月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

首の差で


いよいよ五輪を来季に控えた2008年-2009年浅田選手のEXナンバーは、GPSを待たずして六月のDOIで初お披露目されている。(今年の『バラード第1番』もそうだったが、シーズン開始を待ちきれないファンには毎度楽しみなショーではある。)
曲は前半が『Por Una Cabeza』、後半のステップが『PAYADORA』とふたつの楽曲がつなげられたタンゴである。
DOIの演技も素晴らしかったが、こちらはシーズン後半のSOIの演技。

☆Mao Asada 09SOI Japan Tour 090112 ☆

DOIの数日前、このシーズンから浅田選手はタチアナコーチと全面的なタッグを組み、五輪への新たなスタートを切ったという報道が各誌から華々しく流れていた。同時に、フリーの演技で二回のトリプルアクセルに挑戦するといったスクープが伝わっており、今にして思うと、この頃から浅田選手はバンクーバー五輪まで、ぶれることのない意志の力で挑戦を貫いたのだということなのだろう。
コーチの件も、プログラムの内容に関しても、その後マスコミ始め多くの識者がさまざまに口を出すこととなったが、結局のところ、選手とコーチは終始揺らぐことのない信頼で結ばれており、ビジョンを持って決定したコンセプトを作品として完成させた。その最初の成果を見せるべく初披露されたのが、赤と黒の衣装も艶やかなこの『タンゴ』のEXだったという訳である。

今でもファンから熱狂的な支持があるナンバーで、先日のシュニトケのエントリーでもモンタージュされた動画をご紹介したが、情熱と冷静の間で濃密な愛を交わす男女のダンスが、浅田選手の軽やかなステップに重なって、美しくも絶妙な姿形を維持したスピンが、抱擁するふたりのめくるめく陶酔の時間を想起させる。
無邪気な妖精を代名詞としていた少女がよもや表現し得るとは、それまで多くの人が予想だにしなかった男女の情愛の世界を、卑俗に陥らない舞踏表現でクールに描いてみせたのである。

人間誰もが遅かれ早かれ体験する、愛憎入り交じる恋人たちの心理ドラマの表出を、ノーブルな音楽とタンゴの軽快なリズムに乗せることで、爽やかな驚きと清々しい余韻を与える演技に結晶化させ、浅田選手に大人への無理のない脱皮を図らせた。タチアナコーチの振り付け師としての計算が生きている仕事だったと思う。

さて、『Por Una Cabeza』であるが、通り一遍のウィキからの情報によると、競馬用語の「首(ひとつ)の差で」を意味する言葉である。カルロス・ガルデルが1935年の映画『タンゴ・バー Tango bar』 の挿入歌として作曲したものだという。ギタリストで作詞家のアルフレード・レ・ペラによる下記のような歌詞がついている。

☆Carlos Gardel "Por una cabeza"☆
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Por una cabeza
de un noble potrillo
que justo en la raya
afloja al llegar,
y que al regresar
parece decir:
No olvidés, hermano,
vos sabés, no hay que jugar.
Por una cabeza,
metejón de un día
de aquella coqueta
y burlona mujer,
que al jurar sonriendo
el amor que está mintiendo,
quema en una hoguera
todo mi querer.

Por una cabeza,
todas las locuras.
Su boca que besa,
borra la tristeza,
calma la amargura.
Por una cabeza,
si ella me olvida
qué importa perderme
mil veces la vida,
para qué vivir.

Cuántos desengaños,
por una cabeza.
Yo jugué mil veces,
no vuelvo a insistir.
Pero si un mirar
me hiere al pasar,
sus labios de fuego
otra vez quiero besar.
Basta de carreras,
se acabó la timba.
¡Un final reñido
ya no vuelvo a ver!
Pero si algún pingo
llega a ser fija el domingo,
yo me juego entero.
¡Qué le voy a hacer..

