月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

奇跡

フィギュア336-1


まだフリー演技の興奮が治まらぬ思いのうちに、ソチ五輪のエキシビションが始まる。とにもかくにも、出場すべき選手たちが顔を揃え、和やかに談笑しながら練習しているのを伝え聞くのは、こころ嬉しいものである。

浅田選手と高橋選手の選出に異を唱える者は誰もいないだろう。メダリストたちの演技を喰う、花のあるパフォーマンスで観客たちを魅了するだろうことは、想像に難くない話だからだ。

今にして思い出しても、バンクーバーのエキシビションは酷いものだった。これは過去記事(→『エキシビションの衝撃』)を参照していただきたいが、カナダは過剰すぎるほどのてんこ盛りの演出で、女子金メダリストだけをこれでもかと持ち上げたが、その違和感と異様な雰囲気は虫唾が走るおぞましさだった。

ロシアもまた今回、不正採点云々とソルトレーク再来のような過激さでかの国から責め立てられているが、今更何をという冷徹さで「厳正かつ公平」とISUに一蹴されている。自国開催のアドバンテージはもう、どんなスポーツにおいても、どうしようもない永遠の課題であることは間違いないのだが、限りなく不可解なフィギュアの採点については、もはや一朝一夕に片付かない問題ばかりで、政治絡みマネ・ゲーム絡みのどす黒い裏話をこれ以上選手たちになすりつけて語るのは、とりあえず避けたいところではある。
(無論、ISUの云う「厳正かつ公平」に納得している訳ではないし、まさきつねも過去記事でさんざんその不可思議さについては述べてきた。不可解なジャッジがスポーツ競技としての終焉であることもさんざん語ってきたが、結局は組織や運営側の問題である以上、今は選手のなし得た偉業について、焦点を当てて話したい。)

浅田選手の六種類の三回転ジャンプ八回を組み込んだフリー演技は、まさに奇跡だった。
そしてこれほどの演技に、何色のメダルも授与されないという点で、彼女の成し遂げた偉業は伝説になった。

「無冠の女王」という言葉も聞いたが、ストイコの「今夜の主役は真央」というつぶやき通り、女子フリーの一夜に君臨したのは、早い滑走順で登場して、まだ観客の集中も高まっていない会場をたった四分間であっという間に支配してしまった浅田選手のパフォーマンスだったのだ。

だが、先ほども述べた不可解なISUのジャッジは、これほどの演技に対しても142.71点という得点しか与えなかった。今季の浅田選手の自己最高得点というお題目はついているが、(理解し難い)回転不足判定はさておいて、見た目まったく失敗のない内容に対しても、バンクーバーの金メダリストが出したフリー最高点150.06は超えさせないという決まりでもあるのか、本当にわずかな出来栄え点とアンダーローテの牽制で、今の現役女子選手の誰もなし得ない神演技に、数字の上ではあまりにも平凡きわまる評価を押しつけてきたのだ。

最終的にキム選手の144.19点とソトニコワ選手の149.95点が浅田選手のフリー演技を上回った訳だが、もはや笑止千万、かの国の採点調査要請に同意するつもりはさらさらないが、もし再審査が行われるのであれば、この浅田選手のフリー演技こそ、それこそジャッジの威信をかけて採点し直されるべきというものだろう。

勿論、再審査などISUのみならずIOCが何があろうと許可する筈もないのだが、いずれにせよ無冠に終わった浅田選手のフリー演技は、それゆえにこそ怖ろしいまでの異彩を放って後世に残されることになったと言わざるを得ない。

なぜなら、今の現役選手たちを含め、今後五輪や世界選手権を目標としていく女子フィギュア選手の多くにとって、この前人未到と思えるほど男子選手並みの構成を持つフリー演技が、女性の身体能力の極限を行使した最高難度のレベルと分かっていても、それでもメダルを獲得できないという矛盾を内包するが故に、あえて挑戦する価値が低いといういささか複雑な選択を迫られる最終目標として、五輪の歴史の中に鎮座することになってしまったからなのだ。

本来、優秀なスポーツ選手であるなら誰であれ、先人の遺した最も偉大な功績を自らのポテンシャルによって乗り越えてゆくことを、まずは第一の努力目標としたいところだろう。

今回の浅田選手の演技が(たとえジャッジがどんなにミソをつけたところで)得点や順位などの数字で表れた採点などものともしない現在最高峰のレベルであること、ほかのどの選手にも生半可な追随を許すものではないことは、もはや自明の理になった。タチアナコーチの礼賛の言葉だけではなく、世界各国の著名フィギュア選手たちから口々に浅田選手に寄せられた賛辞が何よりも、ISUのジャッジ以上の「厳正かつ公平」な評価を下したと判断せざるを得ないからだ。

それにもかかわらず、後進たちが今後この演技構成のレベルに挑戦するだけのモチベーションを、理解しがたいISUの運営やジャッジによって端から削ぎ落とされてしまったというのは、フィギュア競技の未来にとってはあまりにも理不尽かつ不幸なことで、そしてこの競技に果たして「より速く、より高く、より強く(Citius・Altius・Fortius)」という三語法のモットーを伝える五輪にふさわしいだけのスポーツ精神がどれほど残されているというのか、甚だ疑問というのが、まさきつねの見解なのである。

(並みの選手なら、五輪出場やメダル獲得で充分達成感が得られるのだろうか。まさきつねごとき素人が口を挟む問題ではないのかも知れないが、今回の五輪で男子選手たちが四回転ジャンプの挑戦にこだわったように、演技構成のコンテンツを云々する次元にまだ女子選手は達していないというのが、まさきつねにはいささか歯痒く思えてならないのだが。)

