月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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えんぜるのように花のように

MILK☆

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以前、『空中庭園の散歩』のカテゴリでも紹介したノービス時代の可愛らしい浅田選手の画像。

☆空中庭園の散歩 其の弐 幸福のアウラ☆


今回はそのとき掲載しきれなかったものと、後から教えていただいた情報などをお伝えしよう。

まさきつねが知っている、浅田選手の最初の公式試合参加結果は、1999年11月13日、14日に明治神宮外苑アイススケート場で開催された第三回全日本フィギュアスケートノービス選手権大会での第六位(得点58.7)というものである。

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【音源】ジョン・ランチベリー指揮『ドン・キホーテ』
18. Don Quixote: 30. Czardas
19. Don Quixote: 31. Gypsy Dance
20. Don Quixote: 5. Magic Garden - Dryad Queen Solo


このとき、一緒に参加した浅田舞選手は第七位(得点58.5)で、接戦ながらすでに姉を上回る試合結果を残していたということになる。ちなみに優勝は武田奈也選手(得点66.2)、石上恵利選手が二位(得点63.7)、澤田亜紀選手が三位(得点61.5)と今となっては懐かしい名前が並ぶ。

浅田選手はまだ九歳の小学生、おしゃまな化粧をしてもらったらしい顔に浮かぶ緊張した表情が、初めて出場した公式戦に対する並々ならぬ意気込みを感じさせる。

次の大会出場は、2000年8月7日から9日にかけてアイスアリーナ新松戸にて行われた第15回ダイエーOSCカップ大会、このとき浅田選手が所属する名東FSCからの参加者たちは揃って、地元である新松戸D0SCアカデミーの面々を脅かす活躍を見せ、12歳以下のAaクラスでは十二歳の安藤美姫選手、Bクラスでは十一歳の浅田舞選手、そしてCaクラスでは浅田選手の三人が揃って優勝という快挙を成し遂げている。

続いて同年10月27日から29日、第4回全日本フィギュアスケートノービス選手権が同じ新松戸のアリーナで開催され、ノービスBクラス二十三人のFS第一滑走に登場した浅田選手が他の追随を許さない、ぶっちぎりの成績で優勝した。

このときのプログラムはミュージカル「ラ・カージュ・オ・フォール La Cage aux Folles」からの選曲、以前に紹介したこの試合を観戦された方のブログの記述には、「ピンクが基調の、一見セパレーツに見えるコスチューム、二重になってるスカートがふわふわと上側に波打ってて、可愛い。」とその愛くるしい様子の感想が書かれている。

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☆Mao Asada 2000 Novice Japanese Nationals☆

【音源】サントラ『La Cage Aux Folles』
1. Prelude


だが、動画からもお分かりのように、披露した演技はとても可愛いなんてほのぼのとした言葉で済まされるようなものではなく、滑走スピードの速さ、ジャンプの鋭さ、演技のキレ、どれをとってもとても十歳とは思えない堂々とした内容で、居並ぶ観客の度肝を抜いた。

このころはまだ本当に身体が小さく、細い手足に比べスケート靴の大きさが目にも重たげに見えたそうだ。
その見た目の可愛らしさと小ささに一部の観客たちの間で、「親指姫」という愛称で呼ばれていたようだが、「親指姫」はわずか数年の間に世界女王の座に駆け上がっていくのだから、まさにその片鱗を垣間見せたのが、このノービス競技の演技だったのだろう。

ちなみにこのとき、男子のAクラスでは小学六年生の小塚選手が優勝している。
彼もまた、ノービスBクラスで二連覇、Aクラスでも二連覇という戦績で、(本人は不本意なのだろうが)血統書付きの頭角を現しているのである。

