月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

伝説

フィギュア335-1


物語ではない。

人生なのだ。


浅田真央というひとりの女性の歩んだ道なのだ。



彼女が遺したものはメダルではない。

誰もが胸に刻んだ演技なのだ。


誰もが愛し、祈り、寄り添った、浅田真央というスケーターの伝説なのだ。



フィギュア335-2


希望はかなうものと信じるのだ

情熱は心の活力ではなく
魂と外界の衝突に過ぎないのだ

大切なのは自分を信じること
幼な子のように無力であること

なぜなら無力こそ偉大であり、力は空しい

人が生まれる時は軟弱で
死ぬ時に枯れ固まる

木も成長する時には軟らかく
乾き固くなるのは死ぬ時なのだ

硬直と力は死と隣りあわせ
弾力と軟弱こそ命の象徴

凝結したものに希望はない
(アルセーニィ・タルコフスキー)


フィギュア335-3

フィギュア335-4


君には何も見えないかもしれない、

でも君の頭上を今、太陽が移ろいゆくところなんだよ……。
(アルセーニィ・タルコフスキー『遺言』)

フィギュア335-5


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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Comment

花屋 says... ""
お約束の乾杯よりもやはり彼女に

献杯


終わらないんじゃないかな
2014.02.21 11:00 | URL | #sDFifbQE [edit]
ホビット says... "震えました"
まさきつねさん、こうして、ブログに喜びのコメントを書くことができて、本当にうれしいです。
アクセルの成功、そして、3-3の頃には、身体が震えてきました。初めてのことでした。

真央さんのもつ、さまざまな美しさが強さとなって凝結したような滑りに思えました。真央さんのファンであったことを誇りに思います。

そして、まさきつねさんの記事は、いつも、真央さんとの美しいコラボレーションであると感じます。私にとってとても大切なものです。真央さんが読んでくれたらいいのにな、と思います。
2014.02.21 14:15 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "乾杯はおあずけ?"
花屋さま

まだ終わりませんか? とりあえず世界選手権がありますね。
バンクーバーのときも、トリノワールドで巻き返しました。奇跡はまだ続きますね。
2014.02.21 23:14 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "言葉にならない"
ホビットさま

コメントありがとうございます。
鳥肌が立つような演技でしたね。まさきつねは今日のフリーこそ言葉にならないと思いました。

タチアナコーチも「素晴らしい子」というコメントばかり繰り返していましたね。
芸術点? 見栄え点? アンダーローテ?
点数に何の価値がありましたか。言葉にならないのに、数字で感動を測ることに何の意味がありますか。

スポーツの基準では、回転不足のジャンプでは感動を生まないということなのでしょう。(その回転不足だって人間の憶測が付ける、根拠のないジャッジです)
でも多くのひとが受けた感動は、フィギュアの審判のジャッジでは否定できない。メダルを与えられなかった今日の浅田選手の演技が、メダリストの演技以上に歴史に残ることも、もはや誰も否定できないと思います。
2014.02.21 23:40 | URL | #- [edit]
いち says... ""
自分の人生が大切だと思っていた私は、
他者に共感する能力に決定的に欠けていました。
誰かに強く入れ込むことなどなかったのに

ただ見ることが、
感じることだと

人生の折り返しに知り得た今日

この瞬間をただ享受できることのしあわせ

あなたの強さと弱さを見て、
私は、世界とかかわることができるのだと気付きました

言葉にすれば足りないけれど

まさきつねさま、
喧騒をさけてこちらをたずねました。

明日も生きていけそうです
2014.02.21 23:47 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "ともに分かちあう"
いちさま

コメントありがとうございます。

優れた芸術はひとを変えるといいます。乾いたこころに水のように流れ込み、魂を激しく揺さぶるのです。

おまえは人生を愛しているか、信実に尽くしているか、正義を全うしているかと問いかけてくるのだと思います。
まさきつねもそうして絶えず、芸術に叱咤激励されながら、世界に光を求めてきました。くじけそうなこころに、明日へ歩む力を与えられてきました。

