月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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慟哭

フィギュア298-1

瓶にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり(正岡子規『墨汁一滴』)

*****

フィギュア298-2

近くの公園にある藤棚の藤がもう盛りを過ぎようとしている。

その帰り道、まさきつねの幼馴染が今も暮らす家の前を通りかかって、不意に面妖なものに気がついた。


小奇麗な玄関のインターフォンの上に、べったりと貼られたガムテープを無造作に剥がしたらしき跡が残っている。それは明らかに、何度も押されることを回避するために応急に施した処置が、今はもう不要になったのでテープだけを外したのだろうが、テープの粘着性が強すぎたのか、粗雑な剥がれ跡になってしまったものであろう。

まさきつねの幼馴染はその昔ミス何とかに選ばれるような、顔だちの美しい女性だったが、それが今年の二月、まさきつねも出品した華展の会場で久しぶりにばったり出会い、数十分ほど言葉を交わした。その時に詳細を聞いていたのだが、同じ二月の初め、華展の始まる少し前に、まさきつねの母ともほぼ同じ年齢の母親を急な心臓発作で亡くしたという。

幼馴染のお母さまも、幼馴染同様、整った面立ちとすらっとした姿勢が印象的な人だったが、ここ数年は重い認知症を患い、その介護に家族中が翻弄されていると人づてに聞いていた。結局、特に診断されたこともなかった心臓疾患で倒れ、最期はあまり苦しまずに逝ったのがせめてもの救いだったと淡々とした口調で彼女は話した。

まさきつねも実は、幼馴染のお母さまの以前とすっかり変わってしまったご様子については幾たびか、夕方近く向かいの家にある非常階段に座ってぼんやりと自宅の庭先を眺めておられるのを見かけたこともあるのだが、身体的にはそれほど悪い障害がおありのようには見えなかったから、急逝の話には本当に驚いた。
やはり人間塞翁が馬、ある程度の年齢に達すると誰しも、見た目ほどには丈夫と言い切れるはずもなく、またある日、どんな災害に見舞われることも分からず、そしてその裏で、どんな修羅が家族を襲っていたか、その闘いの日々の証がインターフォンの無残なテープ跡に刻まれているように思われた。

おそらく連日、真向いの家の非常階段に腰を掛けて、自宅の様子を眺めていながら、薄れてゆく脳の記憶にいつしか自分が戻るべき家がどこか分からなくなり、繰り返し繰り返し、自分の家のインターフォンのボタンを押されたのではなかったか。
認知症の症状から不安に駆られて、ここはどこですか、私の家はどこですかとチャイムを鳴らし続け、それに困り果てた家族の誰かが急場の処置で、音が鳴らないように押しボタンの部分を隠したのだったろう。


血のつながった家族と言えど、いや、むしろ家族であればこそ、日に日に全く知らない人間に変わり果ててゆく姿を見続けていくのは、かくも辛い。
認知症に限らず、どんな病であれ、寄る年波とともに押し寄せてくる身体の痛み苦しみ、記憶障害、判断力の低下、これはどんな天才や偉人と讃えられた人であっても、誰もが避けられない試練なのだろう。そしてこの試練と悲哀は確実に、その当人だけでなく家族や周囲にいる人間すべてに降りかかり、その苦悩と精神的苦痛を平等に分けあわねばならぬものなのだ。

この前のブログ記事にもお伝えしたまさきつねの母は、幸いまだ医師から正確な認知症の診断をもらっている訳ではないが、相応の高齢者でもあり、難聴や歩行困難による粗暴な物言いやふるまいで、周りからそのように認識され、誤解のある扱いを受けてしまう場面が看護の現場でどうしても起こる。
生来気性の激しい母としてはやはり、必要以上の弱者扱いやまるで子供の駄々をいさめるような対応を受けると、一層腹が立つのだろう。
確かに彼女に我儘で粗野な一面はあるのだが、公務員との二足のわらじで長年、洋裁師としての天才的な腕前をもってキャリアを積んできた誇りが傷つくような状況に追い込まれると、どうにも身の置き所がなくなるのだろうと、娘の立場としてはそんな母の心情がまるきり理解出来ぬという訳ではないのだ。

