内の音楽学校でピアノと作曲を学んだあと、パリに留学し当時フランス屈指の作曲家だったポール・デュカスに師事。さらにドイツで暮らすなど、スペイン色を残しつつも国際的な現代性を身に付け、また政治的にもニュートラルな立場を貫いて、作品に幅広いポピュラー性を反映させている。

アランフェスはスペイン中央のマドリード州南部にある、かつてはスペイン王族の避暑地として繁栄した古都で、今も残る王宮と庭園は文化的景観として世界遺産にも登録されている。
ロドリーゴが『アランフェス協奏曲』に着手する直前、1936年に左翼による人民戦線内閣政府がスペインに成立し、それに対し勃発した軍部によるクーデターは1939年のフランコの軍事独裁政権樹立で幕を閉じた。以後、1975年にフランコが没するまでこの独裁体制は継続し、旧共和国政府側の人間、社会主義者、左派への徹底した抑圧が続くことになる。

ロドリーゴはスペイン内戦中はドイツやパリに滞在して、1939年ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が勃発したのを機に、『アランフェス協奏曲』の手稿を携えて、フランコ政権下のスペインに帰国、バルセロナでの初演に至った訳である。

遠い異郷から内戦で荒廃した故国を想い、その哀愁に充ちた旋律に平和への希望を託したといわれる作品のもっとも著名な第二楽章は、病の妻や失った子どもについて深い神への祈りが込められているとも伝えられる。だが、古き良きスペインの幻影をセンティメンタルな主題に被せたスタイルは、表向き政治的、社会的メッセージ性を顕わにしていなかったために、フランコ総統も絶賛する初演は大成功を収め、ロドリーゴは国民的作曲家の名声を不動のものにした。

フランコの厳格な統制下で政治的ポリシーに触れず、いわば体制迎合的な態度を貫き、スペインの民族色と叙情性に溢れた音楽に徹した様式は、一見フランコの国粋主義的色彩を帯びているかにとられかねないが、「飢餓の時代」と呼ばれるほど芸術的な枯渇を見せた1940年代のスペインの困難期に純粋な音楽の歓びを人々に与え、またクラシック音楽のジャンルを超えて、ジャズやムード音楽に拡がるポピュラリティを獲得したのは、彼の音楽の鮮烈な美しさと、透明な旋律そのものが持つ絶対的な神への希求ゆえだろう。

1967年『アランフェス協奏曲』に漂う反戦の香を嗅ぎつけたフランスのシャンソン歌手ギィ・ボンタンペリは『Aranjuez, mon amour』の歌詞を付け、リシャール・アントニーがレコーディングして世界的にヒットさせた。
邦題は『わが心のアランフェス』で、薔薇や噴水や太陽といった詩的な言葉を散りばめながらも、アランフェスの街に押し入った軍隊が、抵抗勢力の市民に行った狼藉を淡々と描写する。
スペインの暑い陽射しと風の下に、壁を背に立たされた市民を次々に銃殺していく兵士らの蛮行と、犠牲者を悼んで集まる縁者の祈りが、過ぎた年月を壁を這う薔薇の蔓に象徴させて、繰り返される「モナムール」というリフレインとともに歌われている。

このシャンソンがフランスを拠点にブレイクした頃、スペインはまだフランコの統治下である。
『アランフェス協奏曲』はこの反戦の歌詞ではなく、もっと恋愛の要素を濃くした歌詞なども付けられて、『恋のアランフェス』といったタイトルでムード歌謡のヒットナンバーのひとつに挙げられるようになっていった。


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まさきつねさま、こんにちは!
今日もまさきつねさまのブログで勉強させていただきました。ありがとうございます。

安藤選手のEXの評判がすごい、と聞き、昨日動画を見ました。
「ジャンプの安藤選手」というイメージでしたが、ジャンプがひとつしかなくても、魅せてくれましたね!
目が離せない、引きこまれるような圧巻の演技で、演技時間が短く感じられるほど! 感動しました。
ことしのEXは安藤選手といい浅田選手といい、すばらしいですね。
2010/8/18(水) 午前 2:54 [ windy_weather_windy ]

Windさま
ご訪問うれしいです。
ジャンプはまだ調整段階なのでしょうね。EXなので無理は不要と思いますが、シーズン中に少しマイナーチェンジされるかも知れませんね。
日本選手のEXはどれも気合充分で、手を抜いていない内容の深さが感じられます。競技プログラムはどうなるんだろうと、わくわくしますね。
2010/8/18(水) 午前 7:47 [ まさきつね ]

