月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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燃えあがる忍耐で武装して

フィギュア341-20


「こういう五輪という大きな舞台で日本代表としてメダルという形でできなかったと思いますが、自分が目指しているフリーの演技ができたので、本当に、結果としてはよくはなかったと思うけれど、私なりの恩返しができたと思います。」



ある程度予想はしていたものの、やはり前のエントリーで取り上げたギャラガーさんの記事は、拙ブログのコメント欄にもいくらかの波紋を広げている。

彼の記事のインパクトが強すぎるためか、まさきつねが前のエントリーでお伝えしたかったことの主旨が皆さまに届いているのか、いささか心もとなく思う。
まさきつねはあくまで、彼の記事にあるような「戦略」としてのトリプルアクセルに対比させて、まさきつねが感じた浅田選手の「宿命」としてのトリプルアクセルについて語りたかったのだ。

とりあえず、いただいたコメントへのご返事と合わせて、再度トリプルアクセルに関するエントリーをあげてみる。


フィギュア341-4


まずは、ギャラガーさんに関して、まさきつねの拙訳も影響しているかも知れないが、日本のフィギュア・ファンにはいささか、彼の記事にある耳障りな表現や容赦のない言葉選びがお気に障るのも、致し方ないことだと思う。

ご理解いただいているとは思うが、まさきつねは別に、ギャラガーさんの意見に同調している訳ではない。

前の記事からの繰り返しになるけれども、彼のような見方や意見は、欧米のスポーツ・メディアではごく一般的な認識で語られるであろう内容なのだ。
メダル獲得を前提として戦略批判をされているのも、端から五輪出場選手の演技についての分析なのだから、ある意味では当然のことであるし、それがスポーツ・ジャーナリストの職務なのだ。

ギャラガーさんが確信犯的に手厳しい表現を各所に用いられているのかどうか、まさきつねには分からないけれども、それでもまさきつねは彼の言外に、「真央はメダルを獲れたのに」「本当は誰よりもメダリストになるべき選手なのに」といったお気持ちが滲んでいるように思われてならない。
「感情的で思い入れの強いコラムニスト」というお見立ても、ことさら否定しようとは思わないが、それこそ浅田選手に対する気持ちの深さの表れで、対象をコラムのネタとしてぞんざいに扱っているというとらえ方には、少しずれを感じる。
(加えてまさきつねは、彼は「感情的で思い入れが強い」から「客観的で公正ではない」という文脈が成立するとは思わないのだけれども…そう言われたら、まさきつねだって相当思い入れの強い文章を書き散らしてはいるが、客観的で公正な状況把握だけは心がけて努めている…つもりなのだけれども。)
ましてや、彼がコラムで浅田陣営に批判的な意見を述べたからといって、「キム選手絶賛のバイアスが」という冠を安易につけるのは、あまりにも非論理的で不合理だ。

とはいえ、こうした見方受けとめ方もあくまでもまさきつねの主観なので、ほかの方々がそうは思えないと感じられるのは、それはそれで構わない。

ひとにはそれぞれ、自身の感性があり、見解がある。

とはいえ一方で、「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という、一般的にはヴォルテールの言葉として知られる名言があるように、自己の主観を大事にしながらも、常に他者の主観を尊重する客観性が重要なのであり、こうした俯瞰的な対象の把握が、メタ認知能力による理性の制御として必要なのだ。

耳に痛い記事や個人的な感想を、受けとめる側が不愉快だと感じるのはどうしようもないことだが、世界的にはこのような観点や批判もあるということを、メタ認知として受容することが、自分自身の思考や見解をよりクリアにして、主張の輪郭を明快にするためのクレバーな方法のひとつではないかと、まさきつねは思う。


もうひとつ驚いたのが、ギャラガーさんの「頑な(頑固)」という表現に対し、まさきつねが考えていた以上の反発を覚えるファンが多かったと見受けられ、それは勿論、頑固という言葉が、一般的に性格的な欠点を示すという認識に基づいていると思われる。

確かに通念的に頑固とは、他人に譲歩せず、融通性がなく、傲慢で柔軟性がないといったいわゆる偏屈な性向としての欠陥を指摘する言葉だろう。

だがまさきつねの知る限り、浅田選手を「頑固」と指摘したのはギャラガーさんが初めてではなく、とくに有名な事例では田村明子さんが、バンクーバー五輪前後の記事において「私たちが見ている浅田真央という選手は、19歳のたおやかで可憐な肉体を持った若い女性だ。だがその中には、頑固で骨太の武人の魂が入っているのではないか。」という感想で書かれている。

これはタチアナコーチの振付したプログラム『鐘』が、当初あまりにも成績が悪く、彼女には似合わないと評価が低かったため、各処から変更した方がいいという声が上がり、タチアナコーチ自身も揺れ動いていたにもかかわらず、浅田選手本人が「音楽は替えません。まだ納得のいく演技ができていないのに、そう簡単に替えられない」と、初心を貫いたエピソードの一節にあるもので、田村さんは無論、浅田選手の性格的な欠点というよりも、「いったんはじめたことを途中で放棄できない」彼女の人となりとして述べられているものだ。

カート・ブラウニングさえ当時「いい演技ができないからこそ、プログラムを変える。フィギュアスケートの世界ではそれが普通の考え方」と方針を変えない浅田陣営を批判していたが、フィギュア界の常識さえものとせず、周囲の見解など気にもとめず、自己の選択を貫く浅田選手の姿勢はこの時以来、世界的に意志堅固=頑固という定評が広まったに違いない。

実際、浅田選手自身はどう考えているかといえば、テレビのヴァラエティ番組で彼女自身が「スケートのことに関してですけど、結構頑固だと思います」と答えていたから、自覚もあるし、おそらく周囲にも知られているという認識もあるのだろう。

こうした周知の話からまさきつねはてっきり、今や多くのひとが欠点云々ということではなく、浅田選手のパーソナリティとして「頑な(頑固)」という特質を受けとめており、それを踏まえてのギャラガーさんの記事と考えていたので、やはり少しばかり、コメントをいただいた方がたよりは、ギャラガーさんの言葉に対するアレルギー反応の頻度が違っていたかも知れない。

