月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

少女が大人になるとき

IMG53.jpg


☆*・゚゚・*:.。..。.:*・゚☆゚・*:.。. .。.:*・゚゚・*☆


MILK18ー43


◇◇◇◇◇

MILK18ー42


悲しみよ さようなら
悲しみ こんにちは
天井のすじの中にもお前は刻みこまれている
お前はみじめさとはどこかちがう
なぜなら
いちばん 貧しい唇さえも
ほほ笑みの中に
お前を現す
悲しみよ こんにちは
欲情をそそる肉体同士の愛
愛のつよさ
からだのない怪物のように
誘惑がわきあがる
希望に裏切られた顔
悲しみ 美しい顔よ
(ポール・エリュアール『直接の生命』)

MILK18ー36




2007年-2008年シーズンのエキシビションナンバー『ソー・ディープ・イズ・ザ・ナイト』へのオマージュである。

この曲と演技に関しては以下のような過去記事で何度か語っているので、いくつか繰り返しになる部分もあるかもしれないが、まさに何度でも物申したくなるほど、今にして思えば浅田選手の演技表現においてターニング・ポイントというべき作品だった。

【空中庭園の散歩 其の拾 梔子と雨と悲しみと】
【悲しみは夜の底に】


この曲の振付は前年のプログラムをすべてお願いしていたローリー・ニコルだが、浅田選手は2007年の夏にロシアのタチアナ・タラソワコーチのもとで十日間滞在、その薫陶を受ける機会に恵まれた。タラソワは浅田選手に、外国籍選手としては異例の破格の待遇で英才教育を施し、同時に新シーズンに向けてSPの振付も行っている。

タチアナコーチは、ロシアのナショナルスポーツクラブ『CSKAモスクワ』にあるホームリンクに浅田選手を迎え入れ、スケート教育を与えるのみならず、より女性らしく優美な動きや表現を身につけるために、ボリショイバレエ出身のタチアナ・ステパノワの個人レッスンを受けさせている。
また、練習後にはバレエやオペラなどの舞台観劇に連れ出し、西洋の伝統的な身体表現に直に触れさせて、まだ原石のような浅田選手を磨き上げたのだ。

もともと練習熱心で努力家の浅田選手は、乾いた土に水が染み込むようにタチアナコーチの教えを次々に吸収し、本格的なバレエの動きや優雅なポージングまで、まさに開眼というべき身のこなしや演技力をわがものとしたのである。

成長期にあった体つきも大人びた女性らしいものに変わり、身に備わった舞踏の表現も、爪の先まで神経を使った繊細な動作も、愛嬌のある表現者から風格のある芸術家のそれへ進化した。

ニコルの振付は、ショパンの「別れ」や「悲しみ」をテーマとした名曲をわかりやすい所作や印象的なポーズで具現化し、やわらかく流れのあるスケーティングでつないでいるが、そこに何かタチアナコーチ仕込みらしき情感や表現者としての意識が加わって、昨シーズンまでの浅田選手とは一瞬別人のような錯覚を覚えるほどの、憂いを帯びた感情表現や奥行きのある官能性を醸し出し始めたのである。

当時アイスショーで披露された、競技用プログラムに全く引けを取らないこのエキシビションナンバーを観ていながら、よくも浅田選手の演技に対して「子供っぽい」だの「幼稚」だの、はては「表現力がない」だのと、競技関係者やメディアがよってたかって好き勝手なことを言えたものだと思う。

無論、そのほとんどが不可解な政治的圧力が関係したロビー活動によるものだとはわかっているものの、こんな露骨な印象操作の積み重ねで、珠玉のようなプログラムに正当な評価が与えられず、競技の採点にも影響を及ぼしたのだと思うと、今更のように腹立たしいことこの上ない。

まだ人間の悪意というものに対して、ほとんど免疫というものを持たないいたいけな少女に、老獪な人々が数の暴力と権力とで、いかに狡猾な罠を仕掛け、悲しみの底へ突き落としたのかを考えると、このギャレットの甘くむせぶような歌声を聞いていても、胸が疼いて苦しくなる。
曲の最後、寄る辺もなくあたりを見まわし、そして頼りもなくひとりうずくまる名場面は、今改めて観ていると、浅田選手というより、汚い手で穢されたフィギュア競技の悲しみを体現しているようで、さらに切なく締めつけられる。

