宿命

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浅田選手の進退問題が取沙汰されている。

「ハーフハーフ」は蓋し彼女らしい名言だと思うが、そう答えるこころの内もよく分かる。

ファンのためなら続けたいけど、上の人間たちのご都合主義のためならもう沢山、というのが正直な本心ではないだろうか。

フジテレビの特別番組の中で「引退について」というインタビューに答えているのを聞いていると、五輪にもう思い残すことはないのか、未練はないかといかにも次の平昌に向けて、引退を覆すような返事を待ち構えているようなアナウンサーの質問に対し、バンクーバーとソチと「ふたつ合わせると大満足」とさらりとかわし、彼女なりの達成感を素直な表現で伝えているのが印象的だった。

バンクーバーのフリーの失敗はソチで挽回し、オリンピックでしか返せないものはオリンピックで返したと彼女自身の認識をきちんと語り、「自分の目指してきたものはできました。ただメダルが獲れなかったことだけは残念です」と繰り返した最後の言葉に、浅田選手にとってのオリンピックのゴールが何であったのか、彼女の云う「集大成」が何だったのか、その片鱗がのぞいていたような気がする。

(ところで、この特別番組のインタビューといい、先日の外国特派員協会での記者会見といい、かなり核心に突っ込んだ意地悪な質問に対しても、ずいぶん受け答えが巧くなったなという感じがする。
勿論、年齢が上がって場数も踏んでいるということが一番の影響だろうが、個人の名誉や立場に対する気配りや心配りをわきまえた、それでいてどこかにペーソスのある味わいや、嫌みのないユーモアも感じさせる言葉選びが絶妙である。
そして何より、借り物でなく彼女自身の真摯な感情が滲み出ている表現、機械的でなく人間的なふくらみを覚えさせてくれる温かみのある対応が、会見場の雰囲気を優しく柔らかいものにするのだろう。
もはやいわゆる「いい子」とか「優等生」という次元ではない、円熟した有徳者の域にあるとつくづく感心する。)

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さて、もう一つ気になるのは先日からネットで話題になっているジャパン・タイムスのジャック・ギャラガーさんの記事であるが、ブロガーによってはギャラガーさんを「以前からキム・ヨナ選手を絶賛しているバイアスのかかったスポーツジャーナリスト」と捉える向きがあるようで、どうもあまり評判がよろしくない。

ギャラガーさんはご存知の方が少ないのかも知れないが、浅田選手や亡き匡子さんとも深い親交があり、客観的で公平性の高い記事で知られるジャーナリストである。
まさきつねも何度か以下のエントリーで、彼の記事の拙訳をご紹介したが、どうも隣国の選手憎しの風潮が彼に関する情報を大きく狂わせているような昨今の様相が気にかかる。

『世界で最も影響力のあるブレス』
『愛が残したもの』


とりあえず、このたびのギャラガーさんの記事も、以下、拙訳で掲載してみる。


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真央の頑なさがメダルのチャンスをふいにした
BYジャック・ギャラガー

ソチ、ロシア―「もし浅田陣営が今の戦略を続けるのなら、今回の五輪では大勢の人々が銀メダルなしの涙に暮れることになるだろう。おそらくはほかの色のメダルもない。」
アイスタイム2013,11,27

人生においては時として、自分自身がおのれの「最大の敵」となることがある。

忠告を受け入れず、聞きたくないことには耳を貸さないで、現実から目を背けるような場合である。

この方程式は大概彼らが、好ましくないことや恐怖、望まない選択に直面した際、大いなる失望という結果をもたらすということになる。

その典型的な例が、二度の世界チャンピオンという称号を持つ浅田真央の、ソチ五輪での試合結果である。

真央が彼女のトレードマークであるトリプルアクセルを成功させるためには、超えなくてはならない深刻な問題を抱えているということに関しては、ここ長年における周知の事実だった。しかし彼女は戦略を変更することを頑なに拒み、木曜日のフリー演技の後、最終的に6位という結果に終わることになった。

このような結果を招く必然性はそもそもなかった。だが真央の頑なさは、彼女のこだわるジャンプを成功させるよりも困難な障害となって、立ち塞がってしまったのだ。
彼女は生まれながらの才能と、優雅な気品、美しさに恵まれており、スケーターにとっては夢のような天賦の贈り物を授かっているのに。

