月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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ラフマニノフの『鐘』について思うこと


最も喜ぶべき結末を迎えた筈の世界選手権だが、最後にどうしても殺伐とした思いが残ってしまった。

しかし五輪の演技に対する再挑戦として、ひたすら自分との闘いに専心したアスリート浅田選手をいくら讃えても過ぎることはない。
3A三回に懸けた彼女の誇りに、心から敬意を表したい。

とはいえ、三回のうちの二回にDG判定を下した技術審判は、(とりあえず「目の肥えたジャッジ」と辻褄あわせ要員のライターからは擁護されているが、)どう捉えてもISU本陣のバルナビリティを露見させたとしか思えない。
付け加えて、言わずもがなではあるが目を覆いたくなるような、各選手とも整合性も統一性もまるでないGOE加点とPCS評価。

各国の解説者が説明に詰まるこの常軌を逸した事態を収束させるのはもはや、今の「ジャッジに愛されている」選手への実質引退勧告となるような、大幅なルール改正しかないのではないか(と素人ながら観測する)。


さて、芸術に政治の話はあまりに無粋だ。
この辺で切り上げて、シーズン最後に、名プログラムへ畏敬の気持ちを込めたレポートをまとめておく。


ラフマニノフの前奏曲嬰ハ短調『鐘』OP.3-2 Prelude in C-Sharp Minor

浅田選手のFSの曲目として発表された時は、同じラフマニノフ作曲の合唱交響曲『鐘』OP.35と混乱された向きも多かったように思う。

かいつまむが、合唱交響曲の方はエドガー・アラン・ポーのテクストを元にしたもので人生の四季を「鐘」になぞらえた四部構成の作品だが、前奏曲の『鐘』は本来標題を持たない絶対音楽で、五曲から成るピアノ曲『幻想的小品集』の収録曲だった。

ラフマニノフがモスクワ音楽院を卒業した初期の代表作だが、彼がこの曲で得た報酬はわずか40ルーブル(現在で1.64ドル)に過ぎなかった。しかし楽曲への人気は初演から火が付き、世界的に出版譜が出回った後、アメリカで「The Bells of Moscow(モスクワの鐘)」のタイトルが付けられたという。クレムリン宮殿の鐘の音にインスパイアされたという話が基になっているようだが、真偽の程は分からない。

だがロシア人にとって「神の招き、警告」を意味する鐘の音は、風土的宗教的に染み付いている心的体験のようなので、精神的な響きと呼応する音の原風景の一つとして、ラフマニノフにもタチアナコーチにも当然のようにあったと考えていいだろう。

そしてラフマニノフが「もし私が自作品の中で鐘を人間の感情と共震させることに成功しているとしたら、それは私が人生の大半をモスクワの鐘の響きと共に過ごしたからだ」と語っているように、タチアナコーチが鐘の音に、人間の根源的な感情の一つである「怒り」を共鳴させて表現しようとしたと捉えることに、さほど無理はあるまい。

ピアニストのパートナーを持つタチアナコーチの音に対する感性、そして演技の個性に合わせたアレンジにも定評があるが、一部のアンチからはなぜか徹底的に否定されている。
まさきつねは彼女の選曲のセンスにも、音のつながりを繊細な振り付けや踊りに転化していく卓越した技量にも感嘆する。
(コレオグラファーとしてのタラソワ批判の大半は、浅田陣営否定のネガティブキャンペーンの一環だ。)

タチアナコーチはこの曲をピアノ演奏でなく、レオポルド・ストコフスキーが管弦楽編曲したものを使用した。

これに関しても賛否両論あって、賛成の方は以前にも書いたが、オーケストラの轟音で(浅田選手を守るべく)分厚い楽曲の壁を作るというタチアナコーチの狙いに対する共感で、反対の方は、情熱的な中間部が大きくカットされたことと弦楽器による演奏が、鐘の反響音を表現し切れていないという、編曲への反感によるものが多い。

