月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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空中庭園の散歩 其の六 マダムXのソワレエ

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砂の枕はくずれ易い
少女よ お行儀よくしましょう
沢山の星が見ていますれば
あらはな膝はかくしましょう
(堀口大學『砂の枕』)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


まずはフィギュアの話題から離れるのだが、テレビで特集していた絵画作品の話から。

あまり期待せずに観ていたBSの『極上美の饗宴』、三回目の放送はジョン・シンガー・サージェント(John Singer Sargent 1856-1925)の傑作といわれる『マダムⅩ(ゴートロー夫人)』をとりあげて、その魅力に迫るという内容だった。

サージェントは1880年代後半、フランス社交界で肖像画家として名を馳せたイタリア、フィレンツェ生まれのアメリカ人である。当時、次々に多くの貴婦人たちをモデルに作品を描いたが、中でもパリ社交界の花形だった銀行家ピエール・ゴートローの夫人(Virginie Amelie Avegno Gautreau 1859-1915)を描いた肖像画によって、パリのサロン発表直後には大スキャンダルに発展するセンセーションを巻き起こすことになった。

イタリアに生まれフランスで教育を受け、イギリス人のように話し、スペイン人のように描くと評されながらも、サージェント自身はパリの社交界ではいつまでも野暮で教養のない田舎者扱いをされているコンプレックスに悩み、一方では国籍のあるアメリカには馴染めず、常に自分のアイデンティティを探し求める異邦人のような存在であったこと、コンプレックスを払拭し、洗練されたコスモポリタンとして生きるために肖像画家として頂点に登り詰める野望を抱いていたことが、同じアメリカ人でありながら、フランス人資産家と結婚してパリのサロンで花形として君臨したゴートロー夫人に接近させる一つの要因となったようだ。

フィラデルフィア出身の裕福な外科医の息子だったサージェントは、ローマ、ジュネーブ、ニースといった観光地を転々として幼少期を過ごし、絵画はフィレンツェのアカデミー学校とパリ在住の肖像画家カロリュス・デュランに学び、技術的には十代早々に頭角を現していた。
彼の絵画技法はデュラン仕込みのスペインのベラスケスやレンブラント、フランスのマネに倣う、古典的な伝統を踏まえたアカデミックなもので、求められればモデルを美化して描くことも辞さず、巧緻な筆致と確かなデッサン力は上流階級の人々から人気を博していたらしい。だがその人気は、印象派からさまざまな革新絵画へと向かう時代性からすると古臭さと表裏一体で、同時代の芸術家や評論家たちからは軽視される傾向にあったことも否定出来ない。

一方、ゴートロー夫人であるヴィルジニー・アメリーの方は、イタリア系移民の父とフランス人の母の間にアメリカ、ルイジアナ州で生まれ育ったが、南北戦争で父親が亡くなった後、母親や兄弟とともにフランスに渡り、資産家との結婚を画策した母親の思惑通りの縁でゴートローと結ばれ、パリの社交界に華々しくデビューしたのである。
人目を惹く美貌と卓抜したファッションセンスが彼女の武器で、時には大胆でセクシーな衣装も平気で身に纏った彼女は終始サロンの注目と話題の的だったようだが、それもサージェントと同じく、新興国アメリカ出身の自分を古い歴史を持つ国フランスで認めさせたいというコンプレックスとプライドが絶えずはたらいていた故である。

若い画家とモデルになった夫人の間には、ともに伝統のない異国からの新参者として、煌びやかな社交界に活躍しながらも、周囲からの嫉妬や陰口に苦しむ懊悩や拭いがたい孤独という共通点と、押しも押されもせぬ名声を勝ち得たいという目的意識による、一種の同士的な交流が芽生えたということらしい。

多くのデッサンや試行錯誤を重ねた末、完成した大作は、ラヴェンダー色を帯びて透き通るような肌と紅潮した横顔、胸元を際立たせる大胆なカットの黒いドレス、そして不思議な違和感を印象に残すポージングで、今なお多くのひとを魅了してやまない美しさに充ち、時代を超越したこの上ない官能性に浸されている。

だがサロン発表当時は批評家たちや社交界から不当なまでの批判の嵐に曝され、品性を断ずる下卑た非難の的となり、夫人は失意のまま肖像画の受け取りも拒否して、社交界を追われるように姿を隠し、画家は小説家ヘンリー・ジェイムズの助言に従ってロンドンに渡り、かつてホイッスラーが住んでいたアトリエに本拠を構えてのちの生涯を送っている。

