月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

つぶやいてみる 其の廿六

フィギュア345-1


心象のはひいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模様
(正午の管楽よりもしげく
 琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ


フィギュア345-4




このところ、ゴーストライター作曲事件とかstap細胞論文の過誤疑惑事件とか、何だか聞くだけで心が淋しくなるような不正疑惑騒動がニュース誌面を占有している。

勿論、このふたつの事件は内容も経緯もまったく異なるもので、今後の決着も全然違う方向に進むものだろうから、そもそも同等に扱うべきものではない。

だがどちらも、どたばたした騒動が必要以上に広がって、センセーショナルな話題性があざといくらい鼻につくのは、代作だの捏造だのパクリだのといったいかがわしい事件性の部分よりも、「現代のベートーベン」だ「割烹着のリケジョ」だと安っぽいコピーまがいの売り出し文句で、売名第一の芸能界とは本来一線を画すべき音楽や科学の分野において、言葉は悪いが色物のスターをクローズアップしようと躍起になっていたマスコミの取り上げ方に、初めから問題があるからだ。

テリー伊藤などが「次元が違う」「魔女狩りだ」と一方を必死に擁護にしているが、そもそもこの二つのトピックを同じ次元で、ベートーベンだリケジョだと華々しく持ち上げておきながら、旗色が変わったら一転手のひらを反して、虚像だ幻想だと先頭に立って叩きに回っているのは、自分たちを含めたメディア側の人間だということを、寸分も自覚していないのが怖ろしい。

(佐村河内守の事件に関しては、大きな実害を被った高橋選手のことなどもあり、ほかにもハンディキャップのあるひとたちや果ては被爆者二世にまで問題が及んでいる辺り、少々情状を掘り下げたくらいでは済まない胸糞の悪さが残るけれど、stap細胞に関する顛末は、科学研究の門外漢である以上、おいそれと踏み込めない複雑な経緯や事情が絡んでくる上、端から一般人にはその科学的成果の結論云々も含め、直截的な利害とあまりにかけ離れたところにある問題なので、まさきつねごときが簡単に首を突っ込むべき話題でもないだろう。)

まさきつねが取り上げたいのは、この二つの疑惑事件そのものよりも、どちらの場合も、ことの重大さが当事者たちの内側から発覚するまで、何の疑念も持たずに情報を鵜呑みで受け取って、派手なキャッチフレーズまでくっ付けて大々的に取り上げたあげく、最後まで細部に踏み込んだ取材や検証もせずに、耳触りのいい言葉や表層的な解釈で報道を垂れ流し続けたマスコミの罪過である。

よくよく考えてみれば、全聾の作曲家だの、若き女性科学者の開発した万能細胞だのと、さすがアニメ大国日本ならではと感心したくなるような、刺激的でファンタジックなフレーズが乱れ飛ぶ物語を、次から次へとろくな裏付けもとらず、ぬけぬけとニュースのトップ記事に押し出したものだと感心するが、それだけ報道が言うところの「真実」がいかに精度の低い虚構に過ぎず、各メディアがくだらない粉飾にまみれたゴシップまがいの記事を、利権絡みでひっきりなしに売り込み続けているかという証である。

非常識でデリカシーの欠片もないやり口で、、大衆をマスコミが好き勝手に実のない言葉で踊らせて、メディアが祀り上げた時代の寵児に喰いつかせ、渦中の人が地に堕ちたと見るや、瞬く間に態度を豹変させて、今まで笛や太鼓で散々持ち上げていた自らの所業は棚上げにする。
まさに吐き気を催す醜悪さだが、こうした疑惑事件報道によく似た悪臭を、まさきつねは例の悪名高きライターが書いた『エイトトリプルの真実』という記事に感じて、またも心底うんざりしてしまった。


※※※※※

【浅田真央、「エイトトリプル」の真実(1)――一人歩きした呼び方

オリンピックが近づき、「トリプルアクセルをフリーで2回」という当初の目標を断念した浅田は、夏に掲げたあのジャンプ構成にソチのフリーでは挑戦したい、というコメントを出した。
 もちろんN記者はすかさず、「真央、エイトトリプル」と打つ。ここから、である。存在しなかった、というか、ただのトリプル8回、という意味だけの言葉が、「エイトトリプル」としてあたかも伝説の必殺技のように広まっていったのは!】


【浅田真央、「エイトトリプル」の真実(2)――メディアの大騒ぎがプラスに?

