月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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宿命

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浅田選手の進退問題が取沙汰されている。

「ハーフハーフ」は蓋し彼女らしい名言だと思うが、そう答えるこころの内もよく分かる。

ファンのためなら続けたいけど、上の人間たちのご都合主義のためならもう沢山、というのが正直な本心ではないだろうか。

フジテレビの特別番組の中で「引退について」というインタビューに答えているのを聞いていると、五輪にもう思い残すことはないのか、未練はないかといかにも次の平昌に向けて、引退を覆すような返事を待ち構えているようなアナウンサーの質問に対し、バンクーバーとソチと「ふたつ合わせると大満足」とさらりとかわし、彼女なりの達成感を素直な表現で伝えているのが印象的だった。

バンクーバーのフリーの失敗はソチで挽回し、オリンピックでしか返せないものはオリンピックで返したと彼女自身の認識をきちんと語り、「自分の目指してきたものはできました。ただメダルが獲れなかったことだけは残念です」と繰り返した最後の言葉に、浅田選手にとってのオリンピックのゴールが何であったのか、彼女の云う「集大成」が何だったのか、その片鱗がのぞいていたような気がする。

(ところで、この特別番組のインタビューといい、先日の外国特派員協会での記者会見といい、かなり核心に突っ込んだ意地悪な質問に対しても、ずいぶん受け答えが巧くなったなという感じがする。
勿論、年齢が上がって場数も踏んでいるということが一番の影響だろうが、個人の名誉や立場に対する気配りや心配りをわきまえた、それでいてどこかにペーソスのある味わいや、嫌みのないユーモアも感じさせる言葉選びが絶妙である。
そして何より、借り物でなく彼女自身の真摯な感情が滲み出ている表現、機械的でなく人間的なふくらみを覚えさせてくれる温かみのある対応が、会見場の雰囲気を優しく柔らかいものにするのだろう。
もはやいわゆる「いい子」とか「優等生」という次元ではない、円熟した有徳者の域にあるとつくづく感心する。)

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さて、もう一つ気になるのは先日からネットで話題になっているジャパン・タイムスのジャック・ギャラガーさんの記事であるが、ブロガーによってはギャラガーさんを「以前からキム・ヨナ選手を絶賛しているバイアスのかかったスポーツジャーナリスト」と捉える向きがあるようで、どうもあまり評判がよろしくない。

ギャラガーさんはご存知の方が少ないのかも知れないが、浅田選手や亡き匡子さんとも深い親交があり、客観的で公平性の高い記事で知られるジャーナリストである。
まさきつねも何度か以下のエントリーで、彼の記事の拙訳をご紹介したが、どうも隣国の選手憎しの風潮が彼に関する情報を大きく狂わせているような昨今の様相が気にかかる。

『世界で最も影響力のあるブレス』
『愛が残したもの』


とりあえず、このたびのギャラガーさんの記事も、以下、拙訳で掲載してみる。


※※※※※

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真央の頑なさがメダルのチャンスをふいにした
BYジャック・ギャラガー

ソチ、ロシア―「もし浅田陣営が今の戦略を続けるのなら、今回の五輪では大勢の人々が銀メダルなしの涙に暮れることになるだろう。おそらくはほかの色のメダルもない。」
アイスタイム2013,11,27

人生においては時として、自分自身がおのれの「最大の敵」となることがある。

忠告を受け入れず、聞きたくないことには耳を貸さないで、現実から目を背けるような場合である。

この方程式は大概彼らが、好ましくないことや恐怖、望まない選択に直面した際、大いなる失望という結果をもたらすということになる。

その典型的な例が、二度の世界チャンピオンという称号を持つ浅田真央の、ソチ五輪での試合結果である。

真央が彼女のトレードマークであるトリプルアクセルを成功させるためには、超えなくてはならない深刻な問題を抱えているということに関しては、ここ長年における周知の事実だった。しかし彼女は戦略を変更することを頑なに拒み、木曜日のフリー演技の後、最終的に6位という結果に終わることになった。

このような結果を招く必然性はそもそもなかった。だが真央の頑なさは、彼女のこだわるジャンプを成功させるよりも困難な障害となって、立ち塞がってしまったのだ。
彼女は生まれながらの才能と、優雅な気品、美しさに恵まれており、スケーターにとっては夢のような天賦の贈り物を授かっているのに。

とはいえ、もし彼女が本気で五輪の金メダルを狙っていたのなら、数年前から方針を変えて取り掛かるべきだったのだ。

アイスタイムの考えでは、真央はまず海外に拠点を移し、トップレベルの著名なコーチに師事して、その目標を達成すべきだった。たとえば、ブライアン・オーサーやニコライ・モロゾフ、フランク・キャロルといった面々に指導を受けていたら、ソチで二つ目のメダルを獲得する可能性が高くなっていただろう。

ところが、彼女が結局そうしなかったために、大いなる失望とともに帰国する羽目になってしまった。

国際的なメディアの数々は、真央を金メダルの本命と位置付けていたが、驚くべきことにその多くが、ここ一年の間彼女がトリプルアクセルを成功させることができず、重大な危機に陥っているということに注目していなかったということなのだ。これはメディアの多くが、選手の過去の戦績にばかりとらわれ、現在の状況を把握していないということに尽きる。

シングルの試合前に私が話をしたひとりの記者は、真央の苦境をよく理解しており、あまり良い結果にならないだろうと予測していた。

「彼女はスケート界に多くのものをもたらしたのに」と彼女は落ち込んだ声で悲しげに答えていた。

真央はトリプルアクセルを、団体戦だけでなく個人戦のショートプログラムでも失敗した。そして遂にフリー演技で成功させ、多くの人々を安堵させたのだが、事態はすでに終わってしまって試合は幕切れとなっていた。

真央は先週月(火)曜日の記者会見で、「私はトリプルアクセルをまったく負担と考えていない」と答えている。「それは私に強い気持ちを与えてくれ、達成感で充たしてくれ、私を定義づけるものです。勿論アクセルが全てではなく、そのほかのジャンプも演技構成として重要です。」

(会見での実際の受け答え「私は小さい頃からずっと伊藤みどり選手に憧れて、みどりさんの『次を継ごう』と思いトリプルアクセルにずっと挑戦してきました。このトリプルアクセルは私自身を強く持たせてくれるものでもありますし、試合で挑戦して成功したときは、達成感の気持ちでいっぱいになります。だから今年もトリプルアクセルをずっと挑戦してきました。今回フリーで、トリプルアクセルは(演技構成に)ずっと入っているものだったので、トリプルアクセルを飛ばないという選択肢はなく、一番の見せ場だと思っているので、絶対に外す訳にはいかなかったです、」)

この発言における問題は、ショート、フリー両方のプログラムで、冒頭のトリプルアクセルが決められないと、その後に続く演技に心理的な影響を及ぼすとそれとなく示唆している点だ。実際、二度にわたり、失敗は深い影響を与えてしまった。

水曜日に行われた女子SP演技の後、アイスバーグ・スケーティング・パレスから報道局専用バスに乗って宿舎に戻る途中、私は乗り合わせたスケートの審判員のひとりに話を聞いてみた。彼女は頭を横に振りながら、「真央はトリプルアクセルを入れる必要はなかったのに」と答えてくれた。

そして現場にいた多くの人間が、彼女とまったく同じことを考えていたことは明白だった。

悲しむべきことは、真央がこの問題に対応することを拒み、彼女自身だけでなく、彼女の多くのファンを失望のどん底に落としてしまったということだ。ショートプログラムを終えて、彼女は16位、メダルを獲得するチャンスはまず絶望的になってしまった。

