月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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エキシビションの衝撃


観る前から期待はしていなかった。

日本人選手やご贔屓のランビエール選手など、楽しみな部分もあったが、弾けてわくわくするようなプログラムはなさそうだったからだ。

たとえばウィアー選手。個人的には競技会で観る彼の演技は、あまり好感が持てない。エッジも浅くて、なんだかくねくねした体の動きが安っぽいダンサーの媚態にしか見えないのだ。
しかし、エキシビションはいわばお祭りだ。
ウィアー選手の妖しさ満載の倒錯世界も、エンターティメントの範疇なら、心置きなく引き込まれてみたいと思う。

それから小塚選手。オールディーズのナンバーをラフな格好で滑る、あの洗練されたエキシビション。まるで漫画のピーナッツに通じる雰囲気もあって、彼のスケート同様、限りなく清々しい。

そして日本贔屓は当然だから、鈴木選手のタンゴも織田選手のチャップリンも観たかった。

さて、実際のエキシビションの方だが、無論ウィアー選手のようなアブノーマル色は払拭されている。病的な世界観を公けにするなど、北米ではまずありえないことだからだ。
しかし、二部に分かれた構成も内容も、ウィアー選手の見た目は異様だが公然とした自己肯定に比べると、はるかに面妖でいびつな、作為に充ちたものだった。

まず全ての日本選手は勿論のこと、主だったメダリストがことごとく第一部に詰め込まれ、日本選手以外のアジア系選手の多くは第二部に組み込まれている。女子金メダリストが一番最後という定石も外れている。北米では日本選手や欧米選手の放映をカットするらしいから、そのためのランダム構成ということだろうか。
何だか合点がいかなかったが、とりあえず第一部はプルシェンコ選手への満場のスタオベで終わった。

どうやら目障りらしい選手を片付けて始まった第二部のテレビ放映は、妙な入り方だった。ライサチェク選手の紹介で、出っ歯に眼鏡のアジア系の男の子スケーターが出てくる。出場選手の多かった日本選手に対する精一杯の皮肉か当て擦りなのか、不思議な違和感が残った。

その後も切り貼りされたように選手同士のつなぎが不自然で、ショーとしての盛り上がりも弾けた面白さもないまま、素っ気なく終わってしまった。

そして後になって、知らされたこと。

第二部の冒頭は実はストーリー仕立てになっており、カナダ人の家に養女に来た韓国人少女がフィギュア選手になるまでの成長物語だったという内訳話。
フィギュアの競技が始まる以前から、用意周到に下準備されたエキシビションの演出は、勝利を約束された金メダリストのためにほかならなかった。

ま、そんなこともあるんだニャン。

と、飲み込んでしまう感慨が悲しい。
知らなくていい事実があると言わんばかりに、日本の放送局はカナダ本土では公然と流されたはずの放送をぶつ切りにして、伝えるべき真実を整然と押し隠した。恣意的ではなかったとはとても思えない。

真偽はわからないが、唯一溜飲が下がったのが、女子金メダリストのエスコートを頼まれたライサチェク選手が、それを断ったという情報。
国も組織もあげて、スポーツマンシップをどこかに置き忘れたようなフィギュア界にあって、彼にはまだ良識があったのだと信じたい。


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こんにちは。記事としてまとめられたものに出逢うことが出来て、嬉しく思います。

閉会式で、そのひとときが ‘ソチ・オリンピック’ のデモンストレーション (?) となった時、そこの雰囲気が全く違うものとなってしまって、それには、呆れる程に驚きました。
国歌は、男女の声楽家達が正装で居並んでの合唱で、先ず、その幕開けから、それ迄のちょっとコミカルでラフな雰囲気は何処かに片付けられてしまった という感じです。

私はなんとなく、そうか・・、バンクーバーでは、フィギュアスケートもオチャラケでやっていただけなんだ・・・、と分かったような気がしました。
真剣ではない、適当な楽しみ方をすることを、これからは ‘バンクーバーでやる’、と、云おうと思います。
2010/3/10(水) 午後 2:59 [ 五節句 ]

五節句さま
お気づきいただき、またご訪問いただけてありがとうございます。
過去のコメントをまとめただけですから、ひっそりとオープンし、古い記事でも面白いと思っていただける方が訪問して下されば好いと思っていました。
カナダは見事にロシアの伝統をことごとく粉砕しました。その極め付けが、エキシビションで行われた田舎芝居でした。
裏にはおそらく、平昌五輪(キム選手の顔で決定するのでしょうかね?)とのバーターがあるのでしょう。

銀盤にまかれるキムヨナ金貨は薄気味悪い限りです。
2010/3/10(水) 午後 7:54 [ まさきつね ]

あのEXは本当に気味の悪いものでしたし、あんなに面白くない五輪のEXは前代未聞でしたね。

メダリストへの敬意も何もない。北米にとって目障りな選手を1部に押し込み、二部で始まったあの田舎芝居。目が点になりました。

例のキムらしき人を演じた女の子が着ていた衣装の胸に「KIM」という刺繍が施してあったのをご存知ですか?こんなことまで平気で行われてしまう事に私は衝撃を覚え、正直これは酷すぎると感じました。

