月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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ざわわと風が吹く美ら国

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ざわわ ざわわ ざわわ 広い さとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ 風が 通りぬけるだけ
今日も 見わたすかぎりに 緑の波が うねる
夏の ひざしの中で

ざわわ ざわわ ざわわ 広い さとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ 風が 通りぬけるだけ
むかし 海の向こうから いくさが やってきた
夏の ひざしの中で

ざわわ ざわわ ざわわ 広い さとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ 風が 通りぬけるだけ
あの日 鉄の雨にうたれ 父は 死んでいった
夏の ひざしの中で

ざわわ ざわわ ざわわ 広い さとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ 風が 通りぬけるだけ
そして 私の生れた日に いくさの 終わりがきた
夏の ひざしの中で

ざわわ ざわわ ざわわ 広い さとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ 風が 通りぬけるだけ
風の音に とぎれて消える 母の 子守の歌
夏の ひざしの中で

ざわわ ざわわ ざわわ 広い さとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ 風が 通りぬけるだけ
知らないはずの 父の手に だかれた夢を 見た
夏の ひざしの中で

ざわわ ざわわ ざわわ 広い さとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ 風が 通りぬけるだけ
父の声を 探しながら たどる 畑の道
夏の ひざしの中で

ざわわ ざわわ ざわわ 広い さとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ 風が 通りぬけるだけ
お父さんて 呼んでみたい お父さん どこにいるの
このまま 緑の波に おぼれてしまいそう
夏の ひざしの中で

ざわわ ざわわ ざわわ けれど さとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ 風が 通りぬけるだけ
今日も 見わたすかぎりに 緑の波が うねる
夏の ひざしの中で

ざわわ ざわわ ざわわ 忘れられない 悲しみが
ざわわ ざわわ ざわわ 波のように 押し寄せる
風よ 悲しみの歌を 海に返してほしい
夏の ひざしの中で

ざわわ ざわわ ざわわ 風に 涙はかわいても
ざわわ ざわわ ざわわ この悲しみは 消えない

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


立秋を過ぎて、夏の暑さが緩み大分涼しくなってきた。

この八月は幾度か終戦にまつわる記事をエントリーしたが、夏の終わりにもうひとつ、沖縄に関連する話をしよう。
沖縄戦の惨たらしさはもう皆さま重々ご存知と思うので殊更語るつもりはないのだが、太平洋戦争の最終段階で地上戦の舞台として、最も甚大な被害を受け、そればかりか米軍占領が終わり領土返還問題が終結した戦後となっても、米軍専用施設の配置など大きな犠牲を強いられたのが、この日本最西端に位置する亜熱帯気候の島である。

まさきつねはこの地のあまりに美しく深閑とした自然を見るたびに、本来ならどこよりも安穏と、この世のユートピアのごとき平和を貪って然るべき場所がたどらねばならなかった苛酷な宿命を思う。
美と幸福を悪魔は妬むというが、この島の平和を奪い去ったのは悪魔よりも恐ろしい人間の欲望と宿業だったのだろう。

さて、冒頭に挙げた沖縄の反戦歌としてあまりにも有名な、「ざわわ」という繰り返す言葉のゆったりした響きに反戦歌であることに気づかないでしまうような『さとうきび畑』という歌について。
元来は10分近くも続く長い歌詞の歌で、全編を唄った森山良子のものがよく知られているが、まさきつねは(まさきつねと同年配の人間は大概そうだと思うが)、NHKの『みんなのうた』で紹介されたちあきなおみの声が一番しっくり来る。

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☆サトウキビ畑の歌(stereo for headphone)☆


強く太い声だが周りの空気にとけてゆくような透明感があり、特に芝居がかった抑揚をつけている訳ではないのに、伸びながら響く部分と消え入るようにふるえる部分が不思議なビブラートで音に表情を付ける。乾いた悲しみが、さとうきび畑を吹き抜ける風のように近づいては遠ざかり、歌が終わってしまった後には、戦争の虚しさを告げるメッセージだけが結晶化した嘆きのようにころんと地べたに転がっているのだ。

