月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

平安時代のLuv Letter

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亭子院歌合の歌
さくら花ちりぬる風のなごりには 水なきそらに浪ぞたちける (紀貫之『古今集・巻二春下・89』)


山が笑ったので、さくらを見に出かけた。

まさきつねの家の裏山は登山道に沿ってさくらの花盛り。朱鷺色のリボンが山にぐるりと巻きついて、この時期はちょっとした花見の名所。

今年から気象庁のいわゆる桜前線、さくらの開花予想は観測のみで、発表は取りやめになったという。
さくらが咲こうが咲くまいが、台風や津波みたいに多大な被害を及ぼすものではないから、観測するも発表するも中止をそんなに目くじら立てて怒る人もいないのだろう。

だが、花が咲く。これだけのことが、こと日本人にはたまらなく感動的で、時には人の病さえも癒してしまうほどの力を持つものなのだ(byヒルルク)。

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春のほんのひと時だけ、ただひたすら美しいプロフィールを覗かせる。でもあっという間に散ってしまって、その後の山は、また別の顔を見せてしまう。
だから人はまるで幻を見たような、夢の中に過ごしたような不思議な感覚にとらわれるのだ。酒なんか一滴も飲まなくったって、足元は充分浮遊感覚。羽化登仙の心地です、ハイ。

で、山のさくらの下でおにぎりなんか食べながら、陶然と高橋選手の『Luv Letter』を思い出したりした。
☆Daisuke Takahashi 2010 world ex☆

「和のイメージで」という衣装は正直ちょっと狙いすぎの感じがするけど、曲調からインスパイアされるものは、やっぱり夜に散る桜なのだろう。
月のしずくに濡れて、花は散る。山は散りゆくものをとどめることは出来ない。
さくらは山からの手紙なのだ。

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冒頭の和歌の解釈をしておこう。
ご存知、『土佐日記』で超有名な紀貫之の一首。
三十六歌仙の一人で、同じく歌仙の凡河内躬恒との何やらアヤシイ男色疑惑のあるお方である。

若き醍醐帝が命じた『古今和歌集』の編纂に、従兄弟の友則、壬生忠峯とともに選ばれたのがこの二人だった。
貫之は持ち前のエディターシップを存分に発揮して、共同ワークで編集に当たり、そしてその文才を花と咲かせたのがあの超超有名な、「やまとうたは人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」の仮名序である。和歌の本質を解き明かし、分類して、部立てを組み立てて、和歌のあるべき姿を歌論とともに展開してみせた。

京都で彼の邸宅があった辺りは「桜町」と呼ばれ、『源氏物語』の花散里が住む中川邸が想定されていたのもその近辺という。
このように貫之はさくらに縁が深く、百人一首に選ばれた「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」のように、花や自然の情景を理知的技巧的に詠み込んだ歌が多いが、優美かつ繊細さの反面、観念的過ぎるという指摘もあり、定家は歌論『近代秀歌』で「哥心たくみに、たけをよびがたく、詞つよく、姿おもしろきさまを好て、餘情妖艶の躰をよまず」と賞讃しつつも批判している。

そしてこの「さくら花」の歌の解釈だが、宇多天皇が御所の亭子院で催した歌会の出詠で、「風に舞う桜の花びらを、空に立つ波に見立てている。」という。
窪田空穂の『評釈』には「美しく大きな光景」とあり、さくらを舞い散らす風が過ぎ去ったあと、辺り一面吹雪いた花びらの群が白いすじを引き、それはまるで水のない空に名残りの波が立つようだという語釈になる。
心情を感性的に捉えれば、「あなたは私の心を乱して私から去ってしまった。あなたの残り香に、涙も涸れ果てた私の胸は今も波立つのです。」…くらいまでは踏み込めるだろうか。

いずれにしても「なごり」という言葉をたくみに響きあわせて、水のない空に波が立つという矛盾した心象風景を、幻想美の中で構築した一首である。

この歌については実際どうなのか分からないが、前に述べた躬恒と貫之は常日ごろから、男同士で恋歌のように仕立てた歌を交わしあっていた。
月や花に想いを託したLuv Letterのような贈答歌である。

さくらも風も水も波も、日本人ならそのどれもに想いを託し、恋に悩む自分の仮象とする。

波の立たぬ氷の上で、月の光にあるいは風に、そしてさくらの化身になって、『Luv Letter』の調べを踊る高橋選手もまた、やまとうたのこころを伝える担い手だった。



さて、麗らかに今日の花は降りしきる。

今年の春が過ぎていく。

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けふのみと春を思はぬ時だにも 立つことやすき花のかげかは (凡河内躬恒『古今集・巻二春下・134』)


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ところでこんな記事をUPすると皆さま、ちょっとドキドキしてお勘ぐりになるのでは。

まさきつねは腐女子?