勿論、田村さんは浅田選手の「頑固」を「武人の魂」という言葉で好意的に受けとめているので、ギャラガーさんの「メダル獲得に失敗した要因」とするのでは、180度意味が異なると言われれば、それは確かにその通りだ。
だが、ギャラガーさんにしても、端から真央の頑固さを人間的な欠点と主張されたかったのではなく、その頑固な姿勢は今回のメダルを目指すアスリートとしては妨げになったという、おそらく世界的なスポーツ・ジャーナリストたちが抱いた共通認識を代弁されたコラムだった気がするのだ。

まあ、このようなことをまさきつねが憶測で延々お伝えしたところで、各人がギャラガーさんや彼の記事にもたれた印象が変わると思ってもいないし、そのような意図で延々書き連ねているわけでもないので、その点はご了承願いたい…お断りしておくが、まさきつねはもともと拙ブログで、彼について援護めいたことを書きたいのではなく、浅田選手について記事を書きたいのだから。





フィギュア341-21

ところでここ数日、まさきつねが不思議に思っていることがあるのだが、寄せられるコメントの中でもいくつかお目にかかったのだけれど、「浅田選手は3Aを跳ばなかったらメダルはなかった」、「3Aを跳んでもメダルはなかった」、「3Aを跳ばなくてもメダルはなかった」といった、何だかどれも似ているようで少しずつ違う所見の数々である。

これこそ悲喜こもごも入り交じり、混乱してなかなか整理のつかないファン心理をよく表わした、人それぞれの言葉かなとしみじみ感じているのだが、いずれにしても、合理性のない採点システムや不公平性の拭えないジャッジメントが改善されない限り、3Aを跳ぼうと跳ぶまいと初めから良い結果がもたらされる筈はなかったのではないかという観点からの、悲観的な認識という風にまさきつねは受けとめている。

そしてファンの気持ちが帰結するのは、メダルなど獲れなくても真央ちゃんが自分の思う最高の演技をして、笑顔で終わってくれたらということに尽きるのだが、まさにソチ五輪は、こうした観衆の祈りそのものを具現化したかたちで終幕することになったわけである。

浅田選手の一夜の復活という奇跡が生んだ感動は、実際、順位も得点も記録も関係ない、その芸術性の高い演技ゆえのものだが、それでは浅田選手がこだわってきたトリプルアクセルは、多くのひとが仰るように、メダル獲りには関係のない武器なのだとしたら、一体あのジャンプそして3Aを含むエイトトリプルは何だったのだろう。


フィギュア341-17


まさきつねは、浅田選手は無論、あくまでメダルを狙うためのプログラムとしてトリプルアクセルの入った演技構成をとらえていたと思う。
だが彼女が、絶対にトリプルアクセルを入れないと勝てないと考えていたかどうかは、分からない。

現実的にはトリプルアクセルを跳ばない試合でも、彼女は台乗りしている。勿論、出場選手が違うから、単純に結果をスライドするということは出来ない。
だから、よりトップ・レベルの選手が集まる五輪までに、トリプルアクセルの精度を高めて入念に備えたということなのだろうが、3Aなしでの勝算も(少なくとも佐藤コーチの)視野にあったという気はする。
それでも、トリプルアクセルが浅田選手の士気を高めるためにも必要ということで、プログラムから外せない意志の一致が、陣営の方針として固まっていったのだろう。

こうして徐々に、切っても切れない宿縁となったジャンプとともに陣営は、より基礎点の高い強靭なプログラム作りを目指したと思うが、それでは最終的に結果はどうなったのか。

ソチ五輪のフリー採点をもう一度確認してみると、以下の通り。


フリー採点  基礎点    GOE     PCS     計
ソトニコワ   61.43  + 14.11  +  74.41  =  149.95
キム      57.49  + 12.20  +  74.50  =  144.19
浅田      66.34  +  6.69  +  69.68  =  142.71


誰もがもうご承知のこととは思うが、GOEもPCSも金銀メダリスト両選手に比べると、格段に低い。
PCSはさておいても、圧倒的に高い基礎点の差をあっけなく縮めてしまうGOE(出来栄え点)など、もはや暴挙に等しい。

どんな難度の高いジャンプに挑戦したところで、跳び上がりや着氷後の流れがどうとか、飛距離が伸びないとか、ランディングの姿勢が悪いとか、いくらでもけちをつけようと思えば、知ったかぶりの素人でも机上(だけ)で云々できるが、見た目誰にでも分かるステップ・アウトやお手付き、転倒の類いでもない僅かな瑕(と言えればのレベルだけれども)を、重箱の隅をつつくように数値化したところで、単なる数字による後付けの印象操作としか、まさきつねには思えない。

あの次々に成功した、ゴージャスでダイナミックなジャンプ八回を、こんな僅かなGOEで評価したのかと思うと、日々少しでも質のいいジャンプを跳びたいと練習を重ねる選手たちの努力など、端から尊重して讃える気持ちはほんの欠片も、ジャッジたちにはないんだなとつくづく呆れてしまう。

こんなプロトコルを見せつけられると確かに、浅田選手ももっと難度の低い演技構成で完成度をジャッジにアピールする戦術を取った方が、メダル獲得のためには効率が良かったと、誰でもため息をつきたくなるだろう。

「3Aを跳んでもメダルはなかった」、「3Aを跳ばなくてもメダルはなかった」と、ファンたちが侃侃諤諤、思いの丈を吐きだしたくなる気持ちも分かるというものである。

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ギャラガーさんへの反論と思われるコメントの中にもあったのだけれど、浅田選手にとってトリプルアクセルは自分のモチベーションを保つためにも重要であり、そのためにもプログラムから外すわけにはいかなかったという見解は、ある程度まさきつねも、さもあらんと思うところである。

さらにひとつだけ、まさきつねがギャラガーさんに異議を申し立てるなら、浅田陣営は五輪までずっと3A頼みの戦略を変更しなかった訳ではなく、たとえばフリーの演技構成などはソチ五輪前と実際の五輪演技とではジャンプの組み合わせをがらりと変えて、トリプルアクセルによる精神的負荷を軽減する工夫をしているということだ。


五輪前の浅田選手のジャンプ構成は以下の通り。

3A
3A+2T
3Lz
2A+3T
3S
3F+2Lo+2Lo
3Lo


そしてソチでは次の通り。

3A
3F+3Lo
3Lz
2A+3T
3S
3F+2Lo+2Lo
3Lo

この変更は、決して難度を下げるという方向ではなく、基礎点をさらに上げ、三回転ジャンプの回数を七回から八回へ増やすという、全体的なグレードアップを図ったもので、リスク回避のためではない。
しかし、トリプルアクセルの連続ジャンプというプレッシャーは軽減される分、メンタル的に非常にバランスのとれた、豪華な印象の構成となっていると思う。加えて、三回転‐三回転の連続ジャンプの復活は、シニアデビュー当時の彼女を思い出させて、ファンには長らく待ち望んだ内容となった。