『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』や『シンドラーのリスト』『トゥルーライズ』など、多くの映画に使用されているが、いずれもどこか諦観した様子の男性が、幾度も首ひとつの差で失ってしまったものへの愛惜を心に秘めながら、残り火のようにくすぶる胸の情熱をタンゴの旋律に託しているような場面に、映像化されていた。

EXの中盤、ジャンプからふたつのスパイラルに繋がっていく浅田選手の演技は、人生を諦めかけた男たちを挑発するようなコケティッシュな動きを見せながら、下品に堕ちず、世界はまだこんなに美しいのにと、生命の賛歌を歌ってみせる。終盤、楽曲が『PAYADORA』に変わり楽想そのものが「吟遊詩人」というイメージで、男女の愛から普遍の人生賛歌に変容するためかも知れない。

☆The Real tango 2 - Payadora☆

(タチアナコーチの楽曲編集の技は絶妙だと思う。今回のショパンの『バラード第1番』でも、確かにこまぎれにされてしまった曲から強引に削ぎ落とされた部分は惜しいのだが、それでもソナタ形式の各所の主題はしっかり拾って、つなぎはあたかも浅田選手の演技で補完するかのように、綺麗なエレメンツを挿入しているのだ。消えてしまった音を選手の余情溢れる身体表現で補うというのも、かなり計算されたコレオとそれに応える選手の力量があってこそのものだろう。)

『PAYADORA』はアルゼンチンのピアニストでありバンドネオン奏者、フリアン・プラサのオリジナル楽曲である。浅田選手は銀盤のタップダンスのようなトゥーステップで、クライマックスへ向けての始まりを告げる。そして力強いターンとステップを繰り返して、最後のスピンまで盛り上げていく。
人生は誰もが孤独だが、ひとりぼっちではない。選手の演技を縁取るように、会場に沸き起こる手拍子もその証だが、浅田選手の躍動感に充ちたキレのある舞踏は、生きる喜びをタンゴのメロディーに鮮烈に重ねて、弾けるような身体表現をリンクの上に輝く花火のように燃え盛らせていた。

ここでタンゴ音楽史の話に触れておくが、カルロス・ガルデルは下層民の音楽だったタンゴをアルゼンチンの文化として人々に認知させ、その歌声と曲で、第一次世界大戦前後に迎えたタンゴの全盛期を支えたひとりだったが、爛熟期にさしかかった1935年に飛行機事故で急逝した。アメリカの映画界にも進出していたほどのスターを失い、急速に衰退の道を辿りはじめたタンゴを、停滞する形骸化から再生の試みを実践しようと50年代半ばに現れたのがアストル・ピアソラ、それに続いたのがマリアーノ・モーレス、そしてフリアン・プラサだった。

こうした新しい血が流れ込み、モダンタンゴの要素を組み入れて、南米の地にしっかり根付いたように見えるアルゼンチン・タンゴだが、実のところ国内経済の停滞も含め、ピアソラ以後の現在も「緩慢たる死」の閾を脱したとは言えまい。形式の壁を超えて、さらに新しい個性と魅力を持ち得るかどうか、それは容易なことではないだろう。

タチアナコーチは新旧ふたつの時代のタンゴを組み合わせて、プログラムを作り、浅田選手に演技させたが、このようにフィギュアスケートやモダンダンスなどの領域でタンゴが甦り、楽曲の新たな魅力が再発見されるのは素晴らしいことだと思う。
失われていた時間が動き出し、埋もれていた価値が日の目を見る。ものの本質を見通すことが出来るクリエーターにしか為し得ない、仕事ではないのだろうか。

まさきつねの友人は、「バンドネオンの蛇腹から抜ける空気が生み出す音は、タンゴの魂だ」と語っていたが、タンゴの魂に、フィギュア選手の演技が吹き込んだ新しい命が宿り、観衆にラテンの情熱的なこころが疼く。それが「首の差で」多くの人を虜にした、2008年?2009年のEXナンバーだったのだ。
振り付け師も選手も実にさらりとやってのけているのだけれど、釘付けにされた観衆は夢心地、それはもう音楽とか舞踏とか、芸術やスポーツとかのジャンルを越えて、凄いことだと思うのである。


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首の差で
ゴールに走り込んできていきなり速度を落とす
お高くとまった駿馬が戻ってきて言うのさ
「忘れるなよ兄弟、分かってるだろ、博打なんてするもんじゃないぜ」
首の差で失うのさ ひとときの情熱の恋
男好きのするちょっと良い女が、笑いながら誓う偽りの愛
あっけなく裏切られあっという間に火にくべられちまった俺の恋心

首の差ですべてが藻屑 気ちがいじみてるぜ
キスする彼女の唇ひとつで、悲しみよさようなら
憂さも消えてしまうぜ
首の差で 彼女が俺のことなんかすっかり忘れちまうなら
そんな人生千回繰り返すなんざ、ごめんだぜ
何のために生きてるっていうんだ