あっけない幕切れだった。

私は「日本では多くの人々が、深夜寝ずの番でテレビにかじりついているのだろうに…」と思いめぐらしたものだった。

無論、木曜日に行われたフリー演技での巻き返しが救いになったと考える人々も多いと思う。しかしそれは、甘すぎる認識だ。

重圧のかからない立場での演技は、挑戦とは呼べない。端から期待がかからない分、高評価を受けることは容易いのだ。

真央が団体戦と個人戦の両方で失敗したのは、運がなかったせいだと本気で考えている人が、どれほどいるのか。

もしそうなら、それは現実を直視していないにひとしい。

たとえば真央がオーサーやモロゾフ、キャロルといったコーチに指導されていたなら、彼らは失敗したと見るや即断し、彼女と長い討論を交えただろう。

彼らはおそらく真央に対し「トリプルアクセルはもはや確実にこなすことができないと分かったのだから、演技構成を変更する必要性があると思う。新しい活路を求めて、違う方向性を見出すべきなのだ。金メダルへの近道はこれだ」と助言しただろう。

けれど問題に対応したくない人間は、こうした口出しに対し顔を背ける。そしてさらに問題を悪化させてしまうことになる。

危機に直面した人々は大抵の場合、「一体どうしてこんなことに?」と自問自答するが、実はあらかじめ予測できた問題について、充分に認識していなかったという傾向がある。

真央の場合、問題ははるか以前から目に見えていたことなのだ。
彼女はそれから顔を背けていただけなのである。


※※※※※

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いかがだろう。


まさきつねには、きわめて冷徹だが非常に理知的な分析のように思える。少なくとも文章の中に、キム選手を絡めた私利的な世論誘導といったものは感じられない。

むしろ、金メダルに値する才能のある選手として浅田選手を位置づけた上で、それ故にこそなぜ彼女にメダルがもたらされなかったか、原点に立ち返り、スポーツ戦略としての問題を掘り起こそうとしておられるとまさきつねは思う。

言葉のいくつかが手厳しく、陣営の戦略批判に徹しているのも、長い間間近に見てきた選手に対する愛情の裏返しであり、その歯痒いまでの頑なな態度、方針を変えようとしない強情さに対する苛立ちが滲んだものと理解する。

決して浅田選手への嫌悪の念や邪まな反感による、根拠のない罵詈讒謗の類いではないのだ。

そしておそらくは、このギャラガーさんの意見が、国際的な競技関係者面々が見ていた浅田陣営の戦略に対する、ごく一般的な所見ではないかと思う。

成功率の低いトリプルアクセル、それに固執する演技構成、それを変更させないコーチ陣、そしていくつもみすみす逃してきたと思われる表彰台の数々…こうした事実に対する打開策、新たな活路をと私情を挟まず冷静沈着に判断すると、拠点を甘えの効かない海外へ移し、外国人コーチへ移籍し、3Aを封印したプログラムに作り直して、五輪で勝利するための戦術を練り直すことなどが重要課題としてシビアに浮かび上がってくるのだと思う。

実際、男子の金メダリストとなった羽生選手は、オーサーコーチの元で成功率の高い四回転を武器に五輪を制した。
彼のような成功例が、ギャラガーさんがこのコラムで浅田選手が直視すべきと捉えておられる問題解決への近道なのであり、浅田選手についての理想像なのだろう。

羽生選手の若さゆえの賜物か、怖いもの知らずのアグレッシブさ、ピンチをチャンスに変える思考の柔軟さ、運を味方に付けるしたたかさ、そして心身とも王者にふさわしいタフネスさなど、まさに従来の日本選手にない、枠を超えたスケール感には圧倒させられるばかりだが、確かに他の選手たちが彼に見習うべき発想の転換は多いとは思うものの、とはいえそれが全ての選手に当てはまるかと考えるとどこかにそうとばかりは言えない、何か躊躇するものがあることは事実である。

羽生選手の特質は、まさに王者たるに必要な美点であることに間違いはないが、とはいえそれは、五輪の金メダルを獲得するための戦略として重傷視されるべき一部であって、金メダルの示す価値のすべてではない。

特に浅田選手の場合は、彼女が日本を拠点にした理由、日本のコーチに師事した経緯、そしてトリプルアクセルにこだわり続けた意味など、そのすべてが必ずしも、ソチで何が何でも金メダルを獲るということに派生しないという点に、そもそもギャラガーさんの考察する戦略的分析やメダル獲得の対応策が的外れで、「真央の頑なさ」という批判があてはまらないと、ギャラガーさんの意見に否定的な日本人の多くが感じているところだろう。

まさきつねは、浅田選手に感じる日本や郷土への強い愛着(日本的食べ物や文化、日本語、さらには亡き母や家族という存在との切っても切れないつながりを含めて)は、トリプルアクセルへのこだわりと決して無縁なものではないと考えている。

「伊藤みどり選手に憧れて、みどりさんの『次を継ごう』と思いトリプルアクセルにずっと挑戦してきた」という会見での発言は偽らざる本心だと思うが、浅田選手にとって、この特別なジャンプこそが彼女を彼女たらしめた原点なのだろうし、郷土の先輩から引き継いだ伝家の宝刀であるからこそ容易に手放せない武器であり、彼女を彼女たらしめる所以として強い心的支えとなり得る唯一のものなのだろう。

つまり彼女を、名古屋の幼いスケート少女から「浅田真央」という日本が誇る世界女王、そしてバンクーバーの銀メダリストにまで押し上げたジャンプであればこそ、絶対にプログラムから外すわけにはいかず、その成功以上にそれへの飽くなき挑戦が、おそらく母亡き後も彼女にはスケートを続けていくただひとつの意義となったのではないか。

いかにも日本的な人間的感情の優先、精神的支柱への依存、そして風土的情愛が生んだ「浅田真央」という理想的偶像に対する、実存としての合致、こうした諸々が彼女にいつしかトリプルアクセルへの頑強な固執を抱かせ、そしてトリノの時の安藤選手の四回転のように、繰り返されるマスコミの報道が浅田選手の代名詞として3Aをさらに彼女に強く結びつけた。

「金へ跳ぶ」とか「母と跳ぶ」とか煽るだけ煽った見出しで、お涙頂戴のストーリーを仕立てて、途轍もない重圧で選手を縛り、その集中を殺いでゆくのはメディアの常套手段である。

まずいことに、延々と続く物語を報道が生み出す背景には、単なる悪意だけではなく、純粋に選手を応援したいというファンの中に潜む、判官贔屓や貴種流離譚の弱者愛着の悲劇性を求める日本人特有の心情が連動していて、それがロシアの番記者も懸念した「背負いすぎ」というプレッシャー過多の悪循環をもたらし、メダル以上に負荷のかかる感動を期待する。

なくてはならないトリプルアクセル、逃げ出したくても逃げられない氷のリンク、良くも悪くも、「挑戦し続け、常に努力を怠らない真央ちゃん」を愛するファンたちの心根に深く根差した、記録よりも記憶として伝承される名や物語を好む日本的特質が、メダルそのものへの期待以上に、浅田真央伝説の誕生に拍車をかけていったのだ。

ギャラガーさんの「重圧のかからない立場での演技は、挑戦とは呼べない。」という言葉に反感を覚えるひとの多くは、たとえメダル獲得のチャンスが限りなくゼロに近かったとしても、それでも「真央ちゃんにはトリプルアクセル挑戦という重圧があるんだから」と反論したいのだろうと、まさきつねは思う。

これは振り返れば、いかに日本人の多くが浅田選手に対し、金メダル+アルファの期待をかけていたかというまさにその逆説的証拠であり、それがロシアの番記者を始めとする海外の報道記者や競技関係者たちには逆に「メダルを獲るのにトリプルアクセルは必要ないのに」とか、「そんなに何もかもひとりで背負うことはないのに」とか、「そんなに練習しなくても」「自分を追い込まなくても」といった言葉を発したくなる要因なのだろうと思うのだ。