 さらにいえばフリー後、記事によっては「エイトトリプルを『見事に』すべて着氷」といった論調で書かれているものもあるが、これもおかしい。
 浅田のフリーは見事だったが、それとは別に、今回の「エイトトリプル」は成功とはいえない。回転不足やエッジエラーが付き、基礎点からマイナスされてしまえば、そのジャンプは成功ではない。(中略)
 
 表現は、作るもの――しかしここで、怒らないでいただきたい。
実は今回の「通称『エイトトリプル』」の蔓延。浅田真央にも悪くない影響があったのだという。
 トリプルアクセルを1度に減らすという作戦変更、それはやはり、元々の目標を断念したことであり、アスリートとして悔しい気持ちはぬぐいきれていなかった。しかしまわりが「エイトトリプル!」と囃し立てるうちに、「新しい挑戦」は大きな意義があるものだと、彼女自身も納得し、気持ちを切り替えられた、と聞いている。

 メディアが選手たちに及ぼす影響については、今回のリポートでも何度も書いてきた。「エイトトリプル」と書きたて、騒ぎ立てることが良かったとは思わないが、結果的に選手にプラスになったのだとしたら、それもまた有り。今回はメディアの大騒ぎがいい方向に作用した稀有なケースかもしれない。】


※※※※※


フィギュア345-6


ライターの名前も、その記事も、全文紹介したくなどないので、一部抜粋で掲載したが、ファンが読む価値など小指ほどもなく、あいかわらず競技やアスリートに対するリスペクトの欠片もない上に、真綿にくるんだ針のような悪質さで、空々しく世論誘導し、薄汚い偽善的な文章でひとりよがりな持論や推論を展開しては、確信犯的な印象操作に躍起になっている。

もはやギャラガーさんどころではない、低俗で不潔な駄文だが、もはや自己陶酔とか説得力がないとか見当違いとか稚拙とかの域ではなく、明らかな「六種類の三回転ジャンプ八回」という演技に対する冒涜的な文章で、しかも選手の地道な努力を斯くもないがしろにするがごとく、あたかも浅田選手の五輪での偉業は「エイトトリプル」というコピーを作った(自分を含めた)マスコミの手柄だと言わんばかりの、無茶苦茶なコンテクストの羅列である。

このライターの論理に従えば、ゴーストライター作曲家にしても女性科学研究者にしても、彼らの音楽や研究は元より、マスコミが勝手にくっつけた「現代のベートーベン」だの「割烹着のリケジョ」だのといったコピーが生み出した業績という訳のわからない話になるが、くだらない疑惑事件の登場人物たちなら、そんな展開によって捏造されたファンタジーの方が真相に近く、むしろ妥当なのかも知れない。

だが、あの大勢の観衆を興奮の渦に巻き込んだ浅田選手のジャンプを、「エイトトリプル」という言葉を蔓延させたメディア騒動による賜物などと、どこでどれだけ寝惚けたらこんな妄想が飛び出してくるのか知らないが、救いがたい自己欺瞞にもほどがあるというものだ。

大体「エイトトリプル」なんて、「八回の三回転ジャンプ」を下手糞な和製英語で言っているだけで、宣伝文句としてもキャッチフレーズとしても、あまりにも稚拙でお粗末だ。


そもそも呼称が「一人歩きした」などと銘打っているが、「エイトトリプル」という言葉に、端から何の意味があろう。

いわゆる「八回の三回転ジャンプ」なら、伊藤みどりがジュニア時代、現在のザヤックルールがない頃すでに、四種類の三回転ジャンプ(3T、3F、3Lo、3S)で挑戦している。
本来は3Lzも決めたかったようだが、ジャンプの申し子といわれた彼女でさえ、パンクしたり転倒したりとルッツを入れた五種類ジャンプでの成功はなかなか難しかったようだ。
彼女はその後、トリプルアクセルを含む六種類の三回転ジャンプを組み込んだ構成に成功しているが、その高いポテンシャルをもってしても、さすがに六種類で八回もの三回転ジャンプを跳ぶことは叶わなかった。