さても、これだけ詰め込まれたプログラムを、これまで女子選手の誰も成功させた例はない。

トリプルアクセルが跳べない選手にはまず真似の出来ない組み合わせなのだから、完成度だの出来栄えだのと、いくらなりふり構わぬお題目を唱えたって、それじゃお手本を見せてくれ(お手本になる選手なんてどこにもいないでしょ?)と換算レジをたたくしか能のないジャッジに文句のひとつも云いたくなるのが道理だろう。

しかも浅田選手は、このエイトトリプルのプログラムを、あの悲惨なSP結果を抱えたわずか一日後に、見事な復活で熟してみせたのだ。
日本中、誰もが、リンクから逃げ出したくなるんじゃないか、もう演技に向かうだけのモチベーションも、ジャンプするバイタリティも消え失せてしまったんじゃないかと憂慮し、胸を痛め、落胆から立ち上がれない思いで見守る中、彼女は一縷の望みを捨てることなく、自分を叱咤し、鼓舞し、絶望的な状況を打開するトリプルアクセルと渾身の演技で、観衆の祈りに応えてみせたのだ。

ギャラガーさんの「重圧のかからない立場での演技は、挑戦とは呼べない。端から期待がかからない分、高評価を受けることは容易いのだ。」という表現に、ファンが過敏に反応して拒絶したくなる気持ちはよく分かる。

(ただもう、繰り返しの繰り返しになるけれども、ギャラガーさんはあくまでメダル獲得ありきの観点でコラムを書かれているので、台乗りのプレッシャーがかかった状態では、あれだけの演技ができたかどうか分からないという釘を刺されているのだと思う。…まあ、ファンからすればそんな諫言、余計なお世話ということなのだろうけれども。そしてまさきつねも、別に殊更ギャラガーさんを擁護したい訳じゃないんだけれども。)


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思うに、まさきつねが浅田選手の「宿命」と感じたトリプルアクセルは、彼女にとって、アグレッシブにメダルを目指して強引に攻めていくための武器というよりも、苦渋し苦悩し、絶望にのた打ち回る自らを、内側から誡めつつ奮い立たせて、どん底から這い上がらせるための、こころに纏う鎧のようなものではないのだろうか。

うなぎ上りの人気の一方で、数年来続くアンチからのいわれのない誹謗中傷、延々作られ続け、メディアで垂れ流しされ続ける特定選手とのライバル物語や煩わしい比較、頼りにならない後ろ盾、のしかかる応援の重圧、改善されない採点システムや不合理なルール、偏向の続くジャッジメント、そして何よりも大切な愛する家族との別れ…払いのけられない失意や鬱屈した思いも、胸を抉るような悲しみも、彼女にとって「浅田真央」というその名と同様に、逃れられない業だった。

どこまで行っても逃れられない宿業と闘うために、限界に挑み、困難に打ち克つために、闘士はこころを強く保つための武装を求めた。

ほかの誰にも持てない、彼女にしか跳べない宿命のジャンプ。


迫りくるカタストロフィの重圧に耐え忍ぶこころを「忍辱の袈裟」と仏教用語では呼び、詩人ランボーは「燃え上る忍辱の鎧(小林秀雄訳)」と詠ったが、浅田選手はあのソチ五輪のSP演技から一夜明け、悲しみや苦悩も突き抜けて、涙も尽き果てた朝から沸々と湧き起こってくる怒りの中で、新たな闘いに向かう自分自身に目覚め、あらゆる不安や畏怖や緊張から解き放たれて、タチアナコーチが用意した青い豪奢な羽根で飾られた絢爛たる衣装を身に付けて、光り輝くアリーナの大舞台に再び挑んでいった。

集中…リンクの真ん中にたたずむ彼女は、メダルとか勝利とか相対的な評価がもたらす結果になど一顧だにしない、さらにもっと遠くにある何かもっと怖ろしいほど絶対的なものに挑んでいるような、凛と気迫のこもった、純粋に闘う獣のような瞳をしていた。

砕けるラフマニノフの和音、むせぶアルペジオを引き絞るような弦の旋律とともに弾ける光のようなジャンプ、うねる展開部が色彩豊かな音の波をリンクの隅々にまで充たして、浅田選手の繊細なトランジションが、深い陰影の匂い立つような瞬間のイマージュを美しい音の欠片の中に降りこぼしてゆく。

「困難に打ち克つように」とタチアナコーチが与えた楽想が、浅田選手自身の人生のモティーフに苦しくも切なく、激しくも優しく、これ以上ないほど厳しくも美しくぶつかりあい、重なりあい、いのちの限り、信じがたい跳躍と回転と屈伸を繰り返す驚異的な肉体を、苦悩にうち震える魂の鮮烈な叫びに変えて、観衆の眼裏に焼き付けてゆく。

彼女が挑み続け、闘い続け、求め続けたフィギュア・スケートの美学。

誰もまだ到達したことのない場所へ、誰もまだ手にしたことのない夢へ、誰もまだ見たことのない新しい景色を臨む、はるかな高みへ、たどり着くことだけを目指して、深い孤独の闇の中で、ひとりあがき続けたうるわしい年月。

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トリプルアクセルは、窮地に立った彼女の、燃えあがる忍耐の武装だった。

氷上に刻まれる強く、絢爛たるトレース、カオスの中のあらゆる汚濁を粉塵のごとく吹き飛ばしてゆくトルネード、諸行無常のこの世の中を怒りとともに切り裂くような、青ざめた阿修羅の疾走は、光り輝く世界へ扉を開くための挑戦だった。


誰もが息を詰め、目を見開き、言葉も出ない四分間の後、ようやく忍耐の武装を解いた闘士は、静かに聖母の宝石のような涙をこぼす。

過ぎ去る五輪の季節、たとえ氷上から、すべての選手たちの姿が消えうせた後でも、リンクの闘士とともに真の勝利を祈ったひとびとのこころには、氷をも溶かす熱い涙の記憶が残るだろう。

