月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

ライラック便り

フィギュア331-1


朝 夜が明けるときに
露に濡れた草をかき分けて
私はさわやかな空気を吸いに出かけよう
かぐわしい木陰に
ライラックの花が咲き誇るところ
私はそこで幸せを見つけたい

人生にはたったひとつの幸せがある
私はそれを見つけたい
その幸せはライラックの花の中にあるのだ
緑の枝の上に
このかぐわしい花の房の中
私のつつましい幸せが咲いている
(エカテリーナ・ベケートワ『ライラック』)


フィギュア331-2


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


浅田選手の新プログラムが発表になった。


SP = ノクターン 第2番変ホ長調 作品9の2 作曲:フレデリック・ショパン 振付:ローリー・ニコル
FS = ピアノ協奏曲第2番 作曲:セルゲイ・ラフマニノフ 振付:タチアナ・タラソワ 
EX = Smile&What a wonderful world 作曲:チャールズ・チャップリン 振付:ローリー・ニコル

※※※※※

浅田真央、ソチ五輪のプログラム公表
2013年5月31日(デイリースポーツ)


フィギュアスケートの浅田真央=中京大=が31日、大阪市内で夏の恒例のアイスショー「THE ICE(ザ・アイス)」(7月24、25日=愛知公演、同27、28日=大阪公演)の発表記者会見に出席し、14年ソチ五輪シーズンのプログラムを明かした。  
ショートプログラムはショパンの「ノクターン」、フリーはバンクーバー五輪シーズンのフリー「鐘」と同じラフマニノフ作曲の「ピアノ協奏曲第2番」、エキシビションはチャップリンの「スマイル」に決定。
早ければ同公演でお披露目する予定で「新しいプログラムを披露することになるので凄く楽しみ」と、意気込んだ。

フィギュア331-4

フィギュア331-5

フィギュア331-6

フィギュア331-7

フィギュア331-8


ちなみにこのワンピースはナネット・レポー。

フィギュア331-9

フィギュア331-10

(…天使柄が良く似合ってますニャ)

※※※※※※※※※※


ラフマニノフとショパン…クラシックの名曲で五輪を闘うと各メディアが伝えている。
だがひとことにクラシックと言っても、その世界は実に多様で、本来は十把一絡げにできないものなのだ。

例えば、このふたりの作曲家に限定しても、ともにロマン派と大雑把にくくってしまうとらえ方もあるだろうが、生きていた時代も国も違い、生前の接点はほとんどない。
ともに作曲家兼ピアノ演奏家ではあるが、生み出された作品も、その演奏の表現も、曲想、技術、スケールどの側面をとりあげてもまったくといってよいほど重なるところのない個性なのだ。

無論言わずもがなだが、まさきつねはこのふたりのどちらが優れているとか、その才能や創造活動に優劣をつけている訳では毛頭ない。

繊細で優雅、音の透明感と柔らかさ、美しい旋律を味わうにはこの上ないショパンの世界だが、その本当の魅力は甘くはかない砂糖菓子のような部分ではなく、祖国への郷愁と、後悔と悲哀に充ちた人生への葛藤と懺悔がこめられた深い精神性、そして骨太の物語を秘めたメロディーの構成力にある。

つまり、ショパンのピアノを奏でるのは、力強い確信を持った指でなくてはならないし、その強靭なタッチが優しく軽やかなピアニシモを縦横無尽に編み出してこそ、彼の優雅な旋律の中に人間の深いドラマや、官能的でしびれるようなエロティシズムをもたらすことができるのだ。

ラフマニノフの方といえば、ショパン以上に誤解の多い作曲家で、ロマン派の甘ったるい音楽と酷評されるかと思えば、民俗音楽へのインスパイアがチャイコフスキーばりにシベリアの広大な大地に育まれた国民的作曲家と、まるでロシア限定のような人気に焦点が当てられたりするのだが、いずれも硬派の音楽評論家やスノッブな音楽家たちの曲解によって広められた風潮だろう。