とはいえ伊藤みどり選手のこうした技術的に時代の先を行く、難度の高いプログラムへの挑戦が、それまでの芸術性重視だった女子シングルの演技構成に風穴を開け、彼女に刺激を受けた世界中のトップレベルの選手たちが、以後こぞって五種類の三回転ジャンプに挑戦するようになり、規定をも廃止させるほどの変革をもたらしたのだから、競技に与えたその業績は大きい。

翻って、浅田選手の今回の挑戦となったトリプルアクセルを含む「六種類の三回転ジャンプ八回」は、伊藤みどり選手以来の驚異的な記録であり、メディアや周囲がやいのやいのと囃し立てるのに感化されて、それじゃあやってみようかと簡単に腰を上げられるようなレベルの生半可な決意では、おいそれとできない冒険なのだ。

それにもかかわらず、「回転不足やエッジエラーが付き、基礎点からマイナスされてしまえば、そのジャンプは成功ではない」などと、タチアナコーチを始め世界中の目の肥えたスケート関係者が絶賛した衝撃的な演技構成を、よくも無造作な一言であっさりと片づけて、本来なら筆舌に尽くし難いほどの功績を、いとも無残に地べたに叩きつけるような真似が出来るものだ。

ここまでスポーツやアスリートを小馬鹿にした文章が書けるなら、それはそれで厚顔無恥も上等と呆れ果てるが、これほど念入りに「感動」を「挑戦失敗」へと印象操作する文脈を書きつらね、「流行語大賞」まで引き合いに出して、浅田選手の挑戦は成功もしていないしメダルも獲っていないと駄目押しする意図の裏側では、結局、バンクーバーでの演技で彼女のトリプルアクセルがギネス認定されたことから察知して、今回再び「六種類の三回転ジャンプ八回」すなわち「エイトトリプル」とやらがギネス認定されることを何としてでも阻止しようとする、浅ましい下司な人間たちの卑劣な思惑が行き交っているのが一目瞭然だ。

まさきつねは浅田選手の芸術性を評価するのに、五輪のメダルと同様に、ギネス認定なども一切不要と思っているが、世の中の多くには、やれプロトコルだメダルだギネスだと、数字の記録に執拗にこだわる面々がおられ、数字の結果を盾に人間の感性がとらえた感動や歓喜をいとも無感覚に踏みにじり、他者の芸術的パッションを誹謗して嘲笑うのが平気な俗物根性があふれているから、こんな薄汚い記事を公然と曝して何とも思わない無神経なライターが、臆面もなくのさばっているのだろう。

まるで蛭のように利権に吸い付いて、自分を誇示するために取材対象であるアスリートを利用して憚らない、こんな自称もの書きが、「表現は、作るもの」と得意そうに浅はかな発言をのたまう。

「真実」と云いつつ何ひとつ人間の魂にも、情念の深淵にも切り込まないお粗末な分析で、小手先で拾った情報に大衆コントロールの色をつけて垂れ流し、美しいものを美しい言葉で讃えようとする尽力もせず、血の滲むような選手の努力を血を吐くような言葉で訴えようとする使命感も持たず、ぬくぬくと書き散らしたもので悦に入っているライターに、あの五輪の四分間に集約した浅田選手の身体芸術の表現が、スケートのエッジよりも鋭く細い崖っぷちを歩くようなアスリートの辛苦が、一体どれほど理解出来るものだろうか。


表現は、作るものじゃない。ほとばしり出るものだ。

自己のこころの内から、感動に揺さぶられた魂の奥底から、途轍もない衝動に突き動かされて、血の通った言葉を探して、ふりしぼる叫びのように、涙のようにあふれ出てくるものだ。


燃えあがるジプレッセン…情念の焔のようなかなしみを、その目も眩む美しさを、俗物の小手先で作りだした表現の見えない悪意で、穢せるものなら穢してみるがいい。


砕け散る空に舞う、春のエーテル…よぎる青き日輪の火花が飛び散る中、走り去る修羅の吐息のような、春の気層から吹く風を、玲瓏の雲を波立てる一陣の風を、腐った人間の爛れきった言葉で、呼びだせるものなら呼んでみるがいい。