とにもかくにも、女子選手のトリプルアクセル挑戦の時代の到来は、大きく後退した。
とはいえ、浅田選手を模範とし、その演技に憧れ、(トリプルアクセルを含めた)高難度のジャンプに挑戦する後進がいなくなったということではないというのが、せめてもの救いだろう。ソトニコワ選手の記者会見発言を持ち出さずとも、おそらく多くのフィギュア選手にとって、浅田選手の存在とその偉業は、リスペクトして然るべきものとして刻まれているだろうからである。

たとえISUが口を酸っぱくして「キムの演技がお手本」と垂教し続けようとも、リプニツカヤ選手の痛快な「空白期間が長かったのでは。 私は試合でキム・ヨナ選手の試合を直接見たことがない。 最近出場した大会もすべてB級」という発言を待つまでもなく、現役選手の多くが実際に鏡鑑とすべきものの何たるかを本質的に悟っている。

数字で作られた偶像は所詮目標にはなり得ないのだ。

数字にひとは感動しない。ひとはいのちであり、いのちはいのちの昂ぶりにしか反応せず、魂はいのちの昂ぶりにしか震えないものだからである。

今回の浅田選手の演技に多くの人が感動し、涙したのは、五輪の氷上に確かに彼女のいのちの燃焼があり、いのちの煌めく瞬間があり、彼女の魂の震えに多くの人の魂が共鳴したからである。

亡き匡子さんの「フィギュアスケートは、勝った、負けたではないと思うんです。その人の生きざまをどう氷の上で見せるか。それがフィギュアスケートではないですか」という言葉が伝えられているが、畢竟、人間の生きざまが人間の魂を揺さぶり、いのちの燃える瞬間だけがいのちを熱狂させ、同じ興奮の中で同じ時間を生きている実感を与えてくれるのだ。

そしてこの感動が胸に刻まれる瞬間、それを愛と呼ぶか美と呼ぶか分からないが、光のような希望にこころが触れる瞬間、ディラックの海の揺らぎのように、何もない真空に多くのひとを巻き込む強いエネルギーが生まれるとき、奇跡は訪れるのだとまさきつねは思う。

奇跡とは、運営によって後生大事に守られている世界歴代最高点とか、メダルの数とか、胡散臭い数字が顕す記録や、人間の小賢しい計算や戦略のようなものとは一切無縁のもので、ただ人間の努力と研鑽が積み重ねた時間が一瞬の夢と引き換えるとき、神の啓示にも似た美が生まれ、いのちの純粋な輝きに共振する魂が寄り添って、同じひとつの希望をわけあうことだと、まさきつねは思う。

浅田選手は金メダルをぶら下げた五輪のアイドルにはならなかったが、メダルよりも美しい涙を湛えた奇跡のひとになった。

あなたにここにいて欲しい。

あなたにもっとこの美しい世界のいのちの片鱗を見せて欲しい。

そう願う多くの人々がいるからこそ、メダリストか否かに関係なく、彼女の周りに多くの人々が集い、今夜のエキシビションの幕が開くのだろう。

そして今夜は涙ではなく、とびきりのあなたの笑顔を見せて。


誰もがそれだけを願っている。


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我は張り詰めたる氷を愛す。
斯る切なき思ひを愛す。
我はその虹のごとく輝けるを見たり。
斯る花にあらざる花を愛す。
我は氷の奥にあるものに同感す、
その剣のごときものの中にある熱情を感ず、
我は常に狭小なる人生に住めり、
その人生の荒涼の中に呻吟せり、
さればこそ張り詰めたる氷を愛す。
斯る切なき思ひを愛す。
(室生犀星『切なき思ひぞ知る』)


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Comment

夢見 says... "はじめまして"
先日から こっそり(笑)読ませていただいております

素敵な記事を有難うございます 

浅田真央さんは金メダル以上のものがあることを
選手の魂を世界中に示してくれたと思います 

その輝きは不滅だと 
2014.02.23 14:04 | URL | #lWC87vgE [edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.02.23 20:34 | | # [edit]
まさきつね says... "順位を付けるなら"
夢見さま

初めまして。ご訪問うれしいです。
更新がいい加減な拙ブログですが、よろしくお願いします。

五輪のメダルに価値がないとは思いませんが、感動に順位は関係ないですね。
折れない心、挫けない勇気こそが讃えられるべきですね。
2014.02.23 22:25 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "不器用でも"
-さま

初めまして。秘コメ、ありがとうございます。
不器用な人…かも知れませんね。だからこそ魅力的なのでしょうね。

そういえば日本の選手はみな、どこか不器用かも知れません。でも一生懸命で、フィギュアを心から愛しているから、観客の気持ちを鷲掴みにするのでしょうね。
2014.02.23 22:31 | URL | #- [edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.02.24 10:32 | | # [edit]
まさきつね says... "愛は愛へ"
-さま

どうぞ何度でもコメントください。
浅田選手の姿に涙するお母さまの娘さんなら、きっと誰からも愛される素敵なお嬢さんにお育ちになりますよ。
ひとは、誰かを愛するひとの背中を見て、自分もほかの誰かを愛するすべを知るのですから。

愛はほかの愛へつながってゆくものです。
どうぞ、またご訪問ください。
2014.02.25 16:46 | URL | #- [edit]

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