月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

空中庭園の散歩 其の拾七 仮面の下に緞帳の奥に

フィギュア305-1


お前たち 王座のまわりに貪欲に群がる
自由と天才と栄誉の首切り人どもよ!
お前たちは法律の庇護にすがっている
お前たちの前では裁きも正義もみな口をつぐんでいる……
しかし 神の審判はある 淫蕩の痴人(しれびと)よ
峻厳なる裁きの人はいるのだ 彼は待ち望んでいる
彼は黄金のひびきにも耳を傾けず
お前たちの企みや仕業をとく見抜いている
そのとき お前たちは毒舌に縋ろうとも
もはやそれはお前たちの助けとはならないであろう
そしてお前たちはどんなにその黒い血を流そうとも
あの詩人の正しい血潮を拭うことはできないであろう!
(ミハイル・レールモントフ『詩人の死』)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりにこのカテゴリーで、浅田選手の昔の写真をまとめたいという気持ちが湧いてきた。

あまりにも長くブログを放置して、まさきつねのピクチャ・ライブラリもいい加減パンク状態になってきたからではあるが、どうもこのたびの世界選手権での順位結果が出てからというもの、あちこちの真央ファンのブログが「バンクーバーの悲劇」再来のショックゆえか、ポジティブな記事の更新に遅疑逡巡をきたしておられるようで、またそれに反するかのようにアンチのブログは「真央を金メダルにしないためにはキムを応援するしかない」と俄かに浮足立った記事を次々UPしているらしい…等々、まこと他山の石ながら、こちらのこころがざわつく現況の一端をここ数日、目の当たりにしたからである。

まさきつねも実際、自分の過去記事を久しぶりに読み返しなどして、今このまま四年前とそっくり同じ記事をUPしてもさほど違和感を覚えぬほど、キム選手を含め北米寄りの陣営はバンクーバーの時と同様の緻密な戦略とロビー活動の実績で、五輪までの勝算を固めつつあるなと、ちょっと怖気の立つ思いで、改めてこの競技の不透明な運営と採点方法を眺め返した次第である。

だがそれでも、楽天的と言われればそれまでだが、まさきつねがさほど絶望的かつ投げやりな気持ちで、記事を更新する意欲を殺がれたりせずにいられるのは、掛け値なしに競技の現場やメディア報道そのものはまさに、バンクーバー五輪を前にしたシーズンと変わらぬどころか、もっと酷くなっているのではないかと思わざるを得ない有体だが、それではどうにも救いようのない有様かと言えば、まさきつねはどうもそこは何か違う、四年前とは何か変わってきていると、どこがどのようにとは具体的に説明は出来ないものの、何らかの変化の端緒を感じているからである。

変化の中心は無論、浅田選手自身のメンタルとそのスケーティング技術で、その成長の足跡を「希望」という言葉で置き換えて何とか皆さまにお伝えしたかったのが、先日UPした記事だったのだけれど、その後しばらくさまざまに考えを深めていくうちに、妄想あるいは幻想と言い捨てられても致し方ないものの、何かそれ以外の選手たちを取り巻く空気というか、試合以前の攻防や駆け引きの流れというものが、バンクーバーを目前にした時ほど北米寄りの見通しで目算できるほど、それほどキム陣営に優位と甘く想定しきれないのではないかと容易に推察できたからなのだ。

まあ無論、北米に甘くないからと言って、それじゃあ簡単に日本勢が有利かという話になるとそれはまた別問題ではあろうから、タチアナコーチ経由で即浅田選手に朗報という訳にはいかないことも重々承知なのではあるけれども…

フィギュア305-9


のっけから云々と、くだらない前置きが長く、長くなりすぎて申し訳ない。

さて、今回まとめたいのは、順番から行って、2008-2009年と2009-2010年の二シーズンに渡ってタチアナコーチがそれぞれ、フリーとショートに振り付けた『仮面舞踏会』のプログラムである。

このプログラムに対して、今日それほど批判的な評価を投げかける者はいないだろうし、むしろこの曲の一端を耳にすれば誰もが「ああ真央ちゃんの曲」とすぐ声を上げるくらい、浅田選手の代表作のひとつとなった感があるのだけれど、このプログラムが初お目見えした当時は誰もがこぞってというほどの非難めいた感想が相次いだものだった。