それを知ってかしらずか、疑問視もしない、騒ぎもしない日本のマスコミも連盟にも怒りを通り越してあきれるばかりです。

ヨナに関しては、あのようなメダルでも嬉しいのでしょうね。SP後の含み笑いも、FSで会場入りした時の彼女の表情も通常ではありえない何かでコントロールされた表情のように見えます。

「彼女でも泣いた」的な記事を書く記者などどこまで薄っぺらなんだろうと思えてなりません。個人的にはヨナのメンタルコントロールをしている誰かや、生まれ持った素因いついて非常に興味があります。
2010/3/21(日) 午後 1:18 [ エミリン ]

エミリンさま
日本の放送が内容を編集していたのは、ファンの間の要らぬ騒ぎを避けたのでしょうが、まさきつねは、これこそ言論統制にほかならぬと感じました。
「KIM」の刺繍も存じていましたが、ここまで無神経かつ無節操ならいっそ清々しいとさえ思いました。
五輪とはいいながら、EXは結局カナダ国内に向けてのイベントで、国際的な評価は求めていなかったのでしょう。キム選手のEX演技も、付け焼刃プログラムまるだしで、滑っては止まり、身悶えしてはまた滑るの繰り返しばかりで、お遊戯会のようにおざなりでした。
「リサイタル化」したフィギュアの「リサイタル」ですから、ある程度の手抜きは致し方ないにしても、メダルの価値を下げるだけのイベントなら、やらない方がましだったのにね。
…と、まさきつねも尻尾がふたまたに裂けるくらい、いろいろ怒っているのです。
2010/3/21(日) 午後 1:53 [ まさきつね ]

そうですね。かつてのIOCからの「競技からはずすぞ」と言う脅しが、現在ではこの不正まがいの動きすら正当化された感があり、「やりすぎるなよ」にトーンダウンしたのかもしれませんね。

「リサイタル化」したフィギュア、日本の連盟もこれを了承しているのか、ヨナを正当化して、浅田の挑戦を戒める。ルール通りに従い利口に得点を取る事を強要する。それをするヨナが素晴らしいとこぞって誉める。

でもそれではスポーツとしての面白みはなくなってしまう。いい子ちゃんの順番を決めているようなもので、競技会の真髄を捨ててしまっては競技の未来なんかないというのに。

私はランビエールが好きなのですが、この五輪で彼があの状態でメダルを取る事のはメダルにふさわしくないと感じていました。

かつて彼をPCSで救済していたISUも08年ワールドでははしごをはずしました。思えばあの年が、ISUがスポーツとしての健全性をかろうじて保っていた最後の年でもあり、ワールドでもあったと思えてなりません。

今ではもう、五輪でさえも客寄せパンダの位置づけにされてしまったのかと思うと、そこに怒りを覚えてなりません。
2010/3/21(日) 午後 2:23 [ エミリン ]

エミリンさま
まさきつねもランビエールが大好きです。
あの永遠に完成しない超絶プログラム「ポエタ」。その価値と、彼の情熱の行く末を思うと、切なくなります。
現行ルールにはさまざまな問題点があります。人間のすることですから、それは仕方ない。しかし、最初の理念を大きく外れてしまった。それを正そうとしない、そればかりか悪用に近いアレンジを助長していることは、明らかにおかしいのです。
2010/3/21(日) 午後 2:41 [ まさきつね ]

そうですね。
ランビエールの情熱はかけがえのないものでした。彼はパッションを表現したくてこの競技を続けていました。そんな彼の選手生命を縮めてしまったのが現ルールの複雑化だったともいえますね。
彼は選手生活の後半では競技に勝つ事にもこだわった。大好きなクワドを当然のように跳んだ。勝つ為に跳ぶとかはずすとか言う選択をしなかった選手です。そんな彼をエレメンツの詰め込みと言うルールが縛り、そこに挑戦したのがあの「ポエタ」でしたね。
その価値をそういう視点で理解できる人は少ないかもしれないが、それでもあのプロは人の心を奪った。しかし怪我だらけの彼の肉体ではもうあれを完成させる事は出来ない。だから引退したのだろうと私は解釈しています。確かに切ないです。プロで見られれば良いという類のものではない。

そういう意味では、トマシュも状況が似ています。

問題点があれば改善すればよい。しかし理念から外れた事を喜ぶような発言を日本人ジャッジですらする。悪用を誰も指摘しない。本気で変えようともしない。そんなスポーツに一体誰がしたんでしょうか・・・
2010/3/21(日) 午後 3:06 [ エミリン ]

エミリンさま
コメントバック遅くなりました。
ランビエールもインタビューで新採点システムに対し、不正が行われやすいと言っていましたね。彼は自分がPCSによって救われたこともあることを認め、その上で改善を提言しています。(うう、男らしいニャン。)
選手たちはみな気づいているのです。(当たり前ですが。)必ず状況は変わります。ただ、日本のお偉方がふらふらどっちつかずの態度をしていたら、ソチでまた別のルール包囲網に遭います。
日本のファンもタチアナコーチの言うように、声を上げてお偉方をせっついていくべきだと思います。
2010/3/21(日) 午後 11:23 [ まさきつね ]
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