月船書林

フィギュアスケートの話題を中心に芸術を語る

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夢の香りのタンゴ

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◇◇◇◇◇


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No mistakes in the tango, not like life.
It’s simple. That’s what makes the tango so great.
If you make a mistake, get all tangled up, just tango on.
タンゴに間違いはない。それが人生とは違うところ。
実に簡単。それがタンゴの素晴らしいところさ。
たとえ間違えても、足がもつれても、踊り続ければいい
(『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』)

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偏愛のエキシビション・ナンバーのひとつ2008年-2009年『ポル・ウナ・カベサ』へのオマージュである。
このナンバーへの解説もまた、幾度となく以下のような記事に書いた。

『首の差で』
『冷静と情熱のあいだで』
『遠い踵はタンゴのリズム』

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過去記事の中でタチアナコーチの『ポル・ウナ・カベサ』動画もご紹介しているが、まさにコーチのフェイバリットナンバーであるタンゴの名曲を、まだ当時年齢的にはかなり若すぎると思われる愛弟子に、是が非でも踊らせたかったのだろうなという意図がありありと見える。

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それにしても、動画のタチアナコーチが胸に抱いた薔薇を投げ捨てる場面の格好良さったら、ぞくぞくするほどたまらない。男性パートナーと足を絡めて踊っていても、しなだれかかるでもなく凛として、それでいて艶っぽく官能的だ。コーチの考える理想的な女性像というのも透けて見えて、浅田選手の演技に「強さと美しさ」を要求したのもさもあらんというところだろう。
また、このナンバーを含むタチアナコーチコレオから、まさきつね個人が勝手に好きな五選を並べた記事も以下の通り。

『灰色の菫は語る-アンドロギュノスの系譜-』

無論まさきつねがわざわざ名前を挙げずとも、この珠玉のプログラムに対するファンからの人気は絶大で、2015年『THE ICE』のHPでネット投票された「もう一度見たい、浅田真央プログラム大募集」なるアンケート調査では堂々の一位である。
そして粋なことに、ショーでは伝説のナンバーをそのまま再現するのではなく、ジェフリー・バトルとのペアで、アイス・ダンス風にアレンジして披露してくれたのも、ファンには嬉しいプレゼントだった。

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【浅田真央&ジェフリー・バトル 2015年コラボ「ポル・ウナ・カベサ」 】


この二人のペア歴も、アイス・ショー限定とはいえ実に長く、その息の合ったシンクロ率もさることながら、浅田選手の美しさを引き立てるように影のように寄り添って、なおかつ的確にリードするバトルの巧さ、そして毎度少し照れたような表情を浮かべつつもバトルの動きに合わせて、初々しいパートナーを演じる浅田選手の可憐さが、微笑ましくも上々の舞台を作り上げるのだ。

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バトルが踏むタチアナコーチのステップを見ていると、(彼の完璧なコピー技術も勿論拍手喝采の素晴らしさだが、)そもそもいかに高度に洗練されたスケーティング技術がふんだんに盛り込まれているかが、改めて確認できる。
そしてスケートだけではなく、本来のタンゴのステップが体の中に浸透していないと、相手に挑むようなエモーショナルな動きや感情を揺さぶる振付、官能的な足捌きといったものを表出できないのだということも理解できるのである。

浅田選手はシングル演技においても、たおやかで少しコケティッシュな身体表現を、はにかみつつもごく自然に演じていたので、精密なステップを繰り返すまでの狂おしい努力や柔らかなポジションを決めるための試行錯誤など、目に見えない奮闘を微塵も感じさせないのだが、この豪華な宝石のようなタンゴを見ていると、彼女が日々積み上げてきた労苦、砕身の練習がいかに賜物となって、演技に結晶化しているかが伝わってくるのだ。

あっという間にプログラムは終了してしまうが、何度でも繰り返し観たくなる時間の濃密さは掛け値なしだ。

氷塵のかなたに消えて、また立ち現れるふたりの姿を目で追っていると、いつかどこかで見た夢の欠片にふいに出会えたかのような懐かしさを覚える。
長く忘れていたけれど、記憶の底に眠っていた過去が、めくるめくタンゴのリズムに揺り動かされて、憂いに充ちた感情とイメージのシナプスをつなぐのだ。

生きることの情念、夢見ることの切なさ、断ち切れない欲の狂おしさ、およそ人間が人間たるゆえんの悲しみへ回帰させるタンゴのメロディーと、氷上を舞い踊るスケーターの疾走が、観衆にパトスの高揚をもたらして、過ぎ去ったものを愛撫するかのような悔恨の情さえ呼び戻してしまうのである。