そしてこの後、2000‐2003年のシーズンまでの浅田選手の戦績は以下の通り。

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2001年 第8回ムラドストトロフィー(デブス)2位(2001年02月24日)
2001年 愛知県フィギュアスケート選手権 (女子A)1位(2001年03月03日)
2001年 第5回全日本フィギュアスケートノービス選手権大会(ノービスB)1位(2001年10月27日)
2001年 第70回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(ジュニア)6位(2001年11月23日)
2001年 第11回愛知県フィギュアスケートショートプログラム競技会 1位 (2001年12月08日)
2002年 愛知県フィギュアスケート選手権 1位(2002年03月02日)
2002年 第9回ムラドストトロフィー(デブス) 1位 (2002年03月16日)
2002年 第6回全日本フィギュアスケートノービス選手権 1位(2002年10月26日)
2002年 第71回全日本フィギュアスケートジュニア選手権 4位(2002年11月23日)
2002年 第12回愛知県フィギュアスケート競技会 1位(2002年12月07日)
2002年 第71回全日本フィギュアスケート選手権 7位(2002年12月20日)
2003年 平成14年度愛知県フィギュアスケート選手権 3位(2003年03月08日)
2003年 第39回中部日本フィギュアスケート選手権 2位(2003年03月21日)

この中で、保険会社のCMにも使用され、多くのひとが目にした動画が2002年の全日本シニア大会にノービスから特別枠で出場したときのFSプログラムだろう。

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☆Mao Asada 2002 Japanese Nationals FS☆


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【音源】SP:ジョン・ピザレリ『Our Love Is Here to Stay』より12曲目
1. Dream
2. Our Love Is Here To Stay
3. Avalon
4. Honey Pie
5. The Day I Found You ('The Pollywog Song')
6. Kalamazoo
7. Have Another One, Not Me
8. Little Girl
9. Nina Never Knew
10. Rhythm Is Our Business
11. It's Sunday
12. Say Hey Kid


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【音源】FS:クスコ『Apurimac』より5曲目と9曲目を使用
1.Apurimac
2.Flute Battle
3.Tupac Amaru
4.Flying Condor
5.Inca Dance
6.Pastorale
7.Amazonas
8.Inca Bridges
9.Andes
10.Atahualpa-The Last Inca
11.Fighting Inca
12.Apurimac II


残念ながら、SPの『セイ・ヘイ・キッドSAY HEY KID』の動画は、わずかしか見ることができない。
このSPプログラムはこの年の11月、キャンデロロが主催して横浜プリンスホテルのスケートセンターで公演されたアイス・ショー『PHILIPPE CANDELORO Fantasy on Ice』に、高橋選手、佐藤有香さんとともに共演した際のエキシビション・ナンバーとして、お披露目している。

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浅田選手はショーの第二部で一番最初に登場し、転倒はしたがトリプルアクセルにも挑戦していたと観覧された方の覚書にある。大観衆を前にしても物怖じしない肝っ玉の強さと、花が咲いたようにひとを惹き付ける可憐な美しさを、小学生のこの時分にして、すでに持ちあわせていたようだ。
無論ショーをエンターティメントとして、技術的に魅せる力や余裕はまだ備わっていないが、音楽に動きをあわせるリズム感や、スピンやスパイラルなどポージングの柔らかな美しさは天性のもので、並み居る共演のお兄さんお姉さん方にもひけを取るものではなかっただろう。

このショーでの感想を佐藤有香さんが、直後の11月28日から12月1日、ISUグランプリシリーズ第6戦として京都の京都アクアリーナで開催されたNHK杯国際フィギュアスケート競技大会(ISU Grand Prix International Figure Skating Competition NHK Trophy)のエキシビションに、特別出演した浅田選手の演技解説で語っている。

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☆MAO ASADA N○KTrophy 2002 MiniEX☆


エキシビションの演技は疲れがたまっていたのか、残念ながらジャンプでの転倒が目立つが、それでも最後まで精一杯の笑顔で、三回転ジャンプへのこだわりと理想とする演技への執念を見せているのは、いかにも浅田選手らしいと思う。
幼くてもすでに浅田選手は浅田選手なのであり、その挑戦心と探究心は小さな身体の奥底で燃え始めているのである。