ラフマニノフの音楽はショパン以上に抒情性豊かで、重厚なテクスチュアの下に多彩な表現が隠され、巧みな構成力と巧緻で色彩感溢れる管弦楽法が、近年では高く評価されている。西欧の厳格で伝統的な音楽理論を踏襲しつつ、甘美な旋律と煌めき転がるような装飾音のつらなりが、革新的な衝撃と華麗な絵画的イメージを与えるのだ。

浅田選手がこのふたりの音楽を選曲したのは勿論、これまでの彼女の戦績や演技との相性、そして好みなど、さまざまな側面を熟慮したものだろう。
この選択が浅田選手の最も価値ある結果へつながっていくことを心から信じているが、同時にショパンとラフマニノフ、ふたりの作曲家の作品の本質的な魅力が、彼女の演技によって多くのひとに再確認されることを願っている。

なぜなら浅田選手の演技は、一見水が流れるようによどみなくしなやかで、その中にふんだんに盛り込まれた難度の高いジャンプと軽やかなステップ、華やかなトランジションに目が奪われがちだが、観客に何度でも観たいと言わしめる演技の、もっとも味わい深く趣き深い部分は、言葉で語られる以上に饒舌で情趣にあふれた物語性、潤いがあり影があり、官能的な響きがある肢体のムーヴメントにあるのだ。

バランス、緊張、躍動と静止。

いのちのエロティシズムを身体で表現し得る彼女だからこそ、ショパンやラフマニノフの音楽も、その肉感的な輪郭を浮き彫りにすることができ、その精神的な深さを掘り下げることができる。

チャップリンの『スマイル』とあわせて、音楽やそれを創った芸術家たちのその本質的な魅力を、浅田選手の演技でさらに膨らませて、観客たちのこころゆくまで堪能させてほしい。


フィギュア331-11


さて、最後にご紹介したいのは、ラフマニノフによるショパンの『ノクターン』の演奏。

☆Rachmaninoff plays Chopin Nocturne Op. 9 No. 2☆


この演奏は、まさにラフマニノフのショパンで、それ以上でもそれ以下でもない。
ショパンの書いた楽譜の『ノクターン』ではなく、ラフマニノフが表現したい『ノクターン』がやわらかく、優しく、優雅なシルエットで立ち現れる。

右手が叩く旋律は骨太で硬質、媚びるような飾り気が一切なく、純粋で美しい。対する左手の方は抒情性に充ちて、繊細に揺れ動くこころの動きのようにうちふるえ、鍵盤に小鳥の羽ばたきのような影を残す。
誰に聞かせるでもなく、ただ自分のこころをショパンの旋律の上にのせてゆく、それだけに一心を傾けているピアニストの演奏。


浅田選手の演技も、ショパンやラフマニノフの旋律の上に静かに自分自身のこころをあずけてゆく、小鳥が翼をひろげて、自由に氷の上を飛びまわっているような、何にもとらわれないものであるように。


※ラフマニノフのコンチェルトに関するジンクスについては、まさきつねもこの際、書かない。
女子選手の青い衣装と同レベルの言い伝えだが、今の浅田選手にとって、ジンクスにこころが折れる程度の意気込みで、五輪シーズンに臨んでいる訳ではないということなのだと思う。