勿論、マイナス評価のほとんどはアンチによって拡散された、元より何の根拠も説得力もないものだったが、それでも2008-2009年のグランプリ・シリーズ初戦にこの曲で挑んだ結果が二位で優勝できなかったというお粗末な理由だけで「曲が重厚すぎて『(ふわふわ)まおちゃん』には合わない。曲を変えるべきではないか」というご意見番の苦言めいた言葉が、メディア各面に踊っていたことをまさきつねは記憶している。

タチアナコーチはこうした外野からの難癖をものとせず、このシーズンの選曲によって今までにない傾向のプログラムを滑り、ルッツ、サルコウや三回転アクセルといったジャンプの課題に真っ向から取り組ませるというねらいで、浅田選手をプログラム攻略に専念させたようだが、一心にコーチを信じ、ひたすらテーマの克服に勤しんだ選手の側の肝も相当据わっていたのだろうと今にして感服する。

結局はGP二戦目のNHK杯、そしてGPファイナル、全日本選手権と続けざまに優勝を果たし、トリプルアクセルの代名詞とともに押しも押されもせぬ名プログラムとして、『(浅田選手の)仮面舞踏会』の名を定着させたのだから、どこまでがタチアナコーチの想定内だったのか分からないが、恐るべき活眼の士と呼ぶべきだろう。

まさきつねにとってもこのプログラムはマイ・フェイヴァリットのひとつだから、このブログでもたびたびとりあげ、さまざまな面から切り取って論評している。
以下、旧記事の中から再読いただければと思う。

『百鬼夜行の夜』
『朝のように、花のように、水のように 其の壱』
『朝のように、花のように、水のように 其の弐』

さて、このたびの記事も書き始めはこれまで同様、楽曲の内容解説や原作であるレールモントフの戯曲に関する多少の情報や論評などを交え、浅田選手の画像などを掲載しようかと思っていたのだが、少し詳しく調べていくうちに存外、政治色の濃い背景が浮き彫りになってきた。

戯曲のあらすじや組曲『仮面舞踏会』のワルツの持つ作品的な意味などはウィキを開けば誰でもお分かりになることなのだけど、そのあたりは大きく端折るとしても、今回はちょっとばかりロシアの政治的情勢などに歴史的な踏み込みをしながら、論を進めてみたい。
『仮面舞踏会』からかなり外れる話に膨らむかもしれないが、どうかご勘弁を。


フィギュア305-36

☆ロシア文学:レールモントフの伝記☆

まずは戯曲『仮面舞踏会』の創作者ミハイル・レールモントフだが、彼は才能豊かな詩人で、優秀な軍人でもあったが、その実力も献身的な努力も大きく報われることなく、若くして悲劇的な決闘事件の末の最期を遂げることになる。

その唯一の戯曲作品である『仮面舞踏会』は、まさに暗い絶望的な十九世紀ロシアの閉鎖的な上流社会を背景に、その特殊な価値観や抑圧された政治への懐疑や軽蔑を根底として創作されているのだが、ストーリーとしてはシェイクスピアの『オセロー』のヴァリエーションという指摘もあるような、妻ニーナの貞節への疑念を刷り込まれて破滅への道をたどる新興貴族アルベーニンという悲話の側面、そしてまんまとアルベーニンを悲劇に追いやった男の復讐劇という二重構造で組み立てられた人間の愛憎劇である。

浅田選手が使用したハチャトリアンの組曲『仮面舞踏会』の中のワルツは、アルベーニンがついに無実の妻に毒を盛り、死へ至らしめるまでの物語上もっとも痛ましい場面を彩る楽曲で、美しくも純粋なニーナの心情へ涙とともに観客の共感を深めていくためには、何よりも重要な役割を持ったパートであることは間違いない。

ハチャトリアンに師事した日本の作曲家、寺原伸夫氏の解説によれば、このワルツの創作のためにグリンカ以前(なぜグリンカなのかは後で述べるもう一人の作曲家グラズノフに関連しているのでご記憶されたし)のあらゆるロシアの円舞曲から示唆となるものを調べたが「回答になるような衝動を与えてくれるものは見当たらず」、行き詰ったハチャトリアンが悩み抜いた次の翌週、突然天の啓示のように一瞬の閃きが降りて来て、一気に曲の脱稿をしたといった経過が伝えられている。

