月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

前に進むだけ

フィギュア347-4


一歩ふみだすためにどうしたらいいかって?どうしようかと思うこと自体がおかしいんだよ。やりたいことがあるならやればいい。
(酒井雄哉大阿闍梨)





浅田選手引退の報道に、多くのスケート関係者のみならずさまざまな分野のアスリート、著名人が、世界中からコメントを寄せていると、連日メディアが伝えている。

浅田選手の国際的な人気は推して知るべしということだろうが、彼女の存在はもはや、フィギュアスケートというスポーツ分野は勿論のこと、国境さえも超えたトップスターであることを誰しも否定しえないということだと思う。

浅田選手への愛情やリスペクトにあふれる数々のコメントの中で、これはどうしても採録として残しておきたいと思ったのが、浅田選手とは切っても切れないタチアナコーチの言葉である。

「真央を決断は間違っていません。今の状態では、自分自身をこれ以上向上することができないと判断したからです。
彼女は、ショートとフリー二つのプログラムに、トリプルアクセルを三つ組み込むという偉業を成し遂げた初めての女子選手で、幾度も世界選手権を制覇しました。
真央は類いまれな才能を持つ素晴らしいアスリートなのです。
誰しも潮時というものはあります。今後の成功を祈ります。
人生はまだ始まったばかりですから」

短く簡潔な所感であるにもかかわらず、浅田選手の心境や功績における核心をしっかり押さえ、そして温かい。
誰よりも浅田選手に寄り添い、バンクーバー、ソチ二つの五輪のフリープログラムを芸術作品として共に作り上げていったコーチならではの、愛情と思いやりに満ちたコメントだと思う。

※※※※※

さらにもう一つ(というか二つ)、イギリス、ユーロスポーツの解説者として著名なサイモン・リードとクリス・ハワースから寄せられたコメントも、覚書として載せておきたい。


【サイモン・リードのコメント】

僕は彼女の決断を完全に支持します。気力がなくなってしまったのだとしても、彼女が残してくれた驚くべき瞬間を私たちは記憶に残すことができる。それを思えば私たち全員にとっても良いことでしょう。
確かにオリンピックの金メダルを手にすることはできませんでしたが、3回世界選手権で優勝した彼女は疑いようもなくここ10年で最高の女性スケーターでした。エレガントで勇敢で、本当の意味でチャンピオン(勝者、闘士)です。

(サイモン・リード Simon Reed : 英ユーロスポーツの解説者。1969年に英BBCラジオにてブロードキャスターとしてキャリアをスタート。1970年代後半に英ITVスポーツのプレゼンターを経て、1984年に本格的にフィギュアスケートの解説をはじめる。1989年に英ユーロスポーツのフィギュアスケートのヘッド・コメンテーターに就任後、毎年開催されるワールド・チャンピオンシップと過去10回のオリンピック解説を担当している。)


【クリス・ハワースのコメント】

ニュースを読みました。本当にもったいない。
膝の故障も抱えていて、非常に苦労した日本選手権だったと思います。
彼女の気力は来年の冬季オリンピックで金メダルを取るという目標にあったのでしょうが、ヘルシンキの世界選手権で(優勝した)メドヴェージェワや、彼女に次ぐ順位だった選手たちパフォーマンスを見れば、彼女の決断は相応しいものではないでしょうか(それでも私たちにとっては違いますが)。それに、彼女は膝に故障を抱えていましたし。
フィギュアスケートは厳しいスポーツです。たとえしっかり鍛えて、気力もある時であっても……。たったひとつのエレメンツを落としてしまっただけで、最高レベルでの闘いでは競争から外されてしまうのですから。
彼女は女子フィギュアに非常に貢献してくれました。そして、ずっと革新者であり、多くのスケータのメンター(指導者、牽引者)でした。どれだけ彼女が財産を残してくれたことか……。
彼女の類いまれなる人生の次の章が、彼女にとってよいものになることを切に願っています。

(クリストファー・ハワース Christopher Howarth : イギリスの元フィギュアスケーター。英ユーロスポーツの解説者。数々のオリンピック、ナショナルおよびインターナショナル・チャンピオンシップに出場し、1981年にイギリスのナショナル・チャンピオンになる。現役引退後はヨーロッパやアメリカにてコーチとして活躍。1989年のパリのワールド・チャンピオンシップよりフィギュアスケート解説をスタートし、過去7回のオリンピックを解説している。2004年よりアメリカのシカゴに移住。)