入院先の看護士や介護サービスの介護士の方々の対応が決してすべて悪いということではないのだが、どうしたって高齢者十把一絡げでその人格も経験もまるで一律であるかのような、無機質なあしらいや受け答えばかりの温もりのない世界に、母の方はいつしか心底失望したのだろう。

軽度の鬱病にも陥ったあげく、母はすっかり入院嫌い、介護サービス嫌いになって、知らない人と馴染むのも会話をするのも極力避けるようになり、相手を思いやる余裕さえ失って、黙りこくってひとり沈んでいることが多くなってしまった。

元々陽気で、どこか楽天的な明るさと、周りを鼓舞するような朗らかさに溢れたひとだっただけに、まさきつねとしては母がいつの間にこんなに変わってしまったのかと愕然とすることがままある。勿論その変化は徐々にあったのだろうが、血圧だの貧血だの、歩行障害や原因不明の発熱といった身体的な病状の治療にばかり気を取られている間に、むしろ重大なのは精神的な疾患の方だったと今更のように気づくのである。


さても、母をここまで追い込んでしまったのは何か。

それは無論、医師や看護士、介護士といった医療現場に働く方々の機械的なサービスだけが原因という訳ではない。
他人や環境が母をそうさせてしまったなどと、家族以外のものに多くの責任転嫁をするつもりは、毛頭ない。

あくまでも一番の要因は、四六時中母と接してきたまさきつねを始めとする家族が、母の症状に対する適切な措置を見誤ってきたということにあるだろうし、また時として、さまざまな部位の痛み苦しみに今まで見たこともないような粗相や行動にかられる母の様子がまるで知らないモンスターのように感じられ、折々に思いやりにもいたわりにも欠けた無理解で無神経な応対や言葉を浴びせてしまった、まさきつね自身にあるのだろうと思う。

実際、まさきつねはここ数年、自分自身が母の介護や看護にあたっているという自覚も認識もなく、つい最近、ある病院の看護士さんから「お母さんの介護、大変ですね」と言葉をかけられて、ああこれが世に言う高齢者介護というものだったのかと改めて感じ入ったというのが本音なのだ。

それというのもまさきつねは、母の世話をするのもその介助や看病をするのも、正直な話、それは一向に、苦痛とか嫌だとか感じたことも考えたこともない。

同じように、自分がそうすることの義務や責任についてもおよそ認識したことがなく、ただ母に少しでも、以前の母自身を取り戻して欲しい、その人生をその誇りを呼び戻して欲しいと願うだけなのだが、そういったいわゆる家族的な愛情だけでは駄目だったのか、もっと冷静で客観的な判断が必要ではなかったかと苦悩したり、反省したりを日々ひたすら繰り返しているのである。

まさきつねの父などは、まさきつね以上に母に大甘で、母の我儘も無理難題も子ども並みの要求も、ただ一心に叶えて、命令にはことごとく従って、母を叱咤することも責め咎めることもなく、その様子はまさきつねから見ても周囲のどの人間からしても、受難に耐える聖者のごとき有体にしか思えないのだが、実のところ何が正しく、何が間違っているのかそんな判断が単純には下せないのが介護の現場というものなのだろう。

しかして、発熱、頭痛、腹痛、腰痛、食欲不振、睡眠障害、窒息感、手足のしびれや痙攣、そして便秘と(どれも高齢者にはありがちの悩みではあるのだが)、もう体中どこを探しても痛み苦しみを感じない部分はないのだろうという不快感や不安、絶望感から「もう死んだ方がいい、楽になりたい」という弱気な発言ばかりを繰り返す母に、ひたすら寄り添って励まし続ける父が誤りだというのなら、本当にこの世には救いも希望もないのかという気がするのだけれど、父に至っては自分のしていることが正しいか正しくないかというような他人の判断などより、そうすることしか出来ない、それしかないという祈りのような、一縷の望みのような思いで母の言いなりになり続け、その利己的でむら気な欲求に応え続けているのだと思う。

傍目には横着で横柄で、自分勝手にしか見えない母の態度も、すべて病気がそうさせるのだからと許容できる父の心理はもう神の領域に近いような気さえするが、もしかしたら一種の自己暗示というか洗脳状態のような感覚が、父の行動を支え、父自身に自浄作用のようなせめてものカタルシスをもたらしているのかも知れない。