フィギュア345-5


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フィギュア345-3
フィギュア345-2


(風景はなみだにゆすれ)
 砕ける雲の眼路(めぢ)をかぎり
  れいろうの天の海には
   聖玻璃(せいはり)の風が行き交ひ
    ZYPRESSEN 春のいちれつ
     くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ
      その暗い脚並からは
       天山の雪の稜さへひかるのに
       (かげろふの波と白い偏光)
       まことのことばはうしなはれ
      雲はちぎれてそらをとぶ
     ああかがやきの四月の底を
    はぎしり燃えてゆききする
   おれはひとりの修羅なのだ
   (玉髄の雲がながれて
    どこで啼くその春の鳥)
   日輪青くかげろへば
    修羅は樹林に交響し
     陥りくらむ天の椀から
      黒い木の群落が延び
       その枝はかなしくしげり
      すべて二重の風景を
     喪神の森の梢から
    ひらめいてとびたつからす
   (気層いよいよすみわたり
    ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSEN しづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)

あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
 いてふのこずゑまたひかり
ZYPRESSEN いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ
(宮澤賢治『春と修羅(mental sketch modified)』)


フィギュア345-7


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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Comment

舞衣 says... "吐き気を催す邪悪とは"
いつも美しい芸術と詩と真央さんをありがとうございます。
初めてコメントいたします。

『エイトトリプルの真実』・・・あまりのくだらなさに吐き気がしました。
批評家とかなんとか、プロの物書きという肩書のついた人物にいつも思う事なのですが
「人と違う事を書けば良い」
「一般的な解釈と違った視点で見るのがプロっぽい」
とでも考えているのでしょうか。
テリー伊藤についても全く同じ人種だと考えています。
どう考えても「人と違う事を言えるのがかっこいい俺」と、気色の悪い悦楽の境地にいるとしか思えない発言の数々、
そのねじくれた根性で恥ずかしげもなくガツガツとTVでコメントするあの姿勢。
(特に真央さんの引退云々のコメントは今でも・・・怒っているというよりも、恨んでいます)


もしも、件のライターが本当に心から、真央さんのあの演技と、それまでの道のりに対し
何の尊敬もしておらず感動も感じず、ただ心のままにあの文章が書けたのだとしたら
その人の精神はもはや死んでいると言えますね。

男性に大人気の某漫画に出てくる名言で
『吐き気を催す邪悪とは、何も知らぬ無知なる者を利用する事だ』

という、非常に有名な台詞があるのですがまさに、
吐き気を催す邪悪とはこのような人種のための呼び名ではないでしょうか。

2014.03.14 22:38 | URL | #- [edit]
yomi says... ""
まさきつね様、こんばんは!

メディア、マスコミ、と言う業界がこんなにもうさん臭く気味悪い団体に
なり下がったのはいつからなのでしょうね…

彼らはいつまでこのやり口を続ける気なのでしょう?

自分たちはまるで、言論の自由を盾に戦う戦士であるかのように
常に正義面です。

そもそも自分たちが、必要以上に祭り上げた者達を、同じその手でまた、
必要以上に踏みつける。

その落差が大きければ大きい程、彼らには、良い仕事なのでしょうか。

ユーザーのニーズに合わせているからと、二言目には視聴率をいいわけにしてくる
わけだけれど、
本当に?見る側がこれを求めているのか?この気持ちの悪い茶番が、ニーズなのだと
したら、昨今のテレビ離れの現状は、どういうことだろう?

そして、この悪名高き某ライターもどきさんは、
飽きもせず、同じ事を繰り替すのですね…

この、もどきさんは、とにかく好き嫌いでしか物事を見ることができない
ライターを生業とするには、最も不向きな人格の持ち主だという事は
ずいぶん前から、フィギュアファンの間では知れ渡っている事ですが、
こんなのが、未だに、フィギュアの専属ライターであることが、本当に
気持ち悪い…

真央さんを、侮辱し貶めることに快感を得ているような文章しか書けないくせに
真央さんを題材にした本を出版するという(以前にですが)、まさに寄生虫。

同業の方々は、この、もどきの事をいったいどう思っているのか?
同業とは思っておられないかもしれないですけれどね(笑)
2014.03.14 23:27 | URL | #- [edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.03.14 23:30 | | # [edit]
はろいん says... ""
まさきつねさま、丁寧なお返事有り難うございました。