さて、全日本シニア大会の演技であるが、この時の結果は以下の通り。

1位 村主章枝(SP3位FS1位)
2位 恩田美栄(SP1位FS3位)
3位 荒川静香(SP7位FS2位)
4位 太田由希菜(SP4位FS4位)
5位 安藤美姫(SP2位FS6位)
6位 中野友加里(SP5位FS5位)
7位 浅田真央(SP9位FS7位)
8位 浅田舞(SP8位FS8位)
9位 鈴木明子(SP6位FS9位)
10位 竹内理恵(SP10位FS12位)

☆2002 全日本 All Japan championship (フル) ☆


日本だけでなく、今なお世界的にも名選手として記憶されているだろう名前のオンパレードである。

そして驚くべきことに、この大会でトリプルアクセルに挑戦した選手はなんと、浅田選手を含め恩田選手、中野選手、舞選手の四名、安藤選手に至っては四回転ジャンプにチャレンジしているのである。

現行ルールでは回転不足判定が厳密過ぎ、リスクが高すぎて高難度ジャンプに挑戦する女子選手がほとんどいなくなってしまったが、試合をつまらなくするルールやジャッジの意義が今もってわからない。
選手の競技生命や身体的負荷を考慮したものと捉えることも出来ないではないが、端から人間の可能性を否定しているかのように、挑戦する気さえ失わせるような採点基準は、スポーツの在り方としてやはり疑問が残るのだ。

三回転の連続ジャンプについても同様で、このとき浅田選手は3Lz-3Loのほか、3F-3Lo-3Tという三連続のジャンプが認定されている。
ほかの選手たちの連続ジャンプも実に多彩で、荒川選手は3S-3Loと3T-3T、安藤選手は四回転サルコウは転倒したものの3Lz-3T、中野選手もトリプルアクセルの単独ジャンプは失敗したものの3A-2Tを着氷し、ほかに3F-3Tも跳んでいるのである。

こうした連続ジャンプも、今の採点基準では多くのセカンドジャンプが回転不足に判定されてしまうため、誰もが難度を抑えて変わった冒険をしなくなってしまった。
目立ったグリ降りや明らかな回転不足は決して美しいものではないが、大会ごとに曖昧な判定基準や、選手によってフェアとはとても言えない判定差がでてしまうジャッジが、選手にも観客にも積もり積もった不満やストレスを与えてしまうのだ。

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動画の中で難しいジャンプに挑戦して成功したときに見せる、幼い浅田選手の生き生きとした喜びの表情、得意満面の笑顔と順位結果が出たときの「やったあ」という歓喜の声が、本当に自然で愛らしく、微笑ましい。
このフリー演技によって、SP九位から順位を二つ上げ、最終的に小学生ながらシニアの選手たちに交じって堂々七位という戦績を残したのだから、いかに当時のお姉さん選手たちの面々が戦々恐々としたか、押して知るべしというものだろう。
そして浅田選手以上に興奮気味に感激の声を上げているのが、八木沼さんを含む実況の解説者たちで、言葉の一つ一つどれもが驚くべき演技の数々に対する純粋な衝撃に充ちて、邪気も飾り気もない賞賛とあふれるばかりの感動を素直に伝えている。

とはいえ、浅田選手の天真爛漫な仕草や無垢な表情が、その年齢相応で、良い得点や自分の出来に対するごく普通の反応であればあるほど、彼女の演技のあまりにも飛び抜けた凄さ、驚異的すぎる異質にずば抜けた才能が際立ってくるのも確かなのだ。

浅田選手のファンは日本国中、相当数いることは無論だが、なぜか彼女の演技を忌み嫌うアンチも少なからず存在することは否めない。
そしてアンチの一角は古参のフィギュアファンや競技に詳しい関係者だったりで、どういうものか浅田選手のスケートや個性を、理解出来ない型破りの規格外のものであるかのように敬遠する。

アンチの理由は勿論誰もが同じというわけではないだろうが、まさきつねはその理由のひとつに、おそらくこの小学生の当時から浅田選手の演技が発散していた、他の選手にはない特殊な才能の片鱗、その異端とも呼ぶべき次元の違いが、一部のフィギュアファンにある種のアレルギー反応を起こすのではないかと感じている。