とはいえ、もし彼女が本気で五輪の金メダルを狙っていたのなら、数年前から方針を変えて取り掛かるべきだったのだ。

アイスタイムの考えでは、真央はまず海外に拠点を移し、トップレベルの著名なコーチに師事して、その目標を達成すべきだった。たとえば、ブライアン・オーサーやニコライ・モロゾフ、フランク・キャロルといった面々に指導を受けていたら、ソチで二つ目のメダルを獲得する可能性が高くなっていただろう。

ところが、彼女が結局そうしなかったために、大いなる失望とともに帰国する羽目になってしまった。

国際的なメディアの数々は、真央を金メダルの本命と位置付けていたが、驚くべきことにその多くが、ここ一年の間彼女がトリプルアクセルを成功させることができず、重大な危機に陥っているということに注目していなかったということなのだ。これはメディアの多くが、選手の過去の戦績にばかりとらわれ、現在の状況を把握していないということに尽きる。

シングルの試合前に私が話をしたひとりの記者は、真央の苦境をよく理解しており、あまり良い結果にならないだろうと予測していた。

「彼女はスケート界に多くのものをもたらしたのに」と彼女は落ち込んだ声で悲しげに答えていた。

真央はトリプルアクセルを、団体戦だけでなく個人戦のショートプログラムでも失敗した。そして遂にフリー演技で成功させ、多くの人々を安堵させたのだが、事態はすでに終わってしまって試合は幕切れとなっていた。

真央は先週月(火)曜日の記者会見で、「私はトリプルアクセルをまったく負担と考えていない」と答えている。「それは私に強い気持ちを与えてくれ、達成感で充たしてくれ、私を定義づけるものです。勿論アクセルが全てではなく、そのほかのジャンプも演技構成として重要です。」

(会見での実際の受け答え「私は小さい頃からずっと伊藤みどり選手に憧れて、みどりさんの『次を継ごう』と思いトリプルアクセルにずっと挑戦してきました。このトリプルアクセルは私自身を強く持たせてくれるものでもありますし、試合で挑戦して成功したときは、達成感の気持ちでいっぱいになります。だから今年もトリプルアクセルをずっと挑戦してきました。今回フリーで、トリプルアクセルは(演技構成に)ずっと入っているものだったので、トリプルアクセルを飛ばないという選択肢はなく、一番の見せ場だと思っているので、絶対に外す訳にはいかなかったです、」)

この発言における問題は、ショート、フリー両方のプログラムで、冒頭のトリプルアクセルが決められないと、その後に続く演技に心理的な影響を及ぼすとそれとなく示唆している点だ。実際、二度にわたり、失敗は深い影響を与えてしまった。

水曜日に行われた女子SP演技の後、アイスバーグ・スケーティング・パレスから報道局専用バスに乗って宿舎に戻る途中、私は乗り合わせたスケートの審判員のひとりに話を聞いてみた。彼女は頭を横に振りながら、「真央はトリプルアクセルを入れる必要はなかったのに」と答えてくれた。

そして現場にいた多くの人間が、彼女とまったく同じことを考えていたことは明白だった。

悲しむべきことは、真央がこの問題に対応することを拒み、彼女自身だけでなく、彼女の多くのファンを失望のどん底に落としてしまったということだ。ショートプログラムを終えて、彼女は16位、メダルを獲得するチャンスはまず絶望的になってしまった。

あっけない幕切れだった。

私は「日本では多くの人々が、深夜寝ずの番でテレビにかじりついているのだろうに…」と思いめぐらしたものだった。

無論、木曜日に行われたフリー演技での巻き返しが救いになったと考える人々も多いと思う。しかしそれは、甘すぎる認識だ。

重圧のかからない立場での演技は、挑戦とは呼べない。端から期待がかからない分、高評価を受けることは容易いのだ。

真央が団体戦と個人戦の両方で失敗したのは、運がなかったせいだと本気で考えている人が、どれほどいるのか。

もしそうなら、それは現実を直視していないにひとしい。

たとえば真央がオーサーやモロゾフ、キャロルといったコーチに指導されていたなら、彼らは失敗したと見るや即断し、彼女と長い討論を交えただろう。

彼らはおそらく真央に対し「トリプルアクセルはもはや確実にこなすことができないと分かったのだから、演技構成を変更する必要性があると思う。新しい活路を求めて、違う方向性を見出すべきなのだ。金メダルへの近道はこれだ」と助言しただろう。

