月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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奇跡の美貌


世に「黄金比」なる比率があって、ひと昔前に『ダ・ヴィンチ・コード』という本が馬鹿売れした時に話題になった。
(『ダ・ヴィンチ・コード』はトム・ハンクス主演で映画にもなったからご記憶にあるかと思う。)

黄金比(1:1.618)はオウムガイや向日葵の種などが作る螺旋構造のように、自然界に多く見られる調和の比率で、この比率を元にモナ・リザやオードリー・ヘップバーンの顔の美しさが解明されるのである。

ところで、この黄金比に対して、「白銀比(1:√2)」別名「大和比」と呼ばれる日本古来の比率があって、法隆寺の五重塔など日本建築のモジュールとして使用されている。
大工道具の一つである指矩(さしがね)の裏には丸太から最大寸法の方形角材を切り出すために便利な角目と呼ばれる目盛り(√2倍したもの)が刻まれているものもあり、大工さんの間ではこの「白銀比」は神の比率と言われ、大工の神様として祭られている聖徳太子の発明ではないかと考えられている。
(夢殿は、白銀比を含む八角形の造形である。)

また1:1.4(ほぼ√2) は、5:7と同じ値なので、大工さんが丸太から切り出した正四角柱の正方形断面の縦と対角線と横の比は、白銀比の5:7:5になるわけだが、俳句の五・七・五は、この比に通じるといわれている。

生花でも、『体の先と、用の先と、足下の3点を結ぶと、直角二等辺三角形になるのが基本である』という図式があり、直角二等辺三角形、その辺の比は、やはり5:7:5なのだ。さらに生花を構成する「真・副・体」の三つの役枝の高さやボリュームは、7:5:3にアレンジするのが基本とされ、この数字が子供の成長を祝う「七五三」の年中行事に繋がっている。

黄金比はトランプや名刺に用いられているが、白銀比で身近なものはA判B判の用紙サイズである。
A判はドイツから輸入された国際規格で面積1?で、幅と長さの比を1:√2になるように求めたもの、B判は江戸時代に将軍家が使用していた美濃紙に由来する日本独自の規格で、面積1.5?から求めたものだそうだ。
このところ、PC機器の影響で役所関係の書類はA判に移行する方向性にあるらしいが、B判の白銀比が和紙文化から応用されたということは興味深い史実である。

こんな風に日本古来のさまざまな文化に、深く馴染んで用いられてきた白銀比であるが、黄金比がモナ・リザやミロのヴィーナスを芸術的頂点とするアングロサクソン(白人)系の顔や、スーパーモデルの理想体型の比率に見出されるのと同様、白銀比は縄文人(アジア人)系の顔の比率にも見られ、その究極の芸術的モデルが仏像彫刻にいきつくという。

例えばまさきつねが以前の記事にも取り上げた、興福寺の阿修羅像は、顔が正方形、掲げた手の先から足までの身体が白銀比の長方形に収まり、台座までの長さの長方形にすると、黄金比になるらしい。
つまり日本人は、黄金比よりもふっくらした白銀比や、正方形をした愛らしい顔に、より親近感や癒しを感じているということなのだが、この傾向は日本独自の文化である漫画やアニメのキャラクターにも通じているし、近年の「仏像ガール」のブームの根底にあるのもそうだろう。

そして何より、観音像や阿修羅像に似ていると賛同意見の多い浅田選手の人気の高さもまた、この白銀比に深く支えられていると思われる。

柔らかい穏やかな微笑を浮かべた顔や、修羅の表情に変わるりりしい少年のような顔のパーツの位置関係も仏像に見られる白銀比に重なるのだが、スピンやスパイラル、ターンやステップなど各要素で、フィギュア独自のポージングを定方向から計測した場合、その比率が白銀比あるいは黄金比に収まる確率が高いという。