重圧感のある金管の響きに、低くうねる弦楽器、ティンパニーとシンバルの打楽器が暗鬱感をかきたて、中間部、オーボエとクラリネットが絡まりあい、曲に疾走感を与えていく。
そして静まり返っていく終章、聖歌のように豊かな余韻を残し消えていくトランペット。

確かに弦楽器のレガートな音の響きは重層的だが変化がなく陰鬱で、足枷を引きずっているように気分が沈み、高らかに鳴り響く鐘の爽快感をイメージすると、どこかずれがある。
今季シーズン初めにマスコミばかりかファンにまで「重い」「暗い」などと批判されたのも無理からぬと思う。

ジェフリー・バトルがこれを2004年?2005年のシーズンにSPで選曲しているが、その時はピアノ演奏で原曲をほぼそのまま使っている。
☆フィギュアスケート ジェフリー・バトル - 2005 世界選手権 SP☆

ところで、ラフマニノフにとってこの曲はどんな存在だったかが、なかなか考察として面白い。
ラフマニノフの従兄弟ジローティの功績もあって、広く知れ渡る出世作となった作品は「ラフマニノフの例の前奏曲」と呼び習われ、演奏会のたびに聴衆から「C-Sharp!」のアンコールが懇願されたらしい。反面ラフマニノフ自身は、この曲に対する評判が高まるほど、そのほかの自分のピアノ曲が軽んじられることに鬱屈を覚えていた節がある。

芸術家にとって、自分の代名詞になるくらいの代表作というのは、若年の頃の作品であればあるほど、立て看板であると同時に越えられない壁になってしまうものなのだろう。


翻って、タチアナコーチが五輪イヤーになぜこの曲を候補曲のひとつとし、選んだ浅田選手(あくまで選んだのは本人だ。タラソワが無理やり押し付けた訳ではない。)に向かって、何に対して「怒れ」と言い、何を「乗り越えろ」と教示したかったのかを鑑みてみる。

冒頭に述べた、トリノ五輪から数年かけて、ISUが念入りに浸透させていった理念を筋とするルールとジャッジに対する苛立ちと腹立たしさもあろう。ジャンプを跳ぶ足に次々と絡み付いてくる、エッジ判定やDG判定といったルール包囲網との見えざる闘いもあろう。

だがタチアナコーチは(前にも紹介したけれども)、バンクーバー五輪でのプルシェンコ発言を受けて、現行ルールやジャッジに対する批判をしているが、浅田選手の演技に関して、ひとつひとつのDG判定やPCSへの不満を報道で発言したり、ISUに直訴したりなどしてはいない。
浅田選手も同様で、彼女は常に「エッジは修正するのが当然」「回転不足はとられないように努力します」と採点結果を自らへの課題と受けとめている。
(理不尽にも統一性のない回転不足の基準についてはさすがに、五輪後のインタビューで発言していたが。)

オーサー始めキム陣営が何かことがあるにつけ、ジャッジ批判や妨害発言を繰り返してきたのに比べると、対五輪戦略とはいえ、明らかな懸隔である。

タチアナコーチは表現畑の人間だから技術面に疎いという意見もまま見るが、彼女ほどの場数を踏んだエキスパートにそれはありえない。
タチアナコーチは高難度ジャンプのリスクも、浅田選手の演技構成が抱えるいくつかの不均衡にも当然気づいていたと思うが、最終的に選手のモチベーションの傾く方向へ、すなわち浅田選手が選んだ、3Aを二回組み込むプログラムに作品としての『鐘』の完成を託した。
(繰り返しになるが、タチアナコーチが選手の試合に来ないとか、氷の上に立たないとかいった批判もいい加減にして欲しかった。選手が不満を口にしているのではないのだから。)

結果的に浅田選手は、五輪では3Aには成功したものの「私にもやれることがあった。今後は、それを完璧にしていくだけです」という課題を残し、世界選手権ではその課題をリベンジすべく、(3A認定に難癖を付けられたが)全てのエレメンツに自分がやれること、やるべきことを果たしてコーチの期待にも応えたのだ。