◇◆◇◆◇

さて、バトルとのペア演技を見てしまったら、やはりこの『ポル・ウナ・カベサ』を使用した映画について語らずにいられない。
映画自体の評価は人さまざまと思うが、タンゴのダンスシーンだけでいえば、最も秀逸なのは1992年の『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』だろう。

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クリス・オドネル演じる、オレゴン州の片田舎からボストンの名門校へ進学した苦学生のチャーリー・シムズと、アル・パチーノ演じる盲目の退役軍人フランク・スレード中佐との心の交流を描いた、これぞヒューマンドラマという映画で、アル・パチーノはいかにも彼らしい斜に構えた女好きの中年男を存在感のある演技で示し、念願のアカデミー主演男優賞を受賞している。
(以下、ここは映画ブログではないので必要なあらすじだけご紹介するが、ネタバレは斟酌しないのでご留意を。)

真面目だが帰郷するための金すらない学生チャーリーは、感謝祭の休暇を利用してフランクの世話係をするというバイトに就く。普段フランクは、姪一家に身の回りの面倒を見てもらいながら生活しているのだが、姪たちが旅行に出る間、家に残る彼の介助というのが仕事の内容である。

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ところがフランクは、家族も手を焼く毒舌の気難し屋で、さらに困ったことに姪の留守をこれ幸い、自分も負けじとニューヨーク旅行を企てる食わせ者である。飛行機はファースト・クラス、ホテルは最上級のウォルドルフ・アストリアでスイート・ルーム、大金を摘んだ試乗で乗り回すのはフェラーリ・モンディアルと贅の限りを尽くし、おまけに真昼間からジャック・ダニエルをオールドファッションのグラスにダブルで浴びるように飲むフランクは、部屋にあるミニ・バーに用意された酒の銘柄をチャーリーに聞き、「子供だましはいらん、ジョン・ダニエルを並べさせろ」と暴君さながら横柄極まりない。

だがこの場面、「ジャック・ダニエルでしょ?」と聞き返すチャーリーに、「お前にはジャックだろうさ。俺は奴とはつきあいが長いから渾名でいいんだ…(He may be Jack to you, son.But when you’ve known him as long as I have……)」とフランクが返す台詞がなんとも小粋で、ウィスキー党には新手のCMコピーか何かのような衝撃だろう。

一方、チャーリーの方も休暇前に、学校で起きた趣味の悪い悪戯事件をたまたま目撃したことから、その証言者になってハーバート大学への推薦を得るか、断って退学になるかという二者択一を校長に迫られ、その答えを出せずにいる悩みを抱えている。
この悪戯事件の一部始終も、お金持ちの御曹司だが痴れ者の級友たちが、校長の愛車ジャガーXJSを白い塗料まみれにするという実に子供じみた愚行なのだが、ジャガーやリムジン、フェラーリといった高級車が映画全編でキー・ポイントになっているあたり、いかにも九十年代アメリカのセレブリティな空気を醸し出していて、憧憬のアメリカン・ドリームの光と影を象徴しているのだ。

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そしてこの映画の序盤、暴言と猥談で手に負えない、ひたすら感じの悪い中年男のフランクと、生真面目なひよっこ学生というだけではない苦悩を隠した若者チャーリーが、お互いの良いところ悪いところを探り合うように、年代差のある親交を深めていく醍醐味に、酒、車と並んでもうひとつ花を添えるのが、二人に絡む女性たちが身につけている香水などの香りである。

副題にも「夢の香り」とあるくらいなので、この映画には場面を次々に彩る女性たちが身にまとっているフレグランスが重要な鍵になるのだけれど、まさに全盲のフランクならではの研ぎ澄まされた嗅覚が前提の設定だろう。
とはいえ視覚や聴覚とは違い、なかなか映像作品では伝えきれないリスキーな感覚を取り上げ、登場する女性たちの個性や魅力まで、その身体から立ち上る香気に象徴させて語らせるのは、映画としてはかなり挑戦的な手法だと思う。

まずフランクは、カリフォルニア訛りで話す飛行機の客室乗務員が漂わせる匂いに、英国製のコロン「フローリスFROLIS」と言い当て、イギリスの貴婦人気取りの田舎娘という意味で彼女に「ダフネ」という渾名をつける。