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非難の最大の理由は、発表当初モデルの右肩の紐ストラップが腕の方にずり落とされて描かれていたため、それが人妻としてあまりにはしたなく品位に欠けるということで、画家はすぐに現在の形に描き直しているが、ゆき過ぎたエロティシズムの表現から、年の離れた夫を持つ人妻と若い新進芸術家の間に卑猥な想像を重ねた鑑賞者たちには道徳的に受け入れられなかったのだろう。

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加えて、この頃のフランス社会において新興国アメリカの経済や芸術の隆盛に対する脅威や嫉妬の念、10%から30%に跳ね上がったフランス絵画に対するアメリカの関税についての反感などが背景にあり、アメリカ国籍であった二人にとって、直接には関係のないことまでもが当てこすられ、名声を求めて用心深く計算したはずのいろんなことが裏目に出てしまったというのが実情のようだ。

さて、今回のBSのテレビ番組『極上美の饗宴』では、『マダムⅩ』の魅力の源泉を大きくそのポージングにあるととらえて、さまざまな角度からその不可思議さと誰もが惹きつけられる謎を事細かに分析していた。

まずはハリウッド女優ニコール・キッドマンが雑誌VOGUEに発表した『マダムⅩ』と全く同じポーズをとる肖像写真から、現代の美のシンボルたる著名な女性たちもがこぞって模倣したがるその美しさの持つモダニズムを確証している。
実のところキッドマンは『マダムⅩ』以外のサージェント作品や、その他の絵画作品についても似たような肖像写真を撮影しているので(→こちら)、彼女自身がどれほどこの作品に魅了されているのか定かではないが、VOGUEについてはキッドマン以外にも『マダムⅩ』を題材にしたと思われる写真を掲載したことが何度かあるので、現代を代表する女性誌が注目するという意味では、やはり『マダムⅩ』は女性たちの胸をときめかせる作品のひとつであるに違いないのだろう。

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さらに番組はサージェントが残した30枚ほどの、夫人を描いた水彩画やスケッチ、別の油彩画作品まで紹介して、彼がいかにあれこれと素描やデッサンを繰り返して夫人のポージングや表現技法に頭を悩ませたか、番組案内役の篠井英介さんの取材によって推測しつつ説明している。

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中でも興味深かったのは中京大学の教授による科学的な分析で、左肩よりも右肩が後方に引かれて、水平から下がり気味になっており、さらに顔が左に横向きになっているために首筋が伸ばされて、デコルテの部分が大きく開かされ、身体は前向きでも左右非対称で、非常にアンバランスな姿勢でもあるというポーズが、筋肉の緊張と疲労を生んでいるという指摘だった。

右腕が捻られつつ、後ろ側にぐっと伸ばされているのが現象をさらに顕著にしているのだが、見た目よりもずっと身体に負荷をかけているこうした佇まいは、バレエやダンスの基本姿勢に相通じるもので、背中や肩甲骨、そして腹筋につながるラインの躍動感はスポーツ選手の動きにも見られるアンバランスさからくる緊張や捻り、そして美しさを呼び覚ますという解釈がなされ、その検証のひとつとして例に挙げられていたのがフィギュア競技、まさに浅田選手が五輪で見せた『鐘』の演技だったのである。

緊張感がもたらす美しさを論じるのに、フィギュア選手の人並み外れた身体能力による困難でアンバランスな姿勢の保ち方、氷上を途轍もないスピードで滑りながら次々に繰り出されていく演技表現の魅力ほど、うってつけのものはないということなのだろう。ひとつひとつは瞬間のポーズではあるが、それらがもたらす印象の刻銘さは『マダムⅩ』を鑑賞しているのにひとしい感動を持つのだとまさきつねも思う。