ちあきなおみという伝説化してしまった歌手については、その全盛期を知らない世代でも、近年のCMやネット動画などで新たなファンを増やしているし、ウィキの解説もあることなので詳しい説明は端折るが、昭和の歌謡曲を代表する歌手のひとりというのが一般的な認識だろう。
戦後生まれだが、米軍キャンプやジャズ喫茶、キャバレーで歌い、演歌歌手の修行をして、人気歌手の前座をしながら下積みを重ねたその経歴はいかにも昭和の苦労人といった様相で、平成に入ってまもなくの1992年には芸能活動を停止しているあたりも、その認識を深める一因となっているかも知れない。

とりあえず、最近のカラオケ慣れしてデビューする歌手の歌い方からは想像もつかないだろう、昭和の歌姫の声とパフォーマンスをどうぞ。

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☆朝日楼(朝日のあたる家) ちあきなおみ UPC‐0003☆

☆星影の小径 ちあき なおみ☆


興味深いのは、彼女のオリジナル曲の中で売り上げ上は唯一の大ヒットといえるのだろう『喝采』でレコード大賞を受賞した70年代前半よりも、70年代後半頃から80年代にかけて、船村徹の演歌を歌う傍ら、中島みゆきや飛鳥涼らに楽曲提供されたニューミュージックや、シャンソン、ジャズ、そしてポルトガル民謡のファドなどジャンルにこだわらない音源録音やアルバム制作を手がけた時代の方が、よりその鮮烈な個性に磨きがかかり、歌手としてのテレビ露出は減ったもののレコーディング活動自体は精力的に行われていたという事実だろう。

この頃、テレビの歌番組ではアイドル歌手ばかりがやたらと目に付き始め、もう一方ではレコード会社が推す演歌歌手の知名度だけが上がって、フォークにしろロックにしろ歌唱力のある歌い手たちの多くはテレビに背を向けて、コンサートなどのライブ活動やスタジオ録音に尽力するという風潮があったが、ちあきなおみもまた、そうした芸能界の流れの中で、積極的に自己の歌をアピールするというよりも好きな歌を好きな時にだけ歌うという、歌手としての名声よりも自分の世界の追求に傾斜してしまっている。

よく引き合いに出されるのが『矢切の渡し』にまつわるエピソードだが、元々ちあきなおみが歌ったオリジナル曲を1988年に細川たかしがカヴァーして二度目のレコード大賞に輝いたのだけれど、こうした大ヒット曲が生まれる機運に対し、焦るのは常にレコード会社の側で、彼女自身は全くそれに頓着しない。
有線放送のチャートではいつもちあきなおみの歌の方が順位が上だったというくらい、その内容の深さや出来の差は歴然としているのだが、彼女自身は一度完成させた作品を再度歌って改めて売り出すというようなレコード会社の敷いたヒット路線に乗ることよりも、その当時すでに彼女が試み始めていたジャズやシャンソンの新しい世界のアルバムを作るという別な喜びに力を注いでおり、芸能界的な栄光や名誉や評判になど何の関心も持たなかったのだろう。

先に挙げた『さとうきび畑』にしても、ちあきなおみのバージョンは『みんなのうた』の収録時間に合わせて前半と最終部だけのごく短いものだけだが、全編を歌い切った歌手の作品以上に迫力があり、それはむしろ、省略されて歌われなかった歌詞の部分の悲しみを声にならなかったがゆえに内包している。

ちあきなおみ礼賛ついでに語っておくが、フィギュア競技で何かと子供っぽいだの大人っぽいだのとメディアが主導して観衆に刷り込もうとしていた演技表現の感想に即して言えば、ちあきなおみの圧倒的な表現力を前にすればそんな単純な所見ごときで評価の基準とすることがいかに偏向的でくだらなく、馬鹿馬鹿しいか一目瞭然だろう。