けれど問題に対応したくない人間は、こうした口出しに対し顔を背ける。そしてさらに問題を悪化させてしまうことになる。

危機に直面した人々は大抵の場合、「一体どうしてこんなことに?」と自問自答するが、実はあらかじめ予測できた問題について、充分に認識していなかったという傾向がある。

真央の場合、問題ははるか以前から目に見えていたことなのだ。
彼女はそれから顔を背けていただけなのである。


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いかがだろう。


まさきつねには、きわめて冷徹だが非常に理知的な分析のように思える。少なくとも文章の中に、キム選手を絡めた私利的な世論誘導といったものは感じられない。

むしろ、金メダルに値する才能のある選手として浅田選手を位置づけた上で、それ故にこそなぜ彼女にメダルがもたらされなかったか、原点に立ち返り、スポーツ戦略としての問題を掘り起こそうとしておられるとまさきつねは思う。

言葉のいくつかが手厳しく、陣営の戦略批判に徹しているのも、長い間間近に見てきた選手に対する愛情の裏返しであり、その歯痒いまでの頑なな態度、方針を変えようとしない強情さに対する苛立ちが滲んだものと理解する。

決して浅田選手への嫌悪の念や邪まな反感による、根拠のない罵詈讒謗の類いではないのだ。

そしておそらくは、このギャラガーさんの意見が、国際的な競技関係者面々が見ていた浅田陣営の戦略に対する、ごく一般的な所見ではないかと思う。

成功率の低いトリプルアクセル、それに固執する演技構成、それを変更させないコーチ陣、そしていくつもみすみす逃してきたと思われる表彰台の数々…こうした事実に対する打開策、新たな活路をと私情を挟まず冷静沈着に判断すると、拠点を甘えの効かない海外へ移し、外国人コーチへ移籍し、3Aを封印したプログラムに作り直して、五輪で勝利するための戦術を練り直すことなどが重要課題としてシビアに浮かび上がってくるのだと思う。

実際、男子の金メダリストとなった羽生選手は、オーサーコーチの元で成功率の高い四回転を武器に五輪を制した。
彼のような成功例が、ギャラガーさんがこのコラムで浅田選手が直視すべきと捉えておられる問題解決への近道なのであり、浅田選手についての理想像なのだろう。

羽生選手の若さゆえの賜物か、怖いもの知らずのアグレッシブさ、ピンチをチャンスに変える思考の柔軟さ、運を味方に付けるしたたかさ、そして心身とも王者にふさわしいタフネスさなど、まさに従来の日本選手にない、枠を超えたスケール感には圧倒させられるばかりだが、確かに他の選手たちが彼に見習うべき発想の転換は多いとは思うものの、とはいえそれが全ての選手に当てはまるかと考えるとどこかにそうとばかりは言えない、何か躊躇するものがあることは事実である。

羽生選手の特質は、まさに王者たるに必要な美点であることに間違いはないが、とはいえそれは、五輪の金メダルを獲得するための戦略として重傷視されるべき一部であって、金メダルの示す価値のすべてではない。

特に浅田選手の場合は、彼女が日本を拠点にした理由、日本のコーチに師事した経緯、そしてトリプルアクセルにこだわり続けた意味など、そのすべてが必ずしも、ソチで何が何でも金メダルを獲るということに派生しないという点に、そもそもギャラガーさんの考察する戦略的分析やメダル獲得の対応策が的外れで、「真央の頑なさ」という批判があてはまらないと、ギャラガーさんの意見に否定的な日本人の多くが感じているところだろう。

まさきつねは、浅田選手に感じる日本や郷土への強い愛着(日本的食べ物や文化、日本語、さらには亡き母や家族という存在との切っても切れないつながりを含めて)は、トリプルアクセルへのこだわりと決して無縁なものではないと考えている。