口惜しいことに、まさきつねには父のような自己暗示による行動誘導みたいな精神管理のシステムもなく、平常心を保つ精神鍛錬もまるで出来ていないから、母の一見野放図で気儘な要求や、食欲不振からくる拒食や便秘による粗相といった幼児並みの行動や失敗に、その折々で腹を立て、声を荒げて叱るというお恥ずかしいありさまになってしまう。

そしてそのつど、母の方は小さな子供のようにしょんぼりと落ち込んでみたり、小さな声ですまなそうに謝ってみたり、時にはまさきつねに対するというより自分自身に腹が立つのか、まさきつねが怒るのは分かるけど仕方ないでしょうと声をとがらせて開き直ったような居直りをしてみたり、まあ家族同士の喧嘩なんてものは大抵こんなものなのだろうけれど、いろいろな色彩を帯びた悪天候の空のような様相を見せてくる。

まさきつねの方も母を叱った一方で、どうしてあんな言葉を使ったか、どうしてあんな態度しか取れなかったかと後になって後悔することばかりなのだが、それでも何をしても何を言われても、最後には一体いつ娘との間に、どんな修羅場があったかなどと何もかも忘れたような、けろりとした顔で無邪気にこちらを見つめてくる母を前にすると、ああやっぱり何を叱っても言い争っても仕様がない、いっそこっちも何もかもリセットしてやろうと起きたことのすべてを記憶の彼方に追いやってゆくことになる。

とはいえ、自分の吐いたものや出したものといった汚物の処置を家族や介護人に頼む一方で、今更恥ずかしいと言っていられないと割り切ったつもりでも、どこか理性の片隅で恥辱にまみれる自己にふるえ、何もかもお任せしますと投げ出しつつも、どこか感情の片隅でそんな自分を情ないという自己嫌悪と失意の底にあるのが、どんなに齢を重ねて記憶が曖昧になったとしても、まだわずかでも自我のある人間というものなのだろう。

してみると、どう考えても母の汚物処理に追われるまさきつねよりも、実際に汚物を出してそれにまみれている母の方が屈辱的で、自分に対する憤懣と不甲斐なさ、やりきれなさに意気消沈していることに間違いないのだから、どうしたってそんな母に追い打ちをかけるように冷ややかで残酷な言葉を投げかけたまさきつねが非道いということは、誰が聞いてももう明白の理でしかないのである。

介護の現場の怖ろしさは、介護にあたる側の人間が常にこの自分自身の奥底にある非人間的な冷酷非道さ、薄汚く薄っぺらい非人道的な醜悪さと面と向かって突きあわされ、汚物を頭からかぶっても仕方ないほどの自嘲的な敗北感と自己嫌悪感の深い内省に堕ち込まされるという、この精神的なルーティンのどつぼに落とされることなのだ。

介護している相手にどんなに何かを施しても、どんなに頑張ってその要求を呑んだとしても、最終的には思うようにしてあげ切れなかった、やり尽くせなかったという痛みと後悔の念だけが介護側の人間に残るという、どうあがいても理不尽だがどうしようもない、およそ達成感とは程遠い出口のない闇の深さ、虚しさ、挫折、それと真っ向から闘っていかねばならない怖さなのである。

(ところでお気づきの方もいるだろうが、この深淵な闇は子育ての現場にもある。結局は親と子の立場を入れ替えただけで、人間というものはどこまでいっても後悔と無力感の満身創痍から逃れられないように出来ている存在なのかも知れない。)

さて、そうは言っても、まさきつねにとってまだ幸いなのは少なくともまだ母は存命でおり、今日は後悔しても明日はまた、今日の失敗や失言を少しでも取り戻せる希望があるということだ。今日また自分の非情さを思い知らされたとしても、明日にはまた、もっと優しくなれる自分を探すことが出来るということだ。

ただ確実に分かっていることは、母がいなくなる日は(それがいつなのかは神のみぞ知るが)必ずどこかでやってきて、その失ったもののあまりの重さは介護に明け暮れる日々などより、はるかに大きい喪失感と虚脱感を、見送る側の人間たちにもたらすだろうということなのだ。