そして新しい記事を読み、また新たな怒りが!だったのですが、一方で、デイリースポーツの今野良彦氏が「フィギュア 4年後の平昌開催ヘ向け公正な採点方法を」という署名記事を書かれたようです。
ヤフーに載っていました。
内容も、きわめて控えめな書き方ながら(回転不足とエッジエラーの恣意性についてはさすがに言及していない)、論調は大変にまっとうで、やっとこういう記事が出たかとうれしくてなりません。

先に私は皮肉をこめて、浅田選手のフィギュアスケートの真髄のごとき演技を、ISUとその偏向に唯々諾々と従った日本のスケ連の無策(あるいは女子フィギュアの放置)のお蔭だと書きましたが
時代の政治的駆け引きに左右されるメダルや得点を超えて、フィギュアスケートの真の姿が形になって結実するために、この情けない日出づる国のフィギュアスケーターであることが宿命であったにしても
やっぱり、この期に及んで、無メダルという形で穢しただけにとどまらず、あの挑戦と演技自体を引きずり堕とそうとする、まさきつねさまが紹介された署名記事(きっとあの女ですね)は、とても情けないし、悲しいことだと思いました。

そういうわけで、本当がわかる人が、控えめにでもちゃんと署名記事でこれからもマスコミに書いて欲しいと強く思います。
それが、フィギュアスケートという競技へのリスペクトや、共感をもった愛が、今後も続くために大切なことだと思います。
2014.03.15 11:33 | URL | #- [edit]
あちゆた says... "阿修羅王の如く"
まさきつね様。

まさに私が思っていることをそのまま、
いえ更に厳しく荘厳な言葉をもって
記事にして下さって
ありがとうございます。

世間をにぎわしている
冒頭の二つの件にしても
前者と後者の違いなど
まさきつね様と同じ印象を持って
報道を見ておりましたので
嬉しく心強く思いました。

真央選手を侮辱する某ライターの記事。
あちこちのブログで取り上げられていましたので
既読ではありましたが
何度読んでも嫌悪感と怒りが湧いてきます。

本当によくもここまでいいかげんで
悪意のある文章を堂々と書けたものです。
そんなにも6種8トリプルを世間に認めさせたくないのですね。
他には誰も成しえない偉業を
真央選手が成し遂げたと言うことが
気に入らない人間が多く存在するのですね。

哀しくて悔しくて胸が痛くなります。

真央選手の最後の写真、
その表情・仕草は、まさに阿修羅王です。
体全体から青い炎がほとばしっているようです。

彼女は技術が優れているばかりでなく
天女にも阿修羅にも姿を変えることができる
真の芸術家だと思います。


まさきつね様の書かれる文章、ご紹介下さる詩は
いつも私の心に中にストレートに響いてきます。
記事の更新、本当にありがとうございます。

興福寺の阿修羅王も大好きですが
望都さんの阿修羅も大好きなので
カットを載せて下さって嬉しかったです。
2014.03.15 13:08 | URL | #H2bJx2BE [edit]
みのり says... "悪の陳腐さ"
とあるマスコミ業界で働く団塊世代男性が「俺、浅田真央きらいなんだ」と言うのを聞いて、びっくり仰天したことがあります。おじさんに浅田嫌いが少なからずいるという話は聞いたことがあったのですが、実際に会ったのは初めてでした。聞いてみると、「浅田は勘違いしている、アイドルだなんだと持ち上げられて」ということでした。浅田選手のどういった言動から、彼女が勘違いしていると思うに至ったのか聞いてみましたが、はっきりした答えはなく、残念ながらその日はそこで時間切れ。
なるほど年配男性はそうなのかと合点がいった次第です。フィギュアのことは知らないけれど、小さいときからマスコミに取り上げられているような小娘は勘違いしているはずだ、しかも女子供に人気だなんてろくなものではない、という思い込みにとらわれているに違いないと確信しました(決めつけはいけませんかしら。でも彼の普段からの発言もありますし、じかに話してそう感じたのです。また機会をつかまえて詳しく聞いてやろうと手ぐすね引いています)。