天才という存在はどんなジャンルであれ、努力型の人間からすれば妬ましいもので、普通のごくありふれた一般人からすれば、なおさら疎ましく不可解な人種であったりする。
「天才」という言葉は単純にとらえれば褒め言葉ではあるが、「何とか」と紙一重というように、一般人の多くからすれば同じように手に負えない、いびつで風変わりな孤高の存在であることもまた事実なのだ。

実際、浅田選手はまれに見る天才なのだ。しかも反骨の、どこまでも我が道をゆく孤高のひとであり、型にも規格にもはまらず、決して他に妥協することがない。

天才は自分の意志に関わらず、その異端性ゆえに世界の秩序を根底から揺さぶり、いつか知らず知らず時代を変え、まったく別の次元のものへ未来を作り変えてしまう。
そのエネルギーと魅力が半端ないゆえのことだが、通り一遍の固定観念で秩序を保とうとしてきた正統派や組織の側の人間からすれば、時としてまことに煙たく、打たねばならぬ出る杭のごときにしか思えない存在にもなり得るのだ。

ここ数年、まさきつねは浅田選手が受けてきた各処からのいわれのない仕打ち、メディアや競技関係者からの多くの反発や不当な扱いや敵愾心について考えるにつけ、勿論ほかにも政治的、マーケティング的なさまざまに複雑な要素がからんでいるのだろうけれども、その多くは孤高の才能に対する反感や偏見に端を発しているような気がしてならなかった。

この小学六年生のころの無邪気で何も知らない純粋な笑顔を、動画で何度となく繰り返し見るにつけ、この稀有な天才少女がこの後数年間にわたっていくつの苦しみ、悲しみを乗り越えねばならぬのかを思い出し、胸が痛くなるのだが、それも天賦の才を与えられた者の宿命である以上、「浅田真央が浅田真央から逃げることができない」のと同じように、彼女が克服してゆくべき逃れられない試練ではあったのだろう。

幸いなことに、幾多の苦難をくぐった現在となっても、彼女は今も天使のような笑顔を忘れてはいない。

その透き通った純真なこころ、天上の喜びを地を這う者たちの頭上にきらきらと振り撒いてゆくようなその演技は、十代の昔も今も変わらずに、観客たちの目の前にある。

その背に軽やかな翼を持つものは、今も出逢った誰もが幸せになるような微笑みを浮かべて、氷上に舞い続けている。

◇◇◇◇◇

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えんぜるになりたい
花になりたい
(八木重吉『花になりたい』)


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Comment

あちゆた says... "落涙"
まさきつね様。

私が日々思いつつ、しかし上手く言葉にできないことを
美しい文章で、冷静に秩序正しく書いてくださっていて
本当に嬉しいです。

メディアに多く登場し始めたころの
小さな真央選手のお写真も
たくさん上げて下さって嬉しいです。
眺めているだけで幸せな気持ちになります。

冒頭の有名なシーン。
まさきつね様がお描きになった真央選手は
本当に赤ちゃんのような微笑みで
天使そのものですね。
ユーリが見た天使の羽根を
真央ファンは真央選手の背に見るのです。

みどりさんが大人っぽく清楚に着こなしていた衣装も
真央選手が着ると、お人形のようです。
長い手足の体型もあり、ジェニーちゃんかと(*^_^*)

理不尽な謂れのない中傷などに惑わされず
真央選手の貫くフィギュア魂が
ソチの地で花開いてくれることを願ってやみません。
2013.06.10 23:13 | URL | #N1GBOknc [edit]
まさきつね says... "どんなマニエールで"
あちゆたさま

ご訪問うれしいです。
まさきつねの絵は、少しでも浅田選手の香りをお伝えできているでしょうか。

アムールの羽根、ミルククラウンの冠、そんな素朴で慎ましいものが彼女には似合いますね。彼女自身が何の飾りもなくても、美しいからでしょうね。

実際、彼女のデッサンをしていると、その顔の小ささ、手足の長さに改めて驚きます。まさに生けるジェニーちゃんです。
でも、彼女の等身で絵にすると、その可愛らしさが表現出来なくなるのですよ。いわゆる、少女漫画が女の子の頭を大きく、瞳も大きくデフォルメしますが、そうした誇張がないと浅田選手の可愛らしさに対し、絵画表現が追いつかないのです。
小手先でリアルに描いても、その本質をつかみとることは出来ないというのは絵画描写の鉄則ですから、まさきつねとしては、どんなマニエールが彼女の美しさや可愛さに接近できるのか、その実験をしているような楽しみでエスキスを描いております。
2013.06.12 02:57 | URL | #- [edit]
みのり says... "天才の試練だったんですね"
まさきつねさま、こんにちは。