山ほどの詐欺 首の差で負けちまったけど
もう深入りしないぜと何度も誓ってみせたのに
炎のように燃える彼女の唇、ぞくぞくするようなあの目つきに
骨抜きにされて、もう一度キスしたいと思っちまうのさ
競馬場はもう沢山 博打もやめだ
写真判定なんて二度と見る気はないぜ
でももし日曜日に、太鼓判の勝ち馬を見ちまったら
俺はまたすべてを賭けてしまうだろう
どうすりゃあいいんだ


(閑話休題。もう古いニュースになってしまったが、ワールドカップ、日本対パラグアイ戦。はらはら、どきどきの結果はあっけないPK戦。首の差で、勝利はあっという間に逃げていってしまった。前から言われていたけれど、好守ではあったけれど、攻撃する気持ちが弱かった。負けない試合では、結局勝てない。
岡田監督は自分の責任で負けたと言った。選手に勝たせてやりたかったと語った。やっぱり違う。どこか傲慢だと思う。
アルゼンチンは選手が熱いマラドーナに勝たせたいと思ってる。選手がこの監督に勝たせたいと思わなければ駄目なのではないのか。フランスもイタリアも選手の心はクールな監督から離反していた。一流選手が一生懸命やっても駄目なのだ。一流選手が死に物狂いでようやく一勝なのに、日本は一流でもない選手が一生懸命やったで澄ましている。それでは南米の本気に、いつまでたっても太刀打ち出来ないだろうと思う。
日本の戦績に味噌を付けたい訳ではないが、綺麗ごとでは四年後まで何も始まるまい。ここへ来てようやく日本は、アジア代表の常連国として世界に認識され得るスタートラインに立ったばかりと考えるべきだろう。)


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こんばんは、まさきつね様。

よもやこちらのブログでサッカー日本代表の話題が出るとは…
実を言うと、私はもう随分前からサッカーが好きだったりします。
ここ数日間は、ネットでもサッカーの記事ばかり読み漁っていました(^_^;)

パラグアイ戦の後、選手達が泣いているのを見て、バンクーバーでの浅田選手の涙を思い出していました。
(私自身は、終わった気がしなくて、何だかホワホワしてしまっていたんですが)
でも、それは私があまりに感傷的になっていたせいなのかも知れませんね。

※多分文字数制限にひっかかるので、一旦区切ります。
2010/7/2(金) 午前 1:32 [ もじ ]

まさきつね様のご指摘は鋭いです。
サッカーに限らず、アルゼンチンに限らず、選手達が自ら「自分たちのボス(監督)に勝たせたい」と思っているチームは強いと感じます。
ただ…今回の日本代表は、覚醒が遅かったとも感じています。
オシム監督が指導していた頃、
「私は命がけでやっているのに、お前達はなぜ死ぬ気でやらないのか」
と言ったことがあるというエピソードを読みました。
私も、『熱さ』を感じられない代表チームに失望感を抱いていました。
オシム監督の言葉を真摯に受け止めて、もっと早くから本気で戦う気持ちが根付いていれば、また違う結果があったのかも知れません。

今大会で評価が上がったことで、これまでよりも強い国との強化試合を組めるようになることを期待しています。
2010/7/2(金) 午前 1:34 [ もじ ]

『首の差で』というブログタイトルに、何となく今回の代表の試合のことを連想してしまったのですが、本当にサッカーの話題が出るとは思っていませんでした(←しつこい…)

フィギュアスケートがシーズンオフだから、というのもあるのかも知れませんね。
日本代表が次に国際大会に出る頃には、フィギュアスケートもそろそろシーズンに入るでしょうか。
応援している身としては、どうか怪我なく過ごして欲しい、と願うばかりです。
余談ですが、Youtubeに浅田選手の新しいEX動画がUPされているという情報を得て観にいってみたら、既に削除されておりました…残念!!!
2010/7/2(金) 午前 1:42 [ もじ ]

初めまして。
いつも、楽しく、そして、的確な表現に感心しながら拝見しております。
投稿したくて、とうとう、yahooIDを修得しました!!!
時々、おじゃまさせてください。

浅田真央さんのスケートが大好きです。
努力を怠らない姿勢、それに伴う日々の進化。
真央さんのスケートを見ていると、音楽が見える、楽譜が見えるくらい、音楽と一体化しているように感じます。
「音楽に合わせて」滑っているはずなのに、「音楽が真央さんに合わせている」ように見えるときもあると感じるときがあります。
これこそ「表現力」と言わず、なんというのだろう…と、かねがね思うのですが…。