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フローリスは英国王室御用達の高級フレグランスブランドで、地中海のメノルカ島に生まれ育った創立者ジュアン・ファメニアス・フローリスがロンドンに渡り、故郷の芳しいアロマの記憶をもとに、伝統的な製法と上質な香料を使って香水や石鹼などの調合を始めたのが幕開けだという。

ライムなどのシトラス系の香水も人気だが、ヴィクトリア女王やナイチンゲールも愛用したという優雅なホワイトローズの香りや、エレガントな花々を集めたようなフローラルブーケの香りもロマンチックで奥深い。トップノートはとろりと甘やかでも、ミドルは爽やかで、そして清楚で品のある香りが余韻のラストノートとして持続する。人を惹きつけるための香水というよりも、清潔感を与える身だしなみのようなアロマが、このブランドの持ち味なのだろう。

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次に印象的なのは、フランクの来訪を快く思わない彼の実兄の家で、甥の妻が身につけていた香水「ゲランGuerlain」のミツコMitsouko を「満たされていない女がつける香りだ」と言い捨て、実兄を挑発する場面。

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ゲランはフランスの無形文化財企業に認定されるほど文化的価値を認められた、知らぬ者のないフレグランスメゾンだが、その代表格の香水が散々な扱いである。
それというのも、この香りを好んだ著名人だけでもチャップリンやディアギレフと曲者が多く、さらに1930年代アメリカのセックスシンボル「プラチナブロンド」のジーン・ハーロウに至っては、二番目の夫が全身に妻愛用のこの香水を浴びて浴室で拳銃自殺するという逸話が残っている。

伝説的ないわくの多いフレグランスだが、香料バランスが絶妙なシプレー系の最高傑作で、アルデヒドC14(ピーチの香り)を初めて使用したことでも有名。
トップにベルガモットが高貴な宝石のように立ち上り、ミドルにピーチやフローラルの甘さが増すが、ラストでスパイシーなアンバーやオークモスが存在感を示す。爽やかなシプレーに土の温かみを感じさせるモスが被さって、季節の変わり目のように変幻自在な香りの変化が、名香の証。官能的だが媚びない品格と賞賛される所以だろう。

ちなみにミツコのようなクラシックノートは、体温や発汗を考慮して纏う時間やつける箇所を選ばないと、薬品のような刺激臭に撃沈してしまう羽目になる。
都市伝説では、基礎体温や肌質によって香水の合う合わないがあり、ゲランを体温の低い人や低い箇所につけると、スパイスの強い香りや抹香臭さ、革の生臭さばかりが匂って、香料の繊細なバランスが崩れてしまうという。
逆に、シャネルを体温の高い人が纏うと、ウッディでメロウなラストノートが初めから強く立ち上がってしまい、蒸し暑く甘ったるい香り立ちになるといわれている。
おそらく競合する二つのメゾンに引っ掛けた根も葉もない噂だろうが、香水が自分にだけ香るものでなく周囲に広がるという特性を考えれば、TPOをわきまえた使用法が重要なのは当然だろう。

そうすると、家族の集まる家の中でミツコの香りをぷんぷんさせている女性をたしなめるように「欲求不満」と当てこすったフランクの言葉は無論、香水そのものへの悪口というより、つけ方を知らない厚顔無恥で野暮な女性に向けられているということなのだ。

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ところで、まさきつねがミツコ以上にお気に入りなのは、ゲランの「夜間飛行Vol de Nuit」。

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ミツコ以上に複雑かつ神秘的、そしてオリエンタル。トップに立つガルパナムのグリーンな香りと、入り混じる柑橘系に、最初はいささか当惑するが一度嗅いだら忘れられないインパクトだ。

万年筆のインクのような堂々とした香りが底調にあり、それが「文学的」とか「おっさん臭い」とか褒めているのか貶しているのか批評される所以だが、フランク自身がつけていたとしたら、このようなフレグランスだったのではと思うような香水の名品である。

そしていよいよ登場するのが、「オグリビーシスターズogleby sisters soap」の石鹸の香りと麗しきガブリエル・アンウォー演じるドナである。
漂う香りだけでドナの存在に気づき、人を待っているという彼女に「虫除けに同席させてくれ」と臆面もなく頼み込むのは、まさにフランクの女たらしらしい面目躍如といったところだ。