ハチャトリアンのワルツに対するこころの砕きようがうかがえるエピソードだが、真偽はともかく、ニーナが生前最後に踊った舞踏曲であり、夫による殺害という悪意に気づかぬまま、舞踏会から帰宅した彼女が、もう二度と踊ることのないそのメロディーをうっとりと回想するという、女性側の心理描写を中心とした展開の中で扱われる主要曲として、激しく重く重なり合って高揚していく舞踏のリズムや華やかな旋律の奥深く、滾ってはぶつかり合う人間の感情、生へ執着する熱量、そして抗えぬ宿命との対峙といった、レールモントフの物語に沿って作曲家のよみとったあらゆる人生観や人間哲学が隠されているということなのだろう。

この曲初演となった1941年6月21日は、ナチス・ドイツによるソビエト侵攻が一斉にモスクワの新聞各紙に報じられる前日だったということで、芸術監督ルーベン・シモノフによる新演出でモスクワのヴァフタンゴフ劇場にて、かろうじて全14曲からなる劇音楽『仮面舞踏会』プレミアの幕は上げられたらしい。

ただし、公演はすぐに打ち切りになり、ヴァフタンゴフ劇場はその後のナチスの爆撃で、多くの装飾品の破壊や俳優の死者を出すほどの被害を受けたようだが、攻防の末モスクワはドイツ軍による陥落を免れ、同年には映画『仮面舞踏会(:ru:Маскарад фильм, 1941)』が公開されている。

タチアナコーチが演技の勉強にと浅田選手に見せたのはこの映画だが、愛する夫に毒を盛られ、苦しみもがきながら部屋の中をのた打ち回るニーナの姿は、映画的演出としては迫真のリアリティに満ちていたと思うが、舞踏的な美しさには程遠かった。

どなたか(おそらくはフィギュア・ファンのおひとりと推測するのだが)、ネットに1985年に制作されたロシアのバレエ映画の映像が上がっていたので、そちらをご紹介しよう。
この作品はUSAからDVDが発売されているようなので、収録情報はそのレビューをそのまま使用させていただいた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フィギュア305-2

☆"MASQUERADE" Part1☆
☆"MASQUERADE" Part2☆
☆"MASQUERADE" Part3☆
☆"MASQUERADE" Part4☆
☆"MASQUERADE" Part5☆

■浅田真央ですっかり有名になった
ハチャトゥリアンの『仮面舞踏会』の映像!

浅田真央がワルツを用いたことですっかり有名になったハチャトゥリアンの『仮面舞踏会』。そのワルツを含む管弦楽組曲は有名で録音も多々あるものの、本来の劇音楽としての実像にはほとんど触れることができませんでした。このDVDでは、劇付随音楽である『仮面舞踏会』をバレエ映画として収録しています。
 物語は、凄腕の賭博師アルベーニンが誤解から妻ニーナを不貞と疑い、ついには妻を毒殺してしまうものの、無実を知り正気を失うというもの。主役のアルベーニンにはソ連が誇る名手ニキータ・ドルグーシン。哀れなニーナを演じるのは来日も多数のプリマ、スミルノワ。まだ20代半ばだった彼女の美しさは格別です。(キングインターナショナル)

【収録情報】
・ハチャトゥリアン:『仮面舞踏会』バレエ映画版
 スヴェトラーナ・スミルノワ(ニーナ)
 ニキータ・ドルグーシン(アルベーニン)
 セルゲイ・バラノフ(ズヴェズヂッチ)
 ナタリア・バリシェワ(シュトラーリ)
 アレキサンデル・コレアノフ(シュプリク)
 ラファエル・アヴニキアン(見知らぬ男)、他
 振付:ナタリア・レジェンコ、ヴィクトール・スミルノフ=ゴロヴァノフ
 アレキサンデル・スペンダリヤン・アカデミー・オペラ・バレエ劇場管弦楽団&合唱団
 ハコブ・テル=ヴォスカニアン(指揮)

 収録年:1985年
 収録時間:64分
 画面:カラー、4:3
 音声:モノラル
 NTSC
 Region All

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


アレキサンデル・スペンダリヤンはクリミア生まれのアルメリア人作曲家、指揮者ということで、サンクトペテルブルクやモスクワで音楽を学んでいるが、アルメリア国民楽派の基礎を開き、晩年を過ごしたアルメリアの首都エレバンに彼を記念する博物館やオペラハウスAlexander Spendaryan State Academy Opera and Ballet Theatreが開設されたようだ。