☆ちあきなおみ 夜へ急ぐ人 良い曲です☆


ちあきなおみのいわゆる「大人っぽさ」は、外観的な色気や官能的な仕草から来るのではない。あらゆる人生や運命に対峙して、不運や不幸に苦悩し、道を選択し、状況を諦観しつつもなお生きることを諦めきれない人間の深い精神世界を、歌という力で表出することの出来るディーバの熟成した才能がもたらしたものなのだ。

キム選手がどんなに体をくねらせようが、性的なポーズでパフォーマンスをしようが、ちあきなおみが演じた以上の、爛熟して退廃的な、もはやどん詰まりの悲哀に行き着いた世界を顕現し得る訳はない。
無論、フィギュア競技にそんな世界にまで掘り下げる必要性があるかどうかという点からすれば、それはまた方向性が違うだろうとしか思えないので特別優劣をつけようとは思わないが、いずれにしても「大人っぽい」という鷲掴みな賞賛同様、「子どもっぽい」という過小評価の切り口がいかに大雑把で根拠のないものか理解出来ると思う。

フィギュア277-4


さて、またもや話が広がってしまったが、記事冒頭の沖縄に戻ろう。

沖縄という碧い美ら海の美ら国に、今も残り続ける昭和の記憶、処理され切らぬ戦後の長い歴史がずっとこの島の人々に重たい足枷のような犠牲を強いてきた。『さとうきび畑』の「ざわわ」は誰を咎めることも、何かに戦争責任を追及することもなく、ただ人が人を殺し、美しい自然を壊し、人間の尊厳と誇りを踏みにじるものの年月を悲しく見つめながら、その上を行き過ぎる。

平成に入ってもこの国はいまだ迷走を続け、それどころか自国の文化や尊厳を自ら放棄してしまうような暴挙を、政治家もマスコミも己が理念も存在意義も忘れてやみくもに続けているけれども、そんな愚かな人間たちが欲まみれの意図や作為でどんな虚構を捏造しようが、どんな事実を粉飾しようが、人びとは結局、真に大切なものは何か、本当に伝え続けてゆくべきものは何か分かっているのだと思う。

民衆を愚民と言い捨てて、組織的な力を使ってでっちあげたブームや欺瞞の社会現象で思いのままに操れるなどと思っている連中には、端から理解出来ない話なのかも知れないが、レコード大賞や金メダルなどの冠がたとえなくても、多くのひとがちあきなおみの声に惹かれ、浅田選手の演技に酔う。
本当に価値あるものは、さとうきび畑をざわわと鳴らして風が通り過ぎるように、何もかもが行き過ぎて消え去ってしまった後、きらりと光って零れ落ちる涙のようにひとの胸の奥底に輝くものなのだろう。


ところで今回は最後に、昨年の五月のものですでにご覧になっている方も多いと思うが、浅田姉妹が沖縄を訪れた際の写真をまとめてご紹介しよう。

今年は何だか秋が早いのか、それともまた暑さが舞い戻ってくるのか分からないが妙な天候が続いているけれども、残暑のお見舞いには好適な画像ではないだろうか。
浅田選手も今季は昨年のようなのんびりしたオフシーズンという訳にはいかなかったと思うので、きっとご自分でも練習の合間に昨年の写真を眺めつつ、避暑をされていることだろう。

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ぼくの生まれは琉球なのだ
そこには亜熱帯や熱帯の
いろんな植物が住んでいるのだ

がじまるの木もそのひとつで
年をとるほどながながと
ひげを垂れている木なのだ

暴風なんぞにはつよい木なのだが
気だての優しさはまた格別で
木のぼりあそびにくる子供らの
するがままに身をまかせたりしていて
孫の守りでもしているような
隠居みたいな風情の木だ
(山之口獏『がじまるの木』)