それでもこの場面だけは、さしものフランクでさえいつもの暴言を差し控え、チャーリーの後見人という役回りをはみ出さない。
彼女の匂いをオグリビーの石鹸と言い当て、香水だけでなく石鹸にも造詣の深さを見せるあたり、ただ女性を口説く道具で下世話に香りの名を覚えているというわけではなく、良いものを見極めるフランクの嗜みとしての教養の深さを感じさせる。
そしてドナはこの石鹼を祖母からの贈り物だと答えるのだが、もしかしたら同じ銘柄を、フランクの初恋の女性か母親が使っていたのかもしれないとさまざまに憶測もさせる温かなやり取りが続く。

オグリビーシスターズはどうやら通販専門の石鹸メーカーのようだが、ハンドメイドの石鹸やボディオイルなど、自然原料にこだわっているのが売りのようだ。香料の入っていないものもあるが、フローラルやフルーツ系、ハーブ系といったフレグランスのバー・ソープは色とりどりで見た目も楽しい。

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この映画から触発されて作られたのか『タンゴTango』というムスク系の石鹸もあるようで、ネーミングだけでなくオーガンジーやリボンを使ったラッピングも凝っているらしく、やはり普段使いの自分用というより贈答用を意識しているのだろう。

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さて、ついに映画のハイライトになる洒落たタンゴシーンに入るのだが、粋な台詞で踊りに誘うフランクのダンディーさ、恥ずかしそうに踊りに引き込まれていくドナの輝く薔薇のような美しさ、そしてそんな二人を戸惑いつつも笑顔で見守るチャーリーの複雑な胸の内など、人生の哀歓がさまざまに交錯する場面である。

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【The Tango - Scent of a Woman (4/8) Movie CLIP (1992) HD】


このときのフランクの誘い文句が冒頭にあげた台詞なのだが、最初は「(ステップを)間違うのが怖いのよ」と言って断ろうとするドナに、「タンゴは人生じゃない、間違いなんかないんだ」という言葉で返すやり取りは、浅田選手ファンなら少しばかり胸に滲みるのではないだろうか。

「フィギュアスケートに間違いはない。それが人生とは違うところ」と、ふっと気持ちが軽くなるような言葉を、あの日あの時、誰かが浅田選手にかけていたら、いやもしかしたら、誰かがかけていたのだろうかと、ファンであれば誰しも思わないではいられないのではないか。

勿論まさきつねは今更ここで、実際の演技を取り上げてミスの有無を云々と蒸し返すつもりはない。
ただ今となって思うのは、マスコミの執拗な取材に対し、いつもけなげに「ノーミスで」と言い続けていた少女の逃げ場のない胸の内を考えるにつけ、優しくその手を取って「たとえ間違えても、足がもつれても、踊り続ければいい」とささやいてくれるような、度量のある大人があの時ひとりでも、彼女のそばにいただろうかと振り返らざるを得ないのだ。

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話を映画に戻そう。

ダンスの前に、目が見えないフランクがチャーリーにダンスフロアの説明を求めるのだが、場所の広さや楕円の形状、テーブル席とバンドの位置を的確かつ手短に表現して伝えるチャーリーの利発な聡明さが印象的だ。気難しいフランクが何のかんの言っても、チャーリーを信頼し、気に入っている様子が垣間見えるディティールだ。

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そしてタンゴを踊るフランクは、紳士たるものこうあるべきという最高の気遣いでドナをリードし、軽やかなステップを熟すことで失いかけていた自信をしばし取り戻す。
暗闇の中に束の間差し込んできた温かな光のような、至福の時の美しさ果敢なさを充分に堪能させてくれる、まさに馥郁たる映像美の世界である。
だがこの直後、ドナは待ち人とあっさり立ち去り、憮然として勘定を支払うフランクの表情が痛々しくも秀逸だ。
手に入りかけた希望の欠片が、またもや「首の差で」消えてしまった人生の瞬間を、美しくも残酷に切り取った映画ならではのフレームカットである。

多くの映画批評で語られている、瞬きどころか眼球ひとつ動かさないアル・パチーノの壮絶な演技が視覚障害のリアリティを余すところなく伝えるが、フロアを滑るようになめらかなタンゴを披露できるのも、フランクが生まれながらの盲目ではなく、かつては、視力は無論のこと、軍人としての地位も栄誉も、女性も金も思いのままの人生を謳歌していた証であり、それゆえにこそ、すべてが手の中からすり抜け落ちていった不甲斐ない現在とのギャップが物悲しく胸に響くのだ。

