月船書林

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シュニトケの翼


新シーズンに向けて、浅田選手のプログラムが発表された。

リストの『愛の夢』は以前から噂されていたので、選曲にはあまり驚きはないと思うが、FSでニコルの振り付けというのには、そう来たかというご意見が多いようだ。無論、総合プロデュースの立場にあるタチアナコーチからすれば、コレオを他の人に任せても、タチアナコーチ自身の狙いは充分果たせると見込んでのことだろう。

『愛の夢』は多くの人が感じているように、浅田選手のロマンティックで愛らしい魅力を存分に引き出すプログラムになる。ソチを目指す最初のシーズンとしては、彼女らしさをジャッジに印象付けるのにこの上ない選択といえよう。

だが、一方のSPの選曲はまさにタチアナコーチらしい、驚きと鮮烈なインパクトに充ちたものだった。

シュニトケ作曲の『タンゴ』で浅田選手からは「優しさと力強さのある曲」としか語られていないので、まだこの曲という断定が出来ないのがもどかしいところだ。
とりあえず、あちこちのブログでも推測されているもので、2009年のロシアのアイスショーで踊られていた次のナンバーが候補になるのだろうか。

☆Tango "Life with an Idiot" - Алферова -Чернышов - Ice skating☆

『愚者との生活』という歌劇第一幕の中の間奏曲にあわせ、ペアで演じられている退廃的な愛の劇場は少しばかりマニアックで、かなり妖艶だ。この曲を浅田選手はどう演じるのか、タチアナコーチはどんなコレオを付けるのか、『愛の夢』以上の期待でわくわくするところだろう。
(とはいえ、シュニトケはこの歌劇以外にも、多くの曲にタンゴの要素を組み入れているし、演奏形態や編曲が多少変わっても、扱われているのはどれもポピュラーなアルゼンチン風タンゴのメロディーが基本のようなので、ほかの曲もしくはいくつかの曲のタンゴ部分を寄せ集める可能性もある。)

『愚者との生活』はヴィクトル・エロフェーエフの中編小説を元に書かれた歌劇で、小説は、現実生活の汚濁や性愛、暴力といった要素を盛り込みながら、その人間的な俗悪さの先に、文学的な詩情を描こうと試みたものらしい。「らしい」というのは、あくまで歌劇の場面タイトルと、ロシア文学者の解説からの推測なので、曖昧で申し訳ないが、アイスショーのシーンから察しても、濃密な心理劇の風合いの強いものと思われる。

音楽はタンゴのほか、ブルースなどの現代音楽を取り入れ、レーニンを思わせる聖愚者を中心に、独裁者に圧砕される小市民を描くことによって、共産主義体制への風刺となっている。
シュニトケはその音楽性の面でもしばしば旧ソ連官僚から、粛清のための格好の餌食になっていたというから、社会的な寓意や反骨精神はもって然るべきところだろう。

旧ソ連領内にユダヤ系ドイツ人とドイツ系ロシア人の間に生まれた彼は、父親の赴任先のウィーンで最初の音楽教育を受けた後、モスクワ音楽院を卒業し、同院の講師を務めている。信仰心が厚くカトリックに改宗しているが、ロシア正教会にも傾倒していたようだ。
二十世紀の作曲家ながら、古典的形式の作品に拘りを見せているあたり、ショスターコヴィッチの影響を示しているが、その実、西側に巻き起こった前衛音楽や実験音楽の大波にさらわれており、新ウィーン学派やストラヴィンスキーらに交わりながら、伝統的な手法から離れていくことになる。バッハ以来の新旧のイディオムを取り混ぜた、いわゆる「多様式」と呼ばれる、さまざまな様式の反復と音楽の引用によって、どこかマーラー的なコラージュの手法で「芸術音楽と軽音楽の統一」という方向性を探っている。

フィギュア88-2

シュニトケが実際、どのような「軽音楽」を念頭に心酔ぶりを語っていたのか分からないが、自由に繋ぎ合わされた多様式とコラージュによって、解体された西洋音楽史が再構築された、いわば「ポスト・モダン」的に紡ぎ出された彼の音の織物から立ち上がってくるタンゴのメロディーは、まちがいなくそのひとつだろう。

また、シュニトケは生計のために映画音楽や劇中音楽の作曲を行っており、生涯に六十本以上の映画音楽の作品を残している。(彼の「多様式」主義には、場面ごとに違う音楽が繋がっていく映画スタイルの影響があるという評論家もいるらしい。)
この映画音楽用に作曲した旋律を、彼はそのまま芸術音楽の方に引用して使用していたようで、タンゴについても初出は映画にあると思われる。

ところで、シュニトケの映画音楽といえば、まさきつねが覚えているのはアレクサンドル・ミッタ監督の『テイル・オブ・ワンダー(放浪物語)』である。
ミッタ監督は日本の栗原小巻が出演した『モスクワわが愛』という作品が有名だが、『テイル・オブ・ワンダー(放浪物語)』はどちらかというと子供向けの今で言うファンタジー作品だ。

時代は十九世紀以前の昔という設定で、主人公の少女マルタの弟マイが悪党に誘拐されたことから、弟を救い出す旅に出かけるという典型的な寓話のストーリーである。
弟は隠された金の在り処を感じとる超能力があり、悪党たちはそれを目的に彼だけをさらっていったのだ。
ドラゴンや魔女といったお馴染みのキャラクターも満載だが、旅の途中知り合ったオルランドという男性が、マルタをいろいろに助けた果てに、ペスト(疫病神)の女との対決で死んでしまうという現実的な展開や、やっと巡り会った弟が悪党に育てられた末に似たような俗物に成り下がっていたという衝撃的な結果が、童話らしからぬ人間の闇の部分を表出しているのが、欧州映画らしい奥行きを感じさせていた。