まさきつねは決して浅田選手やファンを非難している訳ではないが、ギャラガーさんのコラムが暗に示唆しているように、浅田陣営もファンも、ソチ金メダリストの誕生以前に、トリプルアクセルの女王浅田真央の新たな伝説が生まれる瞬間を心待ちにしていたのであり、それは図らずも悲劇的なSPから奇跡的なフリー演技での復活という、この上なく振り幅の大きな不死鳥のごとき、筋書きのないドラマで現実のものとなった。

一方で、フリーでようやく成功を見たこの上なく難易度の高いジャンプへの頑固な執着が、メダルを獲りこぼす敗因だったというコラムの意見はまさにその通りで、戦略としての失敗だったと指摘されて致し方のない分析と受け入れるべき事実なのだと考える。

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さても、まさきつねだって浅田選手のトリプルアクセルへの挑戦が、メダルに結びつかなかった、だから無駄だった、無謀だった無意味だったなどと主張したい訳では一切ない。

SP演技の直後、まさきつねは拙ブログに「失敗や転倒だってどうでもいいのだ」と書いたが、まさきつねはただ、彼女の飽くなき挑戦をその孤高の戦いの行く末を、ファンの一人として粛然と見守り、大いなる意義を讃え、その芸術の価値を、感動のよって来たるところを、こころからのリスペクトとともに語りたいと思ったのだ。

メダル獲得の競争とは関係なく、浅田選手の自己限界への挑戦が、その果てのないアスリートの冒険が、やがて行き着くところに、フィギュア競技の明日があり、次世代へ繋がる希望のようなものが生まれるとこころから信じたからだ。


思うに、浅田選手が自らの演技構成を見直す視点の中に、(ギャラガーさんの考える)「戦略」としてのトリプルアクセルは初めからなかったのだとまさきつねはとらえている。

必死にジャンプを改造して、自身の回転不足を修正しても、回転不足ばかり点が下がり過ぎるルールの改正や、選手次第による判定の不公平といった、選手の側ではどうにもならない問題は常に残ってしまう。

3Aに練習時間を割かれ過ぎると、セカンドジャンプを始めほかのジャンプに取り掛かる余裕が持てなくなってしまう。

いくら天才の彼女といえど、あまりにも抱える課題が多すぎて、解決の糸口もつかめないまま、さらにのしかかる重圧や期待、そして心身の疲労、練習に次ぐ練習、そして結果の出ない試合…四面楚歌の状態の中ではとても、トリプルアクセルを戦略的に有効な武器として受けとめることはできなかっただろうと思うのだが、それでも絶対に手放せなかったその理由は、彼女にとってもはやトリプルアクセルは、彼女の抱える「宿命」になっていたのではないかと感じられるのだ。

トリプルアクセルはもはや彼女と表裏一体、運命共同体のような浅田選手の一部だったということなのだろう。

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「宿命」のトリプルアクセルは、結局、五輪金メダルの夢から彼女を遠ざけ、彼女と彼女を愛するファンともども悲しみの淵に追いやり、SPの悪夢に苦悩する一日をもたらすこととなった。

フリーでの復活はまさに奇跡だが、そこに「戦略」としての選択はなく、ただ「宿命」への恭順がメダル獲得ではなく、アクセル成功の夢を叶えるための一歩と変えたのは神の皮肉か、それともギャラガーさんに言わせればそれも、「甘過ぎる認識」でしかないのだろうか。


夢は定まらない欲望の欠片だ。

五輪に出たい、メダルを獲りたいというあどけないスケート少女の夢を、日本の希望に変えていったのは、伊藤みどり選手から引き継いだ浅田選手のトリプルアクセルと、その挑戦に向かって前向きに努力するアスリートの姿だった。

そして努力が実を結び、この上ない奇跡を氷上に呼び覚ました時、日本の希望は世界中のフィギュア・ファンをうならす感動の演技となって、観衆の脳裏に焼き付くこととなったのだ。

夢の行く末は誰も想像し得ないものだったが、メダルというかたちを持たなかったが故に、永遠にはるかな憧れとして語り継がれる伝説になった。

浅田選手の宿命-トリプルアクセルは、永遠に手の届かない夢の母胎となり、五輪史上にメダルなき挑戦という物語を残した。

宿命は時として、人を苦しめ人に仇をなすが、忘れ得ぬ夢との再会を約してくれることもある。

浅田選手のトリプルアクセルは,幼い彼女の懐かしい夢がまだほんの欠片に過ぎなかったころ、日本中誰もが初めて出逢った純真な感動にもう一度めぐり会わせてくれ、あのはるかな昔から今も変わらずに挑戦をし続けるアスリートの魂に、繰り返し寄り添わせてくれたのだ。


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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ああ固い氷を破つて突進する、一つの寂しい帆船よ。あの高い空にひるがへる、浪浪の固體した印象から、その隔離した地方の物侘しい冬の光線から、あはれに煤ぼけて見える小さな黒い獵鯨船よ。孤獨な環境の海に漂泊する船の羅針が、一つの鋭どい意志の尖角が、ああ如何に固い冬の氷を突き破つて驀進することよ。
(萩原朔太郎『ああ固い氷を破つて』)


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Comment

stupsi says... "はじめまして"
まさきつね様、はじめまして。
素敵な記事をありがとうございました。
ギャラガー氏のコメントは辛口の内容と聞いていたので
自分で日本語訳をする勇気がありませんでした。
氏の真央選手のお母様急逝の際の記事も興味深く拝見しました。

>言葉のいくつかが手厳しく、陣営の戦略批判に徹しているのも、長い間間近に見てきた
>選手に対する愛情の裏返しであり、その歯痒いまでの頑なな態度、方針を変えようと
>しない強情さに対する苛立ちが滲んだものと理解する。

仰る通り、欧米らしい合理的な戦略観を持った方なりの良心ある意見表明だと思います。
私も昨シーズンくらいまでは、3Aなしでノーミスの演技の方が
より表彰台の高いところに近づけるのではと思ってました。

ただ『そして、その瞬間へ』の中で書かれていた、タラソワ先生に「(2011年のモスクワ世界選手権で再会したとき) 3Aは世界で真央しかできないジャンプなのだから、きっと入れてね」と言われたエピソードや、真央選手がテレビ番組で、色々とみてもらったことのあるスピリチュアル女子大生CHIEさんの「トリプルアクセルは匡子さんと一緒に作り上げた思い出。ずっと拘ってオリンピックで成功させた姿を見て天国でも喜んでいると思います。・・・以下、略」 というツイートから察するに、真央選手にとってトリプルアクセルは大切な人との絆の証でもあったのかもしれません。
あるいは真央選手の名言「浅田真央から逃げることはできない」をトリプルアクセルに置き換えれば分かりやすいのか?彼女にとっては、トリプルアクセルは彼女自身でもあったのか・・・