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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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Comment

白色ワセリン says... "はじめまして"
はじめまして(^^*)
フィギュア好きなうちなんちゅ、白色ワセリンと言います。
まさきつねさんも沖縄出身の方なのですか?
私も気まぐれに更新するブログをやっているので遊びに来てください(・v・)/
2011.08.24 16:59 | URL | #hGA06L.U [edit]
まさきつね says... "お招きうれしいです"
白色ワセリンさま
初めまして。ご訪問うれしいです。
まさきつねは沖縄出身ではありません。残念ながら…。でも沖縄や山原の自然は大好きです。ただハイウェイ1から島の広範囲を占めて続く米軍専用施設を見るたびに、胸が締め付けられます。
白色ワセリンさまのブログはお名前で検索できるのかな。ぜひ寄らせていただきます。
2011.08.24 17:52 | URL | #- [edit]
オレンジ says... "こんばんは"
沖縄に初めて行ったのは、社会人といってもまだまだ遊びたい盛りの若かりし頃(笑)飛行機から降りた途端に包まれた濃密な空気とまばゆい光、鮮やかな色彩の花々に魅せられて3年連続で夏は沖縄に飛んでました。

関東の海や日本海とは全く違う、パスポートなしでこんな美しい海が見られるのかと感動したものですが、同時にこの島で起こった悲劇を改めて思い知り、胸の痛みを噛み締めたものです。

そしてちあきなおみさんも、リアルタイムで聴いていた身としてはびっくりしました。まさきつね様のようなお若い方が取り上げるとは思ってもみなかったので。

彼女は昔の歌謡曲の流行歌手としての顔だけでなく、実はあらゆるジャンルに秀でた稀有な歌い手で、女優としても活動していたと思います。
今はいっさい表に出てはきませんが、とにかく圧倒的な表現力と迫力のあるひとでした。

キム選手(選手と呼びたくはないのですが)が歌や女優にも興味があると言ってたのを聞いた時、思わず失笑してしまったのですが、それは本職の方々に失礼であるだけでなく、そちらの世界に入ったら自分の実力がいかほどのものであるかを思い知らされることになるだろうと思ったからです。

よってたかってちやほやされたままでいると、真実は何も見えなくなるものですね。
表現力というものであるならば、浅田選手のジュピターがあちこちの番組で取り上げられた時、コメンテーターとやらの皆さんもただその祈りの滑りの美しさに呑み込まれたようになっていたのを見ても明らかですね。

彼女は子供っぽくて表現力に劣るというレッテルを貼ろうとしていた輩も、全身全霊を込めたパフォーマンスから発せられる圧倒的に純粋無垢なるオーラの前では口をつぐまざるをえなかったようですね。

ロシアでの世選で安藤選手がレクイエムを舞ってくれたように、浅田選手にとっても日本のトップ選手として
どうしても捧げておかねばならなかった追悼の舞踏。
単に新しいEXの演目のひとつというのではなく、震災当時自由に動くこともできずにもどかしい思いで苦しんだであろう彼女の、祖国に、そして犠牲になった方々への鎮魂の想いをこめた清浄な舞。
実際に観た方々の多くが泣いてしまったと言っておられますが、本物の意志というものは真っ直ぐに伝わります。そして浅田選手自身も真っ直ぐな祈りを捧げたことで、ようやく新たな一歩を踏み出すことができるのではないか、そんなふうに思ってしまいます。