ああ、すべてのことがゆき過ぎた後、数字の記録が何の意味も持たない紙切れとなり果てても、ひとびとの声なき祈りが伝える、涙の記憶は残るだろう。


時よ、来い。


ああ、陶酔の時よ、来い。


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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ところで、今は前夜だ。流れ入るすべての生気と真の情愛を受け入れよう。あけぼのとともに、おれたちは、燃えあがる忍耐で武装して、輝く町へ入ってゆくだろう。
(アルチュール・ランボー『別れ』粟津則雄訳)


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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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Comment

あちゆた says... "陶酔の時、来たれり"
まさに、真央選手そのものといえるような
美しい詩のごとき流れる言葉たち。

まさきつね様。

素晴らしい言葉たちと
美しい真央選手のお写真を
ありがとうございました。

今夜はまさきつね様のこのエントリを胸に
心安らかに眠りにつけます。
2014.03.06 23:31 | URL | #H2bJx2BE [edit]
シュシュ says... ""
真央さんは単に理想の演技を追求していたのだと思いますよ。
勿論メダルもほしかったでしょうけど、水物であることは知っていたでしょう。

私はマスコミが卑怯だと思うのは、結果の全てを選手のせいにすることです。
そうではないでしょう。とりわけ金メダルに関しては。

片側の問題点を封印したまま、全ての責任を選手のせいにする。
それはある意味プロパガンダです。
こうだったからダメだったという、宣伝、喧伝、そして、採点への異論の封印。

言葉は悪いですが、まるでセカンド□□プのようだ、と思います。
2014.03.07 00:17 | URL | #mQop/nM. [edit]
miya says... ""
また、素敵な文章、ありがとうございます。
真央ちゃんの演技は魂が震えました。魂が震えるってこういう事なんだと・・・。
だからこそ、あの演技を見せられてさえ、点数調整できるジャッジを心底、軽蔑しますし、ギャラガーさんの重圧の掛からない場面というのは、ちょっと違うのでは?と。
あの真央ちゃんの終焉の涙に重圧からの開放も感じられました、わたしは。
真央ちゃんなら“私は今はなんとも思っていませんが、ギャラガーさんは言ってしまったことにちょっと後悔しているんではないかと、ちょっと思います。微笑。”って感じでしょうか?

*この際、真央ちゃんバージョン、ヨナバージョン、みんな同じ演技で一度、やってくれないかしら。それで採点してくれないかしら~。後付けで適当で・・・、もう、やんなっちゃう。
2014.03.07 00:37 | URL | #- [edit]
miya says... "追記"
あっ、言い忘れました。写真すごく素敵です。影も素敵です。
私は真央ちゃんのフリー演技の解説なしをNHKが放送してくれて、これだけは感謝です。永久保存盤です。
2014.03.07 00:43 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "飾る言葉など"
あちゆたさま

ご訪問うれしいです。
まさきつねの言葉が何か助けになれば、これほどうれしいことはないです。

もう少し、言葉数を減らした方が好いのだと思いますが、どうしてもぐちゃぐちゃと、下世話なことまで話してしまいます。

美しい身体芸術には、端から飾る言葉など要らないのかも知れないのですけれどね。
2014.03.07 00:45 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "いつも"
miyaさま

このたびもご訪問うれしいです。記事を書いたりで、リコメが追いつかない状態です。ごめんなさい。

まあ、ギャラガーさんについてはもうそろそろ勘弁してください…まさきつねは結局、浅田選手はもう、少々批判されようが痛くも痒くもない、それぐらい強くなったんじゃないかなと思います。

キム選手については、タチアナコーチの「何の曲で滑ったのか覚えていない」という感想がすべてではないでしょうか。ありふれたつなぎと、退屈なコレオで、いつも同じ印象というのは、誰もが持つ共通認識なのですよ。「いつも同じで(退屈)」と正直に言うか、「いつも同じで(美しい)」とゴマをするかの違いだと思います。
2014.03.07 01:03 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "美しい言葉で"
シュシュさま

このたびもご訪問うれしいです。リコメが追いつかず、ごめんなさい。

マスコミだけでなく、責任を追及されたくない伏魔殿があるということでしょう。自己ベストで持ち上げて報道するのも、裏を返せば、メダル獲りに失敗したことに言及されたくない人間が、もっけの幸いと浅田選手人気を利用しているだけの気がします。

まさきつねは時々、美しいものを讃える言葉だけでブログを書きたいと思いますが、どうしても雑多な思いで、うんざりすることも書き連ねなくてはならない羽目になります。
これが文章を書く人間の業ですね。
2014.03.07 01:24 | URL | #- [edit]
momo says... ""
まさきつねさま、こんばんは。
更新ありがとうございます。
コメントへのお返事にも感謝します。

また、感想をとおっしゃっていただいて、こんな深夜にお邪魔してます^^;
前回の記事へのたくさんのコメント、まさきつさまが少し気を悪くされてないといいなと思っていました。みなさん、真央ちゃんのことが好きで真剣に考えていらっしゃる、主観や憶測が入り乱れながら、それでも言葉を紡いで語り合える場所として、まさきつね様の貴重なブログが存在していることに感謝します。これもまさきつねさまのお人柄ゆえのことでしょう。
それぞれへの丁寧なコメントでまさきつねさまがお疲れにならなければ良いのですが・・・。

顔や声と違って、表情のない文字で、また自分の感想を伝えるのは心苦しいのですが、笑って読んで下さい。私も笑ってキーを打ってます。^^

記事を読み返しても、やはりまさきつねさまが、ギャラガー氏の肩を持ちすぎと感じています。

話題になっている「頑固さ」も長所から見ればこだわりが強く、追求型ということで、正にこの性質が浅田選手の理想の美しい演技を生み出しているわけですが、文脈から見るに、ギャラガー氏は「かたくなでいじっぱりなこと、人の言うことを聞き入れないこと」という一般的な意味で使っています。言葉へのアレルギー云々という問題ではなく、「頑固な姿勢がメダル獲得への妨げになった」という一方的な断定に納得がいかないのです。それでは浅田選手が頑固じゃなかったらメダルを取れていたのでしょうか?などと言い返したくなります。(笑)