それにしても毎度高級レストランで食事、あげくチャーリーにまで上等のスーツを仕立ててやり、きりのない散財を続けるフランクの意図がどこにあるのかといえば、この豪遊旅で有り金を全部使い果たして自殺で人生のけりを付けようということなのである。

実兄の家で甥が無残に暴き立てた、フランクが視覚を失う羽目になった経緯が自業自得とはいえ、またそれだからこそ重い楔となって彼の人生をさらに穿つ。
フランクは戦場で名誉の負傷したからではなく、昇格できない自分に自棄を起こして手榴弾を弄んだはずみの事故で、視力を失ったのだ。
自分のしてきた愚かな行為も家族との埋められない溝も、わずかに見えていた光を失くした絶望も、すべてがフランクを自責の念に駆り立て、行き場のない悲しみに追いやってゆく。
救いもなく、疲れ果てた彼にとって、豪放磊落な遊興三昧の果てに燃え尽きるのがせめてもの矜持だったのかもしれない。

What life!? I got no life! I’m in the dark here!  Do you understand?  I’m in the dark!
「何の人生だ。俺に人生なんてないんだ。あるのは暗闇だけ。わかるか、暗闇の中なんだ」とチャーリーにつかみかかるフランクのやるせない思いは、屑な老人の戯言としか思えない人には同情無用で白けるだけだろうが、同じように苦悩を抱えた若者チャーリーには、他人事ではない煩悶として感じられ、なんとか彼を助けたい義侠心に駆られたのだろう。

Oh, where do I go from here, Charlie?
「ああ、俺はこれからどうすればいいんだ、チャーリー」と嘆くフランクに、チャーリーが答える台詞が本当に粋で秀逸だ。

“If you’re tangled up, just tango on.”
「『足がもつれても、踊り続ければいい』」

ドナをタンゴに誘ったフランクの言葉そのままで、チャーリーは死に損ないの老兵を奮い立たせる最後の励ましを投げかける。

長い人生の間に誰もが軽率な行いをしたり、間違いを犯したり、誤った選択をしたり、決して許されることではないが、それでもできる限りの償いをして、過ちを正して、苦しくても辛くても、それでも最後まで踊り続ける。
困難は乗り越えて、理不尽な思いは耐えて、そうやって誰もが生きてゆく。
情熱のタンゴを踊るようにして。

若者からエールのように、𠮟責のようにぶつけられた言葉は確かに、かたくなだった老兵の胸に届き、それはやはり、死しかないと思い詰めていたフランクには、生きることへの加勢になったと思う。
年齢や立場を超えて、二つの孤独な魂がつながった瞬間だった。

映画の終章、お互い分かり合えたチャーリーに向かって、朝に目覚めた後も一緒にいてくれる女性がほしいと、ずっと心の奥にしまっていた夢を語るフランクはどこか穏やかで、もはや口汚い皮肉屋たる面影はない。

そして、今までの恩返しのようにチャーリーの危機を救う感動的なフランクのスピーチが、悪戯事件の目撃者としてチャーリーの処分を決定する懲罰委員会の前、全校集会の中で華々しく行われる。
チャーリーの隣にいるのは、もはや酒飲みの気難しい老いぼれなどではなく、威風堂々とした退役軍人であり、信頼するに足る真の意味での後見人である。

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フランクの演説は全校生徒からの拍手喝采、審議の結果はチャーリーの免責が決定し、二人は意気揚々と寄り添って車に向かう。
ここでフランクに声をかける女性の高校教師がつけている香水が「キャロンCaron」の「フルール・ド・ロカイユFleurs de Roc aille」、岩間に咲く花という美しい名前のフレグランスである。

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キャロンはパリ創業、正統派のフレグランスメゾンであり、パリとニューヨークの店頭ではバカラ製のガラス甕から香水の量り売りもする。

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香水、コスメ、パフ、どれをとってもお姫様気分満載の可愛らしさだが、女性なら生涯一度はキャロンの香水をつけると言われているのも頷ける「女子力」の高さである。
「フルール・ド・ロカイユ」はファッションデザイナー、カール・ラガーフィールドが絶賛したことでも知られるが、もともとキャロンの創始者であり調香師であったエルネスト・ダルトロフ(Ernest Daltroff)が、印象派の画家モネの『睡蓮』にインスパイアされて1933年に創作した傑作だ。

当時香料としてはまだ新しい発見だったアルデヒドを巧く用いて、幾層にも色を重ねたモネのマチエールのように、さまざまな香りが複雑に入り混じるデコラティブな名香を作り上げた。