ところで、夫人の持つ官能美を強調するばかりに肩紐の位置を乱して描いたサージェントだが、彼にとって妖艶で挑発的でありながら、プライドが高く高慢で、親しげな笑顔をそう簡単には浮かべない女性、華やかだが厳しい社交界で立ち回りながらもおそらく複雑な内面や孤独を抱えた麗人は、単にそのエロティックで他人を魅惑する美を持つ化身、ヴィーナスのような存在ということではなく、時に冷酷さと非情さを併せ持つローマ神話の月の女神、ディアナに擬えられているのだという絵画に隠された謎が、彼女の髪飾り、三日月のティアラに読み解かれていた。
シンプルだが現代的な感覚すら感じさせる黒いドレスも、彼女の白く冷たい素肌を月の光のように浮き立たせているが、太陽の下では見える余分なものを一切削ぎ落とした究極の美が『マダムⅩ』なのである。

ニューヨーク、アデルソン・ギャラリーはサージェントの作品を収集して別名サージェントセンターと呼ばれているそうだが、そこの館長さんの説明によると、近年見つかったヴィルジニー・アメリーの手紙の一文に「この絵は最高傑作」と書かれており、社交界を追われた彼女はその原因となったこの作品を嫌っていたという定説が覆され、手紙の執筆時期からサロンに絵画が発表されてスキャンダラスな噂が広まる以前には、彼女自身もこの作品の真価を認めていたと確認されたらしい。

サージェント自身は醜聞の種となったこの作品を誰にも手渡すことなく、ヴィルジニー・アメリーの没後、修復をしないという約束でメトロポリタン美術館に寄贈し、その際に題名を『マダムⅩ』と指定した。ロンドンに移り住んで以後、彼の肖像画家としての人気は欧米各地で不動のものとなり、スティーブンソンやアメリカ大統領といった著名人も含め夥しい数の作品を手掛けている。
技巧的に達者だが皮相的という批評からなかなか免れ得ないことの多い側面もあるが、18世紀のトマス・ローレンス以後、失われていたイギリスの肖像画の歴史に優雅で生き生きとした近代的なリアリズム精神を持ち込み、最後の肖像画家という立ち位置にあるのも今となっては再評価の一因と思われる。

彼の才気縦横の画法は特に1907年以降、肖像画の仕事をぷっつりやめて没頭した水彩画に発揮され、油彩画でも「速描き」といわれた彼独特のスピーディな制作によって、瞬間的に対象の本質を見抜き生命感溢れる筆致で生き生きと描きとる人並み外れた画才は高い評価を受け、肖像画とはまた少し異なるその瑞々しい趣きによって今日では英米を中心に水彩画家としての声望を博しているのである。

とまれ記事が絵画史の内容に傾斜し過ぎてしまったが、フィギュアの話題に立ち返ると、先ほど述べた筋肉の緊張感と疲労がもたらす美しさもさりながら、月の女神ディアナに譬えられるような、高貴で神秘的な魅力もまた極上美のひとつの側面であるとしたら、フィギュアの演技中で多くのひとのフェイヴァリット・プログラムに挙げられる「夜」や「月光」をテーマにした作品、浅田選手でいえば『ノクターン』や『月の光』、あるいは『SO DEEP IS THE NIGHT』のような選曲が観衆のこころを強くとらえるのも無理からぬことなのだろう。

2006年-2007年シーズン、浅田選手のSPであったショパンの『ノクターン 第2番変ホ長調 作品9の2』については、やはり過去のエントリーで概ね解説している。
(→『夜に想う』

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どの瞬間をどの角度から切り取っても、一幅の絵のような鑑賞に堪え得る画像としての魅力、アンバランスでありながら均衡を保ったポジションの力強さ、重力から解放されて軽やかな羽根を持つ生き物のような不思議な存在感、ディック・バトンの言葉では「小鹿」だったが、俗世を離れたそんな幻想性が一瞬も消えることのないほど、はかないまでに美しい情景だと思う。
確かにこのプログラムは、メロディーの美しい楽曲と、その音をひとつずつ繊細にひろってバレエ的な音楽表現に結実してゆく浅田選手のひとつの演技スタイルを、方向付けた作品だった。

だがその一方で、このシニア本格デビューのシーズンに、山田コーチを離れ初めて外国人コーチに師事し、日本からアメリカに拠点を移してトレーニングをするといった精神的に負荷のかかることが多かった上、アルトゥニアンコーチ指導で始めた「ステップ+3A」の挑戦など技術的な難題が彼女を次第に追い詰めていた部分も否定出来ないだろう。また、この頃から何故か彼女に対して「ジャンプは巧いが表現力に課題あり」という一本調子の批評を唱え始めた報道が、昨季までひたすら明るく溌剌としていた少女の笑顔に暗い影を帯びさせていったような気がする。