絵もこんなにお描きになるんですね。すごい。うらやましい。私も浅田選手を描きたいと思ったことがあるのですが、描いてみたい全身像はとても無理と、手つかずのままです。描いてもがっかりするのがオチです。

まさきつねさまの絵は、宇野亜喜良を髣髴させるタッチもあったり、萩尾望都を連想したり、見とれてしまいます。ちびくろ猫は、絵を見てから写真を見ることで、その可愛らしさに改めて気づき、悶絶しました。写真だけだったら、「まあかわいい」ぐらいで終わってしまったかもしれません。芸術によって現実の見え方が変わるのですね。

浅田選手をひどく貶める人々がなぜこれほどいるのか、かねがね不思議に思っていました。これといった失言があるわけでもなく、ストイックに努力する日本人好み(?)のアスリートなのに、なぜ? 浅田選手を見ていると知らず知らず自分の醜さと直面してしまい、神聖なものを堕としたい、自分のところまで引きずり下ろしたいという欲望にかられるのかとも考えたこともあります。まさきつねさまのこの文章を読んで、謎の一端が解けたような気がします。

もし、さしたる苦労もなくすんなり成長していたら、今とはずいぶん違った感じのスケーターになっていたことでしょう。逆説的ですが、内に多くの悲しみや苦しみを秘めている(その一端が私たちの目にもうっすらと透けて見える)からこそ崇高なまでに美しいのではないかと思いました(美しい以外の言葉が見つかりません)。そして、これほどのつらさを背負いながらも、変わらず美しいままでいる(むしろさらに美しくなっている)浅田選手は、やはり奇跡だと思います。

以前、浅田選手が「スケートをやめるのは、やり切ったと思えたとき。生まれ変わったらスケートはしないと思う」という意味の発言をしていましたが、そう思えるシーズンを過ごせるように、祈っています。(もちろんスケートをやめるのは、もう少し待って欲しいなあ)
2013.06.18 14:44 | URL | #6wH.DH8I [edit]
まさきつね says... "思いの丈を"
みのりさま

ご訪問うれしいです。返信が遅くなってごめんなさい。
まさきつねも、宇野亜喜良さんも萩尾望都さんも大好きです。知らず知らず、影響を受けているのでしょう。ほかにもたくさん好きな画家も作家さんもいますから、そうした方々のエッセンスを多少なりとも感じていただけるなら、これに越したことはありません。

浅田選手のアンチを十把一絡げにはできないのでしょうが、たとえどんな理由があるにせよ、不要な誹謗中傷はやめて欲しいものです。ほかの選手のアンチも同様ですが、好きな選手を応援すれば良いだけのことで、わざわざ嫌いな選手を何の根拠もなく批判することはないのにと思います。
ただまあ、政治的やマーケティング的な意図があからさまなもの以外は、まさきつねには大半がやっかみに聞こえて仕方ないのですけれどね。

みのりさまの仰るように、多くの苦難や逆境が彼女を美しく、たくましく成長させたという点もなきにしもあらずでしょう。逆に、ちやほやともてはやされることは、長い目で見れば決して良い結果を生むことはないですからね。
ましてやビッグ・ビジネスで人工的に作られた人気ほど、一時のブームが去れば悲惨なものです。

この世でやり切ったと思える使命があるというのは、素晴らしいことです。ビジネスの小手先で踊らされている人間には、決してわからない感覚だと思います。
来季は自分の思いの丈を存分に出し尽くしたシーズンを送って欲しいですね。
2013.06.20 15:36 | URL | #- [edit]

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