ついでにラフマニノフ演奏のコンチェルトも。

☆Rachmaninoff plays Piano Concerto 2 Full☆

フィギュア331-3


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン

関連記事
スポンサーサイト

Comment

ホビット says... "ライラックが咲き始めました"
私の住む街では、寒かった春からやっと初夏へと移ろいをみせつつあり、ライラックが一斉に花開き始めました。
真央さんのプログラムの発表とともに、まさきつねさんの記事のアップを心待ちにしておりました。彼女だけにしか表現できない素晴らしいものになる予感で、わくわくしています。
2005年のノクターンを見直してみましたが、本当に軽やかで音楽そのものでしたね。そして、まさきつねさんが、いつか書いていた、「一度だけ問いたい、浅田選手は本当にあの軽やかなジャンプを直す必要があったのか」(正確な表現ではありませんが、記憶に頼ってます)という一文を思い出し、せつない気持ちになってしまいました。
なぜに、彼女の演技に心惹かれ、どこか懐かしく、忘れてしまった何かを心の片隅で思い出しているかのような気持ちになるのか、答えがわからないままいましたが、一つには、彼女のスケートは小鳥のようであり、小鹿のようであり、風にふるえる花のようであるからなんだなと、今日の記事を読んで思いました。詩なんですよね、真央ちゃんは・・・
また、自分のひとりごとを書いてしまいました。
2013.05.31 23:54 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "季節が来るたび"
ホビットさま

ご訪問うれしいです。ライラックの季節到来ですか。素敵ですね。
白いライラックは、ラフマニノフゆかりなので載せました。白も紫も、そして香りも、とても綺麗な花ですよね。

ノクターンは成長した彼女にあわせて、かなり変えてくるのでしょうね。「小鹿」と評された彼女の、さらに美しく強くなった姿が海外でも高く評価されるのではないかと思います。それが勝負師らしい、振付師ローリーの狙いのひとつなのでしょうね。

タチアナもここにきてラフマニノフで再勝負ですから、浅田陣営はかなり腹をくくっていると思います。本気でジンクス破りを目論んでいるのでしょう。

浅田選手のジャンプの矯正はかなりうまく進んでいるようですから、まさきつねももう疑問を呈するつもりはないのです。でも本当に、彼女の小鳥が飛び跳ねるようなジャンプ、好きだったのですよ。どうしてハチドリに、ハヤブサのような飛び方をさせる必要があるのかと不満に思ったりしました。
でもここ近年、ISUはお手本通り、規則通りの演技がかたくなな信念のようですから、組織に準じて闘わねばならぬ以上、仕方のないことなのでしょう。

それがフィギュアスケートの発展、人気の存続につながるのかどうかは、やはり疑問なのですけれどね。

ただひとつ間違いないのは、ジャンプの跳び方がどんなに変わろうと、浅田選手の演技の本質は変わらない、仰る通り、彼女は詩であり、美しい音楽であり絵画であり、一級の芸術品なのです。
だってライラックは、季節が来るたび同じように美しい花を咲かせますからね…

この確信がある限り、彼女に対するファンの気持ちは揺らぐことがないでしょうね。
2013.06.01 21:16 | URL | #- [edit]
花屋 says... "ノクターン!"
ノクターンノクターンノクターン

ウ~~ワ~~~と叫びたいくらいですな。
真央ちゃんをさん付けせねばと思いだしたのがこの曲からでした。
洗練、精錬、又別次元の世界観を描いてくれるのだろうけど、最後のクルクルだけは残して置いてくれないかしら。

「カクテルのおまけ」私は勝手にそう呼んでます。開高健氏がどこかで書いてました。「カクテルの注文を受けたらカクテルグラスの縁キリキリまでの量を作るのがバーテンの腕。が、どこやらの店のバーテン(ウロですんません)は、客が幾口か啜ってから「おまけでございます」と注ぎ足してくれた。酒飲みの心理に通じた心利いたやり方である。(ウロですんません)
クロスフットスピンでしたかショパンの調べ(幾億の星の中から選び出し星座を綴るような音楽ですね)を纏って夜の想いに酔わせる彼女のサプライズプレゼントのよう。あの時の衣装も淡く甘い綺麗なカクテル色でした。