まだどこか安定しないスケーティング技術と、幼い印象のある振付、ポジションなどの引き出しの少なさといった面は否めないが、それでもこの頃から超一流の技術力とそれに負けないだけの世界観の構成力、ノーブルで幻想的な彼女独特の持ち味といったものは厳然として存在した。

このシーズン最後、世界選手権のSPで五位と、得点差はさほどなかったにせよそれまでの結果からは考えられない出遅れを見せ、FS演技で驚異的な追い上げをしたものの、天才少女と謳われつつも決して順風満帆とはいかないその後の競技人生を予感させるような結果で終わったことは、まさにほろ苦い人生の縮図、浅田選手ほどの才能をもってしても波乱の勝負結果からは免れることは出来ないという運命の不条理を確認させるものだった。

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          ※

ところで、テレビの特集番組は最後に、『マダムⅩ』すなわちヴィルジニー・アメリーの伝記を書いた女性の「この絵の魅力はヴィーナスの優しさではなくディアナの強さ、愛ではなく力(パワー)と冷たい美しさ」という言葉で結ばれていた。
不条理で残酷な人生から、パリの人びとのこころない仕打ちから、誇りまでも打ち砕かれることのないようにと、孤高に雄々しく闘い続けたふたりのアメリカ人、すなわちサージェントとゴートロー夫人は、決して正面を向くことなく毅然とした表情を見せ続ける『マダムⅩ』のその横顔(プロフィール)によって、不当な評価や批判への静かなる抗議のごとく、無言の反駁のごとく、いつまでも褪せることのない美しさを今もなお美術館の片隅から伝え続けているのだろう。

そして、浅田選手もまたやがて、美しいだけではなく強さ、「愛」だけではなく「怒り」をも表現し得る身体芸術家に向かって、歩みを進め始める。その演技の幅をもっともよく見せつけたのが、バンクーバー五輪の『鐘』であったのは言うまでもないのだが、サージェントがスケッチで本作の試行を重ねたように、浅田選手もまた五輪までの一年一年その一日ごとに、苦悩と努力を積んでいったことを、観衆は胸に刻んでおくべきなのだろう。

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☆Mao Asada 2007 Canadian Stars on Ice Nocturne☆

こちらは2007年スターズ・オン・アイスで披露した『ノクターン』。ショーの暗い照明の中で、夜を想う妖精の演技も、さらに美しく浮かび上がる。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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Comment

Wind says... "天上の舞姫ですね"
まさきつねさま、こんにちは!
いつも拝見して勉強させていただいています。

浅田選手、美しい動きですよね。見とれます。
世界選手権も間近ですが、どうなるのでしょう、心配半分、期待半分です。
昨年のワールドのFPのように、ジャンプ転倒やすっぽぬけのあった選手が完璧に演技した選手よりも点数が高かったというようなことはカンペンしてほしい、と願います。
浅田選手の『鐘』は圧巻でした。あのプログラムを最初に見たとき、これはすごいものになる、と思いました。
今年のFPのプログラムは浅田選手に合っているという方が多いですが、私はどうも『鐘』にくらべて物足りない気がするのですが… 完成形を見ていないからかもしれません。

それにしても、ストラップですか(^_^;) しどけない感じで雰囲気があると私など思うのですが、当時はそういうことに厳しい面があったのですね。
そういえば、キリストに腰巻を書き加えて、「ふんどし画家」と呼ばれた人もいましたね。
2011.04.21 02:58 | URL | #- [edit]
cha says... "初めて出会いました"
このマダムX。目に入った途端”美しい!”とつぶやいてました。肩を出してる方が肌の色が際立って、よりリアルに見えるような気がしますが、時代が時代だから仕方がないのでしょうか?