今、世界は喧噪の只中にいますか。仕方ない、それもこの世の倣いです。

でも今日、同じ芸術を見た人間は同じ感動を分かち合いましたね。同じふるえの中で、いのちが共鳴し、美しいということの何たるかを知りましたね。

浅田選手の四分間がもたらした奇跡、彼女の芸術の勝利だと思うのです。
2014.02.22 00:19 | URL | #- [edit]
いち says... "まさに奇跡"
自身の中へ中へと向かう彼女の努力が、その理想が
世界中をゆさぶる表現となりうることを
あの4分が終わるまで誰も知らなかった。

彼女の要素をこなす高度な型通りの動きは、たとえば高橋大輔のスケートとは対極の、
ピアノの練習をしてコンクールに出る・・・そのレベルをものすごく高くしたもの
・・・もちろん美しく、努力や人間性のすばらしさに魅力はあっても
芸術へ向かっているとは私は考えていなかった

そしてあの4分間
前日のショートも含めたあらゆる伏線をうけ
努力の上に理想を超えた表現は

突如芸術に昇華された

世界中が

高度な身体運動を突き詰めた彼女の強い強い意志が体中からほとばしり
氷上の芸術作品が生み出されるところに立ち会った

まさきつねさま
返信ありがとうございます。
ほんとうにその通りですね
この奇跡を分かち合うことができてしあわせです


(蛇足ですが、これまでの彼女の演技では、私はバンクーバーのフリーが一番芸術的だったと感じています。演技を終えた後の絶望的な表情が、悲劇的な音楽と合致して、彼女の意図を超えた表現となっていたからです。)
2014.02.22 11:11 | URL | #- [edit]
M&M says... ""
美しい真央さんの笑顔の写真。。。ありがとうございます。
本当に美しい人ですね。

ずうっと、ずうっと彼女のために祈ってきて、ショートの演技を見終わったときの喪失感。。彼女の気持ちを思うと胸が痛くて痛くて眠れませんでした。なぜ、祈りは届かなかったのだろう。。と。
でも彼女の集大成を見守ると決めていたので、仕事を休み翌日もテレビの前に座りました。これが自分の心臓かと思うほど、耳のそばで鼓動が聞こえるくらい、生まれてこの方味わったことが無いほどの緊張を味わいながら見守る目の前で、美しく力強く舞い続けた真央さん。
涙でぼろぼろになりながら彼女の演技を見守りました。
その時気付いたことがあるのです。すみません、聞いていただけますか?

金メダルを目指してきた真央さんにとって、そしてそれを一緒に夢見てきたファンにとって、今回のことは悲しい、残念なことでした。でも、何故だかこれが祈りの応えだったのかも、神様の望んだことだったのかもしれない。。と思ってしまったのです。
あのまますべてがうまく行き、真央さんが金メダルを取ったとしたら。。。それこそみんなが喜ぶ素晴らしいこと。彼女の努力も報われて、皆が幸せになったに違いありません。
でもこれほどの感動はきっと味わえなかった。
そして何よりも今回のことは、真央さんが追い求めてきた物を誰の目にも明らかに、くっきりと刻み付ける結果になりました。

彼女が追い求めてきた物、それは権力や金で縛られたメダルではなく、私利私欲や様々なしがらみでぐじゃぐじゃになってしまった採点システムが生み出す得点でもありません。
ただただ、自分に出来うる最高の演技。
天性の素質と、フィギュアが好きで努力を惜しまないという才能に恵まれたことを素直に受け止め、まい進してきた17年。大人の事情に翻弄されながらも純粋にフィギュアを愛し続けてきた真央さんをスケートの神様も愛したに違いありません。
その神様が用意した最高の舞台で最高の演技を世界中の人の目に焼き付けた真央さん。
なんとも辛い、理不尽に見える。。。でも最良の結果だったのかもしれません。

2014.02.22 13:15 | URL | #6goa5kBQ [edit]
みのり says... "気持ちの整理がつきません"
まさきつねさま、こんにちは。

いろいろな感情が喉元につかえて、いまだに胸が苦しいです。泣きそうな思いもこみ上げてきますが、もう少しの所でこぼれてきません。

この演技をするために、一体どれほど苦しい練習を重ねたのでしょうか。どれほど辛い思いを一つ一つ乗り越えてきたのでしょうか。これほどまでに美しい人がこの世にいるということが、それこそが人間の希望の光だと、信じています。

自分語りで申し訳ありませんが、バンクーバーで「真央ちゃんの方がよかったのに……」と感じたのが始まりでした。その違和感を、自分の感覚を信じてよかったと思います。私をそのように導いてくれたのも、きっと真央さんの持つ力ゆえだと、今は思います。

