月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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ラヴェンダーは夢みる


懐かしい動画をご紹介する。2002年京都アクアリーナで開催された全日本の映像である。

☆мao @ѕada Japanese Nationals Championships FS☆

この全日本の出場者は層々たる顔ぶれで、優勝したのが村主選手、二位に恩田選手、三位にSP七位から躍進した荒川選手、初出場の太田選手が四位、他に全日本二年目の安藤選手が五位、六位に中野選手、九位に鈴木選手という今の日本女子黄金時代の幕開けを告げるような試合だった。
そして浅田選手はまだノービスながら全日本ジュニアに推薦で出場し、そこで4位に入った事で出場を決めた全日本特別枠での初参加、八位だった姉の舞選手を抜いて七位という結果を記録している。

以前のエントリーでも書いたが、FSの衣装は伊藤みどりさんが1996年シーズンのFSプログラムである『シンデレラ』で着ていたもののお下がりである。

お下がりだから致し方ないのだけれど、『シンデレラ』のコスチュームを『インカダンス&アンデス』に当てるのはいかにも違和感がある。だが軽やかなフォーク調の曲にあわせてステップを踏む十二歳の浅田選手は本当に可愛らしいし、認定レベルではない回転不足とはいえトリプルアクセルに果敢に挑戦する姿は、みどりさんを彷彿させるに充分な気概を見せている。

他にも3F?3Lo?3Tに挑んでいるが、3Tは明らかな回転不足で、3Lz?3Loもロングエッジのルッツ、回転不足のセカンドジャンプと、現行ルールならいずれも厳しくDG判定されることだろう。
だがそれでも天才の片鱗は充分にうかがえるし、この演技から彼女が後に冠することになる「クイーン・オブ・トリプルアクセル」への挑戦が始まったのだと改めて感服する。

ジャンプ以外の要素でも、レイバックスピンやビールマンスピンのポジションも美しく、スパイラルでも綺麗な姿勢を保っている。ステップやトランジションはまだ拙く、表現として幼いが、後の成長ぶりを考えると、期待させる伸びしろの大きさがこの頃の彼女の最大の魅力だったのだろう。


ところで、このみどりさんのラヴェンダー色の衣装でまた思い出したのが、浅田選手が2007年?2008年シーズンにタチアナプロで滑った『ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジア』の話である。

基になったのはご存知の、映画『ラヴェンダーの咲く庭で』の挿入曲であり、以前のエントリーではこのプログラムに詰め込まれたステップとターンにおいて、浅田選手の姿勢やポジションに散りばめられた白銀比・黄金比に視点を当てた話題を語った。
(→『奇跡の美貌』

その際にいただいたコメントとそのレスで少し触れたのだが、映画『ラヴェンダーの咲く庭で』の映像表現と内容についてもう少し考察したい。

index_topimage.jpg

そもそもテレビドラマや映画、演劇に関して、作品をどこで評価するか観点はさまざまにあると思うが、ある映画評論家は「食事をするシーン」だと言っている。人間にとって「ものを食べる」ということは、生きる「ため」か生きる「こと」か、いずれにしてもいのちが存続する上でかなりの比率で重要視されるべき問題であることはまちがいない。つまり表現作品の中で登場するキャラクターが、「ものを食べる」生き物としてしっかり描かれているかどうかは、その存在感や生命感を鑑賞者に伝える大事なポイントになるということだ。

ものも食べず、それに伴う生理現象のひとつも行わないように感じられるようなキャラクターが闊歩する表現作品は、どんなに映像が美しく、ストーリーや音楽などがみごとでも、どこか胡散臭くて信用出来ない。翻って、食事や食事の支度をする場面などを細部に渡って実在感をもって描写した作品は、複雑な人間心理や人生の陰影に切り込んだ表現を為し得ていると推察出来るのである。

『ラヴェンダーの咲く庭で』の中でも、家政婦の女性が食事や洗濯などの家事をする場面や、食卓に並んだプディングやパイ包みといった英国料理を登場人物たちが食する場面が丁寧に描かれて、コーンウォールのつましい田舎暮らしをする老姉妹の心情に奥行きを与えている。

smith_grande_07.jpg


夫を第一次世界大戦で失った姉と、未婚のオールド・ミスである妹は、姉妹ながら全く違う人生経験を積んで、現在はともに暮らす同志のような存在である。家政婦を入れて三人の老女が同居する家に、ある日突然紛れ込んできたのが身元不明の記憶を失くしたポーランド青年である。青年にはヴァイオリンの才があり、女ばかりの単調な田舎の生活に、音楽と生活の変化と激しく揺れ動く感情のやり取りを持ち込むことになる。

ladies-in-lavender-1.jpg


だが老姉妹が若い客に寄せるほのかな想いの一方で、青年は村にたまたま出現したような絵を描く女性に魅かれてゆき、少しばかりご都合主義の展開で、世界的に名高いヴァイオリニストという彼女の兄に紹介されてあっけなく旅立っていく。1936年のドイツ侵攻を前にした歴史を背景にして、不詳の過去を持つ青年は心理的にはとても健全な成り行きで、若い女性と築く音楽家として成功した未来を夢みる訳で、年老いた女性が抱く感情や葛藤に気づく由もない。素性の分からない自分を手厚く保護してくれたことに感謝はしても、自分の将来を考えるだけで精一杯な若者は、老人たちの人生に自分が揺らした波紋のことなどへ気持ちが及ぶゆとりはないのである。