真央さんのスケートを、今年も楽しめることを幸せに思います。
2010/7/2(金) 午前 11:19 [ miho_ann ]

まさきつねさま

よくぞJAPANについて言ってくださいました。
たしかに今回は予選は突破した。そのことで、私も楽しませてもらったし日本国中湧きました。選手たちはよくやったと思います。でも、ベスト8に行くチーム力ではないことは明らかでした。(なにかの間違いでもいいから勝たないかな?と思っちゃいましたが・・・)
最後に「負けた」という事実を重く受け止め、どうして勝ちきれなかったのかを総括しなければ、次はWC自体にも出ることはできないかもと思いました。

手のひら返しのマスコミ。真央ちゃんのときのバッシングは、その比ではなかったですよね!(激怒)。勝っても負けても、「あの女」を引き合いに出され、徹底的に下げられてました。
サッカーにはずいぶんと優しいものだと思いました。
2010/7/2(金) 午後 0:51 [ kub*ch*n*716 ]

もじさま
WCの話題はどうしようかなと思ったのですが、やっぱりひとこと言ってしまいました。日本はまだまだサッカー後進国ですよね。それでもいつか、ジャイアント・キリングを目指して欲しいものです。
イタリアの敗因のひとつにセリエAの弱体化が言われていましたが、日本も選手が他国に自分の付加価値を売り込んでいるだけでは駄目でしょうね。フィギュアもそうですが、ノービス、ジュニア選手の充実が大事で、国内リーグを盛り上げることから国民総体のスポーツ意識を高めなければ、WCだけ視聴率が上がっても、先進国にはなかなか追いつかないと思います。
まずは一流監督の人選からと言いたいのですが…マスコミの手のひら返しはうんざりしますね。
2010/7/2(金) 午後 2:11 [ まさきつね ]

miho_annさま
初めまして。どうぞいつでも、お気軽にご訪問ください。お待ちしております。
浅田選手はいつも何かを期待させてくれる素晴らしい選手ですね。本田コーチが言っていましたが、「天然」というのも魅力ですね。(舞選手も小塚選手も、ひっくるめて「天然なんです。あそこ」と言われていましたが《汗》。)
今年はマスコミも選手の努力に追いつくくらい、しっかり勉強してもらって、まっとましな報道をお願いしたい。そして楽しく観戦したいものですね。
2010/7/2(金) 午後 2:20 [ まさきつね ]

kub*ch*n*716さま
コメントありがとうございます。
仰るとおり、マスコミの手のひら返しには呆れ果てました。岡田監督は何も変わっていない、ただ選手が遅ればせながら覚醒して、少しばかりの運で予選を通過しただけなのに、すべての問題はまた棚上げになってしまいましたね。
浅田選手には、いまだに彼女の価値や功労に見合うだけの言葉ひとつ出てきたように思いません。韓国選手の進退云々とはいい加減引き離して、浅田選手個人の展望にスポットを当てて欲しいものです。
2010/7/2(金) 午後 2:37 [ まさきつね ]

まさきつねさんこんにちは
いつも楽しく拝見しております。
今回の「首の差で」 すぐにサッカーのことかと思い
期待して見させていただきました。
お手製のトーナメント表を作って応援していたパラグアイ戦!!
勝手にベスト8まで引いていた赤線が消せずにいます~
今日からまた世界のすばらしい試合を見るため寝不足再開。
4年後はより強い日本を見せてもらいたいです。

ところで昨日の朝日新聞天声人語
なぜかキムヨナのオリンピックでの涙とサッカー日本代表の涙を一緒に扱った不可解な内容。とても不愉快になりました。真央ちゃんの涙に例えるならまだしも・・・ほんとにマスコミにはうんざりです。
2010/7/2(金) 午後 4:43 [ きゃべたれ ]

きゃべたれさま
コメントありがとうございます。
日本も応援するサポーターは一流になってきましたよね。あと少し、首相始め国民がもっと熱く注目したら四年後は変わってくると思います。(ついでに言えば相撲や野球も体質改善が必要ですよね。)
天声人語読みました。「めったに泣かない」のが涙の価値とでも言いたげですが、そのクールさが岡田ジャパンの限界だったことに、この記者は気づかなかったのでしょうね。
浅田選手は何度も涙しては立ち上がって来ました。泣いてそのまま潰れたのなら、何を言われても仕方ないですが、彼女は泣いたあと必ず勝利をもぎ取ってきましたね。
岡田ジャパンが真に勝利を望んでいたのなら、パラグアイ戦までにもっともっと、のた打ち回るくらい熱く泣くべきだったと思います。
2010/7/2(金) 午後 7:26 [ まさきつね ]