まさきつねさま こんにちは

安藤選手、魅力的なスケーターになりましたよね。
フランス語の色っぽい歌に、あまりしっとりしすぎない少しメリハリある振付が効いていていいなと思いました!かなり難しい動きが満載で、さすがですね。ジャンプ1つだけでも魅せられました。

フィフス・エレメンツの歌手だったのですね。
「グラン・ブルー」「レオン」が大好きだった私には、この映画「???」だったのですが、この歌だけは印象に残っていました。確か、地球には存在しないような歌を、というリクエストで作られたと宣伝されていて、聴いてみたら確かになんともいえない不思議なメロディで・・・
2010/8/18(水) 午後 7:44 [ くまねこ ]

アランフェスといえば槇村さとるの「愛のアランフェス」を思い出します。
漫画好きの叔母の家で子供の頃何度も読んだので・・・
今読むと、「女子でトリプルジャンプを跳べるなんて・・・!」とざわめいていたりするので、フィギュアスケートの技術の進歩が窺われますね。
これから女子にも4回転時代が来るなんてことも、あるのでしょうか・・・なんて^^

ロドリーゴがこのような背景で作曲したとは知りませんでした。
いつもながら勉強になります。
漫画の題材にされるほどフィギュア界ではおなじみの曲ですが、遠く離れた日本人が聴いても、郷愁を揺り動かされるような情熱があると思うので、スケーターも感情移入しやすい曲なのかもしれませんね。

個人的には、「恋の」というよりも「愛の」のほうがなんだかぴったりきます^^
2010/8/18(水) 午後 7:45 [ くまねこ ]

くまねこさま
コメントありがとうございます。
『フィフス・エレメント』のディーヴァはファンが多いですね。高橋選手の演技にモンタージュした作品もありました。
http://www.youtube.com/watch?v=uXDb33d3E1Q&feature=channel
槇村さとるさんの漫画はフィギュアを扱った作品としては古典的な傑作ですよね。その後、みどりさんや佐藤有香さんが活躍して、トリプルジャンプも女子選手の基本になりましたね。四回転時代はさすがに疑問符ですが。
特定選手の代名詞になる名曲も良いですが、多くの選手がいろいろに滑り込む名曲もまた良いものですね。
仰るとおり『アランフェス協奏曲』は、「恋の」よりは「愛の」要素で解釈を深めたコレオが見応えがあるかも知れませんね。
2010/8/18(水) 午後 8:47 [ まさきつね ]

まさきつねさま。
安藤選手のEXを取り上げて頂き、嬉しいです。
欲を言わせて頂きますと、もう少し安藤選手の演技そのものについて書いて欲しかったです。

「アランフェス」はモロゾフコーチの振り付けですよね?
もしそうだとしたら、これはモロゾフさん会心の振り付けと思いました。始めから最後まで変幻自在、スポットライトを受け熱情の炎立つ美姫薔薇のようなプログラムですね。
もちろん、この振り付けをほぼ自家薬籠中のものにしている安藤選手の演技力が凄いです。
冒頭、スパイラルから同じ片足でスピンに入っていく箇所から魅せられますが、上半身の動きと足元のストロークのバランスが絶妙だと思います。
髪型と衣装もこのプログラムに良く似合っていると思います。というより、安藤選手に似合っているんですね。
自分も観客も感動出来る演技をしたい、との強い意志と情熱に圧倒されます。
今季の大活躍を予感させるような演技と思います。
2010/8/19(木) 午前 4:37 [ 桔梗 ]

桔梗さま
コメント耳に痛いですね。仰るとおりです。字数制限に引っかかったので、①②に分けましたが、肝腎の安藤選手に関する著述が少なくなりました。
バタフライの模様が入ったチュールレースの切り替えが斬新な衣装や、つややかな髪を大人っぽく撫で付けたアップの髪型など、東洋的な古風さを漂わせながら野暮ったくならないスタイルも女性的で素敵でしたし、夜の悲しみの薔薇をうまくイメージしていました。
演技も勿論、入り方からポジションにまで凝ったスピンや、細かく刻まれたステップなど、見せ場が盛り沢山で、ジャンプの要素が削られていることさえ気にならない密度の濃さでしたね。
…と、いろいろ書くべきことはあったのですが、失礼しました。でもファンの皆さま、安藤選手の新しい魅力についてはもうとっくにお気づきですね。
2010/8/19(木) 午後 6:13 [ まさきつね ]
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