同じくアルメリア人だったハチャトリアンもこの劇場に深い縁があり、『仮面舞踏会』は1982年にこのDVDと同じナタリア・レジェンコとヴィクトール・スミルノフ=ゴロヴァノフの振付演出で初演されたと劇場のオフィシャルに紹介がある。
ゴロヴァノフはモスクワシティバレエ団の創設者で、彼の演出は人間の二面性や性悪説といった心理的な暗い部分に焦点を当てることが多く、この『仮面舞踏会』もアルベーニンの狂気やそれに至らしめる男の復讐心などの心理劇をうまく、舞踏表現やクライマックスの演出で構成していると思う。

ところで、もう一つ興味深いのは、ハチャトリアンの劇音楽による上演以前の1917年、グラズノフが伴奏音楽を担当し、メイエルホリドによる演出でレールモントフの戯曲『仮面舞踏会』が舞台演劇として上演されていることだろう。
異常に高価な書籍だが、以下のようなネット情報が実に象徴的に、革命前夜の帝政ロシアにおける頽廃的な時代背景、そしてその断末魔の叫びのような最後の豪奢なる芸術的葛藤を表しているのではないだろうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フィギュア305-3
『メイエルホリド演出によるレールモントフ“仮面舞踏会”上演イラスト資料集』

■仮面舞踏会
『メイエルホリド演出によるレールモントフ“仮面舞踏会”上演イラスト資料集』
Маскарад
Издательская программа «Интерроса»
2007, 312 с., илл. ISBN 978-5-91105-017-7
H2868 税込予定価格 ¥67,473

レールモントフの戯曲“仮面舞踏会”をメイエルホリドが演出、舞台美術をA.YA.ゴロヴィーンが担当してアレクサンドリンスキー劇場で上演した演劇“仮面舞踏会”の資料を掲載する。帝政ロシア最後の芝居であり初演は1917年2月25日、2月革命の銃声のとどろくペトログラードで行われた。
大部分のイラスト資料はバフルーシン演劇博物館から提供された。ゴロヴィーンによる舞台装置・衣装・小道具のエスキス、レールモントフの戯曲の初稿も載せられる。エスキスには詳細な注釈が付される。

フィギュア305-4
フィギュア305-5
フィギュア305-6


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


メイエルホリドといえば、ロシア・アヴァンギャルドの演出家、俳優で、挑戦的かつ実験的手法による演劇革新に邁進し、現代演劇における創作活動の絶対的自由と先駆的演出の提唱者である。
必定、ロシア革命において文化的、精神的牽引の役目を果たし、時代がソビエトに変わった後もその前衛的創作姿勢を崩すことなく、また映画監督セルゲイ・エイゼンシュテインらを養成するなどの影響力を持った天才であったにもかかわらず、共産党官僚らの全体主義に対立して終にはスターリンの大粛清によって処刑されている。

グラズノフも帝政ロシアからソビエト建国期にかけて活躍した作曲家かつ指揮者で、音楽教育者でもあり、院長職として帝国のペテルブルク音楽院から革命後のレニングラード音楽院へ改組を担った立役者だが、当時の名声からすれば後世の評価はあまり高くないと思われる。
それは、創作法の完成度や書法の巧みさ、卓越した記憶力と音楽的才能を基盤にした確実で綿密な楽曲の構築と技法など、今日でも高く認識される手腕はあるのだが、何にしても形式主義や折衷主義にこだわるあまり、モダンな傾向を受け入れず、革新的で独創的な新しい流れに否定的だったという点にあるのだろう。

グラズノフがどれほどメイエルホリドとの共同作業になる『仮面舞踏会』の作曲に入魂したのか分からないが、劇中最も重要とされるべき、夫が妻に毒を与える舞踏会の場面に流れるワルツに関して、独自の創作をすることはなく、代用曲としてグリンカの『ワルツ=ファンタジー』というありきたりな作品を転用し、後にこの曲を聴いたハチャトリアンも「これはレールモントフが意図した主題を表現したワルツではない」と感受したらしい。

グラズノフのやっつけ仕事だったとまでは思わないが、当時新進気鋭の演出家だったメイエルホリドと舞台美術を担当したゴローヴィンほどの熱量も、戯曲に対する愛着も感じられないのは致し方ないことと思う。

メイエルホリドとグラズノフと名を連ねれば、必然的にショスタコーヴィチに行き着くのだが、グラズノフの有名な門弟であった彼は、その長所と偉大な影響力を認めつつも、グラズノフの時代遅れな保守性や先進的なものへの無寛容を看破していたようだ。