トップにローズやライラック、ジャスミンといったフローラルの香りのハーモニーを奏でさせ、その前面にアルデヒドのグリーン感が爽やかに際立つ、エレガントな女性らしい立ち上がりである。
ミドルでは、イランイランのエキゾチックな重たいフローラルの香りが柱になって、スズランの涼やかさやニオイスミレのパウダリーな匂いの深さが春の大地を思わせ、クラシカルな香水らしい落ち着きを持たせる。
ラストノートは、イランイランのバルサムな色調が白檀のウッディ―な香りを広げ、モスの苦みにムスクが甘い夢のような余韻を残していく、気品のあるフレグランス。

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なお、この香水は1993年にレシピがリニューアルされ、アルデヒドの香りが飛ばされて、フェミニンだが軽さと甘さが強調されたファンシーな雰囲気に変わってしまった。『セントオブウーマン』公開後なので、女教師ドーンズがつけていたのは、当然クラシックの方だろう。

例のごとく、ドーンズ女史の香水を言い当てたフランクは、別れ際に「そう、ミス・ドーンズ、この香りをたどれば、いつでもあなたを探し出せますね」と彼女にささやく。ストーカーに言われたらぞっとする台詞だが、ロマンチックな恋の始まりにはたまらない口説き文句である。
ついに「夢の女性」らしき相手にめぐり会えたフランクは、彼女の風貌を説明しようとするチャーリーに、「何も言わなくていい」と制する。そして「170㎝、赤褐色の髪、美しい茶色の瞳」とつぶやくのが、もしかしたらこの後のフランクの人生を彩るかもしれない恋の予感ということなのだ。

人生はフランクならずとも、いつも一寸先は闇、絶望と隣り合わせだ。
それでも、酒や車、美味しいご馳走に香水、そして美しい女性たちなど、心を震わせ、人生をひととき楽しませてくれるものに事欠かない。
何より、恋や友情も然り、ダンスして話して、人とつながる瞬間こそ唯一、闇を拓く希望の光なのだとフランクの夢の欠片が語っている。
たとえ首の差で、すべてを失いかねない危うい人生であったとしても。


◇◆◇◆◇

閑話休題。
ここで少しだけ、私事で恐縮だが、まさきつねの個人的なタンゴの思い出を語ろう。

一昨年逝去したまさきつねの叔父、正確にはまさきつねの母の妹の主人の話だ。

昭和戦前生まれの叔父は、長身の瘦せ型、繊細な指先の爪をいつもきれいにやすりで磨き、革靴にワックスをかけ、出かけるときは丁寧にアイロンしたシャツにネクタイという洒落者だった。
煙草はハイライト、お酒はハイボール、背広のポケットにはネクタイに合わせたハンカチーフを欠かさなかった。二十代のころ、休日には戦後流行りのダンス・ホールでタンゴを教え、どうやらそのホールで叔母と知り合ったようだ。
叔母はハイヒールなしだと140㎝ぎりぎりの小柄だったから、すらりと背の高い叔父に一目ぼれだっただろう。

物資や楽しみの少ない戦後であっても、いや、むしろそれだからこそ、わずかな遊興場でダンスに興じる若者の恋と青春など、どこでも転がっているようなお話だ。

戦後はやがて高度経済成長の時代を迎え、昭和は平成へと年号を変え、その流れの中でいつしか隆盛を極めたダンス・ホールも時代と共に消え、社交ダンスで楽しむ若者も、生演奏するバンドマンも、時の彼方へ姿をくらましてしまった。

タクシー会社に勤めながら、年に一度の自動車で各地の城や寺社をめぐる旅行がただ一つの楽しみで、道に迷ったときは「ケセラセラ(なるようになる)」が口癖、曲がったことが大嫌いでフランク中佐にも劣らない気難しい剣呑な性格だったが、誰に対しても公明正大、長いものには決して巻かれない矜持があった。
そんな昭和の伊達男の頭も白髪となり、煙草を挟む指にも皴が増えた。背筋の伸びた矍鑠とした姿勢はあいかわらずだったが、盛り場に出かけてもタンゴを踊る機会はないまま、酒を飲む量だけが増えた。