「伊藤みどり選手に憧れて、みどりさんの『次を継ごう』と思いトリプルアクセルにずっと挑戦してきた」という会見での発言は偽らざる本心だと思うが、浅田選手にとって、この特別なジャンプこそが彼女を彼女たらしめた原点なのだろうし、郷土の先輩から引き継いだ伝家の宝刀であるからこそ容易に手放せない武器であり、彼女を彼女たらしめる所以として強い心的支えとなり得る唯一のものなのだろう。

つまり彼女を、名古屋の幼いスケート少女から「浅田真央」という日本が誇る世界女王、そしてバンクーバーの銀メダリストにまで押し上げたジャンプであればこそ、絶対にプログラムから外すわけにはいかず、その成功以上にそれへの飽くなき挑戦が、おそらく母亡き後も彼女にはスケートを続けていくただひとつの意義となったのではないか。

いかにも日本的な人間的感情の優先、精神的支柱への依存、そして風土的情愛が生んだ「浅田真央」という理想的偶像に対する、実存としての合致、こうした諸々が彼女にいつしかトリプルアクセルへの頑強な固執を抱かせ、そしてトリノの時の安藤選手の四回転のように、繰り返されるマスコミの報道が浅田選手の代名詞として3Aをさらに彼女に強く結びつけた。

「金へ跳ぶ」とか「母と跳ぶ」とか煽るだけ煽った見出しで、お涙頂戴のストーリーを仕立てて、途轍もない重圧で選手を縛り、その集中を殺いでゆくのはメディアの常套手段である。

まずいことに、延々と続く物語を報道が生み出す背景には、単なる悪意だけではなく、純粋に選手を応援したいというファンの中に潜む、判官贔屓や貴種流離譚の弱者愛着の悲劇性を求める日本人特有の心情が連動していて、それがロシアの番記者も懸念した「背負いすぎ」というプレッシャー過多の悪循環をもたらし、メダル以上に負荷のかかる感動を期待する。

なくてはならないトリプルアクセル、逃げ出したくても逃げられない氷のリンク、良くも悪くも、「挑戦し続け、常に努力を怠らない真央ちゃん」を愛するファンたちの心根に深く根差した、記録よりも記憶として伝承される名や物語を好む日本的特質が、メダルそのものへの期待以上に、浅田真央伝説の誕生に拍車をかけていったのだ。

ギャラガーさんの「重圧のかからない立場での演技は、挑戦とは呼べない。」という言葉に反感を覚えるひとの多くは、たとえメダル獲得のチャンスが限りなくゼロに近かったとしても、それでも「真央ちゃんにはトリプルアクセル挑戦という重圧があるんだから」と反論したいのだろうと、まさきつねは思う。

これは振り返れば、いかに日本人の多くが浅田選手に対し、金メダル+アルファの期待をかけていたかというまさにその逆説的証拠であり、それがロシアの番記者を始めとする海外の報道記者や競技関係者たちには逆に「メダルを獲るのにトリプルアクセルは必要ないのに」とか、「そんなに何もかもひとりで背負うことはないのに」とか、「そんなに練習しなくても」「自分を追い込まなくても」といった言葉を発したくなる要因なのだろうと思うのだ。

まさきつねは決して浅田選手やファンを非難している訳ではないが、ギャラガーさんのコラムが暗に示唆しているように、浅田陣営もファンも、ソチ金メダリストの誕生以前に、トリプルアクセルの女王浅田真央の新たな伝説が生まれる瞬間を心待ちにしていたのであり、それは図らずも悲劇的なSPから奇跡的なフリー演技での復活という、この上なく振り幅の大きな不死鳥のごとき、筋書きのないドラマで現実のものとなった。

一方で、フリーでようやく成功を見たこの上なく難易度の高いジャンプへの頑固な執着が、メダルを獲りこぼす敗因だったというコラムの意見はまさにその通りで、戦略としての失敗だったと指摘されて致し方のない分析と受け入れるべき事実なのだと考える。

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さても、まさきつねだって浅田選手のトリプルアクセルへの挑戦が、メダルに結びつかなかった、だから無駄だった、無謀だった無意味だったなどと主張したい訳では一切ない。