まさきつね様。再び こんばんは でございます。
サッカーに絡めてふと思ったことがあります。

私がサッカーを観るようになって初めてファンになったある選手が、現役を卒業する時に、
「もっとサッカーが上手くなりたいです」
と言い残したんですが(まさきつね様には、誰のことだか判ってしまうかも知れませんね)。

何だか、浅田選手も、いつか選手生活を終えることになった時に
「もっとスケートが上手くなりたい」
と思うんじゃないだろうか、なんて。
本当にその競技を好きな人にとっては、限界なんてないのでしょうね。

今シーズンはもちろん、これからも、浅田選手は貪欲に「上手く」なろうとするのでしょう。
前述の元・サッカー選手が『サッカー馬鹿』なら、浅田選手は『スケート馬鹿』ということになるのでしょうか。
『馬鹿』とはつけていますが、私にとっては、褒め言葉。
愛さずには、応援せずにはいられない、そんな存在なんです。
2010/7/2(金) 午後 10:05 [ もじ ]

もじさま
何度でもご訪問ありがたいです。
「もっと上手くなりたい」と言ったのは、ゴンですね。彼は確かに上手さをアピールする選手ではありませんでしたが、誰よりもシンパシーを感じさせる泥臭いプレーが印象的でしたね。岡田ジャパンに欠けていた何かを持っていたような気がします。
ドーハで転げまわって泣いた姿も強く心に残っています。死に物狂いでない選手の白けた涙など、嫌気がさしますね。
2010/7/2(金) 午後 10:39 [ まさきつね ]

まさきつね様、こんばんは!
真央ちゃんのEXはどれもとても好きなのですが、このタンゴの衣装、フィギュアに興味のないうちの連れ合いが、見るなり「おおっ、
かっこいいじゃねえか!」と言ったのが思い出されます(笑)

タラソワさんの振り付けの素晴らしさは、最初のSPから感動的
でしたが、私は彼女のおかげでステップの魅力というものに目覚め
させてもらいました。
仮面舞踏会でも鐘でも、あの神業のようなストレートラインステップにほれぼれとしてしまいます。

それにしても、真央ちゃんに大人の魅力が足りないようなことを
言ってるマスコミって、アホですね。
このタンゴでもすでに、少女と子悪魔が同居しているような無意識
の妖艶さが、軽やかさの中にキラキラと輝いて見えて、ぞくぞくする
ほどです。
2010/7/3(土) 午前 0:36 [ オレンジ ]

ふたたびお邪魔させて頂きます。

サッカーはあまり興味がないのですが、OPと同じ4年に一度の開催ということで、マスコミ報道のほうに興味をもって見ています。

誤審のことがだいぶ問題になっていますが、日経にイングランドがドイツにかつての誤審の仮りを返されたような敗北を喫したあと、あまりに潔すぎて執念が足りないとか、これがブラジルやアルゼンチンなら、絶対に黙ってはいないだろう、というような記事が載っていましたが、どうしてもフィギュアと比べてしまいますよね。

真央ちゃん達が受けたようなことを逆にされたら、あの国は絶対に黙ってないで猛抗議してきたでしょうね。
同じアジア勢というくくりだと態度も違うし、マスコミも「ニッポン!ニッポン!」一色で大騒ぎ。
今シーズンはどんな報道になるのやら…不安は拭いきれませんね。
2010/7/3(土) 午前 1:19 [ オレンジ ]

オレンジさま
このタンゴは男性にも人気のあるナンバーですね。オレンジさまのパートナーさまが仰るとおり衣装も含め、曲も振り付けもステップも、とてもかっこいい作品でしたね。
『バラード第1番』のステップも、『鐘』の成果が生かされて、素敵なバレエバージョンになっていましたね。
浅田選手はすでに覚醒し、今季に向けて走り出しています。マスコミは置いてきぼりにならないよう、あまりぐずぐずしていては、またもファンの気持ちと乖離してしまうでしょうね。
2010/7/3(土) 午前 5:20 [ まさきつね ]
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