まさきつねは大学生の時分に、この叔父から車の運転を伝授されたが、ダンスの手ほどきを受ける場面にはついに恵まれず、叔父が踊る姿を一度も見ることはなかった。

亡くなる数年前に、テレビのバラエティ番組で社交ダンスを踊る芸能人を見ながら「もう少し若かったら、お前にステップを教えてやったのにな」とぽつりつぶやいていたのを聞いたのが、タンゴと叔父にまつわる唯一の懐かしい記憶。

どこにでもいる一般人だったが、誰にひけらかすでもない趣味と教養をひそかに楽しみ、誰に押しつけるでもない信念に従って慎ましく暮らしていた。
昭和の時代には大勢いたはずの典型的な日本人男性のひとりだったと思うのだが、そのひとが踊るタンゴをこの目で見ることができなかったことは、今でもやはり唯一の心残りなのである。

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◇◆◇◆◇

最後にもう一度、浅田選手の『ポル・ウナ・カベサ』について。

2016年-2017年シーズンでポゴリラヤ選手がSPでこの曲を使用した。

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【Anna POGORILAYA SP - 2017 EC】

振付はミーシャ・ジー、音源は『セント・オブ・ウーマン』のサントラをリミックスしたものだったので、ポゴリラヤ選手の演技は純粋なタンゴの曲を踊るというより、映画のドナを意識したものだったのではないかという気がする。
しかし、ヘルシンキ・ワールドなどで彼女のプログラムを観た人の多くはやはり、浅田選手のエキシビション・ナンバーを思い起こしたのではないだろうか。

ポゴリラヤ選手は、肉感的で手足の長い長身をパワフルな踊りに活かし、華やかなスピンと伸びやかでキュートなステップで、魅力的なプログラムを作っていた。
特に、ミーシャお得意のファンキーな楽曲アレンジで、アップビートのパーカッションを強調したステップの部分はインパクトがあり、彼女の妖艶さを巧く引き出してジャッジ受けもよかったのではないか。
ただ前半から中盤にかけての演技は、シーズン初めなどは少し粗雑で、振付が楽調にも外れており、タンゴらしい雰囲気があまり出ていない様子だったが、それもついつい、浅田選手の演技と比べてしまったがゆえのバイヤスだったかもしれない。

競技用のプログラムとEXを比較するのは、もとより論外のことではあるが、そうはいっても、氷の上であることをまったく感じさせないほど音楽と融合した動きや、超絶なステップを、これでもかと見せつけた浅田選手の『ポル・ウナ・カベサ』は、やはり途轍もなく突出した傑作だったとしか思えない。
しかも発表当時から数年経た今、繰り返し見ても、スタイリッシュで新しい。

ポゴリラヤ選手の演技は、ダイナミックでドレッシーな彼女らしい長所を遺憾なくアピールしていたと思うが、ノーブルな印象が強すぎて、これぞタンゴという醍醐味に欠けるのだ。
一方、浅田選手のタンゴはクールかつエレガントで、女性が演じているにもかかわらず、大胆でハンサムなステップに思わずため息が洩れる。

勿論、ポゴリラヤ選手は文句なく美しく、まさに映画のドナを彷彿とさせるチャーミングな踊りでGPファイナルでは三位、、欧州選手権では二位などの好成績をあげている。

しかし、選手としての持ち味が違うとはいえ、洗練された歯切れのよいリズムをキレのある動きに馴染ませ、センチメンタルな旋律を俗に落とさず、メランコリーな音のエッセンスが香り立つタンゴに作り上げた浅田選手のプログラムの凄さは、とても競技の成績などでは推し量れないクオリティの高さなのだ。

匂い立つ高貴なフレグランスのように、甘い追憶のかなたから立ちのぼり、やわらかな風に揺れるヴェールのように、優しくこころの琴線に触れてゆく、エモーショナルなタンゴ。

コレオ自体が、タチアナコーチとミーシャの間に一日の長があるということも致し方ない違いなのかもしれないが、首の差ですべてがすり抜けてゆく人生の光と影、良くも悪くも踊り続けるしかない人間の哀愁を、感傷的なタンゴの名曲に乗せて、余すことなく表現したナンバーだったことを、しみじみと思うのだ。


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【浅田真央(mao asada) World 2009 EX 「ポル・ウナ・カベサ」 ~ HD 高音質Ver. 保存版 】