一方で、オリンピックのメダルになんの価値もないということもあからさまになってしまいましたね。ソトニコワさんとコストナーさんには申し訳ないですけれど(ちなみにソトニコワさんが金メダルでなんの疑問もありませんし、おふたりのメダリストには心から祝福を捧げます。選手にとっては、私のようなものが考えるのとは全く異なる価値があるのでしょうから)。ここ数日、選手たちの努力と活躍の背後の裂け目から、どす黒く醜い怪物がどろりとあふれ出しているようなイメージに苛まれています。
2014.02.22 13:41 | URL | #6wH.DH8I [edit]
スーザン says... ""
真央ちゃんへ


あなたの演技に

この国に、いやきっと世界のどこかでも

何かを浄化するような
爽やかな風が吹いています。

本当に
本当に
きれいな涙



あなたの笑顔が見れて、本当に私達は幸せ


まさきつね様
今夜はエキシビション
楽しみでしかたがないです。
2014.02.22 19:41 | URL | #- [edit]
からたち says... "伝説のその先へ"
まさきつねさま、はじめまして。
まさきつねさまの文章は、ブログを開設される前、まだ他の方のブログにコメントされている頃から拝読させて頂いておりましたが、コメントするのは初めてです。初めてのコメントでの長文をお許しください。

まさきつねさま様は、21日朝日新聞の夕刊の浅田選手の写真をご覧になりましたか?
これまで、嫌がらせのようにジャンプ中の写真を掲載することが多かった朝日新聞ですが、この夕刊の写真は素晴らしかった。
フリー終了後、感極まった表情の浅田選手の瞳からキラキラと輝く涙が零れ落ちる瞬間を捉えた一枚でした。その涙がクリスタルのように輝いていました。どんな色のメダルよりも崇高な輝きを放って。

結局、どんな思惑も、イチャモンのようなルールの適用も、浅田選手の価値を貶めることも、彼女の魂を穢すこともできなかった。その写真を見て強く強く、そう思いました。

あのフリーを見た後では、プロトコルはただの数字の羅列でしかありません。氷上のあのスケートがすべて。現役とか元とか、いろいろなスケーターの方々が得点について解説していましたが、すべて後付けの辻褄合わせ。豊穣な彼女のスケートにくらべ、なんと空疎な言葉の羅列でしょうか。

私にとって、奇しくも同じ6位という結果だった高橋選手、浅田選手のフリーには、フィギュアスケートがなぜ音楽を使用し、技術を織り込みながら音楽を表現するのか、私がなぜフィギュアスケートが好きなのか、その答えがありました。

この2人が競技から離れてしまったあと、今のような気持ちでフィギュアを見続けるのかは正直わかりませんが、10年近く2人のスケートをリアルタイムで見られたこと、その度に喜んだり悲しんだりできたことは、宝物のような時間でした。

今はまだまだ余韻に浸りつつ、2人には心からありがとうと言いたいです。
2014.02.23 01:17 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "私見ですが"
いちさま

再度のご訪問うれしいです。

いちさまはもしかしたらずっと、浅田選手の演技は型を努力によって精密になぞってゆく、いわゆる優等生的な理想追求の実現と考えておられましたか。
まさきつねは前も今も、彼女は天才だと思っています。努力する天才だと思います。
そして高橋選手も、彼女の対極ではなく、同じく努力する天才だと思います。

では優等生と天才の違いは何か。それは理想とするものが、既成のものかオリジナルかの違いにあるとまさきつねは考えます。
浅田選手も高橋選手も、軽々と演技要素を熟していますが、彼らの演技はともに彼ら自身にしかできない動き、ポジションを天性の資質として保っていて、それは実はほかの誰にも模倣し得ない次元のものです。

高橋選手は肉感的、浅田選手はストイックで、一見全く別物の個性が際立ちますが、身体芸術のエロティックさという点で、この二人の演技は相通じているのですよ。

ここ数年のジャンプの矯正という荒業で、浅田選手の禁欲的な努力姿勢に焦点が当てられてしまいましたが、そもそも彼女に天性のポテンシャルがあってこその理想実現です。佐藤コーチはすべてを壊して、一から彼女を改造したのです。(最近佐藤コーチは、もう一度壊して最初からやりたいと発言されているそうですよ。怖ろしい話ではありませんか?)