フリーはトリプルアクセル一回でいいんじゃないかとか、ショートは入れなくてもなど、今までの調子と採点を見ていて、多くの人が思っていたのではないでしょうか?正直、タラソワさんが、「真央、フリーにはトリプルアクセル、二回入れるのよ!」とメッセージを送ったときは、これってもしかして、真央つぶし?と一瞬疑ってしまったぐらいです。タラソワさんには申し訳ないけど。

だから、「トリプルアクセルが・・・」というのは、ギャラガー氏でなくとも多くの人の懸念と重なる部分はあったのです。
しかし、バンクーバーでの「鐘」の演技と同様、これを手放さなかった浅田選手側にも、戦略として、あるいは「宿命」としてもトリプルアクセルはあったのだと思います。
(フリーで一回に変更したときはホッとしましたが)

「ギャラガーさんはあくまでメダル獲得ありきの観点でコラムを書かれているので、台乗りのプレッシャーがかかった状態では、あれだけの演技ができたかどうか分からないという釘を刺されているのだと思う。」と、まさきつねさまは言われますが、私は正当な採点ならば台乗りのチャンスは十分にあったと思います。浅田選手側があの時点でまったくメダルをあきらめていたか、どうか・・・。あえて、しつこく言わせてもらうなら、あの時浅田選手は台乗り以上のプレッシャー、今まで体験したこともないような恐怖を抱えて滑ったということを考えると、ギャラガー氏の言葉に共感するところがないのです。

物事を一面しか見ていない、メダルを妨げた要因はほかにもたくさんある、いろんな障害と闘ってきた選手へのリスペクトや心に寄り添う気持ちがない等、人間的な温かみに欠ける、スポーツジャーナリストとしての分析も一方的で偏った記事だと感じずにはいられないのです。

まさきつねさまは擁護されていますが、言葉をどのような思いで使ったかは文脈ににじみ出てきますし、自分の使った言葉できちんと真意が伝わるべきでしょう

さらに言うなら、あの世界中の多くの人が涙し、賞賛したフリーの演技の後に、「頑固な姿勢がメダルを妨げた」とわざわざ記事にすることの真意がわからないのです。

海外のスケーターや実況中継のコメンテーターにも浅田選手のトリプルアクセルへの挑戦を賞賛する人が多い中で、ギャラガー氏の記事のねらいが見えてきません。

うがった見方をするなら、浅田選手について注目を浴びる印象的な記事を書きたかった?これなら納得です。

だらだらと文句たらたらのコメント、どうぞお許しくださいね。

浅田選手の滑りを素敵な言葉で表現されるまさきつねさまを私は尊敬しているのですが、今回の記事の「青ざめた阿修羅の疾走」という表現が特に好きです。阿修羅と真央ちゃん、確かに~とうなりました。どうしたらこんな素敵な言葉を次から次と思いつくのでしょうか?
うらやましく思います。





2014.03.07 03:45 | URL | #- [edit]
つぐみ says... "ジャーナリストに望むこと"
まさきつね様
ギャラガー氏の記事を論じること本筋ではないのに、蒸し返すようで申しわけありません。でも私はボブ・グリーンをはじめとするアメリカン・コラムが大好きなので、逆にこの記事は許せない、のです。これはない・・・と。

たしかに浅田選手を評価するゆえの苦言と読めなくはないけれども・・・。

3Aへのこだわりが成績につながらないことは、浅田選手本人も、周囲もわかっているはずです。だから彼女は、ぎりぎりまでメダルのことを言わなかったし、シーズン中「採点は気にしない」と何度も言いました(それ自体、異常なことですが)。
それなのに、なぜ、3Aにこだわるのか。

それこそが、浅田選手を見守ってきた多くの人たちが知りたいことであり、ジャーナリストが踏み込むべきテーマでもあったはずです。

プロならではの取材力、視点、知識はそこに注ぎ込まれるべきでした。

それを「頑固で、人の言うことに耳を傾けない性格だから」、と片付けるレベルの話はこれまでファンのブログ、2チャンネル、アンチブログでさんざん出てきたことです。

取材の機会があり、業界に情報源があり、浅田家と親交のあったプロの記者が今さら、素人のブログレベルの話とは。問題意識が浅すぎるし、安易ではないでしょうか。

客観的で公正なジャーナリストなら、ちゃんと取材して、私たちの知らない事実にもとづいたストーリーを書いてほしい。

そして「敗者」を描くときは、相手と真摯に対峙し、相手の痛みと思いを共有する感性をもちつつ、真実に切り込む姿勢をもってほしいと思います。

同時に、浅田選手がそうしたジャーナリストに恵まれず、独善的に(思い込みというより)彼女の性格や持ち味、姿勢をけなす記事が目立つ(ギャラガー氏に限らず、日本にも有名な方が)のは、なぜだろうとも思っています。
2014.03.07 08:46 | URL | #CQytC6ZQ [edit]
yomi says... "難しいけれどシンプルな事"
おはようございます。
前回のブログでは失礼いたしました。
物事を両面から見て、両方の言い分を理解するのは
本当に難しい事だとあらためておもいます。

ただ、両極にあるさまざまな考え方の終着点に
「浅田真央はやはり素晴らしい選手であり、人である」
という思いは一致しているということはわかりました。

ギャラガー氏の記事には共感できないという思いも、
もう、個人個人の思いですので交じり合わせる必要もないかとおもいます。
わたしも、やはり
どんなに考えても、彼の記事を頭では理解しても、心で受け止めることはできませんでした。

真央さんが今回貫いて達成した偉業は
フィギュアに全く興味のなかった友人や、採点に関して異議を唱える私を
全く受け入れなかった友人達の考え方を180度変えました。

なにかがおかしい、受け入れがたい、
と言う感情を
今回の事で、はじめて持ったと言ってくれました。

勝つことへの考え方はいろいろあれど、
やはり、真央さんの成し遂げたことの意味は大きい…。

より高く、より速く、より強く
この、オリンピックの理念そのものが
全く見えなくなっている昨今のオリンピックと言う祭典に
確実に一石を投じました。

フィギュア界は、今後のこの競技の行く末を
真剣に考える気があるのなら、
真央さんには感謝するべきです。

そして、この偉業を
オリンピックの舞台で成し遂げた、
と言う事実は、永遠に歴史に、記憶に、刻まれるはずだと
確信します。
2014.03.07 09:32 | URL | #- [edit]
kero says... ""
以前数度コメントさせて頂きました。いつも楽しみに愛読しております。