タチアナコーチの作った楽曲の重厚な壁は浅田選手を、冷厳とした聴衆の反応や、鵜の目鷹の目で粗探しをするジャッジから守り切ったとも言えるし、同時に、その轟音の壁を超えて、浅田選手の演技の真髄が聴衆の琴線に触れ、ジャッジの「勝たせたくない」意識を蹴散らしたと言えるのかもしれない。

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高橋選手同様、浅田選手の今シーズンが来季の挑戦に続く最上の結果で終わったことは、本当に素晴らしかった。

だが一番素晴らしいのは、浅田選手が今季の演技によって、「Queen of Triple Axel」の称号で五輪お墨付きの立て看板を得たと同時に、さらに乗り越えるべきものを眼前に認識したということだろう。

浅田選手の3Aが、男子の四回転同様リスクの大きいものであると同時に、さまざまなジレンマを抱えた大技だということに変わりはない。そこで今後、3Aに頼らないプログラム作りやジャンプの種類を増やすといった課題が重要であることは、すでに彼女自身がインタビューで述べている。


閑話休題。ラフマニノフは「C-Sharp」による名声を得たが、その後、その他の曲に対する酷評による失敗や精神的疾患という挫折を味わった。
それから作家チェホフらとの親交によって徐々に立ち直り、辿り着いたのがフィギュアの演目としても馴染み深い『ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 OP.18』である。

タチアナコーチの当初の狙いにあったかどうかはいざ知らず、ラフマニノフの曲折さまざまな人生行路については彼女も熟知するところであろうと思うので、圧制による束縛からの解放といった大仰な作品解釈のみならず、もっと個人レベルの苦痛や懊悩からの解放を、ラフマニノフに重ねて浅田選手の逆境に示唆したと捉えることは出来ないだろうか。
そして(たとえ形式上の師弟関係を解消したとしても、)タチアナコーチの思いの中には、前奏曲『鐘』を見事に演じきった後の浅田選手が、今だ彼女を取り巻く苦難や課題を乗り越えてソチに向けてさらに進化を遂げること、3Aの看板だけを拠りどころとせず、各エレメンツの充実をもって真の五輪女王たるべく成長し続けていくことに、(ラフマニノフの作曲家としての大成と栄光にだぶらせて、)確信があるものと推測するのである。

☆Mao Asada - Prelude in C-Sharp Minor Op.3 No.2 "Bells of Moscow" [Orchestral]☆


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はじめまして。他のブログでお名前を見かけ、冷静でよいコメントをなさる方だな、と感じておりました。鐘の演技は、初見から衝撃を受け、未完成ながらその芸術性に感動した者です。今回完成形を見ることが出来、こんなにうれしいことはありません。タラソワ先生もきっと深いお考えがあって、このプロを創ってくださったのでしょうね。真央ちゃんの努力を尊敬します。そしてありがとうと言いたいです。
お気に入りに登録、時々訪問させていただきます。
2010/3/29(月) 午後 11:59 [ Meiling ]

ラフマニノフの『鐘』について、多くのことをご教示いただき、勉強になりました。
まさきつね様は博識ですね!
私は『鐘』も『仮面舞踏会』も、見た瞬間から「これはすごい!」と思いました。これが仕上がったらどんなにすごいだろう、と。
ソチオリンピックのこともあり、また、高い芸術性を持つタラソワコーチと契約を解除しないで、ジャンプのコーチだけを日本で見つけるだけにした方が良いのではないか、と思っていましたが…
まさか、タラソワコーチと解消させたのも誰かの陰謀とかいうことはないのでしょうね?それはあまりに穿ちすぎですか…
どうもここ1、2年、あの採点などを見るにつけ、フィギュアスケートの採点の裏の裏、とか、もう何かにつけ猜疑心がムクムクと沸き起こってきて…困っています。
2010/3/30(火) 午前 1:48 [ windy_weather_windy ]