真央選手、ノクターンの頃はまだまだ可愛らしいイメージが勝ってましたよね。FSのチャルダッシュもそうでしたし。それでもこのスパイラル、身体能力の高さを感じる可愛いけどとても美しいスパイラルです。
来週の今頃はタンゴに備えて練習準備でもしてるのかしら?最初の衣装も好きですが四大陸の衣装で見たいですね、完成形。
2011.04.21 10:53 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "時間が正当な評価を下す"
Windさま
コメントありがとうございます。
興味の向くまま、毎度いろんなことを書き連ねていますが、ご関心を持っていただけるとうれしいです。
今季の『愛の夢』も素晴らしいですが、作品としてはEXの『バラード』の評価の方が高い気がしますね。『鐘』を彷彿とさせるコレオも入っていますし、昨季の五輪の演技はそれくらい衝撃的だったということでしょうか。
昨年のワールドは本当に奇妙な採点でした。辻褄を合わせようとして、逆にいかがわしさが暴露されたという感じでしたね。
この『マダムX』にしても、時間や歴史が正当な評価を下すという必然をしみじみ思います。当時のパリの社交界がさんざん批判したばかりに、結局名画はアメリカに渡ってしまったのですから情けない話です。フィギュアだって、せっかくの国の至宝を大事にしないと後で泣きを見ることになりそうですよね。
2011.04.21 16:55 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "ワールド目前"
chaさま
コメントうれしいです。
NHKもなかなか粋な番組を作るなと、久しぶりに感心しました。ワールド前に浅田選手を持ち出すのも、ファンにはうれしい計らいじゃないですか。下手な持ち上げコメントもなかったし、マダムX→フィギュアスケート→(踊りの基本姿勢→)日本舞踊という話の流れも斬新でした。
浅田選手はこの頃からすると、本当にバンクーバーでは成長していましたね。トリノ五輪に出られなかったことも、この成熟した演技のためだったのなら結果オーライだとさえ思いました。そして望むべくは、バンクーバーの結果がソチの結果に繋がっていって欲しいということですね。でもその前に、とりあえず今季のワールドです。楽しみですね。
2011.04.21 17:08 | URL | #- [edit]
bonbon says... "残念"
マダムX、以前別の美術番組で見たからいいやと思って録画しておかなかったら、まさか浅田選手が取り上げられてたなんて(泣)
いつも思うのですが何百年も絵画の主ジャンルだった肖像画に止めを刺した写真技術(芸術)は以前まさきつねさまが紹介されていたマッギンレーの如く多様な発展を遂げているのに止めを刺された肖像画の方はもはやパロディかプロパガンダとしてしか存在しない(できない)のは一体どういうことなんでしょう。

今のご時勢は映像のリピですら当たり前ですが一瞬を切り取った画像でもいつまでも見ていたいほど美しいと感じられるのは私にとっては浅田選手だけです。
きっと何年も後のフィギュアファンにリアルタイムで見ていたなんて羨ましいって言われますね。
2011.04.22 22:58 | URL | #- [edit]
イーピン says... "春を告げる妖精"
まさきつね様、こんばんは。
「ノクターン」ですよね。
ある人は初演のスケアメが最高と言い、ある人はGPFの演技が良いと言います。
でも私にとっては、’07東京世界戦での「ノクターン」が至上のものに思えるのです。

確かにセカンド3Loは失敗し、シットスピンも甚だしくトラベリングしました。
でも、あの時の彼女は、光にあふれる草原を氷上に創り上げ、まさに花や虫に春の訪れを告げながら中空を舞う妖精でした。
・・ルッツの後のS字、スパイラルでコクッと傾けた小首、なにかを語りかけるような白い腕の動き、そしてリンクに響くピアノの旋律・・・、暗く凍てついた冬が過ぎ、久しぶりの陽光に照らし出された世界を描き切ったあの時、ひょっとしたらリンクの隅でショパンも微笑んでいるのではないか、とまで想わせるような演技でした。
・・まさに、あの時の彼女は「音楽の妖精」でした。