黄金比と白銀比についてはこんな論の中でも、金と銀とどちらがより美しいかなどという無粋な話にはしたくないので、黄金比はよりシャープで大胆な構成、白銀比は優しくコンパクトにまとまった形と双方の特色を分析するに留めるが、どちらの比率も安定感のある均整の取れた黄金分割を形成することに相違はない。
(黄金比を西洋的男性原理によるもの、白銀比を東洋的女性原理に基づくものと体系立てて解釈する論もあるのだが、ここではそうした比較文化論にまで踏み込むつもりはない。)

いずれにしても、「アラベスクのよう」と称えられた浅田選手のスパイラルや、美しい変化を見せるスピン、華麗なステップが描くトレース痕など、フィギュアの美の原型に「神の比率」が点在して、奇跡のような演技が氷上に宝石をばら撒いたみたいに輝きを放っていたことがお分かりになるだろう。

花びらがこぼれるような微笑や、強く意志を持った瞳も黄金分割される美貌のひとつの欠片だった。

観衆は愛されるべくして愛される、フィギュア選手の美貌に隠されていた神の秘密、奇跡のもたらした美しさに忘我したのである。
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さて、最後にご紹介するのは、少し古いが2007年の浅田選手のSP演技からステップ・シークエンスの解析動画である。
ターンとステップの要素が文末のリストの回数詰め込まれている。
この頃浅田選手はアルゥニアンコーチに師事していたが、この『ラヴェンダーの咲く庭で』はタチアナによる振り付けだった。

『ラヴェンダーの咲く庭で』は十代の女の子が踊るプログラムとしては少し違和感があって、二人の老女と二人の家に迷い込んできた青年を巡る、老いらくの三角関係がテーマの映画である。

名女優二人が演じる年老いた女性たちの中に、純粋な乙女の恋心といびつな女の嫉妬心が交錯し、それでも最後は品性と分別をわきまえた淑女として自らの老いを咀嚼する潔さが、イギリス、コーンウォール地方の景色の美しさと、甘いヴァイオリンの響きに共鳴していた。

この時期「ふわふわ真央」のイメージが定着していた浅田選手に、この複雑かつ歪んだ女性心理を含む音楽的解釈と、アイスダンス並みのステップ習熟を命じたタチアナは確かに、(ちょっとマニアが入った?)鬼だと思うが、この難曲をものにしてから彼女の表現力や心的な奥深さは強まったと感じる。

どのターンもステップも、演技中は一瞬の速さで通り過ぎてしまうが、バランスを崩すことなく決められているフォルムの見事さや、トレースを引いていくフットワークの完成度の高さはやはり、表現の中に散りばめられた白銀比の存在を感じさせられて思わず震撼するのである。

mao(1).jpg


《ターン》
スリーターン3回、ブラケット1回
ロッカー6回、カウンター2回
ツイズル4回、ループ2回

《ステップ》
モホーク2回、チョクトー7回
トゥステップ3回、ランニングステップ0回(←タチアナは、ランなんてさせてくれないよ。)
シャッセ2回、クロスロール1回

☆ステップシークェンスを理解してみよう☆

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こんにちは、まさきつね様。

某サイトのゲームを模した記事からたどり着いた記事で、
浅田選手が菩薩様や阿修羅像に似ていると言われていることを知りました。

言われてみれば似ている!と目からウロコが落ちました。
そうか、それで何となく親しみを覚えるのか、とも感じました。

一時期、ある作家さんが寺社や仏像を訪ねる番組を見ていた時期があったんですが、
大人になって見てみると、
仏像というのは、本当に美しい造形をなされているのだな、と感じたものです。
ですから、浅田選手がそういった仏像にたとえられるのは、ファンとして嬉しく思っています。

私は、浅田選手の見た目の仏像への近似もさることながら、
その心映えの美しさ、更に言うなら高潔さもまた、
菩薩様にたとえられるに相応しい、と感じています。

彼女の倍以上も生きている私でも、到底たどり着けない徳を感じます。
選手としてだけでなく、彼女の存在そのものが、既に『奇跡』なのかも知れません。
2010/4/29(木) 午後 0:22 [ もじ ]