真央選手のトリプルアクセルが語られるとき、
「頑固」と同様、「こだわり」「拘る」という言葉が飛び交うのにも、少なからず違和感を覚えます。
これもまた、あまり肯定的ではない表現ですよね。辞書を引いても、そうです。
彼女が持っているのはそんな角ばった石のような、からまる縄のようなものなんでしょうか。
他に言葉が思いつかないから普段よく使う言葉を当てはめているだけで、
実際彼女の芯にあるのは、それとは非なるもの のような気がします。
まさきつね様の仰る「宿命」も、非なるものが属する空間にあるような。

信念・・・が凝縮して結晶化したような感じ(すみません、やはり的確な言葉が思いつかない)のようなもの。
水晶のように透明か、周りをすべて映す鏡のような銀色か、そんなイメージですが。

頑固一徹な職人が作り出す繊細な工芸品には皆、感嘆と賞賛の言葉を降り注ぎますよね。
真央選手の「作品」はトリプルアクセルを手放さなかったからこそ、そんな境地に達したと思っています。
作ってなお、「こんな頑固でなけりゃもっと売れる商品が作れるのに」と口を揃えて苦言される名人なんて聞いたことない(笑)
今回の本質的勝者は誰か。
戦略を考える人も工作を請け負った人も、本当は解っていると思います。
2014.03.07 14:23 | URL | #GhMHlou2 [edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.03.07 15:51 | | # [edit]
シュシュ says... ""
いつもステキな文章と丁寧なご対応をありがとうございます。

それぞれ観戦してきた角度の違いなどもあり、思うところが違うのは仕方ないことです。
私の場合は、まさきつねさんやギャラガーさんと根本的に考え方が違うのは、真央さんの戦略ミスとは思わないからです。
真央さんの場合は、もはやそういう問題じゃない、と。
メダルのためには、むしろ3Aではなく、IMGではなく電通系に組み込まれるべきだったとか、城田さんの言うなりになっておくべきだったとか、キムには勝たなくいいけどメダル頂戴という姿勢でスケートをするとか、そっちのほうだったと思っています。
真央さんの場合、仮に採点が公平にされるという前提で考えると、論理的には3Aが失敗したとして、最悪2Aになるだけですので、点数上のダメージはありません。
失敗したらPCSがさがるか?いえ、パトリック・チャンや羽生や高橋は、失敗してもまったく下がりません。
つまり3A以外の構成でも、今回の金メダリストと同等以上のジャンプ構成なのが浅田真央です。

むしろ3Aは最後の飾りでしかなく、勝負の分かれ目ではありません。(採点が公平に行われれば)


それよりも、なぜ史上最高の難易度の高いプログラムを完璧にこなせないと、浅田真央は金メダルをとらしてもらえないというところまで追い詰められたかが問題だと思います。

それは日本の抱える固有の問題が、真央さんに対して顕在化してしまったからでしょう。

羽生の金メダルが選手個人の努力の賜物だけではないように、浅田真央や鈴木明子の今回の不調もまた、選手個人の努力や戦略のミスだけで語られていいものではないと思うのです。

ご理解いただけないかもしれませんが、結果ありきで選手を批評されるのは、根回し済みのジャッジだけでたくさんです。
ファンにまでそのように言われるのは、あまりにも気の毒であるし、護ってあげれなかった同じ日本人ファンとして、たまらない気持ちになります。

しつこく書いてしまって申し訳ありません。まさにたまらない気持ちになってしまい書いてしまいました。
ですので返信は結構ですので、これ以上はお気遣いなさらず・・・。

すみませんでした。
2014.03.07 23:11 | URL | #xhB5F9B2 [edit]
なべとも says... "皆さんの思い"
まさきつね様
いつも私の拙いコメントにご丁寧なお返事をいただきありがとうございます。

皆さんのコメントを読ませていただいて私もそうですが、ギャラガー氏を快く思えないのは、プロのジャーナリストでありながら選手へのリスペクトが感じられないからだと思います。
それは真央さんや3Aがどうのという問題以前の事です。
まさきつねさまの言わんとされている主旨も十分皆さん理解したうえでの事と私は思います。

真央さんは既に外野からの中傷には動じない強さを持ち合わせていますのであまり問題ないとは思いますが、それでも気持ちの良いものではないはずです。

真央さんにとって3Aは自分を強くするものと言っているように、今現在彼女しか試合で飛んでいませんので彼女にとってはなおのこと自分の武器でもある3Aに愛着があるのでしょう。
3Aを本当に飛べなくなった時が1つの区切りになるのでは と私は思っています。

まさきつねさまが載せてくださった真央さんの画像を見るにつけ後どの位彼女の美しい演技が拝められるのかと切ない思いでいる今日この頃です。

2014.03.08 01:55 | URL | #- [edit]
ぱた says... "ファンも報われた瞬間"
まさきつね様 初めまして。
いつも美しい言葉と美しい写真をありがとうございます。

なんといいますか、金メダルを取るためだけならバンクーバーの後3Aを捨てて、3F-3Tを練習しルッツの矯正を続ければ可能性はあったかもしれませんね。私もニースワールドのあたりではなぜ飛べない3Aをショートに入れるのか理解できなくて真央選手の武器は決して3Aではなく美しいスケーティング、スピンやステップなのになあと残念に思っていましたよ。

しかし真央選手は3Aを含めた今自分ができる最高のプログラムをノーミスで滑ることが一番の目標であり、私を含めたファンもどちらかというと真央選手が集大成となるソチで納得の演技をすることができて輝くような笑顔を見せてくれたらそれでいいという思いの人が多かったと思います。

フリーの最後ははじけるような笑顔ではなく泣き笑いのような、なんともいえない表情でしたが真央選手の達成感がわかりやりきったんだなあと。

ラフマニノフを選んだときは、また難解で縁起の悪い曲をと思いましたが、あのフリーを見て、バンクーバーの鐘、前日のまさかのSP、佐藤コーチの言葉等一つ一つのことが積み重なってこの奇跡の瞬間が生まれたんだなあと。この曲を選んだことも運命でしたね。

いろんなお気に入りのプログラムは多々ありますが、こんなにも心が震えて号泣したのは、アルベールビルの伊藤みどりさんのフリーと、この真央選手のふりーのみですね。
記事から脱線したかもしれません、すみません。
2014.03.08 10:54 | URL | #QjtTlS4. [edit]
オレンジ says... "お久しぶりです"
これです。このまさきつね節を待っていたのです!