きっと、こういう頑迷さ・こだわりを理解できない・・・という人は日本人であろうと、なかろうと
其れなりの数はいることでしょう。
でも私は彼女のこぼした涙の前に、何も言えなくなってしまうのです・・・栄光でも名誉でもない、彼女が本当に手に入れたかったものを思うと・・・
真央選手の人生は日本人平均寿命からすれば、まだ人生の1/4。
どんな選択になっても、真央選手には喜びと笑顔があふれる人生を過ごしてほしいです。
2014.03.03 06:26 | URL | #U6M1AWu2 [edit]
yomi says... "ギャラガー氏に言いたい"
何時も素晴らしい記事をありがとうございます。
今回の記事もフムフムと思いながらみさせていただきました。
さて、
ギャラガー氏の記事をみて、感じたこと、ですが
それは、
彼のおっしゃることは、もう、ずいぶん前からファンの間でも
何度も言われてきたことであり、ご意見に対しての感想は
「そんなことは、もう、百も承知なのですよ、ギャラがーさん」
ということです。
オリンピック競技である、スポーツであるかぎり、
結果を求めなければ、メダルを目指さなければ、というのはごもっとも
そして、メダルを狙うスポーツ選手なら、絶対必要だという内容もごくごくあたりまえなことだと思います。
それでも、あえて言いたいのは、その当たり前が全く通用しないのがフィギュアであり、この競技の順位のつけ方になんの価値もみいだせないのではないですか?
と言う事です。
もし、真央さんが2Aで挑んでいたとしたら?
ギャラがーさんの言うようなながれになっていたでしょうか?
私は、絶対にありえないと思います。
戦略を立てて成功させるためには、フィギュアに関して言えば
国を挙げての強力なロビー活動が絶対に不可欠であることは明明白白。
そして、
国内のスケ連の行動を振り返れば、内部の人間までも、新聞のコラムで訳の分からない、浅田選手の評価をたれながし、大事なプレシーズンに自国の選手をおとしめる
まるで、逆ロビー活動かのような状況がつづいていました、
テレビでは、スケ連の委員である元スケーターたちは、
真央さんは、3Aと3-3をプログラムに入れなければ勝てない、など、
ギャラガー氏が聞いたらひっくりかえるような話が延々放送されていたのです。
真央さんとコーチの戦略など、あったとしても、そんなものは全く機能しなかった
と考えます。
また、磨いてきたSSや、それに伴い手に入れた流れのあるジャンプに対する評価は
どうだったでしょうか?
今シーズン、全選手のPCSが上がったことに伴って、真央さんのそれも上がったにすぎない、としか思えない程度の物だったと思います。
国を挙げて取り組んだロシアの選手達のPCSは、オリンピック直前から突然、うなぎのぼりでした。あれだけの急激な好評価を真央さんが自分の力だけで受けることができたとは到底思えません。
フィギュアは、特に女子は、GOEとPCSが全てを凌駕する競技であり、
その恩恵を受ける選手には、決して自力ではなれないとしかおもえない。

では、選手はいったい何を目標に頑張ればいいのでしょう?

己の限界を目指し、それを達成する。
もう、真央さんには、これしか残っていなかったのではないでしょうか。

ギャラガー氏のおっしゃるご意見は、
フィギュアがまともな競技としてちゃんと運営されているスポーツであれば、
実現可能な話であり、彼こそ、本当の現実から目をそらした考え方しか述べていない
と感じました。

真央さんのフリーは素晴らしかった、
まともな採点であれば、あのフリーで、メダルに届いたと、私はおもいます。
そして、絶対評価であれば、滑走順が早いから…
などと言う理由で、あんなに低いPCSはありえない…

ギャラガーさんがイメージしてるほど日本人ファンの心理は単純ではないとおもいます。
大変長々失礼いたしました。





2014.03.03 09:12 | URL | #- [edit]
Sally says... "3A"
まさきつね 様

ご無沙汰しております。ギャラガー氏の記事読ませていただきました。
私も常々、“真央嬢、あなたはジャンプの浅田真央じゃないよ。
それはあまりに自分を低く評価しすぎ。”と思っていました。
3Aは確かに先シーズンまでは、まだ準備ができていないのに、
頑なに試合でも入れている時期があったと思います。
でも今回のフリーでの3Aを見て、
あーきっと練習ではこういう3Aをコンスタントに跳べていたんだろうな。
そりゃあ試合でも跳びたいと思うだろうなと感じました。
だからこそ佐藤コーチもここまでくれば、このオリンピックという舞台で、
跳ばせてやりたいと思われたのではないかと推測します。
ただそこまでの過程で、確かに頑なに挑戦して、失敗を続けてきたので、
勝負をふいにしてきた印象を持たれていることは確かでしょうね。
私も3Aを抜いて他のジャンプを入れたところで、金メダルが取れたかというと、
それはないと思います。浅田選手の実力がうんぬんとは違う理由でです。
2014.03.03 12:36 | URL | #yG8qs2ZE [edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.03.03 13:55 | | # [edit]
まさきつね says... "浅田真央として"
stupsiさま

初めまして。コメントうれしいです。

浅田選手の3Aに関しては、なかなか簡単に語れない問題です。まさきつねもバンクーバーから数年いろいろ逡巡しました。
これがベストという選択肢はありません。タチアナプロのフリーはともかく、ショートでは3Aを封印しても好かったのではとも思いますが、今となってはすべて、たらればの話です。
母との約束のジャンプ…というスピリチュアルのお話も、さもあらんとは思いますが、これこそ個人の胸に秘すべき物語です。公けに垂れ流してしまっては、それこそフジテレビ押しの、キム選手とのライバル物語と大差ありません。

以前の記事にも書きましたが、まさきつねには彼女のトリプルアクセルへのこだわりが、使命感によるものか約束によるものか分かりません。ただ3Aを跳ぶことは、もはや「勝つため」というよりも「定めに従うため」という風に思えてなりませんでした。

あの涙、去来する万感の思いは、宿命から解放された喜びか、それとも約束を果たし得た安堵か、彼女が手に入れたものと手に入れられなかったものに対する、切なさか悔しさか…

でもきっと、彼女は自分の選択に後悔などしていないでしょう。彼女は最初から最後まで、浅田真央としてなすべき選択をしたのですから。
2014.03.03 16:25 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "ギャラガーさんについて"
yomiさま

コメントありがとうございます。
ギャラガーさんに仰りたいことに関しては、まさきつねには何ともお返事できないのですが…

ただ、ギャラガーさんのご意見が、たとえそうしたとしてもメダルが手に入れられたかどうか誰にも分からないように、そのほかの選択でも結果はもはや誰にも分からないということは、確かです。
だから、浅田選手は浅田選手の選択を貫いた、結果はどうあれ、それで選手とファンが満足しているなら、それはそれで好いのです。

しかしギャラガーさんは、冷静に競技の勝敗について、分析する必要があるスポーツ・ライターなので、彼は彼の使命に従って、そのお仕事を全うされているのです。おそらく大抵のフィギュア・ファンが呑み込んでいる、ルールの問題や不公平なジャッジメントについても、重々ご承知と思います。その上で、彼はあの記事を書かれたのです。
彼の戦略批判は、欧米の報道や競技関係者の意見としてごく普通に出てくるだろうと思われる、きわめて合理的なものですよ。勿論、yomiさまの仰るように、単純ではない日本人ファンの心理からすると、何も分かってないと反発したくなる部分は多いと思います。
ですが、それだからといって即「キム選手絶賛のバイアスがある」みたいな、選手偏向のジャーナリストの汚名を被せるのは間違いです。
その点を浅田選手ファンの多くが混同されないようと思って、まさきつねは彼の記事を取り上げたのです。
2014.03.03 16:57 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "3Aがなくても"
Sallyさま

コメントうれしいです。

3Aがどれくらい実戦に使えたか、あのフリー演技を観れば充分と感じた人間は多いと思います。
でも、それならばもっともっと、それまでのシーズン中に日本のスケ連は、世界にアピールしなければいけなかったと思います。それをしないで、アウェー舞台の五輪に送り出し、団体戦でさらに深い傷を負わせてしまった。
ギャラガーさんは浅田陣営批判ということでコラムを書かれていますが、実は彼女の後ろ盾となるべき、日本に対する批判でもあると思います。

3Aがあろうとなかろうと、浅田選手の金メダルはなかったという意見も処々で聞きます。すべて憶測ですから、どれという結論は出ませんが、いずれにしても日本の女子選手たちには、ロシアや韓国、イタリア以上の支援がなかったということは、このたびの結果がよく示していると思います。

組織やお偉方が責任逃れで口をつぐんでいるのは、いつもの彼らの常套手段です。
準備不足だったのは、浅田陣営以上に、日本のスケ連だったと思いますよ。
2014.03.03 17:13 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "すでにすべて"
-さま

秘コメいつもありがとうございます。まさきつねのような文章でも、何かのお役にたてているならこれに越したことはありません。

そう、PCSは仕分けです。どんなに建て前上の絶対評価と言ったって、最終グループに入らなければ容赦なく格下げです。実際の演技で、トランジションが振付がポジションが、どんなに美しかろうと醜かろうと、見た目で点数をはじき出しているジャッジなんかいませんよ。それが今のルールに沿った採点システムです。

浅田選手の演技、芸術、宿命と才能、そして奇跡、伝説、すべて何の後ろ盾も持たなかった彼女が、自らの孤独の中から自らの努力によって生み出したものです。
順位もメダルも不要でしょう?