マスコミ業界も企業のご多分に漏れず未だ男社会です。むしろ平均以上にマッチョかもしれません。それゆえ、ジェンダーバイアスがもちろん存在しますし、活躍する若い女は嫌いです。逆に男の欲望に応えてくれる女が好きなのです(そう言えば、別の男で「お隣の選手のほうがいい」と言った人に、いろいろな比較画像などを見せたところ、自分の劣情を刺激する演技が好きだったとあっさり認めました、と言うか開き直りましたけど)。そういう旧態依然の人々が、例えば編集長だのプロデューサーだのとして、決定権を持つ現場で、「勘違いした小娘は貶めてやろう、思い知らせてやろう」という意思が働くのはなんの不思議もありません。
そして、人と違うことを言いたい、切り口を変えたい、というのはマスコミの性(さが)だと思います。
さらに、マスコミもご商売なので、目先の利益しか見ていないから、売れると思えばなんでも書いて語って売るし、売れなくなればそれっきり。手のひらを返すことに何の痛痒も感じないでしょう。筋を通して業績を落としたり、左遷されたり、甚だしくは仕事を干されたり会社がつぶれたりしたら元も子もありませんからね。
かのライターが業界内でどの程度の力を持つか知りませんが、よほどの大物ならともかく、一介のライターが自分の書きたいことを書きたいように書くことができるとも思いません(念のため言い添えますが、このライターをかばうつもりはさらさらありません。「当初の目標を断念」とか、事実と違うし!)。
フィギュアスケートに関係する人々は狭い世界で自分の生活に汲々としているのでしょう。誰もがアイヒマンの陳腐なミニチュアにすぎないのだと思います。
ああ、書いているうちにどんどん腹が立ってきた(笑)。

長らく、マスコミが浅田選手に冷たいのは何故なのか不思議に思っていましたが、冒頭の男との会話から、ここまで深読みして考えてしまいました。もちろんこれだけが理由なわけもなく、お金の流れのことも大きいのでしょうけれど。

残念ながら、元選手のかたも、テレビで解説者然として8トリプルは成功していないと、盛んに喧伝しているらしいですね。テレビは見ていないのですけれど、自分の価値を落とすだけだからやめればいいのに、痛ましく思います。
私はエイトトリプルがギネスに認定されるといいなと思っています。世界最高点などと異なり、「初めての成功」なので、永遠に残るはずですし。フィギュアの世界が認めようとしないのなら、外の世界でどんどん記録を認めてほしい。フィギュアに興味のない人々にも、浅田選手が成し遂げたことを知ってもらいたい。今のままでは悔しくて居ても立ってもいられません。
2014.03.15 14:30 | URL | #6wH.DH8I [edit]
まさきつね says... "テンプレートでなく"
舞衣さま

初めまして。コメントうれしいです。

テリー伊藤にしても、件のライターにしても、まさきつねたちには及ばない、ご本人に直接接する機会がおありだと思うのに、どうして彼女の事情や心境を少しでも想像することができないのでしょうか。
イマジネーションのない人間に革命は起こせないといいます。夢を想像しなければ、未来は創造できないということです。

こんな人間がのさばっているマスコミでは、真のジャーナリズムは期待できそうもないですよね。

「吐き気を催す邪悪…」はジョジョの登場人物でしたね。まさにその通りだと思います。
浅田選手のジョジョ立ちもかっこよくて評判ですが、本当にかっこいいということは、人と違うことをしたり考えたりすることではなく、それぞれの人に合わせて相手を助けたり相手のことを考えたりすることだと思います。

今の時代はすべてをテンプレートに合わせて、個性を潰して、自分の都合の好いように動く人間だけを求めている気がします。その方が楽に利権を生み、楽にことを運べますからね。
フィギュアの採点もそうですが、大衆がそれにNOをつきつけているということを、いい加減、組織もマスコミも気づくべきですね。
2014.03.16 16:45 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "血の通った言葉を"
yomiさま

ご訪問うれしいです。

寄生虫…まさにその通りですね。美辞麗句で飾れとは言いません。血の通った言葉が欲しいのです。
そして人を傷つけることのない、表現が必要なのです。
この国のマスコミも政治家も履き違えています。