冷徹な分析力と、的確でありながらきらめく宝石のような言葉を散りばめた浅田選手への
愛情あふれる端整な文章。
私も「青ざめた阿修羅の疾走」にやられてしまいました!

まさきつね様とお会いできない長い間、あちこちのブログをさまよい歩き、それなりに心慰め
られたりはしていましたが、何かが違うという違和感は否めず、結局こうしてコメントなどを
させて頂くのは貴ブログのみです。よそで自分と同じHNの方がコメントなさっているのを見ましたが、私はこちらにしか書き込ませて頂く気にはなれませんでした。

オリンピックは終わってしまいましたが、フィギュア団体戦のみライブで見た私は、浅田選手の
表情の異変が気にかかり、体調不良を理由にあとは録画観戦に徹してしまい、SPの結果も
朝になって知り愕然としました。
翌日のフリーもバンクーバーの時に生観戦してたときのショックが思い出されて、恐ろしくて
ライブで見ることはできない…というかしませんでした。

そう、へたれな私はあの感動をリアルタイムで享受することはできなかったのです。
朝一番のテレビで結果を知り、半ば安心感をもってあのフリー演技を見て、感動が中途半端
になってしまったことを激しく後悔しましたが、それでもあの浅田選手のフィニッシュの涙を
見た時には込み上げるものがありました。

そしてその瞬間は、その日の昼頃突然にやってきたのです。
自室で何の気なしにテレビを付けたままクローゼットの扉を開けようとしていた時のことです。
浅田選手のフリー演技後のヤグデインのコメントがテレビで紹介されたのを見た瞬間、
まるでなにかの不意打ちをくらったかのように両目から涙が迸り、嗚咽が唇から漏れいだし、
気が付いた時にはクローゼットの扉に顔を伏せて声をあげて泣いていました。

SPの失敗の後、世界中のスケーターやファンたちがツイッターで応援してくれているのは
知っていました。フリーの後も同じように賞賛の嵐のつぶやきが溢れているのも知っていました。けれど彼の名前を耳にした瞬間、自分でも訳のわからない衝動に襲われて泣いていた
のです。
一番大好きなスケーターだった…その彼からでさえそんな賞賛の言葉を引き出してしまう。
その事実に驚愕したのか、嬉しかったのか、前日の失敗が悔しかったのか、自分自身でも
わからないし、今もわからないままです。

それほどの浅田選手の偉業にISUはあんな評価しか与えなかった。
その結果どうなったか?
浅田選手は世界最高峰のスケーターであることを自ら証明し、このオリンピックの主役の座を
劇的に奪い去り、世界中の人たちに愛されていることを知らしめ、この採点競技の異常性をも
改めて浮き彫りにしていってしまった。

もうこんなプログラムを滑りこなせるスケーターは、ほぼ未来永劫現れないのではないか?
そう思わせるほどタチアナの作り上げた高難度で芸術的なこのプログラムは、なによりも
3Aを含めたすべてのジャンプと驚異的な身体能力と芸術的な表現力を有した者にしか
なしえない領域のものだから。まさに神に選ばれた者にしかなしえない。

タチアナにとっては自分の望むすべてのものを持っていた浅田選手と出会い、ソチでそれを
ついに具現化されるのを目の当たりにすることになるのは、やはり運命としかいいようがない
のでしょうか?

久しぶりなのに長々と申し訳ありません。
でも、これからも、妖精にも阿修羅にもなれる素敵な浅田真央という唯一無二のスケーターを
一緒に応援させて下さいね。

2014.03.08 17:52 | URL | #FxFTfupE [edit]
まさきつね says... "血反吐を吐くように"
momoさま

ご訪問うれしいです。
ギャラガーさんの肩を持ち過ぎですか(苦笑)。新しいエントリーでまた言い訳めいたことを書きましたが、そちらも笑ってお読みください。でも、まさきつねだって決して、ギャラガーさんの意見に賛成しているのではないですよ。

「青ざめた阿修羅の疾走」気に入っていただけましたか。
ひとつでも、選手の美しい演技や芸術に見あった表現が探し出せたのなら、もの書きとしてはこれ以上のよろこびはありません。

皮相的でなく、少しでも真実をえぐるような表現や言葉、それを一介のブロガーといえど探し続けているのです。日本のマスコミも、もっと自ら血反吐を吐くような言葉を、探し出して欲しいものです。
2014.03.09 16:42 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "自分を誡める"
つぐみさま

ご訪問うれしいです。
そうですね…ギャラガーさんももっとグリーンのように、選手の気持ちに添って、人間味にあふれた言葉を探し出すべきでしたね。グリーンの言葉や表現も感傷的ですが、ウィットに富んでもっと表現が明るいですね。

そしてギャラガーさんよりもさらにたちが悪くて、独善的な理論を展開する悪質な、日本のコラムニストが確かにいますね。まさきつねも2010年の記事で、名指しで批判したことがあります。

浅田選手にしても、安藤選手やほかの日本の選手にしても、もうこうした自己満足型の爆走お説教記事には、慣れっこかも知れませんね。
そうかといって、ジャーナリストが選手に甘えて、好き勝手に書き散らしていい理由にはならないですが。

まさきつね自身もそうですが、もの書きは、他者について表現するのなら、もっと自分を誡めなくてはならないのでしょうね。
2014.03.09 17:03 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "難しくいびつでおかしなもの"
yomiさま

ご訪問うれしいです。
両極の意見に耳を傾けるのは、確かに難しいですね。仰るように、「浅田選手は素晴らしい」という終着点を確認しつつ、いろんな記事を読まなくてはいけないのかも知れません。

浅田選手の今回の演技は、さまざまな波紋を呼びました。バンクーバーのときでは見向きもしなかったひとたちまでが、ルールのいびつさ、採点のおかしさに気づいたというのは、確かに彼女のなし得たもうひとつの偉業でしょう。

美しいものを美しいと認めること、これくらいシンプルなことはないのに、どうしてフィギュアの採点は、こんな簡単なことを、難しくいびつでおかしなものへ変えてしまったのでしょうね。
2014.03.09 17:17 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "化身"
keroさま

コメントうれしいです。

そうですね。浅田選手の美しいものを語るのに、まるで足枷のような言葉を用いてはいけないかも知れませんね。
信念…もまだ硬いかもしれませんね。もっと自然な、きらきらした軽やかなものかも知れません。
言葉は難しいですね。