まさきつね様の前の記事に「たとえノーミスでなくとも、要素に小さな綻びや瑕があったとしても、作品の持つ幻想性や魅力は全く別の次元にあるのだということを、夜の甘い嘆きの中に想うシーズンとなった。」とありますが、本当にそのとおりの演技だったと思います。
今見直してみても胸が熱くなりますが、あの演技と試合としての競り合い、そしてチャルダッシュの後のあの涙以降、私にとってフィギュア・スケートはスポーツではなくドラマになりました。
「これは単にフィギュア・スケートとだけ呼べるものなのだろうか」という当時の思いと共に、私をさらに深く真央ワールドに惹き込んだ演技でもあります。
2011.04.22 23:50 | URL | #TGomPju2 [edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011.04.23 03:07 | | # [edit]
まさきつね says... "再放送がありますよ"
bonbonさま
ご訪問うれしいです。番組は確か日曜に再放送があると思います。浅田選手はほんの数分取り上げられているだけですが、インパクトのあるカットでした。
肖像画というのはどうしても、王侯貴族や金持ちが金に飽かして描かせたというイメージがありますよね。現代の写真館が撮影している七五三や成人式、結婚式の写真だって似たようなものなんですけどね。でも、今に残る肖像画の芸術性というのは、描かれた本人の個人的な目的や個性というだけでなく、それを超越した普遍的な人間の本質を、画家の筆がつかみ取っているのでしょうね。
浅田選手にも、画家や彫刻家、あるいは音楽家や文筆家といったさまざまな芸術ジャンルに活躍する人間の創作意欲を掻き立てる何かがあります。同時代で彼女を観ることが出来るのは、やはり幸せに尽きることですね。
2011.04.23 19:17 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "今年の春も"
イーピンさま
コメントありがとうございます。
2007年の東京ワールドまでの『ノクターン』は順位としては毎回とりあえずはトップでしたからね。それまで『チャルダッシュ』で苦労しているように見えただけに、ワールドではSPも失敗かという衝撃が強かったですよね。でも確かに、ジャンプは失敗してもつなぎやスケーティングの美しさという点では、長いシーズンを経て磨かれてきた感じがありました。
まさきつねは昨季の『鐘』の演技も、ワールドよりも五輪が最高だったと思っています。完成度や失敗のなさといった見方もありますが、身体芸術にはそのときそのときのコンディションや気持ちの強さなどが関係して、味わいに微妙な違いがありますよね。まさきつねは実は今季の『愛の夢』も、内容はさんざんでしたが、少女の初々しさが漂うジャパンオープンの演技のたどたどしい雰囲気が印象に残っています。
今年の春もぜひ、浅田選手のワールド演技で日本を見舞った災禍のトラジディを吹き飛ばして欲しいですね。
2011.04.23 19:45 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "少しでも励ましやお力になれば"
…さま
ご訪問うれしいです。
このたびの震災では影響はございませんか。被災地以外の地方でも、薬などの不足に困っておられるとお聞きします。誰もが幸せに、悩みなく暮らせる日を願わずにいられませんね。
まさきつねのブログは、誰も守れず何かを変えるような力もない、微力で貧相な個人の日記に近しいものですが、それでもご訪問いただいた方の励ましやお力になることがあれば、うれしい限りです。記事をお読みいただいた方の、知性と感性を刺激して、ものごとの本質に迫るきっかけになれることを願っています。

