月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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キム選手の演技


他ブログへの投稿コメントから抜粋。



そもそも相対的採点競技であるフィギュアスケートで、記録更新を毎度のように騒ぐ必要があるのだろうか。満場総立ちの観衆が記憶するのは、プロトコルの数字ではなく、選手たちの伸びやかで美しい滑りでだろう。
記録にしても常に誰かと競い合って超えていくのならともかく、孤高の女王ではいずれ、モチベーションが下がってしまうことは自明の理ではないか。

雑念なしにキム選手の演技を見れば、卓越したスケート技術とジャッジサービス溢れる妙技は確かに群を抜いている。スピードに乗ったジャンプも彼女特有のものだが、半面ループが苦手という弱点も見え隠れする。その中で、SPは彼女の魅力を最大限生かした娯楽性豊かなプログラムとして、ジャッジから極致の賛同を得た。

SPだけでなくFSのガーシュインも元々、要素のひとつひとつが澱みなく繋がれた名プログラムだろう。それにも拘らず、相次ぐミスと気抜けした滑りでは、退屈で冗長な印象になってしまうのが致し方ないことだ。ファイナルまでに調整してくると思うが、女王の失敗を他選手の勝機と考えるか、重圧からの解放と見るか、判断の分かれるところだろう。

ともあれ、アメリカ杯を冷静に分析する限り、五輪という舞台は決して、ただ一人の選手の独擅場にはならないということなのか。得点差はあったが、溌溂としたフラット選手のスケートは、キム選手のそれに優るとも劣らないものだった。
智略をめぐらしても、勝つべくして勝つはずの筋書きをどんなに用意しても、勝負の世界に絶対などというものはない。

詐術を弄する者に拮抗する一番の武器は、浅田選手の形容によく使われるところの純粋さ、言い換えれば無心ではないだろうか。

                  ※      

ところで、キム選手のジャンプを、頭で考えた理屈の産物と指摘する方がおられたが、振付の方は考えてすらいないだろう。

ISUお墨付きの優等生であるキム選手の演技は、お手本どおり完璧で美しいと評価されているとしても、血の通わない機械のようだ。お決まりのセクシーポーズで演じられるボンドガールも、陳腐なイメージをなぞっているだけだから、そこはかと滲み出る人間的な色気など欠片もない。笑わない瞳で指ピストルされ、心臓を狙い撃ちされても恋心はときめかず、殺伐した思いが募るだけだ。

オーサーコーチはデジタル理論のように、緻密に計算された演技構成で彼女のジャンプの劣化を避けたと同時に、振付や表現も理詰めの型に嵌めて、ぶれのない正確さを極めさせたように思う。メソッド演技法でも勉強して、内面を掘り下げるまで役の読解ができているのなら、また違ってくるのかもしれないが、キム選手は残念ながら、物真似と紋切り型の大衆演劇の域を超えていない。
FSのガーシュインは、トランジションもよく計算された名プログラムだが、曲の解釈となると、ジャズにもロシア系移民の背景にも無感覚で、都会的なモダンを表現したに過ぎず、形象化されたものは月並みで貧相だ。

EXがつまらないと同様、繰り返し鑑賞するには値しないSP、FSの演技内容となると、五輪まで賞味期限は持つのか、はなはだ疑問なのだけどね。


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