世の職人さんたちは、そういえばみな頑固一徹といわれますが、芸術と呼ばれる域に達する作品を生み出すひとの多くは、売れるために作品を作るのではなく、作りたいものを作るのですから、頑固というより、自分自身が作品そのものであるのが当然なのでしょう。
浅田選手も、彼女自身がトリプルアクセルの化身なのでしょうね。
2014.03.09 17:35 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "誰もが議論して"
-さま

ご訪問いつもありがとうございます。
阿修羅と聖母の対比…強く美しいですよね。強く美しい言葉で表現すべき次元の、芸術だと思います。

ギャラガーさんの記事、皆さまの反応さまざまですが、それでよいのです。皆さまの思いを、拙ブログに書き込んでいただくことが何よりうれしいことです。
でも仰るように、本来、メダルのための戦略を立て、五輪までにしっかり準備すべきは日本のスケ連、敗因の分析も組織のお偉方が、自らの身を切って行うべきで、その過程や議論を報道すべきが日本のマスコミなんですけれどね…
誰もが議論を尽くし、判定や采配や結果のおかしな部分を指摘して、次のステップアップに備える、その必要性を感じますね。
2014.03.09 17:46 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "選手個人ではなく"
シュシュさま

コメントうれしいです。しつこいなんて、とんでもないです。まさきつねのリコメの方が、至らなくてごめんなさい。

>羽生の金メダルが選手個人の努力の賜物だけではないように、浅田真央や鈴木明子の今回の不調もまた、選手個人の努力や戦略のミスだけで語られていいものではないと思うのです。

これは、まさきつねも確かにそう思います。それでこの部分を掘り下げて、新しい記事を書きました。シュシュ様には、まだまだ、まさきつねの言葉では言い足りないと思われるかもしれませんが、まさきつねなりに、選手個人ではなく、彼らを本来支援し、守るべき側が、いかに準備不足で、無責任で、その役目を果たし得なかったか、書いたつもりです。

どうぞまた、ご意見お聞かせください。
2014.03.09 17:52 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "パラドクス"
なべともさま

コメントうれしいです。
まさきつねもギャラガーさんの言葉が、決して選手にとって耳触りの良いものであったとは思わないのですよ。でも拙ブログに切々と思いのたけを書かれるコメントが多いだけ、それだけのファンの方々が、浅田選手に深い気持ちを寄せられているのだと胸が熱くなります。

浅田選手の3Aへの挑戦は確かに、いつか跳べなくなることへのパラドクスです。彼女が引退を語るこころの内を思うと、胸が痛みます。

美しいものも、いつか過ぎ去る時へのパラドクスです。
大切にしたいものですね。
2014.03.09 17:59 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "多くのひとの"
ぱたさま

コメントうれしいです。
仰る通り、浅田選手の武器はその美しさですよね。アルトゥニアンコーチも言っていましたね。

バンクーバーのフリーで彼女は赤い衣装を着ました。ソチではラフマニノフの二番を選びました。どちらも難解で芸術性の高いプログラム、そして五輪ではどちらもジンクスとされるものでしたね。

ジンクスなんていつか破られるものですが、それができなかったからといって別段大したことじゃないということも、今回分かりました。
表彰台を離れて、こんなにも多くのひとのこころを震わせたプログラムはなかったですね。
そして閉会式の演出とともに、こんなにも多くのひとの胸に五輪の記憶として刻まれた演技もなかったですね。
2014.03.09 18:12 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "確信"
オレンジさま

コメントうれしいです。ご訪問ありがとうございます。
まさきつね節ですか…かつお節みたいで、うちの猫の好物かも知れないですね。
長い間、ご無沙汰すみません。またふら~といなくなると思いますが、今はとりあえず頑張って更新しています。

涙する瞬間って、分からないものですよね。まさきつねはこのたびの浅田選手SPのステップで、最初の涙が出ました。こんなにも満身創痍で、こんなにも美しいステップが踏めるのかと、改めて彼女の芸術性に打たれた瞬間です。
採点も順位もぼろぼろと分かっていました。情け容赦なく、数字が下げられるだろうと分かっていて、そしてその通りの結果が出ました。
だけど、あの演技は、あのステップはやはりまぎれもなく美しく、ほかの誰にも真似のできない芸術でした。

だからフリーを滑る前から、彼女はレジェンドだと分かっていました。
そして奇跡の瞬間が訪れるだろうと。

オレンジさまは浅田選手の奇跡を、ヤグディンの眼を通して受けとめられたのですね。

まさきつねは浅田選手のフリー演技を涙とともに観ませんでした。
次の涙を覚えたのは、高橋選手らとエキシの練習をしている映像を観た時です。

男子の選手たちと手をつないで、笑っている彼女を画面で見たとき、彼女が真に五輪を制したことを確信しました。
そして閉会式で、世界中が彼女の演技を思い出しただろう瞬間、今度は新しい伝説の誕生を確信したのです。
2014.03.09 18:40 | URL | #- [edit]
みのり says... "阿修羅"
この写真は、まさに阿修羅像そのものですね。とりわけ、右面(?)の唇をかむ少年らしい面相を思い起こしました。おそらくは勝ち目のない戦いを、悲壮な決意で戦っているかのようです。

阿修羅といえば戦いの神と思っていましたが、ちょっと検索してみたら、そんな単純なものではありませんでした。ウィキペディアによると「古くインドでは生命生気の善神であった」「ヴェーダ時代においては、最高神的な位置づけであることのほうが多かった」そうで、浅田選手にふさわしい気がします。
また、「かつて阿修羅が安置されていた興福寺西金堂は光明皇后が亡き母の冥福を祈って建てたお堂である」(西山厚 奈良国立博物館学芸部長) というのも、浅田選手の運命に重なるようで、不思議なものを感じます。
2014.03.12 21:59 | URL | #6wH.DH8I [edit]
まさきつね says... "賢治の修羅"
みのりさま

コメントうれしいです。
阿修羅は難しい神さまです。それゆえに魅力がありますね。

宮澤賢治の修羅を通じて、新しい記事を書きました。まさきつねの怒り心頭エントリーです。
賢治の言葉を借りなければ、汚い言葉の羅列になりそうだったので…

また感想などお願いします。
2014.03.14 21:17 | URL | #- [edit]

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