SP演技の直後、まさきつねは拙ブログに「失敗や転倒だってどうでもいいのだ」と書いたが、まさきつねはただ、彼女の飽くなき挑戦をその孤高の戦いの行く末を、ファンの一人として粛然と見守り、大いなる意義を讃え、その芸術の価値を、感動のよって来たるところを、こころからのリスペクトとともに語りたいと思ったのだ。

メダル獲得の競争とは関係なく、浅田選手の自己限界への挑戦が、その果てのないアスリートの冒険が、やがて行き着くところに、フィギュア競技の明日があり、次世代へ繋がる希望のようなものが生まれるとこころから信じたからだ。


思うに、浅田選手が自らの演技構成を見直す視点の中に、(ギャラガーさんの考える)「戦略」としてのトリプルアクセルは初めからなかったのだとまさきつねはとらえている。

必死にジャンプを改造して、自身の回転不足を修正しても、回転不足ばかり点が下がり過ぎるルールの改正や、選手次第による判定の不公平といった、選手の側ではどうにもならない問題は常に残ってしまう。

3Aに練習時間を割かれ過ぎると、セカンドジャンプを始めほかのジャンプに取り掛かる余裕が持てなくなってしまう。

いくら天才の彼女といえど、あまりにも抱える課題が多すぎて、解決の糸口もつかめないまま、さらにのしかかる重圧や期待、そして心身の疲労、練習に次ぐ練習、そして結果の出ない試合…四面楚歌の状態の中ではとても、トリプルアクセルを戦略的に有効な武器として受けとめることはできなかっただろうと思うのだが、それでも絶対に手放せなかったその理由は、彼女にとってもはやトリプルアクセルは、彼女の抱える「宿命」になっていたのではないかと感じられるのだ。

トリプルアクセルはもはや彼女と表裏一体、運命共同体のような浅田選手の一部だったということなのだろう。

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「宿命」のトリプルアクセルは、結局、五輪金メダルの夢から彼女を遠ざけ、彼女と彼女を愛するファンともども悲しみの淵に追いやり、SPの悪夢に苦悩する一日をもたらすこととなった。

フリーでの復活はまさに奇跡だが、そこに「戦略」としての選択はなく、ただ「宿命」への恭順がメダル獲得ではなく、アクセル成功の夢を叶えるための一歩と変えたのは神の皮肉か、それともギャラガーさんに言わせればそれも、「甘過ぎる認識」でしかないのだろうか。


夢は定まらない欲望の欠片だ。

五輪に出たい、メダルを獲りたいというあどけないスケート少女の夢を、日本の希望に変えていったのは、伊藤みどり選手から引き継いだ浅田選手のトリプルアクセルと、その挑戦に向かって前向きに努力するアスリートの姿だった。

そして努力が実を結び、この上ない奇跡を氷上に呼び覚ました時、日本の希望は世界中のフィギュア・ファンをうならす感動の演技となって、観衆の脳裏に焼き付くこととなったのだ。

夢の行く末は誰も想像し得ないものだったが、メダルというかたちを持たなかったが故に、永遠にはるかな憧れとして語り継がれる伝説になった。

浅田選手の宿命-トリプルアクセルは、永遠に手の届かない夢の母胎となり、五輪史上にメダルなき挑戦という物語を残した。

宿命は時として、人を苦しめ人に仇をなすが、忘れ得ぬ夢との再会を約してくれることもある。

浅田選手のトリプルアクセルは,幼い彼女の懐かしい夢がまだほんの欠片に過ぎなかったころ、日本中誰もが初めて出逢った純真な感動にもう一度めぐり会わせてくれ、あのはるかな昔から今も変わらずに挑戦をし続けるアスリートの魂に、繰り返し寄り添わせてくれたのだ。


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 ああ固い氷を破つて突進する、一つの寂しい帆船よ。あの高い空にひるがへる、浪浪の固體した印象から、その隔離した地方の物侘しい冬の光線から、あはれに煤ぼけて見える小さな黒い獵鯨船よ。孤獨な環境の海に漂泊する船の羅針が、一つの鋭どい意志の尖角が、ああ如何に固い冬の氷を突き破つて驀進することよ。
(萩原朔太郎『ああ固い氷を破つて』)


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