はじめまして。冷静で深い内容を持った文章、楽しみに拝読しておりました。
今、まさに稀代のアスリートであり芸術家である選手を目の当たりにしていることの奇跡と幸福を噛み締めています。
私自身は、スポーツの世界とは縁遠い輩ですが、30年以上芸術の道で人生を送っている者にとっても浅田選手の苦しさ、孤独はよくわかります。既成の価値観や秩序、型を超えてしまうものを、人は怖れ、なかなか理解できないものです。そんな状況の中、細かな戦略を授けるコーチではなく、タラソワと出会い指導を受けられたことは、彼女にとって大きな力となったことでしょう。
「芸術は常に未完であり続けるものだよ」は私の師の言葉。「まだ、生まれていないものを形にするのだから、いつもどこか真っ白なところがあるんだよ」と謎の言葉をおっしゃっていましたが最近ようやくわかるようになってきました。
浅田選手はまだまだその真っ白なところがたくさんある選手で、まだまだ求めるものと現実の乖離に苦しむことが多いでしょう。いつか現役を退く時も来てしまう。でもその時にはタラソワのように、あとに続くスケーターの夢をつなげて行ってほしいと思います。
2010/3/30(火) 午前 2:08 [ totoyumin ]

浅田選手の「鐘」の演技がこれほど心に響いてくるとは思いませんでした。軽快で明るい曲のほうが良いのにと、初めは思っていました・・・五輪と今回においての不可解な採点にたいし腹立たしさをもてあましていたところです。まさきつねさんのコメントにもありましたが浅田選手は不満を発言したり直訴することもなく自らの課題と受け止めている、この真摯な姿に感動しずっと年下ですが尊敬いたします。今ジャッジのあり方が浅田選手に厳しければ厳しいほど「鐘」の演技は崇高なものに思えてきます。
2010/3/30(火) 午前 3:24 [ かこりん ]

windy_weather_windyさま
タラソワさんと「決別」「解消」とはしゃいでいるのは、マスゴミだけですから、まだ信じることは出来ないと思います。今回のオリンピックの結果を受け、ロシアオリンピック委員会では、プーチン氏の号令で幹部の総入れ替えが行われたと聞いています。タラソワ先生はソチオリンピックのフィギュア強化委員をなさっており、非常にお忙しい。また、真央ちゃんのコーチを引き受ける時、国内からの批判も多かったのを、「世界一のスケートを見せることは、若い選手たちの勉強になる」と説得されたと。立場上、どんなに真央ちゃんがかわいくとも今後のコーチは無理でしょう。チーム真央としては、タラソワ先生に総合プロデューサーのような形でと希望していると、記事で読みました。私も内部のことはまったくわかりませんが、まだ何も決まってないのではと思っています。
2010/3/30(火) 午前 7:57 [ Meiling ]

まさきつね様、こんにちは。
まさきつね様の博識、文章力、表現力・・・・いつもながらです。
私はそんなもの1つも持っておりませんが、寸分も違わぬ心境の1節。>圧制による束縛からの解放といった大仰な作品解釈のみならず、もっと個人レベルの苦痛や懊悩からの解放を、ラフマニノフに重ねて浅田選手の逆境に示唆したと捉えることは出来ないだろうか。
これには参りました。わあ~同じ気持ちの人いたんだ~と。^^
2010/3/30(火) 午前 10:12 [ くろくん ]