おもしろいことにショスタコーヴィチもまた1938年前後にメイエルホリド演出の『仮面舞踏会』を下地としたオペラ作品の創作を考えていたらしく、それがハチャトリアンによる1941年の劇音楽化、1944年の組曲への再編成化とほぼ同時期だというあたり、やはり何かこのレールモントフの戯曲とソビエトの時代情勢には深い因縁があるのではないかと考えざるを得ない。

実のところ、スターリンによるメイエルホリドの粛清が行われたのは1940年二月であり、それ以前の1938年にはメイエルホリドが創立したメイエルホリド劇場が政治的に流布された批判によって閉鎖の憂き目にあい、彼自身が残忍な拷問を受けることとなった最初の逮捕、投獄は1939年なのである。

ショスタコーヴィチにしても、ハチャトリアンにしても、カリスマ的な才覚に長けていた革新者メイエルホリドに対するこのように無残きわまる政治的弾圧が行われている最中に、オペラや劇音楽といった形式の違いはあるにせよ、その代表的な演出作品の再演を目指すというのは、ソビエトの芸術家たちにとってこの演目がもつ作品的な象徴性がよほど創作的な示唆を与えるものであったか、あるいはどれほど彼らが芸術的活動を追求する内的動機や意義に結びついていたか、その一端をうかがい知ることができるというものであろう。

帝国主義であろうと共産主義であろうと、芸術家の最も憎悪すべきは己が自由を脅かすそのことなかれ的な体制と、管理統制や権威に依存した全体主義であり、批判すべきは変革を畏れる自己保身と無気力に充ちたぬるま湯指向の先例集団主義なのである。

(翻って考えれば、ナチスによるソビエト侵攻は皮肉にもひとつの歴史的必然がもたらした、スターリン体制への砲火であったといえるだろう。スターリンの大粛清によって1930年代後半に強行された処刑が、芸術家のみならず多くの有能で経験豊富な知識層、および軍人や政治家をも排斥していたため、指揮官不足により軍は弱体化し、その政策的失敗につけ入るように進軍するドイツの攻撃を許したからである。)

仮面の下に隠された人間の交錯する思い、歴史的時間の彼方に消え去っていった、不可思議に蠢く欲望に翻弄された人々のさまざまな宿命、そのどれもが重なり合うヴェールに覆われ、真相は深い闇の中…外見は粛々と取り繕いながら、深奥にある精神的な頽廃は免れ得ない愚かな人間たちの本性というものを見透かしているからこそ、ロシアの賢哲タチアナコーチは『仮面舞踏会』を競技関係者へのアイロニーとして選曲したのだと、独断ではあるがまさきつねは2008年の当時も今も思っている。


フィギュア305-7

ニーナの悲劇、重ねて体制の犠牲となったメイエルホリドの悲劇を考えると、どこまでも暗鬱な気分から逃れられないのではあるが、ただひとつ、ほんのりと心が温かくなるのが、フセヴォロド・メイエルホリドのウィキでも掲載されている、アレクサンデル・ゴローヴィンの描いたメイエルホリドの肖像と、ふたりの間の友情について思いめぐらす瞬間だろう。

ゴローヴィンは前に紹介した『メイエルホリド演出によるレールモントフ“仮面舞踏会”上演イラスト資料集』で、4000枚に上る舞台装飾の素描を残した舞台美術家であり、また画家であるが、一見貴族趣味にしか見えないゴローヴィンの作風とは全く相反するような気質のメイエルホリドながら、ふたりは単なる仕事仲間というだけでなく、精神的な結びつきの深い友人同士であったらしい。

アメリカのインディアナ・ポリスニュースで演劇編集の主筆を勤め、ロシアでの演劇視察をした後『露西亜劇論』をものとしたオリヴァー・セイラーによる次のような文章がある。

「ゴロヴィンと付き合えば付き合うほど、私は彼のスピリットに惹きつけられました。それは、子供の魂のように美しく単純な精神です。メイエルホリドもおなじくらいすばらしい精神の持ち主でしたが、彼は、よりアグレッシヴな性格で、共同制作ではいつも彼がリーダーシップをとっていました。」