いじめもパワハラも虐待も、すべて根源は同じです。
人間はみな、血が通っていて、汗も流し、涙も流します。

視聴率だの株価だの、採点だの順位だの、数字で人生が判るはずはないのです。
デジタルは生活に利便性をもたらしましたが、アナログでしか支えられないいのちの尊さを、誰もがかみしめるべきですね。
2014.03.16 16:58 | URL | #- [edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.03.16 17:11 | | # [edit]
まさきつね says... "分かりあえない同士"
-さま

秘コメありがとうございます。そして大変貴重なお話を感謝します。

なるほど、そういう背景のある方なら、さもあらんという気がします。浅い知識、ネタとしての興味、利権に取り入る知恵、そして一度懐に入ったら、蛭のように吸いついて離れない厚かましさ…すべて近代商業主義的合理性に基づいていますね。
古い日本の慣習や伝統、ウェットなヒューマニズムを一蹴する図太さを感じます。

こういったある種の無神経さは、一部の方面からは重宝がられるでしょうね。必要悪とでも呼ばれるものでしょうか。

まさきつねには一番苦手な分野です。
唯美主義や芸術至上主義にこだわって、ほかをすべて否定する訳ではないですが、利権主義の腐った醜い根性をこうもあからさまに見せつけられると、襤褸を着ても心は錦などという、古いことわざを思い起こしたりします。

まさきつねとこのコラムニストでは、一生分かりあえない人種同士かもしれませんね(笑)。
2014.03.16 17:28 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "ジャーナリズムの良心"
はろいんさま

コメントうれしいです。
今野さんの記事も読みました。かなり踏み込んで書いておられましたが、それでも平昌に向けてがやっとで、過去にさかのぼって検証をというのはなかなか発言するのが難しいようですね。
でも、少しずつこうした記事が増えてくれば、一般のひとたちにも何かがおかしいという気運が高まってくるでしょう。

バンクーバーの時には、何故もっと、こうした風が吹かなかったのか。あの時、銀メダルを首から下げて泣く浅田選手を、真っ向から嘲笑う人間も大勢いました。トリプルアクセルを跳んでも勝てない、というジャッジングに、異議を唱える人間が本当に少なかったからです。
それは今でも変わらず、あいかわらず、回転不足だの高さがないだのエッジエラーだのと、浅田選手のジャンプにばかりケチを付ける輩があふれていますが、こうした人間は一方で、スピンやスパイラルやステップの美しさには口をつぐみます。

おそらくまた、浅田選手をもう少し資金源にしたいと企む人間たちが、彼女の無私のこころをいいことに、方々からすり寄ってゆくことでしょう。
その時こそ、ジャーナリズムの良心たる人たちが、彼女を守って欲しいと思います。
2014.03.16 18:44 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "阿修羅王の涙"
あちゆたさま

コメントうれしいです。
まさきつねは人間的には単純なので、他人の好意悪意は率直に受け取ります。口では厳しいことを言っていても、言外に愛情を感じれば、ありがたい諫言だと感謝します。逆に、どんな美辞麗句でも、冷めた気持ちを感じれば、上っ面だけの心ない言葉だなと察知します。

言葉を生業にしていれば、言葉を操る人間の性根は手に取るように分かります。

まことのことばひとつない、コラムニストの記事。
阿修羅でなくとも、涙がこぼれそうでした。

つい思うがまま、書き連ねましたが、浅田選手やたくさんの阿修羅王の画像で浄化したくなりました。
このコラムニストの言葉で、選手たちがあまり傷つかずにいてくれればいいと、それだけを願います。
2014.03.16 18:58 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "伝説は"
みのりさま

コメントうれしいです。
ある種のジェンダーアレルギーを持った方々には、浅田選手に対してもそうですが、フィギュアとかバレエとかに対しても嫌悪感がありますよね。
エロティシズムと言えば、単純な本能による性的興奮しか思い浮かべず、美と言えば、セクシャルな刺激にしか結びつかず、いわゆる劣情でしか物事を判断しない筋肉頭の男性優位主義者に多いのでしょうか。

その点からすれば、キム選手の007は分りやすいナンバーでしたよ。
四年前、007賛美者に浅田選手の鐘の芸術性や心的エロスを、どんなに口を酸っぱくして説いたところで、一蹴されて終わりでしたからね。
同じものを観ていても、見える世界が違うのだと思います。