そして何より、一番傷ましくてつらいのは、この悲しみが結晶化したナンバーが、誰をも、苦悩の元凶をも責めることなく、ただひたすら美しく、孤独の中に凛然としてあることだろう。

美しさが強さと共鳴し、果敢ない少女が雄々しい勇者と一体化して、深い悲しみの中から立ち上がる者たちの孤独な闘いに純粋無垢なこころを寄せていくような、画期的なエキシビションだった。

MILK18ー35

【浅田真央(mao asada) 4CC 2008 EX ~ 「ソー・ディープ・イズ・ザ・ナイト」 HD高音質Ver 保存版 】


思うに、少女が大人になる瞬間とは、いつだろうか。

人それぞれいろんな意見があるとは思うのだけれど、まさきつねは「悲しみを覚えたとき」だと考えている。

このことを語るには、まずあまりにも有名な著作、フランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは(Bonjour Tristesse,1954年)』について、少し話をしたい。

MILK18―37

『悲しみよこんにちは』は、第二次世界大戦を前にした1935年、フランスの富裕家庭の三人兄弟の末っ子に生まれ育った文学少女フランソワーズ・コワレが、愛読書プルーストの『失われた時を求めて』の登場人物にちなんで付けたペンネーム「サガン」の名で、若干十八歳の時に発表したデビュー作である。
早熟な文才と刺激的な内容で、瞬く間に賛否両論のセンセーショナルな話題をさらい世界中のベストセラーになり、批評家賞を受賞した。

サガンはいわゆる美人というより、繊細な細面の風貌で、育ちの良い知的な印象を与え、聡明な受け答えと気取りのない人当たりがチャーミングな女性だったようだ。

MILK18―38


しかし最初の一作であっという間に時代の寵児になり、ありあまる富と名声を手にしたサガンは、次第にギャンブルと飲酒、奔放な恋に興じる享楽的な生活にはまっていく。
たちの悪い取り巻きに傅かれ、今でいうパパラッチのカメラに追いかけまわされる破天荒な日々に、サガンの自意識は途轍もなく肥大していき、そんな不安定な精神状態の中でも一、二年に一作のペースで作品を書き続け、その多くが映画化されている。

処女作も無論、刊行から三年後の1957年早々に映画化されて、米国人女優ジーン・セバーグが主演し、そのベリーショートの髪型は主人公の名をとって「セシルカット」と呼ばれ、当時の大流行となった。

MILK18ー41

セバーグが演じたセシルはキュートで小悪魔的な魅力で、思春期の少女が持つ純真だが残酷な一面をスクリーンに焼き付け、その後、ジャン・リュック・ゴダールが初監督作品の『勝手にしやがれ』に名優ジャン=ポール・ベルモンドと共に彼女を起用する。
セバーグもまたあれよという間に時代の寵児となり、フランス映画の潮流ヌーベルヴァーグのアイコンとしてもてはやされている。

サガンの小説の大半は、フランスの中流家庭を舞台に、一見平穏無事な暮らしの中での男女の三角関係を描き、人間同士の心理ゲームのような策略と背徳の甘い蜜が入り混じる愛憎劇を展開する。

社交界を背景にして、繰り返し構築される愛と孤独の物語は、どれもが似たような主人公が恋や不倫に煩悶するが、優秀な戯曲家でもあり、サルトルの実存主義にも傾倒していた彼女の作風は、構成の骨組みがしっかりしており、破綻のない心理描写が詩情に充ちたエピグラムで綴られている。
ラクロやフローベール、コンスタンといったいわゆるフランス人好みの重厚な心理小説の流れを汲んでいながら、一方で通俗的な恋愛小説に似たドラマ性を持ち、さらにエスプリに富んだ警句で、軽妙な独特のスタイルを確立。
読みやすく掛け値なしに面白い述作を重ねた彼女の作品は、素直に大衆に受け入れられ、次々ベストセラーに名を連ね、日本でも新潮文庫の人気タイトルとしてほとんどが翻訳刊行された。

流行作家の名声を欲しいままにして晩年までペンを執り続けたサガンだが、やがてマスコミや世間の好奇な目は文学を離れ、アルコールや薬物に溺れるスキャンダラスな行動や派手な暮らしぶりにばかり向けられるようになる。