バンクーバーのフリーの芸術性の高さに関しては、まさきつねも全く同意ですが、翌年のEX『バラード』も芸術性という点では決して劣っていませんでしたよ。悲劇性ということでは違いましたが、『バラード』には代わりに詩的な美しさが漂っていました。

まさきつねは実のところ、浅田選手の努力や人間性のすばらしさという部分、勿論それはそれで賞賛されるべきことと思いますが、拙ブログで彼女の演技を評価する場合には何よりそのコンテンツを重要視していて、付随するコンテクスト(物語性)を必要以上に取り上げることを回避しています。

この問題は最近、高橋選手絡みでも話題になったゴーストライター事件に関連して、いずれ詳しく述べたいと思っていますが、芸術の作品評価においてやはり一番注意を払うべきは、コンテクストの冷静な排除にあるとまさきつねは思っております。

2014.02.23 03:36 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "スケートの神さま"
M&Mさま

ご訪問うれしいです。お話、深く感じ入ります。

そうですね。まさきつねにはまだ、今回の結果が最良だったかどうかは判断できずにおりますが、そのように受けとめることも出来るかも知れません。一方で、たとえ金でなくとも、どんな色でもメダルを授与されていた方が良かったと考えることも出来るかも知れません。

ただ、どんな結果だったにせよ断言できるのは、浅田選手が今の現役選手の中で、ただひとり別次元の演技構成を理想として、氷上で実現し得る唯一の選手であるという事実だけです。
そしてこの事実を、ISUの採点システムでは数値化も順位化もできないということが明白になったというだけです。

浅田選手がスケートの神さまに愛されているということは、まさきつねもこころから同意します。あの天性の才能こそが、神さまからの贈り物でないとは、とても考えられないですものね。
(そして神さまは時に残酷で、理不尽な仕打ちもなさる…ということは致し方ないこの世の常ですものね。)
2014.02.23 03:53 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "まさきつねもです"
みのりさま

ご訪問うれしいです。

まさきつねもまだ気持ちの整理がつかずにいます。一生懸命、言葉を探しては自分を納得させている有様です。
ソトニコワの金メダルに、疑問はありませんか。コストナーでも良かったということはないですか。

浅田選手に関してはいかがですか。
SPもずいぶん低過ぎる気がしましたが、そもそも3Aがもっと評価され、以前検討されていたように六種類のジャンプを組み込めばボーナス点が付くという採点が実現していたら、逆転金メダルでも決しておかしくなかったのではないですか。

…などと所詮机上の空論ですが、さまざまに考えます。「どす黒く醜い怪物」はまさきつねのこころの中にも浸透してきます。
今回何と言ってもむかついたのは、浅田選手の演技にいちいち「これは認めて欲しい」とか「これは跳べてると思う」とか、頼りなげな解説が付き纏っていたことです。あの冷たい氷の上で、転倒もステップ・アウトもせずに綺麗に着氷したジャンプを、なぜ上目づかいにジャッジにお伺いをたてるような言葉で穢すのか。
美しいものは美しい、素晴らしいものは素晴らしいという賞賛の言葉を、解説者が素直に吐くことも出来ないような採点競技なら、鑑賞云々という前に競技関係者たちの感性が乾いてると思わざるを得なかったです。

ソチも晴天とはいかなかったですね…
2014.02.23 04:27 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "エキシビションは"
スーザンさま

ご訪問うれしいです。

エキシビションは爽やかでしたね。
胸のもやがスッキリ晴れたとまではいきませんでしたが、本当に花のある演技というものは何かが一層際立って伝わったように思います。

そして醜いものを浄化するのも、美しいものしかないんですよね…
2014.02.23 04:36 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "人生は続く"
からたちさま

初めまして。コメントありがとうございます。

朝日新聞の夕刊も素敵な写真でしたか。さまざまなスポーツ新聞なども、今回はどれも写真の選択が好かったような気がしました。バンクーバーの涙はなぜか叩く輩がいましたが、今回はさすがにそういった論調は鳴りを潜めていましたね。

