月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

空中庭園の散歩 其の拾六 よそゆき着と普段着

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少し重たいテーマのエントリーが続いたので、今回は軽やかで他愛のないお話と画像をお届けしようと思う。


まずは、まおまおブランドから発表されていた成人式の振袖画像をまとめて掲載。
すでに本サイトでご覧になられた方も多いと思うのだが、どれも古典柄の組み合わせで色調がさまざまに変えられてはいるが、奇抜な印象のものはひとつもなく、二代三代に渡っても着用出来るような流行に左右されない模様の着物ばかりである。

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トラディショナルという言葉の響きは、時として堅苦しく、新し物好きの人には飽き足らず物足りないというイメージがあるかも知れないが、古来より伝統的に受け継がれてきた文様や柄や型にはひとつひとつに込められた意味や祈りがあり、成人式や結婚式といった記念的な行事には、それらが表す祝賀の気持ちや季節感などがきわめて重要な役割を果たしている。

礼装用には吉祥模様、慶長模様、御所解(ごしょどき)模様、正倉院文様、茶屋辻、辻が花、四君子、熨斗目(のしめ)模様などがあり、普段着用の着物(小紋柄)の代表的な柄には、市松模様、立涌、壺垂れ、矢絣、井桁絣、亀甲、唐草、紗綾形(さやがた)、季節感を表すものに桜や藤、菊などの花型、あるいは秋草や雪輪など数多くの文様があるのだが、そのどれもが華やかで洗練された印象にまで完成されているのが、日本独特の美意識を象徴していて実に見事である。

後は、こうした文様を描き出す染めや織り、あるいは型抜きや箔や刺繍といった職人芸や技術の良し悪しにかかってくるのだろうが、いずれにしても大枚はたかねばならぬ礼装であればこそ、数回で顧みられなくなるような程度のものではなく、長い年月の鑑賞に堪えうる着物を見極める力というのが、二十歳前後の女性たちにも必要な時代なのではないかと思うのだ。

もっと細かく指摘すれば、着物や帯が同じでも、帯揚げや帯締め、重ね襟といった小物の色を変えるだけでもずいぶん印象が変わってくる。高価な着物を買っても、一度きりしか着られないというのは嘘で、まさきつねは着物くらいいろんなヴァリエーションを工夫して、何度も着こなす楽しみがあるファッションはないと考えている。
さすがに三十振袖、四十振袖と揶揄されるのも恥ずかしいので、あまり年を重ねると公けの場で振袖を着るのは難しいかも知れないが、二十歳の成人式から二十代いっぱいくらいはいろんなパーティなどで、同じ着物だからと臆することなしに、帯の締め方を変えるとか小物の工夫をするとかで自分なりに着回しして欲しいものだと思う。

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ところで、着物による写真撮影というのは殊の外難しくて、何にしても元々直線裁ちで構成された着物というのは誰が着ても、色紙で折った紙人形のような印象を与えてしまう。だから少しモデルは斜め向きに立って、首を傾げたり、腰を曲げたり、身体全体がS字のカーブを描くようにちょっとだけ曲線を付けると女性の色っぽさが滲み出て、変化が出てくるのだが、こうした成人式の振袖写真では、浮世絵のようなあまり極端なくねくねを見せるといやらしさが先に立って、楚々とした美しさが感じられなくなる。

浅田選手も、体はあまり動かさず、腕を折り曲げるとか少しだけ外向きに開くとかいった上半身の動きで変化を付けているが、一般的にはどれも同じに見えたとしても致し方あるまい(笑)。
髪型ももっとさまざまなバリエーションがあっても好いのかも知れないが、やはり成人式用におでこを見せて髪をアップにした、ちょっと古風な日本髪の髷を意識したヘアスタイルでまとめている。
最近では前髪を垂らすのも横分けでおでこを出すのも、その人の顔形によってさまざまな選択肢があっても好いと思うが、襟際を詰めて後ろの貫も少なめに着付けをする振袖では、顔を広く出して、後ろの襟足も後れ毛を出さずしっかりまとめて始末した方が清潔感があって、綺麗に見えるものなのだ。

最近流行りの、金髪の盛り上げ髪も人それぞれの個性だとは思うが、浅田選手のような昔ながらの古典的な着こなしというのは、どこかほっとさせる安心感を感じさせる。
先日は安藤選手が着物姿でテレビのバラエティ番組に出演していたが、彼女もまた白い紬織の着物を凛と着こなして、髪型をきちんとまとめて、大人びたイメージだったが美しかった。

やはり着物のような民俗性の強い衣装をまとう場合は、斬新な個性はそれぞれの内面にとどめて、外観は伝統を守った着こなしをする方が好印象なのかも知れないと、当たり前のことを当たり前のように感じた次第だった。

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さて、今度はいわゆるよそゆき着の着物から一転して、普段着まではいかないまでもカジュアルな服装の浅田選手を、空港でのショット写真からいろいろに集めてみた。

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試合前、試合後によって、緊張した顔や解放されてリラックスした顔など、いろんな表情を見せてくれるが、いかなる時も人前でコメントを求められたり、笑顔で答える必要があったり、さすがにスター選手は大変だなとまさきつねなどは感心するのだが、浅田選手は本当に終始穏やかで、疲れたような翳りを帯びる時はあっても決して露骨に嫌そうなしかめ面を見せない。