Meilingさま
初めまして。コメントをたくさんありがとうございます。とてもうれしいです。
仰るとおり、タチアナコーチはソチに向けてご多忙なので、コーチ契約をとりあえず解消して、その他の形で関わっていただくのだと思います。金メダリストにふさわしい選手を育てたのですから、二人の絆が切れることはないでしょう。
マスコミの報道の仕方が悪いのですね。
一連の流れによく分からない、心理操作みたいなものを感じています。
2010/3/30(火) 午前 10:44 [ まさきつね ]

windさま
コメントありがとうございます。
お褒めいただいて恐縮ですが、ウィキや皆さまにお聞きした話をまとめたレポートですから、博識などとんでもありません。
皆さまの基礎知識に役立てばと思って一所懸命書きました。
タチアナコーチと名プログラムに感謝の気持ちを込めて。
2010/3/30(火) 午前 10:48 [ まさきつね ]

totoyuminさま
初めまして。ご訪問うれしいです。
「芸術は常に未完」そのとおりだと思います。
漱石は「芸術は自己の表現に始まって、自己の表現に終わる」と言いました。自分に満足してしまったら、芸術の価値は終わりです。まだまだこれから一ページ目という浅田選手の姿勢が、何よりも価値あるものだと思います。
2010/3/30(火) 午前 11:01 [ まさきつね ]

くろくんさま
コメントありがとうございます。
浅田選手の演技を視ている皆さま、まさきつねの駄文に書いていることなど、とっくにお分かりのことだと思います。
本当はあまりに凄いものを目の当たりにすると、言葉になど出来ないし、どんな言葉も追いつかないのだと思います。
だから、いつもまさきつねは余計なことを「書きすぎ」なのだと思いますが、それでもまさきつねが視たものを誰かに伝えたいという気持ちで、ついつい書いてしまっています。
2010/3/30(火) 午前 11:09 [ まさきつね ]

何度もお邪魔いたします。<(_ _)>

いえいえ・・・まさきつね様のような方がいらっしゃるからこうして憤慨から少し楽になれるのです。まっとうな意見を見るだけでも本当に救われております。これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
2010/3/30(火) 午前 11:35 [ くろくん ]

まさきつねさんのコメントを探してつきました。

タチアナさんは、ソチに向けて・・・その他の形で関わっていただくのだと思います。
→ 間違いない!体調の問題も。オリンピック、今回とあの「鐘」を見せてくれた真央ちゃんはタチアナコーチにとって誇りだと思います。金メダルに匹敵(クイーンオブ3Aが全てを示しています)。マスコミの報道、どこか向けへの対策か、意図的、わざとかもしれません。そのうち、タチアナコーチやプルシェンコと楽しそうにジャンプする真央ちゃんの姿が見られるかもと。

「鐘」は涙を押さえられないほど、素晴らしく印象に残りました。専門家がなんと言っても、観客の反応が全てわからせてくれまし、やはり、評価点はおかしかった・・・これも観客の反応でわかりました(安藤選手やジュベールさんも)。

フィギュアほど公平な採点がされなかった歴史をもつ競技はありません。ソチでは真央ちゃんを超える人がでてくるかもしれません。それでも、公平なジャッジがあればさわやかな笑顔の真央ちゃんが見られると思います。そういう潔さがスポーツです。
これからもよろしくお願いします。
2010/3/30(火) 午後 1:21 [ jun*u*noma*a ]

jun*u*noma*aさま
ご訪問うれしいです。
浅田選手がタチアナコーチやロシア陣と、楽しそうに談笑する姿が目に浮かびますね。
世界選手権は男女とも銀メダルに「?」が付きました。安藤選手も間違いなく表彰台にふさわしい演技だったと思います。長洲選手も下げられすぎだと思いましたが、強豪国である筈のアメリカはまた枠を失いました。
正当な採点が為されたのなら、浅田選手だろうと誰であろうと表彰台に上がる上がらないは、ファンも厳正な結果として受けとめられますよね。
どう考えてもおかしな審判をしているから、会場もネットもテレビの前の聴衆も、ブーイングしてるのに。
尻尾の逆立ちがおさまりません。…

こちらこそよろしくお願いします。
2010/3/30(火) 午後 2:12 [ まさきつね ]

くろくんさま 皆さま
まさきつねも皆さまのコメントで気持ちが和んでいます。
これからもお気軽にご訪問ください。
よろしくお願いします。
2010/3/30(火) 午後 2:16 [ まさきつね ]

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