とはいえ老姉妹の感情の起伏の方も、単純に老いらくの恋と嫉妬と破局と言い切るには少し複雑で、ここでポイントになるのがタイトルにある「ラヴェンダー」という言葉である。

「ラヴェンダー」という言葉は(皆さまご存知かどうか分からないが)、映画・演劇関連の語彙からレスビアンという含意を持つ。それはレスビアン演劇の先駆けがアメリカ、ミネアポリスにあった「ラヴェンダー・セラー・シアター」で活動を始めたことに由来するようだ。

老姉妹とレスビアンと言うと、何だか奇妙な取り合わせのように思われるかも知れないが、決して異常な性的関係にある淫靡な話に貶めたいのではない。レスビアンはそもそもギリシャの女流詩人サッフォーが住んでいたレスボス島が語源だが、女性同性愛の歴史も男性のそれと同様、文学や芸術やジェンダー思想文化と切り離せない複雑さと深さを持っている。そして近代におけるレスビアンは、フェミニズム運動と強い関連があり、男性優位や資本主義、植民地主義などの社会制度からの疎外感や不満が、女性同性愛者の権利主張へ結びつき、果ては社会的マイノリティーの権利解放運動へ広がっていったのである。

戦争によって青春を謳歌することなく、傷ついた経験と年輪を重ねた姉妹が、互いの孤独を埋め合わせるように身を寄せて、英国の田舎町に暮らしていた。
肉欲はさておいて、二人の間にある感情は表向き、信頼や親愛と呼ばれるようなものであるが、実際は独占欲や嫉妬、憎悪が常にともにある複雑な思慕の念で結ばれているのだろう。
(連れ添う間柄にある情愛は苦悩を伴うもので、それについてレスビアンという言葉の響きは違和感があるかも知れないが、長年寝食をともにした夫婦と変わらない感情で結ばれた関係くらいの意味合いで受けとめて理解してもらえればと思う。)

そして長年封じ込まれてきた負の感情が、息子あるいは孫に等しい年齢の男性が突如現れたことで、さまざまに表出してくるのだ。張り合うような世話の焼き方、秘密の共有と嘘の共犯、見守り譲り合うような身の控え方など、どこか緊張した人間関係は、フランス映画などで良く描かれる男性二人女性一人の「聖三角形」を連想させる。
(この場合、男性二人の心理関係は概ねホモセクシャルなのだが、照らし合わせて女性二人の方はレスビアンということだ。)

いずれにせよ、異性ひとりを交えたために、それまで穏やかだった二人の関係が波立ち、翻弄され、その異性が去った時、嵐の後の凪のように残された二人の心情はさらに結びつきを深めて、人生に静かな余韻と複雑な滋味が生まれるという仕組みである。

こうした倒錯した人間関係が、穏やかで美しいコーンウォールの自然を背景に描かれたところに、この映画の醍醐味であるどこかもの悲しくも愛おしい人間への共鳴に繋がっているのであろう。

「ラヴェンダー」の貴婦人たちは破廉恥でも不謹慎でもなく、ただ慎ましく奥ゆかしい。その夢や憧れが、時に臆面もなく自由に羽ばたくことを望んだとしても、誰がそれを咎められるであろう。

「ラヴェンダー」は時に放埓を夢みる、因習と悪弊に充ちた地上からの解放と脱却のしるしなのである。


フィギュア74-3

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こんばんは。ドラマの中の食事の話、向田邦子さんのドラマのことを思い出しました。(古いですね!)「ホームドラマは飯食いドラマだ」とエッセイに書いていらっしゃいました。どなたかとの対談の中で、森光子さんの食事シーンの見事さについて語られてもいました。自分の台詞がくる、というときも平気でものを口に入れていらして、本気で食事していらしたそうです。もうすぐしゃべらなくちゃ、と思いながら食べるのを控えたりしませんものね、ホントの食卓では。
食べることは生きることですよね。毎日献立に悩む主婦ですが、これが私の存在価値でもありましょう!・・と自分を慰めたりして。。
スケートの話になりませんでした・・。失礼<(_ _)>
2010/5/25(火) 午後 10:08 [ pke*k*_pi_n*an ]

pke*k*_pi_n*anさま
コメントありがとうございます。
向田さんのドラマは面白かったですね。場面の中で人間が、泥臭く生きていました。
スケーターだって同じなのですよ。焼肉の話をする浅田選手や、ケーキを我慢してる安藤選手や、摂食障害に悩んだ鈴木選手、みんな人間臭くて素敵ですよね。
献立に悩むお母さんたちが美味しいご飯を作ってくれるお陰で、子供たちは美しく強く育っていくのだと思います。
2010/5/26(水) 午前 1:39 [ まさきつね ]
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