2004年に六十九歳で没したサガンの墓碑銘は、生前から彼女自身が考えていたらしく「フランソワーズ・サガン、安らかならず、ここに眠る」と刻まれているが、マスコミらによるゴシップ・クイーンの命名通り、生涯通じて平穏とは無縁のまま、自身の欲望と情熱に忠実な生き方を貫いた彼女は、連日の乱痴気騒ぎで莫大な印税を湯水のように散財し、終には住むところにも事欠く困窮に陥った。

こうした彼女の破滅的な生き方の最初の発端は、二十二歳のとき時速180キロものスピードで、愛車アストン・マーチンDB2/4・マーク2・カブリオレを運転して道路脇に転落、瀕死の重傷を負った大事故だろう。

MILK18ー39


『悲しみよこんにちは』の中で、ヒロインの策略により引き起こされた悲劇もまた自動車事故であり、自身の著作と不思議な因縁を持つこの一件で、全身大怪我を受けたサガンは、鎮痛剤で使用したモルヒネから、重度の薬物依存、そして大量のアルコール摂取、非行的享楽へと危うい生き方を加速させていく。

ただ彼女の薬物や飲酒への中毒症は、いわゆる現実逃避や重圧からの解放を求めてというより、より過激な興奮や快感を得るためのものだったようで、それは彼女の「わたしは人の持つ安心感や人を落ち着かせるものが大嫌いです。精神的にも肉体的にでも、過剰なものがあると休まるのです。」という言葉からうかがい知ることができる。
同様に、スピードの陶酔感に対する傾倒も「賭けや偶然に通じるように、スピードは生きる幸福(よろこび)に通じる。そしてそれゆえ、この生きる幸福(よろこび)の中につねに漂っている死への漠とした希望にも通じるのである。」と語っているように、常にサガンはダメージを怖れないパッションに身をゆだねた生きざまを変えることはなかった。

ドラッグの不法所持と常用で有罪判決を受けた際に、物議を醸した「『人は他人の自由を冒さない限り自由だ』と人権宣言は言っている。私は自分の好きなように死ぬ権利がある。『法律は人間にあわせて変わるべきで、その逆ではない』とモンテスキューは言っている。」という発言は社会的な道義から決して許されるものではないと、当時誰も彼女に組する者はいなかったが、現在において個人の自由と権利を純粋に突き詰めると賛同者は決して少なくない気がする。

いかなる経済的窮状も、彼女の稼ぎをむさぼるだけむさぼった人々から打ち捨てられた末の孤独も、周囲からの非難糾弾や掌を返したマスコミからの攻撃も、サガンの破滅をも含めた窮極へとひた走る自由への渇望や、情熱的な生への心酔を打ち砕くことはなかった。

「早熟」と「過剰」というふたつの謳い文句で始まったサガンの小説家人生は、処女作『悲しみよこんにちは』の、奔放な恋愛遍歴を繰り返す登場人物やスキャンダラスで過激な内容、悲劇的な結末といった多くの面で宿命的につながりを持ち、それは彼女にとって冷酷な予兆でもあり、凋落への最後通牒でもあった気がする。

思うにサガンは、『悲しみよこんにちは』のヒロイン十七歳のセシルが破局する人生の悲しみを知った瞬間に、少女から大人に脱皮したように、処女作の世界的大ヒットによるスター的名声で「早熟」どころか老成というべき、人生を達観した境地に至らざるを得なかった。

聡明で繊細な少女のこころが、無残な現実の崩壊を前にしてぼろぼろに傷つくのを回避するには、有象無象の取り巻きやマスコミに対して、品行方正で貞潔な振る舞いで世渡りをしていくような精神的なゆとりは持てない。
シニカルでクールに冷めていく感情とは裏腹の、衝動的な破壊行動のようなスリリングな生き方で、人生の終結を早めていくしかなかったのだろう。

スピード狂もギャンブルも、飲酒や薬物や派手な男関係も、そのすべてが過酷な時の流れをさらに加速させて、老練に大人びてしまったこころに身体的な感覚を寄せていくための手段であり、奇行によって最早少女ではいられなくなったこころに、過ぎ去ってしまった時間と壊れてしまった現実を、肉体的な実感として与えようとした結果であったように思う。

人並み以上に明晰な頭脳と、センシティブな神経を持ちあわせていたサガンであったからこそ、人生に半端ない加速の負荷をかけねばならないくらい、この世の悲しみ、残酷で美しい世界が打ち砕かれていく傷みを押し流すことができず、歳を重ねれば重ねるほど、ひとり時間に取り残された少女のような愚かで浅はかな酔狂三昧に身を焦がすしかなかった。