ああ楽しみ。
そういえば、彼女の演技に世界中の人が共に酔わされているのですね。酒宴の乾杯はもう始まっているのですね。
2013.06.02 14:36 | URL | #sDFifbQE [edit]
十丸 says... ""
初めまして。いつも興味深く拝見しております。
今回はどうしても気になったことがありまして…
「浅田真央からは逃げられない」
この言葉、とても男前で潔い言葉なのですが、自分はこれを聞いたとき、彼女のお母様が亡くなり緊急帰国となったときのことを思い出してしまいました。母親の死を知った直後にもかかわらず、多くのカメラやマイクに囲まれ、わざとらしい優しさを見せる記者にまとわりつかれる彼女は、一体どんな涙に堪えていたのだろうか。と。
自分には、この言葉が彼女の中にいる一少女の、運命に対する絶望にも似た心の叫びに聞こえてなりません。
このプログラムを以て、彼女が自分自身からも解放されることを祈っています。
2013.06.02 22:29 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "祝杯を何度でも"
花屋さま

ご訪問うれしいです。
「カクテルのおまけ」素敵ですね。いかにも酒飲みの発送ですけれども(笑)。

開口健といえば、マティーニの中のオリーブの話を思い出します。
オリーブの一粒一粒に詰められた四角いパプリカは、誰がどうやって作業しているのか、空想するのが好きだった彼…正解を教えましょうと生産会社から小豆島の工場に招待されても、作家は断ったそうです。
おれはああでもない、こうでもないと想像するのが好きなんだから、その夢を壊さないでくれというのが、彼の言い分。

答えを知ることよりも、想像することの方が何倍も楽しく、何倍も大事ということ。

浅田選手の『ノクターン』にもきっと答えはないのです。
だから何杯でも味わえますよね。
そして粋なバーテンなら、おまけを幾度も継ぎ足してくれるでしょう。

『ノクターン』に入っているオリーブの実と、オリーブの中に入っているパプリカを味わい尽くすまで、祝杯を楽しみましょうね。
2013.06.03 10:14 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "大丈夫"
十丸さま

初めまして。ご訪問うれしいです。

「浅田真央からは逃げられない」という言葉、いつも通りにこにこと受け答えをする彼女の顔と合わせてみていると、純粋なアスリート魂の発露かなと思いますが、実はとても重い言葉ですよね。
でもきっと、彼女はもういろんなことと一緒に、自分が自分であることの運命も乗り越えているのではないでしょうか。

理不尽なことはこれからもたくさんあります。
ソチへの出場だって、日本選手たちの場合はまだ確定していないのです。(当たり前のように出場するどこかの国の選手とは大違いですよ)
生きるためには試練があることが当然で、そしてそれを越えていく彼女だからこそ、日本人は彼女を応援するし、彼女のことが大好きなのでしょう。

大丈夫、彼女はもういろんなものから解放されていますよ。それだけのオーラをすでにまとっています。

新しいプログラムはきっと、その凄さを世界に知らしめることでしょう。
2013.06.03 11:00 | URL | #- [edit]
十丸 says... ""
そうですよね。

それでも自分には悲しく聞こえます。もしかしたら、歳が近いせいかもしれません。自分は浅田選手よりも若いのですが、歳が追い付いたところでとても耐えられそうにないな、と。
本当にお手本か何かのような、奇跡のような人だと思います。
2013.06.03 23:37 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "奇跡"
十丸さま

再度のご訪問うれしいです。
十丸さまはお若いのですね…そうであればこそのご感想なのでしょうね。

先日、子どもたちのスケート指導をしている浅田選手の報道はご覧になられましたか。
まさきつねはあの映像を見たとき、浅田選手がすでに自分に課せられたこの世の使命や宿命を、すべて受け入れて、あらゆる試練に対し今の自分にできる最善のことを尽くそうとしているのだと、改めて思いました。
確かに並の人間には、彼女のような心境に至るのはなかなか難しいことです。
でも誰しもが、多かれ少なかれ、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、生きていかなくてはならないのです。
浅田選手は本当に凄い人だとまさきつねも思いますが、彼女が本当に凄いのは、決して超人ではなく完璧でもなく、常に自然体の血の通った人間であり、自分が痛み苦しみを覚えつつ、他人の痛み苦しみを思いやることを知ってきたところだと感じます。

だからやっぱり…奇跡のひとなのでしょうね。
2013.06.04 01:19 | URL | #- [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://maquis44.blog40.fc2.com/tb.php/446-538b8979