人間は泣きたいときに泣き、笑いたいときに笑うものです。誰に遠慮が要りますか。

高橋選手も浅田選手も感性の豊かな選手です。競技を離れても、世界各国のアイス・ショーで美しい演技を披露するのではないかと思います。むしろ数字の羅列で貶められることのないショーの方が、純粋に観客を楽しませてくれるのではないかという気もします。

浅田選手については、まだその引退に懐疑的な方面があるようですが、まさきつねは彼女の好きにしたら好いと思います。
やりたいときにやり、止めたいときに止める。有終の美なんて気取った物語の終わりは要らないです。

世界はどんな時も美しく、人生は長く、彼女の作った伝説はもはや誰にも穢すことは出来ないし、彼女自身が美しい奇跡だということは、もう世界中の誰もが認めているのですから。
2014.02.23 04:58 | URL | #- [edit]
みのり says... "おっしゃる通りです"
まさきつねさま、こんにちは。

前投稿をした後、ほんの少し冷静に考えたのですけど、なんの疑問もないというのは言い過ぎだったなあと思っていました。本当に公正に採点されていたら、浅田選手が大逆転金メダルだったと思います。どんなに謙虚に見積もっても、フリーだけならぶっちぎりの1位です。

でも、浅田選手がショート、フリーとも完璧な演技をしていても、金メダルは取らせてもらえなかったでしょうね。言いがかりのように回転不足を取り、加点を渋り、ショートはファイナルと同じ72点に抑えられ、フリーはあの通り。

団体戦からずっと、いかに採点が茶番か、職場で周りの人相手に大爆発しておりました。なのに、昨日は何を血迷って「なんの疑問もない」などと発言してしまったんでしょう(汗)

メディアの扱いも、「真央ちゃん自己ベスト、よかった、感動した」一色で、吐き気がします。

きっと、浅田真央という光に照らされると吸血鬼のように消えてしまう人がたくさんいるのでしょう。
2014.02.23 09:58 | URL | #6wH.DH8I [edit]
まさきつね says... "したり顔で笑われようと"
みのりさま

再度のご訪問うれしいです。
まさきつねはみのりさまを責めているのではないのですよ。分かっておられるとは思いますが、念のため。

まさきつねは昔も今も、バンクーバーも今回も浅田選手が金メダルだと思っています。
でも、バンクーバーだって今回だって、結局多くのひとが、結果に異を唱えない。
組織的に長い時間をかけて、本当に巧くコントロールされたものだなと思います。

まあ、世の中には言わずもがなということもありますからね。最終的に、日本は謙虚な国民ですからね。
そもそも西洋人に交じって、フィギュアをすることが云々…という時代も長かったですしね。

でもやっぱり、美しいものは美しいし、凄いことは凄い。

したり顔で笑われようと、馬鹿にされようと、守るべきものは守らなければ、大切なものは滅びてしまうのです。
2014.02.23 12:53 | URL | #- [edit]
いち says... "奇跡に魅せられて"
まさきつねさま

私はまったく、芸術に関してまさきつねさまほど造詣が深くないのですが、
長文の返信をいただいたことに気を良くして、(あつかましいかとおもいつつ、)
せっかくですのでもうすこし私の考えを連ねてみようと思います。

私が浅田選手のことを芸術を生み出す人と考えていなかった理由は、
その身体表現の特異性を見極められないというだけでなく、
彼女の”白さ(正しさ)”にあります。イメージで言えば、
高橋大輔選手の演技は、色を重ねれば重ねるほど深みを増す油絵の具のようですが
浅田選手の演技は、色を重ねれば重ねるほど白くなっていく光のように見えたのです。
浅田選手が昔よく言っていたパーフェクトな演技=要素をひとつひとつ練習どおりに再現すること、は、技術に基づいた美ではあっても、芸術ではないと、無意識に決め付けていました。もちろん彼女の穢れのない、常に悪意の感じられない人となりが私の芸術家のイメージ(紙一重の狂気)とかけ離れていることの影響も大きいのでしょう。
これはまさきつねさまが指摘されている”コンテクストの排除”ができていないことを端的に示しております。

私の中で、(狭義の)芸術とは、やむにやまれぬ表現の先に、作り手の意図しないものが結実したとき初めて生まれるものです。
幸せな人に芸術なんぞ生み出せないのです。
(この時点で、幸せな人=浅田真央は相当的外れですが)
抑圧された人が、ある手段によってしか表現することが出来なくて、
どうにかして認めて欲しくて搾り出した魂の発露(=生命そのもの)が突如広く一般の人にわかりやすい形で実を結ぶこと。