そんな素晴らしいショーを地上波で放映しないテレビ局。抗議活動がエスカレートするのは当然ですが、思うにマスコミは、浅田選手の人気を甘くみているのでしょうね。これほどの反響やチャリティブックの驚異的な売り上げを見てもまだわかってない。
フィギュアファンをみくびるな!と言いたいですね。
2011.08.26 01:07 | URL | #aqzl0.Kg [edit]
まさきつね says... "芸術は邪まな政治力には負けない"
オレンジさま
ご訪問うれしいです。また暑さが戻ってきましたが、お変わりないですか。
沖縄は本土とは別世界の美しさがありますよね。世界には沖縄も日本の一部と認めていない国がありますが、確かに長い歴史の中では領土問題に一律の解釈は難しいとは思いますけれども、その地に住む人びとが誇れる国家を目指してヴィジョンのある政治や外交が行われて欲しいですね。
まさきつねは多分オレンジさまが考えておられるほど若くはないと思いますが(苦笑)、ちあきなおみさんは世代差を超えて認められるべき歌手だと思います。動画をUPされている方の中にも、ちあきさんと一緒に浅田選手らフィギュアの名演技をエントリーされている動画主さんがおられました。良いものはジャンルを超えて理解され、伝えられてゆくものでしょうね。
キム選手は祖国(のオリンピック開催?)のために働いたのでしょうが、その演技からは郷愁もリスペクトも何の想いの欠片も伝わってきませんでした。政治家が口にする美辞麗句だけの公約みたいに空しかったです。歌や女優を目指すなら、ちあきさんのように一瞬で世界を創るくらいのオーラが欲しいものですが、どうでしょうね。ベタ演技でも成立する韓国ドラマなら、何とか使えるかもしれませんね。日本の電波では流して欲しくないものですが。
本当に今のメディアは何か勘違いしています。邦楽チャートにK-POPを入れる感覚は、日本の教科書を他国人が作るのと同じです。まさきつねは原爆ドームの前でとち狂ったように踊るK-POPシンガーを見てから、本気で日本メディアによるK-POP押しに怒っています。
政治による歴史の改竄なんて古代から行われていますが、文化と芸術の分野まで政治力で歪曲し、踏みにじるのは許せない。フィギュアファンの怒りもここから発しているのですものね。
2011.08.26 10:46 | URL | #- [edit]
Canadaから says... "初聴で涙した2つめの曲"
こんにちは、コメは、少しお久し振りのCanadaからです。:)
70年代の自分は、まあティーンエイジゃー(歳バレバレ、爆)で、音楽に対しての感じ方は、凄く純粋だったと思います。そんな頃、歌謡曲を聴いて、初めて涙したのが、岸洋子さんの「希望」(1970年)、で、2曲目が、ちあきなおみさんの「喝采」(1972年)だったと記憶しています。(多分、今でも自分の記憶から希望も喝采も歌詞が抜けてないと思います。爆)そして、久し振りにちあきさんの歌声を聴いて、「ああ、やっぱり凄かったんだな。」と思いましたね。岸さんが亡くなった年にちあきさんが夫君との死別で歌手活動を休止しているのが、偶然でも何か感慨深いです。
沖縄は、残念ながら1度も行ったことがありません(T-T)。子育てが終わったら等と考えている内にカナダに移住してしまい、今に至ってます。祖国を離れ、カナダが第二の母国になりつつあるのですが、本当に叶うなら沖縄や南西諸島に行ってみたいと夏が来る度にふっと思います。
そうそう、浅田選手の公式ブログが更新されていましたね。:D 
中京大のリンクで信夫先生と新プロを練習中で、ショーの出演もTHE ICEのみ、ジャパンオープンも出ず、今季は、ガチ本腰信夫先生指導モードですね。(数日前、2、3人の海外のブロガーさん達が、彼女が強化合宿を欠席したことで、今季スキップか?と書いてましたけどね。ユナ選手とは、違うんだけどって思わず突っ込み入れたくなりましたよ。苦笑)
それから、安藤選手、今季全休か、引退、プロ転向も視野に入れているとのインタビュー記事が上がっていますね。12-13シーズンにアマチュアに戻る道もあるので、完全にソチ五輪の可能性が消えたわけではないのですが、自分のエゴを通して、最良の道を選択して欲しいです。
2011.08.27 02:06 | URL | #QU3xRRRs [edit]
