月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

二月の短歌 其の参

佳品嘆美40
狩野芳崖『悲母観音』


くわんおん の しろき ひたひ に やうらく の かげ うごかして かぜ わたる みゆ
(会津八一『南京新唱』)

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早春の風が観音様の額を撫で、宝冠から下がる飾りの影を揺らす。見えない自然を見るのが詩人の眼、伝えるのが歌人の言葉である。



※※※※※



会津八一は残された歌の少ない歌人である。一年に作られた歌は数首、それをまたさらにストイックな推敲を重ねて、活字になってさえあれもこれもと手直しの工夫を続けていたらしい。

そんな彼が徹底して、仮名の表記にこだわった歌は、判り辛いと批判もされたが、ひらがなの円みに包まれて自在に広がる世界は、研ぎ澄まされた美意識が選び取った言葉に、歌を詠む歌人の覚悟が骨子となって情景を支え、自然をとらえる詩人の眼を確かなものと伝えるのである。

八一が詠う仏像も、小鳥や鹿といった生きものたちも、この国のおおらかな原風景の中に美しき命をもった言葉ですくい取られ、堅苦しい概念から解き放たれて、こころに強く沁み入るあるがままの存在としてその輪郭を露わにする。

歌だけでなく、書道や古美術研究の方面でも著名で、その持論は彼の歌同様、実に個性的ながら自由闊達でそして曲がらない。
書道においては、書法や筆法といったマニュアルめいた方法論を嫌って、用いる筆記道具の本性を知り、それに沿って表現する強さ、自由さを好んでいたようだ。
創作者として既成の型にはめられず、他人から方向性を押しつけられたくないという、凄まじいまでの孤高の覚悟が滲んでいる。
不器用だが個性のあるがままでいたい、オリジナルの風格にあふれている。

自分自身でありたい、その覚悟を極めたい八一は次のような言葉を弟子に残す。

「人は八面多角にてもよし、一方一面一意一徹にてもよし、但しどちらにしても落ちつきて意思強く自重自敬自尊自恃なるべし、一方一面に貫徹すれば四方八面に目もひらけ来るものなれば、すべて下界からの刺戟誘引に目を閉ざして自分の志を重しとし、其志の赴く方へ全力を用ゐらるれば急がずとも自分として行くべきところ行き得るところまでは行けるなり。
たヾし此落ちつくといふことは我等にても今尚ほむつかしきことの一つにて考へ居ることにて、折々おもひ出しては落ちつくやう落ちつくやうと心がけて居るありさまにて候へば、貴下の年配としてはむしろ当然とも考へられることながら、御同様気をつけて落ちつきて美しき人になりたく候。」


自分の本性に正直に、生きる覚悟を曲げないひと、美しきひとは美しい世界へ視野を広げてくれるのである。





話変わって、いよいよソチ五輪が開幕する。

前の五輪から長かったような、あっという間だったような時間の流れがある。

傍で観ているだけの人間がそう感じるのだから、当の選手たちにはどれほどかけがえがなく、またどれほど待ち焦がれた時間だったことだろうと思う。

さて、浅田選手、ここにきて最早彼女に、誰が何を求め、何を告げることがあるだろう。

これまで既に、彼女によってこの国の多くの人びとは、多くの楽しい夢を見、多くの新しい世界を知り、多くの美しい贈り物を受け取ってきた。
ソチ五輪の演技は、彼女からこの国だけでなく世界中のフィギュア・ファンに向けて投げかけられる、美しい花束のようなメッセージである。

あなたがあなた自身の屋台骨とする美しいアクセル、そしてすべての演技が「落ちつきて意思強く自重自敬自尊自恃なる」覚悟で、氷上に華麗な氷痕を残すとき、凍った冬の時間は緩やかにほぐれて、甘い春の目覚めをいざなうだろう。

浅田選手の、観音様にもたとえられる美しい額に、二月のやわらかな風が触れ、あたたかな光がどんな金銀宝石よりも輝かしい、天の栄光を告げてゆくように。


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Comment

miyu-rimiママ says... "素敵なお言葉。"
「美しい花束のようなメッセージ」という表現が特に胸に染み入りました。

おはようございます。
まさきつね様、今朝は一段と冷え込みましたが、いかがお過ごしでしょうか。
真央さんが無事ソチに到着なさった映像でニコニコしていたのですが、
こちらも更新されていてうれしい!
ソチ到着時には取材陣がたくさん詰めかけたようで(半分くらいがK国;)、現地取材の朝日新聞記者の方は声が聞き取れないくらい騒然としていたそうです。
でも、映像を拝見すると笑顔で受け答えなさっていましたから、そういうところからも真央さんの陽の性質が見て取れます。
本当に、彼女の笑顔を見ると、心が穏やかになりますね。

真央さんの「4年間待っていた」という言葉が印象的でした。

ソチでの真央さんが 光のオーラに包まれて かつて見たこともない程の 美しく晴れやかな笑顔で スタオベに応えている姿を 願わずにいられません。
2014.02.06 07:54 | URL | #- [edit]
ホビット says... "真央さん、まさきつねさんに感謝"
素晴らしい言葉に、感激しています。
いつも、まさきつねさんの言葉に、涙しています。「生きる覚悟を曲げない人」、人はそういう人の中に希望を見出すのですね。

いよいよ真央さんが、ソチの舞台で輝きます。ありがとう、という思いで、心を落ち着けて、見守ります。
2014.02.07 16:09 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "四年間の結晶"
miyu-rimiママさま

ご訪問うれしいです。
浅田選手、マスコミのあしらいが巧くなりましたね。選手たちが凛としていると、周囲の報道陣の悪辣ぶりが一層目について、人間の品格の違いが如実に分かります。

浅田選手の四年間は本当に充実していました。バンクーバーの頃には持てなかった多くのものを得て、心技体すべての面で大きく成長したことと思います。

その四年間の努力の結晶を今からファンは観るのです。
人間の努力と成長とはいかなるものか、観る側そして評価する側の資質も問われているのだとまさきつねは思っています。
2014.02.07 19:51 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "意志を持つ覚悟"
ホビットさま

ご訪問うれしいです。こちらこそいつも感謝しております。

生きる姿勢がひとのすべてだと思います。不器用でも好いのです。完全無欠でなくても。
結果は答えの一つに過ぎません。

希望は結果を求める意志の中にあります。

そして意志を持つ覚悟だけが、美を創造するのです。
2014.02.07 20:23 | URL | #- [edit]

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