悪党がさらった子供をわが子同然に可愛がるとか、マルタが弟に「あの人が死ぬならあんたなんか捜さなきゃ良かった」と厳しい言葉をぶつけるとか、随所に理不尽で複雑な人間ドラマがあり、やりきれない気持ちの行き違いが描かれているのが、綺麗ごとではない感情の物語を構築しているのだ。

マルタの旅のストーリーで最も印象的なのは、オルランドがマルタを青い翼に乗せて宙を飛ぶ場面だが、今のようなCGのテクニックもなく、羽根の骨組みを逆光で魅せたり空からの映像を合わせたりしながらのカメラワークは、幻想的な絵のように美しく、ストーリー的な緊張感も盛り上げていた。
姉に見捨てられ破れかぶれになったマイが、自分の能力を使って生み出してしまった廃墟状態の街は、戦時中の欧州の瓦礫の様子を彷彿とさせ、こうした映像表現のディティールがノスタルジックで、話をさておいてもどこかに哀愁や、やるせない寂寥感を画面に漂わせるのだ。

そして空を飛ぶふたりのエピソードから、話の一番終わりに成長したマイが、夢の中で見たオルランドの翼を廃墟の壁に絵で描くという結末への繋がりがたまらなく胸に迫り、そのシーンで流れるシュニトケのエレガントなタンゴが何にもまして詩情豊かに耳に残るのである。

☆Альфред Шнитке - Сказка странствий☆

この映画は今でもロシアでは、子供向けにポピュラーな作品として知られているのだろうか。

『愚者との生活』の凝縮された人間の愛憎劇も、身体表現として顕現するのには奥深いものがあると思うが、浅田選手には、『テイル・オブ・ワンダー(放浪物語)』に見られるような、荒涼としてどこか乾いた喪失感、そしてそれを突き抜けて成長した人間のたくましさ高貴さを、シュニトケの乾いたタンゴの旋律に乗せて表現して欲しいと感じた次第である。


mao9.jpg

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こんばんは。まさきつねさん、またまたお邪魔します。

真央さんのSPは、タンゴなんですね。2シーズン前のEXで、『ポル・ウナ・カベーサ』を踊っていたのを思い出しますね・・・

シュニトケの『タンゴ』は、まったく聞いたことの無い曲だったので、早速 YouTubeのロシアペアのアイスショーを観てきました。
『ポル・ウナ・カベーサ』に比べると、随分大人っぽくて、情熱的で、艶のあるメロディですね。(ロシアペアの振り付けのせい?)

ところで、YouTube内を検索して、違うアレンジのバージョンを見つけました。

http://www.youtube.com/watch?v=65N-wCBwxr8

オルゴールの音で始まって、オルゴールの音で終わってますね。こっちの方が原作なのかナ?ロシアペアのプログラムに比べると、もう少し叙情的な感じですね。

タチアナさんは、あまり単一楽器での演奏を使わない印象がありますが、どんなアレンジで、どんなプログラムに出来上がってるのか本当に楽しみですね。
2010/6/21(月) 午前 4:33 [ イナバウアーの白兎 ]

イナバウアーの白兎さま
コメントうれしいです。
ご紹介の動画はまさに『テイル・オブ・ワンダー』の曲ですね。仰るとおり、とても叙情的で、浅田選手にあってますよね。
シュニトケはアコーディオンにも通じていたので、彼のタンゴはどれもアルゼンチン・タンゴのようなモチーフが使われています。
いずれにしてもタチアナコーチのことですから、凝ったアレンジをしてくるでしょうが、ポエティックな印象を生かした美しいプログラムに仕上がりそうで、わくわくしますね。
2010/6/21(月) 午前 8:20 [ まさきつね ]

まさきつねさん、おひさしぶりです。スポナビのdanboです。いつも色々な情報ありがとうございます。
コメント返しとブログを拝見しにやってまいりました。
タンゴとしか解らないため、現在3曲ほど、これじゃないのかな?って曲が浮かび上がっているのですが、いったいどれになることやら・・・
今期も凝った作りのストレートラインステップを見るのが楽しみです。
2010/6/21(月) 午前 9:43 [ danbo ]

danboさま
ご訪問うれしいです。いつもお世話になります。
今回はなかなか、これ、と断定できないですね。個人的には映画に使われた曲かなとにらんでいるのですが。
もう少しの間、楽しみに待つことにしましょうね。
2010/6/21(月) 午後 6:59 [ まさきつね ]

まさきつねさまこんばんは。
新プロわくわくしますね。ローリーさんも、エリック杯の鐘の演技を見て、本気で真央ちゃんのこと心配してらっしゃいましたね。きっと今の真央ちゃんに一番ふさわしいと思う作品を考えてくださったと思います。タラソワ先生の凝った振り付けも楽しみですね。どんな真央ちゃんを引き出してくださるのか、ほんとに待ちきれません。
2010/6/21(月) 午後 8:31 [ Meiling ]

Meilingさま
コメントありがとうございます。
ローリーとタチアナ、どちらも違った魅力があります。何より、才能ある選手相手で、ふたりとも腕が鳴るのではないでしょうか。
それにしても、浅田選手の魅力は万華鏡のようですね。彼女の多面的な美しさを早くから見出していたタチアナコーチは、やはり凄いとしか言いようがないですね。
2010/6/21(月) 午後 9:16 [ まさきつね ]
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