察するに、芸術的表現の違いはさておき、クリエイターとしていかにこのふたりが純粋で、内なる衝動に従って自己の理想を具現化しようとしていたか理解出来るだろう。

ゴローヴィンの遺した有名な作品にマリンスキー劇場やエルミタージュ劇場といった大劇場の緞帳があるが、その優雅で華やかな芸術的趣向は、舞台から華美で装飾的な要素を一切排除していったメイエルホリドの前衛性とは相容れないもののように見えつつ、芸術的創造の本質的な価値において享受者を、豪奢なる精神的な刺激と創作活動のエネルギーがもたらす快楽という目に見えぬ充足に至らしめるという点で合致する。
いかなる造形であれ、表現形式であれ、本物の美あるいは一流の芸術である限り、互いの価値を理解し、共感を寄せるということなのだろう。

ゴローヴィンとメイエルホリドは、『仮面舞踏会』の共同作業以後、それぞれが活躍する場所も理想として求める芸術世界も異としたが、互いの仕事に対するリスペクトやその意義への認識は失われることがなかった。
ゴローヴィンが描いたメイエルホリドの肖像画は『暗き天才』という副題が付けられ、舞台衣装をまとって静かに画家を凝視するメイエルホリドの姿には、鋭い見識で時代を切り拓いていった運動家の激しさは微塵もなく、鏡を通して何か内的な光に照らし出され、ひたすら優しく穏やかだ。

一方、ゴローヴィン自身は生涯、メイエルホリドのように社会に対して問題意識を突き付ける過激で尖鋭的な姿勢は持たず、体制の犠牲になることはなかったが、彼の作品もまた、帝政から共産政権時代そして現ロシアへと移り変わる時代の波に翻弄された。

彼が描いたエルミタージュ宮殿の緞帳は、ロマノフ王朝の紋章である金の冠を戴く『双頭の鷲』が掲げられ、それ故いつスターリン政権下の粛清の対象になってもおかしくなかったのだ。劇場は緞帳の表面に薄い別の幕を張り、偽装することによって監察部隊の眼から逃れさせ、1991年にソ連が崩壊するまでの長きにわたって、この芸術作品を政治力による無粋な破壊や焼却の暴挙から守り続けてきた。

緞帳の粗野なカモフラージュが剥ぎ取られ、真の優美が再び表に現れたのは、エルミタージュが二十一世紀に公的な機能を持つ美術館として改組されると決定されてからである。

(ちなみに、このエピソードの秘話およびペレストロイカ前後のロシアの政変など、興味深い内容を書かれた書物として、NHK特派員だった小林和男氏の『エルミタージュの緞帳』がある。

フィギュア305-8

著者の小林氏は良心的なジャーナリストとして「共産党独裁政権下の特権階級を批判し」、問題意識を持って具体的な事例に対峙しながら国家の崩壊と解体、その裏に潜む政治や権力、イデオロギーの幻想を露呈させているが、自身が浴してきた特権的な恩恵も自覚しつつ、ロシアやロシア人の一筋縄ではない複雑でしたたかな内面や、懐の深さにも通暁しておられ、そうした内省的思索やさまざまな角度からの切り込みなど、実に色彩豊かな読みものとなっている。)

鉄のカーテンは開かれ、エルミタージュの緞帳はもとの芸術的美を取り戻したが、緞帳の奥に潜みうごめくこの国のかかえる闇はまだまだ深く、歴史の闇に埋もれたままの真実はいまだ数多い。

だがそれは、ロシアという国だけのことではない。

莫大な利権をめぐるあらゆる体制の政治、権力、そしてふりかざされる国家の威信、情報を操作する悪意、そして犠牲になる芸術、文化、危険を恐れず、結果にひるむことなくただひたすら自己に忠実な人々…、時代は流れても、国は変わっても、欲望や我執に振り回される人間の愚かな過ちや背徳は幾度となく繰り返され、毎度のように誰かの絶え間ぬ努力や腐心は踏みにじられ、誰かの私利私欲の影で誰かがどこかで必ず泣いているということ、それをまさきつねは忘れない。ずっと心に刻んでいたい。

仮面の下で涙する美しい貴婦人の面差しのように、エルミタージュの緞帳にずっと匿われたままでいたロマノフ王朝の『双頭の鷲』のように、いつか、いつの日か必ず忍従の時が過ぎれば、優雅なるものが変わらぬ姿を現して、封じ込まれた純潔な魂が光の中に自由に解き放たれることを信じていたい。