※※※※※

フィギュア347-1


誰もが涙してしまうほど、凛として清々しい浅田選手の引退会見だったが、それでも危惧した通り、「引退の時期を誤った」だの「金メダルの壁を越えられなかった」だのと、相変わらず姦しく頓珍漢極まる批判的意見で彼女を貶めようとする輩が、一部で騒ぎ立てている。

こうした取るに足らない人間の取るに足らない偏狭的な意見など、端から取り上げるに値しないのではあるが、単純な試合結果だけで「引き際を間違えた」「晩節を汚した」云々と残酷にも的外れな言葉を、結果の良いときも悪いときも全く変わりなく必死に努力を重ねてきたアスリートに対して、いとも軽々しく口にできるなと呆れ果てるのである。

空前絶後のフィギュア人気と言いつつも、結局のところ、大半の人間は試合の順位にしか興味関心がなく、氷上で繰り広げられたパフォーマンスそのものをまともに鑑賞してはいないのだろうと、半ばうんざりしつつも諦念の境地に至らざるを得ないこともある中で、こうしたユーロスポーツの名解説者たちのような、至極まともであると同時に明鏡止水のごときコメントを読むと、アンチの何の根拠もない冒涜に汚された空から暗雲が一斉に払われて、やれ回転不足だスピードだと四角四面に数値化するスポーツの範疇を抜け出した、身体芸術としてのフィギュアスケートの価値や意義を噛みしめることができるというものである。

ハワースのコメントの中から拾えば、「もったいない」という言葉に尽きるとまさきつねは思うのだが、圧倒的なパフォーマンスの力、氷の上を滑走し、飛翔し、回転する身体能力の限界、観客を惹きつける美の結晶という、およそ最高レベルの身体表現の限りを尽くしながら、スポーツ競技の枠の中ではとどのつまり、浅田選手の演技内容に相応しい格付けをし得なかった、評価を下し得なかったということに過ぎぬのではないかと改めて思い至るのではある。

有り体に言おう。

ソチ五輪からここ数年、浅田選手よりも回転の足りている(いわゆる質の良い)ジャンプを跳び、浅田選手よりも速いスピードで多くのエレメンツをこなし、浅田選手よりも巧くジャッジから得点を引き出すコツを心得た若い選手は、日本に限らず世界中に今、大勢ひしめいていることだろう。

そしてこのような若い選手たちが、組織が何のためだか猫の目のように変え続ける採点システムの中で、次から次へと史上最高得点とやらを日々更新し続け、互いに世界女王の座を懸けて切磋琢磨しており、フィギュアスケートファンもマスコミも、彼らのメダル争いの応援に余念がないということなのだろう。

だが熱狂は?

何だか途轍もなく怖しいほどの、この世に在り得べからざるほどの、およそこれまでに出会ったことがないほどの鮮烈な身体表現の極致を見せつけられた観衆の、筆舌に尽くしがたい陶酔と熱狂は、浅田選手が去った後の銀盤の上にまだ残っているのだろうか?

五輪の金メダルとは縁がなかったにもかかわらず、多くの人々をテレビ画面の前に釘づけにして、歓喜と感動の渦に巻き込んだ、浅田選手の演技以上の白熱と狂乱のプログラムが、今後の女子フィギュアスケート界に生まれる予兆があるだろうか?

無論、数十年先のことはわからない。

だがこれから数年の間、特に平昌五輪までの間ともなると、競技者としての浅田選手が氷上に登場するまで待ちわびたあの熱気や、演技が終わるまで息をつめて見つめた興奮や、フィナーレの感動が、ほかのどの選手を想像しても再びもたらされるとは、とても考え難いのだ。

失ってしまったものの重さを、指の隙間からこぼれ落ちていったものの大切さを、かけがえのないものの代え難さを、ひとはいつも時が過ぎて、もはや取り返しがつかないほどの後悔を重ねたのちに、しみじみと思い知る。

レガシーだレジェンドだといくら讃えたところで、いくら悔いても悔やみきれない宝物を、代われるもののない稀代のカリスマを、競技界を牛耳っている煩雑極まる組織のルールやシステムが、気持ちも身体もぼろぼろになるまで追い詰めて、その真の価値を凌辱して、孤高の中での最後の決断を迫ったのだという思いが、終焉の時を迎えた今となってもまさきつねにはどうしても拭い去れないのである。