まさきつねは今も、繰り返し思う。

もう何度もブログ記事の中で、浅田選手の抱いただろう寂寥と空虚感には触れたけれど、そのずっと以前から、辛い闘病中の母を残して、(まさきつねみたいな普通の娘のように)その介助も看護もしてあげられない自分をひたすら鼓舞して、スケートアリーナの戦場に黙して旅立たねばならなかったアスリートの心中は、一体いかばかりだったのか。

(勿論決してそんなことはないのだけれど)母をまるで踏み台にするようにして、自分ひとりだけが世界の光の中へ飛び立ってゆくような、その胸を抉る良心の呵責、後ろめたさと罪悪感、勝利することだけがせめてもの罪滅ぼしのようなそんな切迫感の中で、あのフィギュア・スケーターは孤独な闘いを続けていたのではなかったか。

だからこそ、「お母さんありがとう」などという母の日のコピーセールスのようなペラペラの言葉で、「ママからのメッセージ」などという手垢まみれ綺麗ごとまみれの冠言葉で、単純にその闘いの日々や宝石のような教えを浄化されては一層その胸が傷つく。
誰も知らないだろう真の母親の姿を踏みつけにして、嘘や虚飾ばかりの小奇麗な母親像で塗り固められては、満身創痍で真の人生を生き抜いたひとの輝きが失われてしまう。
(デリカシーも想像力の欠片も持たない出版社、マスコミ、口さがない人間たちが、どれほど悲嘆に暮れる家族や浅田選手の傷口に塩をすり込んできたか、それはもう尋常ではない惨たらしさだ。)


いや勿論、こんなことはすべて、まさきつね自身の勝手な思い込みと想像や憶測にすぎないことなのだ。

だけれど、まさきつねの経験上、現実問題として、自分の家族や身近な中に病で苦しむ人間がいたとすれば、それはもう九分九厘、周囲にいる者の心はかき乱され、生活は翻弄され、その苦悩による精神的負担は一通りのものではなく、不動心を保つどころかただ立っている気力さえ奪われてしまいそうな脱力感に襲われて、普段普通に出来ていたこと、食事して話して笑うことすらどうしてよいか分からない、そんな状態になってしまうのが当然な状況なのだ。

ああ、浅田真央、あなたは本当に強かったとまさきつねは思う。

勝負にではなく、スポーツ競技のトップ争いにではなく、ただひとりの剥き出しの人間として、あなたはずっと、そして今もなお人生と闘い続けているのだ。


あなたを思うと、まさきつねは、今はまだ、どんなに厳しい介護の生活に明け暮れる中でも、たった一滴の涙でもこぼすことは出来ないと自分自身を強く律する。あなたを思うと、まさきつねの闘いはまだほんの始まったばかり、人生をまだ何ひとつ知ってもいなければ学んでもいないことを思い知らされる。

藤の花の咲く五月、あなたのあの『愛の夢』の透きとおるような衣装みたいに薄紫の花房が畳の上に届かぬほど短いと詠った歌人がかつていたけれども、そんな病の床にいるひとのどこまでも果てなき永遠を求める心情にも、その底知れぬ孤独にも、時として思い及ぶことも親身になることも出来ないでいる、そんな哀れで浅ましいふるまいを未だにしてしまう自分自身が、娘として恥ずかしくてたまらなくなる。

そしてあまりにも辛くて切なくて、どうしようもなく悲しくてたまらなくなったとき、人間は子供のように声を上げて、大粒の涙をこぼして、まるで血を吐くように悲痛な叫びを出したくなるものなのだけれど、まだそんな号泣は自分には許されていないと、まさきつねはしみじみと思う。

いつの日か、本当に大切なものが指の間からするりと抜けおちてゆくように、本当に心から愛していたひと、大事なひとが目前から消え去ってしまったとき、あなたのようにまさきつねの幼馴染のように、多くの娘たちがそうであるように、その時はまさきつねも声をふりしぼるようにして誰にも遠慮なく、すべてをきれいに流し去ってしまう土砂降りの雨のような涙を流して大泣きしよう。