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Now I have come to the crossroads in my life.
I always knew what the right path was.
Without exception, I knew, but I never took it.
You know why? It was too damn hard.
Now here's Charlie.
He's come to the crossroad.
He has chosen a path.
It's the right path.
It's a path made of principle,that leads to character.
Let him continue on his journey.
You hold this boy's future in your hands, committee.
It's a valuable future. Believe me. 
Don't destroy it. Protect it. Embrace it.
It's gonna make you proud one day, I promise you.
私も幾度となく人生の岐路に立ってきた。
そしていつも、どちらが取るべき道なのかわかっていた。
なのにいつも例外なく、取るべきその道を選んだことはない。
なぜだ? 険しく困難な道であることもわかっていたからだ。
チャーリーも今、岐路に立った。
彼は取るべき方の道を選んだ。
真っ当な人間が進むべき試練の道だ。
彼の人生を支えてやってほしい。
彼の未来はあなたがた委員会の手の中にある。
かけがえのない未来だ。保証する。
潰すことなく、見守ってやってくれ。温かく。
いつかあなたがたが、それを誇りに思う日が来るから。
(『セント・オブ・ウーマン~夢の香り』Scent of a Woman)


MILK19-26

MILK19-2

☆おまけ☆ソチ五輪のときの、ミーシャ・ジー選手からのツイート。
MILK19-57


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Comment

ホビット says... "スケートの香り"
真央さんのプログラムで、何が一番好きか、と聞かれると、迷いに迷ったあげくに、やはりポル・ウナ・カベサをあげてしまいます。スケートに香りがあるとしたら、グリーンノートもありながら、かすかに麝香の香りも含んだ、フローラルノート基調といいますか・・・
その魅力は、まさきつねさんが、十分に語ってくれていますので、繰り返す必要もないのですが、めずらしく札幌でThe Iceが開催された際の、バトルとのポル・ウナ・カベサの衝撃はすさまじいものがありました。真央さんの魅力全開に加え、バトルがこのプログラムを滑ったことで、彼の凄さを再確認。この時のThe Iceは、オープニングの仮面舞踏会の演出から始まり、改めてタラソワ振り付けの素晴らしさに満ちていたように記憶しています。
プロスケーターとして歩んでいく真央さん、カナダにばかり行かないで、またタラソワ振り付けの新プログラムを滑ってくれないのかなと、切に願いますが、大人の事情でそうもいかないのかな・・・
2017.05.24 08:12 | URL | #- [edit]
スーザン says... ""
まさきつねさま
楽しく読ませて頂きました。香り、タンゴ、昭和のダンスホール、素敵なお話しでした。映画みてみたいです。
そして真央ちゃんのタンゴ、衣装も素敵、バイオリンの音色に極上のポジション、何度みても胸が高鳴ります。やっぱり真央&タラソワ作品はいいなぁとしみじみ。
私もホビットさんに同感でして、ルールの縛りがなくなったこれからこそ、タラソワ&真央ちゃんの復活を願います。

ナンバーでタラソワの、いつでも準備ができてるからというコメントがありました。引退のさみしさが、わくわくに変わりました。もし実現したらと思うと、夢のようです。





2017.05.24 23:03 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "Re: スケートの香り"
返信が遅くなりました。
前よりもさらに、記事を書くスピードも、ブログの確認も遅れております。ごめんなさい。

> この時のThe Iceは、オープニングの仮面舞踏会の演出から始まり、改めてタラソワ振り付けの素晴らしさに満ちていたように記憶しています。

仰るように、素晴らしいアイス・ショーでしたね。ご指摘のことを含め、新しい記事を上げましたので、またご訪問、コメントいただけたら嬉しいです。

> またタラソワ振り付けの新プログラムを滑ってくれないのかなと、切に願いますが、大人の事情でそうもいかないのかな・・・

新しいタラソワコレオ、本当に切に希望したいですよね。浅田選手のお母さまのように、誰かうまくコーディネートしてくださるといいのですけれどね。
いっしょに、希望が叶う日を待ちましょうね。

2017.05.30 21:27 | URL | #- [edit]
まさきつね says... "Re: タイトルなし"
こちらも返信が遅くなりごめんなさい。
コメント本当にありがたいです。

> ルールの縛りがなくなったこれからこそ、タラソワ&真央ちゃんの復活を願います。

これはもう、ファン総同意なのでしょうね。

> ナンバーでタラソワの、いつでも準備ができてるからというコメントがありました。引退のさみしさが、わくわくに変わりました。

ナンバーは良い特集をしてくれましたね。ほかにも読み応えのある記事が満載でした。
また少しずつ、ナンバーの記事についても取り上げていけたらと思います。引き続きよろしくお願いします。
2017.05.30 21:34 | URL | #- [edit]

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