はじめまして、まさきつね様。
しばらく以前から拝見しています。とても丁寧でまっとうな内容を様々な視点から書いてらして興味深く、心が落ち着きます。

真央選手が観音様や菩薩様に似ているというのは以前から言われてましたね。
仏像職人は神仏を再現するつもりで魂をこめて作っていらしたのでしょうから、古来日本人が理想とする(もちろん、深い精神性を表すような)美しさであることは間違いないでしょう。
白銀比の話もこんなにきちんと知ったのは初めてです。
私は浅田選手のスパイラルや動作の美しさに感動してファンになったので、素敵な更新嬉しいです。

浅田選手のすんなりとした顔立ちに、マイナスの感情や困難を乗り越え、昇華出来るしなやかさ、いい意味での天真爛漫さが隠しようもなく華やかにこぼれているような表情が多くて癒されます。広く様々な意味で使われる「強さ」とは少し違ったニュアンスのものを彼女には感じます。
2010/4/29(木) 午後 3:43 [ すずこ ]

受け答えなどを拝見すると、以前から幼いどころかとても大人です。マスコミに一番欠けている、人を傷つけないデリカシーが年少の頃から身についている。

ラヴェンダー、サントラは何度も聴いていたのに、ちょうど昨日映画を初めて見たのでコメントさせて頂きました。
ストーリーは知っていたものの、実際に鑑賞するとこれを17歳の真央選手に与えたタラソワコーチの先見の明は凡人の想像を超えています。
「鐘」もOPでメダルを取るだけのためのプログラムでないことは明らかです。ラヴェンダーがマニアックというのは実は以前から感じてました。でも映画を見て、プログラムを見た後に文章を拝見すると、タラソワコーチの真央選手やスケートへの愛情や自尊心が伝わってきて暖かい気持ちになりました。
タラソワコーチが映画の登場人物を表現させようとしたプログラムかどうかは知らないのですが、浅田選手は抽象的な表現が抜群に上手い選手だと思います。想像しても、具象より難しそうです。そういう空気を表現出来るところも、天使や妖精、菩薩などに例えられる所以かもしれません。初めてで長文失礼しました。
2010/4/29(木) 午後 3:52 [ すずこ ]

もじさま
コメントありがとうございます。
もじさまは「仏像ガール」ではいらっしゃらないのかな。でも、仏像の美しさに、最近いろんな方が目覚めておられますね。
確かに仰るとおり、仏像が真に美しいのは、外貌ではなく内面に込められた信仰心の高貴さ気高さのためでしょうね。
浅田選手のチャレンジングは、御茶の間で交わされるおしゃべりの閾ではとても語れない高みへ行き着いてしまいました。(一方で、それでも彼女が御茶の間に向かって、言葉を発することが素晴らしいと思いますが。)
高みの存在でありながら、常にかたわらに寄り添っていてくれる菩薩の慈悲、それが「奇跡」なのでしょうね。
2010/4/29(木) 午後 4:01 [ まさきつね ]

すずこさま
初めまして。コメントうれしいです。
今回は、浅田選手と仏像彫刻との類似について多くの賛同があるので、白銀比の理論を交えて少しまとめておこうと思った記事でした。
書いてみると、その容姿だけでなく、むしろ内面性の類似の方に強く惹きつけられ、浅田選手の表現力がいかに内面性を増してきたかということに改めて感じ入りました。
『ラヴェンダー』は本当に精神性の強い映画作品だと思います。タチアナが、ストーリーや登場人物の心情を、どこまでフィギュアのコレオに変換させようとしていたかは定かではありませんが、年老いても尚、心にも燃えさかる情熱、人生への愛惜、その甘さと苦さを浅田選手なら表現し得ると考えたところに、タチアナの一筋縄ではない凄みを感じます。
長文お気になさらず、またいつでもお気軽にご訪問ください。お待ちしています。
2010/4/29(木) 午後 4:18 [ まさきつね ]