しかし、もはやすべての幕は閉じられた。

同時にスポーツ競技という狭い舞台の中で、芸術を至高の座から遠ざけ続けた厳格なルールも、採点システムも、およそ表現者の枷という枷になっていた、つまらない組織の枠組みが外されたのである。

今年の二月、スケートのルールどころか靴さえも脱ぎ捨てて、ショーで舞い踊るダンサーとしてお目見えした高橋選手が報道にアップされていたが、身体能力の高い彼らにはそれくらい大きな幅をもって、身体芸術の表現を突き詰めてほしいと、まさきつねは思う。

勿論、浅田選手自身が会見で述べていたように、フィギュアの世界に育ち才能を開花した彼女が、アイスショーやスケート教室といった大小さまざまなスケートにまつわるイベントから、まるきり離脱してしまうことは決してないだろう。

だが彼女のパフォーマンスの魅力は、氷の上だのジャンプだのというせせこましいジャンル限定で味わうには、それこそ「もったいない」し、もっと多くの世界や分野での広い活躍の可能性が望まれて余りあると思うのだ。

フィギュアスケート界に、浅田選手はもう充分すぎるほどのレガシーを残し、レジェンドとなった。競技界でのすべての幕は閉じて、アスリートはリンクを去ったが、年齢から鑑みてもまさにまだ彼女の「人生は始まったばかり」で、誰からも無粋な点数値で語られない純粋な表現者としての彼女の幕はこれから上がるのだ。

時間は巻き戻らず、人生は前に進むだけ。

やりたいことが無限にあるなら、可能性も無限にあり、わくわくすることも無限にある。失敗も成功も無限にあるから、涙も笑顔も無限にあって、そして人生はいとおしい。

奇跡はまだまだ生まれる。


伝説の終幕はまだ閉じられない。


フィギュア347-3


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フィギュア347-2

自分達は後悔なんかしていられない、
したいことが多すぎる 
進め、進め。

麦が出来そこなった!
それもいいだろう 
あとの為になる
進め、進め。

人がぬけました 
仕方ない、
更にいゝ人が入るだろう、
進め、進め。

何をしたらいゝのかわからない!
しなければならないことを
片っぱしからしろ、忠実に。
進め、進め!

こんな生き方でもいゝのか。 
いゝのだ。
一歩でも一寸でも、信じる道を 
進め、進め。

神がよしとした道は
まちがいのない道だ 
進め、進め。

兄弟姉妹の
幸福を祈って 
進め、進め。

つい足をすべらした、かまわない 
過ちを再びするな 
進め、進め。

後悔なんかしていられない、
したいことが多すぎる 
進め、進め。
(武者小路実篤『進め、進め』)


フィギュア347-5

(巷で噂になっていた江口寿史先生の真央ちゃんイラスト…)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン


関連記事
スポンサーサイト

Comment

nao says... ""
真咲常様
、、、 まさきつね様。

変換した文字が、なんだかよくて、そのままに☻

おひさしぶりです。
私も、キツネさんの画像を一瞬ぼ~っと眺めて・・
跳んできました☆彡
懐かしくなりコメントしてしまいました・・

ローマの休日の例え、まさにそんな感じでした。
確かにグレゴリ・ペックのような記者は・・・・。

引退発表、会見後は、ありがとうという気持ちしかありませんでしたが、
ちょっと落ち着いてきたら、勿体無いかも、、と思い始めてしまって。
まさきつね様のブログを拝見して
競技の枠を離れて、これから彼女の幕はあがる。。私もそう思えました。
楽しみです。
まずは、THE ICEですね!
記事をあげてくださってありがとうございました。

2017.04.16 21:44 | URL | #Gf4tnLgg [edit]
まさきつね says... "Re: タイトルなし"
> 懐かしくなりコメントしてしまいました・・

ご訪問ありがとうございます。
開店休業状態のブログで、それでも皆さまお見捨てにならず、本当に感謝いたします。

さまざまな方が、浅田選手の今後についていろいろに仰っています。
まさきつねもつい、いろんな妄想をしてしまい、続けざまに記事をUPしましたが、大半は老婆心の戯言ですから、くれぐれもお気にされませんようにと思っております。

今後は少しずつでも、ソチ前後の浅田選手のプログラムについて、記事を書けたらなと思っております。
またお気軽にご訪問いただけたら幸いです。
2017.04.18 01:23 | URL | #- [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://maquis44.blog40.fc2.com/tb.php/506-1322ec84