クリスマス・イブに彼女は「人から与えてもらうもので欲しいものはありません」と答えたと聞きました。
彼女はすでにすべて、手にしているのですよ。

2014.03.03 17:35 | URL | #- [edit]
yomi says... ""
まさきつね様、
申し訳ありません、
少し感情的な文章だったかもしれませんが、
私自身、彼のコラムや記事が、キム選手上げの真央下げだ!
と思ったことは一度もありません。

けれど、今回の彼の記事に対して言いたいことを
こちらで書いてしまっても、全く
まさきつね様をこまらせるだけでしたね…申し訳ありません…

正直、私は、
フィギュアそのものがオリンピック競技から外れるべきじゃないか
と考えているので、
根本的に彼の今回の記事が絵空事にしか感じないだけかもしれません。

そして、わたしは、
今回の真央さんの演技には感動しましたが、満足も納得もしていません(笑)

それは真央さん自身とは何のかかわりもない所に対する思いですので、
これまた、ギャラガー氏の考えが、至極真っ当なものと理解しながらも、
やはり、絵空事と感じる気持ちに嘘はつけないです。

彼のお仕事に対する姿勢にたいして、おかしな汚名を着せるような意見(こんなものがあることも、今初めて知ったのですが、)に対しては、断固おかしい!とおもいますよ。

まさきつね様の記事は、
いつもほんとうに楽しみにしています。
また、お邪魔させていただきたいと思っていますが、
今回は勇み足だったと反省しています。

ではでは、長文再投稿失礼いたしました。



2014.03.03 18:38 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "表現を探す"
yomiさま

再度のご訪問うれしいです。
まさきつねもyomiさまが、ギャラガーさんをキム選手寄りの偏向記者と思われていると感じた訳ではないのです。ただそのように誘導操作している向きがネットにあるので、非常に遺憾に思っているのです。

フィギュアを五輪競技から外した方がというのは、やはり採点競技としてあまりに不可解だからでしょうね。ただこの点は、スノボやジャンプにも今回の五輪を観る限り、胡散臭さが漂っていましたね。
かといって、ヒューマンエラーが介在する競技を外したら、五輪でできる競技そのものがないんだそうで、何をかいわんやです。
アメリカではもはや採点がいかがわしすぎるフィギュアは過去のものです。日本もいずれアメリカに続くような気がします。

浅田選手の演技に感動したけれど、満足も納得もしていないというのは、順位や採点に関してのことでしょうか。だとしたら、まさきつねも同じです。

まさきつねが記事のUPを続けているのは、順位や採点が浅田選手の演技に追いつかなかった部分を、必死で言葉で埋めようとしている気がします。(それがたとえまさきつねの拙い表現であってもですが)
ギャラガーさんの言葉や批判にも、絵空事とまでは思いませんが、すべて納得している訳ではありません。いわゆるメタ認知として、こういう見方、意見があって当然だと思っているだけです。

同じように、まさきつねの言葉に多くのひとが納得してくださるとも思っていませんが、ひとりでも真の芸術の価値を認識してくれたらと、選手の美しい演技にふさわしい表現を探しているのです。
2014.03.03 20:02 | URL | #- [edit]
run says... ""
まさきつねさま はじめまして(だったかな?)
浅田選手が3Aを入れ続けたのは、GOEがもらえない、PCSがなかなか伸びないというのもあったのではないでしょうか。
なので3Aや高難度ジャンプを入れて基礎点を上げるという戦略しかなかったのでは。
バンクーバー後、ジャンプの見直しを始めた1~2年はミスも多く点数が伸びないのもしかたがなかったと思いますが、昨季くらいから流れのある綺麗なジャンプが跳べるようになってきていました。
でもGOEはそれまでと同じくらいしかもらえていません。
3Aを入れない構成のときでも、すごくきれいな単独2Aやフリップジャンプにもそんなに加点は付きませんでした。
もしジャンプが改造されてからもっとGOEが取れていたら、またPCSももっと上がっていたら、3Aはフリー1回だけとか調子が悪ければ入れないとかギャラガー氏が言っているような戦略にしていたかもしれません。

ずっと疑問に思っていたのですがなぜ浅田選手はGOEがとれないのか、またPCSが伸びなかったのか?
難度の高いジャンプを入れず、コストナー選手のボレロのような助走してジャンプの繰り返しのようなプログラムにしていたらよかったのでしょうか?
よく幅跳びジャンプじゃないとか、流れがないからとか言われますが、多くの選手が特にプログラム後半は幅跳びジャンプになってない、流れもそんなにないにもかかわらずGOEをもらえる人はもらっています。
もし加点をもらえている人と同じくらい浅田選手に加点していたら、そしてプラス3Aも決めてしまったら、常勝しあの銀河点を更新してしまうかもしれない。
そうなると困る人がいるのかもしれない…個人的な憶測ですが。

前回、今回の五輪を見て思ったのが国を挙げての後ろ盾がない選手、ある意味見捨てられた選手にはメダルは絶対にないということがよくわかりました。
そして公平な採点などフィギュアスケートにおいては(特に五輪では)ありえないということが。
ギャラガー氏は戦略ミスだと言っておられますが、浅田選手が3Aを捨てジャンプが跳びやすいプログラムに変え確実なジャンプだけで勝負したとしてもメダルは取れなかったと推測します。
始まるまえからメダルは仕分けされていたのです。そういうことが私のようなものでも安易に想像できるのに浅田陣営にあえて戦略うんぬんと非難するような記事を書けばここ日本では「キム絶賛のバイアスが・・・」などといわれても仕方がないのではないでしょうか。

浅田選手のフリーの演技がそういう胡散臭いものを吹き飛ばしてくれたことが、自分の中で唯一の救いになっています。長文失礼いたしました。
2014.03.03 22:46 | URL | #M.S.StbY [edit]
なべとも says... "他人が判断する事は"
まさきつね様 
いつも感心させられる的を得た記事の内容といい素晴らしい言語力といい、何故か私は以前からまさきつねさんと真央さんは似ているのでは?と感じていました。  
とてもピュアな感じ とでもいうのでしょうか。優しさと癒しが同居しているようなー。
ごめんなさい わたしの拙い言葉では伝わりませんよね。

話がそれてしまいましたが、ギャラガー氏について私は認識していなかったのですが、真央さんの事をそのように感じていたのだとすれば、一言でいうと余計なお世話かな と思います。
たとえ真央さんに対して好意を持った上での発言であったとしてもです。
何故なら「頑固」と彼が表現するときそれは欠点を意味しているからです。  
スケートの解説は結構ですが、人の性格を持ち込んで、それも欠点という形で批評したり批判したりする権利は彼にはありません。
彼とよく似ている採点恭順者といわれる人達もまずは結果論つまりはメダルが取れるかどうか
を基準にしているのでそこには感情や心の部分は語られません。
人はそれぞれ自分の視点で物事を判断するのでそれを否定する事は出来ませんが、彼の様に執拗に相手の性格を判断基準にするのは彼が稚拙な証拠なのでしょう。
と彼を批判している私もたいして変わらないのかもしれませんがー。