悲しみに「こんにちは」と語りかける少女は、この世の真実が失われてしまった非情な現実を知りつつも、なおもその真実を追いかけねばならぬ人間の根源的な「悲しみ」に気付いている。

幸福だった思春期の終わりは、これからは永遠に、失われた幸福な思春期を恋い焦がれる、老後のような季節の始まりだと薄々気付いている。

サガンは愛読書『失われた時を求めて』に関して、「私は限界、底、がないということ、真実、むろん人間的真実という意味だが、真実はいたるところに在る、いたるところに差し出されており、真実こそ唯一の望ましいものであると同時に唯一の到達不可能なものである、ということを発見した」と回想する。

永遠に手が届かないことを知りつつも、永遠に手が届かないものを求め続けなくてはならぬ歯がゆさ痛ましさが、少女を大人にし、またそのことが少女を傷つける。

サガンだけではない。

すべての少女が、無垢な少女であった幸福を愛惜しながら大人になり、妻や母や老婆になり、そして失われた少女をこころのどこかで永遠に求め続けるがゆえに、悲しみから逃れられずに、穢されない思春期の幸福を二度と戻らないと知りつつ、それとの邂逅をいついつまでも願うのだ。

MILK18―40


文学から、浅田選手の話に返そう。

美しさと悲しみと、そして大人への成長を先急がされた少女の戸惑いが、青い夜の底に深く沈殿した星屑のように煌めいているエキシビションナンバー『ソー・ディープ・イズ・ザ・ナイト』。

この演技を観るとき、多くの大人になってしまった少女たち(まさきつねも含め老婆やおばさんになってしまった、いわゆる元少女たちですな)は、サガンの『悲しみよこんにちは』を読んだときのように、思い起こさずにいられなくなるのだ。

カメラに絶えず付きまとわれながら、金で買えるあぶくのような夢に溺れ、冷たい夜にかじかんだこころを抱えて、そして人生で得たものの大半を奪われていった女流作家の、「悲しみ」さえ振り切るように疾走した人生。
だが誰もがかつては少女であり、強欲無慈悲な大人や冷厳たる現実を知らないでいられた季節、孤独にも愛にも無頓着で、無邪気で幸福な少女でいられたのに、胸をえぐるような深い悲しみを知らずにいられたのに、と。

夜の底へ誘うノスタルジアが、ショパンの美しいメロディーが、少女の悲しみを加速させる。

年老いた少女たちはみな誰もが、多かれ少なかれサガン同様、若さも愛も情熱も、人生からすべてを奪われ、過酷な時の流れにわずかに残った矜持さえ奪われ続けていくけれども、それでも傷つきやすい純真なこころへの憧れ、ひたむきな魂の自由だけは、誰からも奪われることなく誰からも制約を受けることはない。

銀盤に残された浅田選手のトレースを思い出すたびに、こころの底に残された、誰にも奪えない真実こそが、誰もが少女期に出会った「悲しみ」の正体なのだと気づくのである。


MILK18ー2
MILK18ー43MILK18ー1
MILK18ー3
MILK18ー4
MILK18ー5
MILK18ー6
MILK18ー7
MILK18ー8
MILK18ー9
MILK18ー10
MILK18ー11
MILK18ー12
MILK18ー13
MILK18ー14
MILK18ー15
MILK18ー16
MILK18ー17
MILK18ー18
MILK18ー19
MILK18ー20
MILK18ー21
MILK18ー22
MILK18ー23
MILK18ー24
MILK18ー25
MILK18ー26
MILK18ー27
MILK18ー28
MILK18ー29
MILK18ー30
MILK18ー31
MILK18ー32
MILK18ー33


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ものうさと甘さがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しいりっぱな名をつけようか、私は迷う。その感情はあまりにも自分のことだけにかまけ、利己主義な感情であり、私はそれをほとんど恥じている。ところが、悲しみはいつも高尚なもののように思われていたのだから。私はこれまで悲しみというものを知らなかった、けれども、ものうさ、悔恨、そして稀には良心の呵責も知っていた。今は、絹のようにいらだたしく、やわらかい何かが私におおいかぶさって、私をほかの人たちから離れさせる。
(フランソワーズ・サガン『悲しみよこんにちは』)

MILK18ー34

おまけ☆海の底の真央☆


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケートへ
blogram投票ボタン


関連記事
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://maquis44.blog40.fc2.com/tb.php/514-50065b62