演技やふりをしているということではなく、幼い時からいろんな意味で人々の好奇の視線にさらされてきた中で、彼女なりにスター選手ならではの宿命を受けとめ、こころからの感謝の念で声をかけてくる人に対し柔軟な対応を心掛けているのだろう。

以前、空港は公共の場だという一方的な理由だけで、投げかけた質問に答えてくれなかったのみならず、浅田選手のそばにいた小塚選手が勝手にシャットアウトした云々と、恥知らずな愚痴を記事にしていた記者がいたけれども、記者会見場ならいざ知らず、プライベートに近いような状況の中でさえ、タイミングを見計らってはずかずかと土足で這入り込んでくる輩が後を絶たないのだから、どうしようもない。
その中で、本人が公けにしたくないような写真ももっと数多く撮られているのだろうが、それでもこれだけひとを和ませるような笑顔を浮かべて、柔らかい表情を見せられるのだから、やはり相当の年月、人間的に辛抱強く鍛えられているのだろう。

さて、最後に(ちょっと懐かしい)会見場などでのスーツ写真。
マスコミや取材記者の方々は、こういう場所でこそしっかりした質問を選手たちに投げかけて、彼らから得た回答は歪曲や曲解をすることなく、正しい日本語で報道して欲しいものである…と苦言を残しておこう。

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私を束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
たばねないでください 私は稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色の稲穂

わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽ばたき
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音

わたしを注がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮 ふちのない水

わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風

わたしを区切らないで
,(コンマ)や.(ピリオド)いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩
(新川和江『わたしを束ねないで』)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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Comment

無花果 says... "普遍化できる魅力"
着物のモデルさんでも、特に若者向けの場合は西洋人形のような顔立ちの人が多いですが、やはりほんわか、はんなりとした雰囲気の方が好ましいです。
豊匠のMaoMaoサイトでブランドイメージの写真を見るとほのぼのします。うれし恥ずかしといった表情と肩が凝らない雰囲気が良いですね。ただ浅田選手の振袖写真は多くがカタログ用なので、柄ではなく浅田選手に注目すれば同じように見えるのは当たり前ですよ(笑)色柄違いで合成もされてますし。

浅田選手の笑顔はほっとします。
八戸公演では演技もさることながら、観客前を周る笑顔でも、招待された方々は心を和ませたことでしょう。
公衆の面前でもほとんど「素」に近い彼女だからこそ、いわゆる癒し系タレントとは違い、ふとした隙にギャップを感じる事が無くて、そこが一番良いのかも知れません。
2011.07.30 09:50 | URL | #Qi8cNrCA [edit]
まさきつね says... "こころの洗濯"
無花果さま
コメントうれしいです。
MaoMaoのサイトほのぼのとして好いのですが、もう少しファンサービスで後ろ上半身や座った写真などもUPしてくれたら嬉しいですよね。まあ宣伝用ですから仕方ないのですが。
浅田選手と芸能タレントの一番の違いは、人気を当て込んだゴマ摺り笑顔がないことでしょうね。無論芸能タレントは笑うのも仕事ですから、それはそれで立派なのですが、浅田選手の滲み出るような微笑に敵うものはないですね。こころが洗われてゆく、そんな気持ちになりますね。
2011.07.30 16:15 | URL | #- [edit]
よっこいしょういち says... "記者になりたい動機"
まさきつねさま、お邪魔します。
最近の(といってもいつ頃からなのか・・・)記者の方々は、やれ突撃取材だ、やれぶっちゃけトークをお願いしますだ~、と先人達の見えてる部分だけ模倣し、水面下のバタバタ泳いでるところは知りもしないように見えます。「知りたい」と「伝えたい」という欲求が記者という仕事には不可欠なのではないかと思うのですが・・・。
まだすべてではないですが、真央ちゃんの「I vow to thee, my country」、ああいう表情も初めてみるような気がします。少し安藤選手の「レクイエム」と重なってしまいますが、表現したい気持ちが同じであるならある程度は当然かなとも思います。そしてまだほんの少ししか見ていませんし。子供のころの刷り込みでミニ丈の着物を見るとドロロンえん魔くんの雪ちゃんに見えてしまうのですが、今回の真央ちゃんの衣装はすっごく素敵!!待ってました!!天女のような神々しさがあって、実際見ると本当にこの世ならぬ者に見えるのではないでしょうか。もともとなんとなく皇族の方のようなイメージも感じています(^^)
長々、失礼いたしました。
2011.07.31 22:31 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "日本の祈りと力"
よっこいしょういちさま
コメントうれしいです。
最近の記者にしても女子アナにしても、妙に勘違いしたタレント化していますよね。伝えたいことよりも自分を売り込むことに必死という感じがします。
案外、誰かに何かを伝えるメッセージを持たない人間が増えているのかも知れません。若いひとはコミュニケーションがとても下手です。
フィギュア選手というのは、技術の向上も必要ですが、一番大事なのは演技で何を観客に伝えたいかですよね。安藤選手も浅田選手も、とにかく祈りと生きる力を伝えたかったのでしょうね。
あなたたちは日本が誇る選手、日本が誇る魂の顕現です。だからこそこころから応援したい、と思いますね。
2011.07.31 23:44 | URL | #- [edit]

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