真央さんはジャンプに関して加点をもらえない事や回転不足を取られる事はよく分かっていて最近であればグランプリファイナルのショートがきっかけで気持ちを切り替えたような気がします。
点数はどうであれ自分が納得のいくジャンプが飛べたらそれで良し、皆さんが言ってるように
たとえ3-3を飛ぼうが3-2を飛ぼうが認定してもらえるとはあまり期待してなかったと思います。
真央さんの気持ちを考えるととても切ないのですが、ソチの最後にやりきったと思える演技が出来た事がせめてもの救いだったでしょう。と同時に採点競技における問題点やメダルでは得られない大切なものを伝えられたのですからやはり真央さんの存在の大きさを感じずにはいられません。
テレビでたけしさんが「真央ちゃんは素晴らしかった。採点なんかあんなものインチキなんだから」と言っていました。私もそう思います。
何の利害関係のない私達ファンが真実であり本当の味方です。

フィギュアスケートという芸術を伴うスポーツは時に選手に思いがけない苦しみを与えますが、その一方で多くの人に涙する感動も与えます。

真央さんについては誰もが気になリ様々な事を口にしますが、真央さんが誰かを批判した事は一度もありません。どんなに有名になっても常に謙虚で驕る事もありません。
たまに真央さんのファンと言いながら心配のあまりか忠告めいた発言をしたりもっともらしい助言をする人を目にしますが、私はとても不愉快な気持ちになります。
真央さんに忠告したり助言する人は真央さんの身近で真央さんを理解し一緒に苦楽を共にする人で充分なのです。
私達ファンはいつも暖かい目で彼女を見守り応援し続けていくのが大事なのでは?と思います。
最後にまさきつねさんが以前と変わらぬ愛情あふれるブログを続けてくださった事に感謝します。なんかそこも真央さんと共通しているようなー。





 
2014.03.03 23:27 | URL | #.FQRBWWQ [edit]
きんくま says... "宿命の3A"
初めてお便りします。
心地よい静けさの漂うブログを毎回楽しみにしています。
浅田選手の3Aを戦略的に分析すればギャラガー氏の言う通りなのかもしれません。
いえ、それは浅田選手のファンにも充分に分かっていた事です。
浅田選手は2Aでも戦える選手です。
メダルの欲しくない選手などいません。ましてやオリンピックともなればなおさらです。

宿命の3A
たしかにそうなのかもしれません。
2Aに留めていた試合では、1位でも嬉しそうではありませんでした。
浅田選手のなかでは何か足りない、達成感の無いもののようでした。
としたら最後はもう、選手自身の強い想いかな、と。

高橋選手にしても、足のケガを考えれば何も4回転を絶対に飛ばなくても良かったのでは、と思います。
ショートは4回転にしても、まわりの状況を見てフリーは3回転で完成度を上げるとか…。
それこそモロゾフがいたのですから。(まあ、男子は4回転をバンバン飛ぶ選手ばかりだったので女子とは状況が違いますが)

それでも、私たちファンは浅田選手は3Aから、高橋選手は4回転から決して逃げない事も分かっていました。
羽生選手にしてもフリーでは(本番では)まだ成功率の良くない4回転サルコーを入れ続けています。
4Sが失敗しても他で点を取れる構成ですが、絶対に他で失敗しないとは言えません。
舞台はオリンピックですから。

私の個人的な感想ですが世界的なコーチ達も日本人選手の誠実で一途な想いには勝てないのかな、などと勝手に思っています。
でも、ただ勝てばいい的なものよりこころ打たれます。あくまでも私は、ですが。

う~~ん、むつかしいですね。
感動と勝負と選手の想い、ファンの想い、ただ、ギャラガー氏については私もあまり良い印象がなかったので、また違う目で見る機会を与えていただきました。

最近怒涛の更新で嬉しく思っています。


2014.03.03 23:54 | URL | #- [edit]
momo says... ""
まさきつね様、こんばんは。
私もこのジャック・ギャラガー氏 の記事の邦訳を、以前別のところで読みました。フリーの演技後の感動も冷めやらぬ時だったので、非常に違和感と不快感を覚えました。感想は先にyomiさま がコメントされていますが、まったく同感です。
ジャック・ギャラガー氏は浅田家とも親交があり、匡子さんが亡くなった時にはとても素敵な追悼の記事を書いてくださっていましたが、時々不可解な記事を書く人?というイメージがあります。
一番ひどいと思ったのは「重圧のかからない立場での演技は、挑戦とは呼べない。端から期待がかからない分、高評価を受けることは容易いのだ。」のくだりです。あのとき浅田選手にかかっていたとてつもなく大きなプレッシャーを思うと、この文だけでも人として許せないと感じてしまいます。オリンピックはメダルを取ること以外には意味がないということを前提に分析しているのでしょうが、もはやこのフィギュア界の状況でその分析は何の役に立つのでしょう。
ソチ五輪の前に浅田選手の口から目標は金メダルとの声は聞いた記憶がありません。私の心配は専ら、今回も浅田選手が金メダルを目指して取れなかったらどうしよう、金メダルなど目指さないでほしいということでしたが・・・。笑
推測するに、多くのファンがソチでは浅田選手が自分の思い描く最高の演技をして笑って終えてほしいということを一番に考えていたのではないでしょうか。メダルがついてきたらそれはそれでうれしいことですが。
グランプリファイナルのショートの試合を観戦しましたが、その後のインタビューで点数は気にしていないと浅田選手は言っていました。もはやそう言うしかない状況だったと思います。とても悲しいことですが。
私たちはいろいろ憶測でしかものは言えませんが、何十年か経ったあとで、縛りがすべて無くなってしまった時(そんな時がくるといいのですが)に、浅田選手から本当の思いを聞くことができるといいなとよく思います。でも、スポーツマンらしく、「終わったことですから」と何も語らないことも予想できますが・・・。
今回も長々とすみませんでした。(__) まさきつね様の浅田選手の記事を読むとなぜかコメントしたくなります。お許しください。

2014.03.04 02:46 | URL | #- [edit]
シュシュ says... ""
何度もごめんなさい。

私が考えるのは、反省すべきだったのは誰かといえば、それは一人の若い日本のスポーツ選手を護れず、四面楚歌のまま戦いの場に出してしまった、私たち一人ひとりなんではないか、と思うのです。

なぜソトニコワを護ろうとするロシアのように、バーチュー・モイヤー組やチャンを押し上げたカナダのように、デービス・ホワイト組をプッシュしたアメリカのように、浅田選手をしてあげれなかったのか。高橋選手や羽生選手は護られたのに、なぜ浅田選手はダメだったのか。

それにはご本人が知らず知らずのうちに国際問題の矢面に立たされてしまったという現実があると思います。そしてあまりにも輝いているために、標的にされたと。
皇族や政治家のように護るものがあればまだしも、具体的に物理的に護ってくれるものがなにもない普通のアマチュア選手(人気だけは絶大な)なのに。

しかも内側から明らかに足をひっぱられていました。

こういう状態を放置してきた私たち日本人は、選挙に関われる機会の多かった順番に反省すべきだと思います。

具体的な護りさえできない、しかも内側からでさえ攻撃されるのに、戦いに出て勝ってこいと送り出してしまった私たち。

浅田選手が素晴らしい演技をしてくれ、私たちは感動させてもらいましたが、何を返せたでしょうか。
彼女を愛するならば、ただただ感動し、余韻にひたり、コレまでどおり遠巻きにだけ傍観しながら応援するというふうに、終わってよいものではないと私は思います。
一人ひとりが、日本というものについて、今一度考えるべきなんじゃないかと、僭越ながら、そして、何の力にもなれなかった私自身の課題と反省として、そう思う次第です。
2014.03.04 23:33 | URL | #- [edit]
シュシュ says... ""
なぜか上記記事より前の投稿は反映されないので、内容的に変になってしまい、すみません。
長すぎたのかもしないので二つに分けて、再度投稿させていただけたら、と思います。
何度も申し訳ありません。