まさきつね says... "自分のペースで"
Canadaから さま
ご訪問うれしいです。カナダの夏はいかがでしたか。
『喝采』は大ヒットしたこともあって賛否両論ありますが、ちあきさんの歌声だからこそ売れた名曲ですよね。三分間劇場という言葉は彼女のためにこそあるような気がします。
沖縄は本土とは全く違う自然と文化の国ですが、出来るものならいつまでも平和であって欲しい楽園です。独特の音楽も失わないで欲しいです。
浅田選手もスケ連に振り回されず、マイペースで本番準備が出来るようになって、これも佐藤コーチのお蔭でしょうね。名ばかりの強化合宿でマスコミにお愛想する必要はないですよね。
安藤選手もいろいろ書き立てられていますが、話題がないオフですから憶測記事が飛び交いますよね。もう少しまともな情報を集めて、ちゃんとした報道をして欲しいものです。何にしてもモロゾフコーチが付いていますから、引退にしても再度復活にしても、勝算を練ってくると思います。ソチまでまだ2シーズン以上あるのですから、周囲に振り回されず自分のやり方を貫いて欲しいですね。
2011.08.27 09:03 | URL | #- [edit]
ヨシリンダ says... "はじめてコメント致します。"
「さとうきび畑」を最初に歌っていたのは、ちあきなおみさんだと初めて知りました。自分はみんなのうたで森山良子さんバージョンで知り、そこで優しい色合いのアニメーションが流れ、それを見て涙が溢れました。父親のかぶっていた編み笠が青い青い空に舞い上がるシーンで子供心に戦争の歌である事を理解しました。今もこの歌を聞くと、あの映像が浮かび涙ぐんでしまいます。子供だったので多分、耳よりも、あの優しいタッチの絵と吸い込まれるような青い色が目によほど印象的に映ったのだと思います。
 大人になり、車のCMで流れていたちあきなおみさんの艶っぽい声にすっかり魅了されてしまいました。彼女の歌を聞いていると、やはり歌の情景が浮かんでくるのです。初めてのコメントですのにとりとめのない文章で申し訳ありません。いつも、こっそり読ませて頂いております。まさきつね様の文章を読むと心が落ち着きます。
2011.08.29 20:36 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "祈り"
ヨシリンダさま
初めまして。ご訪問うれしいです。返信遅くなってごめんなさい。のんびり更新の気ままなブログですが、いつでもお立ち寄りください。
お若い方たちには森山さんの方が馴染みがあって、子どもの頃には背景もアニメで親しみやすかったかも知れませんね。ちあきさんのバージョンは大人になって聴かれた方が、心に沁みる気がします。
2011.08.30 10:00 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "非戦の声"
まさきつねは『さとうきび畑』の歌をこのように受けとめています。
2011.08.30 10:09 | URL | #- [edit]
ぽちぽち says... "非戦"
ほんとうですね。
日々、世界中のどこかを吹く、
同じ悲しみをたたえた風のことを思いました。
ご紹介ありがとうございました。
2011.09.06 22:55 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "平和"
ぽちぽちさま
ご訪問ありがとうございます。
コメントをくださる方の何人かお気づきになって、不審に思われているかも知れませんが、こちらのブログサービスではコメント欄で「×戦」の言葉を入れるとコメントが拒否されるような設定があるようです。
まさきつねが設定したものではありません。「非戦」も「平和」も多くのひとが胸に留めるべき日本語だとまさきつねは思っていますが、言論の自由が認められている筈のこの国でも、ある種の言葉に対する一方的な規制が行われる場合があるようです。
このような動きがまたいつか、さとうきび畑に鉄の雨を降らせる時代を招かねば良いがと思わずにいられません。いつまでも、穏やかな風の吹く幸福を願います。
2011.09.06 23:18 | URL | #- [edit]

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