司馬遼太郎氏が「無垢の困惑」と評した阿修羅像は、少女のような優美さがありながら、見る角度や陰影によっては非常に厳しい近寄りがたい表情を見せますね。
真央選手が「鐘」のスパイラルの中でこれと似た表情を見せていたと思います。

この阿修羅像が大好きで、十回以上もお参りしたという小松左京氏が「浅田真央選手のほうが(ヨナ選手よりも)人間として華がある」と評したそうですね。
「演技」としてではなく「人間」としたところが意味深長です。
概してスポーツ競技は実力と人間性とは別と割り切っていますが、フィギュアは「美しさ」も競う特殊な競技ですから、選手の演技や日頃の言動に人間性を見たくなります。
チャレンジングな目標を持ち、そこに一途に取り組む姿勢。どこか浮世離れした雰囲気。一度決めたらブレることなく突進する頑固さ。清楚な笑みから阿修羅の形相まで多彩に変化する表情。こうした浅田選手には花も実もある「人間の華」を感じますね。

2010/4/30(金) 午後 2:28 [ 桔梗 ]

桔梗さま
ご訪問ありがとうございます。
司馬遼太郎さんも小松左京さんも、言葉を生業にする人はやはり、はっと心の眼を覚まさせる表現に巧いですね。
「浮世離れ」まさにそのとおりだと思います。浅田選手には、この世の功利に疎い、無垢な精神性があります。
「薔薇の木に薔薇の花咲く」そんな当たり前な美しさ、強さが、ジャンプを「よいしょ」って跳ぶ彼女の「人間としての華」なのでしょうね。
2010/4/30(金) 午後 4:50 [ まさきつね ]

あ…残念ながら、『仏像ガール(この言葉自体も、こちらで初めて知りました)』というほど造詣は深くありません(^_^;)
フィギュアスケートと同様、供されたものに対して、素敵だな綺麗だなと感じたり憧れたりする程度です。

でも、まさきつね様の仰るとおり、気づけば寄り添ってくれている菩薩様は、本当に慈悲深いと思います。
こういうことに気づけるようになったのは、大人になったことのいい点なのでしょうか。

2010/5/1(土) 午後 11:59 [ もじ ]

もじさま
そうですね。まさきつねも学生時代は、お寺に観覧しても無感覚な部分がありました。いっそ子どもの時は、直感的に凄さを感じていたと思いますが、「多感な時代」と呼ばれる頃は自分自身の内観に精一杯で、自分の周囲のものや人に対して、逆に無礼だったり無神経だったりしたように記憶します。
大人になっても恥ばかりかいていますが、寄り添ってくれるものの慈悲には、少しずつ気づけるようになりましたね。
2010/5/2(日) 午前 11:14 [ まさきつね ]

初めまして。ねこりんと申します。
こちらには少し前からお邪魔していますが、フィギア・スケートに対する奥深い考察にいつも感心させられています。
「ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジー」はソロヴァイオリンを吹き替えしているヴァイオリニストのファンでもあるので、真央さんがこの曲を選んだと知った時には小躍りしました。
タラソワコーチに師事してから真央さんの演技はとても洗練された物になりましたよね。

今年はジャンプなどの専門コーチが付くようなので前シーズン伸び悩んだGOEによい影響が出てくれるものと期待しています。
2010/5/7(金) 午前 7:39[ ねこりん ]

何度もすみません。
お気に入りに登録させていただきました。
これから宜しくお願いいたします
2010/5/7(金) 午前 7:45[ ねこりん ]

ねこりんさま
初めまして。ご訪問うれしいです。
ラヴェンダーの「老いらくの三角関係」というのは、まさきつねの言葉が足りなくて誤解があったと思いますが、恋愛に限らずに、気持ちを交わしたりすれ違ったりする関係という意味でした。
恋心に限定すれば確かに、どれも成就しなかったが故に、永遠性を持ちえたということでしょうね。
お気に入り登録ありがとうございます。まさきつねもこれからねこりんさんのブログに訪問させていただきます。こちらこそよろしくお願いいたします。
2010/5/7(金) 午後 1:59 [ まさきつね ]

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