ギャラガーさんは残念がっておられる、私もそう思いました。しかし、

「採点が公平である」

この前提が成立していれば、ギャラガーさんの言うとおりだと私も思います。
しかし、どうだったでしょうか。
浅田選手が佐藤コーチの助言にしたがって3Aをはずして、素晴らしい演技をしたときの点・・・
無論、浅田選手とて、本心では金メダルはほしかったに違いありません。
3Aさえとべればいい、というのではなく、3Aまでいれて、自分が最も高い構成を全ての面でハイレベルに実現できる選手れあることを証明しなければ、キムやコストナーのような選手と同等に戦わせてはもらえないという「ジャッジング上の現実」もあったのではないかと私は思います。

浅田真央が3Aをとばず、FSでは2Aにしておき、SPでは3F-3Lo、3Lz、2Aないし3F-3T、3Lz、2Aをとべば、勝たしてもらえたか?残念ながら否であることは、バンクーバー五輪前までの採点で既に証明されています。
どっちみち、あの採点傾向ではキム、コス、(五輪ではロシアの女子)の大きなミス待ちでなければメダルには予定されていなかったのであろうと思います。
ジャッジが後になって言っていることは、全ては後付の言い訳でしょう。

戦略でどうにかなったかといえば、事ここに至っては、真央さんのモチベーション自体を維持するには、あのFSの構成の達成しか、残されていなかったのではないか、と思います。

それと、羽入君について。
彼はFSで今期一度も着氷さえ成功のない4Sにチャレンジしましたよ。そして4Sと3Fを転倒し、飛びすぎ違反で3Sがキックアウトになるという大きなミスを3つしてしまいました。
彼がそれでも勝てたのは、結局はチャンはじめライバル選手が、より大きなミスを連発してくれたこと、そして、PCSにおいて日本ロビーの恩恵を一身に受け、一流選手以上の高い評価を得ることができていたためでしょう。
ちょうどトリノの荒川静香のように。そしてPCSについてはソトニコワ選手やキム選手のように。

2014.03.04 23:51 | URL | #xhB5F9B2 [edit]
シュシュ says... ""
(先ほどのつづきです)
ただ、私もまさきつねさんのように真央さんを愛する人が、戦略でどうかなったのではないかと惜しむ気持ちはわかります。私も真央さんが世俗的な評価、つまり金メダルをも胸にかざってもらいたかったと思うので、なんとかならなかったか、と思う気持ちは本当に良くわかります。

しかし、ソルトレイクからみまもる者としては、どうあっても難しかったのだろうとも思います。
もし、あえて戦略というか、こうであれば真央さんが金メダルをとれただろうと思うのは
まず(荒川選手にはわるいですが)荒川選手がトリノで銅ぐらいで金をとっていないこと(日本の連盟が男子金ではなく女子金をめざすので)
つぎに、韓国が平昌五輪の顔にプルシェンコのソチを真似してキムを選ばないこと(韓国からの圧力がなくなるので)
さらに、久永さんの失脚がないことが必要(日本ロビーが一時期非常に衰退したため)
そして、日本のマスコミやスケート連盟が韓国よりではなく、普通に日本人女子を応援する状況であること
という環境が必要だったと思います。

しかしそれは無理であったとしてできたことといえば、
第一に、真央さんがアルチュニアンではなく、オーサーとトレーシーにつくべきだった (トレーシーのほうから声がかかっていたので)
第二に、タラソワと関わるべきではなかったこと(タラソワとかかわらりカナダから厳しい扱いを受けるようになった)
第三に、バンクーバー2年前まで、目立たないよう潜伏し、五輪でのみ完璧な演技をすべきだったこと
第四に、ジャッジの見本選手になるよう、強力にロビーしてもらうべきだったこと

今の技術ほどでなくとも、これらの条件を満たしていれば、きっと金メダルをとれたでしょう(3Aを転倒したぐらいではアドバンテージはかわらないから)。
ルールも真央さんよりになったでしょうし、エッジエラーについてもむしろリップの取り締まりが厳しい時代のままだったかもしれません(トリノ五輪直前までは、そうでしたから)。



2014.03.04 23:56 | URL | #mQop/nM. [edit]
シュシュ says... ""
(つづき2)
しかし、これだと真央さんは今ほど卓越した選手にはならなかったかもしれないし、今ほど愛される選手でもなかったかもしれません。そして、今ほど体制側から微妙な扱いをうけることもなかったでしょう。

何が良かったか、後から語るのは簡単ですが、真央さんとて、これほどまでの苦難の道でなくてもいけるのなら、そっちにいったのではないでしょうか。
真央さんが3Aをやめたら、とたんに平凡な選手扱いされ、終わった過去の遺物、小さいころにだけ3Aを飛べていた選手扱いされていた、と、私は思います。
もちろん、真央さんの3Aへのこだわりを利用された面もあるとも思います。

(勿論、まさきつねさんの記事ではそのようには一切おもいませんが、)私は一部マスコミが、今の公平とはいえない選手の扱いのもとで、ジャッジングの結果に基づいて選手の技術やその陣営を批判することには非常に疑問を覚えています。


評価は未来にあずけるのがいいのではないでしょうか。
伊藤みどりさんみたいに。(真央さんは偉業という点で、伊藤みどりさんを受け継ぎ、そして最早、はるかに超えた、と私は思います。)
2014.03.04 23:58 | URL | #mQop/nM. [edit]
つぐみ says... "これは報道ではなく"
まさきつね様
ギャラガー氏の記事に対して、一歩引いて考える機会を与えてくださって、ありがとうございます。

でも、ソチの結果すべてを浅田選手の性格的な「欠点」に帰するような論調は、客観的でも公正でもない、と私には思えます。

冒頭から、「忠告を受け入れず、聞きたくないことには耳を貸さないで、現実から目を背ける」って、ものすごく決め付け、非難していますね。

そこまで部外者に言われるほどのことか、と私は思うのです。だって結果は本人が背負っているのに。

あえて部外者といいます。そもそもこの記事、彼はたいして取材していません。仲間の記者と審判からちょっとおしゃべり程度の感想を聞いたこと、それからこれまでの自分の印象で、記事を書いています。浅田選手はもちろん、関係者にも取材していません。

ご紹介いただいた以前の記事は、ボブ・グリーンを思わせる「心温まる」ヒューマンストーリーでした。いかにもアメリカのコラムニストが書きそうな記事、です。ここにある記事を拝見して思ったことは、彼は「客観的で公正なジャーナリスト」ではないということです。

むしろ、感情的で思い入れの強いコラムニストです。

 彼にとって浅田選手のストーリーはあくまでコラムのネタ。感情をあおるようなコラムが書ければ、対象が浅田だろうが、キムだろうが、誰でもいいのかもしれません。
 そういう意味では、買収もされていなければ、偏向もしていないかもしれませんが、客観的で公正な「報道」をするジャーナリストの記事と受け止めるのはいかがなものでしょう。

結論として、この記事は皮相的で、真実を探る努力もみられなければ、問題意識もなく、スポーツ選手個人の性格を非難する後味の悪い、そして出来の悪いコラムだと、思います。
2014.03.05 09:40 | URL | #CQytC6ZQ [edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.03.05 11:55 | | # [edit]
miya says... "戦略"
戦略としては、確かにSPでは確実なジャンプでミスなくが鉄則なのかも知れませんね。
3Aは今期、きれいに飛べたのは一回だけ、なのに回転不足判定。やはり、失敗が許されないSPでは避けるべきだと海外の人に言われても仕方ないかとも思います。特に、団体戦で失敗の後でさらに重圧になっていたでしょうから。でも、選択するものではなかったのでしょうね。真央ちゃんとしては。
曲も助けにならなかったのかとも思います。しっとり見せるプログラムでありつつ、密度が濃い。なんか心が整っていないと難しいのかもと。
3A失敗後、最後まで気持ちが挽回できず・・・。決まると本当に美しいプログラムなのですが、OPって難しいものですね。色んなピースがはまらないと勝てない。(FPでの点数の出方を見ると点数は出してもらえなかったとは思いますが、真央ちゃんが目指したノーミスのためでもね。)
それにしても、オーサー、モロゾフ、キャロルってみんな、あまり好きじゃない・・・。
でも、計算高い陣営がプロデュースするとどんな化学反応があるのか?っていうのも興味あるかも。オーサーだけはやっぱ、受け入れられそうもないけれど・・・。
2014.03.06 19:04 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "文脈的短絡さ"
runさま