胸が張り裂けるような思いをすべて吐きだして、母を亡くした娘たち誰もがそうするように、満開の藤の花が涙の雫のような花弁をあたり一面に降りこぼしているように、いつまでもいつまでも誰に咎められることもなく、すべてのものにすべてのことを許されて、ただ声を限りに慟哭しよう。


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日は惜しみなく光を流した
その流れの中へ杏や梅は
溺れながら花々を埋めた
樹々の上ではもう審判の手が振られ
風は追われて
烈しい音を立てながら
空の向側へ倒れて行った
世界は耳を奪われたのだろう
そのまま静かに夜の方へ傾いた
折りたたんだ生命を深く秘めて
しばしハリネズミのように
花々は死を装うて眠った
もはや ひとつの声にも犯されず――
(笹沢美明『花々は』)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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フィギュア298-16


☆浅田真央(mao asada) この曲で演技を見たい #6 ~ F. Chopin - Concerto for Piano No.1☆


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says... "管理人のみ閲覧できます"
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2012.05.11 22:47 | | # [edit]
まさきつね says... "花は散る"
-さま
コメントありがとうございます。
確かに勝ち方にもいろいろあります。それはその人間の生き方にも通じると思います。
勝てば官軍といいますが、戦に勝っても名を遺した人はわずか、むしろ花のごとくに散っても、勇ましく闘った人間こそいにしえの日本人は尊んできたのではないでしょうか。
支援も今更メディアや組織に期待するよりも、選手たちを見守り続けているファンにこそ期待できるのではないかと思います。
2012.05.11 23:59 | URL | #- [edit]
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2012.05.13 10:46 | | # [edit]
まさきつね says... "ご厚情感謝"
-さま
ご訪問うれしいです。そして温かいお言葉ありがとうございます。
よくここへ来られる皆さまが口々に言われますが、「神さまは乗り越えられない試練はお与えにならない」ということ。これは勿論、浅田選手の演技に対して発されたものですが、人間誰しも共通に心に刻むべき言葉なのでしょうね。
仰る通り、生きることは「人間としての度量が試されている」ことなのかも知れません。
日々、喧噪も辛苦も、怒りも悲しみも憂いもありますが、それでも雨の日よりはやはり晴れの日の方がはるかに多い。真の幸福も喜びも、辛いことを乗り超えた彼方にあるものなのでしょう。

良いお話をこころから感謝いたします。
2012.05.13 13:25 | URL | #- [edit]
M&M says... "No title"
真央さんの衣装、藤色だったんですね。いまさらのように気づく自分に笑ってしまいます。実家のそばに洗足池という池があり、そこの公園に藤棚がありました。幼いころ、母や祖母と良く見に行ったのを思い出します。藤色は母の好きな色でした。他界してもう3年になりますが、未だに思い出すだけで胸の奥が痛みます。危篤の知らせを受けてから急いで飛行機の手配をしたのですが、成田に着いたときには既に亡くなっていました。デトロイトからの13時間、すぐその場へとんでいけないことのもどかしさというか、どうしようもない隔たりが、自分の無力さのように感じられて情けなかった。。。眠るような母の顔を前にして、声を上げて泣きました。今思えばあの瞬間、甘えん坊の末娘に返っていた自分。。というか歳だとか、時だとか、そんなものはなくなって、母親と娘と言う本質だけがそこにあったように思います。
真央さんと自分を重ねるわけではありませんが、彼女がどのようにこの数ヶ月を過ごしてきたのかと考えるだけで涙が出てきてしまいます。天を見上げて頷いていた全日本も、何をしていたんだろうと呟いた世選も、全部、美しかった。。。痛々しいくらい。自分自身気づかない心の変調もあるでしょうし、まだはたちすぎたばかりの若さでは理解しきれない感情ともたたかってきたのでしょう、それらをありのままに受け止めているような姿が本当に美しかったです。

まさきつねさんの優しさはお母様に伝わっていることと思います。
年老いていく親を見守ることはつらいことですよね。
私の場合、海外生活が長く、2年に一度くらいしか帰れなかったので仕方のないことと自分を慰めましたが、母親から「どちらさま?」と言われたときのショックは未だに忘れられません。傍にいられるわずかな時間罪ほろぼしをするように母の介護をしましたが。。感情をぶつけ合える近さにいられること、うらやましく思います。
肉体的にも精神的にも大変でしょうが、どうぞご無理をされませんように。