2011.04.23 20:09 | URL | #- [edit]
oichan says... "昨年の「鐘」の警鐘と復興の「愛の夢」これは運命ですよね!"
まさきつねさん、こんばんわ。震災より1ヶ月が過ぎましたが、原発の事もあり、その爪あとの大きさに驚愕しております。私の家は屋根の瓦が壊れた程度で済みましたので、助かりました。この度、被災された方々に今一度お見舞い申しあげます。しかし今回の震災には非常に考えさせられるものが大きいです。そのひとつが、原発で、近所の廃校に避難されている方々と受け入れ先の市民の感情のすれ違いです。被災者と思い受け入れた市民は被害者と主張する「一部の方々」と軋轢が生じたと聞いております。何か度を越す、節電、自粛、お上から言われて参加することに美徳思想を見出す風潮、おかしい様な気がします。一人ひとりが自ら考えなきゃいかんでしょう。その感じはフィギュアマスコミにも通じていて、このままでは、昔の安藤さん、真央さんの様に佳菜子さんも餌食になるか心配です。さて、今度のワールド心配ばかりしてすみませんがスポンサーに現代きましたね。裏で何かあるのか、勘ぐりたくなるようで、メーカーとしても日本の消費者にはマイナスになるのではないかとほんの小さな意見です。でも日本のスポンサー過半数ですから大丈夫でしょう。アリランなんかじゃ、私、癒されませんぞ。鎮魂歌にふさわしいのは、四大陸で目頭熱くなった「愛の夢」真央さんの最高の微笑みで終了する「愛の夢」それだけです。被災しこれから立ち上がる日本に、パワーをいただける歴史に残る演技、期待しております。
2011.04.24 19:17 | URL | #3/FE5azc [edit]
まさきつね says... "世界が期待しているのは"
oichanさま
ご訪問うれしいです。
震災は大なり小なり、日本の誰もに苦悩と影を落としましたね。
原発はまた、誰もがもう一度考えねばならぬ課題です。日本は今回を機に、引き返すべき道は引き返し、まちがってきたことは正すべきなのだと思います。仰るとおり、まだこのたびは「警鐘」なのだと、復活への機会を与えられたのだと、まさきつねも感じています。
あいかわらずいろいろとメディアは蠢いていますが、選手たちは冷静なのではないでしょうか。自分たちのベストを尽くすということは勿論ですが、日本の被災者のために逝いたひとのために、それぞれが純粋な気持ちで演技に集中出来るのではないかと思います。世界もおそらく、そんな日本選手たちの演技を期待していることでしょう。
『アリラン』は五輪招致のための秘策だったと思いますが、最も効果的な東京での披露がかなわず、肩透かしの感がありますね。良いも悪いも、ワールドが初お披露目なのですから何とも言いようがありませんよね。昨季の内容やレベルとさほど変わらないか、それ以下という推測が大半のようですけれども。演じる選手に向上心が感じられないのが、観衆に期待を抱かせない一番の理由でしょうね。
やっぱり、シーズンいっぱい高いところを目指して向上し続けてきた日本の選手たちに期待したいものですね。
2011.04.25 01:59 | URL | #- [edit]
bonbon says... "ありがとうございました!"
無事再放送を録画して見ることができました\(^o^)/
知らずに見ていたらおおって感じだったでしょうね!!
2011.04.25 21:54 | URL | #- [edit]
cerestia says... "偶然見ていました。"
まさきつねさま、こちらに移られてからは初めて書き込みいたします。
(前のブログではハンドルネームがうまくつけられず忘れてしまいましたが数回書き込みさせていただきました。)

この4月からBSプレミアムで芸術を取り上げた番組が多くなり、この新番組も特に「美女」を取り上げた月間ということで毎週見ていました。
中京の先生が出て来たときに、真央ちゃんのジャンプの回転速度など分析してた方だなと思ったらすぐ真央ちゃんが!!!しかも「鐘」!!!
まさかこの番組に真央ちゃんが出てくると思わずうれしかったです。
しかもファンは真央ちゃんの姿勢、ポジションの美しさをよく分かっているのにマスコミではジャンプのことしか言われないことに「も」フラストレーションをずっと抱えていたので、アンバランスなポーズの連続が美しさをもたらすという説明には本当にうれしかったです。
実はこの回は前の2回に比べて個人的に寝そうになっていたので、最後まで見てよかったと思いました。再放送はもちろん録画しました。
もっと真央ちゃんの演技のジャンプ以外でも素晴らしいところを取り上げて欲しいものです。

さらにまさきつねさまの文章と豊富な画像で番組を振り返ることができました。
あの震災以来、フィギュアにさえ気持ちがちゃんと向かず何も手につかないような日々でフュギュアのブログもほとんど見ていませんでした。
(内陸ですが岩手在住です)
今週は久しぶりにフィギュアにどっぷり浸かります。
2011.04.26 00:24 | URL | #0n48PNnA [edit]
まさきつね says... ""
bonbonさま
コメントありがとうございます。
そう、知らずに見ていて驚きでした(笑)。中京大学の教授という辺りから、んん?という感じだったのですが。
もっと美しいものとの比較に、フィギュアが取り上げられるとおもしろいですね。
2011.04.26 00:24 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "心機一転で"
cerestiaさま
ご訪問うれしいです。
東北はまだまだ余震があって、大変だとお察しします。
「極上美」という表現もどうなんだろうと思って観ていましたが、ワールド前のタイミングではなかなか素敵な前フリになりましたね。番組自体は確かにちょっと冗長で、とりとめのない感触もありましたが、浅田選手で引き締まりましたね。
このたびの震災ではまさきつねも、ブログを書くのも読むのもいろいろと考えてしまうことがありました。節電ということではないのですが、だらだら読み流すことが少なくなった気がします。いろんなことを見つめ直すことが出来たという点では、大事なことを学ぶべき機会だったということでしょうか。
今週のワールドは本当に楽しみです。何もかも心機一転、原点に返った気持ちで新鮮な眼で観戦したいです。
2011.04.26 01:18 | URL | #- [edit]

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