フィギュア305-10

☆☆ 2つの「仮面舞踏会」・・浅田真央(Mao Asada)☆


さて、今回も最後に、2008-2009年シーズンのフリー『仮面舞踏会』の画像を掲載しておく。

このシーズン、ほとんどはお馴染みの黒の衣装で通していたが、世界選手権と国別対抗戦ではワインレッドのレースとビロードの胸飾りが可憐な衣装を着用している。

まさきつねはどちらもまったく別の趣きがあって好きだが、黒の衣装の方がどこかニーナの悲劇的な宿命を思わせ、音楽の重厚感ともマッチして鮮烈な印象があった。

フィギュア305-11

フィギュア305-12

フィギュア305-13

フィギュア305-14

フィギュア305-15

フィギュア305-16

フィギュア305-17

フィギュア305-18

フィギュア305-19

フィギュア305-20

フィギュア305-21

フィギュア305-22

フィギュア305-23

フィギュア305-24

フィギュア305-25

フィギュア305-26


ワインレッドの衣装は華やかさと上品な趣きがあったが、どこか古風で、沈んだ色調が試合結果に影響を与えてしまったような感があり、ファンにはあまり好い記憶に残っていないかも知れない。

フィギュア305-27

フィギュア305-28

フィギュア305-29

フィギュア305-30

フィギュア305-31

フィギュア305-32

フィギュア305-33

フィギュア305-34

フィギュア305-35

タチアナコーチの衣装はごてごてと装飾が多過ぎ、時代錯誤で黴臭いなどというアンチによる叩きのネタにもされ、このときの低評価が五輪シーズンの衣装まで引きずられたように思う。
だが実際には、ふわふわした妖精のような少女に人間的なふくらみと強いキャラクター的な輪郭を与え、豊かな感情表現のひだを演技に加えていく、重要な役割の一端を担っていたとまさきつねは感じている。


フィギュア305-37


笑うときには大口あけて
おこるときには本気でおこる
自分にうそがつけない私
そんな私を私は信じる
信じることに理由はいらない


地雷をふんで足をなくした
子どもの写真目をそらさずに
黙って涙を流したあなた
そんなあなたを私は信じる
信じることでよみがえるいのち


葉末(はずえ)の露(つゆ)がきらめく朝に
何をみつめる小鹿のひとみ
すべてのものが日々新しい
そんな世界を私は信じる
信じることは生きるみなもと
(谷川俊太郎『信じる』)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン

関連記事
スポンサーサイト

Comment

ホビット says... "はじめまして"
はじめまして。以前から、ブログの読者でした。しばらく、記事のアップがなかったので、残念に感じながらも、時々のぞかせていただいておりました。そして、浅田選手のさらなる成長を待っていたかのように、連続して素敵な記事をアップしてくださり、とてもうれしく感じています。
真央ファンのブログは数多いですが、芸術的な観点や、論理的な主張という点において、まさきつねさまのように優れたものは多くないので、こちらのページは私にとって大切なものです。
特に、真央さんの写真の姿の美しさにはほれぼれしてしまいますね。一昨年の札幌でのNHK杯は連日観戦しましたが、一層細く、筋肉も落ちていたかのように見えた真央さんに心を痛め、だからこそ、今シーズンのきちんと美しい筋肉のついた真央さんの挑戦する姿にほっとしています。

そして、自分の愛するものから深く世界を広げてくれる、今回のような記事で、世界選手権でいささか波立った私の気持ちも洗われたような気がします。フィギュアの世界を信じたいけれど、どうも思惑が見え隠れし、またか、という思いもありますが、選手の志を信じて、やはり、見続けていこうと思いました。

だらだらと要旨のはっきりしないコメントになってしまいましたが、素敵な記事へのお礼をこめまして。また、お邪魔させてくださいね。
2013.03.28 23:29 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "志のある選手を"
ホビットさま

初めまして。ご訪問うれしいです。

まさきつねのピクチャ・ライブラリには浅田選手はじめ素敵な選手の画像が沢山保存されています。少しでも早く、多くの写真を何とか皆さまにご紹介したいと思っているのですが、いかんせん記事が追いつきません。

つまらない、ありふれた記事では選手たちにかえって失礼だし、ご訪問くださる皆さまにもあまりお役にたてない内容では申し訳ないと、いろいろな角度からプログラムを分析して、出来るだけ読みごたえのある文章をと心がけております。
でも逆に、内容やテーマがあんまりマニアックすぎたり、競技の本分から遠くかけ離れたりで、ドン引きのフィギュア・ファンも少なからずおられるでしょうね(汗)。