初めまして(のようです)。コメントありがとうございます。
トリプルアクセルについて新しい記事を書きました。またご感想いただけると幸いです。

メダルの仕分け云々はある程度、フィギュア競技のファンや競技関係者の中では知られている傾向ですが、仕分けが実際どの段階で、ジャッジやISUの中で決定されているか、複雑な話だと思います。特定の選手だけを常に特別に下げているということではなく、その時々の都合に合わせて上の人間が好き勝手やっているという印象です。
いずれにしても、神聖なジャッジにおいて絶対にあってはならない話だとは思いますが。

浅田陣営を批判する記事を書いただけで、「キム絶賛のバイアスが…」といわれても仕方がないという認識は、まさきつねには簡単に受け入れがたいことです。
まさきつねは以前、浅田選手のプロのエロティシズムについて記事にしたところ、「変態」呼ばわりされたことがあります。それに近い文脈的短絡さ、思慮の浅さを感じるのです。
2014.03.06 23:07 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "愛情が高じて"
なべともさま

ご訪問うれしいです。

浅田選手に似ているというのは大変光栄なご意見ですが、多分違うでしょう(笑)。でも「争い事が嫌いです」という点はそっくり同じです。

「頑固」という言葉に関して、各人の受けとめ方が違うということはよく分かります。言葉や表現に対するアレルギー反応は、常に人それぞれですから。
ですから、新しいエントリーでまさきつねなりに思うところを書きました。
ギャラガーさんに対する考え方も、人それぞれ違っていて当然のことです。まさきつねは必要以上に彼を擁護する気はないのですが、事実でない悪口が横行してしまうと、真実を判断する眼を奪われると考え、いろんな角度からの意見に耳を傾けることを、皆さまにお奨めしているだけなのです。

ファンがやきもきして、いろいろ口出しをするのは…というのは、まさきつねも耳が痛いところです。人間誰でも、愛情が高じてお節介してしまう、世話焼きおばさんみたいな部分がありますのでね…でも、浅田選手は最終的にはいつも、自分で最善という選択をしますから、(批判もお節介もなんのその)あまりご心配しなくても大丈夫だと思いますよ。
2014.03.06 23:26 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "3A問題は"
きんくまさま

初めまして。ご訪問うれしいです。
怒涛の更新も、もうそろそろ怪しくなってきました(笑)。

トリプルアクセルは難しい問題です。男子の四回転問題以上です。何しろ、挑戦する選手がことごとくいなくなってしまいましたから。ISUの思惑通りですね。

ギャラガーさんのことも含め、新しい記事を書きました。
またご感想いただけると嬉しいです。
2014.03.06 23:30 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "いつか、真実だけが"
momoさま

コメントうれしいです。
新しいエントリーで、ギャラガーさんの記事や3Aについて再度書きましたので、またご感想いただけると嬉しいです。、

サッカーの本田選手が「代表について良いように書かないで」と言っていましたが、結局、本物のアスリートや真の芸術家というのは、誰が何をどう批判しようと関係ない、むしろ、それが成長するバネになるのかなという気がしました。
無論、あまりに的外れな批判や誹謗中傷はあってはならないことですが。

何年か後にはいつか、真実だけが残るでしょう。
2014.03.06 23:40 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "胸が詰まる"
シュシュさま

たくさんコメントいただき、恐縮です。
トリプルアクセルに関しては新しいエントリーで書きましたので、またご感想いただければ幸いです。

日本が選手の後ろ盾として、あまりにも機能していなかったという点は、まさきつねも同感です。ロシアはしっかり準備万端、メダル獲得のために用意を整えていました。
橋本聖子さんが次回の平昌は自国開催と思って…と仰っていましたが、その覚悟が何故今回のソチにできなかったのか、ぜひ聞いてみたいものです。

とはいえ、反省すべき点はまさきつねにもあると思っています。
だからこそ、浅田選手の「恩返し」という言葉に胸が詰まります。
2014.03.06 23:49 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "耳が痛いです"
つぐみさま

コメントありがとうございます。
「頑固」云々などのギャラガーさんの言葉の選択を含め、いろいろ思うところを新しいエントリーに書きました。つぐみさまには、まさきつねとは違うなあという点が処々あるかも知れませんが、受けとめ方は人それぞれ違うのが当然ですから、そのようにお考えください。

ギャラガーさんが記事を書くのに、たいした取材していないというのは、そのようなお話をどちらかでお聞きになったことがあるのでしょうか。まさきつねは彼の情報網や取材範囲までは分かりません。
どれほど取材したかどうか文章中に描写がなくても、あちこち聞き込みしたり情報を集めたりする熱心な方はいますから、まさきつねには判断しかねております。

「客観的で公正」であることと「感情的で思い入れが強い」ことは、両立しないものでしょうか。まさきつねにも耳の痛い話です。まさきつねもずいぶん「感情的で思い入れが強い」エントリーを書き散らしてきました。「変態」とまで言われましたから。
ですが「主観的」な意見を書く上でも、「客観的で公正」な状況判断は心がけてきたつもりなのです。

「コラムのネタ」という点も同じく耳が痛いです。浅田選手はじめフィギュア選手をネタに、ブログを書いているということでは、まさきつねもギャラガーさんと同じです。ジャパンタイムスの記者と一介のブロガーでは、無論影響力も意味もまったく違うかも知れませんが、「もの書き」という姿勢では同等ですから…

ギャラガーさんを必要以上に擁護するつもりはまさきつねにはないのですが、文章を書く立場としてつい、援護してしまっているのかも知れませんね。
2014.03.07 00:14 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "自由に使ってください"
-さま

いつもコメントうれしいです。
新しいエントリーも読んでいただければと思います。
ジャッジの改善は一朝一夕には難しいと思います。プルシェンコがISU上層部に加わるとか、大きな変革者が現れたら変わるかも知れませんが。

あの写真はPhote Funiaという画像加工サイトを使って作られたものです。巧く出来ているでしょう。
まさきつねの下手くそなイラストはどうぞお好きにご使用ください(笑)。まさきつねもいつかTシャツか何かにしたいなと思ったことがあるのですが、文章と同じで、描き散らしては放り出しています。
2014.03.07 00:26 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "違う化学反応"
miyaさま

コメントありがとうございます。
まさきつねはバンクーバーのときと同じように、SPもタチアナコーチのプロだったらと思ったりしました。強い気持ちが持てたのかもと。でもこんな所感も、所詮たらればですからね…終わってから四の五の言うのは、禁句かも知れません。

オーサー、モロゾフ、キャロル、みんなお嫌いですか(笑)。皆、一癖ふた癖ありますものね。
オーサーだめですか。団体戦のとき、同じブースにいるオーサーと浅田選手を見て、まさきつねはそれほど嫌悪感を持ちませんでしたよ。何しろミスター・トリプルアクセルですからね…アクセルの女王と通じ合う部分もあるのかなという気がしました。

浅田選手は、もし組んだらどのコーチとも、何かしら違う化学反応を起こすような気もします。ピュアな選手ですから、どんな色にも染まるかも知れないですよ。
2014.03.07 00:41 | URL | #- [edit]

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