昨日は母の日、子供たちに祝ってもらいましたが、まさきつねさんのこの記事よませていただいて亡き母をおもい返すことができました。ありがとうございました。
2012.05.14 23:13 | URL | #6goa5kBQ [edit]
まさきつね says... "大事なこと"
M&Mさま
ご訪問れしいです。
まさきつねのブログには、カナダ、中国、アメリカ、パリ、ロンドンなど、世界各国にお住いの方々からコメントを寄せていただいています。その皆さまの多くがご両親や血縁の方々と遠く離れ、その息災を気にかけながらもお暮らしのことと思います。
確かにまさきつねのように、身近で両親の様子を見ていられることほど、幸せなことはないのだと思います。
浅田選手も、毎回試合のたびにお母さまとの別れを覚悟しつつ、遠方へ離れ、そして結局最期は本当に辛い結果になりました。そんな傷ましい彼女にすら、ファイナルを欠場すべきじゃなかったなどと酷い言葉を投げかける人間がいるのですから、本当に遺憾な話です。
人間はもっとシンプルに、愛する人たちと一緒にいる幸せ、その最期を看取る幸せをかみしめるべきなのかも知れません。
そんなささやかな幸せを忘れてしまったからこそ、こころが荒み、平気で他人に対して、残酷な行動がとれてしまうのかも知れません。
お気遣い感謝します。
加えて、大切な思い出話をお聞かせいただき、ありがとうございます。
2012.05.15 19:16 | URL | #- [edit]
Sally says... "No title"
以前からよくこちらを拝見しています。
私も母の介護の経験があり、今日はコメントさせていただく事にしました。
夫婦と子供との違いは、子供にとればやはり親はいつまでも親で。
よくできた親であればあるほど、病気によって変わり果てた親を
受け入れる事が困難ではないでしょうか。
どこかで自分が100%信頼し尊敬していたその姿を求めてしまい、
その気持ちと現実とのギャップに耐え切れず、きつい言葉を発して、自分の情けなさに
自己嫌悪に陥るわけですよね。
子育てをしていても感じるのですが、何故そんな事をするの?と残酷な言葉を発したくなる時にこそ、
笑いがあればいいですよね。
そんな状態で笑いなんて・・ですが、ふと我に返って、何故私こんなに怒っているのと。
泣き笑いでもいいんですが、そうするとパンパンに膨らんでしまった気持ちから、
風船の空気が抜けるようにすっと楽になるように思います。
まさきつねさまも、お母様のご心配だけでなく、
あまりご自分に厳しくなさらず、体も精神も健やかにあられるよう、
それがまず第一です。
始めてコメントさせて頂いたのに、差し出たことを申し上げました。
2012.05.24 02:37 | URL | #yG8qs2ZE [edit]
まさきつね says... "泣いたり笑ったり"
Sallyさま
初めまして。介護は大変ですよね。
でも泣いたり笑ったり、感情を爆発させてもまだつながりを保てる間は幸せなのでしょうね。
自分に厳しい…わけではないのですが、内省で時々心がつぶれそうになります。
親や子供を叱るのは、どこか天に向かってつばを吐いているところがあって、結局わが身に跳ね返りますね。自分の中の残酷さを思い知らされてしまいます。
やっぱり、空気を変える笑いが大事なのでしょうね。
なかなか差し出しづらい内容の記事に、温かなコメント感謝いたします。

これから、もう少し楽しい話題や画像をお届けしますので、またお時間があるときにお気軽にご訪問くださいね。
2012.05.24 11:48 | URL | #- [edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012.07.04 03:46 | | # [edit]
まさきつね says... "なすべきことを"
-さま
いつも温かなお言葉すみません。
確かに暑気負けしそうな毎日で、いろいろな雑念にくじけそうになっております。

親は行く道、子どもは来た道といいますね。どちらも自分の分身のようなものですね。親や子供にうんざりするというのは、結局自分自身にうんざりしているということなのでしょうね。

投げやりになりそうなことも多い毎日ですが、自分をしっかり持って、自分が今なすべきことを後悔のないようにやってゆきたいと思います。
2012.08.01 05:30 | URL | #- [edit]

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