まさきつねとしては、すべての芸術は根柢でつながっていると信じているので、フィギュアの演技もその観点からつい論評してしまいがちですが、本来はもっとスポーツとして、ルールや規定に沿ってひとつひとつのエレメンツを評価すべきなのでしょう。
でもそういう手練れのブロガーさんはほかにもたくさんおられると思いますので、まさきつねは好き勝手に、自分の好きなものを好きなように論評させていただいております。
数字ばかり並べても、結局はルールもコーラーの解釈次第、ジャッジの運営次第ですからね…

安藤選手が「十年後フィギュアスケートはなくなっている」と言い、鈴木選手が「トリプルアクセルの時代になっている」と答えていた記事を読みました。
どちらもあながち、あり得なくはない予想ですよね。
まさきつねは十年かその先には今のフィギュアスケート(人気)はなくなっていると思うし、トリプルアクセルが跳べる選手だけが生き残ると思います。

ホビットさまの仰るように、スポーツにとって志のある選手だけが存続の支えなのだと思います。
ファンもまた、そういう選手を支えていけば良いのでしょう。

こんなちんたらしたブログですが、どうぞまたお立ち寄りください。

2013.03.29 01:02 | URL | #- [edit]
moonlight says... ""
まさきつね様
お久しぶりです。再開以来、たて続けの力作発表で、こちらはそのペースに少々ついていけないほどの状態です。
FP「仮面舞踏会」は、真央作品の中でも、1,2位を争うくらい好きなプログラムです。
冒頭のどこか不安を呼び起こすメロディライン、運命の渦に巻き込まれていくような旋回する旋律、「男子並みの体力を要する」というノン・ストップの振付。18歳の浅田真央にしか出来ない運命に翻弄される若い人妻でした。
これは個人的妄想ですが、シュニトケのタンゴは、ロマノフ王朝の末裔(四女)アナスタシアが皇后の母国ドイツに逃れることが出来、バーレスクで踊っているように思えてなりませんでした。(歴史的事実は、エカテンブルグで銃殺されたようですが) 忍び寄る悲哀と退廃の中の憂いと高貴さという浅田真央ならでの作品です。映画「ロマノフ王朝の最期」(未見)で、シュニトケが貴族的な方をワルツ、庶民的な方をタンゴで表現したようですが、哀切極まりないあのメロデイは今も耳から離れません。はっきり言いましょう。あの時の衣装は赤ブラが最高。次に通称亀甲。この赤黒はロシアの衣装にはよくあるのではないでしょうか。確か安藤選手もああいうのがあったような。ギリシャ神話の戦うアテネの趣きもあります。
結局、緞帳の下の双頭の鷲に捕われている状況です。双頭の鷲はヨーロッパの諸国にあるようで・・・・

昨年の真央語録で一番印象的な言葉。真央ちゃんの前で空手の演武をする少女の感想を聞かれての一言、「音がするのね」です。緊張と不安を抱えた聡明そうな女の子の顔が、ぱっと明るくなりました。この時の放送と同じだったと思いますが、舞さんとの対談で今ほしいものはと聞かれ、「家族」と答えた時は胸が痛くなりました。
浅田真央は本質がわかっている人だと思います。PIWでバラードを披露したのもその顕れでしょう。
2013.04.30 23:21 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "遅過ぎて"
moonlightさま

ご訪問うれしいです。
返信も遅くなって申し訳ないですが、いろいろとすみません(汗)。書き溜めていたものが多過ぎて、その整理で矢継ぎ早のUPになっています。一週間に一度くらいがベストなんでしょうけれどね(汗汗)。

アナスタシアは生き延びたという説はまさきつねも妄想します。その方が素敵ですよね。世の中には、流布している歴史的事実以上にはるかに美しい真実が隠れていると思います。
シュニトケのタンゴはまた画像とともに記事にしたいと思っています。いつになるかは皆目見当がつかないのですけれどね…

ところで、お話の空手をする少女の記事をまとめました。お蔵入りにするつもりだったのですが、moonlightさまの言葉で思い直しました。古い情報ですので、かなり遅過ぎの感はありますが、よろしかったらまたお立ち寄りください。
2013.05.03 18:12 | URL | #- [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://maquis44.blog40.fc2.com/tb.php/411-7778249a
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。