いいえ、ご安心を。
正統な魔婆頭腐です。(ウィアーよりもランビエールに萌えるんだニャン。)


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はじめまして。
まさきつね様の書かれている内容にとても共感しましたので、お邪魔させて頂きました。
「鐘」の真央選手を興福寺の阿修羅像に準えたのは慧眼だと思いました。眉を寄せた厳しい表情の中に少年らしい瑞々しさを湛えた、奇跡的な名品。真央選手も奇跡的なスケーターと思います。

私も古典や和歌が好きですが、真央選手はネアカで鋭い感性の持ち主だと思いますので、清少納言系でしょうか。紫式部さんはちょっとネクラっぽい(笑)
まさきつね様が引用された紀貫之の短歌は絶品ですね。
真央選手に相応しい短歌はやはり石川啄木の、

世の中の明るさのみを吸うごとき
黒き瞳の今も目にあり

以上、同じくランビ様も好きな暗人頭腐でした^^
まさきつね様のご活躍、これからも楽しみにしております。
2010/4/7(水) 午前 11:35 [ 桔梗 ]

まさきつね さま

こんど真央ちゃんをスタンドの片隅から見てまいります!
わーい!!
2010/4/7(水) 午後 3:16 [ jun*u*noma*a ]

…お詫びがございます。。。

私、このログを拝読するまで、まさきつね様は男性だと思い込んでおりました…
大変、失礼いたしました~~~(´Д`;)

ちなみに、私は最近、ジュベールに萌えてます♪てへw
2010/4/7(水) 午後 10:16 [ もじ ]

桔梗さま
初めまして。啄木の歌は真央ちゃんの瞳に通じるかもしれませんね。いつまでも美しいものを見続けて欲しい、まっすぐな瞳ですね。
岡野弘彦のこんな歌もありますね。

うなじ清き少女ときたり仰ぐなり阿修羅の像の若きまなざし

またご訪問ください。アンニンさま。
2010/4/8(木) 午前 0:55 [ まさきつね ]

jun*u*noma*aさま
おお、楽しみですね!!
ぜひ、ご覧になった感想をお聞かせください。
まさきつねも楽しみにしています!
2010/4/8(木) 午前 0:56 [ まさきつね ]

もじさま
コメントいただき恐縮です。
まあ今は腐男子をはべらせてますから…って、違うか。
ジュベさま最近大人気ですね。五輪からの復活が泣けましたしね。
四回転にかける情熱は半端じゃないですよね。サイボーグと思いきや、血の通った人間らしさがあって、あとはもう少し、スケーティングの方にも情熱を見せてくれたら…二兎は無理かな。
2010/4/8(木) 午前 1:09 [ まさきつね ]

再度、ここにお邪魔します。
お返事が遅れてすみませんでした。
「岡野弘彦」の素敵な短歌をご紹介して頂き、ありがとうございます。世の中、まだまだ色々な名歌が綺羅星のごとくありますね。人かから直接紹介された歌というのは、印象に強く残ります。

この時は気がつかなかったのですが、「うつくしき言の葉つくしてよ」のスレを読んで、本棚から万葉集関係の本を取り出したところ、「万葉秀歌探訪」(岡野弘彦)とあり、ここでようやく気がつきました。ボンヤリとですが以前に見たような名前と思っていました。

「月船書林」というブログ名を見た時、万葉風だと思いました。
「天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ」(人麻呂集)
を連想したものですから。
まさきつね様は白州正子さんを彷彿とさせるお方だと思います。まさきつね様のほうがモダンですけれどもね。

毎日健筆を振るっていらっしゃいますが、ブログの運営も大変でしょうから、あまりご無理なさらないようにして下さいね。
2010/5/1(土) 午前 1:04 [ 桔梗 ]

桔梗さま
重ねてのご訪問うれしいです。お返事も、どうぞいつでもお気に適ったときにいただけたらと思います。
人麻呂にお気づきいただけましたか。有名な歌ですから当然かも知れませんが。月の船であちこちの話題を漕ぎ渡りつつ、フィギュアやいろんな芸術にまつわる話が出来ればと思って付けました。
白洲正子さんには遠く及びませんが、一流を見極める眼を育てることが生き方を一流にしてくれるのだろうと、日々「遊びをせんとや」生き暮らしております。
フィギュアネタのつきるまでは、と今のところ頑張っておりますが、ぼつぼつペースを落として、質を落とさないエントリーに努めていきます。
お心遣いありがとうございます。
2010/5/1(土) 午前 1:57 [ まさきつね ]
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