浅田選手は、フィギュアスケートの演技を美しくパーフェクトに演じて金メダルを取ることを目標にしていたのであって、芸術を目指す意識があったかどうかわかりません。ただ、ショートで無残に失敗して金メダルをあきらめた後のフリーであったからこそ、奇跡の芸術作品が生み出されたことは事実です。

私は、まさきつねさまの”芸術の勝利”という言葉を見て初めて、あの4分間はまさに芸術だったと思い至りました。
芸術の定義に思い及ぶ前に、テレビの前のたくさんの人と同じように、私の心は動かされたのです。優れた芸術とは、受け手を選ばないのだと思います。

映像を見てすぐには、芸術だと理解することはおろか、何が起きたのかもよくわからず、ただ彼女と同じように慟哭するだけで、何の言葉も出てきませんでした。
それでもとらわれて、いまは逆に、なんとかして言葉をつながずにいられないのです。


新しいエントリーも読ませていただきました。
これからもこちらを訪ねるのを楽しみにしています。
ときどきコメント欄にもおじゃましますね。
返信はどうぞ、お時間の許す範囲で。
2014.02.24 02:10 | URL | #- [edit]
M&M says... ""
まさきつねさま
お返事下さってありがとうございます。

本当に理不尽だと思います。
その理不尽さに文句ひとついわず耐え続けてきた真央さんの
懐の深さというか心の広さというか、人としての大きさに今さらながら敬服します。
それを意識の外でやってのけてしまうところがまた凄いのですが。。。

わたしも、彼女のためにもっと良い結果を望んでいました。
でも、何が良かったのだろうと思うと、どうしても思いつかないのです。
SP. FS両方で3Aを成功させたとしても、減点の方法はいくらでもあります。
ありとあらゆる手を使って、ISUの威信にかけて表彰台のトップには乗せない力が働いたでしょう。そして必ずその上に隣の選手が置かれるはずです。

真央さん自身がメダル争いの渦中にいれば、
スポーツの感動はメダルや得点に関係ないという大切な事を世界中の人に気付かせるチャンスは生まれなかったでしょう。

あのばかばかしいPCSを見ると、何故ジュニアあがりのまだ足元のバタバタ感が否めないユリアより下?五輪銀メダリスト、2度の世界女王、GP全大会制覇の記録を持ち、6種8トリプルを演技構成に入れられるスケーターが17歳のGGたちと変わらない点数?(真央さんよりPCSが高くていいのはカロリナだけだと思います)表彰台にのせてくれないのなら、せめて4位くらいにして欲しかったと神様に不平を言いたくなりましたが、これもPCSという数字が恣意的に操作できるばからしいものだという事を証明するためには致しかた無かったのかもと思うのです。

天地を作った神様は全能です。
全能であるがゆえに、あからさまな手出しはしません。
でも悪は必ず破滅の道をたどります。
気付いた人々が悪を葬ろうと戦い始めるからです。

今回のことはまさしくそんな筋書きを目にするような感じでした。
世界中の人が注目してくれているこの時に(幸いなことにお隣がなりふり構わずというか後先考えず。。?)騒いでくれていますので、今までの採点のおかしさを、真央さんが一人静かに戦って来たものを、世界の人に気付いてもらう絶好の機会になっている気がします。

独りよがりかも知れませんが、
真央さんの名誉を取り戻してあげたい。
記憶にも、記録にも残る人にしてあげたいと、強く思っています。
2014.02.25 03:24 | URL | #6goa5kBQ [edit]
まさきつね says... "それぞれの言葉で"
いちさま

どうぞ何度でもコメントください。
いちさまのお考えになる芸術論、感慨深く読ませていただきました。

浅田選手の「白さ」という点には、まさきつねも拙ブログで考察したことがあります。『白い少女の永遠』(→http://maquis44.blog40.fc2.com/blog-entry-439.html)という過去記事をご覧ください。
この記事の中ではあまり深く言及しておりませんが、まさきつねはいわゆるモダニズムの芸術の片鱗を浅田選手に感じます。そうすると、高橋選手などはやはり、ゴッホのような表現主義やフォーヴィスムにたとえらえるのでしょうが、どちらも芸術と解釈出来るものですね。