ギネスに関しては、認定されるものなら認定された方が、まさきつねもその方が良いと思います。感性で分からない人間には、きっとその方が分かりやすいのでしょうからね(笑)。でも、だから阻止したくてたまらない人間たちがいるのでしょう。
たとえギネス認定されなくても、「エイトトリプル」伝説は受け継がれるとは思いますけれどね。
2014.03.16 19:24 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "創作者の血肉で"
-さま

秘コメうれしいです。本当に、最近は何が起こっているのやらと思うくらい、不正だの偽装だの疑惑だのとごまかしばかり横行していますね。時流に乗って、宝くじが当たってラッキーというくらいの感覚で、自分自身の行動に責任や疑問を持たないのでしょうか。

こうした御時勢では、地道な努力とか真摯な挑戦とかいったものが、むしろ小馬鹿にされ、時代遅れにされるのも仕方ないのかも知れませんね。

芸術だって、今や国際市場で高く売れればそれがアートで流通します。近代では投資の対象のひとつですから、苦悩する人間の姿を、佐村河内ならずともセールスポイントにしてしまうのが、人間の浅ましさです。

かくて世界は、安っぽいアートであふれるという訳ですが、本物の裏側にある見えざる努力とか挑戦とか、血反吐を吐くような苦悩といったものを、コンテクストではなく、コンテンツの一部として感性で理解する必要があるのだろうと思います。
なぜなら、完璧でない芸術を補完するのは、作られた物語ではなく、創作者自身の血肉しかないとまさきつねは思っているからです。
2014.03.16 20:21 | URL | #- [edit]
オレンジ says... "スッキリしました!"
溜飲が下がるとは、まさにこのことをいうのでしょう。
こちらのエントリーを読んでからだいぶたってしまいましたが、やはりどうしても
書かずにはおられませんでした。

初めにこのライターもどきのこの文を他ブログで読んだときにまず思ったのは、
「この女、またやりやがったな!!」でした。(口が悪くて申し訳ありません)
こういう文章の気持ち悪さは、内包する悪意が透けて見え隠れしているからに
ほかなりませんね。

4年前、バンクーバー五輪後に新聞紙上で、3A3度成功の偉業がギネス認定された
ことに対して、作家の森絵都氏が揶揄するようなおかしなコラムを載せたことに
疑問を持ち、まさきつね様にコメント欄でご意見をうかがってしまったことを思い出します。

あの頃と事態はさほど変わってないのかもしれないと思うと憂鬱になりますが、今では
多くの人が隠されていた悪意を明確に認識できるようにはなりましたね。
あの時、まだ19歳でしかなかった浅田選手を、あの恐ろしい空気の漂う冷たいリンクの
上に、無防備なままたった一人で送り出してしまったのかと思うと、今でも背筋に冷たい 
ものを感じざるをえません。

そして今。国内にこれほど下劣なマスコミの意図というものがあるのを理解して、その上で
件のライターもどき氏に問いたい。
お前には、まさきつね様の血の通った苛烈な言葉の糾弾を、果たして真正面から受け止める
覚悟はあるのかと。
最高峰のアスリートである浅田選手の、すべてを見透かす阿修羅王の、純な瞳の斬撃を
あまんじて受けて立つその自信があるのかと。

モー様の阿修羅王のイラスト、本当に懐かしいです。そして興福寺の阿修羅像の瞳のアップ
にはこの身が震える思いでした。
あの眼差しの前で、ひとはどれだけ悪意を持ち続けていられるのでしょうね。

そしてビューティフルというエントリーのウエディングドレス姿の浅田さん。
ああ、本当になんて美しい…。まさにビューティフル!
内面の美なんて言葉があっても、そんなのわからないじゃない!?なんて、いささか
ひがんで思ったりする当方ですが、浅田選手を見ていると、本当にそれがプラスされて
なお一層ひかり輝く人もいるのだと、心から納得してしまうのです。
本物の美を持ったこの人を穢すことなど、下種な輩などには決してできないことなのですね。
2014.03.22 00:28 | URL | #aqzl0.Kg [edit]
says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.08.22 16:17 | | # [edit]

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