いちさまの「幸せな人に芸術など生み出せない」という部分は、まさきつねは「幸せな人=革命の必要を感じない人」という風に受けとめます。経済的な満足や、名声や権力による充足といったもので得る世俗な幸福感によって、この世の矛盾を変革する必要性に悩まない人なら、確かに、芸術など生み出せないでしょう。
(こういった幸福感は、新宮秀夫によると幸福の第1から第2のステージのようです。)

まさきつねは浅田選手は「幸せな人」と思いますが、この場合は困難や悲しみを克服することを厭わない、革命を求める人、そしてついには克服できなくても苦悩の中に幸せを見出せる人と捉えています。
(新宮秀夫の幸福論では第3から第4のステージです。)

いずれにしても、まさきつねはこのブログを始めたときから今まで、浅田選手のスケートは芸術と確信し、今回の奇跡を信じてきました。
あの奇跡の瞬間いちさまのこころが、まさきつねの思いと同じであったこと、とても嬉しいです。いろいろと、つなぐ言葉をお探しのことも嬉しいです。

もっと多くのひとが、浅田選手の芸術をそれぞれの言葉にして欲しいと、こころから願っています。
2014.02.25 16:41 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "こころを込めて応援"
M&Mさま

再度のご訪問うれしいです。

表彰台の醜い争いはもう勝手にやってと言いたいところですね。
元々採点競技は、神の御手を離れた、人間界のドタバタです。まさきつねは、悪にそんな簡単に天罰が下ると思えるような楽観主義者ではないですが、でもじわじわと、いろんな見返りがこれから、ボディ・ブローのように効いてくるんだろうなと思います。
実際、ソチの銀メダリストはあまり幸せそうとは思えないのですけれどね。

一方で、浅田選手の名誉は充分取り戻せていると思いますよ。SPの後に寄せられた、あれだけ多くの名競技者たちからの言葉、そしてフリーの後の喝采、記憶も記録も、真に値打ちのあるものならば、歴史がいずれ証明すると思います。

ファンはずっと忘れずに、こころを込めて応援すればいいのだと思いますよ。
2014.02.25 18:30 | URL | #- [edit]
みのり says... "何度もお邪魔します"
いつまでもこの話題を引っ張ってすみません。

もちろん、責められているなんて思いません。むしろ、つっこんでくれてありがとうございます。ショートからずっと茶番採点だと分かっていたにもかかわらずあんなこと口走っちゃって、穴があったら入りたい。自分でももやもやしていたので、おかげさまで訂正することができてほっとしています。あんなメダルに価値はないと思う一方で、選手にとっては違うのかもしれないとも思い、あそこで自分のベストパフォーマンスができたお二人のメダリストに敬意を表したいと思ったら、勇み足をしてしまったようです。

今でも気持ちはぐちゃぐちゃです。時間が経つにつれて採点への不満がますます大きくなってくるし、浅田選手に地上の栄光は必要ないんじゃないかと思ったり、いやそんなはずはない、正当な評価は必要だと思い直したり、メダルの色をめぐる騒ぎに巻き込まれなかったのは幸いだと思ったり。ただただ浅田選手が幸せであってほしいです。

私はまさきつねさまと会話を重ねられたことが嬉しいのですが、ご迷惑でないことを祈るばかりです。
2014.02.26 13:03 | URL | #6wH.DH8I [edit]
まさきつね says... "何度もどうぞ"
みのりさま

コメントありがとうございます。ご迷惑なんてとんでもないです。まさきつねも、みのりさまのコメントに触発されて、新しいエントリーをしました。

実際、ソトニコワの金は当然の結果なのですよ。不正でも疑惑でも、何でもないです。
バンクーバーのカナダのように、今回はロシアが地の利をとったのです。
そしてソトニコワも、コストナーもベストの演技をしたことに間違いはないんです。(キム選手だって、あれが彼女のベストだったことに間違いはないでしょう。)

でもどこかで、自分の思いのたけを、素直に吐きだしたいという気持ちが渦巻きます。
綺麗な言葉だけじゃなくて、もっと血を絞るような言葉で。
まさきつねはその思いを、いつもリコメで皆さまに投げかけてしまうのです。
2014.02.27 20:08 | URL | #- [edit]

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